デュエル・マスターズ Another Mythology   作:モノクロらいおん

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 AMって、最初の4~5話くらいは、登場人物紹介と今後のストーリーの指針を示すための、プロローグてきな内容のはずなんですけど、なんか今回、変な筆の乗り方しちゃってですね……
 本当はもっとサラッと流すはずが、思ったよりもがっつり書き込んじゃったので、許してください。


第3節 月影と遊戯の生

 そこは、暗い森の中にひっそりと佇む、陰気な屋敷であった。

 長い時を経て土の壁も、木の床も、石の屋根も、すべてが朽ち果て、風化している。

 以前は豪奢で荘厳な佇まいだったのだろうが、今では見る影もなく寂れてしまっていた。

 そんな廃屋同然の洋館に、足を踏み入れる陰がひとつ、ふたつ、みっつ――――計五つ。

 四つの人影だった。

 それは人の形をしている。というより、人、人間であった。

 この世界において存在しない種。ただその概念のみが存在している生物。

 それが四人も、この辺境の廃墟へと訪れている。

 

「めっちゃボロボロじゃん。人住んでるの? ここ」

「人は住んでいないと思いますよ……」

「そもそも“こっち”に人間がいるわけないだろ」

「いたら面白いけど、それよりも本当に……ここなの?」

「そのはずだよ」

 

 ぬぅっと、四人の背後からもうひとつの影が顔を伸ばす。

 それは人の形をしている。が、人間ではなかった。

 どこが人間ではない、と言われると口をつぐむしかないが、あえて言うのなら“存在そのもの”が人間らしからぬ気配を漂わせている、とでも言うのか。見る者が見れば、彼が人間でないことは一目瞭然である。

 彼はこの世界のありふれた生命の総称――クリーチャーだった。

 

「こんなボロ屋敷にねぇ……」

「オレはこんなところにいたくねぇなぁ。陰気すぎる」

「わたしもここは……不衛生ですし、薬品や機材の管理が難しそうです」

 

 どこからか声が聞こえる。

 人間の男女がそれぞれ一枚のカードを取り出すと、そこからにょきっと、頭だけが飛び出した。

 デフォルメされた、小型化されたものではあるが、それらもクリーチャーであった。

 

「私はちょっとわくわくしてるけどね。肝試しみたいで楽しそうだし」

「不衛生というのは同感だ。傷み具合からして埃塗れで脆くなっているだろう。とっとと用を済ませて去るに限る」

「そうね。とりあえずあなたの言葉を信じて、手早く探検しましょうか」

「は、はひ……」

 

 そうして四人の人間と、クリーチャーたちは、退廃の屋敷へと入っていく。

 『月魔館』と呼ばれた、かつての月光――月影の神話が住まう神域へと。

 

 

 

 

 

 

「うごっ!?」

「あ、あきらちゃん……っ!?」

 

 月魔館へと入った遊戯部一行。外観通り、中もボロボロに傷み、崩れ、廃れていた。

 そんな明かりのない暗い廃屋の廊下を進んでいると、突然、暁がすっ転んだ。

 どうやら腐って脆くなった床板を踏み抜いたようだ。

 

「うごっ、て。それ、女の子としてどうなのかしらね」

「知らん」

「いったー! くっそぅ、最悪!」

「だいじょうぶですか? あきらちゃん?」

「うぅん、だいじょぶだいじょぶ。こんなのかすり傷だよ」

 

 暁は穴の開いた床から足を引っこ抜くと、パンパンと埃や木屑を払う。

 板木が擦れて膝の部分を擦りむいているが、大きな傷はなさそうだ。

 

「それなら、いいんですけど……」

「……ねぇ、こんな話を知ってるかしら?」

「ん? なに?」

 

 唐突に、沙弓が語り始めた。

 

「ある人が、古い屋敷で転んでしまって、膝を擦りむいたの」

「はぁ……?」

「その人は大した傷じゃないと思って、消毒もせずにその傷を放置していたのよ。当然、傷口はすぐに塞がって、かさぶたができるわね」

「?」

「けれど、しばらくして、その人の傷口が膨らんでいったの。ぶくぶくと、日に日に傷のあったところから、大きな丸い膨らみができあがったわ」

「え」

「これは異常だと思って医者に診てもらって、その膨らみを取り除こうとメスを入れたの。するとね」

「な、なにが……?」

「中から大量の“シロアリ”が出て来たわ」

「ア、アリ!? うへぇ、気持ちわる……!」

「その屋敷はシロアリが侵入してて、擦りむいた時にシロアリが傷口に入り込んで、その中でどんどん繁殖していった、ってお話よ。小さな傷でも侮っちゃ生けないわ」

「う、嘘でしょ……!? ちょっ、やだよ私! そんな気持ち悪いのは!」

 

 サァ、っと顔面が蒼白になる暁。

 そして彼女のデッキケースから、コルルが飛び出した。

 

「よくわかんねーけど、傷口からそいつは入ってくるんだな! 暁! 傷口を焼くぞ! そうすりゃ虫けらなんざイチコロだ!」

「うえぇ!? 焼く!? マジで!? で、でも、早くなんとかしないとダメっぽいし……?」

「あ、あきらちゃん……!」

 

 先ほど擦りむいた傷口に怯えながら、慌てふためき混乱する暁とコルル、そして柚。

 そんな彼女らを、沙弓はにまにまと見つめていた。

 

「……部長、そのへんにしておけ」

「んー? なんの話かしら?」

「そんな都市伝説を信じる方もどうかと思うが、あんたもあんただ。趣味が悪いぞ」

「へ? 都市伝説?」

 

 浬の言葉に、暁は目をぱちくりさせる。

 都市伝説。根拠不明の民間説話。つまり、(フィクション)だ。

 

「多少擦りむいたくらいでシロアリが傷口に卵を産み付けるわけないだろ。加えてそんなところで繁殖できるか」

「あら? でも体内に入って繁殖する虫はいるわよ?」

「えぇっと……しかし、少なくともこの近辺には、そういったクリーチャーは生息していないはずなので、寄生虫などの心配はないかと思われます」

 

