今かなりの流行を見せているといえば『将棋』であろう。
古来からある日本独自のボードゲームであり、その戦略性はまさに尽きることを知らない。二人いれば成立するそれはまさに一対一のガチンコ勝負であり静かな熱戦とも言える。そしてその勢いは止まることを知らず、更に昨今では大型新人が数多く出現していた。
『史上最年少の竜王』九頭竜 八一。
『浪速の白雪姫』空 銀子。
『女流帝位』祭神 雷。
『山城桜花』供御飯 万智。
『女流玉将』月夜見坂 燎。
皆歳若くそれでいて才能溢れる秀才達である。
そして彼等と共により将棋界を盛り上げる高く分厚い壁も多くある。
『振り飛車党総裁』生石 充。
『十七世名人』月光 聖市。
それ以外にも列強の者達は多くあり、そしてその頂点こそが………。
『タイトル獲得99期・永世六冠』何よりも皆から『神』と崇め奉られる『名人』。
それらの者達によって今まさに将棋界は喝采を受けていた。
だが………その中に『彼』だけがいない。
22歳という若さで『帝位』のタイトルを保持しているというのに、どういうわけか『彼』だけは騒がれないのだ。彼も竜王達と同じように若き俊才であるにも関わらず、『彼』だけは何故か表だって現れない。それはメディアでもそうであるように、彼だけは取り上げられない。だからなのか、世間から彼の評判を聞くことはない。
しかし、それは世間だけの話であり将棋界ではまったく別だった。
『彼』の名はこの世界において『ある意味』有名だ。その名の知名度はそれこそここ最近現れた史上最年少の竜王の比ではない。
しかし、そこに憧憬は存在しない。あるのは一つだけ…………。
『恐怖』
それだけがこの世界を震わせる。
彼の強さはそれこそ『神』に勝るとも劣らないと言われる程であり、その力量は将棋界の皆が認めるものだろう。
だが何故そこまで恐れられるのか? それは彼が『苛烈にして列強、何よりも残酷』だからである。
別に横暴でも人格に問題があるわけではない。性格で言えば『一部』を除けば寧ろ平坦、落ち着いている。
しかし、その一部が問題なのだ。まぁ、彼のような人種というのは得てして物珍しいものではない。どの競技でもそういった選手の一人や二人は必ずいるものである。
だが、それでも彼はこの将棋界に於いて『異端』にして『鬼門』だ。
きっとこの世界の者達ならその名は絶対に耳にしているしできる限り『戦いたくない』と思う。中には戦いたいと言う者もいるがそれは本当に戦いたいという純粋な者か、もしくは彼の噂など所詮虚仮威しだと見下している者か。
そして今回の順位戦、彼の目の前にいる相手は後者であった。
その相手はB級2組で最近戦績好評な28歳の男。見た目からして如何にも勝ち気な雰囲気があり、自身の強さに疑いを持たないタイプの人間。
その男は対面に座る彼を見ながら軽く嘲笑し盤外戦術を仕掛けたが、彼はそれをまったく気にすることなく脱力したような覇気のない目で男を見ながら聞き流すかのように返す。
そして始まった対局。静かな空間に駒が盤に打ち付けられる音とタイマーを押す音が木霊する。
その静寂な空間で最初こそ勝ち気だった男だが次第にその顔色は悪くなり、やがてその顔に死相が浮かぶ。その目は恐怖で絶望に染まりきり駒を持つ手の震えが止まらない。
そんな男の明らかに悩み怯える一手を静かな目で見ていた彼は独り言のように静かに男に話しかける。
「勝つ気がないのか? 怯えているのか? だったら潔く投了すればいい」
その言葉に男の身体がビクリと震えた。
そして彼の目が『殺気に光り輝く』。
「見苦しい………アンタは『根切り』だ」
その言葉に男は声にならない叫びを上げそうになった。
この言葉こそが彼の代名詞。この言葉を告げられた相手は絶対に『棋士を辞める』。
何故ならその言葉を告げられた相手は棋士としてのプライドも何もかもを壊されるからだ。それぐらい彼は『凶悪』だ。
だからこそ彼は恐れられる。だからこそ彼は有名だ。だからこそ彼は将棋界から表立って知られないようにしているのだ。知られればそれこそ将棋界の衰退になりかねないから。彼を怖がって人が逃げていくかも知れないからだ。
そしてその意味は盤上にて表される。
それまでの流れはこの発言でがらりと変わり、それまでの手から一転して苛烈過ぎる攻撃将棋に代わる。その苛烈過ぎる攻めに相手の持ち駒は一切なくなるのだ。その発言の後に残るのは相手の玉のみ。それ以外の駒はその言葉が意味するように皆『根切り(皆殺し)』されているのだ。その光景はまさに圧巻。相手はどんなに抵抗しようとも殺し尽くされそのプライドも何もかもを粉砕される。そして残った最後の玉を一切逃げ道なく塞ぎ完膚なきまでに『一族郎党皆殺し』にされるのであった。
その後で感想戦を行うのだが感想戦にならない。彼が戦っていた男は体中を震わせながら恐怖に染まりきりブツブツと何かを言って自失状態になっている。
だから彼がその言葉を告げた相手はこの後絶対に棋士を辞めるのだ。故に彼の別名はいくつもあり、その一つが『死刑執行人』。死神の鎌からは逃れられないと言われるほどだ。
そんな彼は感想戦を終えて退室すると軽く咳き込みながら近くにあった椅子に座る。
そこにいるのは先程までいた死刑執行人ではない。真っ白い髪を後ろに束ね、顔色の悪い青年がそこにはいた。
そんな彼に明るく可愛らしい声がかけられた。
「お疲れ様でした、せんぱい」
その言葉をかけたのは若く見目麗しい女性。年齢は彼よりも少しだけ下といった所だろう。豊満な胸部は異性の目を引きつける。
そんな魅力的な女性に声をかけられた彼の名は『戦部 晴明(いくさべ はるあきら)』
順位戦A級在籍にして『帝位』のタイトルホルダー。
そんな彼は先輩と呼ぶ女性によくこう言うのだ。
『俺はただ盤上という戦場が好きで好きでたまらない、人間のプリミティブな衝動に殉じてるだけの男なんだよ』
彼のことを将棋界ではこう呼ぶ。
『将棋界の戦争狂』と。
銀子ちゃんも好きだけどたまよんだって可愛いと思うんですよね(キリ)