将棋界の戦争狂   作:nasigorenn

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あまり更新出来なくて申し訳ないです。


第5戦 その男と師匠の始まりにつき

 将棋の世界に於いて皆必ず師匠がいる。

この世界は意外と閉鎖的な部分があり、どこかしらのプロ棋士に弟子入りをしなくてはプロになれないのである。それ以外では『アマチュア棋士』と呼ばれ、いくら強くても大会への参加は勿論職業としても認められない。故にプロを目指す者はどこかの門派に入らなければならない。

これは棋士の絶対事項である。それは晴明とて同じだ。故に棋士には必ず己を鍛え上げてくれた師匠がいる。

そんなわけで晴明や珠代、山刀伐にもそれぞれ師匠がいるわけだ。

だが、そんな中でもやはり晴明だけは少し違っていた。彼の師匠は他の二人よりも遙かに有名であり、そんな師匠の弟子となればこの界隈でも同じく有名になるものである。

だが現実にはそんなことはない。晴明自身の凶名は知れ渡っているが、彼とその師匠との繋がりというのは一部の者達以外知らないのだ。

それは何故か? その理由は結構前…………すなわち彼が東京に引っ越した時の学生時代に一悶着あったからだ。

 

 

 

 当時から異端として学生将棋に名を知らしめていた晴明。だが彼はその程度で満足などするわけがなく、当然プロを目指していた。といってもプロを目指す理由が『もっともっと強い相手と殺し合い(戦争)がしたい』という何とも物騒な理由なのだが………既にこの段階で将棋に熱中(戦争狂)の気が全開だった。

そんなわけで晴明は当然将棋会館に行き始め、そこで自身の師匠になれる人を探すことにしたのだ。普通は弟子入りをお願いしにいくものだがこの男………調子に乗っていた訳ではないのだが『自分より弱い奴の弟子になる気はない』と豪語しお願いなどしに行かなかった。では何をしたのか? 

 

答えは単純に………『荒らし回った』のである。

 

最初は一般人などが指すスペースで喧嘩を吹っかけるように勝負を挑み叩き潰す。それを何回も続けていけばその話題が会館内に広まりプロの耳にも入った。

そして今度は見に来たプロ相手に不敵な笑みを浮かべながら挑発し勝負を挑む。プロは素人相手に指すことはあまりなく駒落ちで指すのが普通なのだが晴明がそんなものはいらんと弾き、さらには『アンタ程度ならこっちが駒落ちで指したっていいくらいだ』と言って相手を怒らせ勝負させた。その結果、相手は見事に潰されそこから更に晴明の暴走は続く。更に見に来たプロ相手に同じように勝負を吹っかけたのだ。そして相手も最初こそ生意気な餓鬼がいると皆嗤いながらも勝負に応じ晴明にヤキを入れようとするのだが、そいつらは逆に返り討ちにあい自信を喪失していく。最初の怒らせるのが盤外戦術だと思いそれに応じず冷静に指す者も現れ、そしてそれらも等しく皆敗れた。この場に来ていたB級C級の棋士達が皆相手にならなかったのである。そしてソレこそが晴明の実力の証明となった。この男はプロよりも強い。それも普通ではない奇抜に溢れた予想外の力を持つ異端だと。

そんなことがしばらく続けば当然噂は広がっていく。下手なプロより強いアマチュアの学生がいると。そんな話を聞けば当然他の棋士は興味を持つ。

そこで来た棋士達を返り討ちにしてより名を上げていく晴明。だが彼はそんな事に興味などなく、只管戦争がしたいだけだった。お陰で当時囁かれていたあだ名は『将棋界のテロリスト』である。

そんなテロリストのテロで将棋会館は荒れに荒れ、下手すればプロ同士の試合より殺気だっていた。お陰で一般人は近づかなくなるという宜しくないことに。

そんなとき、それは現れた。当時からA級棋士で絶賛され神の如き強さを持つ一流棋士。その名を呼ぶ者はおらず、総じて皆その者の称号を呼ぶ。

 

『名人』

 

