将棋界の戦争狂   作:nasigorenn

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第11戦 その男、同行決定につき

 最近の話題と言えばやはり名人の竜王戦挑戦だろう。これまで数多くのタイトルを得ていた名人にとってこの竜王のタイトルは全タイトル制覇に於ける重要な位置にある。名人が持っていないタイトルは三つ。一つは竜王、そして帝位と棋帝の計三つ。その内の二つ、帝位と棋帝は名人にとって知らぬ仲ではない戦部 晴明が持っている。その強さは名人に勝るとも劣らないものであり、公式戦でも勝率は今のところ若干名人が勝っていると言う程度で一勝差程度でしかない。正直どちらが勝ってもおかしくない程に実力が拮抗している。それ故にプロ棋士達はその二人に注目しているわけだが、そこでその前の前座と言えば失礼なのだが先に来る竜王戦である。

 名人の竜王戦への挑戦は当然話題として盛り上がり、対局相手である九頭竜竜王は当然の如く緊張する。その話題性は凄まじく、最年少竜王と名人の対局というのはあっという間に世間にまで伝わり気付けば一種のお祭り騒ぎへと発展していった。

 

 

 

 静かな部屋に鳴り響くのは毎度お馴染みの駒が指される音。一つ駒が動く度に対局者の表情に緊張が走り強張っていくのを見ている者達は感じていた。

 その日にあったのは何てこと無い普通の対局。タイトルが掛かったものではないのだが、その会場は異様なまでの雰囲気を醸し出していた。

 

パチリ…………。

 

駒がまた指される度に対局者の瞳が恐怖に揺れた。まるで首元に刃物を突きつけられているような錯覚を感じるほどに彼から放たれる殺気は濃密であった。

 此方を見る瞳に宿るのはギラギラとした怪しい輝き。駒が動く度に聞こえる音は静かなはずなのにまるで大砲の着弾音のように心が感じさせる。

 

(俺は将棋を指しているはずだよな!? なのになんで……何で将棋に見えない!? 知らない、俺はこんなのは知らない! こんなのは将棋じゃない。こんなの………ただの蹂躙じゃないか!!!!)

 

 対局者は将棋を指していたはずなのに、目の前のソレを将棋に非ず。対局者の目に見えたのは戦場だ。

 歩兵が進み戦車が砲撃を放ち装甲車が自陣に向かって突進してくる。それはまさに戦場の光景だ。戦火が肌を焼き恐怖の悲鳴と憤怒の怒号が飛び交う。

 今の目前で自分の自陣にいた歩兵が砲弾に吹き飛ばされて跡形もなく吹き飛んだ。そんな光景が対局者の目には見えてしまっていた。目は普通に将棋盤を映しているはずなのに頭では生々しい戦場が見えている。それが余計に恐怖を煽った。

相手からの砲撃が来る度、相手の兵が此方の兵を撃ち殺し刺し殺す度に飛び交う血肉と生臭い血でさえ感じられる程それは生々しい。

 その光景に常人が耐えられるだろうか? いや、耐えられるはずがない。普通なら恐怖のあまり吐いてしまっていたかも知れない。だが対局者はこみ上げてくるものを無理矢理飲み込みながらも将棋盤へと向かう。確かにそんな恐ろしい光景が見える。だがこれは将棋なのだ。自分の頭が恐怖のあまり幻影を見ているだけに過ぎない。棋士として自分は将棋を指しているのだと、恐怖から来る幻影を何とか頭から消し飛ばそうと気を引き締めながら駒を指す。

 息の苦しさに荒くなる呼吸、恐怖から引きつる喉が渇きを訴える。苦しみながらも何とか駒を進めていく対局者だが、戦局は悪化の一途を辿っていく。自陣の防衛陣は食い破られ、敵の歩兵は金と成って暴れ回り、そこに金と銀の二つが圧迫してくる。正直反撃の術が見つからない。だがここで負けを認めるわけにはいかなかった。だからこそ、焦りつつも駒を進めた。

 パチリと動いたその駒。それを見た瞬間、対局者は彼を見た。

ギラつく怪しい輝きを放つ瞳で殺気に塗れた物騒な笑みを浮かべた『戦争狂』を。

 それは悪手であった。そしてそれを見逃してやる程彼は甘くない。

 

『ところがギッチョン!!!!』

 

そんな幻聴が聞こえた。勿論彼は言っていない。

 そして彼から放たれたのは獰猛な一撃。それによって戦況は決定打を打ち込まれた。後は只管対局者が追い詰められるだけであり、これ以上は無理だと対局者の心を粉砕した。

 

「ま、まいりました…………」

 

そして勝敗が決した。

 

「ありがとうございました」

 

