side 提督
──第603鎮守府、母港──
夕方。
「皆、お疲れ様。各自、艤装を点検後、異常が無ければ妖精達に預けてくれ。その後は自由にしてくれて構わない。報告書は明日11:00までに俺に提出してくれ」
演習を終え、第603鎮守府に戻って来た。
幸い、深海棲艦とは遭遇しなかった為、戦闘は起きなかった。
「それじゃ、俺は執務室に行く。何かあったら、遠慮なく俺を呼んでくれ」
演習に参加した6人にそう声をかけて、俺は執務室に向かった。
………………。
──執務室──
「お帰りなさい」
「ただいま。何かあったか?」
執務室に入ると、本日の秘書艦、満潮が書類を捌いていた。
「いいえ、電話はアンタから戻る連絡以外鳴らなかったし、封筒も届いていないわ」
「そうか」
(規模が拡大されたのだから、もっと戦果を挙げろ、って嫌味の電話が来るのがなぁ……)
嫌になるぜ。というか、そう急かすなよ。無理な出撃をすると、轟沈者──死亡者──が出るのに。
「はい、書類。確認して」
「あいよ」
頭を切り替えろ。満潮から書類を受け取り、確認。承認のハンコを押す。
「……ねぇ」
「どうした?」
一旦、書類から顔を上げて満潮を見る。
「向こうで荒潮に会った?」
「あぁ、会ったぞ?」
演習後、埠頭で海を眺めていたら、
「何か言ってなかった?」
「満潮は元気か?って聞かれた」
養成所の時に見た、歳不相応の妖艶な笑みを浮かべながら聞かれた。君、本当に1×歳なの?って言いたくなったのは秘密だ。
「……そう」
あ、嬉しそうな顔してる。
「……何よ」
「何でもない」
寂しいのか?なんて聞くとキレるから、濁すか。
そういや、
「そういや先日、第8492離島鎮守府に行った時、霞って艦娘から満潮が元気にやってるか聞かれた」
「えっ、アイツが!?」
目を見開いて驚いてる。その直後、苦笑いした。
「アイツ、霞ってあんなだけど、結構寂しがり屋で甘えん坊なのよ」
「へぇ…」
霞が、ねぇ。自他共に認める厳しい艦娘だ、って小嶋提督から聞かされたけど、そうなのか?
「……会いたいな」
「……」
小声だが、聞こえた。
…シフト見直すか。そう思った時だった。ス○イルプリキ○アのメロディーが流れた。
「〜〜ッッッ!!!」
あ、満潮の顔が一瞬で真っ赤になった。慌ててポケットからスマホ取り出して操作し始めた。可愛いなぁ。
「い、今のは間違い!そう!間違いなの!秋雲に悪ふざけで着メロ入れられたの!私が入れたんじゃないんだからね!!!」
うん。分かった。そういう事にしておく。
「少し休憩していいぞ。あとは俺がやっておくから」
朝から今まで仕事をしてくれたんだ。あの量の書類が殆ど終わってるから、あまり休憩しないで捌いてくれた筈。だから満潮にそう言った。
「……ありがと」
小声でお礼を言ってくれた。そしてスマホを弄り始めた。
「〜〜♪」
嬉しそうな顔してる。もっと見ていたかったけど、やめておこう。お仕事しますか。えっと、試作兵器の実験を行いたいと、夕張から申請が来ているな。
「……あの」
「ん?」
満潮に声をかけられた。不安そうな顔してるな。
「…明後日、お休み、貰えない…かな?」
か細い声でお願いしてきた。少し待ってろ。えっと、シフト表…あった。ふむ。
「いいぞ」
予定では満潮の休みは4日後だが、弄れる。大丈夫だ。
「ホントッ!?」
「ああ。勿論だ」
とっても嬉しそうな顔してる。可愛い。
「
飛び跳ねながら笑顔で言ってる。珍しいな、こんなにはしゃぐなんて。
「良かったじゃないか。外出するなら、外出届けを書いてくれよ?」
一応言っておく。
「うん!」
満面の笑み。歳相応の笑みだ。
「……ハッ!」
あ、我に返った。さっきよりも顔が赤くなってる。耳も首も真っ赤だ。おいおい、大丈夫か?血管破裂しないでよ?