 今度は浬のデッキケースから、エリアスが顔を出した。

 

「そうなんだ……あーびっくりした。冗談はやめてくださいよー、部長」

「ふふ、ごめんなさいね」

「まあ傷口から菌が侵入することはあるので、どうしても気になるのなら、わたしが消毒しますよ」

「消毒? エリアスって医療技術とかもあるのかしら?」

「具体的にはなにをするんだ?」

「そうですね。その程度の傷なら、唾をつければ治ると思います」

「治す気あるのかお前」

「あ、ありますよっ!? わたしの体内には超高濃度のエーテル流体が巡っているので、体液にも濃度の高いエーテル、及びマナが含まれていて、その効能を分泌時に調整すれば殺菌・消毒の効果が……」

「まあいい。大したことがないなら、さっさと先に進むぞ」

「最後まで話を聞いてください! ご主人様!」

「その呼び方はやめろ」

 

 などと言い合いつつ、浬らは歩を進めていく。

 

「あそこの二人は楽しそうねぇ」

「なかよしさんですね」

「む、私とコルルも仲良しだよ! ね、コルル!」

「仲良しか……改めてそう言われると、ちょっと照れるな。けど暁はオレのダチで仲間だ。それは確かだぜ!」

「だーよねー!」

 

 満足そうに笑う暁。

 形は違えど、二人とも、それぞれのクリーチャーと良好な関係を築いている様子だ。

 

「なんだか……いいですね、ああいうの」

「私たちにもあんなのが付くのかしらね。楽しそうではあるけれど」

「案ずることはないよ。これから、そのクリーチャーを目覚めさせるんだから」

 

 一行で唯一のクリーチャー――ただし姿は人間とほとんど変わりない――であるリュンが言った。

 秩序を失ったこの世界に安寧をもたらす者、神話のクリーチャー。

 かつてこの世界を統べていた神話の遺産、語り手と呼ばれるクリーチャーを目覚めさせることが、今の彼女らの使命だった。

 もっともその使命は、一方的にリュンから押しつけられたものであり、当人たちはあまりその実感はないのだが。

 それでも、最終的に彼女たちはそれを受け入れた。目的も思想もバラバラではあるが、その結論だけは同じだ。

 一寸先も不明瞭な闇の中を、一行は進む。腐った床を踏み抜かないように、そろりそろりと、慎重に歩を進める。

 この暗夜の森の如き廊下は、いつまで続くのか。ただひたすらに、一行は暗中を進み続けていた。

 互いの姿すら見えず、気配だけで把握しているような状態で、ほんの僅かに、少しずつ、前進している。

 

「……退屈!」

「あきらちゃん……」

「真っ暗でなんにも見えないしねぇ。進行もゆっくりだし」

「こんなちまちま歩いてたら日が暮れちゃうよ!」

「陽が出てないから暗いんだろ」

「そもそもこんな真っ暗で、どうやってその語り手とやらを探すつもりだったのよ」

「そこまでは考えてなかったね」

「……こいつ、大丈夫か?」

 

 浬は訝しげな視線をリュンに向けるが、暗闇なので、当然その視線は伝わっていない。

 

「この屋敷のどこかに、月影の語り手がいる……と、思うんだけどね」

「つきかげ……お月様の影、ですか?」

「古典だと月の光のことだったと思うが」

「それが今回の目的なのね」

「言ってなかったかい?」

「一言も言ってねぇよ」

「そうか。ならちょうどいい、今からちょっと話そうか」

 

 浬の非難のこもった言葉に対しても、まったく悪びれずに、リュンは語り出した。

 月の光を讃えた――月影の神話について。

 

「月影神話。闇文明を統治する十二神話の一柱だ。苛烈で我儘で、慈悲も情けもない。機嫌を損ねれば四肢をもがれ、反逆すれば頭を吹き飛ばされる。ともすれば邪悪ともされるほど、かの神話は凄惨だったらしい」

「え、なにそれ。怖い」

「統治者に向いてないだろ、その性格は」

「人格について賛否があったらしいけどね。でも、それ相応の能力があったということだよ。それに月影神話も、ただの暴君というわけではない。少なくとも彼女は“命”に関しては、強い拘りがあったようだけど」

「命……ねぇ……」

 

 闇。黒。

 それは死と近い色だ。現世の向こう側、空想の虚無の世界を思わせる。

 この世界の命は、人間の世界の命よりも、軽い。

 簡単に死ぬし、地球ではほぼあり得ない死者の蘇生さえも、容易く行ってしまう。

 そんな世界において“命”に拘るとは、どういうことなのか。

 月影神話の片鱗さえも知らない彼女らには、それを知る術はなかった。

 

「また彼女は弓の名手で、彼女の放った魔力を込めた矢は、一発必中にして生者必滅、一撃必殺の魔矢だったらしいね」

「弓? 部長の名前もそんな感じだったね」

「沙弓、ね。まあ関係ないけれど。それより、彼女ってことは、その神話とやらは女神様だったのね」

「神話の方はね。まあ、彼女については色々と複雑な経歴があるんだけど……その辺は、僕よりもコルル君の方が詳しいんじゃないかな?」

 

 そう言って、リュンはコルルへと話を振った。

 なぜそこで、火文明の神話の語り手であるコルルなのか。

 それは、彼が太陽神話の語り手であるから。

 月が輝く理由であり、月と並び立つの当然、太陽に他ならないからだ。

 

「なにせ月影神話は、太陽神話と双子の兄妹だからね」

「そりゃそうだけど……オレ自身は兄妹でもなんでもねーしなー。それに、なんか昔の記憶ってちょっと曖昧なんだよな」

「そうなの?」

「エリアス。お前もか?」

「えぇ、お恥ずかしながら……記憶のバックアップはなぜかロックが掛かっていて、起動できませんし……」

「コルルもエリアスも、昔のことを忘れているってこと?」

「厳密には、おぼろげには覚えています。自分の主がどういう方だったのか、とかは。えぇ、それはもう、嫌というほど覚えていますとも! あの変態のことは!」

「落ち着け」

 