そう言うのは真っ白い長い髪を一つに纏めた顔色の悪い青年……戦部 晴明である。

 今回の対局で彼はますますその狂気に磨きをかけていた。まぁ、単純に最近何かにつけて色々としていただけに燻っていただけなのだが。

 対局を終えて感想戦に移るのだが、相手は戦意を失い自我喪心状態。言葉がまともに聞える状態ではなかった。そんな状態で感想戦になるわけがなく、感想戦は直ぐに終わり晴明はその部屋を退室した。

 

「せ~んぱい、お疲れ様です」

 

部屋を出ると直ぐに珠代がやってきた。待っていたことは予想がついていただけに晴明は驚く様子はない。

 いつもとかわらないやり取りに晴明はいつもと変わらない呆れた顔で答える。

 

「んでどこに行くんだ?」

 

 どうせこの後どこかに連れて行かれると予想出来ていた晴明はそう珠代に問いかける。只でさえ対局で疲れているのだ。あまり派手に振り回されたくないというのが本音なのだが。

 そう言葉をかけると珠代は少しだけ驚き、その後頬を赤らめた。

 

「せんぱいが初めて先に誘ってくれました」

 

どうやら感動しているらしく瞳も潤んでいた。

 

「ッ!? そ、そうだったか?」

「はい! せんぱい、いつも私が言わないと行きませんでしたから。だから誘ってくれて嬉しいです」

「まだ行く先は決めてないだろ。それに俺は先にそう声をかけただけで行く先はお前にぶん投げてるんだぞ。そんなんで感動するなよ」

「それでも、です! せんぱいが自分から誘ってくれたのが嬉しいんです」

 

感動して自然に腕にやんわりと抱きつき喜ぶ珠代に晴明は顔を反らしながらそう答えた。その顔が赤くなっていることは誰が見ても明らかであり、珠代はそんな晴明を見て笑う。

 

「せんぱい」

「なんだ?」

「か~わいいです」

「…………うっせ……」

 

顔が熱くなっていることがバレていることに晴明は小さくそう答えるしか出来ず、しばらく珠代のなすがままにされていた。

 そんな先程まで対局していたとは思えない程にホンワカとしたやり取りをする二人。ぶっちゃけイチャイチャしているバカップルに周りは微笑ましいやら妬ましいやらと様々な視線をむけられていた。

 だがその視線は急に止んだ。それまであった様々な視線は止み、ただソレにだけ集中していた。ソレは晴明にゆっくりと話しかける。

 

「対局お疲れ様。また一段と強くなったようだ。楽しかったかい?」

「あぁ、師匠、こんにちわ。えぇ、楽しかったですよ。悪くない戦争でした」

 

その視線を一身に受けているのはこの世界には知らぬ者などいない神。『名人』であった。

 名人は朗らかな笑みを浮かべながら晴明に話しかけ、晴明もいつもと変わらない様子で応じる。

 そんな二人に珠代はいつもと変わらずに笑みを浮かべながら名人に挨拶する。

 

「いつもウチのせんぱいがお世話になってます」

「ちょっとまておい、誰がウチのだ、誰が。寧ろ俺が世話してばかりだろ」

 

流石に耐えきれずに突っ込む晴明だが珠代はそれをやんわりと否定する。その際にさりげなく身を寄せるのも忘れない。

 そんな仲無つましい様子に名人も朗らかに笑う。

 

「仲が良いようだね」

「はい!」

 

速攻で答える珠代に晴明は呆れるしかなかった。だがその答えに名人は満足そうに頷く。彼としても晴明は家族同然である。そんな彼を慕う女性がいるというのは身内として好ましい。だからこそ、ここは先達としてサポートしてあげようと思った。それに向こうは一門で来るらしい。此方も家族を連れて行きたいが娘達は学校があって無理だ。だから一人で行くしかないわけだが、それはそれで少しばかり寂しい。そこで彼を誘おうと思ったのだが、ここに来て朗報である。まさに丁度良いと言えよう。

 故に名人は晴明と珠代に若干含みを含めた笑みを浮かべながらこう告げた。

 

「もしよければ南の島のバカンスに一緒に来てくれないか。僕はそれどころではないが、君達は自由に動ける。最高の思い出を彼と供に作らないかい?」

 

「はい、是非いかせてもらいます」

「え、えぇ~………(おれ、まだ何もいってないんだけど!?)」

 

珠代の即断により決定。

名人陣営、戦部二冠と鹿路庭女流を同行に加えることが決定しより辺りは騒然としたのだった。

 

(せんぱいとのハワイ、せんぱいとの旅行! ありがとうございます、お義理父さん『名人』。私、絶対に決めますから)

 

決意に燃えるこうはいに晴明は何故かゾクリとしたいう。

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