「い、今見た事は忘れなさい!」
「何を言っているんだ?俺は何も見ていないし、聞いていないぞ?」
からかいたかったが、そんな事をしたら殴られそうだからやめておこう。
「……そう」
大人しくなってくれた。安心しろ、誰にも言わない。
「……そういえば、此処周辺って何も無かったわね」
「あー、確かに」
言葉は悪いが、此処周辺に娯楽施設は殆ど無い。満潮達が楽しめるような物は無い。
「隣県のショッピングモールにでも行くか?駅まで送ってくぞ?」
あそこなら、娯楽施設が多い。きっと、楽しめるだろう。
「ホント?なら、お願いするわ」
「任せろ」
そうと決まれば、車にガソリン入れておかないと。
それから、はしゃぐ満潮を見ながら仕事した。
………………。
──某県某所──
二日後、昼前。
「……」
「あっ、ファンシーショップに入って行ったわ。追いましょう!」
「……はぁ」
どうも、提督です。俺は今、私服の足柄と2人で満潮と霞を尾行しています。どうしてこうなった。
昨日、秘書艦だった足柄に満潮と霞の2人が出かけると知られた結果、尾行する事になったんだっけ。
──────────────
「あら?満潮のお休みって二日後だったじゃない?」
「あぁ、理由があってな」
「理由?」
「妹に誘われて、出かけるんだとさ」
「妹…満潮の妹って…」
「どうした?」
「て、適性艦名は!?」
「あ、朝潮型駆逐艦十番艦、霞だ」
「何処所属!?」
「お、落ち着け!第8492離島鎮守府所属だ!」
「本名は!?」
「だから落ち着け!確か、逢坂香澄、満潮の実妹だ」
「
「うるせぇ!!」
──────────────
「……」
あんなにはしゃいだ足柄を見たの、初めてだよ。いや、普段からはしゃいでいるけど、比べ物にならなかった。
何故そんなにはしゃいだのか聞いたところ、昔所属していた鎮守府の仲間だったそうだ。
余談だが、足柄と霞が所属していた鎮守府は、そこを運営していた提督が色々やらかしたらしく、解体されている。
「
「何度目だよ……」
一回言えば分かるからいいよ。というか、昨日から耳にタコが出来るほど聞かされてるから飽きた。
「……あ、到着した」
「……何が?」
足柄──今はプライベートだから本名で呼ぶか。杏子──がスマホを弄りながら言った。到着した、って、誰か来るのか?
「香澄ちゃん親衛隊の1人よ」
「あー、そうですか」
何も言わん。突っ込まんぞ。
「プ○さんのお人形見て微笑む香澄ちゃん…いい」
「……」
「普段はツンツンして自他共に厳しい香澄ちゃんが微笑む姿は尊い。そう思わないかね?」
「帰っていいかな」
というか、帰る。
一応、瑞鶴達に買い出しと言って出掛けているからのんびり出来るが、今すぐ買い出しして帰りたい。
「百合の花が咲く所を見ずに帰るなんて勿体ない」
「全くです」
「うおっ!?」
知らない声が聞こえて思わず変な声が出た。誰だ!?
「あら、もう着いたの?」
「えぇ。一分一秒が惜しいので階段を駆け上ってきました」
「流石ね」
「申し遅れました。私、
「え、あ、あぁ…どうも…渡良瀬です」
「昔居た鎮守府の同僚。艦娘よ」
「そ、そうか」
杏子が小声で耳打ちして教えてくれた。
「ちなみに、適性艦は大淀よ」
マジかよ。大淀の適性持ってるって、防空駆逐艦程じゃないが、かなり貴重だぞ?
「ヘイズ1。ターゲットが移動を開始しました」
「良し。ヘイズ2、ヘイズ5、私に続け」
「何だよヘイズって」
ヘイズ…Haze…あぁ、そういう事ね。「かすみ」は英語でHazeだからか。……待て、何で5なんだ?