数多くいるであろう歴代の名人と呼ばれる人達の中で最強だと言えるであろうその男こそ、本当の意味で『名人』なのだろう。だから皆この男を名では呼ばない。『名人』であることがこの男の証明なのだと。

当時から名人と呼ばれていた彼はこの日、会館に用事があって出向いてきた。その用事自体は何てこと無い普通の書類手続きであり、それが終われば普通に自宅に帰るだけ。

 だから特に気負うこともなく彼は手続きを終え帰宅しようとしていたのだが、そこでふと人の集団が目に入った。別に何かしら理由があったわけではない。ただ何かあったのか程度に思い目を向けたのだ。そして目に入ったのは一人の少年。周りの集団に怖じ気づく事無く堂々とした様子で将棋を指す少年だ。周りのプロ達の視線が集中している中、その少年は笑っていた。それは喜びの笑みでも嘲笑の嗤みでもない。あるのはただ目の前にある将棋(戦争)を楽しむ殺気の籠もった阿修羅の笑み。その笑みを見て彼は背筋が震え上がった。

 

「…………何て将棋を指すんだろうか、あの子は……」

 

今まで彼が見てきた棋士の中でもそんな顔をする者は初めてだった。

その一局に己の全てを賭ける者がいた。一局一局に己が策を巡らせ勝たんとする者がいた。自身の身の為になりふり構わない者がいた。皆総じて何かしらがあり、様々な表情を浮かべる。だが、その少年のような笑みを浮かべる者はいなかった。目の前の将棋に対し、全身全霊でもって『楽しんでいる』。これはそういう笑みだ。

だからこそ、彼はその少年が気になった。正直に言えば『似ていた』のだ。

自分もまたその少年と同じ『将棋好き』だから。

だからこそ、彼はその少年の元に近づき少年が指す対局を見た。

 

そこにあるのは未知だった。

 

既存の戦型から外れた全く知らない戦型。通常の将棋から見れば滅茶苦茶としか言い様がないものだが少年が指すソレは直ぐにその猛威を振るっていく。それはまさに少年が作りし新たなる将棋。その効果は少年にしか扱えないものであり、それ故に周りの棋士達は恐怖する。未知に周りが畏れを抱いていた。

だからこそ興味深い。将棋の『真理』を求める彼にとって少年はまさにソレだった。真理に近く、それでいてまったく違う別のもの。だから彼は少年の対局を見続けた。それは圧倒的な破壊力を持って相手を吹き飛ばす。まるで投下した爆弾だ。相手の陣地まで一気に突入した角が裏返り龍馬が大暴れする。勿論それを防ごうと他の駒を動かす相手なのだが、それをまるでカウンターをするかの如く返り討ちにして爆発の効果範囲を広げていく少年。結果敵陣には大きな爆心地が出来上がった。その更地へと進軍する桂馬はあっという間に成り上がり龍馬をサポートしていく。そこからは更に一方的だった。

まさに全軍突撃。それこそ本来ならあまり動かない玉将でさえ他の駒達と一緒に敵陣に向かって攻めてきたのだ。その展開から始まったのはまさに王と一緒に行う一族郎党皆殺しであった。まさに戦国の世を彷彿とさせる容赦ない将棋が展開されていく。対戦相手であったプロは目の前で行われている局面が信じられないと顔を真っ青にしながら恐怖し震えていた。そして最後の王は全方位を包囲された上で討ち取られた。

そんな一局に皆が恐怖し……………名人は打ち震えた。

故に彼は手を上げる。

 

「なら次は私と指そうか」

 

穏やかな声であった。だが、その言葉の端には好奇心が溢れて仕方ない様子でありその瞳が光る。

そんな名人に周りの者達は困惑する。まさか名人が現れると思っていなかったのだろう。しかもアマチュアの少年相手に指すというのだから尚更驚く。そんな周りに比べ少年……………晴明は殺気に溢れた目を向ける。

 

「分かった。名人と指せるなんて今日は良い日だ。なら存分に………争わせてもらおうか」

 

怖じ気づくなんて言葉を母親の腹の中に置き忘れたかのように笑う晴明。修羅の笑みは代わらずであり、その殺気は最早一般人では出せない域になっている。

神と修羅、まさに相対するかのような将棋がぶつかりあった。その結果………………。

 

