覚悟は出来ていた。
出来ていたのに。
初めて知った。
────自分の無力さを
─6年前─
適性検査を受け、私に艦娘の適性があると判明してからは慌ただしかった。
孤児院を経営するおじさんとおばさんに適性がある事を話し、荷物を纏めた。何度も「艦娘にならないでほしい」と懇願されましたが、私は首を縦に振りませんでした。
そして、私の検査に立ち合った提督。藤原と名乗る男性と、私の知らない提督の2人が迎えに来てくれました。
私は横須賀へ向かう事になりました。
あの3人は、私と違う養成所へ行くらしく、別の車に乗り込んでいました。
いよいよです。私は、艦娘になる為の訓練を受ける。覚悟は出来ている。拳を握りしめ、車に乗りました。
…………。
車に乗り数時間後。ようやく目的地に到着しました。
車から降り、荷物を持つと運転をしていた提督が、私に話しかけてきました。
「長旅、ご苦労。ここが、横須賀艦娘養成所だ。これから、君は艦娘になる為の訓練を受けてもらう。行くぞ」
「はい」
荷物を持ち、提督の横に付いて歩きました。
建物はとても大きく、歴史を感じさせる物でした。
「この建物はかつて、世界大戦の時に使われていた建物をそのまま使っている。レンガ造りなのはそのせいだ」
「そう、ですか」
珍しそうに建物を見ていたからか、藤原さんは私に説明をしてくれました。
建物内に入ると、和服のような、変わった服を着た1人の女性が私達を出迎えてくれました。
「江ノ島鎮守府の藤原剛准将だ。艦娘候補生を連れてきた。彼女の荷物を預かってくれ」
「はっ!畏まりました!」
茶髪ショートヘアの女性が敬礼をしながら、藤原さんにそう言って姿勢を正しました。
テレビでしか見たことの無い敬礼を間近で見て、少し感動しました。よくドラマなどで軍人さんがやるのを見ていましたが、こんなにもかっこいいなんて。
「彼女は伊勢型航空戦艦の二番艦、日向だ。荷物を預けなさい」
「は、はい。お願いします」
恐る恐る荷物を日向と呼ばれた女性に差し出します。
「うむ、任された」
日向さんは微笑み、荷物を受け取ってくれました。
「さて、こっちだ。しっかり付いて来てくれ。此処は広いから迷子になりやすい」
「分かりました」
それから、藤原さんと建物内を歩き、一つの部屋へ案内されました。そこにはカーキ色の制服と帽子を纏った男性が1人居ました。藤原さんはその男性と一言二言会話をすると、椅子に腰掛けました。
「さて、君も座ってくれ」
「は、はい」
恐る恐る椅子に座り、藤原さんともう1人の男性と向き合いました。
「それでは、最終確認を行う。これより君、小嶋涼子は艦娘候補生となるが、本当にいいんだな?」
「はい」
睨みつけるように藤原さんの目を見ながら、私は答えました。兄さんに会う為にここへ来たんです。辞めるつもりはありません。
「…よし。では、これより君は艦娘候補生となる。君の適性艦について説明するから、しっかり聞いてくれ」
それから、藤原さんに私の持つ適性艦について説明してくれました。
秋月型防空駆逐艦三番艦、涼月。それが、私の持つ適性艦であること。
防空駆逐艦の適性を持つ艦娘は少ないこと。
その他、沢山の事を教えて頂きましたが、全てを理解することは出来ませんでした。
13歳だった私には、難しい話ばかりでした。
「…とまあ、こんな感じだ。今全てを理解する必要は無い。これから少しずつ覚えていってくれ」
「分かりました」
「うむ。では、次に艦娘の装束の採寸を行う。外に案内の者が居るから、そいつに付いて行ってくれ」
そして、私は退室を促されました。
退室すると、ドアの近くに先程私の荷物を預かってくれた日向さんが居ました。
「それじゃ、案内するから付いて来て」
「はい」
「…さて、改めて。私は伊勢型航空戦艦二番艦、日向だ」
「えっと、私は…小嶋涼子です。適性艦は、秋月型防空駆逐艦の三番艦、涼月という物です」
「そうか。防空駆逐艦の適性者だったか。色々大変かもしれないが、応援するよ」
「ありがとうございます」
それから、日向さんと雑談をしながら採寸部屋へ向かいました。
…………。
「これが、私の…涼月の装束…」
