『マイナビ女子オープン』
女流将棋界最大の棋戦であり登竜門。女流棋士もアマチュアも参加可能な大規模の大会であり予選のチャレンジマッチ、それを勝ち抜くと一斉予選があり、それを超えた先に本戦があるそれに勝ち優勝するとそこから前回優勝者である女王との対局権利を得る。今年の女王は『浪速の白雪姫』こと『空 銀子』である。まさに最強の女王との対局になるだろう。そしてここは本戦で一勝でもすれば女流棋士になれるという。最短スピードで女流棋士を目指すものからすればまさに絶好のチャンスと言える。それだけにアマチュアの戦意はかなり高く、会場でもその雰囲気がヒリヒリと感じられる。
そんな会場を前にする晴明と珠代。
「せんぱい、今日は頑張って解説しますからね!」
「そんな力まんでよろしい。寧ろ余計なこと言うなよ、面倒だから」
谷間が見える服で胸を張りながら興奮気味にそう言う珠代に晴明はいつものように無気力な感じで答える。
今回二人がここにいるのは勿論仕事だからだ。晴明はこの会場の近くで行われている『棋帝戦』で現『棋帝』である篠窪 大志七段との対局をするからである。今回晴明は挑戦者であり既に第三局目を迎えている戦況は晴明の二勝、既に棋帝タイトルにリーチをかけていた。その為晴明の格好は普段の私服ではなく和服であり真っ黒い羽織の背中に一房に括られた白髪が色良く映える。これを初めて見た珠代はかなり興奮してスマホでパシャパシャと写真を撮っていたことを晴明は覚えている。別に撮っても面白くないだろうにと思うのだがこの後輩にはそうではないらしい。
対して珠代がいる理由は彼女がこのマイナビの参加者であるからであり、そして本日行われる晴明の対局の解説を務めるからである。彼女にとってこの大会は己を高めると供に女流棋士最強と言われる空 銀子と戦えるかもしれないチャンスである。彼女は見た目からよく甘く見られることが多いが、実際は結構好戦的だ。特に晴明の影響もあって女流棋士というだけに満足せずにプロを目指して日々邁進している。まぁ、本人曰く、それでも最終的な目標は晴明の嫁なんだとか…………。
そして珠代にとって晴明の対局の解説を行うのはある意味夢の一つであった。勿論晴明と一緒に解説するというのもまた夢であるが。そんなわけで本日の彼女のテンションはかなり高い。具体的に言えば服装もオシャレもいつも以上、そして動作がいつもより若干大きくなり、それに伴いご自慢の胸もゆさゆさと揺れる。正直目に毒であった。
そんな二人はさっそく今回の対局会場に入る。その場にあるのはある種の騒々しさ。これから行われる対局に対し、将棋の報道関係がざわつきを見せている。そんな中で対局者である晴明を見かければ当然騒ぎになるのだが、どういうわけかピタリとざわつきが止まった。確かに視線が晴明に集中するのだが、皆晴明の顔を見て息を飲んだのだ。その理由を知ってる珠代は苦笑を浮かべる。彼女にとって良く見知っている、そして彼女が大好きなその顔が原因であることを知っているから。
「せ~んぱい、顔、凄いことになってますよ」
仕方ないなぁなんて思いながらも見入って笑ってしまう珠代。そんな彼女が見ているのは晴明の笑みを浮かべた顔である。ただし、その笑みは笑顔にあらず。目は殺意にギラつき怪しい光を放ち、口元はニヤリとつり上がる。所見で見た人間にはそれが殺人鬼にしか見えないだろう。それだけ凶悪で凄絶な笑みを浮かべている晴明にどうして話しかけられようか。もし下手に不快にさせようものなら即座に殺されるような気になる。それだけ今の晴明は怖かった。
「そうか? 俺としてはただ楽しみなだけなんだけどな」
そんな顔をしている自覚がない晴明は珠代の言葉に気軽に答える。別にコレが初めてのことではない。晴明にとってこれはいつもの話である。普段の晴明の気の抜けた感じからは想像も付かない程の変わりようではあるが、それは偏に彼が対局という名の戦争を愉しんでいるからだ。故に彼は『戦争狂』、棋士がするような顔をしない。彼が対局に見せるのはこの『戦争の笑み』なのだ。
