追跡鶴   作:EMS-10

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 瑞鶴にサンマ漁のボイスが追加されて歓喜。
 個人的には、「やったげる!」じゃなくて、「やってやろうじゃねぇかよ、この野郎!」って言ってもらいたかった……。

※注意※
一部、原作とは異なる描写・設定が含まれています
予め、ご了承ください


※この小説内の季節は、8月下旬頃となっています。予め、ご了承ください。



第87話・超弩級重雷装航空巡洋戦艦、襲来

 

side 提督

 

 

──第603鎮守府、執務室──

 

 

10:00。

 

 

「……」

 

「……」

 執務なう。

 現在、俺と秘書艦の矢矧が、万年筆で書類に書き込む音と、クーラーの稼働音。そして、雨が雨戸を叩く音しか聞こえない。

 

 本日の天気、前が見えない程の土砂降り。約半月ぶりの雨だ。お陰で気温が少しだけ下がってくれた。それでも暑いけど。

 ちなみに、気温は28℃。湿度は70%を超えている。

 普通なら、ジメジメして蒸し暑くて不快な気分になるが、俺と矢矧が居る執務室はクーラーが効いているから、とても快適だ。

 

「提督、確認して?」

 

「分かった」

 もう書き終わったのか?相変わらず早いな。一旦万年筆を置いて、矢矧が差し出してきた書類を確認。

 どれどれ?誤字・脱字、記入漏れが無いか確認。

……うん、完璧だ。

 

「どう?」

 

「大丈夫だ、ありがとう。引き続き、残りを頼む」

 

「了解よ」

 

 再び静寂に包まれる。嗚呼。俺、今、めっちゃ提督している。日本語がおかしい?気にするな。

 

 さて、加賀さんの着任から一夜が明けた。あの後どうなったか、話そうと思う。

 

 まず、加賀さんに性的な意味で襲われたが、綾波さんに電話で助けを求め、電話口から狂気と殺意にまみれた声で、加賀さんにお説教(脅迫と言った方がいいのかな?)をしてくれたお陰で、最後の一線を越えずに済んだ。代わりに、恐怖で加賀さんが気絶しちゃったけど。

 んで、殆どアルコールを摂取していない俺が、気絶した加賀さんを背負って医務室に運び、ベッドに寝かした。

 瑞鶴や扶桑さんも気絶していたけど、加賀さんを医務室に運んで食堂に戻ると復活していた。おかげで運ばずに済んだよ。気絶した人を運ぶのって、かなり大変だからな。

 

 その後は、大鳳の介抱をしたり。酒の瓶やグラス、ツマミが載っていた皿を片した。

 二次会に参加した娘達は、結構な量のアルコールを摂取していたから、二日酔いになるかな?と思ったが、そんな事は無く、全員普段通りだった。

 

 そうそう。加賀さんだけど、綾波さんの声を聞いたせいか、少し。いや、かなりメンタルにダメージが入っていた。

 朝礼が終わった直後──

 

 

『大きな星が点いたり消えたりしている。アハハ、大きい……彗星かな?イヤ、違う、違うわね。彗星はもっとバーって動きます。あれは……様子がおかしい……まさか、『艦娘』を『運搬』しているのかッ!?逃げろジャ○ロォォォオオオオ!!これは綾波さんの襲撃だァーーーーーーーーッッ!!』

 

 

──って泣き叫びだした。ツッコミ所しか無いけど、敢えてツッコミは入れない。

 すぐに正気に戻ってくれたけど、精神が不安定だったから医務室に連行した。

 現在、瑞鶴が付きっきりで監視もとい看護している。後で俺も顔を出しに行こう。下手したら、カウンセリング課に連れていく必要がある。

 

「手が止まっているわよ?」

 

「すまん、考え事をしていた」

 やべぇ。昨日の事や、加賀さんの事を考えていたから、執務の手が止まってしまった。そんでもって、それを矢矧に指摘されてしまった。怒られるな。

 

「昨夜と今朝の事?」

 

「……はい」

 嘘を言ったり、誤魔化そうとすると、余計に怒られるから正直に答えよう。

 

