彼女はどこにでもいる普通の女の子だった。
どこにでもある普通の家に生まれ蝶よ花よと大切に育てられてきた。幼い故に美人かどうかはまだはっきりとしていないが、将来有望な可愛らしい子であった。現に今では誰もが振り向くスタイル抜群の美女へと成長を遂げている。
そんな彼女が運命的な出会いをしたのは小学3年生になったころであった。それまで周りの女の子達と同じように女の子らしく過ごしてきた彼女はクラブ活動に参加出来るようになったことでどれに入るかを決めることに。最初は女の子が好きなクラブを友達と一緒に参加しようと思っていた。そこでクラブを決めるために友達と見学をしにいった時、彼女はそれに目を惹かれた。
夕日が差し込む教室内、静寂が支配する黄昏時に時たまに響く小さな弾けるような音。そしてその音源にいる真っ白い髪をした少年。その少年は周りの雰囲気と風景もあってか幻想的でありいつ消えてもおかしくない儚さがあった。
そんな少年に彼女は魅入られてしまう。彼女の目にその少年は惹き付けてやまない美しさがあった。それは彼女の同年代は勿論彼女の付近にいる年上の者達でも持ち得ないものであり、彼女にとって初めての感覚だ。その感覚を抱いた彼女はその少年の元へとゆっくりと近づいていく。意識などしていなかった。まるで蝶が花に飛んでいくように無意識に彼女は惹き付けられるように歩いて行く。
彼女が少年の直ぐ近くに近づいても少年が気付く気配はない。彼はただ目の前の盤に夢中のようで腕以外は一切身じろぎしていなかった。
彼が指しているものを見て彼女はやっとそのクラブの名に気付く。友達となぁなぁで全部回ってみようということになっていたのでこのクラブに来たときもその名を確認していなかったのだ。
「将棋…………」
いくらそう言った物に興味がない者でもその認識程度はある。だから彼女は少年が夢中になってやっているものが将棋であることを知り、彼の動かす手を見つめる。
その動きに一切の悩みはなく、パチリとなる音は澄んでいて小気味良い。その姿を彼女は綺麗だと思った。見た目ではなく、その姿勢に美を感じ取ったのだ。
だからこそ気になる。そんな美しい少年がどんな顔をしているのかが。見た目が美しいのではない、その有り様が美しい少年のことを彼女は気になったのだ。
そこで彼女はこの場の雰囲気を壊さぬように物音を立てないようにゆっくりと少年の対面に動く。
そして盤を覗き込むようにしゃがみ、少年の顔を見るべく顔を上げた。
「あ……………」
そんな言葉が漏れてしまった。
何故そうなったのか、彼女自身わかってはいない。だが、彼女はその顔に見惚れてしまった。
少年の顔は彼女が予想したものとは違っていた。彼の顔は見た目のような儚いものではない。彼女が見た少年の顔は…………笑っていた。
それもただの笑みではない。見た目にそぐわない『凶悪で獰猛な笑み』だ。それはとてもその年齢の子共がして良いような表情ではなかった。そんな表情を浮かべながら駒を動かす度に対戦相手の子共が恐怖し息を吞む。はっきりいって怖いの一言に尽きるだろう。
この場では明らかに浮いている異端。見た目的にもそうだがその意思はもっと交わらない。確固たる意思の表れを感じさせられた。
確かに怖いだろう。それは対戦している相手は勿論、周りの生徒も、挙げ句は教員ですらその少年に畏怖していた。
確かにそうなのだが…………彼女はそうじゃなかった。
「格好いい………」
そう感じた。見た目とのギャップがあったからなのか、彼女は少年に見惚れながらそう呟いた。将棋が彼をそうさせていることは明白であろう。
はっきりと言えば……………『彼女は一目惚れした』のだ。
その少年を格好いいと思った瞬間……いや、それ以前に将棋を指している姿を見たときから彼女の胸はドキドキと高鳴っていた。その少年を好きだと認識した途端に顔が熱くなっていくのを感じた。
ただ只管見惚れてしまっていた。
そんな彼女が見惚れている間に対局は終わり対戦者は若干の泣きべそを掻きながらその座から離れる。その場にはどうにもならない気まずさが流れたが、そこで彼女はハッとして手を上げて少年にお願いした。
「わ、私に将棋を教えて下さい!!」
その大きな声が教室内に響き渡り、それを聞いた者達は唖然とする。それは彼女の友達もそうであった。その申し出を聞き、それまで凶悪な笑みを浮かべていた少年はやっと少女の存在に気付く。そして先程までの表情とは打って変わって物静かな表情で驚きを見せながら少女に話しかけた。
「君は僕が怖くないの?」
相手に怖がられることに慣れていることもあって特に思うことはない。だが、こうもはっきりとそう言われたことがない少年は純粋にそう思ったのだ。
その言葉に少女は目を輝かせながら応えた。
「確かに怖いけど、それも含めて格好良かった!」
その言葉に今度は少年が呆気にとられた。今まで怖いだの不気味だのと言われ続けてきたが、格好いいなどと言われた事などなかったから。
だからこそ、こう聞いてしまった。
「君、頭大丈夫?」
実に失礼な物言いに少女は顔を真っ赤にして怒りを露わにしながらも熱の籠もった眼差しで少年を見つめながら叫んだ。
「大丈夫じゃない!だって私、貴方のことが好きになっちゃったんだから!」
この告白で今度こそ少年はジト目で少女を見た。恋愛を意識したこともないような年齢である。そう言われたところで嬉しいも何もないだろう。少年の中で少女は『変な奴』に分類された瞬間であった。故に彼は聞く。
「君、名前は?」
その言葉に少女は好きになった相手に興味を持たれたことが嬉しいのか胸を張って答える。
「私、鹿路庭 珠代(ろくろば たまよ)。3年生です!」
その紹介に少年は明らかに気に入られたことに軽い溜息を吐きながら答えた。
「僕は戦部 晴明(いくさべ はるあきら)。一応4年生だよ」
意中の相手の名を知った彼女はそれを胸の中に大事にしまい込むように両手で自身を軽く抱きしめながら晴明に向かって極上の笑顔を向けた。
「それじゃよろしくお願いしますね、せんぱい!」
これが彼、戦部 晴明と鹿路庭 珠代の出会い。
この後この二人は将棋クラブでいつも指す相手になり、更にはどういうわけか家族ぐるみの付き合いをすることになる。
そしてその付き合いは二人が中学生になっても続き、彼女の一途な思いは加速し減速することを知らなかった。ぶっちゃけ絵に描いたような幼なじみのような感じになっており、戦部家の両親からも珠代は応援される始末。それは晴明が東京に引っ越しても続き、挙げ句は彼がプロ入りして師の元から離れ独り立ちした際に一人暮らしを決めた時でも発揮された。
「ねぇ、珠ちゃん。晴(はる)が心配だからあの子のこと、見てもらえない。何なら押し倒しても良し」
「はい、分かりました、お義母さん」
それがどうなったのかは…………まぁ、今の形を見ればわかるだろう。
ちなみに晴明は未だ『童貞』であった。