「霞ちゃん親衛隊。通称ヘイズ隊は4人いるの。だから、あなたは5番目だからヘイズ5なの。私はヘイズ1、
そうですか。というか、杏子と
「ヘイズ1、目標、フードコートに入りました」
「人が多いから、上手く紛れて視姦おほん見守りましょう」
「おい」
視姦言うな。というか、そんな言葉使うな。
…あ、霞が満潮の背中に抱き着いた。何か言い合ってる。けど、距離があって、更に人が多いから聞こえない。
「……会話が聞き取れないですね」
「これを使いましょう」
杏子、それ、妖精さん達が開発した超小型集音器じゃん。鎮守府の外に持ち出すなよ。武器じゃないから見逃すけど。えっと、付属のワイヤレスイヤホンを付けて…これで良し。
……え、何でそんなことするかって?気になるから。
『引っ付くな!』
『え〜、いいじゃない』
あ、満潮──美波──と香澄の会話が聞こえる。
『フレンチクルーラァ、奢ってよォ。お姉ちゃんでしょ?』
『誰がフレンチクルーラーよ!』
『お姉ちゃんの髪型の事よ』
『ふざけんなっ!』
フレンチクルーラー?あぁ、
「……」
「……」
おい、杏子、笹川さん、目を閉じて無言で合掌すんな。周りの人に変な目で見られてんぞ。
『ね〜え〜、お姉ちゃんでしょ?奢ってよォ?』
『自分で買いなさい!お金持ってんでしょ!?』
『お姉ちゃんに甘えたいのにぃ〜』
『だ〜!引っ付くな!』
「……」
「……」
離れとこう。同じ仲間だと思われたくない。
『あーもう、こんのバカ妹!分かったから離れなさい!』
『ホント?じゃあ海鮮丼食べたい!』
『よりにもよって高い奴選ぶんじゃないわよ!』
「……」
仲良さそうだな。
…あ、警備員さんが杏子達に声掛けてる。放置しておこう。とりあえず、買い出しするか。あとで連絡すればいいよな。
俺はワイヤレスイヤホンを外し、ポケットに入れて食料品売り場へ向かった。
………………。
「裏切り者を発見」
「処します」
「やめてください」
フードコートを出て、俺一人で買い出しをすると杏子にメールを送り、食料品売り場へ向かっていたら二人に捕まった。
「危うく香澄ちゃん達に見つかる所だったわ」
「でも、いい物が見れました」
顔がツヤツヤしてらぁ。関わりたくねぇ…。
「俺は食料品買うから、二人は香澄達を見ていていいぞ?」
本音はこの二人と関わりたくないです。だから別行動を提案した。
「それなら、お言葉に甘えて」
「ウキウキウォッチングしてきます」
「……行ってらっしゃい」
ウキウキウォッチングって…捕まらないでくださいよ、笹川さん。杏子は別に捕まってもいいや。
そう思っている間に、二人は早歩きで行ってしまった。元気だなぁ。
「さて、買い物しますか」
肉を多めに買ってきてくれ、って頼まれたんだったな。あと、非常食用の乾パンも。
それから俺は一人で買い出しを行った。そして買い出しを終え車のトランクに詰め込んでいると、杏子からメールが来た。どうやら香澄に見つかり、シバかれたそうだ。何やってんの。
とりあえず、杏子を連れて帰るか。
妖精さんの素敵技術で作られたボックスに、肉等の生鮮食品を入れる。これで腐敗することは無い。
トランクを閉じ、鍵をかけ、メールで合流する場所を送った。
side 提督 out
───────
────
─
side 満潮
「へぇ、VRねぇ…」
「面白そうじゃない」
フードコートで妹に海鮮丼を奢ったあと、ショッピングモールを彷徨いていたら、最近出来たVR体験が出来るエリアを見付けた。夕張さんと秋雲がVRゲームを持っていて何度か遊んだ事があるけど、凄かったわね。
「体験してみましょう?」
「えぇ」
せっかくだから、体験してみよう。チケット制なのね。券売機にお金を入れてチケットを購入。えっと、逆バンジーにジェットコースター、ガ○ダムの掌に乗ってザ○Ⅱに襲われるダ○バ強襲。他にも沢山ある。どれにしよう?
「あっ、アレなんてどう?」
香澄が笑いを堪える様な声で言ってきた。嫌な予感がする。
「どれ……よ……」
香澄が指さす先にあったのは、
【CR○EPING TERROR】
不気味な文字でそう書かれた「ホラー体験」VRだった。
ちょっと待ちなさい。私、ホラー苦手なのよ!?やめてよね?冗談でしょ?
