デュエル・マスターズ Another Mythology   作:モノクロらいおん

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小説カキコで連載していた作品を、手直しして移転しました。
ピクシブで連載している『デュエ魔法少女マジカル☆ベル』という作品のスピンオフ元でもありますが、詳細はまたいつか。本作だけでも楽しめるよう執筆しておりますので、ご安心ください。


第1節 太陽を継ぐ黒翼

「――ここは……?」

 

 仄かな光が散りばめられた闇の中に、一つの存在が浮かぶ。

 それは生命体と呼べる程度の自律した思考を持ってはいたが、しかし肉体という面で見ると、酷く不安定だった。

 

「僕は、辿り着いたのか……別の星に……」

 

 ぐるりと見渡す。

 なにもない。真っ暗だ。

 しかし、感じるものはあった。

 

「……微かだが、クリーチャーのような気配を感じる。この世界にはクリーチャーに似た生命体が存在しているのか……? あるいは、クリーチャーそのもの……? だとすれば、相当ラッキーだ」

 

 幸先の良い展開。しかし同時に、不安も、懸念もあった。

 同時に、疑念も湧き上がる。

 

「しかし妙だ。微かであるとはいえ、クリーチャーらしき気配があるのに、マナはまったく感じられない……いや、本当に微かだが、マナも感じる。しかし弱い……この程度のマナでは、クリーチャーなんて存在できないだろうに……不思議な世界だな」

 

 まったく別の世界に来たのであれば、その不思議な感覚はむしろ当然であるのが。

 だがそのような些事に構っている暇はなかった。

 

「とにかく今は、目的を遂げなければいけない」

 

 そのために自分はこの未知なる世界へとやって来たのだ。遥かなる時空を経て、この世界に。

 

 

 

「さぁ、神話の神々が残した星を救うため。勇者探しと行こうか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――《ガイアール・カイザー》でダイレクトアタック!」

「くっ、負けた……!」

 

 某県某市某所。

 そこは、東鷲宮中学校と呼ばれる、ごく普通の中等教育学校。

 その中の、1―2というプレートがかかった教室にて、生徒たちの歓声が響いていた。

 

「また私の勝ちぃ」

 

 教室内では、二人の生徒が机を隔てて向かい合っており、他の生徒はその二人を取り囲むような形で散っている。

 二人の生徒のうち、片方はがっくりと項垂れながら崩れているが、もう片方の少女は、したり顔で勝ち誇っていた。

 黒髪のショートヘアの少女。と形容する他ない、ごく平凡な女子生徒。しかしその立ち振る舞いや顔立ちは、どことなく少年らしさを感じさせた。

 

「まーそんなに落ち込まなくてもいいよ。君は結構強かったもん。でも、相手が悪かったね」

 

 少女は劣等感を刺激するような態度で相手の生徒にそう言葉を投げかけると、机の上に並べられていたカードを手早く片付け、ギャラリーと化した生徒たちの方へと歩いていく。いや、生徒たちではない。

 一人の女子生徒に、だ。

 栗毛のショートボブヘアーに、白いリボンを左右で結った、小柄で大人しそうな女子生徒。勝ち気でどこか少年らしさのある少女とは対照的な雰囲気を醸し出していた。

 

「ゆず、これで何勝?」

「えっと……三十八勝です。なので、あきらちゃんは一年二組の生徒みんなに勝ったことになりますね」

 

 ゆず、と呼ばれた小柄な少女は、あきら、と呼ぶ少女の問い掛けに、手元のメモを見ながら答える。

 空城暁(そらしろあきら)。そして、霞柚(かすみゆず)

 それが彼女たちの名前だった。

 

「お、ってことはこれで、このクラスの最強は私ってことだね」

「そうなりますね。すごいです、あきらちゃん」

「えへへ、まあねー」

 

 はにかみつつも、どこか誇らしげな暁。

 その手に握られているのは、カードの束――即ち、デッキ。

 デュエル・マスターズのデッキであった。

 

「よし、じゃあ次は隣のクラス……一組に突撃だ!」

「え? 一組に行くんですか?」

「二組を制覇したら、次は一組、その次は三組、四組。まずは一年生を全員倒して、次は二年生、最後に三年生! みんな倒して、私がこの学校の頂点に立つよ!」

「はぁ……」

 

 随分と大きなことを言い始めた暁に、柚は肯定とも否定とも取れない息を漏らす。

 

「というわけで早速行くよ、ゆず!」

「え、あ、あきらちゃんっ。ま、待ってくださいーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たーのもー!」

 

 やってきた一年一組の教室。暁の道場破りの如き第一声で、教室内の視線が一気に集まった。

 

「あ、あきらちゃん……そんな道場破りじゃないんですから……」

「一組制覇が目的なんだから、似たようなもんだよ。それよりゆず、このクラスで強い人って誰?」

「わたしに聞かれても……」

 

 暁も柚も、東鷲宮中学に入学してから一ヶ月と経たない。自分のクラスの生徒でも怪しいのに、他のクラスの生徒のことなんて、まだ記憶にインプットされていない。

 お互いの趣味さえもわからないような状態。誰がデュエマで強いかなど、知る由もなかった。

 

「おい、あれって空城じゃないか……?」

「二組の生徒をデュエマでのしてるっていう……」

「いずれここに来るかもしれないとは思っていたが、まさか本当に来るとは……!」

 

 暁たちの登場で、ざわざわと一組の生徒たちが騒ぎ始める。

 暁も柚も、一組の事情も人間も知りはしなかったが、その逆はあった。

 二組で片っ端からデュエマを挑んでは倒してきた暁。その名前は、隣のクラスくらいには知れ渡っていたようだ。

 

「あきらちゃん、有名人ですね……」

「お兄ちゃんも自分がそんなだったって言ってたなー。いい気分じゃないとか言ってたけど、そうでもないね」

 

 むしろ気分が高揚してくるくらいだ。

 きょろきょろと教室内を見回し、暁はそれらしい生徒を探す。そして、暁から最も近い、最前列の席で本を読んでいた眼鏡の少年を見つける。

 見つけるもなにも、その存在感は他の生徒の比ではなかった。入学したての中学一年生とは思えないほどの長身で、座っている状態でもどこか威圧感を感じる。

 しかし、暁はそんな威圧感に等動じずに、ずんずんと教室内へと入っていく。

 

「ねぇ、君」

「……誰だ、お前」

「二組の空城暁だよ。君さ、デュエマするよね? 腰にデッキケース吊ってるし」

「…………」

 

 少年は仏頂面で自分の腰に目線を落としたのち、暁を見据える。言葉はなにも発さない。

 

「しようよデュエマ」

「…………」

「あきらちゃん、いきなりすぎですよ……」

「えー、そんなことないと思うけどなぁ」

「そんなことありますって。そんなにいきなりだと、困っちゃいますよ」

「まあまあ、とりあえずデュエマすれば問題ないよ。で、どう? デュエマする?」

 

 する? と聞いておきながらも、暁の目の奥には「デュエマをする」以外の選択肢が見えなかったが。

 拒否は許さず、有無も言わさぬ勢いで捲し立てる暁。

 しばらくして少年は、ゆっくりと口を開く。

 

「……しない」

「え?」

 

 その言葉に、暁はフリーズする。

 しかし、すぐに解凍した。

 

「な、なんでっ? どうして!?」

「どうしてもだ。どうして俺がお前とデュエマしなければならない。その理由がない」

「理由なんていらないよ! あ、もしかして、私に負けるのが怖いとか?」

「……なら、そういうことにしておいてくれ」

「なにさそれ!」

 

 挑発も軽くいなされてしまい、取りつく島もない。

 まともに取り合う気のない少年と、その態度に憤慨する暁。

 しばらくそんな押し問答が続いたが、昼休みの終わりを告げるチャイムと共に、一時停戦となったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなのさー、あいつ!」

「ま、まぁまぁ……あきらちゃん、落ち着いて……」

 