「もう。しっかりしなさい?心配する気持ちは分かるけど、今は私達のやるべき事を。仕事をしましょう?」

 

……あれ?あんまり怒ってこなかった。

 いつもなら、「ボーッとしないで、仕事をする!」だの、「いつまでも引き摺らない!」とか怒鳴ってくるのに、優しい声で、諭すように注意してくるだけで済んだ。

 

「どうしたの?鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして」

 

「……もっと怒られるかと思っていたら、軽く注意されただけで済んだから、驚いたんだ」

 さっきも言ったが、嘘を言ったりすると、余計に怒る恐れがある。だから正直に答えた。

 

「あら?もっとお説教されたかったの?」

 

「いえ、結構です」

 ニコッと笑わないで?その笑顔は怖い。殺気とか一切含まれていないけど、威圧感がハンパ無いです。

 

「そう。残念」

 

 おーい、矢矧さん。そんなにお説教したかったの?勘弁してください。君の叱り方って、心にクる(・ ・)んだよ。

 

「ほら、気持ちを切り替えて、仕事しましょう?」

 

「あ、あぁ……」

……しまった!だらしない返事をしちまった。怒鳴られる!

 

「気が抜けた返事をしないの。しっかりしなさい?」

 

「」

 

「……何よ、その顔」

 

 すまん、正直に言うわ。君、誰?本当に矢矧?

 何時もなら確実に、「だらしない返事をしない!」とか怒鳴ってくるのに、今日は何だか優しい。マジでどうしたの?

 

「いや、その……今日は何だか優しいなぁ、と思って……」

 怒られる事を覚悟して聞いてみた。

 

「……何時も怒鳴ってばかりだと、貴方の心に負担が掛かるから、たまには優しく接しようと思ったのよ」

 

「……えっ?」

 マジで何があった!?あのダメ提督更生機と、第603鎮守府のオカン(母親)の異名を持つ矢矧が、優しく接してくれる……だと!?

 

「こりゃ、大雨でも降るのかな?」

 

「現在進行形で大雨よ?」

 

 言われてみりゃ、そうだ。もしかして、今日大雨が降っている原因は、矢矧が優しいからか?なんて失礼なことを考えてしまった。

 

「ほーら、仕事しましょう?」

 

「あ、あぁ……じゃなくて、分かった」

 また気の抜けた返事をしてしまった。慌てて言い直す。

 

「……」

 

 矢矧を見ると、再び書類と向き合っていた。

 怒鳴られなかった。逆に怖い。もしかして、わざと叱らずに、罪悪感や恐怖を植え付けるやり方に変えたのかな?

 

(……集中しよう)

 色々疑問に思うが、今は余計な事を考えるな。何時までも考えていたら、怒られる恐れがある。さっさと気持ちを切り替えて、書類を捌こう。

 急いで仕事を再開。手元の書類に目を通す。

 

(えーと、AGP涼月改の稼働データか。……今の所、特に異常は無いな)

 艤装から記憶や感情が流れ込んだりしていない。お陰で、メンタルに影響は出ていない。

 本当だったら今日、試験航行と演習を行ってデータを取るつもりだったけど、大雨と強風で海は荒れている。

 

(艤装の扱い──艤装本体の反応速度やバランサー等──に慣れて、安定した航行が出来るのなら、強行していたけど、涼月は未だ艤装に振り回されている)

 最初より大分まともに動き回れるようになったが、まだまだ不安定な所がある。なので、荒れた海で航行したら、思わぬ事故に繋がる恐れがあるから中止にした。

 

「書類を凝視しているけど、どうしたの?」

 

「涼月のデータを見ていたんだ」

 書類を凝視していたから、矢矧が不審に思ったのか声を掛けてきた。決してボーッとしていたわけじゃないぞ?