 

 

「あぁ~、今まで一番楽しい戦争だった。いや、殺られた殺られた。流石は名人だ」

 

かなり接戦した上で晴明が負けた。あの名人相手にここまで指せると思わなかった周りは更に驚きを見せる。そして名人は先程まであった対局に思い馳せ余韻を感じている様だ。

周りからしたらやっと討伐された鬼。その顔は調子に乗った鼻っ柱をへし折られ悔しそうな顔をしていると思ったのだが…………。

 

「感想戦はするかい?」

「あぁ、勿論だ」

 

へし折られたというのに悔しがる様子はまるでない。それどころか爽快感のある笑みを浮かべながらノリノリで名人と共に感想戦を始めていた。

そんな晴明だから周りは怖がりつつも問いかける。

 

「な、なぁ……悔しくないのか?」

 

その問いに晴明はさも当然のように答えた。

 

「悔しがって何になる? 別に俺は死んでないんだ。死ななきゃいくらでも『戦争』は出来る。それに負けることなんて人生いくらでもあるだろ。ならただ負けるんじゃなくて、そこから学び取って昇華すればいい。そういった蓄積がより自身の力を高めるんだよ。だから負けもまた価値がある」

 

視点が既に他の棋士達とは違う。だからこそここまで強いのかも知れない。

そして感想戦を終えた上で名人は晴明に問いかける。どうして最近荒しなどしていたのかを。そこで判明したのは自分がプロになるための師匠を探していたのだということ。

そこで名人は軽く笑いながらこう晴明に言ったのだ。

 

「だったら君は私の弟子になりなさい。ただし、君に教えることはない。『私の弟子』という看板だけ上げよう。後は自分で好きなようにするといい。君の棋風は教え込まれるものじゃない。対局してそう思った」

 

その言葉に当然周りは騒ぎ出す。名人が初めて弟子を取るということは勿論、今まで師弟という関係ではあり得ない半分破門のような状態という聞いたこともないことに困惑するのは無理もないだろう。そしてその提案に晴明はというと…………。

 

「それはありがたい。俺は確かにプロにはなりたいが、どこかの門派に染まる気はないからな」

 

今までの将棋界に喧嘩を売るような発言でそれに応じる。それを聞いた名人は苦笑を浮かべながらそれに応じ、ここに今までにない師弟関係が結ばれた。ややこしい言い方だが要は部活動の幽霊部員と一緒である。部活の名を借りて後は好きにしなさいということだ。確かに今までの将棋界の師弟関係にはない関係だろう。更に言えば…………。

 

「あぁ、そうそう。確かに君は私の弟子となったわけだが師匠ぶる気はないよ。君とはあくまでも対等な棋士だ」

 

その発言が更に周りを騒然とさせる。何せ名人自らが対等だと言ったのだから。

それに応じる晴明は不敵な笑みを浮かべながら答える。

 

「ってことはいつでも師匠を殺しに行っても良い………ってことでいのかい?」

「勿論だ。君との対局は心が躍る」

 

 

まぁ、そんなわけで晴明は名人の弟子となったわけである。

 

 

 

「本日20局10勝10敗………もう一局いきましょうか、師匠」

 

久々に師弟で殺し合う(対局)しまくる晴明と名人。名人宅に来訪してから既に5時間が経過している。

まだまだ殺る気満々の晴明(将棋の時だけで普段はやる気なし)に対し、名人は苦笑を浮かべる。

 

「いや、今日はここまでにしよう。そろそろ……「おと~さ~ん、おにいちゃ~ん、もう晩ご飯出来るよ~~~~!」だそうだ。勿論食べていくよね」

「ではありがたくいただきます。今日はお開きということで」

 

そんなわけで『名人の弟子』という肩書きを手に入れた晴明だが………案外名人一家との仲は良かった。名人の子供には兄貴分として慕われる程度には仲がよく懐かれている。尚、その所為なのか最近は将棋以外で子供の相談を良く師匠である名人から受けているのだとか………。


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