 放課後。暁はしつこくあの少年に対戦を申し込もうとしたのだが、終礼が終わると少年は忽然と姿を消しており、下校時間ギリギリまで探しても見つかることはなかった。

 そして二人は、夕暮れの中の帰路を歩く。

 

「誰だって、対戦したくない時はありますよ」

「ない!」

「だ、断言されちゃいました……」

 

 暁はもう、あの少年と対戦するまで気が収まらない様子だった。柚がなんとかなだめようとするも、効果はない。

 

「困りましたね……と、とりあえず、また明日、改めて対戦を申し込むしかないですね」

「勿論そのつもりだよ。一組制覇の最初の相手はあいつに決まり! 絶対ぶっ飛ばしてやるんだから」

「あきらちゃん、こわいですよ……」

 

 今にも角が生えて来そうなほどに憤りを見せる暁。

 暁の頭の中には、あの少年のことでいっぱいだった。どうやってデュエマをさせるか、そしてどう戦って、どう倒すか。

 そんなことばかり考えていたせいで、暁の注意は散漫になっていた。

 ゆえに、

 

 ドンッ

 

「あうっ」

「おっと」

 

 曲がり角を曲がるところで、人とぶつかってしまった。

 暁はその衝撃で後ろに倒れ、さらに倒れた時の衝撃で腰に提げていたデッキケースの蓋が開き、中のカードが飛び散ってしまう。

 

「ごめん、だいじょう――」

「あ、あぁ! 私のデッキ!」

 

 暁はぶつかった相手の声など微塵も聞いておらず、地面に散らばったカードをかき集める。

 しかし相手もさほど気にした様子はなく、足元に落ちたカードを拾い上げた。

 

「……これって」

 

 そして、そのカードを、ジッと見つめる。

 

「ん? ああ、すみません。拾って貰っちゃって」

 

 ここで初めて、暁は相手の存在を認識する。

 まだ若い青年だった。身体の線は細く、背はわりと高いように見える。

 

「これって、クリーチャー?」

「え? まあ、そうですけど。お兄さんもデュエマするんですか?」

「……そうか、この世界だと僕らの世界のような姿を保てないのか。だからこうしてカードの姿に……」

 

 暁の言葉などまるで聞いていない様子の青年は、カードを見つめながら、なにやらぶつぶつと呟いている。

 どこか不思議な雰囲気のある青年だ。それは恐ろしくもあり、神秘的でもあり、謎めいてもいる。

 

「でも、どんな形であれクリーチャーは存在している……だったら……」

「あのー……どうしました? というか、早くカード返してほしいんですけど」

 

 暁がカードの返却を求めると、青年はスクッと立ち上がる。

 

「成程そういうことか。この世界にクリーチャーが存在できるカラクリは分かった。となると次は、勇者探しだけど……」

「?」

 

 青年の視線が暁に向く。

 その視線になにか嫌な予感を覚えながらも、暁は青年を見つめ返した。

 

「……赤い因子を感じる。火文明……太陽に近い性質、か……? あるいは萌芽か、月影か……でもこの感覚は、きっと太陽神話の……」

「? どうかしましたか? あとカード返してくれません?」

「結果はまだわからないけれど、これは偶然の出会いに感謝だね。解決の糸口は見えた。彼女なら、語り手となり得るかもしれない」

 

 暁の言葉などまるで聞いてはおらず、青年は独り言を発し続けるだけ。

 すると青年は、やたらボロボロな携帯電話を取り出して、不慣れな手つきでそれを操作する。

 

「えっと、これでいいのかな……よし」

「……えっと」

 

 暁も柚も、まったくこの状況について行けない。というより、青年が一人で勝手になにかしている、という認識しか持てなかった。

 しかしその認識は改めるべきだった。

 少なくとも、今この時に限って言えば、暁だけは無関係ではなかったのだから。

 

「いきなりで悪いね。詳しい説明は後でするから、とりあえず来てもらえるかな?」

「え?」

 

 刹那――

 

 

 

 ――暁と青年は、この世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここは……?」

 

 しばらく意識が飛んでいたようだ。しかし、眠っていたわけではない。

 立っている。立ちながら眠るだなんて器用なスキルを習得した覚えはなかった。だから、これは眠っていたのではなく、意識が飛んでいたと考えるべきだ。

 もっとも、そんなことは現状を考えれば、どうでもよいことだが。

 そこは、いつもの見慣れた通学路ではない。

 見渡す限り荒野が広がっている。草はほとんど生えておらず、干からびかけた樹木には葉っぱが一つもついていない。

 不毛の大地。そんな表現がよく似合う、枯れた場所であった。

 

「なに、ここ……?」

「超獣世界だよ」

 

 後ろから声がする。

 振り返ると、そこには先ほどの青年の姿。

 

「もっとも、それは君らに合わせた言い方だけどね」

「さっきの人!」

「さて、とりあえず……神殿に行こうか。こっちだよ」

「あ、うん……じゃなくて!」

 

 あまりにも自然な流れだったのでつい同伴しそうになるが、暁はすぐに反発する。

 

「ちょっと待ってよ! ここはどこなの? あなたは誰? というかこれってどういう状況?」

「ん? あー、んー……どうしよう。一言で言えるようなことじゃないし、詳しい説明は後で――」

「さっきもそれ言ってたじゃん」

「そうだっけ?」

「そうだよ!」

 

 とぼけたような仕草を見せる青年。恐らくは素なのだろうが、そんな天然で説明責任を放棄されても困る。

 とにかく今は状況を把握したい。よく能天気だとか緊張感がないとか言われる暁だが、それでもいつもの通学路からいきなり荒野に飛ばされれば混乱する。情報の開示を求めるのは当然だ。

 

「せめて、ここがどこで、あなたが誰なのかくらいは教えてよ」

「ここがどこかはさっき言ったんだけどなぁ……まあいいや。分かったよ、今から説明する」

 

 そうして青年は、荒んだ大地を広く見渡して、暁に告げた。

 

「まずは僕の名前だけど……そうだな、リュン、とでも呼んでよ」

「リュン? 変な名前」

「続いてここがどこかの補足説明だけど、ここはさっきも言ったように、君らで言うところの超獣世界だ」

「そのちょーじゅーってのがよく分からないんだけど、なにそれ? カエルが歩いてる絵のこと?」

「蛙が歩く……《ケロディ・フロッグ》のことかな? その様子だとあんまり分かってないみたいだけど……他に言い換えるなら、クリーチャー世界、かな?」

「え、クリーチャー? この世界ってもしかして、デュエマの世界?」

 

 思ってもみない言葉に、目を瞬かせる暁。

 ここでクリーチャーという言葉が出て来たのが、あまりに場違いで、だからこそ驚きだった。

 

「君らの世界ではデュエル・マスターズって言うらしいね。その通り、ここは君らの言うデュエマのクリーチャーが存在している世界だ。もっとも、すべてのクリーチャーや勢力が、君らの知るそれと同じとは限らないけど」

「私たちの知ってるクリーチャーとは違う?」

「続きは歩きながら話すよ。時間に追われているわけではないが、その資源を無駄遣いしてもいい道理はないからね」

 

 そう言ってリュンは、視線を暁の後ろに向ける。その視線に気づいた暁は振り返り、それを初めて視覚で捉えた。

 

「とりあえずあそこに行くよ」

 

 そこにあるのは、高くどっしりと構えた――山だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君らの世界のデュエル・マスターズについては、少し調べさせてもらったけど、この世界とかなりの差異があるようだ。君らが紡いだ空想の超獣世界、架空のクリーチャーワールド有無については、興味深いがひとまず置いておくとして、僕らの世界について話そう。ここは恐らく、君らのまったく知らない世界だ。君らの想像からも外れた、混濁した創造者の産物であるだろうさ」

 