「行きましょう?」
「NO。絶対に、NO」
いやいやいや、ホントにやめて、無理。おいこら、腕を掴むな!
「2名、お願いします」
クルルアアァァアアアアッッッ!!!勝手に決めるなああああああ!!!
パニクりすぎて巻舌になっちゃった。
「お姉ちゃんでしょ?しっかりしなさい♪」
香澄、鎮守府に戻ったらぶっ飛ばす。絶対ぶっ飛ばす。ニヤニヤすんな!ムカつく!
「ああもう、やってやろうじゃない!」
ここで逃げたら、絶対ネタにされて弄られる。なら、今だけ我慢しよう。
係の人に案内され、薄暗いシアター──暗幕が張られている──の中に入り、ギミックチェアに腰掛ける。
「……そういえば、アンタもホラー苦手だったんじゃない?」
係の人に手渡されたVRゴーグルを付ける前に、香澄に聞く。私ほどじゃないけど、コイツもホラーが苦手だった筈。
「……毎日、
「あっそ」
目が虚ろだ。どんな目に遭っているのかしら?帰ったら聞いてみましょう。
「だから、お姉ちゃんがみっともなく泣き叫ぶのを期待しているわ」
「ぶっ飛ばすわよ?」
ニヤニヤ笑うな。
「あ、あの、VRゴーグルを…」
「あっ、すみません!」
いけない、係の人が困ってる。急いでVRゴーグルを装着。次にヘッドフォンを付ける。
そして、ゴーグルやヘッドフォンに異常が無いか確認される。異常無し。
『では、行ってらっしゃい』
係の人がそう言った直後、ゴーグルに映像が映る。同時に不気味な唸り声がヘッドフォンから鼓膜に響く。
……や、ヤバい。これ、想像以上にヤバい!バ○オハザードよりヤバそう!
<ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!
「「ギャアァァァァ━━━━━━!!!」」
ゾンビ!ゾンビみたいなのがいきなり目の前に飛び出してきた!
3Dだから迫力が凄まじい。あと、ギミックチェアが物凄い揺れて恐怖が倍増する。おまけにミストや風がかかってきた。血飛沫や吐息を感じさせる演出みたいね?
というか、隣に座る香澄の叫び声がうるさい。おかしいわね、ヘッドフォンしてるのに。どんだけデカい声で叫んでるのよ!というか、
(
ゴーグルに映るゾンビに対して悪態をつく。
……待てよ?ゾンビじゃなくて涼月だと思えばいいんじゃない?
目の前に居るのは涼子。目の前に居るのは涼子。目の前に居るのは涼子。
…あ、怖くなくなった。
<ゥ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!
「イヤ━━━━━!!!」
うわぁ、香澄がめっちゃ叫んでる。あ、今度はチェーンソー持った
「や゙め゙で━━━━━━━━━!!!」
香澄、そんなに叫ぶと、喉を痛めるわよ?
それからホラーVRが終わるまで、香澄の絶叫がシアター内に響き続けた。
私?飛び出してくるゾンビみたいのを涼月だと思うようにしたら、途中から何とも思わなくなったわ。
………………。
「」
「…大丈夫?」
香澄の髪がボサボサで、目が虚ろになってる。
終わった後、係の人に物凄い心配されてたわよ?
「……」
「ちょっ!?」
いきなり抱き着いてきた。…震えてる。ったく。
「もう大丈夫よ」
優しく頭を撫でてあげた。全く、世話の焼ける妹ね。
「お゙姉゙ぢゃ゙ん゙、怖゙がっ゙だよ゙ォ゙ォ゙ォ゙〜!!!」
「鼻水垂らすな!」
あぁもう!こんのバカ妹!
「…ん?」
視線を感じる。誰?
