デュエル・マスターズ Another Mythology   作:モノクロらいおん

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 別にタイトルはフルメタルアルケミストとかとはまったく関係ありません。
 今回は浬くんメインのお話。実は直近のマジカル☆ベルでも、幼少期の彼と沙弓お姉ちゃんが出ていたり。
 例によってオリカが存在するので、その辺は注意です。


第2節 賢愚の錬金術師

 東鷲宮(ひがしわしのみや)中学1年2組、出席番号12番、空城暁(そらしろあきら)

 ごくごく平凡な生活を送り、凡庸な経歴を持ち、特筆するような技術もない少女。

 強いて特徴を挙げるなら、あまり女らしくないことと、デュエマが好きであるということくらいか。

 そんな彼女の身に起こった、劇的な出来事があった。

 それがつい先日。リュンと名乗る謎の青年と出会い、クリーチャー世界に行くという超常的体験だ。

 あまりに異常で、異質で、あり得ないような夢物語で絵空事だが、事実としてあったのだ。クリーチャーの世界が。生きているクリーチャーが。

 それだけで世界を震撼させ得るほどの事実なのだが、それには大いに個人差があるもので。

 つまり、そんな夢物語の翌日のことだ。

 空城暁は、なんの変哲もなく普通に登校していた。

 異世界のことも、クリーチャーのことも、実は夢だったのではないかと思わせるほど呑気に、能天気に。

 授業中は居眠りしながら、昼食は美味しそうに食べながら。

 とても普通で平凡な、ただの女子中学生の生活を始めていた。

 しかし、そうではない者も、確実にいるのだった。

 その日の放課後のことだ。

 

「あきらちゃん、あきらちゃん」

 

 暁が帰り支度をしていると、小柄な少女――暁の幼馴染の、霞柚(かすみゆず)が寄ってきた。

 

「んー? どーしたの、ゆず?」

「どうしたのじゃありませんよぅ。昨日のことですっ」

「昨日?」

「急にいなくなったじゃないですか。わたし、本当に心配で心配で……ゆーひさんに連絡しようかどうかとか、連絡してもなんていえばいいのかとか、すごく迷ったんですよ」

「そっかー、ごめんごめん」

 

 謝罪する暁だが、そのノリは非常に軽い

 そして勿論、柚が求めているのは謝罪などではない。

 

「いったい昨日、なにがあったんですか? あの男の人はなんなんですか?」

「なにがあったって言うとねー……あれ? でもこれって他の人に言っていいのかな?」

 

 普通の人間ならクリーチャー世界に行ったなどと言っても信じてもらえないだろうし、リュンのお願いとやらも、とても大それたものであったように思える。

 それを、軽々しく口にしていいものか。暁は一瞬だけ考えた。

 一瞬だけだ。

 

「まあいっか、ゆずだし。昨日はクリーチャー世界に行ったんだよ。というか、連れて行かれたの」

 

 一瞬の逡巡など、暁にとってはあってないようなもの。

 事実ではあるのだが、そのあまりに大きな事実を、軽く、簡単に、そして端的に、言い放った。

 言うは易し。されど、その安い言葉で納得できる人間は、どれほどいるのか。

 少なくとも、彼女の親友は、それで頷けるほど単純ではなかった。

 

「そんな冗談言ってる場合じゃありませんっ。わたし、これでもちょっと怒ってるんですよ、ぷんぷんです!」

「おおぅ、珍しくゆずがマジでおこだ……」

「本当のことを話してください。昨日、なにがあったのかを」

「って言われても、本当のことだし……あ」

 

 と、そこで。

 暁が思い出したように声を上げる。

 その視線の先は、窓の外。

 

「どうしたんですか? あきらちゃん」

「あいつ、昨日の……ごめんゆず! この話はまた後でね!」

「え? ちょ、ちょっと待ってください、まだ話は――あきらちゃんっ!」

 

 鞄を引っ掴んで、教室を飛び出す暁。そしてその後を追いかける柚。

 その様子は、いつもの二人となんら変わりはなかった。たとえ暁が異常な世界に飛び、日常からかけ離れたとしても、この二人の日常に、大きな変化はない――今のところは、だが。

 

 

 

 

 

 

「あきらちゃんっ! どうしちゃったんですか、いきなり!」

「昨日のメガネ! 窓の外に見えたの! どこ行くのか知らないけど、今度こそぶっ飛ばす!」

「そんな、乱暴ですよ……はぁ、ふぅ……」

 

 必死で暁の背中を追う柚。

 息も絶え絶えになっていたが、やがて暁が足を止めたことで、柚もようやく一息つけた。

 

「くっそぅ、見失った!」

「あきらちゃん、もうあきらめましょうよ……無理やりなんて、よくないですよ」

「私だって、嫌だって言われたら引き下がることもあるけどさ、あのスカした態度が気に入らない! あいつは絶対にデュエマで倒す!」

「そ、そんな、おーぼーな……」

「けど……ここ、どこだろう?」

 

 昨日の彼を追ってはいたが、基本的になにも考えず適当に走っていたので、ここがどこなのかわからない。

 あたりを見回しても、見覚えのない教室ばかりだ。

 柚はポケットから生徒手帳を取り出して、そこに記された校内図と、周りの教室を照らし合わせる。

 

「ここは……部室棟の方、みたいですね」

「ブシツトー?」

「部活動で使う教室が集まった場所です。旧校舎と、一部の新校舎の教室が、部室棟になってるみたいですよ」

「ふーん。じゃあこっちの方に来たってことは、あのメガネ、部活やってたんだ。科学部とか?」

「眼鏡だから科学って、ちょっと安直ではないでしょうか……?」

 

 などと言いながら、二人は歩を進め、旧校舎――部室棟へと入っていく。

 理由が理由なだけに柚としてはあまり賛同はできなかったのだが、火のついた暁を止めることもできず、そのまま同行してしまう。

 

「ちょっとボロいけど、あんまりあっちの校舎と変わらないね」

「そうですね。木造の校舎とかを想像してました」

「んー、でも、あのメガネ見つからないなぁ。こっちに来たのは確かなんだけど……誰かに聞いてみようか。とりあえず、あの教室の扉が開いてるし、ちょっと聞いてみよう」

「あ、あきらちゃん、そんな、お邪魔じゃないでしょうか……?」

 

 柚が制止する間もなく、暁はその教室の扉に手をかけていた。

 

「あきらちゃん、邪魔したらダメですよぅ……」

「邪魔じゃない邪魔じゃない。ちょっと聞くだけだって」

「眼鏡の人が所属してない部活だったら、普通は知らないと思いますけど……」

 

 そう言って止めようとするも、暁は止まらなかった。

 一切の躊躇もなく、ガラガラと勢いよく、教室の扉を開け放つ。

 

「失礼しまーす! すいませーん! メガネをかけた一年生を見ません、でし、た……か……?」

「ん?」

「あら?」

 

 教室の中にいたのは、二人の生徒。机を二つ並べて、向かい合うようにして立っている。

 手前にいたのは、わりと背の高い、利発そうな顔立ちの女子生徒だ。上履きの色からして、二年生。先輩だ。

 そして奥にいたのは、男子生徒。こちらも中学生とは思えないほど背が高い。上履きの色は、辛うじて見える限りでは一年生。そして眼鏡をかけており――

 

「あー! いた! こんなところに!」

「お前、昨日の……!」

 

 ――それは、暁が探していた男子生徒だった。

 

「カイ、その子たちは? 友達……いや、あなたに友達なんているわけないわよね。ならクラスメイト? 入部希望者?」

「違う」

「っていうかそれ、デュエマじゃん。やっぱりデュエマするんじゃん!」

「しないなんて一言も言っていない」

「じゃあなんで私と対戦してくれなかったのさ!」

「お前には関係ない」

「あ、あきらちゃん……」

「なんか、二人の仲、悪いっぽい感じ?」

 

 柚と女子生徒をよそに、険悪な空気を流し始める二人。二人の睨み合いがしばらく続いたが、それを打ち破ったのは女子生徒だった。

 

「はいはい! とりあえずそこまで!」

「…………」

「むぅ……」

 

 パンパンと手を叩いて、女子生徒は二人を引き剥がす。

 

「なんかよく分からないけど、とりあえず話をしましょう。まずはお互いの素性を知るところから。私は卯月沙弓(うづきさゆみ)。二年生で、この遊戯部の部長よ。あなたは?」

「……空城暁、一年です。あの、遊戯部ってなんですか? 私、そんな部活初めて聞きましたけど」

 

 そんな部活は知らない。

 一応、この学校の部活動については、配布された資料で一通り確認したが、その中にそんな名前の部活はなかったはず。

 入学直後には新歓でも、部活動紹介に出ていた記憶もない。

 