 

「何か問題でもあったの?」

 

「いや、問題は起きていない。本当なら今日、試験航行と演習をさせて、艤装の反応速度やバランサー等に慣れてもらおうと思っていたんだが──」

 生憎の天気だから、それが出来ないと説明。

 

「ちゃんと考えているのね。偉いわ」

 

 おーい。優しい声で微笑みながら褒めないで?なんか、子どもを褒める母親みたいだよ、矢矧。

 本当に、今日はどうしたんだ?もしかして、昨日新たにトラブルを起こしそうな爆弾(加賀さん)が追加された事で、心が疲れ切って普段とは違う言動を取るようになってしまったのか?

 

「……」

 

 チラッと矢矧を盗み見。真面目な顔で再び書類と向き合っている。……胸デカイな──ドアホっ!何処見てんだよ!!

……仕事に集中しよう。

 

 しかし、その後書類を捌いたが、終始矢矧の様子が気になって仕方なかった。

 幸い、ボーッとせず仕事をしたから、叱られる事は無かった、と言っておく。

 

 

side 提督 out

 

 

───────

────

 

 

side 矢矧

 

 

──第603鎮守府、執務室──

 

 

(ふふっ。良い感じね)

 何時もみたいに怒鳴らず、優しく接したら、彼は予想以上に良い反応をしてくれた。ただ、今までの私の言動のせいで、少し戸惑っているけど。

 

(ネットの情報、馬鹿に出来ないわね)

 大抵は役に立たない情報ばかりが載っているけど、昨夜見た情報は、非常に役立ってくれた。現に、効果が現れている。

 

(飴と鞭を上手く使い分けろ、か……)

 昨夜、着任祝いが終わった後、自室でスマホを操作してとある恋愛に関するサイトを見ると──

【厳しく接し続けると、疎ましく思われ、心が離れていく恐れがある】

【かといって、急に甘やかすと不審に思われ、警戒される恐れがある】

──と書かれてあった。

 

(不自然にならない程度に、上手くやりましょう)

 彼に好意を寄せる人達みたいに、ガツガツ攻めず、じわじわと攻める。そして、気付かないうちに依存させる。私には、この方法しか無い。というか、恥ずかしくてあんな風に攻める自信が無い。

 

(新たに二人の艦娘が追加された(・ ・ ・ ・ ・)。しかも、その二人は彼に好意を寄せている)

 ただでさえ彼に好意を寄せる人が多いのに、更に増えた。おまけに、旧知の仲ときた。

 

(焦るな。冷静になりなさい、私)

 焦って瑞鶴達みたいに攻めたら、逆に彼の心が、私から離れてしまう。

 

(昨日、加賀さんが異動してきて、覚悟が決まったわ)

 まだ行動を起こすべきではない、と思っていたけど、そうも言っていられなくなった。

 

(もう、迷わない。絶対に)

 いつまでも胡座をかいていたら、手遅れになる。

 今日から少しずつ、行動を起こしましょう。

 

(もう、オカン(母親)ポジは終わりよ)

……とりあえず、今は仕事に集中しましょう。

──あら?彼が私をチラ見している。

 

(胸を見てきた!)

 昔は「動き回ると揺れて邪魔になる」、「こんな脂肪の塊がなんの役に立つの?」って疎ましく思っていたけど、今はあって良かったと思っている。

 

(……いけない、間違えてしまった)

 記入する箇所を間違えた。やってしまった。急いで書き直さないと。

 

 

side 矢矧 out

 

 

 

───────

────

 

 

side 加賀

 

 

──第603鎮守府、医務室──

 

 

10:00。

 

 

「……死にたい」

 

「死んじゃダメだよ!」

 

「あんな醜態を晒して……確実に嫌われたわ!死ぬしかない!」

 

「落ち着いて!あーもう!コレは没収!」

 

「あっ……」

 瑞鶴に鎖付き手錠を奪われてしまった。あの鎖で首を吊ろうと思っていたのに。

……何故そんな物を持っていたか、ですって?護身用(・ ・ ・)に持っていただけよ。

 

 昨夜、私の着任祝いの時に準──提督とお話をしようと思っていたのに、彼は私から一番離れた席に座りやがった(・ ・ ・ ・ ・ ・)