私は今、頭に「第六十一駆逐隊」と刺繍された黒いペンネントを着け、白いインナーとタイツを纏い、白と黒の制服を着て、その上に灰色のケープコートを羽織っています。
採寸部屋に入ると、小人のような生き物が沢山いて、私を見ると一斉に群がって来ました。驚いていると、あっという間に採寸が終わり、気が付くと先ほどまで着ていた私服から艦娘用の装束に変わっていました。
「彼女達は妖精さんと呼ばれる存在だ。私達人類の味方だ」
私が妖精さんを見ていると、日向さんが教えてくれました。これが、妖精さん…。絵本やテレビでその存在をしっていましたが、見るのは初めてでしたから驚きました。
「サイズは大丈夫かい?」
「えっ、あっ、はい、大丈夫です」
身体を動かし、サイズが合っているか確認をしましたが、大きすぎず小さすぎず、ピッタリでした。
「そうか。あぁ、もしサイズが合わないと感じたら、すぐに妖精さん達が直してくれる。だから、安心するといい」
凄いですね、妖精さん。
「さて、お次は君の艤装、簡単に言うと武器だ。そいつを装着する。付いて来て」
…………。
「わぁ…」
日向さんに連れられ、工廠と呼ばれる武器や弾薬などが保管されている所へ行くと、大小様々な機械が所狭しと置かれていました。
今までの場所とは違い、雰囲気が違います。上手く言葉に出来ませんが、非日常の世界が、此処にはありました。
「…よし。涼月、こっちに来てくれ」
「はい!」
日向さんに呼ばれると、目の前に不思議な形をした機械がありました。
「これが君の艤装、武器だ。こいつを纏い、深海棲艦と戦う」
「艤装…」
「色々言いたい事や思う事があるかもしれないが、一先ずこいつを装着して」
「分かりました」
それから、私は目の前の機械、艤装を装着しました。
沢山のケーブルに繋がれたそれを、装着。そして。
「妖精さん、頼む」
「…ッ!?」
頭の中に様々な情報が流れ込んできました。
(これは…)
適性検査を受けた時に見た光景が、再び見えました。
【港が見えてきたぞ!】
【諦めるな!】
【頑張れ!もう少しだ!】
【頑張れ涼月!】
【浸水を食い止めるぞ!】
【俺達の命に替えてでも、沈めるな!】
諦めるな。
負けるな。
まだまだ。
様々な感情が流れ込んできた。
「これは!」
日向さんが驚き目を見開いて
「妖精さん、艤装とのリンクを切れ!早く!」
慌てた様な声で指示を出しています。何か起きたのでしょうか?
「リンクを切れない?そんなバカな!?」
「?」
日向さんだけでなく、妖精さん達も慌てています。
それにしても、凄いですね。こんなにボロボロになっても動けるなんて。絶対に諦めない。そんな感情が強く伝わってきます。
「…なんて事だ」
「……」
…………。
「…あれ?」
気が付くと、涼月はベッドの上に居ました。消毒薬の匂いがします。此処は…医務室でしょうか?
「気が付いたか」
「…藤原…提督?」
声が聞こえ、顔を向けると心配そうに涼月を見る藤原提督のお顔がありました。
「…大丈夫か?」
「はい、
「……」
あの、どうかしましたか?
「なんて事だ…」
「?」
何やら小声で呟きました。
艦娘になった事で強化された聴力で簡単に聴き取れました。
なんて事だ?
そう呟きました。何か、起きたのでしょうか?疑問に思いましたが、聞くのをやめました。涼月は艦娘。軍人です。上官である藤原准将に、必要以上に質問するのは良くありません。大人しくしましょう。…あれ、何で
不用意に質問したりしないのに。
──────────────
「…」
まさか。まさか、彼女と艤装の同調率がこんなにも高いとは。
検査を受けた時、適性艦の最期を見たから高いと思っていたが、ここまでとは思わなかった。
「人格に影響が出ている」
病室に運ばれた彼女と少しだけ会話をしたが、明らかに影響が出ていた。
「…大本営に報告しなければ」
私の手元には、彼女の、涼月に関するデータがあった。
そこには、こう書かれていた。
【艤装とのシンクロ率、最大440%を記録】
【主人格に艤装の影響有】
──────────────