そんな顔をするものだから誰も晴明に取材にこない。この対局への意気込みなどを聞くものだが聞けるわけがない。怖くて身がすくんで動けなくなる。
そんな記者達に珠代は苦笑しながらご愁傷様と思いつつ晴明の横に寄り添うように歩き、晴明は気にせずに歩き続ける。
「あぁ、そうそう」
「どうかしたんですか、せんぱい?」
記者達からの離れ通路を歩いている最中、晴明は思いだしたかのように珠代に話しかけた。その声に首を小さく傾げる珠代。若干あざといが可愛いので許されるだろう。
「確かこの対局の解説は竜王も一緒だったろ。あまり彼に迷惑かけるなよ」
「もう何を言ってるんですか。私は九頭竜先生だって尊敬してるんです。迷惑なんてかけませんよ。せんぱいは私のお母さんですか!」
「お母さんではないがおばさんからちゃんと見ておくよう釘は刺されてる。ハメを外しすぎるなよ。バレると面倒だから」
「むぅ~、せんぱいのいけずぅ」
「何がいけずだ何が。真面目に仕事をすればいいの、それだけ。変に目立ったりするなよ」
その言葉に珠代は何やらニヤニヤと笑い始める。
「せんぱい、もしかして嫉妬ですか? 私が九頭竜先生と解説するから嫉妬したりしてるんですか?」
「アホなこと言いなさんな別に嫉妬はしてない。ただお前に振り回されそうな竜王が可哀想だと思ってるだけだ」
「そう答えつつも顔、赤いですよ。照れてるんですね~。ねぇ、せ~んぱい」
珠代のそんな言葉に晴明は無視を決め込み先に歩く。置いて行かれそうになった珠代は急いで晴明の背中を追いかけ始めた。
「は~い、今回の棋帝戦第三局、解説は私、鹿路庭 珠代と」
「今回この解説を行わせてもらいます、九頭竜 八一が行わせてもらいます」
棋帝戦の第三局の開始に伴い、その対局をモニターしている別室にて珠代と八一がカメラを前に挨拶を始める。
此度の対局はインターネットの動画サイト『ニコニコ動画』にて生放送で配信されているのだ。故にこの映像はそれこそ世界規模で見られているのだろう。それが分かっているからなのか、八一は緊張している様子が目に見えてわかり二人の前にあるモニターにそのことがコメントで流れている。その内容の殆どが八一が緊張でガチガチになっていることの指摘と珠代の美貌やその大きな胸を褒め立てるコメントばかりである。
「始まりました第三局、九頭竜先生はこれまでの流れを見てどう思われますか?」
司会者のように進んで話を振る珠代。良く解説に呼ばれる彼女ならではの馴れたリードにより場の雰囲気が賑やかなものになる。その雰囲気に当てられた八一は緊張しつつも噛むことなく話すことが出来た。
「そうですね。篠窪 大志棋帝は確かにしっかりとした実力をお持ちですが、それが逆に仇となっていると言うべきか、逆に戦部 晴明帝位の想定外の指し筋に振り回されている感じですね」
「そうなんですよね。せんぱいの指し方って正直普通じゃないですから、普通に指すと振り回されてやられちゃうんですよ」
自分の事のように喜びながら自慢気に話す珠代。解説者なのにそれはどうなのかと突っ込みたくなるのを堪える八一だが、正直彼女に顔を向けることが出来ない。何せ八一の目の前には男の視線を集めてやまない魅惑の谷間があるからだ。彼はまだ16歳、思春期真っ只中である。そんな思春期の少年に目の前の光景は劇物でしかない。目が行かないようにしているのだが、そんな八一をモニター越しに見ている視聴者達には丸わかりであった。
『竜王胸見杉ワロタ』『ガン見しすぎだろw』『バレバレ』
そんなコメントが流れるものだから八一は余計に慌てる。そんな八一が面白かったのか、珠代はクスクスと笑いながらイタズラッ子のように八一に言う。
「九頭竜先生のエッチ」
「ぐはッ!?」
モニターのコメントが『たまよんあざと可愛い』と弾幕のように流れ、八一は指摘されたことにショックを受ける。明らかにバレバレだった。
