将棋界の戦争狂   作:nasigorenn

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今回はただのラブコメ回。作者としてはリア充爆発しろと心底思ってます。


第6戦 その男、風邪につき

 将棋界において神に並ぶ恐怖の対象といえる『帝位』のタイトルホルダーにして数少ないA級棋士『戦部 晴明』。

 この所それなりに出会いがあり人との繋がりがあったりする彼であるが、一つ皆忘れていることがある。

 それは彼が『病弱』だということだ。成人して身体もそれなりに頑丈になってきているので昔ほど体調を崩し病院に即入院なんていうことはなくなったが、それでも彼は病弱なのである。

 今回はそんな彼が改めて病弱だということを認識し直す話………。

 

 

 

 

「せんぱい、私、常々思うんですよ。せんぱいって本当、将棋の事になるとお馬鹿ですよね~。でもまぁ、そういうところも可愛いですけど」

「お前、仮にも風邪ひいてる人間にそう言うか? っげほげほ」

 

 自室の布団にて気怠さに苛まれながら晴明は自分の隣人にして後輩、そして幼馴染みというトリプルコンボを決めた同じ棋士である鹿路庭 珠代に枕元でそう言われていた。

 今回何故彼が風邪を引いたのかといえば、それは少し前に遡る。

彼は自分の師である『名人』と研究会と称した遊び(戦争)をする為に久しぶりに師の自宅に訪問した。そこで皆が想像するように、あの名人相手に遊びと称したガチ将棋をぶっ通しで5時間も連続で指し続けるという将棋界の住人でも正気を疑う行為を敢行したのだ。この業界の人間ならまず自身の将棋感が狂いかねないものだが、この二人に限ってソレはない。名人は求道者として常に求めているせいでブレることがなく、晴明は晴明である意味既に狂っているので問題がない。故にこの二人に限って皆が畏怖する事など無く、ある意味純粋に将棋を楽しんでいる。

 それは良いのだが、問題はその後だ。

5時間も指し続けた二人だが、流石に名人の家族から夕飯の誘いを受けてこれでお開きになる…………はずだった。

夕飯を供にした晴明はその後何と風呂まで頂くことになり、そこから挙げ句は泊まっていかないかとまで誘われたのだ。師弟関係は希薄な間柄ではあるが、既に晴明は名人の家族から家族同然に思われているのである。だからこそ、その誘いを断ることは出来ない晴明は受け入れることに。

 ここまで来ればどこにでもある暖かな家庭なお話。だが、ここで師弟ともにやはり将棋馬鹿であった。

 

「「なら研究会(戦争)の続きだ!」」

 

そして馬鹿二人による貫徹将棋が始まった。

それは翌朝の朝日が昇り名人の子供が学校に登校するまで続いた。

お互いに目に隈を作り妙にやつれてボロボロであったが、その目は異常なまでにギラつき輝いていた。

 そんなわけで名人宅で一泊した後に帰ってきた晴明はやっと眠りについた訳なのだが……………。

 

「朝帰りした挙げ句にこれなんですから…………せんぱい、自分が病弱だっていうこと忘れてません? 子供だって今時そんなミスしませんよ」

 

 一眠りした後、晴明は全身の違和感と頭痛に襲われた。

喉に痛みがあり頭が熱で冒され意識がいつもより曖昧、全身から倦怠感を感じていた。その症状を今まで生きてきた中で嫌と言うほど味わってきた晴明は医者並みにこの症状を断言する。

 

(風邪………ひいたか)

 

見事に風邪をひいたことを自覚する晴明。そしてそんな晴明を大学から帰ってきた珠代が見事に発見したのであった。

 以上、これが現在の状況であり、風邪をひいた晴明は珠代に看護されているのであった。

 風邪をひいた原因は勿論昨夜の貫徹将棋の所為であり、自分が病弱だということを忘れていたわけではないが軽んじてしまった晴明は自分の両親から自身のことを頼まれている(晴明からしたら勝手にされているだけ)珠代に気まずそうにしている。

 そんな晴明を珠代はしょうがないですねと言いながら看病するのだが、妙に嬉しそう………というか、普通に嬉しそうに笑っていた。

 

「お前、何でそんなに嬉しそうなんだよ………」

 

布団で横になりながらジト目で珠代を見る晴明。そんな晴明の視線を受けても怖じ気づくことなく珠代はふふんと胸を反らしながら答える。

 

「だってこうしてせんぱいを看病できるじゃないですか。つまりせんぱいを好き勝手にできるということです。あんなことやこんなこと………ふふふふふ」

 

含み笑いを浮かべる珠代。そんな珠代に晴明は呆れ返る。

これが普通の健康者ならまず逃げ出したり出来るだろう。だが晴明は普通ではなく病弱で虚弱だ。ただの風邪でも普通の人より余程しんどいのである。つまり彼は逃げることも断ることも出来ない。そんな体力や気力がでないのだ。

 そんな晴明の状態をこの幼馴染みはよく分かってるだからこそ、こうして晴明は諦めている。本音で言えば……………………嫌ではない。

 

「まず熱を測りましょうか」

 

珠代はそう言うと、晴明の顔に自身の顔を近づけてくる。 

彼女の綺麗な顔が鮮明に見え、長いまつげや艶やかな唇、形の良い眉などがよく見えた。キス出来そうなほどに近い顔その頬は紅くなっており、それが余計に彼女の可憐さを際立たせる。普通の男性ならドキドキしてパニックになっているであろうこの状況、晴明は表情を変えることなく待っていた。既に何をされるのかなど分かりきっているからだ。