 更に、足柄さんが用意してくれたお酒を飲んだら感情が抑えられなくなり、気が付いたら襲っていた。

 おまけに、今朝鬼神(綾波さん)の悪夢がフラッシュバックしたせいで、変な事を口走ってしまった。まぢ(・ ・)無理……死にたい。

 

 色々やらかして気分が落ち込んでいるけど、更に落ち込む事が起きた。それは──

 

(相手の思考や感情を読み取れない……)

 昨夜から全く読み取れなくなり、相手が何を考えているのか分からなくなってしまった。

 

「加賀さん、顔色悪いよ?大丈夫?」

 

「……大丈夫よ。心配と迷惑をかけてごめんなさい」

 瑞稀ちゃん──瑞鶴が不安そうに私を見てくる。けれど、思考や感情が読み取れない。そのせいで、余計に不安になる。

 

(本来は相手の思考や感情なんて読み取れない。これが普通の状態なのよ。落ち着きなさい)

 不安になりましたが、自分に落ち着くよう言い聞かせて深呼吸。

……だいぶ落ち着いてきました。

 

「加賀さん、あんま無理しちゃダメだよ?」

 

「えぇ、分かったわ」

 これ以上弱った姿を見せたら、余計に心配をかけてしまう。しっかりしなさい。

 己を叱責し、気持ちを切り替える。

 

(着任して一日も経たずにこの体たらく。本当、私って、バカ……)

 確実に信用が失われているわ。こうなったら、行動──出撃や漁船・タンカーの警護、執務──で取り戻すしかない。例えどんなに時間がかかろうと、取り戻してみせる。

……その前に、準に土下座して謝罪をしないといけませんね。

 

 

side 加賀 out

 

 

───────

────

 

 

side 提督

 

 

──第603鎮守府、埠頭──

 

 

数日後。

 

 

「───そこまで!演習終了!」

 加賀さん凄いな。流石は元大本営本部所属。動きが違う。千歳さんと同じ位、艦載機の操作が洗練されている。それに最後まで食らい付いた涼月と時雨も、中々やるな。良いデータが取れたんじゃない?

 端末を操作している妖精さん達を見ると、俺の視線に気付いた妖精さん達が無言でサムズアップをし、頷いてくれた。

 

「よし。お疲れ様。一旦埠頭に戻って来てくれ」

 無線で演習を行った娘達に声をかける。

 演習弾を使用したから、全身ペイント塗れになっている。妖精さん、すぐに入渠出来るよう、準備を整えてくれ。……あっ、涼月と時雨の装束がボロボロだ。羽織る物を用意しておこう。

 

 加賀さんが着任して数日が経った。

 最初はまた、襲われるんじゃないか?って不安だったけど、着任初日にやらかした事を深く反省し、一切襲って来なくなった。

 

 

『信用を回復する為、行動で示します』

 

 

 俺を襲った翌日。様子を見に医務室へ行くと、加賀さんは土下座しながら謝罪し、そう言ってきた。その言葉に嘘は無かったらしく、数日経っても何もしてこない。

 

(ただ、無言で見つめてくるのは勘弁して欲しい)

 気が付けば、物陰から顔を覗かせ、真顔で見つめてくる。まるで早霜みたいだ。

 

 

『| 壁 |<⚫>)』

 

 

 昨夜も、執務が終わるのが遅くなり、薄暗い廊下を歩いていたら、瞳孔をかっ広げて俺を見つめる加賀さんと遭遇した。危うく悲鳴をあげる所だった。まぁ、早霜で慣れていたから、あげなかったけど。

 その後どうなったかって?何も起きなかった。

 

(実害が無いから、放置しているけど……)

 そろそろ、「精神的に疲労が溜まるから、控えてくれ」って言おうかな?

 

(それから、翔鶴。本当、どうしたらいいんだ?)

