戦部 晴明(いくさべ はるあきら)
現在22歳でA級在籍にして『帝位』のタイトルホルダー。
その見た目は打っている将棋とは違いかなり弱々しく、強いて言うのなら病弱であった。事実、本人は良く体調を崩しておりそれで試合を辞退することもしばしばある。
真っ白い長髪を後ろで一つに束ねた姿は侍を思わせるが若干猫背で顔色悪く咳き込む姿は病人のそれだ。そんな彼の経歴を簡単に説明することにしよう。
彼が生を受けたのは静岡県沼津市にある良くある普通の町であった。父親は良くある普通のサラリーマン、母親は専業主婦。そんな両親の間に生まれた彼であるが、その生まれはある意味良くなかった。彼の身体は生まれついての病弱であったのだ。運動を少しでもすれば気管と心臓に負担が掛かり喘息を起こして気絶する。少しでも身体を冷やせば風邪をひき数日間熱で魘される。そんな身体に生まれついた彼は幼い頃から病院に掛かりきりであり、あまりの酷さに入院もするほどだった。それでも重い病気にかからなかったのは奇跡としか言い様がない。髪が白いのは地毛であることから彼はアルビノだと判断されているのが病弱な理由であり両親は心底心配した。その結果、彼は幼い頃から入退院を繰り返す生活を送ることになり、物心ついたときから病院の一室はすでに自室と変わらなかった。
そんな幼年期である。当然友達など出来ず学校にも満足に行けない。人々との繋がりというものが希薄な彼は酷くもの静かで内気な性格をしていた。
そんな彼である。楽しみというものが殆どなかった。満足に動けないとあって同年代の子共と遊ぶ事も出来ない彼に出来ることは精々読書くらいだろう。色々な本を読みはしたが、それでも彼の心はどこか満たされない。彼は餓えていたのだ、心を満たすナニカに。自身の存在を証明出来るような価値に。
そんな事を心の奥底で願っていた彼に転機が訪れた。
当時どこかの国で紛争が起こっており、それがテレビの特集で放送されていた。何もなかった彼はその放送をどことなく見ている。病院が殆どの彼にとって現実味のない話であった。だが……『戦争を経験した』老人達がその報道を険しい顔で見ている。
その時の小さな声での話し合いに彼はどうしてなのか気になり話しかけた。
「ねぇ、おじいちゃん達。そのお話、聞かせて」
そして老人によるマイルドな話を聞いた彼は正直………『羨ましかった』。
自分では出来ないような体験が出来た老人達が凄く羨ましくて仕方なかったのだ。だからこそ、その話に惹かれた。懸命に命を賭けて生きる彼等の体験話を。その話を聞いて滲み出す命のやり取りと殺した事への罪悪感を感じ取りながら、ソレすらも愛おしく羨ましいと感じていた。
ぶっちゃけ彼は『戦争がしたかった』のだ。
自分も命掛けで相手と殺し合いをし、死んでもいいからその生を輝かせたいと、そう思ったのだ。
思うだけなら自由だから。自身の身体ではそれが絶対に出来ないと知っているから。
だから彼は老人達に憧れた。戦争をしたことのある彼等を尊敬したのだ。
そんな繋がりからどういうわけか老人達と微妙に仲が良くなった彼。話を聞いたりして色々と楽しませてもらっていた。そんな時、それは出たのだ。
それは病院の休憩室で入院患者の老人達が指している駒。互いに打ち合っている様子はどこか熱狂しているようで、それが酷く楽しそうに見えた彼はそれに誘われるかのようにふらふらと近づいていた。
そしてそれを見ていたところで周りにいた老人に話しかけられたのだ。
「ん、何だ坊主? 将棋に興味があるのか?」
「将棋っていうの、これ?」
老人達が遊んでいる物の名を知った彼はジッとそれを見ていた。
そんな彼に観客として見ていた老人はニヤリと笑いながらこう語ったのだ。
「あぁ、こいつは将棋っていうんだ。一対一でどんな奴でも戦える遊びだよ」
その言葉に彼は期待の籠もった眼差しで老人を見ながら問いかけた。
「僕でも出来るの? 僕、運動とか一切出来ないけど」
その言葉に老人は満足そうに笑みを浮かべる。
「勿論だ。こいつは頭さえあれば誰だって出来る。そして誰とだって『戦える』んだ」
「戦うの、これ?」
「あぁ、そうだよ。何せこいつは相手と『戦』をしているんだから」
その言葉を聞いて彼の魂に電撃が走った。
それは彼が求めているものをまさに具現化したような存在だから。
身体が弱い自分でも出来る『戦争』。駒という兵を使い自身の頭脳を駆使して展開する戦場。何よりも相手と生で戦える『殺し合い』。そう彼には見えた。勿論そんなことは全くないし、将棋はそんな物騒な物ではない。だが、歴史的に将棋は軍議に使われていたこともあったともいう話もあり、あながち間違いとも言えなかった。
だからこそ、彼は将棋に飛びついたのだ。自分でも出来る、自分の生を輝かせる『戦場』を見つけたから。
「おじいちゃん達、僕にこれを教えて」
「これ……将棋をか? 最近の子共ならこんなのよりピコピコ(げーむ)とかの方がいいだろ」
その言葉に彼は子供ながらに『確かに狂気の籠もった瞳』を老人達に向けて彼にしては大きな声で答えた。
「僕は将棋を覚えたいんだ! この戦場を僕は楽しみたい!!」