 そして晴明の予想通り、晴明の額に彼女の額がコツンと触れた。ふわりとどこか優しい香りが鼻腔をくすぐる。

 珠代の額から自身より熱いかもしれない熱を感じつつ待つこと数秒。彼女はゆっくりと額を離した。

 

「何で体温計で測らないんだよ。何度か分からないだろ」

 

しれっとそういう晴明に珠代は頬の熱を感じながら答える。

 

「別に何度かまではいいんです。せんぱいに熱があるかどうかが分かれば良いんですから」

「本音は?」

「私が勿論やりたかったからです! それにこれでせんぱいも少しはドキドキしたんじゃないですか? 私にキス出来そうなほど顔を近づけられておでこをコッツンですよ。これでドキドキしない人はいません。勿論経験談です、ソースは私」

「誰にやられたんだよ」

「勿論せんぱいです!」

 

 どうやら過去に晴明が珠代にやったことがあるらしい。幼いとは恐ろしいものであるとこの時晴明は思った。

 

「どうですか、せんぱい? ドキドキしちゃいました? ときめいちゃいました?」

 

自分が恥ずかしいことを言っている自覚があるのだろう。赤らめた顔で急かすようにそういう珠代。そんな彼女に晴明はそっぽを向いて答える。

 

「………………五月蠅い」

 

 その返答を聞きつつ珠代は晴明の顔を覗き込む。倦怠感が酷い晴明はそれを回避したり防いだりする術はない。

 

「せ~んぱい! 顔、真っ赤ですよ。可愛い」

「風邪の所為だ」

 

 珠代にそう言われ晴明はそう誤魔化すのだが、彼女に顔が赤くなっている所をばっちり見られてしまっていた。

 そんな風に顔を赤くしてしまうのはまだ晴明が若い証拠なのかもしれないが、本人からすればからかう珠代の方が悪いとしか言い様がない。

 普段から珠代をぞんざいな扱いをしているように見える晴明ではあるが、別にぞんざいに扱ってるわけではない。気心知ってる相手だからこそ、そんな風に気安く接することが出来るのだ。そして珠代の想いに対しても、ぶっきらぼうではあるが……………決して否定はしない。

 まぁ、そんなわけで実は看病されて嬉しい晴明ではあるが、それを表に出すのは恥ずかしい。これが将棋だったらもっと大胆に攻め込むなり何なりとするが、将棋がなければただの病弱な男でしかない。

 そしてそんな男の精神を把握している珠代はぶっきらぼうにそっぽを向く晴明が可愛く見えるようだ。惚れた弱みというよりも惚れて更に知った魅力といったところか。

 だからこそ、珠代は晴明に甲斐甲斐しく世話を焼く。

夕飯に手慣れないおかゆを何とか作り、晴明に味を心配されながらも彼女は晴明に匙に掬って差し向ける。

 

「せんぱい………はい、あ~~~~ん」

 

甘やかすような甘い声に聞いてる者の脳みそがふやけそうになる。それは晴明とて例外ではない。晴明は仕方ないといった様子で大人しく匙を口に入れて中身のおかゆを食べる。

 

「……………不味くは………ないな」

「せんぱい、素直じゃないですね。頬がゆるんでますよ」

「…………五月蠅い」

 

 

 

 

 そんな風に食事を終えて身体を拭かれそうになりそれだけはさせないと晴明が珍しく本気になって防いだりしたわけなのだが、体力がない彼がそんな事をしたものだから力尽きるのも早かった。そのせいで…………………。

 

「あの~珠代さんや、何で俺の隣で横になっているんでしょうか?」

 

力尽きて満足に動く気力が湧かない晴明はせめての抗議に布団で横になっている晴明の隣に寄りそうに横になっている珠代に何故か丁寧語でそう問いかけた。

 

「何でも何も、せんぱいの看病のために決まってるじゃないですか」

 

そう答える珠代はさも当然と答えるのだが、寝間着である薄ピンク色のパジャマを着た珠代にそのことに関する説得力は無い。

 

「それにいつの間にそんなパジャマを着たんだよ。俺が知る限りお前が自分の部屋に戻った記憶は無いのだが………」

「勿論です。せんぱいのお風呂のシャワーを借りた後にせんぱいのクローゼットに作っておいた隠し棚にしまって置いたパジャマを引っ張り出しただけ………もしもの時のために」

「…………いつの間に俺の部屋は後輩に改造されてたんだ…………」

 

何かもう疲れたような溜息を吐く晴明。なんだかもう今更な気がする。

 

「それで本音は?」

 

もうなんだか諦めの境地に入って晴明はジト目で珠代を見た。どうせそれ以外にもあるんだろうと予測は既に立っている。

そう問われた珠代はふふふと優しく嬉しそうに笑った。

 

「勿論看病ですよ。風邪の時ってなんだか人恋しくなるじゃないですか。せんぱい、寂しがり屋だから。それにこうして………」

 

そう言うと珠代は晴明の腕を掴むとゆっくりと自分の頭の後ろに移動させた。

 

「せんぱいに腕枕してもらえるじゃないですか。私、これも夢だったんです。大好きな人に腕枕してもらうの」

 

珠代の優しくもどこか蠱惑的なドキドキする台詞。世の男子なら誰もが羨む光景に晴明は………………。

 

「勝手にしろ、もう…………まったく、俺はお前に甘くて仕方ない」

「だから大好きなんですよ、せ~んぱい」

「好きにしろ………はぁ」

 

世に言うツンデレな対応を取る晴明は諦めの境地で珠代のなすがままにされていた。

 

 まぁ………………嫌ではないらしいあたり、彼もちゃんと男だということだろう。

 

こうして風邪が治るまで晴明は珠代の看病を受けることになった。


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