 興奮するエリアスを、浬はカードに仕舞い込んで宥める。

 宥めたというより、黙らせた、と言うべきだろうか。

 

「オレもそのへんは覚えてるぜ。けど、なんつーのかな。神話がまだ存在していた頃、オレたちがなにをやってたのか、他の神話のこととかは、あんまり覚えてないんだ」

「そういえば、コルルはエリアスのことを知らなかったわね」

「あ、それはわたしがほとんど研究所にこもっていたことも関係するかと思います」

「引きこもりだったのか」

「な……っ! し、心外です! わたしはそもそも裏方で、前線に出るタイプじゃないと言いますか、わたしもわたしでやることがたくさんあったんですよ!?」

「なんにせよ、あまりお互いのことは知らない訳ね。もしかしたら面識すらもなかったのかしら?」

「かもしれねーなー。ま、こうして出会ったわけだし、昔がどうとか、関係ねーけどな」

「き、記録が閲覧できないので、確かなことは言えません……」

「…………」

 

 昔のことを忘れているというコルル、エリアスの話を聞き、リュンは思案する。

 記憶の欠落。それは長く眠りについていた弊害なのだろうか。時間をかけすぎてしまったせいで、記憶さえも摩耗してしまったのか。

 完全に失われたわけではなく、覚えていることもある。ただ記憶が曖昧なだけということは、単純に忘却しただけであるとも考えられる。

 しかし、

 

 ――記憶のバックアップはなぜかロックが掛かっていて、起動できませんし……

 

 賢愚神話の語り手であれば、そういった機能があってもおかしくはない。けれどそれにロックが掛けられているというのは、どういうことだろうか。

 わざわざ自らの機能に制限をかけるなどあり得ない。暴走の可能性があるのならともかく、記憶装置にロックを掛ける必要なんてないはずだ。

 つまり、彼らの記憶の欠落は、作為的なものだと考えられる。

 何者かが、彼らのかつての記憶を封じたのだ。

 一体誰が、なんのために……?

 ――場合によっては、そっちの調査もしなければいけないだろうか。

 

「やれやれ……これは、僕一人じゃ手が回らないかもね」

「ん? リュン、なにか言った?」

「なにも。それよりも本当に暗いね。ここはどこだい?」

「お前それ本気で言ってるのか?」

「そう思うのなら、明かりくらい用意しておいて欲しかったわね」

「オレは明かりを灯せるぞ。太陽神話の語り手だからな。火と熱と光はオレの力そのものだ」

「わたしも、発光物質を調合することはできますよ?」

「そこで張り合うのね」

「というか、なぜそれを言わなかった。最初からわかっていれば、こんな暗闇を歩くこともなかっただろうが」

「そ、それは……素材がないので、代用品としてわたしのマナを消費しなければ調合できませんから……わたしの力が低下すれば、いざという時にご主人様をお守りできません。いつ何時、クリーチャーの襲撃があるとも限りませんので」

 

 エリアスの言う通り、ここは長らく放置されている廃屋。

 どこかにクリーチャーが潜んでいた襲ってくる可能性は否定できない。

 

「わたしが目覚めた時のように、神話が用意した防衛機能として、クリーチャーが配置されている可能性もありますからね」

「あれはお前が勝手に防衛機能とやらを暴走させただけだろうが」

「それは……そう、ですけど、ちょ、ちょっと間違えちゃっただけですよ!」

「ま、エリアスにはあまり任せられないってことね」

「オレも明かりを灯すのにはマナがかかるんだよなぁ。ずっと点火し続けるのは疲れるんだ。この身体だと、どうも力が足りなくてなぁ」

「ふぅーん。でも明かりは欲しいよね。ゆずなんて、暗いとこ苦手じゃん? さっきからずっと黙ってるし、怖くなっちゃった――」

 

 と、そこで。

 一同は気づいた。

 奇妙な違和感。

 なにかが欠けている。なにかが足りない。

 あまりにも、静かすぎる。声を殺している、どころではない。

 柚の声がまったく聞こえてこない。

 

 そう、まるで――“この場にいない”かのように。

 

「ゆず……?」

「コルル! 明かりを灯して! 急いで!」

「お、おう!」

 

 沙弓の声に、コルルは素早く自身の手、そして両翼に、炎を灯す。

 強い火ではなかったが、それは確かな光を周囲に届かせ、辺りを強く照らし出す。

 それはまるで、小さな太陽の如きだった。

 ぐるりと、見回す。

 一人一人、確認する。

 暁、浬、沙弓、リュン、コルル、エリアス。

 

 ――柚がいない。

 

 正面の廊下の先はずっと続いており、太陽すらも照らしきれない闇が広がっており

 ここまで進んできた後ろの廊下には、誰もいない。横に扉のようなものがいくつか並んでいるが、少なくとも柚の姿はなかった。

 瞬間、暁は駆け出した。

 

「……ゆずっ!」

「オレも行くぜ、暁!」

「! 待ちなさい! 単独で行動しちゃ――!」

 

 沙弓が止めるよりも早く、暁は走って行ってしまう。

 すぐにコルルの灯火も闇に飲まれて、暁の姿を見失ってしまう。

 

「……集団行動のできない奴だな」

「友達がいなくなったのよ。仕方ないわ。それより……どうするべきかしら」

「そもそもあいつは、どうなったんだ? ただはぐれた、というわけではないだろ」

「それはさっきエリアスさんが言ったとおりだよ――クリーチャーだ」

 

 リュンの言葉に、空気が張り詰める。

 ここで初めて“敵”の存在が、輪郭を持ち始めた。

 

「ただし、恐らくは月影神話の用意した衛士ではなく、廃墟になったこの屋敷に入り込んだ不法侵入者だろうけどね」

「なぜそう思う?」

「ここは月影神話のプライベートな屋敷だからだ。退去したとはいえ、そこに番人を立てるような無粋な真似はしないだろう」

「そうなのか?」

「あぁ。それに、月影神話は残酷ではあったけど、狡猾ではなかったからね。一人だけ攫って身を隠すなんてせせこましいこともしないだろう」

「ふぅん。ま、そこはあんまり重要じゃなさそうね。問題は、彼女がどこに連れ去られてしまったか。クリーチャーの居所よ」

「あいつを追うか?」

「それもいいけど、今から追いかけるよりも、手分けした方が手っ取り早そうね。幸い、あの子には明かりも、戦う力もある」

「えぇ、コルルさんなら大丈夫でしょう。純粋な力なら、わたしよりもよっぽど強いです。まあ、わたしはどちらかと言えば頭脳労働専門なので、単純な力比べでは能力の差異は判断できませんが」

