将棋界の戦争狂   作:nasigorenn

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久々の更新で感覚が難しいです。


第8戦 その女、恋するにつき

 ついに棋帝タイトルを勝ち取った晴明。二冠となったことは当然凄いことなのだが、本人はあまりそのように感じてはいないらしい。

 

「せ~んぱい、二冠おめでとうございます」

 

いつも変わらず、いや………ニコニコ動画で暴露なんかをしてはっちゃけた恋する乙女の後輩こと鹿路庭 珠代は笑顔全開で晴明を祝う。それこそ自分の事のように、否、自分のこと以上に彼女は祝っていた。どれくらい祝っているのかというと、晴明の腕に抱きつき身体を密着させてぎゅーとするぐらいにだ。恥じる気持ちなどどこかに置き忘れたのだろうかというくらいそれは見事なまでにくっついていた。まさに男なら誰もが興奮するような状況である。その証拠に彼等の付近にいた男達からは嫉妬の籠もった眼差しが晴明に集中するくらいだ。

 普段なら多少はドキドキしているかもしれない晴明だが、まだ余韻を感じているのかその瞳には殺気の煌めきが残っていた。

 

「あぁ、ありがとさん。祝ってくれるのは嬉しいが、もちっと周りの状況や場所を考えなさい、珠代さんや」

「あれ、嬉しそうにないですね? 二冠ですよ、二冠! 凄いじゃないですか」

 

 晴明の様子に以外でもないかなぁなんて思いつつ珠代は問いかける。いや、既に答えは分かりきっているのだが。

 何故なら彼女は知っている…………戦部 晴明という棋士は過程にこそ楽しみを覚えるタイプだということを。

 

「まぁ、結果的にそうなったってだけだ。そんなもんはオマケにすぎんよ。俺はあの人と戦争して殺し合った。楽しい楽しい殺し合いだった。その結果がそうだってだけだ。俺は戦勝後の領地に魅力など覚えないんんだよ」

 

 つまり晴明は篠窪 大志との対局こそを楽しみとし、勝った後の称号に意味はないというのだ。 

 棋士の価値観をぶち壊すかのような考え、そして棋士そのものを侮辱しかねない発言。もしこの場に棋士の重鎮達がいたのなら一悶着あったかもしれない。それぐらい苛烈な発言である。

 

「またそういうことを言うんですから。あまりそういうことばかり言ってるとせんぱいのお師匠様に叱られますよ~」

 

晴明を知っている珠代は仕方ないなぁ、なんて思いつつも注意する。いつもの通りの晴明であり、珠代が大好きな晴明である。そんなことでも嬉しいのか彼女は晴明に抱きつきながら微笑んだ。

 

「師匠ならそんなことしないよ。何せ師匠だ、そんな程度のこと些末にしか思ってない。俺が戦争が大好きなように、あの人は将棋の真理を探究していたいだけなんだ。その深部を目指すことだけに集中してるのがあの人だ。俺と変わらないんだよ、あの人」

 

 気の抜けたような声で、でも殺気は少量ずつ漏らしながらもそう答える晴明。彼はこの世界でもかなりの変わり者だ。その自覚もある。そしてそんな彼からしてもあの『名人』は変わり者らしい。同じ変わり者だからこそ、どこか馬が合うのだろう。だからこそ、あんな非常識な師弟関係が出来上がっているのであった。

 自分の腕に抱きつくという大胆な事をしている珠代に晴明はそれまで漏らしていた殺気を散らしつつジト目を向けた。

 

「俺の事よりも次はお前だろ、珠代。マイナビでの対局」

 

そう、珠代も対局を控えているのだ。既に女流棋士である珠代がこの大会に参加する意味はそこまで大きくはない。だが、『対局経験を積める』という事こそが重要であり、尚且つこの大会の優勝者には女流二冠である『空 銀子』に挑戦できるのである。