「知らないかぁ。ま、今年はなにもアピールしてないから、仕方ないか」

「ほ、他の部員さんは……?」

「いないわ。部員はここにいる私と、カイの二人で全員。新歓も人数不足で出れなかったのよねぇ」

「なにする部活なんですか?」

「遊戯、つまりは遊びね。世界各国の遊戯と呼べる文化に触れ合って研究するというのが、名目上の活動。その中には勿論、現代の流行を追うことも含まれるわ」

 

 そしてそれが、デュエル・マスターズというわけだ。

 

「そんな部活があるなんてねー」

「な、なんだか、デュエマをするための理由をこじつけているような……」

「ぶっちゃけるとそうね。しかも、人数不足のせいで今年から同好会に降格された弱小部よ」

 

 どうやら、遊戯部という部活動は、活動内容的にも規模的にも、矮小な――あるいは、アンダーグランドな団体のようだ。

 

「……で、なにしに来たんだ?」

 

 男子生徒は眼鏡越しでも分かる鋭い視線で、暁を睨みつける。語調もどことなく強く感じる。

 そんな彼を、沙弓がなだめる。

 

「まったくもう、ガン付けないの。せっかくの入部希望者なんだから」

「別にまだ入部希望と決まっては……」

「いや、入ってもいいよ?」

「あきらちゃんっ!?」

 

 あっさりと首を縦に振る暁に、柚が驚愕の眼差しを向ける。

 

「部活ってなんかやってみたかったけど、特にパッとしたのなかったし。けど、ここでデュエマできるならいいかなーって」

「そう、それは良かったわ。これで部員二人確保、部活に昇格できるわね」

「あれ? わたしもカウントされちゃってるんですか?」

「おい、ゆ……部長。そんな早計に決めるのは……」

「あ、そうだわ。カイ、あなたも自己紹介しなさい」

「俺の話を聞け」

「なぜ? 私が間違ったこと言ってるかしら? せっかくの新入部員なんだから、コミュニケーションを大事にしなきゃ。それに同じ一年生とはいえ、遊戯部的にはあなたが数日先輩なのよ。きっちりしなさい」

「ちっ……霧島浬(きりしまかいり)だ」

「あ! 今、舌打ちした!」

「…………」

「無視すんなー!」

 

 眼鏡の男子生徒――浬は、ぶっきらぼうに名乗る。

 しかしその自己紹介も不承不承と言った風で、暁たちの入部も異論がある様子だった。

 

「まったくもう。感じ悪いのもガラが悪いのもいつものことだけど、なんか今日はいつにも増して不機嫌ね。この子たちとなにかあったの?」

「別に。なにもない」

「ふーん。なんか訳ありっぽいわね……ごめんなさいね。いきなりこんなので」

「い、いえ……こちらも、押しかけちゃいましたし……ご、ごめんなさい……」

 

 ペコペコと頭を下げ合う沙弓と柚。その間も、暁は浬を睨みつけ、浬は視線を逸らして露骨に無視しており、険悪な空気が漂っていた。

 そしてその空気を打ち破ったのは、部長たる沙弓でもなければ、暁や浬や、ましてや柚でもない。

 誰かが結んだ奇縁。その繋がりが、また巡っただけのこと。

 ガラリと、扉が開く。

 

 

 

「ここにいたかぁ……やっと見つけたよ」

 

 

 

 疲弊した声が部室に響く。

 誰もがその闖入者に目を剥くが、一人だけは、同じ吃驚でも、その反応に小さな差異があった。

 それは、ただ一人。その人物と面識があった者――暁だ。

 

「リ、リュン!? どうしてここに!?」

 

 入って来たのは、リュンだった。

 彼は暁以外の三人から受ける怪訝な視線も物ともせず、しかし疲れた声で暁に呼びかける。

 

「君を探してたんだよ。僕の端末、持って行っちゃっただろう。あれがないと僕は星間移動ができないんだ」

「あぁ、あのボロ携帯。そう言えば私が持っていっちゃってたっけ。ごめんごめん」

 

 非難がましい視線を向けるリュンに、暁は軽く謝りながら古ぼけた携帯電話を返却する。

 あまりに唐突な、奇妙な人物の登場。もはや無視できないこの状況に、流石に沙弓が口を挟んだ。

 

「あの、空城さん? この人は誰かしら? 教師でも生徒でもなさそうだけど、知り合い?」

「あ、はい。昨日、ちょっと色々ありまして」

「そ、そうですよ! あきらちゃん! 昨日、この人と一体なにが……」

「……ん? これは……」

 

 リュンが一同を見回す。デュエマが置かれたテーブルに、浬に、沙弓に、柚に。それぞれ視線を向ける。

 

「驚いたな。カードとしてのクリーチャーを扱う者。それに青、黒、そして緑の因子……神話の性質に近いマナを感じる。確定事項ではないとはいえ、まさかこんなに早くも、語り手を目覚めさせる鍵と巡り合えるとは。僥倖だ」

「おい。あんた、何者だ? 流石に不審すぎる」

「そうねぇ。先生、呼んだ方がいいのかしら?」

「いや、それには及ばないよ」

 

 リュンの素性を知らない者にとっては、学校という閉鎖的な場所に現れた、生徒でも教師でもない男は不審人物に他ならない。

 暁が友好的な態度を示しているところから、すぐに不審者とは判断できないが、それでも疑念は尽きず、訝しげな視線を向けている。

 しかしリュンにとっては、そんな嫌疑は知ったことではなかった。

 彼はただ、自身の為すべきことを、実行するだけなのだから。

 

「結果的にそうなったという話ではあるが、僕が君らを呼びに来たわけだからね。以前より大所帯になるが、今回もまた、付き合ってもらおう」

 

 まともに会話をしないまま、急に古ぼけた携帯を操作するリュン。

 浬が続け様になにかを問おうとしたのが見えた。沙弓もそれに続こうとしたのかもしれない。柚もそろそろなにかを聞きたがっていた。

 しかし、それらはすべて、たった一つの事情に呑み込まれてしまう。

 直後。

 

 

 

 ――四人の姿が消えた。

 

 

 

 

 

 

「また来ちゃったよ……」

 

 ゆっくりと体を起こす暁。この、自分の身体がどこかに飛んでいく感覚は、間違いない。

 またクリーチャー世界に来たのだ。

 

「ゆず、大丈夫?」

「ん……あきらちゃん……?」

 

 とりあえず暁は、近くで倒れていた柚を揺すり起こす。見れば、浬と沙弓も起き上がった。

 

「なんなんだ、一体……」

「ここは、海……岬、かしら……?」

「うわっ、めっちゃ崖じゃん! こわっ!」

 

 潮の匂いが鼻孔をつつく。波の音も聞こえる。そしてなにより、海が見える。

 すぐそこは断崖絶壁の壁。沙弓の言うように、どうやらここは岬のようだった。

 

「ここは火文明と水文明の支配地域の境界線である沿岸地帯だ。陸に向かえば火文明、海に向かえば水文明の治める地域に入る」

「リュン……どうして、またクリーチャー世界に?」

「新しい十二神話の配下が封印されている場所を見つけたからさ」

「オレがな!」

「コルル!」

 

 リュンの後ろからコルルが飛び出し、暁がそれを受け止める。

 しかしコルルの機嫌は、少しばかり悪かった。

 

「まったく、オレを置いて一人でどっか行っちまうなんて、酷いぜ暁」

「えー? 私、ただ家に帰っただけなんだけど……まあいいや。ごめんね」

「あ、あの、あきらちゃん……」

「ん?」

 

 ここまでのやり取りを、呆然と眺めていた三人は、それぞれ度合いが違うものの驚きを隠せていなかった。

 

「えっと、その、それは……?」

「それ? これ? コルルのこと?」

「いったい、なんなのでしょう、これって……」

「流石にちょっと急展開過ぎないかしら? 説明が欲しいわね」

「…………」

 

 柚たち三人も混乱している様子。それもそのはず、まだ三人は、なにも知らないのだから。

 リュンについても、この世界についても、そしてコルルについても、なにもかもがわからないのだ。

 

「えーっと、どう言ったらいいかな……ねぇ、リュン」

「分かってるよ、連れてきたのは僕だし、僕が説明する。とりあえず、目的地に進みながらでいいかな? 時間も惜しいし、野良のクリーチャーに狙われたくはない」

「いや待て。まずは説明をしろ。でなければ、こっちもなにも判断できん。お前に付いて行って、無事である保障はないからな」

「逆だよ。一人でいるよりも、僕の近くの方が安全だ。暁さんはクリーチャーとも戦えるしね」

「コルルがいるからね!」

「おうよ!」

 