「いちいち張り合うな。とりあえず部長の案には俺も賛同する。語り手とやらも探す必要があるしな」

 

 柚が消えた原因が、外からのクリーチャーであれば、語り手のクリーチャーの力も借りることができるだろう。

 それに月影神話と密接に結びついたクリーチャーであれば、この屋敷にナビゲートにも役立つはず。分散するリスクはあるが、語り手を探す意味も含め、捜索範囲を広げる意義は決して小さくない。

 

「よし、それじゃあこっちはこっちで捜索開始だ。エリアス、明かりを灯せ。今は時間が惜しい。力の温存なんてしている場合じゃない」

「承りました、ご主人様」

 

 エリアスはスッと小さな手を突き出すと、その指先が発光し、光は質量を持っているかのように、形があるかのように、ふわりと宙に浮く。それが光源となり、ランタンのように辺りを照らした。

 その明かりを頼りに、浬と沙弓、エリアスにリュンの四名は、暁たちとは違う闇へと進み出す。

 

 

 

 

 

 

「ゆず! ゆずっ! どこにいるの! ゆず!」

 

 どれだけ走ったのかわからない。最初からそんなものは考えていない。

 暁の頭にあるのは、親友のことだけだ。彼女の安全を祈り、一刻も早く見つけ出そうという気概と、焦りだけだった。

 暗闇の中、微かな太陽の明かりを頼りに、彼女はがむしゃらに駆け回る。

 

「暁! こっちだ!」

 

 コルルがひとつの扉の前まで暁を招く。

 暁はその扉を乱暴に蹴破って、中へと飛び込んだ。

 

「ゆず!」

 

 そこは広間のようだった。薄暗いが、他の部屋よりも比較的明るく、辛うじて部屋の奥まで見通せる。

 天井には二度と明かりを灯せなくなったシャンデリアが、首吊り死体のようにぶら下がっており、床にはその残骸の欠片が、他にも存在したであろう家具や調度の数々と共に、無造作に散っていた。

 代わりの光源は部屋に備え付けられている燭台。頼りない蝋燭が、仄かにこの部屋を照らしている。

 そして、荒れ果てた部屋の中で、不自然なほど真新しい物の数々が、そこかしこに散乱していた。

 いくつものベッドが並び、壁にはなにか白いものが掛けられている。よく見れば壁際の床には、布に包まったなにかが転がっている。

 いくつかある台の上には、見たことのある、あるいは見たこともないような金属の器具が並んでいる。

 暁は、部屋の中央。他のベッドとは少し違う寝台のようなもの――周囲にはよくわからない機械のようなものがいくつも鎮座している――の上で眠る“彼女”の姿を捉えた。

 

「ゆず! やっと見つけた――」

 

 と、眠る彼女へと駆け寄ろうとした、その時だ。

 

プスリ

 

 首筋に、突き刺すような微かな痛みが走った。

 

「っ、痛……っ!?」

 

 なにかが近づいている。おぞましいものが纏わりつくような感覚。

 咄嗟に振り払い、跳び退る。

 ――誰かみる。

 薄暗い部屋では輪郭がぼやけていて、その姿を明瞭に認識することはできない。

 しかしそれが友好的な存在ではないだろうことは、直感的に理解できた。

 

「なに……なんなの! ゆずになにをしたの!」

「なに、ですか。それを手短に説明するのは難しい。あなたは非常に興奮している。逆上した相手に、論理的な会話をすることはとても難しいのです。特に火文明は野蛮ですからね。会話が成立しないことさえ珍しくない始末です」

 

 薄闇の中で、冷たい声が響く。

 その声は遠く、なぜか上手く聞き取れない。

 

「なにを……!」

「あぁ、そうそう。あまり興奮なさらないように。興奮は血の循環を早めますよ?」

「なにを……言って……」

 

 そういえば、コルルがいない。姿が見えない、声も聞こえない。

 

「今のあなたの“症状”も含めて、わかりやすく言うならば、そうですね」

 

 それどころか、相手の声さえ聞こえず、姿さえも、どんどんぼやけている。

 足下がふらつき、なにも感じられなくなって、思考が、止まって――

 

 

 

「麻酔を、打たせて頂きました」

 

 

 

 ――そこで、暁の意識は途絶えた。

 バタリと、力なく腐った床へと倒れ伏す。

 

「新たな検体、さらに二つ入手。本日はとても良い日だ」

 

 “それ”は、手にした針を投げ捨てると、もう片方の手で暁を乱暴に抱え上げる。

 さらに向かいの手には、暁と同じように意識を砕かれたコルルの姿があった。

 

「さて、それでは早く施術の準備をしましょうか」

 

 そう言って暗闇の中の影は、暁とコルルをベッドに放ると、闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

「――次はここか」

 

 暁とは別行動を取った浬たちは、別ルートから屋敷を捜索していた。

 入念に、しかし迅速に、屋敷を見て回ったが、彼らもいまだに柚も、語り手も発見できずにいた。

 それでも諦めずに捜索を続ける彼らが次に入ったのは、書斎のようだった。かなり広い。

 壁際に寄せられたいくつもの本棚。奥には足が折れ、ボロボロに崩れ去った机の残骸が見える。

 どれもこれも埃をかぶり、酷くボロボロで傷んではいるが、本棚は形を保っており、棚に収まっている本も、崩れず読める程度には劣化していなかった。

 

「それでも酷いものね。こんな保管の仕方、見る人が見たらブチ切れるわよ」

「そもそもこの世界にも、本ってあるんだな」

「ありますよ? 文芸も芸術ですからね。クリーチャーだって芸術を楽しむのです。情報の保管形態としては、恐ろしく原始的ではありますけど」

「お前は上げたいのか下げたいのかどっちだ」

「わ、わたしは事実を述べているだけですよっ?」

 