「……」
「……」
「……」
視線を感じる先を見ると、足柄さんと眼鏡をかけた女性が鼻血を垂らしながら私を見ていた。
「足…杏子さん?」
あっぶな、艦娘名を言う所だった。一般人に艦娘だとバレると、色々厄介なことになるのよね。特に、反艦娘団体の人間とかに知られたら、大騒ぎになる。
というか、何で杏子さんがココに?そう思った時だった。私が杏子さんの名前を言った直後、香澄が弾かれたように離れた。
「……見たわね?」
香澄の奴、さっき叫び過ぎて声が掠れているけど、ドスが効いてる。キレているわね。
「「……香澄ちゃんはいいぞ」」
あの、杏子さんと眼鏡をかけた女性は何を言っているの?あっ、逃げ出した。
「こんの、クズがァ!!!」
「ちょっ!?」
追いかけて行っちゃった。……はぁ。元気がいいわね。
(元気そうで安心したわ)
香澄が昔所属していた鎮守府は、そこを運営する提督が屑で酷い目に遭って、一時期塞ぎ込んでた。でも、
(……追いかけよう)
普段は真面目だけど、キレると暴走するから、心配ね。
苦笑いを浮かべながら、私は香澄達のあとを追った。
side 満潮 out
───────
────
─
side 提督
──車内──
「ほっぺたにもみじ出来てるが、大丈夫か?」
赤信号になったから、一時停止した後、助手席に座る杏子に声をかけた。
「我々の業界ではご褒美です」
「あっそ」
メールで合流場所を指定し、そこに向かうと、頬に
『あんたまでストーカーしに来たの?』
いや、俺はただ買い出しに来ただけです。
しかし、信じてくれなかったのか、ずっと睨まれた。
その後、俺と杏子は帰る事にした。
『ま、まだ香澄ちゃんと美波ちゃんのキャッキャウフフを見たいのにぃ!!』
駄々っ子の様に騒ぐ杏子を連れて帰るのは大変だった。
時間はかかったが、何とか説得し、連れ帰る事に成功した。
『では、機会がありましたら、またお会いしましょう』
笹川さんも、これ以上は迷惑になると思ったのか、大人しく帰る事にしたそうだ。
『私達はもう少しだけ遊ぶわ』
美波と香澄は、もう少しだけショッピングモールで過ごすと言った。せっかくの休み。しかも中々一緒になれない姉妹と過ごすんだ。「あまり遅くならないように」とだけ言って、俺達はその場を後にした。
「香澄ちゃんが元気そうで安心したわ。これで明日も戦える!」
「栄養ドリンクか何かかよ」
「心の癒しよ」
ドヤ顔で言うな。まぁ、癒されたのならいいか。……いや、良くないだろ。香澄と美波に迷惑かけちまったんだ。今度、お詫びしよう。
それから、杏子が香澄について熱く語ってきたが、殆ど聞き流した。
──────────────
──第603鎮守府、執務室──
数日後、朝。
「プロテクター、良し。ス○ィールスーツ、良し。逃走経路、良し」
「何故、執務室に物騒な物置くのよ……」
「だって、扶桑さんが来るんだよ?」
鬼・姫級の首を持って帰る、薩人マシーンが来るんだよ?もしかしたら、俺も首を狩り取られるかもしれないんだよ?保険だよ、保険!
「備えあれば、嬉しいなって奴だ」
「憂い無し、ね」
知ってるよ。わざと間違えたんだよ。
本日の秘書艦、千歳さんが呆れた顔で溜息吐いてる。
「まぁ、ドンパチ始まりそうになったら、私が止めてあげるから、安心して?」
「マジで頼みます」
そういや、千歳さんはインファイト得意だったな。出撃すると、ボーキサイト節約の為に、タンスみたいな艦載機格納庫を担いで深海棲艦を叩き潰す、って瑞鶴達が言ってたっけ。
「ほら、着任まで時間はあるから、お仕事しましょう?」
「あいよ」
気は乗らないが、やるか。書類の山から1枚ずつ手に取り、内容を確認。えっと、タンカー警護の依頼が来ているな。誰を就かせよう?
「……ふふっ」
「どうした?」
突然、千歳さんが笑い出した。何か、おかしい事でもあったか?