 もう手遅れなんじゃないの?って思う。

 一昨日の夜。真面目に話し合いをすると決意。俺の部屋に呼んだけど、翔鶴が部屋に入り数秒後、襲われた。

 幸い、ドアが開けっ放しだったから、俺の悲鳴が外に漏れた。そして、悲鳴を聞いた瑞鶴達──瑞鶴と加賀さん、扶桑さん、由良、夕立、涼月の6名──がすぐ助けに来てくれたから、卒業(・ ・)せずに済んだ。いや、マジで危なかった。

 

(また下半身だけCAST OFF(スースーブラブラ)するハメになって、俺の単装砲(・ ・ ・ ・ ・)を見られた……)

 しかも、ガン見された。もうお婿に行けない……。

 これ、セクハラ行為になるんじゃね?憲兵さん、俺です!艦娘達に単装砲(・ ・ ・)を見せました!

 

(──じゃなくて。翔鶴をどうするか、考えろ)

 ふざけ抜きの真面目モードで話し合おうとしても、襲われた。こりゃあ、言葉じゃ止められそうに無い。

……抱くしか、無いのか?

 

 

 

………………。

 

 

 

──第603鎮守府、執務室──

 

 

20:00。

 

 

「──これでよし」

 ようやく終わった。

 演習を行い、データを取り、それを纏めていたが、かなりの量だったから、結構時間がかかってしまった。

 集中してやっていれば、もっと早く終わっていたけど、翔鶴の事を考えながら仕事をしたから、予定より終わるのが遅くなってしまった。

 

「お疲れ様」

 

「あぁ。木曾の方こそ、お疲れ様。遅くまで付き合わせてすまない」

 本日の秘書艦、木曾に労いの言葉をかける。俺のせいで執務の時間が伸びてしまった。本当にスマン。

 

「気にするな。俺とお前の仲だろ?」

 

 ニカッ、と笑いながらそう言ってきた。全く気にしていない様子だが、今度何かお詫びしよう。

 

「本当にありがとう。あとは俺が片すから、木曾は上がってくれ」

 

「手伝うぞ?」

 

「その気持ちだけで充分だ。ほら、部屋に戻って休みな?」

 

「……分かった」

 

 俺がやんわりと断ると、木曾は少し不満気な顔をしたが、執務室を出て行ってくれた。

 

「……はぁ」

 執務室の扉が閉まるのを確認し、大きく溜息を吐く。

 本当に、どうすりゃいいんだ?

 

(野原主任のアドバイス通り、抱くしかないのか?)

 幾ら「双方合意の上で」「避妊をするのなら」黙認する、と言われても、風紀が乱れそう。

 

(もし仮に翔鶴を抱いたら、他の娘達も「抱いてくれ!」って迫ってくる恐れがある)

 自惚れかもしれないが、俺に好意を寄せている娘は多い。確実に迫られると思う。

 

(──ん?電話?)

 考え事をしていると、執務室に置いてある固定電話が鳴った。何だ何だ?この時間に電話──しかも固定電話が鳴るなんて、珍しい。しかも、

 

(第8492離島鎮守府からだ)

 ナンバーディスプレイを見ると、見慣れた電話番号が表示されている。自慢じゃないけど、他所の鎮守府の電話番号は全部頭に入っている。

 

(自慢していないで、さっさと出よう)

 現在、コールが二回鳴っている。これ以上待たせるのは失礼だ。手元にメモ用紙と万年筆を用意し、受話器を取る。

 

「はい、こちら、第603鎮守府、渡良瀬準少佐です」

 

 

『渡良瀬提督!』

 

 

「っ!?」

 小嶋提督の声が受話器から響いてきた。とても焦っているような声だ。こりゃ、確実に何か起きたな?

 

『こちら第8492離島鎮守府の小嶋です!レ級及び姫級──空母棲姫を含む、敵艦隊の複数出現を確認しました!出現海域は__!現在、一部がそちら(第603鎮守府)の受け持つ海域に向かっています!』

 

「ッッッ!?りょ、了解!!」

 早口で用件を言ってきた。おいおい、レ級と姫級を含む敵艦隊が、複数出現しただと!?冗談じゃねぇぞ!?