 晴明の前では恋する乙女全開の色ボケ娘である珠代だが、将棋に関しては向上心がかなり激しい。それが晴明の影響なのは間違いなく、彼女は穏やかな見た目の割に戦意が凄いのだ。伊達に戦争狂に付き添ってはいないといったところだろう。

 晴明の視線を受けて珠代はそれまであった可愛らしい笑みから不敵な笑みへと表情を変えた。

 

「それは勿論頑張ります! だってこんな機会、滅多にないんですから。もっと一杯対局して勝っても負けても糧にします。でも………負ける気は毛頭無いですけどね」

 

自分も大概だと思うが彼女も結構過激だと晴明は思う。でもまぁ………そんな彼女もまた晴明は嫌いじゃない。

 だから晴明は彼女に向かって呆れたような顔でこう問いかけた。

 

「それで、俺はどうしたらいいんだ?」

 

それは既に決まり切った答えであり、晴明がそう問いかけたのは確認でしかない。

晴明の言葉に珠代はニッコリと笑顔を浮かべてこう答えた。

 

「私が私の将棋を楽しめるように応援して下さい。それで勝ったら………ご褒美下さい」

 

最後の辺りで上目遣いのお強請り付きというのが珠代らしい。晴明は彼女の頑張る姿を見るためにも、少し疲れた様子で返事を返す。

 

「わかったよ、まぁなんだ………頑張ってこい。そんでもって勝ったんならお願い一つ聞いてやる」

「やくそくですよ、絶対ですからね!」

 

晴明の言葉に珠代は顔を赤らめて嬉しそうにそう言うと晴明の腕に更に抱きついてきた。

 本人は今まさに無敵な気分なのだろう。恐れるものなど一切なし、恋する暴走娘はもう止まらない。

 そしてそんな珠代に晴明は呆れた顔をしながら現金な奴だと苦笑する。

そんな二人のやり取りを見てリア充爆発しろと嫉妬の籠もった視線を向ける周りの男達。そんな視線を向けられながら二人は歩き始めた。

 

 

 そして始まったマイナビにて、珠代は既に二回勝っている。相手は一人がアマチュア、もう一人が自分と同じ女流棋士であったが実力的に彼女を止めるには至らなかった。

 そして三回戦目、相手はこの大会でも類を見ない最年少である小学三年生の少女。どこかお嬢様然としている所を見るに良いとこのお嬢様なのだろう。だが珠代が知っているのはそんなことではない。

 

「貴女が九頭竜先生のもう一人のお弟子さんね」

 

そう、珠代の前にいるのは九頭竜 八一のもう一人の弟子『夜叉神 天衣』。姉弟子である雛鶴 あいとはまた違った戦い方をする天才である。才能だけで見れば化け物クラスであり、その実力を聞いている限りでは強敵間違いなしである。

 そして向こうは此方のことを知っているのだろう、珠代に盤外戦術をしかけてきた。

 

「そういうそっちは淫らな格好で先生を誘惑した淫売じゃない」

 

誰が聞いても怒り出すであろう酷い言葉。普通に何故そんなことを言われなければならないのだと怒るべきである。だが珠代はそれを受けて尚不敵に微笑む。

 

「九頭竜先生は棋士として尊敬してるけど……ごめんなさいね、私が好きなのはせんぱいだけなの。だからそんな言葉で揺らぐほど………私は甘くないわ」

 

そして珠代から噴き出すのは闘志。やる気の漲りとまったく揺るがない精神に仕掛けたはずの天衣の方が押されてしまう。

 

「それに……エッチな格好でもそれでせんぱいが気にしてくれるなら、私はそれでもいいの。だって大好きな人に意識してもらえるんだから。それだけでも私は幸せなの」

 

そこにあるのは恋する暴走機関車。大好きだからこそ一生懸命であり、その為ならばどんな障害であろうと粉砕するのみ。

 だからこそ、珠代は人生の先輩として、そして恋する者として天衣に告げる。

 

「だから貴女には見せつけてあげる。これが本当の恋をする女というものよ、お嬢さん」

 

 そうして二人の女が激突した。


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