 どこかもわからない世界。そこで一人でいるよりも、ほぼ初対面ではあるが、一応は言葉が通じて、なにかしら知っている者の傍にいる方が賢明だ。

 それが一つの答えとなり得ることは理解できる。できるが、不信感が拭えないのもまた事実だ。なぜなら、この謎の場所に連れてきた張本人こそが、彼なのだから。

 

「……俺たちがお前に嵌められているという可能性は?」

「そこは信じてもらうしか」

「だから信じるために説明しろと言っている。話はそれからだ」

「参ったね。そんなにすぐに終わる話でもないし、先に進みつつが最良なんだけど」

 

 リュンへの疑念。それを晴らすための言葉を求める浬。

 その要求にリュンが困ったような表情を見せると、沙弓が割り込んだ。

 

「はいはい。カイ、ちょっと落ち着きなさい」

「部長……しかしだな」

「留まっていても危険、付いて行っても危険。どっちも危険なら、どっちがマシかはわかるでしょう? 空城さんの知り合いなら、まだこっちの方が信用できると思うけど」

「あいつを信用しろと?」

「カイ。なにもわからない私たちの選択肢は凄く狭いの。その選択肢を増やすためには、行動によって情報を増やすことも大切じゃない? 彼だって、なにも教えないわけじゃないんだから」

「だが、行動にもリスクが伴うもので……」

「いざとなれば引き返せばいいじゃない。ここは決め打ちするところよ」

「……わかったよ」

 

 沙弓の説得で、最終的には浬が折れた。

 少しばかりのタイムロスはあったが、リュンの方針通り、一同はひとまず、彼の目的とする場所に向かう。

 そしてその間に、語るのだ。

 リュンの目的を。この世界についてを。

 そして、神話の語り手という存在についてを。

 

 

 

 

 

 

「――クリーチャーの世界に十二神話、世界の荒廃とその復興、ねぇ。いまいちピンと来ないわね」

「はい……」

「…………」

 

 道中にリュンが説明したことをまとめ、呟く沙弓。柚もとりあえず今のこの状況は飲み込んだようだ。

 しかしそれは、とても現実感が薄い。物語の設定を読んだかのような感覚だった。

 

「で、私たちにそれを手伝えって」

「僕もまだ、細かい方針は決まっていないんだけどね。ただ、お願いしたいことはある。さっきも言ったけど、十二神話が遺した力の断片、神話の語り手。彼らは今、眠りについている状態だ。十二神話のシステムを再構築するには、神話の後継者たる語り手たちを目覚めさせて後を継いでもらうのが最善だと思うんだけど、眠っているんじゃ話にならない」

「それを目覚めさせろって? そんなことが可能なのか? 俺たちに?」

「できるよ。事実、それをやってのけたのが彼女だ」

 

 言って、リュンは暁を指し示す。

 暁は得意げに胸を張った。

 

「まーね。あんまり実感ないけど」

「す、すごいですね、あきらちゃんは……」

「……こいつにできたとして、俺たちにもできる理由は? 仕組みも理屈も、なにもかもがわからん」

「語り手は、その語り手が継ぐべき神話に近い因子を持つ存在と共鳴し、目覚める。僕は君らから、それぞれの神話と近い因子を感じ取った。後は、語り手が応えてくれるかだな」

「因子、ね。なんか曖昧な言葉だけど、それで本当にいいのかしら?」

「こればっかりは、やってみないとわからないな。僕もしばらくこの星から離れていたのもあって、実情が掴み切れていないんだ。この世界の、今の無“秩序”についても。それに、十二神話の遺産についても。彼らの遺したものは、どうにもブラックボックスなところが多い」

「結局は、わからないことだらけだな。そんなことで大丈夫なのか?」

「……大丈夫でなくても、やるしかないんだよ。でなければ、この星に未来はない」

 

 重苦しく答えるリュン。疑念が払拭されたわけでも、彼の強引さへの嫌悪が解消されたわけでもないが、その真摯で切実な言葉には、誰も、なにも答えなかった。

 やがて、リュンは足を止める。

 

「着いたよ。いや、着いてはいないか。ここは入口だからね。目的地は、この先だ」

「なにこれ?」

「穴……ですね」

 

 そこには穴、岬から下へと――つまり海中へと続くであろう穴があった。

 

「この先は海中トンネルとなっていて、賢愚神話の工房(ラボ)がある。そこに語り手が眠っている。さぁ、行こう」

「って、待ってよリュン! 私も行く!」

「あ、あきらちゃんも、待ってください……!」

 

 リュンが真っ先に穴へと入っていき、その後を暁、柚と追っていく。

 

「元気ねぇ、一年生たちは」

「…………」

「どうしたのカイ? いつも以上に仏頂面を晒しちゃって」

「あのリュンとかいう男に、いいように動かされているだけな気がしてな……気に喰わない」

「ふぅん。ま、わからないでもないけどね。でも今は、彼に付いていくしかないんだから。望むものではなくても、ベストな選択肢ではあると思うけど?」

「わかってる。連中の行いはあまりに乱雑で、見ていて苛々するが、俺の言葉に耳を貸すとも思えん。少なくとも、今この時は、奴らの思う通りにするしかないってことくらいは、理解している……しているが……」

「我を通したい自分がいるって? それは単なる我侭なのか、それとも保身なのか。どっちなのかしらね?」

「……言っておくが、まったく気乗りはしないからな」

 

 浬は諦めたように嘆息する。そして穴を潜り、トンネルへと入る。

 理不尽で、不条理で、強引で、なにもかもがままならない、現状に、不満を募らせながら。

 

 

 

 

 

 

 海中トンネルと言っても、そこは水族館にあるような水槽の見える通路なんてファンタスティックなものはなく、文字通りの陰鬱とした暗い通路であった。

 強いて言うことがあるのならば、大きな水路が左右に伸びているくらいだ。

 飾り気もなにもない、暗く無機質なだけの、味気ない通路をひたすら進むと、開けた部屋に出た。

 そこは、暁だけは見覚えのある部屋だ。

 

「ここって、私がコルルと出会った部屋と似てる……」

 

 壁画のような絵らしきものや、幾何学的な紋様の数々が刻まれた壁。雰囲気こそ違うものの、ここはコルルを目覚めさせ、出会ったあの時の部屋と、ほぼ同じ構造をしていた。

 部屋の中央には、祭壇。台座には、透き通った水晶のような“なにか”が置かれている。

 

「あれは?」

「恐らくは《賢愚神話》の語り手だ。賢愚神話の遺した、かの神話の遺物だね」

「ケング?」

「賢く、愚かしいということだよ。賢愚神話はあらゆる叡智を有した大賢者であり、魔術師であり、技術者であり、研究者であり、科学者であり、碩学であり、そしてなにより、錬金術師であった。けれどかの神話は、その叡智を我欲のため以外には使わなかった……というよりも、知識を得ること、それそのものが彼の欲望のすべてであったわけなんだけど、知識欲が更なる知識欲を呼び、獣の如く英知を求める彼は、傍若無人な愚者としても扱われた。賢者の叡智を以って、愚者の行いを為す。故に彼は、賢愚神話の名を得たんだ」

「……よく、わかりませんね……」

「まったくね。難しいや」

 

 叡智を有した賢者は、我欲に溺れた愚者でもあった。それが賢愚神話の所以。

 その神話の素性を詳らかにすることもやぶさかではなかったが、しかし、それだけの説明をする時間はなかった。

 

「頭はよかったけど、身勝手だったってこと?」

「ざっくり言ってしまえば、そういうことだね」

「ふぅん。カイとよく似てるわね」

「それはどういう意味だ、部長」

「さて、どういう意味かしら?」

「でもよ、賢愚神話の配下だろ? オレ、あいつ嫌いなんだよな。すげー変態だし……きっと嫌な奴だよ」

「じゃあやっぱり、霧島みたいなクリーチャーなのかな?」

「喧嘩売ってんのか」

 

 ここまでの散々な物言いに、さしもの浬も青筋を浮かべて沙弓や暁を睨む。

 しかし当人たちはどこ吹く風で、まったく気にしたそぶりは見せない。

 

「いやでも、賢愚神話が好かれていなかったのは事実。そして、賢愚神話の因子に最も近いのは君だったよ。えーっと、名前なんだっけ、眼鏡の君」

「……霧島浬だ」

「キリシマ……えぇっと、君らの言うところの家名とやらの概念は、よくわからないな」

「なら浬でいいわよ」

「おい。あんたが決めるな」

「そうか。なら浬君だね。浬君、今回の鍵は君だよ」

「なぜだ」

「さっき言った通り、君が最も、賢愚神話の因子に近いものを感じる。青い波動とでも言えばいいのかな。ゆえに君が、賢愚神話の語り手を目覚めさせるキーパーソンとなり得るわけだ」