 などと言いながらも、一行は書斎の中を捜索する。

 浬は本棚に怪しいところがないかを調べつつ、適当な本を一冊、手に取った。

 

「読めん……」

 

 しかしその本は、浬の知らない文字で書かれており、まったく意味がわからなかった。

 当然ながら漢字やひらがなではない。アルファベットやハングル、象形文字の類でもなさそうだ。

 まったく未知の文字、未知の言語で書かれている。恐らくは、このクリーチャー世界独自の文字なのだろう。

 

「本になにか手掛かりがあるやもしれんと思ったが、読めないのでは話にならないな」

「ご主人様、それが読みたいのですか?」

「そういうわけではない。興味がなくもないが」

 

 クリーチャー世界の文学、思想、文化。

 それらを知ることができる書物というものに興味はあるが、そもそも文字が読めなければ、その興味が実ることはない。

 と思ったが、

 

「読みたいのであれば、わたしが訳しますが」

「あぁ……そうか。お前はクリーチャーだったな。この世界の者なら、読めるのか」

「火文明の野蛮な方々とか、読めない方も多いですけどね。ですがわたしはこう見えて頭がいいのです。言語くらいいくらでも習得していますとも」

「お前そのたびたび入る自己主張はなんだ。ウザいぞ」

「ウザい!?」

「まあいい。これはなんの本だ? なんて書いてある?」

「えっと……これは、薬術に関する書物のようですね」

「? やくじゅつ?」

「薬品に関わる情報をまとめたものです」

「あぁ、薬か」

 

 思ったよりも普通の本だった。

 クリーチャー世界などという、人間とはかけ離れた世界の書物なのだから、どんな奇天烈なものかと思ったが、少々肩透かしだ。

 

「しかし……この本は特に、精神に関わる薬について書かれているようですね」

「精神に? 麻薬か?」

「そういうのもありますが、もっと限定的なものが主のようです。えぇっと、ご主人様に伝わるような表現をするなら……惚れ薬、でしょうか」

「……は?」

「媚薬と称してもいいのですが、あれは肉体にへの作用が主で、精神干渉は副次的なもの、結果に過ぎませんからね」

「いや、待て。ここは月影神話とやらの屋敷なんだよな」

「そのようですね」

「惚れ薬ってなんだよ……」

 

 神話などというから、どんな大仰なものかと思ったが、途端に俗っぽく感じられた。

 いや、意中の相手の気を引こうとしたり、強引に求婚するのは、浬らの世界の神話にはよくあることだが。

 エリアスはふよふよと浮かび、また別の本を引っ張り出した。

 

「こちらの本は、いわゆる心理学の本ですね」

「そう聞くと普通だな」

「それにしても、この館の主は、随分と狭い分野を究めようとしていた方のようですね」

「どういう意味だ?」

「この本ですが、血縁のある相手を対象とした恋愛心理――いわゆる近親相姦に至る心理について書かれています」

「…………」

 

 浬は絶句した。半ば呆れてもいる。

 ――ここの神話とやらは、一体何者なんだ。

 そしてその語り手とやらについても、少し恐ろしくなった。

 

「こちらは……変身術についてですか。対象の肉体の一部を触媒にして、その相手に成り代われるというあれですね。いははや、なんとも時代遅れな技術です。わざわざ相手に接触しないと変化できないなんて」

「もういいだろ。本そのものに手掛かりはなさそうだ。時間もない、とっとと別の場所を調べるぞ」

「あ、ごめんなさい……どうにもこう、知識が貯蔵されているような場所ではテンションが上がってしまって……」

「……いい。俺も、似たようなものだからな」

 

 図書館など、本に溢れている場所で興奮してしまう。表には出さないが、気分は昂ぶる。

 そこに無限の知識があるのならば、食いついてしまう。自分も、そういうものだ。

 浬はそんなことを考えつつ、手にした薬学の本を棚に戻す。

 そこで、自分の手を見る。

 

「……?」

「どうかしましたか? ご主人様?」

「……埃がついていない」

「はい?」

「俺の手に、埃がついていない」

 

 長い間、放置され続けていたはずの本に触れても、触れた手に埃がついていない。

 もう一度その本を手に取って、再認識する。

 

「この本、埃をかぶっていない」

「……失礼します、ご主人様」

「あぁ、頼む」

 

 浬はエリアスに本を渡す。

 エリアスはそれを検分して、すぐに結論を出した。

 

「間違いありません。この本、ここ最近に読まれた形跡があります」

「この屋敷が使われなくなるよりも前か」

「恐らくは」

「ふむ……」

 

 浬は本棚をザッと見回す。

 よく見れば、埃をかぶっていない本がいくつか散見された。

 その中には、先ほどエリアスが引き抜いた本もあった。

 

「この屋敷に何者かが侵入しているのは確かだが、そいつはここで本を読む余裕もあった。それほど長くここに居座っているということか」

「見たところ、医術や生物に関する本が多いですね」

「成程……敵の姿が少しは見えてきた、か……?」

 

 それがわかったところで、どうにかなるとも思えないが、多少の心構えはできる。

 そこで沙弓がこちらに駆け寄ってきた。

 

「カイ、そっちはなにか見つかった?」

「役に立つかどうかはわからんが、それなりにわかったことはある。そっちはどうだ」

「机の残骸からメモを見つけたわ」

「あれを掘り起こしたのか?」

「骨が折れそうだからそこまではやってないわ。ただ、たまたま手前の方に紙片が挟まってたから、引き抜いてみたのよ。内容は読めなかったけど」

 

 沙弓はひらひらとボロボロの紙片を見せつける。

 

「エリアス」

「はい。今、読み上げますね」

 

 エリアスは沙弓から紙片を受け取り、それに目を通す。

 