 しかも、今は夜。深海棲艦達は一部──姫級やflagship改──だけになるが、夜でも艦載機を発艦させる事が可能だ。対してこちらは、夜間では艦載機を発艦させられないから、航空支援が出来ない。……いや、約二名、夜間でも発着艦させる事が可能な艦娘が居る。

 

(加賀さんと千歳さんなら、出来ると言っていた!)

 どうやって発着艦するのか気になる、って?すまんが今はそれどころじゃないから、いつか説明してやる。

 

(急いで皆を会議室に集めよう!)

 

 

……。

 

 

──第603鎮守府、会議室──

 

 

20:10。

 

 

「──というわけだ」

 会議室に集まるよう放送を入れ、全員が集まり、俺はレ級と姫級──空母棲姫──を含む敵艦隊が出現。こちらに向かっている事を説明した。

 一人や二人位、騒ぐかな?と思ったが、そんな事は無く、皆、冷静に話を聞いてくれた。

 

「次に、出撃メンバーだが──」

 

 

 

───────

 

 

 

──第603鎮守府、執務室── 

 

 

20:30。

 

 

「……」

 時計の針の音が、やたら大きく聞こえる。

 

「……そんな険しい顔をしないで、落ち着きなさい」

 

「葛城……」

 

「あなたが冷静でなければ、的確な指示や判断を下す事が出来なくなるわ。ほら、深呼吸して?」

 

「……」

 葛城の言う通りだ。俺が冷静でいないと、皆に的確な指示を出す事が出来なくなる。冷静になれ。

 言われた通り、深呼吸をして心を落ち着かせよう。

……だいぶ落ち着いてきた。よし、これなら冷静に判断出来て、指示を出せそうだ。

 

 会議室で説明をし、急いで出撃準備を整え、第一艦隊──旗艦・千歳さん、足柄、由良、阿武隈、夕立、初霜の6名を先行させた。

 第一艦隊の役割は、敵艦隊が出現した海域に急行してもらい、足止めと、可能なら殲滅を行ってもらう。

 

 次に、第二艦隊──旗艦・扶桑さん、山城、摩耶、木曾、満潮、時雨の6名を向かわせた。第二艦隊の役割は、第一艦隊の支援を行い、殲滅する事を目的としている。

 

 本当は足柄の所を扶桑さんにしたかったが、足──速度が重要な為、低速の扶桑さんには、第一艦隊から外れてもらった。

……走る(・ ・)と、戦速一杯にした大鳳に楽々追い付けるほど速いだろ、って?扶桑さん本人が言うには、短距離限定らしく、長時間走る事が出来ないそうだ。

 

「……まだ、報告が来ない」

 何時でも手に取れるよう、無線機を凝視していると、

 

「あのねぇ……レ級達が出た海域は、どんなに飛ばしても二時間以上かかるのよ?」

 

 呆れたような声で、葛城に指摘されてしまった。

 そうだった。レ級達が出現した海域は、此処(第603鎮守府)から数百kmも離れている。

 

(第一艦隊と第二艦隊が出たのは、つい数分前だ)

 まだまだ時間がかかる。落ち着け、俺。

 再び深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 

……頼むから、全員無事に帰ってきてくれ。

 

 

side 提督 out

 

 

───────

────

 

 

side 満潮

 

 

20:30。

 

 

 空を見ると、雲は一つもない。綺麗に輝く星が沢山見える。けれど、新月だから月明かりが殆ど無い。そのせいで、目を開いていても、真っ暗。

 ただ、艦娘の力のお陰で、5m先程度までなら見える。

 

(悪天候だったら、1m先も見えなかったわね)

 それに、風が殆ど吹いていないから、波が穏やかで航行しやすい。これがもし大雨や強風だったら──

 

(──想像したくないわね)

 昔、第08鎮守府に所属していた時、良く悪天候の中を。それも夜に出撃したから慣れているけど、出来るならそんな状態(夜の悪天候)の海を航行したくない。

 

(怖いなぁ……)

 普段相手にしている通常種──イ級やル級とかが相手なら、ここまで恐怖を感じないし、緊張もしない。

 しかし、今から私達が挑むのは、姫級──空母棲姫。更に、鬼・姫級に匹敵するレ級を含む敵艦隊を相手にする。正直、逃げたい。けど、それをしては絶対にダメ。

 

(もう、喪う(・ ・)のは嫌)

 逃げたら、私達と同じ目に遭う(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)人が出てしまう。だから、逃げるな。

 今の私には、抗う術がある。挑め。そして、私の居場所(・ ・ ・ ・ ・ )を奪おうとする存在を、文字通り消し飛ばして(・ ・ ・ ・ ・ ・)やりなさい!