 岩山を登りながら、リュンは話を続ける。彼らの世界について。

 正直、それは暁としてはあまり興味のある話でもなかったが、ここがクリーチャーの世界だという時点で常識は捨てた。そう割り切ると、異常な出来事もすんなりと受け入れられ、かえって聞きたいこともなくなったので、彼の一人語りを黙って聞くことにした。

 

「この世界を語る上で最重要な要素。この世界の絶対支配者たち――十二神話」

「十二神話? なにそれ?」

「僕らの世界の中心となっていた十二体のクリーチャーさ。各々が絶大な力を持っていて、この世界を治めていたんだけど……色々あってね。今はもうこの世界にはいない存在なんだ」

 

 そう語るリュンの表情は、どこか寂しげだった。

 絶対的支配者の喪失。それが意味するところを、この時の暁は、まだ理解していない。

 

「彼らはこの世界にいない。だがそれは致し方のない責任であり、代償でしかない。彼らの支配は、統治は、十二神話のシステムは、なにも間違っていなかった……見てごらん」

 

 リュンは山の中腹から、眼下に広がる荒野を指し示す。

 終わりも果ても見えない不毛の大地。荒廃と虚無だけが広がる、荒れ果てた世界。

 それは壮大ではあるが、物悲しくもあった。

 そこにある命は、あまりにも少ない。

 草木はほとんど枯れており、クリーチャー世界と銘打ちながらもクリーチャーの姿なんて見えなかった。

 

「この通り、この世界は荒れている。大地が、というだけではない。戦乱の爪痕は残されたまま。社会体制、秩序が崩壊し、この世界は混乱と混沌を内包し、惨憺たる終焉へと向かっている」

 

 と、そこで、リュンは暁へと振り返った。

 

「君をここに呼んだのにはいくつか理由があるんだけど、僕からの最大のお願いは一つ。この世界を、十二神話のシステムを復元するために、君に力を貸して欲しい」

「そ、そんな、いきなり言われても……」

 

 いくらお気楽で能天気で頭が弱くても、暁も世界という単位の大きさくらいは理解しているつもりだ。

 そんな壮大な話、簡単に受け入れられるはずもない。

 

(……でも、この人、真剣だ)

 

 リュンの目を見る。それは、決意と信念を湛えた眼だ。

 遊びでも冗談でもない。真剣で、真摯で、確固たる決断を下した、強い眼差し。

 出会って間もない怪しい男ではあったが、彼の気持ちの強さだけは、痛いほど伝わってきた。

 ゆえにその切実さを無碍にすることもできず、暁は頷く。

 

「うん、いいよ」

 

 そして、受け入れがたくも、受け入れた。

 

「そんなに困ってるっていうなら、私が手伝ってあげる。なにするのかは、わかんないけどさ」

「……ありがとう。助かるよ」

「それで、私はなにをすればいいの?」

「正直、僕も手探りなところが大きい。こうすれば秩序が戻る、と短絡的な解決手段が完全消失するほどに、この世界は崩れてしまった」

 

 けれど、とリュンは逆接する。

 

「統治の象徴、十二神話の種は、この世界に残されている」

「種って?」

「十二神話はこの世界を去る時、自らの後継者を残した。彼らの力は、十二神話ほどの強大さはないものの、この世界においては最も強く十二神話の力の影響を受けているはず」

「後継者なんてのがいるなら、私の出る幕なくない?」

「いや、そこが大事なんだ」

 

 と、そこで、リュンの足が止まった。

 岩山の壁にぽっかりと空いた穴。

 洞窟だ。

 

「なにこの洞窟?」

「この先に、《太陽神話》の配下が眠っている」

「《太陽神話》……?」

 

 さっき言っていた十二神話という奴だろうろうか。

 太陽。その響きにはどことなく親近感を覚える。

 二人は洞窟へと入る。中は一本道のようで、外からの光が入るので思ったよりも暗くない。

 

「って言うか、なんか暑いね、ここ……」

「当然だよ。今は活動していないけど、ここは火山だからね。《太陽神話》の支配地域であり、根城の一角さ」

 

 そんな話をしながら進んでいくと、ほどなくして少し広い空間に出た。その空間だけは、明らかに雰囲気が違う。

 壁には壁画染みた絵のようなものや、幾何学的な紋様が描かれていた。中央には祭壇のようなものがあり、台座には翼の生えた太陽を象徴するような“なにか”が置いてある。

 その“なにか”を言葉で形容することはできない。強いて言うなら、卵、であろうか。

 なんにせよ、よくわからないが、感覚で伝わってくる。

 激しい熱と、強い力。なにか途轍もないものが、そこにあるのだと。

 

「あれは?」

「太陽神話が残したもの。それが、眠っている」

「眠って……?」

 

 

「太陽神話と近い性質を持つ、赤い太陽の因子。彼を目覚めさせるために必要なものだ。太陽信仰の薄れた今、その性質を持つ者は、この世界にはいない。だから僕は、別の世界から、彼を目覚めさせる力を持つ者を連れてくる必要があったんだ」

「それが、私ってこと?」

「そうだ」

「ふぅーん、そうなんだ……よくわかんないけど」

 

 太陽神話と近い性質だとか、赤い太陽の因子だとか、リュンの言ってることはよくわからない。

 よくわからないが、自分にできることがある。太陽神話の配下とやらを、自分は目覚めさせることができる。

 それが真実で、それがこの世界を救うことに繋がるのなら、躊躇うことはなにもなかった。

 暁は進む。台座の前、黒翼に抱かれた太陽の前に立つ。

 考えるまでもない。理解は重要ではない。

 ただ心の感じるままに、衝動に突き動かされるままに。

 暁は、その像に触れた。

 刹那。

 太陽の殻が、破れる。

 光と火を発しながら、太陽の殻が綻び、破れる。そして――

 

 

 

 

 

「――よっしゃぁー! やっと封印解けたぜー!」

 

 

 

 

 

 歓喜の声と眩いばかりの笑顔が飛び出す。

 それは二頭身の体躯に、どことなく人間を思わせる造形、風貌をしているものの、背中から伸びる一対の翼が純粋な人であることを否定している。

 クリーチャーの世界に現れた、謎の生物。

 ということはきっと、彼もクリーチャーだろう。

 

「お? お前がオレを目覚めさせてくれたんだな。オレはコルル、《太陽の語り手(サンライト・ストーリー) コルル》だ。お前は?」

「あ、暁……」

「暁だな! ありがとな、暁!」

 

 その勢いと、快活な声に、少し面食らう。

 この世界を治めていたという十二神話。その配下と呼ばれる存在が眠っている。暁はそう聞いていた。

 そんな大仰なものだから、もっと尊大で、偉ぶったクリーチャーが出て来るものとばかり思っていたところに、こんな少年のようなクリーチャーが現れ、正直なところ、意表を突かれてしまった。

 そして似たような感想を抱いたのは、暁だけではなかった。

 

「……これが神話の遺した語り手? 想像以上に、小さい……? 戦闘時ではないとはいえ、マナの出力も十二神話とは比べるべくもないし、これでかのシステムや治世が再現可能なのか……?」

 

 隣でリュンが、ぼそぼそとなにか呟いている。

 彼としても、この小さなクリーチャーの登場は、予想外であり、そして期待外れだったと言わんばかりであった。

 

(……でも)

 

 確かにクリーチャーが、本物のクリーチャーが、目の前に存在している。

 ただのカードゲームでしかなかったはずの生き物が、こうして、実在しているのだ。

 そしてそれは、自分自身の手で、目覚めさせたクリーチャーだ。

 高揚している。滾っているし、漲ってもいる。

 どこか特別で、誇らしい。小さくも熱い種火のように、暁の中で、なにかに火がつくのを感じた。

 

 

 