「お前の言っていることはさっきからさっぱりわからん」

 

 暁がコルルを目覚めさせた時と同様、賢愚神話の語り手は浬の手で目覚めると語るリュン。しかしそれを素直に理解できるのは、実際にそれを見た暁だけ。

 理屈も、論理も、原理も、あらゆる過程をすっ飛ばした彼の言に、浬は一貫して拒否の姿勢を取る。

 

「そもそも、俺はこんな得体のしれないことに首を突っ込むつもりはない。俺をお前らの事情に巻き込むな。勝手にやってろ」

「まったく。聞き分けのない奴ね。いつまでも駄々こねてないで、少しは私たちに貢献なさい」

「部長も部長だ。世界だか秩序だか、この世界の事情とやらは知らんが、そんなものは俺たちの手に余る。下手に手を出して、痛い目を見るのは俺たちだ」

 

 どこまでも反発し、拒絶する浬。

 もっとも、常人の感覚で言えば、これが当然ではある。

 君子危うきに近寄らず。人は未知なるものを恐れ、忌避する。

 ならばその未知から遠ざかることが、安全に生きる術である。その逆走を楽しむ暁の方が、危機意識に欠けた異端者と言えるだろう。

 そしてそんな彼女らに迎合する素振りを見せる沙弓にも苦言を呈するが、

 

「まあ、そうかもしれないけど。強情張って逆らって痛い目を見ることだってあるわよ? 流れに任せて求めに応えることが冴えたやり方になる時だってあるんだから」

「…………」

 

 彼女のその言葉は、否定できなかった。

 

「ちょっと乗っかるくらいどうってことないじゃない、減るもんでもないし。なにより面白そうだし」

「結局はそれかよ」

 

 理屈なのか、歓楽なのか。いや、どちらもだろう。彼女はそういう人間だ。それは、浬がよく知っている。

 しかし、説き伏せられてしまったのは否めない。浬には、彼女の言論を否定する論理的な理屈がない。

 筋が通っていればなにをしてもいいというわけではないし、感情は理屈とは別物だが。

 論理を並べられてしまえば、押し黙ってしまうのもまた、霧島浬という人間であった。

 

「あいつの掌の上で踊らされているみたいで、まったく気は乗らないんだが……クソッ。やむを得ず、か」

 

 そして不承不承、浬はリュンの促すままに、台座へと歩み寄る。

 その上に鎮座する、水晶のような物体。

 

「……これに触れればいいのか?」

「そうだよ」

「触れるだけでいいんだな?」

「あぁ、それで十分さ」

「そうか」

 

 ならば。

 なにも起こらないことを期待して、浬は水晶に手を伸ばす。

 自分に振りかかるものなどなにもなく、彼らの望み通りにならずとも、何事もなければいいと、願いながら。

 しかし。

 彼の淡い期待は、すぐさま雲散霧消する。

 浬が水晶に触れた。

 刹那。

 賢愚の殻が、破れる。

 霧と冷気を発しながら、賢愚の殻が綻び、破れる。そして――

 

 

 

「――封印解除、認識。起動準備開始します」

 

 

 

 機械的な声。

 霧の中から姿を現したのは、コルルと同じく二頭身の体躯で、やはり、人の形をしている。

 姿だけなら、コルルよりも人らしい。あどけない少女の顔は、小さな矮躯と合わせて、まるで生まれたての赤子のような、あるいは人形のようだった。

 

「…………」

「起動完了。状況を確認します……えっと」

 

 機械のようだった声に、急に命が宿る。

 ただシステム通りに動いていただけのそれは、今、完全にひとつの生命として、動く。

 

「あなたが、わたしの封印を解いてくださったのですか?」

「知らん。が、そこの奴らに言わせるなら、そういうことなんだろうな」

「では、あなたがわたしの新たなご主人様(マスター)ということですね」

「は?」

「わたしはエリアス、《賢愚の語り手(アルケミ・ストーリー) エリアス》と申します。あなたのお名前はなんでしょう? ご主人様」

「俺は霧島浬……いや待て」

「はい? いかがいたしました?」

 

 エリアスと名乗った少女――否、クリーチャーは、こくりと首を傾げる。

 

「なんだ、マスターって」

「あなたがわたしの封印を解かれたのであれば、わたしがお仕えするのはあなたということです。ならば、あなたがわたしの次のご主人様ということ……の、はず、ですけど。あれ? わたし、なにか間違えてしまいました……?」

「いや、間違いというか、俺はお前の主人なんかになるつもりはないぞ」

「えぇ!? そ、それは困ります……では、なぜわたしは再起動されたのでしょう……?」

「俺は無理やり……」

「うんまあ、浬君が目覚めさせたのなら、君の主人はひとまず浬君ってことでいいだろう」

「成程。了解致しました!」

「勝手に決めるなよ」

「それではよろしくお願いします、ご主人様」

「だから俺は……」

 

 ご主人様と呼ばれ反発する浬だが、およそその言葉は聞き入れられない。

 本人がいくら否定しようと、語り手を目覚めさせることができる資質は、そのまま語り手の主人の資質に他ならない。

 そう、それは、かつての神話のような。

 

「なんかあの子、コルルと全然違うね。女の子なんだ」

「かわいいですね」

「ねー。あんな可愛い子なら、私も欲しいかも」

「おいおい暁! そりゃあないぜ! 俺がいるだろ!」

「そうだったね、ごめんごめん。私の相棒はコルルだもんね!」

「それで、これからどうするのかしら?」

「これで目的は達成なんだろ? だったら早く帰せ」

「あ、それでしたら、先にわたしの同胞たちも起動させましょう。わたしと一緒に封印された研究員や、実験体などが、いくつか残っているはずです」

 

 すぅーっとエリアスは壁際の、壁画のような幾何学的紋様の描かれた壁へと移動する。

 彼女は壁に手を触れた。すると、青く光る冷気が紋様をなぞるように走る。

 

「パスコード入力完了。ロック解除。断片なりし賢愚の叡智――起動します」

 

 刹那。

 壁面から、冷気が、飛沫が――力が、放たれる。

 

「っ……!」

 

 浬に向かって放たれたそれは――何枚にも重なったカード。デッキ一つ分くらいはありそうだ。

 どことなく冷たいが、その冷たさは、不思議と気を落ち着かせる。

 非常に感覚的な表現をすれば、とてもよく“馴染む”。

 

「これ……コルルの時と同じだ」

「わたしたち賢愚神話の配下たる研究員、そしてわたしたちの生み出した作品――実験体等々です。どうぞ、ご主人様の刃として、お使いください」

「……賄賂のつもりか?」

「あ、いえ、そういうわけでは……っていうか、なんか少なくないですか?」

「知るか。お前が出したんだろ」

「絶対少ないですって。わたしたち、研究員の数が減ってるのはともかくとして、わたしたち、もっとたくさん龍素記号とかフィールドとかオーラとか色々作りましたもん! それに、その中にわたしの作品がひとつもありません!」

「俺が知るかよ」

「他の人のとかどうでもいいですけど、せめてご主人様にはわたしの研究、実験成果を見てもらいたいのですが……別の場所に保管してるんですかね? ちょっと待っててくださいね」

「あ、おい」

 

 エリアスはまた壁際へと飛んで行ってしまい、まるでコンピューターの画面を操作するように、幾何学模様をなぞる。

 

「こっちですかねー、いや、それともこっち? えーっと、あれ? このファイル、なんでしたっけ……なんか変なロックがかかってます。まあいいです。開けてみましょう!」

「待て。それはそこはかとないフラグの予感がする」

 

 浬は嫌な予感がして、直感的にエリアスを止めようと思ったが、時既に遅し。

 エリアスは、十二神話一の頭脳を持つ賢愚神話、その語り手だ。

 なれば彼女の演算速度も並みのコンピューターやサイバーロードなどのクリーチャーの追随を許さず、パスコードの入力など一瞬だ。

 ただし、情報の処理速度が速いことと。

 その結果として起こり得ることは、また別なのだ。

 

「ロック解除! さて、わたし渾身の作品、なにが眠っていますかね――」

 

 

 

ビー! ビー! ビー!