その言葉に老人達は若干戦いたが、それでも孫のように慕っていた彼の願いを快く聞き入れた。
コレが彼の将棋との出会い。
そこから彼の将棋指しとしての人生は加速する。
依然病弱な身体のため入退院は繰り返していたが、それでも以前に比べて生き生きとした表情を見せるようになった。そんな顔を見た両親はとても喜び息子のしたいようにし甘えさせた。その結果自宅にも将棋盤と駒が購入されたとか。それを使って自宅で将棋(戦争)を本やインターネットを使って学び、病院で顔なじみになった老人達を打ち合い、彼という将棋指しは磨き上げられていく。
そして年月が過ぎていき小学校3年になった頃には多少入退院のペースが落ち始め気持ち程度身体が丈夫になった頃、彼は学校のクラブ活動に参加した。そのクラブの名は『将棋クラブ』。そこで彼はそれまで磨いてきた刃を振るい始めた。
最初は褒められたし持て囃された。凄いと言われ格好いいといわれた。だが、それが続き教師達ですら勝てなくなるとやがては不気味がられた。これがさわやかな笑顔が似合う子共だったら格好いいで済んだだろう。だが彼が見せたのは『戦場を楽しむ狂った笑み』だ。そんな顔で相手の駒を殺していく(取っていく)姿はとても子共のように見えない。ソレでいながら無邪気な笑みを浮かべながら相手の王を取る姿は嗜虐に満ちている。
故に恐怖した。子共の姿をした悪魔がそこにはいた。
周りはそんな彼を怖がり近づかなくなり、結果当然友人など出来なかった。ただ一人を除いて。
それでも彼は不満などなかった。ただ将棋をさしていることに満たされていた。戦争が出来ることが嬉しくて、相手の駒を、王を殺す(取る)のが楽しくて、ただただ只管夢中になっていた。
そして小学校を上がり中学に進学、そこでも将棋部に入り周りを戦かせた。
中学2年の頃には部活動の大会にも出場し見事に優勝しその名を響かせたものである。だが、彼はそれに満足することはなかった。何せ彼は知っている。こんな『戦争ごっこ』ではない『本当の戦争』をしている者達がいることを。要は『プロ棋士』達のことである。
それに憧れ羨ましがり焦がれた。
故に中学3年の時、彼は両親に必死でお願いし東京に引っ越し、そして………奨励会に入って僅か10ヶ月でプロ目前まで至った。このまま行けば史上4人目の中学生棋士となるはずであったが…………残念な事に目前で彼は体調を崩し入院。結果中学生棋士にはなれず彼は高校に入学してからプロ入りを果たした。
世間ではそのことに勿体ないとの声もしばしばであったが、彼自身は気にしていなかった。何せ『そんな称号』に意味はなく、彼はただ『戦争』をしたいだけだったのだから。
そしてそこから始まったのは将棋界の暗黒史。たった一人のプロによってもたらされた残虐な対局の嵐であった。
こうして『将棋界の戦争狂』は誕生した。
「……………目覚めて朝一に目の前に後輩がいる件に関して。何か言い訳はあるか、鹿路庭」
彼は朝が弱く低血圧のためぼんやりとしているがそれでも目の前、ソレこそ顔が触れあってしまう程に近い距離にあった綺麗な顔の女性に対してジト目を向けながらそう問いかける。
すると『鹿路庭(ろくろば)』と呼ばれた女性はほんわかとした笑みを浮かべながら可愛らしく彼に返した。
「おはようございます、せんぱい。もう朝ですよ」
「それは分かってる。起こしに来たのもまぁ、認めよう。だが、だったら何で俺に添い寝してるんだ、お前は……」
若干疲れたような顔をしながらそう言う彼に彼女はイタズラッ子のような笑みを浮かべ可愛らしく舌を出す。所謂てへぺろという奴だ。可愛らしい彼女には確かに似合っている。
「だってせんぱいの寝顔が可愛らしかったから、つい」
「まったく、嫁入り前の娘が何を言っているのやら」
明らかに好意全開の後輩である彼女に彼は深い溜息を吐く。
このやり取りをもう何回したのか、数えるのも億劫になるくらいしたのではないだろうか。そう思いながらも彼はぼんやりとする頭で改めて自分を慕う後輩を見た。
綺麗な長髪を背に流し、女性なら誰しもが羨む抜群のスタイル。特に胸部の膨らみは男性なら誰しもが目を向けてしまうだろう。そして綺麗でありながら可愛らしさを兼ねそろえる顔はまさに美しいの一言に尽きる。まさに見目麗しき女性であった。
そんな彼女の名は『鹿路庭 珠代(ろくろば たまよ)』
関東所属の女流二段、将棋界における女流棋士人気ナンバー2。所謂グラビアアイドル的な立ち位置にいながらそれに甘んじることなく棋士として日夜努力を惜しまない棋士であり………彼とは小学生時代から続く腐れ縁。というか彼を唯一怖がらずに慕っている後輩なのであった。
これが今現在の戦争狂の日常。そしてそんな彼には常に女神が寄り添っていた。
「お二人さん、朝からイチャイチャするのもいいけど早くご飯食べてよ。洗い物が片付かないじゃない」
「あ、ジンジン!」
「いつもすみません、山刀伐さん」
そんな二人の世話を焼くのが彼と同じA級在籍8段の山刀伐 尽であった。
主人公の声は諏訪部さんをイメージしてますよ(笑)