「あ、これ……」

「なんだ?」

「語り手の封印場所について書かれてます」

「随分とダイレクトね」

「けれど……」

「どうした?」

「その……情報が不明瞭で、どういうことなのか、よくわからなくて……」

「情報が不明瞭? どういうことだ? 具体的に言え」

「月影の語り手の封印場所ですが、この書斎から向かえる場所のようです。この部屋に隠し扉があることは確実ですね」

「それ、こんなわかりやすいメモに残してていいのかしら」

 

 隠し扉があるわりに、その在処まで記してしまうのは、用心深いの不用心なのか。

 

「しかし、その隠し扉の場所なのですが……「お兄様の日溜まりの陰」と」

「は?」

「お兄様……っていうのは、双子の兄とかいう」

「はい、太陽神話のことだと思われます。しかし日溜まりの陰とはなんのことなのか……」

「なにかの暗喩なのだろうが……」

 

 それがなにを意味するところなのかは、わからない。

 太陽神話の日溜まり、その陰。つまりは日陰。

 しかしこの屋敷は常闇の空に覆われており、日は当たらない。元からすべてが影に飲まれているのだから、日陰など最初から存在しない。

 

「日陰……日陰のある場所か。明かりを灯せば光が生まれるから、どこかしらに陰はできる。この部屋に燭台などはあるか?」

「見たところはなさそうですね」

「リュンならなにかわかるか?」

「ん? 呼んだ?」

 

 本棚を適当に物色しつつ、壁の裏になにかないか探っていたリュンが、こちらに顔を向ける。

 

「お前は太陽神話の日溜まりの陰とやらがなにか、わかるか?」

「あぁ、それか。話は聞いていたよ。さっぱりだ」

「使えねぇ……」

 

 どうやらリュンは、さっぱりわからないから、虱潰しに探しているらしい。

 とはいえこんなメモを残して、入口を隠蔽しているくらいだ。そう簡単に見つかるようなものではないだろう。

 逆に言えば、このメモの謎さえ解ければ、語り手とやらは見つかるはず。

 浬はこのなぞなぞのような手掛かりの意味を考え続ける。可能性はいくらか見つかるが、どうにも決定的ではない。

 いっそのことすべて試してしまうか、と時間経過のことも考えて、次善の手を打とうと考え始めたあたりで、隣の沙弓が口を開いた。

 

「ねぇ、それは本当に「お兄様」って書いてあるの? 「兄」とか「太陽神話」ではなく」

「はい、そうですね。「お兄様」と書かれています」

「それを確認する意味ってあるのか?」

「勿論。カイ、仮にあなたに可愛い妹がいるとして、その子がお兄様、なんてあなたを呼んだとしたら、どう思う?」

「なに言ってんだあんた」

「『まさかこの女、俺のこと好きなのか?』って思うわよね」

「思わん」

「つまりそういうことよ」

「いやどういうことだよ」

 

 意味不明だった。

 沙弓が答えを明確にせず、焦らしていることは明白だった。

 書斎の調査を始めてからかなり時間が経っている。それは彼女もわかっているはずだ。

 故にそれは、単なるポーズ。沙弓はもう、答えに辿り着いている。

 あとはそれを、実証するだけだ。

 沙弓はエリアスを手招きしつつ、部屋の奥へと歩を進める。

 

「リュンは、月影神話は苛烈で残酷な神話だった、って言ってたわね」

「あぁ、言ったね」

「きっと気の強い女性なのでしょうね。一方で、双子の兄を「お兄様」と呼んでいる。つまり兄に対しては腰が低い……いえ、慕っているのかしらね?」

 

 浬はふと、先ほど取った本のことを思い出した。

 主に惚れ薬に関する薬術の書物、近親相姦の恋愛心理の書物。

 わざわざそれらを書物として所有しているということは、それらの知識や技術を“使う”ことを想定したのだろう。

 そこから推察するに、月影神話とやらは、かなりの偏愛を抱えているように思えた。

 

「メンヘラなのかヤンデレなのか、まあその辺はどうでもいいんだけど、それなら一つくらいは、あると思うのよね。ここは書斎だし」

「あるって、なにがだ?」

「“観察日記”」

 

 言いながら、沙弓は乱暴に机の残骸を蹴り飛ばす。執拗に、何度も何度も、掃除でもするかのように。

 木片が散る。腐りかけた木製の机だったものは木っ端となり、木屑と成り果てながら、その中身を露出させる。

 果たして沙弓の言っていたものは――あった。

 それは本だ。ただし他のほんと違い、鍵の付いたカバーで覆われている。

 

「見た目からしてたぶんこれね。でも、鍵が掛かってるか」

「わたしにお任せください。わたしのマナから特殊な合金を生成して、鍵穴に流して固めます」

「即席の合鍵を作るのね。あなた本当に便利ねぇ」

「合鍵というか、それはほぼピッキングじゃないか?」

 

 だからといって止める気はないが。

 エリアスが水銀のような液体を鍵穴に流し込む。それはすぐに凝固し、鍵穴ピッタリな鍵となる。

 それを回すと、カチャリ、と音が鳴って鍵が開く。

 開いた中身をエリアスに読ませる。彼女はパラパラと何ページか閲覧し、顔を上げた。

 

「た、確かにこれは……月影神話の視点で太陽神話を観察した記録のようです……文体は日記のようですが」

「やっぱりね。色々話を聞いてて、そんな感じの性格してそうって思ったのよ」

「成程な。だが、そんな日記を発掘したからなんだというんだ」

「私は楽しいことはやるけど、無駄なことはしないのよ。さて、隠し扉の居場所はどこだったかしら?」

「太陽神話の日溜まりの陰、だろ」

「違うわ。お兄様の日溜まりの陰、よ。陰がなにかは一旦置いておいて、じゃあ、お兄様の日溜まりってなにかしら?」

 

 太陽神話の日溜まりの陰、と考えていた浬は、それを日陰だと推理した。

 しかし沙弓はもっと文面そのものを捉えていた。

 あのメモの書き手は月影神話。そして月影神話は「お兄様の日溜まり」と表現した。

 その短い文には、太陽神話に対する敬意、思慕、あるいは偏愛が感じられる。

 