 

「……満潮、険しい顔をしているよ?大丈夫かい?」

 

「……大丈夫よ、問題ないわ」

 いけない。自分でも気が付かないうちに、険しい顔をしていたみたい。そのせいで、時雨が心配そうに声をかけてきた。

 

「おーい、時雨、満潮。遅れているぞ?」

 

「ごめん、木曾さん」

 

「すぐ行きます!」

 少し距離が離れてしまったせいで、私達の前を航行する木曾さんが声を掛けてきた。陣形──複縦陣──を乱してしまった。しっかりしなさい、私。

 

「行こうか、満潮」

 

「えぇ」

 

 

 

………………。

 

 

21:00。

 

 

 どれ位、航行したのだろう?未だ敵艦隊とは遭遇していない。

 妖精さんに尋ねると、約30分ほど航行していると教えてくれた。

……緊張してきた。

 

「……レ級、倒せるのかな……」

 思わず呟いてしまった。すると、

 

「倒せますよ」

 

「ッッッ!!?」

 扶桑さんが答えてくれた。うわぁ、聞かれちゃった……。

 

「佐世保鎮守府に所属していた頃、良く憂さ晴らし──ゲフン!……殲滅していたので、倒せます」

 

……扶桑さん。今、憂さ晴らしって言わなかったかしら?突っ込みたかったけど、やめておきましょう。

 

「扶桑さん、今、憂さ晴らしって──」

 

「摩耶さん、貴女は何も聞いていない。いいですね?」

 

「アッ、ハイ」

 

……摩耶さん、やらかしたわね。あと扶桑さん。声が怖いです。もしかしたら、レ級よりも怖──

 

「満潮ちゃん、何か変な事、考えていない?」

 

「なにもかんがえていませんですはい」

──私は何も考えていない。考えていません!だから怖い声を出さないで!

 

「……ゴホン。レ級について、でしたね。確かに、レ級は強いです。ですが、倒せます」

 

 それは扶桑さんだからじゃ──なんでもありません。殺気を飛ばさないでください。私、味方!味方にじゃなく、敵──深海棲艦に向けてください!

 

「レ級を斬った時、血が出ました。つまり──」

 

「つ、つまり?」

 あっ、なんか嫌な予感。怖い事を言いそう。

 

「──血が出るのなら……

 

 

 

殺せる筈よ」

 

 

「」

「」

「」

「」

 

「」

 

「……皆さん、どうしました?」

 

 どうしました?じゃないです。扶桑さんが怖い。怖過ぎる。ほら、皆が白目剥いている!

 

「山城?私、何か変な事を言ったかしら?」

 

「ナニモイッテイナイトオモイマス」

 

(……山城さん。そこは「変な事を言っている」と指摘して)

 なんか、不安になってきた。大丈夫かしら……。

 

 

side 満潮 out

 

 

───────

────

 





次回予告


 電探に感アリ!数は12!艦娘識別信号は──無いわ。深海棲艦よ。
……空母棲姫が一匹(・ ・)。レ級が二匹(・ ・)。レ級はどちらもノーマルクラス。
 あとは雑魚が(・ ・ ・)9()()
……レ級と戦うのは初めてだけど、殺るわよ、山城。気持ちで負けるな!
 
 退け!雑魚共!おいレ級!逃げるな!

 逃げるなって、言ってんだろうがああああああああぁぁぁッッッ!!!


第88話・血に染まる鬼


「戦艦レ級出ておいで〜♪ないと目玉ほじくるぞォォォォオオォォ!!!」

※次話は、グロテスクな描写が多くなります。

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