 

 

 

 ――けたたましいサイレンが鳴り響く。

 狭い空間で、その音は激しく反響し、皆の耳をつんざく。

 

「うるさっ!? な、なにこれ!?」

「おい! お前、なにをした!」

「あれー……あ、これ、侵入者排除用のプログラムでした。まさかこんなところに眠ってたなんて……っていうか、なんでこんなのがここにあるんですかー!」

「俺が知るか!」

「あ、あの、し、しんにゅーしゃ、はいじょ、とは……?」

「つまり、なにが起こるのかしら?」

「えぇっと、簡単に言うと、わたしたちは外敵とみなされて、攻性プログラムの攻撃を受けます!」

「ふざけんな!」

「あうぅ、ごめんなさいぃ! 良かれと思って探してたんですが、まさかこんなトラップがあったなんて……はっ! まさか、これはあの賢愚神話(ヘンタイ)の悪ふざけでは……!」

「あり得るね。そもそも君らをこの場所に封じたのは十二神話なんだから、この場所の警備システムに関しても彼らが関与していると見るのが自然だ。加えて賢愚神話は気分屋で快楽主義者。悪戯気分で妙な細工をされていても不思議はない」

「なんて傍迷惑な奴だ!」

「なんでもいいけど逃げましょう! ここにいると耳がおかしくなりそうだし、絶対にヤバいわよねこれ!」

「そ、そうですね! みなさん、こちらです!」

 

 エリアスに誘導されて走る一同。

 来た道を戻り、陰鬱で薄暗いトンネルを抜けるべく、全力で駆ける。

 

「はぁっ、ふぅ……っ」

「ゆず、大丈夫?」

「はひ、なんとか……」

「おい! なんか後ろから来てるぞ!」

 

 振り返れば、ロボットのようなものがこちらに向かって来ている。

 あれが、エリアスの言う攻性プログラムだろうか。

 

「早い……あれじゃあ、すぐ追いつかれる」

「! 待って、なにか来るわ!」

 

 沙弓が足を止める。

 同時に、水路から大きな水柱が上がった。

 そして、巨大な魚影が、姿を現し、彼らに迫る。

 

「っ!? な、なにあれ!? でっかい魚!?」

「あれはラヴ、あの変態の改造した防衛プログラム……やっぱりヘンタイの悪戯心じゃないですかー! もういやですー!」

「泣いてる場合か! あいつ、どう考えても俺たちを敵として認識しているよな」

「はい、恐らく警備システムの作動と同時に、生きている侵入者撃退用機体がすべて起動したのかと。時間をかければ、もっと増えるかもしれません!」

「それは困ったわね……現状でも、逃げ場はないというのに」

 

 正に前門の虎、後門の狼。

 後方からは警備ロボット、前方には巨大な魚の怪物。

 前進も後退も、できなくなってしまった。

 

「ど、どど、どうしましょう、あきらちゃん……」

「どうするって、えーっと……」

 

 動きを封じられてしまい、混乱状態に陥る一同。

 しかし、そんな窮地だからこそ、冷静に、氷のような精神で状況を見なければならない。

 ここで、こんなところで、すべてが終わってしまう。それだけは、絶対に受け入れられなかった。

 浬は、エリアスに問う。

 

「おい、道はここだけか」

「は、はい。このトンネルは一本道。水路の底には海に繋がる穴がありますが、人間では移動不可能です。そもそもあの魚が逃がしてはくれません」

「となると方法は正面突破だけか。なら、アレはどうすれば機能停止する?」

「あれはクリーチャーです。クリーチャーなら、クリーチャーとして倒すことができれば、一時的に停止するはずです」

「クリーチャーとして……」

「ご主人様。あなたに預けたわたしたちの研究成果()……それをどうぞ、お使いください」

 

 エリアスに渡されたカードの束。枚数だけなら、これだけで一つのデッキとなりそうだった。

 自分のデッキは鞄の中、そして鞄は部室に置いたまま。今の自分の力は、これだけ。

 

「……呆れたな。クリーチャー相手に、そんな解決手段とは。らしいと言えば、らしいのだろうが」

「この世界はそういうものですよ。大丈夫です、わたしも全力でバックアップいたしますので!」

「仕方ない、このままなにもせず怪物に喰われるのは御免だ。できることはやってやるさ……おい、お前」

「え、私? なに?」

「後ろは任せたぞ。正面は俺が叩く。それまで時間を稼げ」

「なに急にやる気になってるの……でもオッケー! そういうことなら得意だよ!」

 

 後ろで、暁が警備ロボットを食い止める。

 そして浬は、目の前の怪物魚を倒し、道を切り開く。

 

 

 

「さぁ、対戦開始だ――」

 

 

 

 

 

 

 浬と、怪物魚こと防衛プログラム機体[Love]との対戦。

 互いにシールドは五枚。

 浬の場には《アクア戦士 バットマスク》《アクア操縦士 ニュートン》。

 相手の場には《【問2】 ノロン⤴》が一体。前のターンには《ボーンおどり・チャージャー》も使っており、墓地を溜めている。

 

「しかしなんだ、このデッキ……ビートダウン、なのか……?」

 

 浬は初めて見るデッキに違和感を感じていた。

 見たところ、水単色のリキッド・ピープルによるビートダウンデッキに見える。

 しかし、なにか妙だ。見えていないカードに、なにかがあるような気がしてならない。

 

「お前、なにか知らないか?」

「え? さ、さぁ……わたしも、なにが起動したかまでは把握していないので……」

「肝心なところで使えないな」

「ごめんなさい……」

「まあいい。殴りたくても、今は殴り返しを恐れて殴れないしな。俺のターン。4マナで《アクア・ジェスタールーペ》を召喚。連鎖発動。トップを捲り、それがこいつよりコストの小さいクリーチャーなら踏み倒せる」

 

 そうして捲った山札は、《アクア少年 ジャバ・キッド》。コスト2のクリーチャーだ。

 

「連鎖成功ですよ! ご主人様!」

「あぁ。《ジャバ・キッド》をバトルゾーンへ。そして《ジャバ・キッド》の能力で、再びトップを捲り、今度はそれがリキッド・ピープルなら手札に加わる」

 

 そして、次に捲られたカードは《スパイラル・ゲート》。呪文だ。

 

「ちっ……だが、このターン二体以上クリーチャーを出したため、《ジェスタールーペ》の能力でドローする。攻撃はしない、ターンエンドだ」

[ターン開始。ドロー]

 

 ここまではなんの変哲もない墓地肥やしをしていた相手。

 しかしこのターンで、少しばかり、奇妙な動きを見せる。

 

 

 

[召喚《エリアス》]

 

 

 

 召喚されたのは、赤子のような矮躯の電脳体。超高性能の電子頭脳を持つ知性体、サイバーロードの一体。

 だがここで引っかかるのは、そのクリーチャーが何者かよりも、そのクリーチャーの名前であった。

 浬は、そのクリーチャーと同じ名を持つ、真横でふわふわと浮いている彼女に視線を向ける。

 

「……エリアス?」

「ち、違います! あれはわたしじゃなくて、賢愚神話(ヘンタイ)悪趣味です! わたしと同じ名前のクリーチャーで、わたしをおちょくってるつもりなんです! わたしの名前はいわゆる検体名というか、幼名的なあれでして!」

「わかったわかった、どうでもいいから少し黙っていろ。それよりも、同じ能力の《セブ・コアクマン》ではなく、わざわざコストの重い《エリアス》を使うとなると……」

「絶対にわたしへの嫌がらせです!」

「そんなわけあるか」

「あり得ます! あの人はそのためだけにどんな手の込んだことだってするド畜生のド変態なんですー!」

「……論理的じゃない」

 

 とりあえずエリアスの言葉は無視することにした。

 《エリアス》の能力は、登場時に山札を三枚捲り、その中から光と闇のカードをすべて手札に、残りを墓地へ送るというもの。

 かの《アクアン》を劣化させたような能力なのはいい。問題なのは、同パワー、同効果、しかしより低コストの《セブ・コアクマン》が存在するというのに、わざわざコストが1重い《エリアス》を採用していることだ。

 これが単純に、エリアスへの嫌がらせなら、それでいいのだが……

 

[《エリアス》起動。トップデック公開]

 

 《エリアス》によって捲られたのは《龍素記号Og アマテ・ラジアル》《龍装艦 チェンジザ》《ボーンおどり・チャージャー》。

 手札に入ったのは《ボーンおどり・チャージャー》のみ。他の強力なカードはすべて墓地へと落ちてしまった。

 

「……墓地肥やし、にしては迂遠だな」

 

 元々この手のカードは手札補充が目的だ。墓地肥やしを利用することもなくはないが、この場合は単純にキーカードが手に入らなかっただけだろうか。

 

「俺のターン……さて、どうするか」

 

 どことなく怪しい雰囲気のある相手。そして、浬自身も、己のデッキへの理解が、いまだ追いつかない。

 なにをするべきなのか。なにを目指してカードを選択すればいいのか。考え、予想し、論理を展開する。

 そうして、損得を、勝利の筋道を計算しながら、対戦を進めていく。

 

「《アクア・ハルカス》を召喚。一枚ドローし、《バットマスク》を召喚。山札を二枚見て、片方をボトムに沈める。クリーチャーを二体出したので、《ジェスタールーペ》で一枚ドロー」