(なんか――楽しくなってきたかもっ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ねぇ。ねぇってば」

「ん……なに……?」

「妙なものを感じるよ。ボク自身と似た感覚だ」

「……なんの、話……?」

「目覚めたかもしれないんだよ。新たな語り手が」

「……そう」

「反応が薄いね? 驚かないの?」

「どうでもいい……よく、わからないし……まずは、様子見……それで、場所は、どこ……?」

「うーんっとね、この感じは火文明領の方かな。たぶん山脈地帯のあたりだ」

「それ、なら……最近、躾けた……あれ、使おう……」

「野良でよくない? 直々に手懐けたクリーチャーを使うのは、ちょっとリスキーだよ」

「誘導とか、面倒……あのへんは、支配、まだまだ、だし……本隊じゃなきゃ、かえって、動きにくい……かも……どうせ偵察、だし……」

「そうかい。君がそう言うなら、それでいいけどね」

「問題、なのは……時間……荒れる前に……カタ、つける」

「そうだね。無力化するなら早い方がいい。できるだけ早く、元の状態に戻すべきだ。火種は怖いもんね」

「構築中の、今の統制を、崩されると、困る……火文明は、混沌と、破壊の、色……なにされるか、わかったもんじゃ、ない……」

「ボクもそう思うよ。彼らはとにかく野蛮だし、衝動的で、個人プレイでもある。ボクらの方針とは相容れないだろう」

「……御託は、もう、いい……お願い……キュプリス」

「オッケー。こっちで上手くやっておくよ、ラヴァー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、これからどうするの?」

「どうしようか。兎にも角にも語り手を目覚めさせることが最優先だったし、その後のことはあんまり考えてない」

「えー……? 適当だなぁ」

「まさか、語り手がここまで小さな存在だとも思っていなかったんだ……かつて十二神話の隣で戦っていたという逸話は、偽りだったのか?」

「そんなわけないだろ! オレは確かにアポロンさんの隣で戦っていたぜ!」

「しかし君、その姿で十二神話と釣り合うとは思えないんだけど……」

 

 しきりに首を傾げるリュン。

 コルルの矮小さに、計画が狂った、とでも言いたげだった。

 

「語り手を目覚めさせれば、そのまま十二神話の統治が戻ると思ったんだが……考えが甘すぎたな。これは、ちょっと手を考えないと」

「なんだかムカつく奴だな。ぶん殴るぞ」

「ちょっ、それは勘弁してほしい。野蛮だなぁ、火文明は……」

 

 しかし今のはリュンの失言だろう。殴られても文句は言えまい。

 勢いのままに連れて来られ、十二神話の配下とやらを目覚めさせたのはいいものの、そこで止まってしまった。

 なんとも行き当たりばったりな展開だ。

 

「お前はオレが弱いって言いたいのかもしれないけどな、オレたちだって一人で戦ってきたわけじゃねぇ」

「オレたちってことは、仲間がいたの?」

「当たり前だ。仲間と共に大空を翔ける。それが太陽神話の在り方だからな」

「へぇ、なんかいいね。友達がいっぱいって。それだけ楽しく遊べそう」

「暁もそう思うか? そうだよな。いつだって、仲間と共に飛ぶのは気持ちいもんだ」

「私は空は飛んだことないけど……それも面白そうだね」

「あぁ、仲間と飛ぶ空は最高だ。暁はよくわかってるな。オレ、気に入ったぜ」

「そう? 私もコルルのこと好きだよ。なんか気が合いそうだし!」

「オレもだぜ!」

 

 リュンとは対照的に、暁は、コルルと意気投合していた。

 出会って間もなく、互いのことなどまるで知らないが。

 どこか通じ合うものがあるような。分かり合えるところがあるような。

 とても感覚的で、なんとなくという、あまりに不確定かつ曖昧なものであるが。

 とにかく気が合う。友好的になれる。

 そう思わせるものがあり、そして実際に、そうあれる。

 気付けばもう二人は、互いの手を取り合っていた。

 

(気性の激しい太陽神話の性質と、もう友愛を結んでいる……彼らの情にピンポイントで繋がれるなんて、やはり暁さんには、太陽神話と同調できるだけの才気があるのか。《太陽の語り手》は予想外に小さかったが、彼女を連れてきた一点に関しては、僕の目に狂いはなかったな)

 

 こんな短時間で友情が芽生えるというのも驚きだが、それはリュンにとっては都合がいい。

 語り手の力は小さきものではあったが、ひとまず、暁がいる限り彼はこちら側に手を貸してくれそうなのだから。

 

「そうだ! せっかくだから、暁にオレの仲間を紹介するぜ」

「え、本当っ? コルルの仲間かぁ、どんな人なんだろう。あ、人じゃないのか」

「太陽神話は、天に座す光輝の神話だ。熱く、そして眩しく輝く陽光だ。つまりオレの仲間は、天翔ける炎鳥と、ドラゴンだ」

「ドラゴン! いいね、カッコいい!」

「そうだろ! ちょっと待っててくれ、今、呼び出す」

 

 そう言って、コルルは、台座の奥。壁画のような、あるいは幾何学的な紋様のような線の走る壁面へと飛んでいく。

 

「……これは驚いた。かつての太陽神話の仲間たちまでもが、封印されていたのか」

「すべてじゃねぇけどな。オレと共に眠りについてくれた奴らだけだ。そして、オレの声に応えてくれる奴だけだ」

「かつての鳥龍の軍勢そのままというわけにはいかないか……時間が経ちすぎたな」

 

 しかしそれでも、それは貴重で、強大な戦力だ。太陽神話の戦友ともなれば、相応の力は持つに違いない。

 コルルは壁面を指でなぞる。すると、真っ赤に燃える炎が、壁面に迸った。

 

「さぁ、起きてくれ。オレの仲間たち――陽が上ったぜ!」

 

 刹那。

 壁面から、熱が、光が――力が、放たれる。

 

「うわ……っ!」

 

 その熱く燃え滾る炎のようで、暖かくも眩しい太陽のような力を、暁は受け止めた。

 ただ熱いだけで、暖かいだけ、眩いだけのそれは、やがて収束していき、一つの形を作る。

 暁がよく知るものとなって。

 

「こ、これ……デュエマの、カード?」

 

 それは、カードの束だ。

 手の中で溢れ返りそうなほどたくさんの、デュエマのカード。

 暁がよく知る、クリーチャーの形。

 これらがすべて、壁面から出て来た。ということは、これらのカードが、クリーチャーが、コルルの仲間なのだろうか。

 

「……思ったよりも少ないな。それに、なんか変な姿になっちまったが……」

「カードの概念がこちらの世界に適用されたのか。暁さんを指導者として、クリーチャーたちが暁さんの従える姿に適応、変化した、のか……?」

「な、なんかよくわからないけど……凄いね。これ、貰っちゃっていいの?」

「おう! オレたちの力、存分に使ってくれ、暁!」

「それなら、遠慮なく。ありがと、コルル!」

 

 大量のカードを抱え込んで、満面の笑みを浮かべる暁。

 そして爛々と目を輝かせて、腕の中のカードたちを見遣る。

 

「こんなにカードがあるなら、新しくデッキ組みたいな。ねぇリュン、いい?」

「……まあ、少しくらいなら」

「やった! よーし、じゃあどのカード使おっかなー」

 

 リュンの承諾を得るなり、暁はその場に座り込んで、カードを広げる。

 そこにコルルも降り立った。

 

「これとか強そう! こっちと組み合わせればいいのかなぁ? あ、こっちもいいかも」

「そいつは強いぞ。オレも昔はよく一緒に戦ったけど、バッタバッタ敵をぶっ飛ばすんだ!」

「ほんとに? じゃあこれも入れちゃおう。それならトリガーは……」

「…………」

 

 暁とコルルの微笑ましいやり取り。しかしそれを見つめるリュンの眼差しは、どこか険しかった。

 

(コルル君にはかつての記憶がある。ということは、間違いなくあの戦乱の経験者のはず。だというのに、この微弱なマナ。貧弱な肉体。とても太陽神話の後を継ぎ、この世界を統治するに足る器には見えないのだけれど……)