「似てるなぁ、と思って笑っちゃった」
「似てる?」
何に似てるんだ?疑問に思っていると、千歳さんが教えてくれた。
「書類を見て考え込む時の仕草が、悟……ううん、君のお父さんとそっくりだなぁ、って」
「……そうなのか?」
「えぇ。そっくりで驚いちゃった♪」
「……」
そういや、親父の事、殆ど知らないな。あと、お袋の事も。聞きたい。でも、相手は千歳さんだ。気付かないうちに地雷を踏み抜く恐れがある。聞きたいけど、怖いから聞けない。
「お父さんの事、知りたい?」
本音を言えば知りたいです。けど、さっきも思ったけど地雷を踏み抜きそうだから聞けない。
「君のお父さんはね、無口な人だったわ」
勝手に喋り出した。よし、適当に相槌打つだけにしよう。
「とても気難しい人なのかと思ったけど、本当は人見知りで、何を話せばいいか分からないから無口だったの」
「へぇ」
驚くフリをする。既に爺ちゃんから聞かされました。けど、言わない。聞き専になれ。
「それを知った時は、可愛い人だなぁ、って思ったわ」
「可愛いって……」
うっとりした顔してるよ。
「思わず可愛い、って言ったら微妙な顔されちゃったなぁ」
「まぁ、女性に可愛いって言われると、悲しくなる」
男女の認識の違いなんだろうけど、そう言われると「嬉しい」と思うより、「悲しい」、もしくは「微妙」だと思う。あくまで俺個人の考えでは、だけど。
「そうなんだ?貶したり、バカにしたつもりじゃ無かったんだけど……」
それから、千歳さんは親父の事を話した。その間は、仕事出来なかったと言っておく。だって、書類捌きながら聞いてると「話を聞け!」ってキレられる恐れがあるから。
「……あら、もうこんな時間」
「あ、ホントだ」
時計を見ると、11:45だった。いつの間に数時間経ったんだ?
「あっ、ごめんなさい!仕事の邪魔しちゃって」
「いや、大丈夫」
本当は大丈夫じゃない。けど、言わない。言えない。
まぁ、午後から巻き返せばいいか。……あっ、扶桑さんが来るんでしたっけ。待てよ?仕事が忙しいと言って相手にしなければいいか。
………………。
「……」
現在時刻、14:50。扶桑さん着任は、15:00頃。
緊張してて、殆ど昼飯食えなかった。
「顔色悪いわよ?」
仕方ないだろ?扶桑さんが来るんだぞ?
「男でしょ?ち○ちん付いてるでしょ?しっかりしなさい」
「女性がそういう事言っちゃいけません!」
何で恥じらいもなく堂々と言えるの?
「ぷっ……あはははは!」
「!?」
いきなり笑い出しだ。どうした!?
「あはははは!もう、本当にそっくりね」
「そっくり?」
「えぇ。君のお父さんも、私が卑猥な事言うと、「そういう事言っちゃいけません!」って顔を赤くしながら注意してきたわ」
そうなんだ。
「もう、そっくりね。流石親子」
「は、はぁ……」
親父も苦労したんだな。……あ、ノックされた。逃げたい。
『涼月です。本日着任される扶桑さんをお連れしました』
「帰ゴホン……入ってくれ」
あっぶね、帰ってくれ、って言いそうになった。もし言ったら、
さて、覚悟を決めよう。
扉がゆっくり開くと、涼月が入室。その後に、和服を纏った濡れ羽色の長髪の女性──扶桑さん──が入室してきた。
(うわぁい、扶桑さん、すんげぇイイ笑顔してるよ)
提督、逃げたい。けど、逃げたら確実に追いかけられるだろう。
「本日付で佐世保鎮守府より、第603鎮守府に異動して参りました。扶桑型戦艦一番艦、扶桑です。よろしくお願いします、渡良瀬少佐♪」
「こ、こちらこそ、よ、よろしく……お願いします」
声が裏返った。最後らへん、小声になった。でも、仕方ない。目の前に扶桑さんが居るから、仕方ない。
「ふふふっ……うふふふふふふっ♪」
「」
あっ、獲物を見つけた蛇みたいな目してる。瑞鶴が此処に着任してきた日を思い出す。
……胃が痛くなってきた。
side 提督 out
───────
────
─
次回予告
私のせいで、執務が滞っちゃったわね。代わりにやっとくから、休んでて?
さて、お仕事しましょう。…あら、扶桑さん、早速仕掛けているわね。
…昔を思い出すわね。私も、あんな風に悟を追いかけ回したっけ。
……おっと、昔を思い出すのは後にして、彼を助けましょう。
第45話・薩人大和撫子
「分かりませんねぇ。何を仰っているのか、さっぱり分かりません。日本語を話してください。日本語を話せないのなら……」