 

 浬はさらにクリーチャーを並べていく。ドローとトップデック操作で手札の質を高めながら、横並びにクリーチャーを展開していく。

 

(……やはり、このデッキは……)

 

 こうして並んだクリーチャーは六体。攻撃できるアタッカーは四体。

 1ターン待てば、トリガーがないと仮定してピッタリとどめが刺せる(ジャスキル)

 あるいはここで殴りに行っても、トリガーを受けつつ、次のターンにとどめが刺せそうな状況だ。

 相手のトリガー次第なのでリスクはあるものの、このデッキが殴って勝利を目指すようなデッキであれば、ここで攻撃することはひとつの正解だと思われた。

 だが、しかし、

 

「……殴らない。ターンエンドだ」

 

 浬は、攻撃しなかった。

 クリーチャーを溜めたまま、ターンを終える。

 そして相手のターン。

 

[ターン開始。ドロー.詠唱《蝕王の晩餐(ショッキング・ダンタル)》]

「……やはりコスト指定で釣り上げて来るか」

 

 《蝕み王の晩餐》。クリーチャー一体を生贄に捧げ、それよりコストが1大きいクリーチャーを墓地から復活させる闇の呪文。

 この呪文で肝要になるのが、生贄とするクリーチャーのコストだ。釣り上げたいクリーチャーよりもちょうど1大きなクリーチャーを場に用意する必要がある。つまり、《セブ・コアクマン》と《エリアス》、コスト的に劣っている《エリアス》が《セブ・コアクマン》と差別化する点でもある。

 

[《エリアス》破壊.リアニメイト――《龍装艦 チェンジザ》]

 

 《エリアス》を餌にして墓地から浮上するのは、龍の骨を取り込んだ軍艦。

 前のターン、《エリアス》によって墓地に落ちたクリーチャーだ。

 

[《チェンジザ》起動.二枚ドロー.一枚トラッシュ.《チェンジザ》再起動。詠唱《インフェルノ・サイン》]

「相変わらずインチキくさい能力だな」

 

 《龍装艦 チェンジザ》は、各ターン最初に捨てたコスト5以下の呪文を、コストを支払わずに唱える能力を持っている。

 《チェンジザ》自身の能力で捨てた呪文が、そのまま発動するのだ。

 ここで相手が唱えた呪文は《インフェルノ・サイン》。墓地に溜めたクリーチャーがまた、浮上する。

 

 

 

[リアニメイト――《第六戦街 ラヴ・ガトラー》]

 

 

 

 水面を激しく揺さぶり、荒々しい大波を、飛沫を、水柱を上げて浮上したのは、巨大な魚の怪物。

 身体を機械のように改造され、それはもはや軍艦などではない。ひとつの街。戦場となり得る戦街と化している。

 

「出たか……!」

 

 呪文では選ばれないブロッカー、《ラヴ・ガトラー》。今まさに対面している防衛プログラムの、オリジナル。

 処理しづらいブロッカーというだけでも厄介だが、なによりもこのクリーチャーの扱いに困る点は、

 

[詠唱《蝕王の晩餐》.《ラヴ・ガトラー》破壊]

「!」

 

 次の瞬間。

 《ラヴ・ガトラー》の肉がすべて、削ぎ落された。

 鱗を剥がされ、肉を裂かれ、骨になるまで、肉体がすべて使者への供物となる。

 

「いきなり自爆しましたよ! ご主人様!」

「ただの自爆で終わらないのが厄介なところだがな……!」

 

 墓地へと落ちていく《ラヴ・ガトラー》の肉片。その命の糧を求めて死者が集う。

 その中で、最も多くの肉を喰らい、命を手にしたのは、

 

[リアニメイト――《龍素記号Og アマテ・ラジアル》]

 

 Ogの龍素記号を与えられたドラゴン、《アマテ・ラジアル》。それは、原初のクリーチャーへの回帰でありながらも、龍素のエッセンスにより、未来への躍進と改造が施された存在。

 《アマテ・ラジアル》の能力で、登場時に山札からコスト4以下の水の呪文が唱えられる。ここで唱えられるのは、

 

[詠唱《ヒラメキ・プログラム》.《アマテ・ラジアル》破壊。トップデック公開――コスト8《無法地帯 マクラーゲン》]

 

 山札から《ヒラメキ・プログラム》が放たれ、《アマテ・ラジアル》を犠牲に山札からさらにコストが大きな《マクラーゲン》へと変化する。

 相手のデッキは、《エリアス》で主要な水のクリーチャーを墓地に落としつつ、《蝕王の晩餐》を手札に加え、自らを餌に墓地に落としたコスト6の水のクリーチャーを復活。そしてそこから連鎖的に《蝕王の晩餐》や《ヒラメキ・プログラム》を放ち、次々とクリーチャーの姿を変化、より大きなコストのクリーチャーへと成り変わっていくデッキのようだ。

 現にコスト5の《エリアス》から、《チェンジザ》を介して《ラヴ・ガトラー》《アマテ・ラジアル》と変化し、最後にはコスト8の《マクラーゲン》へと成った。

 パワー11000のブロッカー、そして呪文で選ばれない。《エリアス》から見ても大きな進化だ。そして、《ラヴ・ガトラー》よりもさらに大型と来た。

 加えて《ラヴ・ガトラー》が破壊された。これも、浬にとっては痛打となる。

 

 

 

[ラスト・バースト起動――《漆黒の裏六戦街(メトロポリス)》]

 

 

 

 刹那――場が、黒き大渦に飲まれる。

 海上に浮かぶ相手のクリーチャーはなんともないが、矮小な浬のクリーチャーはすべて、夜の海の如き暗澹の底へと沈んでいった。

 

「ぐ……やはり、喰らうと痛いな……!」

 

 《ラヴ・ガトラー》は破壊されると、ラスト・バーストが発動し、呪文《漆黒の裏六戦街》が発動する。

 効果は単純明快。相手クリーチャーをすべて手札に戻す。ただそれだけだ。

 シンプルだが、それゆえに強烈。六体も並べたクリーチャーは、まとめて手札に押し返されてしまった。

 これで場には、相手の《ノロン⤴》《チェンジザ》《マクラーゲン》。

 放置すれば呪文をタダ撃ちする《チェンジザ》。呪文で選ばれないブロッカーの《マクラーゲン》。

 どちらも非常に厄介なクリーチャーだ。

 

「だが、まだ道はある……エリアス!」

「了解です! ご主人様!」

 

 クリーチャーが一挙に手札に戻る。

 この瞬間、浬は手札に還ってくるクリーチャーたちと入れ替えるように、手札を一枚、投げ放った。

 

「俺の水のクリーチャーが手札に戻されたことで、手札から《賢愚の語り手(アルケミ・ストーリー) エリアス》をバトルゾーンへ!」

『エリアス、参ります!』

 

 

 

・Information

賢愚の語り手(アルケミ・ストーリー) エリアス 水文明 (5)

クリーチャー:サイバー・ロード/リキッド・ピープル 2000

■自分の《賢愚の語り手 エリアス》以外の水のクリーチャーがバトルゾーンから手札に戻された時、このクリーチャーを手札からバトルゾーンに出してもよい。

■このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、カードを3枚引く。その後、自分の手札を2枚、山札の一番上または一番下、もしくはその両方に好きな順序で置く。

■このクリーチャーが破壊される時、墓地に置く代わりに自分の手札に戻す。

 

 

 

「《エリアス》の能力で三枚ドロー! そして手札を二枚、山札の下へ」

 

 水文明の性質は、飽くなき叡智への探究心。

 そしてそれを最も体現しているのが賢愚神話。その語り手たる《エリアス》もまた、叡智を司る力の片鱗程度は行使できる。

 その力で彼女は、更なる“手段”を呼び込む。

 

「俺のターン。《アクア戦士 バットマスク》《アクア少年 ジャバ・キッド》、さらに《アクア・ガード》二体を召喚! ターンエンド」

[双極・召喚(ツインパクト・サモン)《サイバー・K・ウォズレック》]

「《ウォズレック》……」

 

 サイバーロードに続き、今度はサイバー・コマンドのお出ましだ。

 このクリーチャーは登場時に、自他問わず墓地からコスト3以下の呪文を二枚唱えられる。

 もっとも、浬の墓地に呪文はなく、そして相手の墓地には有用な呪文が何枚も落ちているため、当然ながら唱えられるのは、相手の墓地から。

 

[詠唱《蝕王の晩餐》《ウォズレックの審問》.《ウォズレック》破壊.コスト7リアニメイト.《龍素記号Sr スペルサイクリカ》]

 