 

 暁と意気投合し、共にデッキを組む姿はまるで子供のようだ。

 太陽神話、というより火文明の神話は苛烈だが、同時に友情と友愛によって強く結びつく性質がある。ゆえにこの光景自体に違和感はないのだが、これが世界を統べる者の姿であるかと問われると、素直に頷けはしない。

 肉体も、精神も、統治者ではなく一人の少年。太陽神話への信仰と、かつての歴史を知るというところから、太陽神話の語り手として選ばれたクリーチャーであることに間違いはなさそうなのだが。

 

(なにか変だな……十二神話の遺産のシステムの不備か、あるいは元からこういうものなのか? 僕の中にもっと詳細な記録か、いっそ記憶も蓄積されていればわかったのかもしれないけれど――)

 

 と、そこで。

 リュンはどこか違和感を感じた。

 コルルに、ではない。

 この場所、洞窟。あるいは、この山に。

 本来なら混ざり合うはずのない、異物が混ざったような感覚を。

 そしてコルルもまた、その気配を感じ取ったようだった。

 リュンとコルルはそれぞれ、洞窟の入口へと視線を向ける。

 

「コルル? リュン? どうしたの二人とも?」

「気を付けろ暁。なんか来るぞ」

「え? なんかって、なに?」

「これは火文明のマナではないね。この整ってて、統制されたような感覚は……」

「いけすかねぇ。お高くとまったこの感じ、間違いないぜ――」

 

 直後。

 入口の穴から、光が差す。自然な陽光ではない。意図的で、恣意的な、ある種の神々しさすらある、眩い光。

 その光に顔を覆いながら、暁の耳に、コルルの言葉が届いた。

 

 

 

「――光文明だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁が目を開けると、そこは変わらず山の中の暑い洞窟。

 しかしただ一つ、大きな変化があった。

 視線を上げる。すると、そこにいたのは、

 

「ど、ドラゴン……!?」

 

 (ドラゴン)

 それも、硬く無骨な鱗に、巨大で長大な牙と爪に翼、などというファンタジーでテンプレートな西洋竜ではない。

 鱗は光の鎧、牙と爪は槍、背中には天使のような翼。

 それは暁の知る荒々しいドラゴンではなく、その真逆の性質を持ったもの。即ち、知性と理性を持ち、高貴で清廉な、まるで騎士のような龍だ。

 

「クリーチャー、なの……?」

「だろうね。この世界に、クリーチャー以外の存在はまずいないから」

 

 それを聞いて、暁は安堵の溜息を漏らす。

 餌に飢えた獣でなく、クリーチャーであれば、コルルと同じだ。

 その共通認識だけで安心する暁だったが、それは大いなる誤解である。

 純白の羽を散らしながら、光の龍は高みから暁たちを見下ろす。

 

「キュプリス様の命を受け馳せ参じたが……女に子供か」

 

 見下ろしながら、その言葉は、こちらを見下してもいるようだった。

 高貴で清廉に見えるが、事実その通りなのかもしれないが、同時に高慢で尊大でもあるようだ。

 

「急行せよとの命令だったが、このような惰弱で珍妙な存在に急く必要もなかったであろうに。伝達のミスか。嘆かわしい」

「言ってくれるじゃねぇか、槍野郎。用があるってんなら、そっから降りて来い。話はそれからだ」

「血の気が多くて野蛮だな。流石は火文明のクリーチャーだ。肉体から発せられるマナが既に暑苦しく、そしてその身の脆弱さを雄弁に物語っている。そこの二人に至っては、マナの放出さえも感じられないほど微弱ではないか」

 

 明らかな挑発。いや、これが単に素なだけかもしれない。

 なんにせよ、とても友好的な態度ではなかった。

 むしろ、険悪な空気すらある。

 

「こ、コルル……?」

「暁。あいつは光のクリーチャーだ。それも、いっとうムカつくタイプのな」

「光のクリーチャー? なに、どういうこと? 同じクリーチャーじゃないの?」

「クリーチャーという括りは同じだけど、違うものだよ。君らだって、同じ人間だからって、すべての人間と友達なわけではないだろう。衝突もするし、険悪にもなる。それと同じさ。この世界でも火文明と光文明は、基本的に思想や性質が噛み合わないものなんだ」

「噛み合わないのではない。この蛮族共が、混沌を生んでいるのだ。我らはいつ如何なるときも、正しい在り方を体現しているというのに、その秩序を奴らが乱す」

「うるせぇ。法だの徳だのとわけわかんねぇことばっか言いやがって。お前らのやってることはわけわかんねぇし、ちっとも面白くねぇ。それになにより、自由がない」

「それこそが蛮族だと言うのだ。誰かを殴り、殺し、それで快楽を得る。それが自由だと? 笑わせる」

「なんだとてめぇ!」

「コルル君! 落ち着いて! 君が突っ込んでも仕方ないだろう」

 

 相手の言葉に、逆上するコルル。

 それをリュンが咄嗟に抑える。

 

「御託が過ぎたな。力なき民を救済することが我らが使命だが、彼女たちの天命はその使命よりも優先される。女であろうと子供であろうと、我が槍が収まることはない……が」

 

 光の龍は、暁たちを――主に暁を見て、続ける。

 

「我々は暴力ですべてを為そうとする火文明とは違う。貴様らが投降し、平伏すると言うのなら、捕縛だけで留めることも吝かではない」

 

 それはつまり、大人しく降参するなら命だけは助けてやる、ということであった。

 傲慢で上から目線な物言い。コルルはさらに怒りを露わにするが、その言葉は明らかに暁に向けられたもの。

 暁は人間だ。それも、中学生になったばかりの少女。同年代の少女と比べれば体力に多少自信があると言っても、クリーチャーには到底及ぶはずもない。

 惰弱で脆弱。その通り。人間とは、知恵と勇気で発展した種なのだ。そこに、本人たちの純然たる力は必要ない。

 しかしそれは、繁栄のための力であって、この困難に直面した個人は、ただひたすらに無力なだけだ。

 ましてや暁は弁が立つわけでも、知能に優れるわけでもない。ごく平凡な少女だ。

 生き残るためならば、彼の提案を受け入れることが、最も賢い選択と言えるだろう。

 しかし、

 

 

 

「やだ」

 

 

 

 暁はその提案を、容易く蹴飛ばした。

 さも当然と言わんばかりに、白い思想を拒絶する。

 

「私は君らのことなんて知らない。いきなり連れて来られて、神話がどーこーとかわけわかんないし、火文明と光文明がケンカしてるとかも、全然知らない。でも、確かで絶対なことは、ひとつだけあるよ」

 

 暁は一歩、前に進み出る。

 そうして、いきり立つコルルと並んだ。

 

「コルルは私の友達だ。出会ったばかりだけど、それは間違いない」

 

 そして、だから、

 

「友達を馬鹿にされて許せるわけがない。私はゆずじゃないし、理由があったんじゃないかとか考えられないし、そんなに優しくないよ。それに頭も悪いし、どっちが正しいかなんてわかんないけど、これだけは譲れない。私は友達の――コルルの味方だ」

「暁……お前……」

「やろうコルル。あのムカつく奴をぶっ飛ばそう!」

「……あぁ!」

 

 尊大なくとも、尊厳はある。

 高潔でなくとも、矜持はある。

 仲間のために立ち向かうという意志がある。

 友のためにそんなこともできないなんてありえないと、心が叫ぶ。

 保全も保守も保身もかなぐり捨てて、暁はついさっき結んだ友情を選んだ。

 それを見て、光の龍はつまらなさそうに吐き捨てる。

 

「……せめてもの温情だったというのに、なんと浅慮な。もしやと期待した私が馬鹿だった。貴様も所詮は蛮族と同種ということか」

 

 とても冷たい声を発し、龍は槍を構える。

 

「ならば、手早く済ませてしまおうか!」

「……っ!」

 

 構えた槍を突き出して、急降下。

 その鋭い切っ先が、暁を狙う。

 槍の知識なんてほとんどないが、しかしあの切っ先がこの身に触れれば、容易く肉を貫き、命を絶つことくらいはわかる。

 けれど、恐怖はなかった。

 友を侮辱された怒りが先行しているからなのか、死というものが実感できないからか。その理由はわからないが。

 暁の頭の中にあるのは、目の前のクリーチャーをぶっ飛ばすことだけだ。

 

(相手はクリーチャー……だったら!)