涼月が医務室で藤原准将と会話をし、その後検査を受けてから数日が経ちました。異常が見つからなかった為、今、私は艦娘になるのに必要な知識や技術を得る為、座学や実技を行っています。
座学では、涼月の艤装に備えられている各武装名やパーツ名、味方の艦種、武装の種類や役割。深海棲艦の種類や武装。その他色々。
覚える事が多いですが、仕方ありません。知識が無ければ、戦果を挙げる事は出来ません。
座学は問題ありませんでした。しかし、
「くっ…!」
艤装を纏い、海上を航行する実技訓練を受けていますが、何度やっても立つことが出来ません。
周りの人達は数時間で立てるようになり、歩いたり、ゆっくりとですが航行出来ているのに、涼月は何日経ってもまともに立つことすら出来ません。
「また転んでるよ」
「ダサっ」
「運動神経無いんじゃない?」
「何でここに居るのかしら?」
周りから、涼月の事を嘲笑する声が聞こえます。
涼月より年下の娘ですら、今や立って航行出来るのに…。
…………。
「ああっ!」
『何処を狙っているの!』
「も、申し訳ございません!」
砲撃訓練でも、たった数メートル先にある的を撃ち抜けず、外してしまった。教官役の艦娘に無線で怒鳴られてしまいました。
『これで何回目?いい加減にして!』
「も、申し訳ございません!」
『謝罪は聞き飽きたよ!さっさと片付けなさい!』
「…了解しました」
砲撃訓練を始めた時は青かった空は、既に茜色に染まっています。
朝から訓練をしましたが、当てられた数は片手で数えられる程度。
涼月は海上にある的を回収し、倉庫へ向かいました。
……。
「艤装との同調率は問題ないのに、何故まともに動けないの?」
「…申し訳、ございません」
涼月の扱う艤装との平均同調率は約70%。他の艦娘候補生達と比べると、やや低いそうですが、教官が言うには、動かすのに問題は無いそうです。
「私が聞きたいのは、謝罪じゃないんだよ!」
「…」
横須賀鎮守府から教官役として来た艦娘に叱責されました。
「ったく。こっちは暇じゃないのよ。忙しい合間を縫って来ている。あんたがまともに動けないと、提督に嫌味を言われるのよ?それに、私のキャリアに傷が付くの。分かる?」
「…申し訳ございません」
「だから、謝罪なんて聞きたくない!」
「…」
…………。
「おいおい、コイツと組むのかよ」
「あーあ、負け確定だね」
「最悪ね」
「…」
……。
『他の娘達は出来ているのに、何で出来ないの?』
「…」
『黙ってないで、答えなさい!』
「…申し訳…ござい…ません…教官」
『チッ…さっさと的を片しなさい!次もこんなんだったら、承知しないからね!』
「…了解」
……。
「…」
「あら、相手に涼月が居るわ」
「やった!勝ち確だね!」
「演習の勝率上がるから、助かるわ」
「…」
「チッ…」
「何で涼月と組まなくちゃならないの?」
「あーもう、やってらんない!」
……。
「…」
「あら、ごめんなさい」
「あれ、涼月居たんだ?」
「石ころだと思って、蹴っちゃった♪」
……。
『…涼月』
「…」
『訓練終了だ』
「…」
『…頭を切り替えろ。今度、一緒に訓練しよう』
「…ありがとう、ございます。長門教官」
……。
「…」
今日も失敗してしまいました。
周りの娘達はどんどん技術が向上しているのに、未だ私は失敗ばかり。
最近、やっと数メートル先の的を撃ち抜けるようになりました。でも、周りは数十メートル離れた所から的を撃ち抜ける。
対空戦闘の時も、周りの同じ駆逐艦の適性を持つ娘達はどんどん撃ち落とした。涼月は防空駆逐艦。他の娘達よりも対空戦闘が得意な駆逐艦なのに、艦載機の殆どを撃ち漏らす。
「…」
既に周りから、涼月は居ないもの扱いをされています。
そして、演習をすると、涼月の艦隊は必ず負けます。その度に罵倒され、殴られました。
何人か、涼月を見捨てず接してくれる娘もいますが、涼月に構うことで悪意を向けられるかもしれなかったので突き放しました。
「…」
「…チッ」
「…おやすみ」
「…おやすみなさい」
ルームメイトからも、涼月は居ないもの扱いをされています。
私物を隠されたり、壊されたり、無視されたり。
もう、嫌。
(涼月は…涼月は…)
何故、こんな所に居るのでしょう?