「日陰とかじゃなくて、わざわざ「お兄様の日溜まり」なんて詩的な表現しているのだもの、そこに意味があると考えるべきなのよ」

「じゃあ、その日記が「お兄様の日溜まり」なのか?」

「たぶんね。日溜まりなんて可愛い表現しているくらいだし、きっと彼女にとって、心の支えか、癒やしだったのでしょうね」

「……敵わんな」

 

 浬は嘆息する。

 知識も、頭の回転も、論理的思考力も、年上の彼女に負けているつもりはなかった。

 だが“相手の心理を読み取る”という対人技能に関しては、彼女には敵わない。

 ひたすら自らの限界(ハイスコア)を更新し続けようとする浬と、ただ純粋に目の前のプレイヤーを蹴落とし続けてきた沙弓とでは、技能の性質が違う。

 今回は対人戦に慣れた彼女に、先に答えを出されてしまった。

 ……まさか、ここにいない人物の心理を、想像だけで読み取ってしまうとは思わなかったが。

 

「いやいや、わりと当てずっぽうだったわよ? 話を聞く限りでは、凄いわかりやすそうな性格してたけど、それは表面上の性格で実は~みたいなこともあり得たわけだし」

「そんな不確かな答えを自信満々で語ってたのかよ」

「間違えたらやり直せばいいのよ。ゲームってそういうものだしね」

 

 さて、それでは次のステップだ。

 日記が「お兄様の日溜まり」だとして、ではその陰とはなにか。

 当然、沙弓はその答えにも至っていた。

 沙弓はカツカツと足の爪先で机の残骸があった床を叩く。

 

「感触は微妙ね……まあでも、たぶんここでしょう?」

「……まさか、床下か?」

「この日記は机の残骸に埋もれてた。きっと、引き出しにでも入れていたのでしょう。この日記の陰と言えば、それくらいしかないわ」

「あ、日記の中に鍵がありましたよ」

「リュン、そっちの方はなにかあった?」

「なにも。本棚の裏はすべて確認したはずだけど、それらしいものはないね」

「となると、やっぱりこの床を抜くしかないわね」

「生身では危険です。わたしがやりましょう」

「あら? 大丈夫?」

「大丈夫です。確かにわたしの力は貧弱ですが、これでもクリーチャーですからね。ちょちょいっと武器を鍛造して、ぶち抜きます」

「力技かよ」

 

 エリアスは先ほど鍵を生成した時のように、流動する水銀のような金属を瞬時に固めた。

 そして、ハンマーのような形に固まったそれを、机の残骸が積もっていた床へと振り下ろす。

 すると当然、床板は木っ端微塵に砕け散り、粉々になる。

 大きく穴の空いた床から顔を覗くと、その下には、地下へと繋がる扉があった。扉には錠前が付けられている。

 日記の中に隠されていた鍵を差し込むと、カチリと嵌まり、鍵が開いた。床下の扉を開けると、地下の闇の中へと梯子が伸びていた。

 

「ようやく見つけたわ。この先ね」

「しかし、随分と厳重だな」

「わたしの眠っていたところだって、厳重なセキュリティで保護されていたんですよ? 月日が経ちすぎて、ほとんど劣化してたり、機能停止したりしてましたけど……」

「アナログの方がかえって長持ちしたってことね。じゃあとりあえず、私が先行するわ」

「大丈夫か?」

「ここまで来たら大丈夫でしょう。それにほら、私スカートだし」

「今更それを気にするのか……ここまで暗いとなにも見えんだろ」

「あらら、カイはそんなに私のスカートの中が気になるのかしら?」

「うるせぇとっとと行け」

「まあ私、今日はストッキングなんだけど」

 

 などと悪戯っぽく微笑みながら、沙弓は梯子に手を掛ける。

 浬とリュンもその後に続き、一同は地下の闇の中へと、吸い込まれるようにして落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 時間感覚も、空間把握も狂いそうになりながら、長い長い梯子を下りると、開けた場所に出た。

 なぜかそこだけは明るく、部屋全体が見通せる。

 壁画のような、絵のようななにかが描かれ、幾何学的な紋様が走っている。

 そして部屋の中央は、祭壇のように隆起しており、台座のような者が見える。その上には、円柱の先端が円錐状になっている、銃弾のような形の、真っ黒な“なにか”が置かれていた。

 

「……エリアスのパターンだと、あれに月影神話の語り手とやらが眠っている訳か」

「そうでしょうね。今更だけど、これ、私でどうにかできるのかしら? リュンは、目覚めさせられる人間と語り手は対応してるみたいなこと言ってたし、実はあの子じゃないとダメだったりしない?」

「そこは問題ないよ。沙弓さん、月影神話はあなたと波長がもっとも近い」

「あらら、そうなのね。それじゃあ問題はないかしら」

 

 沙弓は迷いなく台座へと進み出る。

 そして、漆黒の銃弾の前に立った。

 

「触るだけでいいのよね」

「あぁ。触れるだけでいい。それだけで、語り手は目覚める」

「そう。じゃあ、遠慮なく――」

 

 沙弓は迷いなく、“それ”に手を伸ばす。

 期待と、楽しさ、恐怖と、おぞましさを混ぜ込んだ、不確かな混沌を見て。

 意志のない陰謀が渦巻くのも厭わず、巧緻なる情動を振り切って、歓楽と合理に基づいて。

 沙弓は、銃弾に触れる。

 刹那。

 月影の殻が、破れる。

 瘴気と煙を発しながら、月影の殻が綻び、破れる。そして――

 

 

 

「――あぁ、目覚めたのか」

 

 

 

 物静かで、気怠げで、気取ったような、冷徹な声。

 黒い瘴気と煙が雲散霧消する。その中から現れたのは、コルルやエリアスと同様に、二頭身の体躯をした人型の生命。

 それは、本来なら目元を覆うだろう仮面を、まるでサングラスでも掛けるかのように額にまで押し上げ、その下の鋭い眼光が浮かび上がる。

 背中には蝙蝠の如き翼。口元には小さな牙が覗き、悪魔的な印象を与えた。

 

「眠りすぎて、少し身体が怠いな。さて、俺は一体どうして目を覚ましたのか」

 