 

 いや、それは頭の中というほど、理知的でも理性的でもない。

 それは直感であり衝動。あるいは心の声だ。

 理解は必要なく、短絡的でも、浅慮でも、ただ感じればいい。それが答えとなり、現実である。

 そうするべき、そうあれる、そうであろう。そんな、曖昧模糊だが、確固とした芯の通った意志。

 それが今ここで、具現する。

 

「っ!?」

 

 キィンッ、と。

 龍の槍が弾かれる。

 その現象に、相手は吃驚の表情を見せる。

 槍を防いだのは、薄く展開された五枚の(シールド)

 彼女の手元に引き寄せられる、五枚の手札。

 そして、その横に積み上がっていく、山札。

 その景色の示すものは、ただ一つ――

 

 

 

「――デュエマで勝負だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宙に浮かぶ山札からカードを引く。

 手札のカードを地面に落とし、マナチャージ。

 マナから力を得て、手札を切ってカードを使う。

 指示を飛ばせばクリーチャーは動く。

 相手の攻撃からは、シールドが守ってくれる。

 静かにカードを広げるデュエマとはまったく違う、アクティブでダイナミックな対戦が、繰り広げられていた。

 

(やっばいこれ……楽しい……!)

 

 自分が襲われていることも、友のための戦いだということも忘れそうになるほど、暁は高揚していた。

 現実のものとして現れるクリーチャー。自分の一挙一動がすべて、目の前で起こる光景とリンクしているこの状態。

 夢にまで見た、夢のような光景だった。

 

「私のターン! 《ギャノバズガ・ドラゴン》を召喚して、ターンエンドだよ!」

 

 現在、暁の場には《ギャノバズガ・ドラゴン》のみ。シールドは四枚。

 相手の場には既に《幻盾の使徒ノートルダム》と《光陣の使徒ムルムル》がおり、シールドも五枚ある。

 息巻いて戦いを挑んだものの、やや出遅れてしまった感のある暁。しかし、パワーなら負けていない。ここからの巻き返しを狙い、奮起する。

 対する相手は、この異様な対戦空間、そして暁に対し、怪訝な視線を向け続けていた。

 

「これはやはり、ラヴァー様と同じ……貴様、何者だ?」

「どうでもいいよそんなこと。それより、そっちのターンだよ」

「……これは捕縛し、尋問の必要がありそうだ。そのためには、まずは制圧する。5マナをタップし、《光線の精霊龍カチャルディ》を召喚!」

「げ、ブロッカーかぁ。しかもパワーが6000……」

「いいや、違うな。こちらの場には《ムルムル》がいる。よってブロッカーのパワーはプラス3000され、9000だ」

 

 中型ブロッカーの《カチャルディ》。しかし、そのパワーは《ムルムル》によって引き上げられ、9000。

 生半可なクリーチャーではとても太刀打ちできないパワーだ。それに《カチャルディ》はWブレイカー。放置できない打点も備えている。

 

「続けるぞ。《ノートルダム》でシールドをブレイク!」

「トリガー! ……は、ないか」

「ではターンエンドだ」

 

 これで暁のシールドは三枚。相手の場に《カチャルディ》がいることを考えると、追い込まれてきたが、

 

「私のターン……お、いいカード引いたよ! 6マナタップ! 《爆竜 GENJI・XX》を召喚!」

 

 ここで暁も、反撃に出る。

 

「《GENJI》で攻撃! その時、《GENJI》の相手ブロッカーを破壊するよ。破壊するのは、当然《カチャルディ》!」

「ブロッカー破壊か……野蛮だな」

「行って! そのままWブレイクだよ!」

 

 《カチャルディ》のパワーは確かに高いが、バトルせずに破壊すれば、その高いパワーも関係ない。

 守りと攻め手を同時に切り崩しながら、《GENJI》で相手の盾を切り裂く。

 しかし、

 

「ふむ……S・トリガーだ」

「えっ?」

 

 《GENJI》の切り裂いた二枚のシールドのうちの一枚。

 それが、輝く光の束として、収束する。

 光は調印の証明として、天に軌跡を描く。

 

「呪文《ドラゴンズ・サイン》! その効果により、手札から《導きの精霊龍サリヴァン》をバトルゾーンへ。この効果で現れたクリーチャーはブロッカーとなる。さらに《サリヴァン》の能力で、お互いカードを二枚ドローする」

「ブロッカーが出たのは嫌だけど、私もドローしていいんだ? やったね」

「その後、私だけ、手札からコスト3以下の光のクリーチャーを二体呼び出せる」

「は?」

 

 素っ頓狂な声を上げる暁。

 直後、相手の手札から、二つの小さな光が零れ落ちる。

 

「《宣凶師パルシア》と《光陣の使徒ムルムル》をバトルゾーンへ!」

「うっそ、クリーチャーが二体も!? しかも自分だけ!? ズルじゃん!」

「裁くものと裁かれるものが平等であると思ったか、愚か者」

「くぅ、ブロッカーがいるんじゃこれ以上は攻撃できないや……ターンエンド」

 

 シールドを二枚割ることはできたが、その代償は大きかった。

 相手の場にクリーチャーは五体。攻撃できないブロッカーが二体いるが、《サリヴァン》はWブレイカーだ。

 対して暁のシールドは三枚。つまり、

 

(S・トリガーが出なきゃ負ける……!)

 

 相手が《GENJI》へと攻撃の矛先を向けてくれればまだわからないが、それでも暁が不利なことに変わりはない。

 

「私のターン。それでは、終わりにしよう」

 

 そして、暁にのしかかる不利は、さらに拡大する。

 

「私の姿をお見せしよう。5マナをタップし、《サリヴァン》を進化!」

 

 直後、《サリヴァン》が、天から降り注ぐ光に飲まれた。

 その光の中で、配下を導く精霊龍は姿を変える。

 それは即ち、進化――

 

 

 

「――《聖霊龍王 スタグネイト》!」

 

 

 

 エメラルドに輝く円錐槍(ランス)を携えた龍。

 ただの龍ではない。天使の翼を有し、精霊の加護を受けた、光の龍だ。

 

『行くぞ。《スタグネイト》で攻撃! シールドをWブレイク!』

「う……っ」

 

 やはり、相手はとどめを刺しに来た。

 鋭い槍で、迷うことなく暁のシールドを貫き、砕く。

 

『《ノートルダム》、続け! シールドをブレイク!』

「まずい、このままじゃ……」

 

 最後のシールドが破られる。

 ここでトリガーがなければ、残った《パルシア》の攻撃を防ぐことができない。

 緊張が走る一瞬。恐る恐る、暁は最後のシールドを手にする――

 

「! 来たよ、S・トリガー発動! 呪文《めった切り・スクラッパー》!」

 

 パァッと、明るい声が響く。

 それに呼応するように、虚空より巨大な鋸の如き刃が出現する。

 

「コスト合計6以下になるように相手クリーチャーを破壊! 《パルシア》と《ムルムル》を破壊するよ!」

『とどめを刺し損ねたか。まあいい、ターンエンドだ』

 

 現れた鋸刃(スクラッパー)は、《パルシア》と《ムルムル》をまとめて刈り取ると、そのまま霧のように消え去った。

 残るアタッカーを破壊し、九死に一生を得た暁。

 ここから反撃、と行きたいところだったが、

 

「こっちには《GENJI》がいるし、ブロッカーなんて怖くないもんね。私のターン! まずはアンタップ――」

『させんぞ。《スタグネイト》の能力発動だ』

 