(兄さん…)
何度か自由時間の時に、こっそり兄さんに電話をしました。
最初は、涼月が艦娘になった事に驚きましたが、兄さんに会う為になったと伝えたら、謝られました。謝らないでください。涼月は、兄さんに会いたくて自分から艦娘になったのですから。
でも…辛いです。その事を兄さんに言うと、兄さんは無言で何も言ってはくれませんでした。
呆れてしまったのでしょうか?いえ、きっとそうです。こんな出来損ないだとは思わなくて、無言になっているのでしょう。
(申し訳ございません、兄さん。こんな、不出来な妹で)
…………。
「これより、提督候補生との合同訓練を受けてもらう」
養成所に来て数ヶ月が経ちました。結局、涼月の技術は周りの娘達より大幅に劣ったままでした。
そして、ついにこの日が来ました。提督の適性を持つ、提督候補生の人達との合同訓練。これ以上、悪い成績を出すと、艦娘を辞めさせられる。教官役の艦娘に忠告されました。
藤原准将の説明が終わり、涼月達は提督候補生の方達の居る講堂へ向かいました。
「…」
「おっ、秋月型防空駆逐艦が居る!」
「適性者少ないから、ラッキーだな」
「結構可愛いじゃん」
提督候補生の方達が涼月を見て、そう言いました。
(見かけと名前だけで判断している…)
誰も、涼月自身を見ようとしてくれません。
「…はぁ、何だよ、この成績」
「うぇっ、マジかよ」
「落第候補生かよ」
「…」
どうやら、端末で涼月の成績を確認したようです。
口々に涼月の事を貶し始めました。
知っています。涼月は、出来損ないの落第候補生だと。
……。
「あーあ、今日は涼月が居るのかよ」
「…」
「…はぁ。とりあえず、俺の指示に従ってくれよ?」
「…了解」
……。
「うわ、マジかよ…」
「…」
「あーあ、成績下がっちゃったよ。どうしてくれんの?」
「…申し訳ございません」
「…はぁ。もういいよ」
「…」
……。
「…」
もう、ダメなのでしょう。涼月は、艦娘になれない。
兄さんに会えない。もう、ダメ…。そう思っていた時でした。
「…あー、眠い。ここなら昼寝できそう…どぅおわぁ!?」
「…」
男性の声が聞こえました。思わず顔を上げると、そこには真っ白の提督服を着た男性が、驚いた顔で涼月を見下ろしていました。
(…見つかってしまいました)
絶対、何か言われる。でも、もう慣れた。何を言われようと、涼月は気にしません。そう思っていました。
しかし、その男性の口から出た言葉は、涼月の予想していた言葉ではありませんでした。
「…君も、お昼寝しに来たの?」
「…え?」
「訓練やら座学やらで忙しいからね。俺は何も見ていない。ゆっくりしていってね」
「ぁ…」
そう言うと、男性は何処かに行ってしまいました。
(あの目…)
他の人達とは違う、見下す目をしていませんでした。
…いや、きっと内心馬鹿にしていたのでしょう。
「…はぁ」
何度目か分からない溜息を吐く。そろそろ自由時間が終わります。準備をしましょう。
涼月は立ち、お尻についた砂を払って的の保管されている倉庫へ向かいました。
……。
「…お、君はさっきの」
「…」
涼月が一人で海上に的を設置し、今日一緒に組む事になった提督候補生が居る桟橋へ向かうと、先程工廠の裏で出会った男性が居ました。どうやら、本日組む提督候補生は、この人みたいですね。
「休めたか?」
「…」
彼に声をかけられましたが、私は返事をしませんでした。
優しそうに微笑んでいますが、きっと内心では私をバカにしているに違いありません。
「俺、提督候補生の渡良瀬準だ。よろしくな」
「…秋月型防空駆逐艦三番艦、涼月です」
素っ気なく自己紹介をしました。彼は手を差し伸べてきましたが、私は手を掴みませんでした。
「ありゃ。馴れ馴れしかったかな?」
「…」
「あいつ、あんなんだから相手にしない方がいいよ?」
「しかも、実技の成績悪いし」
「ほらほら、アイツはほっといて行こう?」
「…」
彼に艦娘候補生達が次々にそう言った。もう、涼月に構わないでください。そう思った時でした。
「実技が悪い、って事は、座学はいいのか?」
「…」
彼が、そう言いました。
「あー…座学は成績いいんだけどねぇ…」
「実技は、からっきし。ダメダメよ?」
「運動音痴なんだよ、きっと」
「…」
彼女達の言う通りですよ。だから、失望してください。
「なんだそりゃ。頭ごなしに決め付けるなよ。やってみなきゃ分かんねぇだろ?」
「…えっ?」
彼がそう言った。思わず涼月は彼の顔を見てしまいました。
彼は、真剣な表情をしていました。
「何か原因がある筈だ。なら、それを突き止めよう」
「…」
彼は。渡良瀬と名乗った彼は、そう言いました。
その顔は、涼月を見下さず。馬鹿にせず。真剣な表情をしていました。
この時の涼月は知りませんでした。後に彼、渡良瀬準と名乗った提督候補生によって救われる事になるとは。
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涼月のしぶとさを、甘く見ないでください!
※活動報告にて、アンケートを取ります。よろしければ、ご協力お願いします。
Q:藤原提督の階級、何で准将?
A:当時は准将でした。
Q:普通、6年弱で准将から大将には、ならないんじゃないの?
A:普通ならそうですが、小説なのでこまけぇこたぁいいんだよ!どうやって階級を上げたのかは、後ほど本編で説明されます。