 今度は《ウォズレック》自身を餌に、Srの龍素記号を与えられたドラゴン《スペルサイクリカ》が現れる。

 さらに、

 

[双極・詠唱(ツインパクト・キャスト)《ウォズレックの審問》.手札閲覧.コスト3以下ハンデス――《スパイラル・ゲート》処分]

「ちぃ……!」

 

 呪文面は、クリーチャー面でも唱えられるコストの、ピーピングハンデス。

 本来なら序盤に相手の出鼻を挫くためのカードだが、貴重な除去カードを叩き落されるだけでも、浬としては痛い。

 さらにこれだけでは終わらない。場に出た《スペルサイクリカ》の能力が、まだ残っている。

 

[《スペルサイクリカ》起動.詠唱《ヒラメキ・プログラム》.《スペルサイクリカ》破壊.コスト8起動――《卍 ギ・ルーギリン 卍》]

「そんなものまで入っているのか……」

 

 今度はドルスザク、無月のクリーチャーだ。

 もっともあのデッキに魔導具が入っているとは思えないので、呪文面を序盤の潤滑油として使い、墓地に落ちた本体を《蝕王の晩餐》で釣り上げようという魂胆なのだろうが。今回は、《ヒラメキ・プログラム》で直接場に出たが。

 《卍 ギ・ルーギリン 卍》はパワー9000のブロッカーだが、同時にこのクリーチャーが存在する限り、自軍すべてにブロックされない状態を付与する。

 つまり、浬の《アクア・ガード》は完全に置物と化した。もはや壁は通じない。

 

[アタック.《チェンジザ》攻撃.能力起動.二枚ドロー.一枚トラッシュ.詠唱《世紀末ハンド》.《エリアス》破壊]

 

 そして、遂に相手も攻めてくる。

 《チェンジザ》が動き出すと同時に、呪文が放たれ、暗黒の魔手によって、《エリアス》は握り潰される――が、しかし。

 

「残念ですが、わたしはそう簡単には死にませんよ」

 

 グシャッ、と握り潰された《エリアス》の身体は、液体となりり飛散する。

 そして飛散した液体はまた一ヵ所に集まり、同じ肉体を再構築した。

 

「《エリアス》の能力発動だ。こいつは死んでも、手札に還る」

「わたしの身体は異分子霊液体。特殊なマナで構成された水分の身体は、砕けても元通りなのです!」

「……お前、一体なんなんだよ」

 

 普通のクリーチャーでないことは薄々分かっていたが、思っていた以上に奇妙な存在なのかもしれない。

 と思いつつ、次の瞬間、浬の身体に衝撃が走る。

 

[Wブレイク]

「ぐ……っ!」

 

 砕かれたシールドの破片が散る。

 シールドは残り三枚。相手にはクリーチャーが四体もいる。

 このターンでやられることはないとはいえ、この一撃は決して軽くない。

 

「S・トリガー《アクア・サーファー》! 《マクラーゲン》をバウンス!」

[攻撃停止。状況確認。ターン終了]

(《ノロン⤴》では殴らない……慎重なのか。まだ攻め入るつもりはなかったってところか)

 

 この攻撃は《チェンジザ》の能力を誘発させるための攻撃。

 本格的に決めるまでに、削りを入れておこうということだろうか。

 

「俺のターン。《アクア・スーパーエメラル》を召喚し、手札とシールドを入れ替える。さらに《アクア戦士 バットマスク》を召喚」

 

 浬は、さらにリキッド・ピープルを並べる。

 《ジャバ・キッド》《バットマスク》《アクア・ガード》《アクア・サーファー》《アクア・スーパーエメラル》。

 その数、実に七体。これだけ並べば、十分だ。

 

「……シンパシー発動。コストを7軽減する」

 

 液状の戦士たちが集う。

 多量の水分を、マナを注ぎ込まれ、発生するのは龍の力を秘めたるエネルギー、即ち龍素。

 ドロドロの液体は冷やされ、凝固し、水晶となる。

 輝くクリスタルに注ぎ込まれた龍素。それが指し示す記号、かの龍を定義する名は――IQ。

 

 

 

「海里の叡智、結晶となれ――《龍素記号IQ サイクロペディア》!」

 

 

 

 刹那、水晶が砕ける。

 その中より出づるは結晶龍。クリスタル・コマンド・ドラゴン。

 これもまた、エリアスら賢愚神話の配下たちの技術と知識の粋を結集して創り上げた傑作。

 それが、IQの記号を与えられたドラゴン――《サイクロペディア》。

 この龍の行使する力は、膨大なライブラリからの引用、数多という膨大な“数”知識から力へと変換する、字引だ。

 知識も、力も、多いほど良い。そしてそれを集積するのが、この《サイクロペディア》だ。

 浬はそこから、新たな“手段”を引き出す。

 

「能力で三枚ドロー……これでターンエンドだ」

 

 まごうことなく《サイクロペディア》は切り札になり得る力を持ち、浬もまたこのカードがキーカードとなることは重々に理解している。

 しかし、まだ攻撃しない。

 浬はまだ“待ち”の姿勢を保っていた。

 

[双極・召喚《無法地帯 マクラーゲン》.アタック.《チェンジザ》起動.双極・詠唱《六奇怪の四~土を割る逆瀧~》]

 

 再び《チェンジザ》が発進する。今度は、恐らく倒し切るつもりで攻撃している。

 《土を割る逆瀧》は、相手に「各ターン一体のクリーチャーでしか攻撃及びブロックができない」状態を付与する、少々特殊な呪文。

 発動されたが最後、浬の“数”は、この呪文の前には無意味になる。

 《卍 ギ・ルーギリン 卍》でブロックを封じ、《土を割る逆瀧》でさらにダメ押し、反撃さえも封じて来た。

 

「そう来ると思っていた」

 

 しかしそれは、浬の予想の範疇。

 

「そのデッキは、妙な連鎖でクリーチャーを展開はするが、コンボデッキの宿命か、除去は少ないように見えた。デッキも青黒というよりは、黒は添えているだけのようだしな。メインカラーは青、その色の除去の弱さは俺も知っている。だが、除去が弱くとも、除去が持つ攻撃性と防御性を再現することは可能だ。つまり、俺の動きを止めて、殺しにかかるつもりだったんだろう、が」

 

 除去ができないのなら、行動を制限した上で攻撃する。水文明なら、そうするだろう。

 それは、浬の知識と合致する。そしてこのデッキもまた、その性質を備えている。

 だから、その動きは容易く読めた。

 そしてそれは長くは続かない、刹那的な拘束であるために、縛っているうちに殺しにかかることも。

 そのタイミングが、ここだということも。

 

「だからこそ、俺は備えておいた、こいつをな。S・トリガー発動、《転生スイッチ》!」

 

 それは、前のターンに《アクア・スーパーエメラル》で仕込んだシールドだ。

 《転生スイッチ》、場のクリーチャー一体を手札に戻し、戻したクリーチャーよりコストの小さいクリーチャーを出させる呪文。

 相手に使えば、クリーチャーをより小さくさせる、そして召喚酔いが解けたクリーチャーを、召喚酔いのあるクリーチャーに変換する変則除去、防御の呪文になる。

 

「お前の《卍 ギ・ルーギリン 卍》を手札に戻す。さぁ、お前はなにを出す?」

[演算.処理開始……完了.《ノロン⤴》]

 

 出てくるのは《ノロン⤴》。手札を交換するも、《チェンジザ》の能力は各ターン一度のみ。二度目のディスカードでは、呪文は発動しない。

 

[アタック.《ノロン⤴》《マクラーゲン》]

「《ノロン⤴》は《アクア・ガード》でブロック!」

 

 《卍 ギ・ルーギリン 卍》が消えたので、相手の攻撃はブロック可能。《ノロン⤴》は《アクア・ガード》で相打ちし、《マクラーゲン》の攻撃はシールドで受ける。

 これでシールドはゼロ。次に《卍 ギ・ルーギリン 卍》が出てきたら、もうブロックさえもままならない。

 だが、それでいい。

 これだけのクリーチャーが生きていれば、十分だ。

 

「俺のターン……随分と遠回りしたが、なんとかなったな」

「はい! どうぞご主人様、やっちゃってください!」

「あぁ。6マナで《龍素記号Lp エクスペリオン》を召喚」

 

 再び、大気中の水分が凝固し、マナ、そして龍素のエッセンスが注ぎ込まれることで、新たなクリスタル・コマンド・ドラゴンが誕生する。

 Lpの番号を与えられた龍、《エクスペリオン》。

 この龍に与えられた役割は、円滑、高速、正確な実験。

 そして、それを為すのもまた、“数”だ。

 