 攻撃の疲労からクリーチャーが立ち直る時。重い身体が軽くなり、起き上がるその刹那。

 《GENJI》が、地面へと叩き落された。

 

「えっ!? 《GENJI》!」

 

 落とされるだけではない。地面を這うように、身動きが取れないでいる。

 《ギャノバズガ・ドラゴン》はなんともない様子。《GENJI》だけが、まるで見えない力に押し潰されるかのように、起き上がれないでいた。

 

「なんなの、これ……」

『我が能力だ。《スタグネイト》がタップ状態であれば、相手のタップしているクリーチャーはターン初めに起き上がれない。その野蛮な龍には、一生地面に這いつくばってもらう』

「うっそ、マジで!?」

 

 つまり、攻撃の要であった《GENJI》は動けない。

 危機を脱してもなお、相手に油断はなく、暁は反撃の手段を削がれてしまっていた。

 

「ど、どうしよう……」

 

 《ギャノバズガ・ドラゴン》だけでは、とどめを刺すことも、ましてや《スタグネイト》を突破することもできない。

 反撃のための戦力を潰され、勝機を見失いそうになる暁。

 そんな時だ。

 

「暁!」

 

 声が、聞こえる

 熱くて、眩しくて、暖かくて、輝いている。

 幼くも、陽光のような声が。

 

「コルル……」

「諦めるには早いだろ。勝負はまだ終わってないぜ、暁!」

 

 たったそれだけの言葉。特別でもなんでもない。なんの変哲もないこと。

 しかし、それだけで十分だ。

 彼女には、多くの言葉はいらなかった。

 

「……うん、そうだね」

 

 確かに状況は危機的であり、絶望的かもしれないが。

 まだ終わっていない。相手は、自分を倒しきれなかった。

 自分はまだ動ける。動けるのなら、まだ、光を追える。

 

「私のターン! 行くよ、6マナタップ!」

 

 勝ち筋は見えた。

 勝機はまだ見失っていない。

 まだ自分は、負けていない。

 

「《爆竜 バトラッシュ・ナックル》を召喚! 能力で《ムルムル》と強制バトル!」

『……今更ブロッカーを破壊しても遅い。無意味だ』

「いいや、このバトルには大きな意味があるんだよ。《バトラッシュ・ナックル》が、私のドラゴンがバトルに勝った。それにより、手札のこのカードたちの能力が発動する!」

 

 負けていなければ、勝てる。

 支配される時間は過ぎ去り、陽光が顔を覗かせる。

 遂に来た。この時が。

 暁は、手札のカードを切る。

 暁の空に、太陽が昇る時間だ。

 

 

 

「暁の先に、勝利を刻め――《爆竜勝利 バトライオウ》!」

 

 

 

 仲間の勝利が引き金となり、熱き血潮が滾る。

 それは勝利を刻みこむ赤き戦闘龍。太陽の昇天と共に目覚め、その咆哮は暁の空に轟く。

 さらに、それだけではない。

 《バトライオウ》の出陣と同時に、太陽を語る者もまた、戦場へと羽ばたいた。

 

「さらにもう一体をバトルゾーンに! お願い、《太陽の語り手 コルル》!」

『おう! 任せろ!』

 

 

 

 

・Information

太陽の語り手(サンライト・ストーリー) コルル 火文明 (5)

クリーチャー:ファイアー・バード/アーマード・ドラゴン 5000

■自分の《太陽の語り手 コルル》以外の火のクリーチャーがバトルに勝った時、このクリーチャーを手札からバトルゾーンに出してもよい。

■このクリーチャーはアンタップされているクリーチャーを攻撃できる。

■スピードアタッカー

 

 

 

 

 

 手札から飛び出すのは、小さな黒翼の太陽。

 鳥のようであり、龍のようでもある、人を模したクリーチャー。

 太陽神話を語る小さき者。《太陽の語り手 コルル》。

 《バトラッシュ・ナックル》の勝利に続き、《バトライオウ》と共に、バトルゾーンへと出る。

 

『惰弱な。今更そのようなクリーチャーが出て何になる。無駄なことだ』

「さて、どうだろうね。まずは《ギャノバズガ・ドラゴン》で《ノートルダム》を攻撃して破壊! 続けてスピードアタッカーの《コルル》で《スタグネイト》に攻撃だよ! お願い、《コルル》!」

『あぁ! 行くぜぇ!』

 

 黒い羽を散らしながら、《スタグネイト》へと突貫する《コルル》。

 しかし、《スタグネイト》に対し、《コルル》はあまりにも貧弱だ。その力の差は歴然としている。

 

『血迷ったか。我がパワーは10500。そんな弱小クリーチャーでは倒せんぞ』

『確かにオレじゃお前には勝てない。けどな、オレには、オレたちには、仲間がいるんだぜ!』

「その通り! ここで《バトライオウ》の能力発動!」

 

 《コルル》が《スタグネイト》に肉薄する。その直後。

 《バトライオウ》が、《コルル》と入れ替わるように、《スタグネイト》に突っ込む。

 

「私たちは馬鹿だけど、無謀じゃないし、馬鹿な仲間は絶対に見捨てない! 《バトライオウ》は弱い仲間のために戦ってくれる。つまり、私の火のクリーチャーがバトルする時、そのバトルを肩代わりすることができるんだ!」

 

 《コルル》を貫かんとする《スタグネイト》の槍は、《バトライオウ》の刃が受け止める。

 そしてそのまま、《コルル》と《スタグネイト》のバトルは、《バトライオウ》と《スタグネイト》のバトルとなっていた。

 

『くっ……だがそれでも、そいつのパワーは8000。こんなものは、つまらん小細工だ』

 

 《バトライオウ》の刃を、槍で受け止め、鍔迫り合いとなる。

 《スタグネイト》はそのまま、力任せに《バトライオウ》を押し返そうとするが、

 

『なんだお前、もうオレの言ったこと忘れたのか? 自分の考えばっかで、鳥頭になっちまったか?』

「私たちは一人じゃない、皆で戦ってる、ってね! 今度は《ギャノバズガ・ドラゴン》の能力発動!」

 

 咆哮。その直後に《スタグネイト》の身に衝撃が走る。

 精神的な意味ではない。物理的にだ。

 見下ろせば、地上から別のドラゴンが、《スタグネイト》へと砲撃している。

 

『なんだ、奴は……!』

 

 決して強力な砲撃ではない。それだけで《スタグネイト》を倒すには程遠い。その程度の力だ。

 しかし、これはそれだけではない。目の前の《バトライオウ》も含めての攻撃だとすると、その力は一気に跳ね上がる。

 

「《ギャノバズガ・ドラゴン》は、私の火のクリーチャーがバトルする時、そのバトル中だけ、パワーを3000プラスする! だから《バトライオウ》のパワーは11000だよ!」

『ば、馬鹿な。この、私が……!』

 

 砲撃のダメージが蓄積し、《バトライオウ》の刃を抑えきれなくなる。

 ミシミシと、槍が悲鳴を上げる。肉体も、力が削がれていく。

 やがて、ふっと全身の力が抜ける。

 同時に、聖なる槍が砕かれた。

 

 

 

「《バトライオウ》で――《スタグネイト》を破壊!」

 

 

 

 そして直後、《バトライオウ》の刃が、《スタグネイト》自身を――真っ二つに切り裂いた。

 

「ぐ、お、ぉぉぉ……!」

 

 崩れゆく肉体はマナに還り、光の残滓となり、やがて消える。

 そしてカードという“ガワ”は墓地へと送られた。

 

「ターンエンド! 次のターンで終わらせるよ!」

 

 怒涛のバトルによって、場を殲滅しきった暁。

 強固な盤面を築いていた相手の場を、たった1ターンで、完全に更地にしてしまった。

 