そんな八一に珠代は年上らしい笑顔で答える。
「でもごめんなさい、私のそういうのを見て良いのはせんぱいだけなんで」
その発言でより騒ぎ始める視聴者。アイドルのような扱いである彼女からのそんな発言はかなりの爆弾発言のようだ。当然誰だと騒ぎになるのだが、彼女に唯一せんぱいと呼ばれているのは一人だけだ。晴明しかいないわけであり、羨ましいやら妬ましいやらと色々とコメントが流れ荒れる。
そんなことを一切気にしない珠代に八一は皆の代弁者として聞くことにした。
「そういえば鹿路庭さんは戦部帝位のことをせんぱいと呼びますが、どういう関係でしょうか?」
その質問に勿論食らいつく視聴者に珠代は頬を赤らめながら潤んだ瞳で答える。
「えっとその………恋人………・うぅん、許嫁です!」
そんな発言が出れば当然弾幕は凄まじくなりモニターの画面が見えなくなった。
その状況に八一は収集が付かないと慌てるが珠代はまったく動じない。寧ろお姉さんのように優しく皆を諫め、そして対局に集中するように言う。
騒動の原因が何を言っているんだと思われそうなものだが、何故だか素直に従ってしまうのは彼女の母性故だろうか。だからこそ、彼女の人気は衰えないのだろう。
そんな発言が出た後は普通に始まる盤上解説。
序盤は普通に拮抗しており特に解説にも問題は無い。そのまま時間が過ぎ、気がつけば小休止に突入する。
そこで対局者と解説者にはおやつが提供されることになり、珠代と八一の二人の前には柔らかそうなプリンが置かれていた。
「今回のおやつはプリンです。私、プリンって大好きなんですよね~」
珠代のその発言にセクハラめいたコメントが流れるが彼女は余裕でスルーする。その発言に八一が珠代の胸を見てしまったのは仕方ないのかもしれない。
そこで対局者の二人にもプリンが出されるのだが、何故か晴明の所には出されない。出そうとした局員に晴明が待ったをかけ、そこで何か言うのだがその声は此方には届かない。そしてプリンを持った職員はその場を離れて少しすると、何故か珠代達の前に来たのだ。
そして珠代の前に持っていたプリンを差し出すと晴明からの伝言を伝える。
「戦部帝位からの伝言です。『確かプリン好きだったろ。俺はいらないからお前にやる』だそうです。後『どうせ碌でもないこと言いまくってるんだろ。それをやるから少しは控えろ』とも」
伝言を伝えた局員はその後を去る。
珠代はそれを聞いて胸が温かくなるのを感じてしまう。対局中だというのにそんな心遣いをされてしまっては女として胸がキュンと高鳴ってしまうのであった。
だから彼女はそれが全世界に配信されていようと構わずにこう言うのだった。
「せ~んぱい、だ~いすきです!」
それはもう荒れた。そして晴明の伝言はまったく無駄であった。ただ、彼女が満足していることだけが救いなのだろう。お陰で晴明にアンチが集まるがそれを気にする彼ではない。ただこの先彼はたまよんの夫、何て呼ばれることになるのだとか。
そして対局は進むのだが、八一は正直解説を半分しか出来なかった。棋帝の指し筋から手を予測することは出来るのだが、中盤に入り晴明の手が滅茶苦茶になってからはまったく予測出来ないのである。そんな八一をサポートするかのように珠代は晴明の指し筋を予測する。いや、すると言うよりも晴明の心情を察してこんな感じだと答えるのだ。
「あ、今せんぱい何かしようとしてますね。この感じからして待ち伏せ………うぅん、もしかしたら釣りかもしれませんね。囮で引っ張り突出したところを分断して潰す……かな?」
そんな風に解説は進んでいき、そして勝ったのは……………晴明であった。
その勝利に珠代は喜び、こうして晴明は二冠となったのだった。その顔は相も変わらず殺気でギラついていたが、楽しんでいたことが窺える。
「ただし珠代、お前は後でお仕置きだ。大方やらかしただろうからな」
「そんな、せんぱ~い、怒らないで下さいよ~」
そして珠代はこの後絞られたのだった。