「こいつは俺のリキッド・ピープルの数だけ、水の呪文を唱えるコストを軽減する。俺の《リキッド・ピープル》は全部で六体。6コスト軽減に加え、シンパシーでさらに6コスト下げ、1マナで――こいつだ!」

 

 多数のリキッド・ピープルたちが集い、知識を、技術を、発想を集結させ、一つの巨大魔術を行使する。

 リキッド・ピープルの研究員たちは整列する。陣形を作り、それぞれが最大限の力を発揮できるポーズを取り、そして、

 

 

 

「メトロポリスの返報をくれてやる――《ハイドロ・フォーメーション》!」

 

 

 

 刹那――すべてが、激流に押し流された。

 浬のクリーチャーが夜の海、《漆黒の裏六戦街》に飲まれたように、相手のクリーチャーもまた、すべて手札へと強制送還されてしまったのだった。

 

「お前の場のカードをすべてバウンス! そしてその数だけ、俺はドローできる!」

[状況確認.処理速度不足.演算機能拡張……]

「なんだ、バグっているのか? どうでもいいがな。ついでに1マナで《アクア忍者 ライヤ》を召喚。登場時にこいつは手札に戻るが、同時に《賢愚の語り手 エリアス》を手札から踏み倒す」

『戻って参りました! 正真正銘、わたしがほんとの《エリアス》です!』

「ターンエンド。お前のターンだ」

 

 一瞬で相手のクリーチャーはゼロ。クリーチャーがいなければ、《卍 ギ・ルーギリン 卍》も怖くはない。

 見たところ進化クリーチャーやNEOクリーチャーもいない。いたとしても、《アクア・ガード》を退かしてとどめまで到達することは不可能。

 ここまでずっと、相手の動きを予測し、どの手段が最も確実かを精査し、勝利に至る筋道を確立させ、必死で計算した甲斐があったというもの。

 すべては手の平の上、などと自惚れることはできないが、相手の起動したばかりの、目の前の外的に食らいつくだけの本能的な演算機能よりも、浬の頭の方が幾分か上回っていた。

 ただそれだけだ。

 

[召喚《エリアス》.詠唱《蝕王の晩餐》.コスト6リアニメイト.《第六戦街 ラヴ・ガトラー》]

「それで終わりか。大方、ラスト・バーストで俺のクリーチャーをまとめて薙ぎ払いたいってところだろうが、無駄だ」

 

 相手はブロッカーを構えて反撃のチャンスを窺っている様子。

 トリガーの可能性も考えれば耐えられる算段は十分にあるだろう。むしろ、相手は《アマテ・ラジアル》で山札を確認しているのだ。シールドの中身だって把握しているはず。

 それを踏まえて、ブロッカーかつ二重の除去耐性を持つ《ラヴ・ガトラー》を呼び出した、と考えられるが。

 その目論みも、浬は見通している。

 

「《エクスペリオン》でコストを下げ、1マナで《卍堕呪(バンダスペル) ゾグジグス》!」

 

 突如、水面に海賊船――いやさ、幽霊船が出現する。

 幽霊船は大渦を引き起こし、周囲を飲み込まんと荒れ狂う。

 さらに大渦は嵐をも呼ぶ。雷鳴を呼び、豪雨を呼び、大風を呼び、あらゆる声を、詠唱を掻き消してしまう。

 

「俺の《サイクロペディア》を指定。《ラヴ・ガトラー》は退かせないが、お前はこのターン、俺の手札の枚数以下の呪文は使えない」

 

 《卍堕呪 ゾグジグス》、本来ならば魔導具を大量の投入したデッキで使用するのだが、浬はこれを、単なる呪文ロックの切り札として使用した。

 ピンポイントながらもその効果は絶大だ。浬の手札は十枚以上もある。これだけ多ければ、どんな呪文も封じられたようなものだ。呪文を多用するだろう相手のデッキには、強烈に突き刺さることだろう。

 さらに浬は、追い打ちをかける。

 

「《アクア・ガード》を二体召喚。さらに《神々の逆流》! お互いのマナをすべてを手札に引き上げる!」

 

 リキッド・ピープルの研究員を追加動員し、守りを固め、仕上げに《神々の逆流》を放つ。

 すべてのマナは、人に――叡智へと還る。

 即ちお互いにマナがゼロ。もはや、なにもカードを使うことはできない。

 

「これでシノビも使えなくなったな。仮に耐えても、俺のブロッカーを薙ぎ払いながら突き進むことはできないだろ。さぁ、総攻撃だ。《サイクロペディア》でWブレイク!」

[防御指定.《ラヴ・ガトラー》ブロック――]

「Wブレイカーの攻撃をブロックすれば耐えられると思ったか? 無駄だと言っているだろう」

 

 《サイクロペディア》が駆ける。《ラヴ・ガトラー》がその進軍を阻もうとするが、《サイクロペディア》の身体は水のように溶け、《ラヴ・ガトラー》を透過していく。

 

「《サイクロペディア》はアンブロッカブル、つまりブロックされない。こいつで二打点、残り五打点。シールド三枚とブロッカー一体で耐えるとして、ピッタリ支払完了だ」

 

 二枚のシールドを《サイクロペディア》が引き裂く。その後に《バットマスク》《ジャバ・キッド》《アクア・サーファー》《アクア・スーパーエメラル》たちが続く。

 《ラヴ・ガトラー》が一体は止めるが、残る三体が、三枚のシールドを突き破っていく。

 S・トリガーはあったのかもしれない。しかし呪文はすべて、封じられている。

 シノビもあったのかもしれない。しかしマナはゼロ、事実上シノビは足止めされている。

 最後に駆けるは、小さな錬金術師の少女。

 

「こいつで、とどめだ!」

 

 小さな杖を握り締め、ありったけの智慧と勇気を振り絞って、一撃。

 賢愚神話の創った防衛プログラムを――破壊する。

 

 

 

「《賢愚の語り手 エリアス》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

 

 

 

「――終わった、のか」

「はい! お疲れさまでした、ご主人様!」

「そうか……ところで、そのご主人様ってのやめろ」

「え? なぜですか?」

「……いいからやめろ」

「でも他に呼び方は設定されていませんし……」

「設定ってなんだよ」

「おーい! 浬ぃー!」

 

 陽気な声に呼びかけられる。

 振り返れば、どこか退屈そうな面持ちの暁がいた。

 

「なんだ。馴れ馴れしく呼ぶな」

「えー、別にいいじゃん。もう私たち友達みたいなもんでしょ?」

「誰がお前なんかと」

「そんなことより、そっち遅くない? 時間稼げー、とか言ってた癖に、私の方が早く終わっちゃったじゃん。待ちくたびれちゃったよ」

「知るか。こっちもわけのわからんデッキ渡されて必死だったんだよ」

「あら、カイが必死になって頑張るだなんて珍しい。いつも涼しい顔してクール気取ってるのに」

「……うるさい。とにかく道は開いた。増援が来ないうちに、早く出るぞ」

「賛成だ。なんにせよ賢愚神話の領域はあまり安全とは言い難い」

「えぇ。それで帰ったら、ちゃんと皆で話をしましょうか。今後、どうするのかをね」

「…………」

 

 出口に向かって走る最中、浬はふと思い至る。

 自分の、身の振り方について。

 

(この力……そして“あいつ”……)

 

 こんなわけのわからない出来事に巻き込まれてうんざりしている。危険極まりなく、あまりにも異常で非常識。

 そんな馬鹿げたことに首を突っ込みたくはない。自らの安全も、展望も、なにも保証できないのだ。関わることさえ忌避する。

 そう、思っていた浬なのだが。

 

(もしかしたら、この道が、正解か……?)

 

 正解なんてない。正しさなんて決まっていない。

 しかしこの馬鹿げた道が、自分の望む未来に最も近い気がした。

 まったく論理的ではない。およそ信じがたい、荒唐無稽な話だが。

 語り手の力。それに触れた時、確かになにか、感じるものはあった。

 言葉にできない、なにかを。

 

(あいつがいて、それと同じ力が俺にもある。と、いうことは、俺は――“やり直せる”かもしれない)

 

 この瞬間、霧島浬は決意した。

 自分の意志を曲げてでも、自分の意地を張ることを。

 そして、

 

「……もうしばらく、付き合ってやるか」

 

 

 

 神話などという、論拠を欠いた夢物語と、それを信奉する少女に、寄り添うことを――




 エリアスのイメージはドジっ子メイド。まあ錬金術師なんですけど。ここで言う錬金術師の設定は、今はあんまり深く気にしなくていいです。魔術師とか技術者とか科学者とかの一派みたいなもんだと思ってくれれば。
 ではでは、ご意見ご感想、誤字脱字等ありましたら遠慮なくどうぞ。
 次話でまたお会いしましょう。
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