「ぐ……2マナで《ムルムル》、3マナで《パルシア》を召喚だ!」

「よし、私のターン! まずは呪文《スーパー炎獄スクラッパー》で、《ムルムル》を破壊! さらに、《コルル》をアンタップキラー! 《パルシア》を攻撃!」

『《バトライオウ》に任せるまでもねぇ。オレがそのまま打ち砕いてやる!』

 

 《ギャノバズガ・ドラゴン》の支援を受け、《パルシア》を破壊する《コルル》。

 戦闘(バトル)による破壊の連打。これこそが戦闘龍のあるべき姿であり、彼らの戦い方。

 ひとつの勝利がさらなる戦闘を呼び、次々と勝利を重ねていく。

 そうして積み重なった勝利は、果てには最大にして最高の、終点に至る勝利をもたらすのだ。

 

「《バトラッシュ》で攻撃! Wブレイク!」

「ま、まだだ……! S・トリガー《ドラゴンズ・サイン》! 《龍装者 ヴァルハ》をバトルゾーンへ!」

「邪魔! 《GENJI》!」

 

 相手は未練がましく防御を展開するものの、もはや彼らは止まらない。

 ブロッカーを得た《ヴァルハ》は《GENJI》に焼き切られて破壊され、無残に散っていく。

 そして、

 

「これで、おしまいっ!」

 

 最後に戦場を駆ける熱血の戦闘龍が、光の龍へと引導を渡す。

 自らが信じた仲間に、勝利をもたらすために。

 

 

 

 

 

「《爆竜勝利 バトライオウ》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対戦が終わり、周囲の空間が変化したような感覚に囚われる。いや、それはさっきまでいた空間に戻った、と言うべきか。

 あの光の龍の姿はない。逃げたのか、あるいは消滅したのか、それはわからなかった。

 

「ふぅ……あ」

「やったな暁! よくやってくれたぜ! あのムカつく野郎をぶっ飛ばしてくれて、ありがとな!」

「えへへ。いやぁ、皆のお陰だよ。こっちこそ、ありがとう。楽しいデュエマだったよ」

 

 非常に臨場感のある、白熱した対戦だった。

 紙のままではない。真に実体化するクリーチャーや呪文たち。

 それはつまり、クリーチャーが生きているということの証明だ。

 彼らの命を、戦いを、我が身をもって実感した。

 それが、たまらなく楽しかったのだ。

 

「……あ!」

「ど、どうした暁? どこかケガでもしたのか?」

 

 その時、彼女は気付いた。いやさ、思い出した。

 生のクリーチャーという高揚感ですっかり忘れていた。

 

「リュン! 今、何時!?」

「え? なんじって、なにが?」

「時間だよ時間! あぁいいや、もう自分で確認する!」

 

 ここに来てから、どれくらい経ったのかはわからないが、結構な時間が経過していることは確かなはず。

 それは、あまり帰りが遅くなってはいけないという、至極まっとうな人間らしい感性による焦りだった。

 暁は慌てて携帯を取り出すが、奇妙なことにアンテナが立っておらず、圏外だった。

 時間も表示されない。画面が表示されるだけで、そこだけ時間が切り取られてしまったかのように、変化がなかった。

 

「あ、あれ? 変だな? どうなってんの?」

「それは君の世界の通信端末だよね。それは、他の星にいても自分の星と通信できるのかい?」

「星!? そんな遠くまでは電波届かないな……やばい、どうしよう……」

「どうしたんだ?」

「早く家に帰って、夕ご飯の支度しないと……!」

「メシか。それは責任重大だな!」

「リュン! どうにかして帰れないの!?」

「まあ、座標はわかってるから、転送は可能だよ。ちょっと待ってて」

 

 と言って、リュンはまた古ぼけた携帯を取り出して操作するが、その動きはあまりに不慣れで不器用であった。

 

「えーっと、こう、だったかな? いや、こっちで、こうか……」

「なにしてるのさ! 早く早く! ちょっと貸して!」

「これでオーケーって、ちょっ、それ、待っ――」

 

 暁がリュンの携帯をぶんどると同時に、携帯から光が発せられる。

 そして暁は、その光に飲み込まれていった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここは」

 

 見慣れた通学路。夕焼の光は闇夜に浸食されつつあり、暗くなりかけている。

 

「あきらちゃん!」

「ふわっ?」

 

 ふと、大きな声が暁の耳に届く。

 その声の大きさ鋭さに跳び上がって、振り返る。

 果たしてそこにいたのは、柚だった。

 彼女はどこか怒っているようでもあり、しかし同時に涙ぐんでもいた。

 

「心配しましたよぅ……急にいなくなっちゃって、わたし、どうしたらいいか」

「ご、ごめん……あ、いや、それよりゆず!」

「は、はひ? なんですか?」

「今、何時!? 早く!」

「え、えーっと……七時、ちょっと前です……」

「うわ、もうそんな時間なの!? やばいよやばいよ、早く帰らないとお兄ちゃんがお腹空きすぎて死んじゃうよ!」

「あ、あの、さすがにゆーひさんは、そのくらいじゃ死んじゃったりはしないと思いますけど……」

「私、早く帰らなきゃ! じゃあね、ゆず! また明日!」

「ふぇっ!? ちょ、ちょっとあきらちゃん! ま、まだお話は終わってませんよぅ――!」

 

 まだ困惑している柚に一方的に別れを告げると、暁はダッシュで家に向かって駆け出した。

 後ろから、柚の声がするものの、早く帰らなければならないという使命で頭がいっぱいな暁には、まるで聞こえていない。

 暗がりでに太陽が沈みかけた刻の中、一人の少女はひた走る。

 太陽を背負うかのように、夕闇の空を背にして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 そこは薄暗い洞窟だった。

 外の太陽は完全に沈み、夜の帳が降りた、静寂な暗闇の世界。しかも洞窟ともなれば、視覚が役に立たないほどの暗黒の世界だ。

 少女は微かな明かりを灯して、洞窟を進む。やがて足を止めると、しゃがみ込み、なにかを拾い上げた。

 《聖霊龍王 スタグネイト》。一枚のカードだった。

 

「……やられてるし……雑魚……」

「まあまあ、そう言わないの。彼は一番の新入りなんだし、それに奮闘したかもしれないじゃないか」

「やられてたら、意味、ないし……それより、これ……」

「カードだね。君がこっちの世界に来たことで、カードの概念がこの世界にも導入されたわけだが……クリーチャー同士のどつきあいで、カード化するものかな?」

「そういうことも、ある……けど、そうじゃない可能性も、否めない……」

「そうじゃない、っていうと?」

「……私と、同類……同族……? 同種……? ……なんでも、いいや」

「成程、そういう可能性か。ボクの目覚めについての経験談と合わせると、とても筋が通っている」

「はぁ……なんで、こんな、ことに……面倒な……」

「君がこっちに来れるということは、君以外の誰かだってこっちに来れる可能性は秘めていたということじゃないかな? ただそれだけの話さ。それだけの力が、君らにはあるということだったまで」

「…………」

「それで、どうするの? 彼らに報告する?」

「……面倒、だし……まだ、よくわかんないし……もう少し、様子見……」

「ふぅーん」

「……なに……?」

「いや別になにも? 君がそうすると決めたなら、ボクから言うことはないよ」

「なら……いい、けど……」

「それじゃあ早く帰ろうよ。こんな暑苦しいところ、いつまでもいたくない」

「同感……疲れた……帰ろう……キュプリス」

「うん。今日はもう休もうか、ラヴァー」

 

 ふっと、明かりが消える。

 宵闇の中、少女たちの声も姿も、影も形もなく、跡形もなく、消えていた。




以上で、第一話は終了です。
話の筋道は変わらないものの、内容はカキコで掲載していたものからかなり変えています。また、オリカ――コルルの性能も、昨今のカードプールに合わせて調整しました。
誤字脱字、意見感想、その他なにかありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
次は第二話でお会いしましょう。
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