 そのクリーチャーは、目の前の沙弓に視線を向ける。

 ジッと、まっすぐに、舐めるように、眺めていた。

 

「な、なに?」

「いや、いい女だと思ってな。身体は貧相だが顔は悪くない。全体的なバランスも取れている。クールだ」

「は?」

「さて、状況を見るに、お前が俺を目覚めさせたのか。いいぞ、美女の手で目覚めるというシチュエーションは悪くない」

「あ、これハズレね。カスレア引いたわ」

「おい部長」

 

 沙弓のあんまりな言動に、浬が突っ込む。

 が、出会い頭にセクハラまがいの言葉をふっかけた相手も相手ではある。

 

「ハズレ、か。確かに俺なんぞと縁を結んだお前は、とんだ貧乏くじを引かされたようだな。まあ、精々上手く使え」

「なにこいつ……」

 

 仮面を目元に下ろしながら、自嘲的に、そのくせ高慢に、ドライゼは言った。

 いきなり口説いてきたと思ったら、妙に自分を卑下する。なのに言動はやたらと自信満々だ。

 あらゆる意味で、まるで底が見えない。なにを考えているのかわからない。

 心の在処が、闇の中にでもあるかのように、見通せない。

 

(こいつ、なにを考えてるのかしらね……)

 

 対人ゲームは、心理戦は得意なつもりだったが、このクリーチャーの心理はさっぱりわからなかった。

 目的も思想も図りかねる。なにを意図して行動し、発言しているのか、まるで不明だ。

 それは、彼の仮面がそうさせているのか。

 それとも――

 

「女。名はなんという」

「……沙弓よ。あなたは?」

「ドライゼだ。《月影の語り手(エクリプス・ストーリー)月影の語り手 ドライゼ》。月影神話の語り手、などというものにされてしまった、哀れな男だよ」

「あらそう。なら私は、そんな哀れなキザ男を引いちゃった哀れな女かしらね」

「成程。なら哀れ者同士、よろしく頼む」

「えぇ、ごめんこうむるわ」

「いやいや、ごめんこうむらないで。語り手をその辺に放るわけにはいかないんだから」

「わかってるわ。今のは言葉の綾よ」

 

 ちょっとした冗談だから、と沙弓は笑う。

 どこまでが冗談なのか、わかりにくい笑みだったが。

 

「……なにやら屋敷が騒がしいな」

「そう? なにも聞こえないけど」

「物理的な音でや振動ではない。気配、あるいは匂いだ」

「匂い?」

「あぁ。なんとも臭い。利己的な悪意の匂いで、空気が澱んでいる。どうやら俺が寝ている間に、“あいつ”の巣に潜り込んだ鼠がいるようだな」

 

 ドライゼは腰に付けたホルスターに手を伸ばし、黒い鉄の塊を引き抜いた。

 それは拳銃だ。ドライゼは二挺の拳銃を手に、言った。

 

「鼠駆除だ。お前たちも手伝え。そのために、ここまで来たのだろう?」

「いや違うけど」

「なに? そうなのか? だが手伝え」

「厚かましい奴ね、まあいいけどね。私にも、可愛い可愛い後輩が待ってるもの」

「……成程。やはり俺と同じか。お前とは気が合うな」

 

 どこか遠くに視線を向けて、小さく呟くドライゼ。

 彼はすぐに顔を上げると、背後の壁へと向かっていった。

 

「さて、鼠駆除には殺鼠剤と毒餌が必要だ」

「あら、そんな気の利いたものがあるの?」

「ない」

「おい」

「毒も薬もないが、代わりに俺たちには力がある。共に生きて、共に死んで、共に生を貪り、共に死を見届けた、亡骸のような同胞がな」

 

 それは、コルルやエリアスが呼び出したものと同じように、かつての月影神話の配下たるクリーチャーたちのことであろう。

 ドライゼは壁面をなぞる。すると、暗い光が、紋様に沿って奔る。

 

「起きろお前ら。死なないように死にに行くぞ――弔い合戦だ」

 

 刹那。

 壁面から、瘴気が、闇が――力が、放たれる。

 

「っ……!」

 

 なにかが沙弓に向かってくる。思わずそれを手に取った。

 それは、何枚ものカードの束だった。

 

「? 随分と珍奇な形になったな……あぁ、そうか。人間がこの世界に来た影響か」

「そのようです。この形状が、この方たちがわたしたちを使役する形態なのです」

「む、この感じは……そうか、賢愚神話の」

「はい。賢愚神話の語り手、エリアスと申します」

「ドライゼだ。ふむ、賢愚神話は見るもおぞましい聞くも気色悪い変態だったが、お前はなかなかどうして可憐ではないか」

「か、可憐……!? ど、どうしましょうご主人様……わ、わたし、そんなこと言われたの、は、はじめてで……」

「落ち着け。どうせ世辞だ」

「そうなのですか!?」

「いや、本心だ」

「どうせくだらない口説き文句でしょうから、気にしなくていいわよ」

「……俺の言動は妙な勘違いを生むようだな。困った。俺はどうすればいいのか」

「ならその口を閉じてなさい。くだらないこと言ってないで、早く行きましょう」

 

 沙弓はドライゼから託されたカードの束――デッキを握り締め、踵を返す。

 語り手は目覚めた。本来の目的は果たされた。

 ならばあとは、仲間を集めて、脱出するだけだ。

 

「RPGは町に戻るまでが冒険。遅くなっちゃったけど、皆で部室に帰るためにも、大事な部員を、助けに行きましょうか――!」

 

 

 

 

 

 

「ん、うぅ……?」

 

 混濁した意識が浮上し、暗闇の中、暁は目を覚ました。

 凄まじく頭が痛い。視界もぼやけており、身体が気怠い。

 とりあえず身体を起こそうとするが、身体は動かない。

 身体が重い――からではない。

 手が、足が、なにかに阻まれて動かせない。なにかが手首、足首を覆っている。

 無理やり引き剥がせないかと動かしてみるが、ガチャガチャとやかましい金属音が鳴るだけで、とても外せそうにはない。

 つまるところ暁は、枷を嵌められ、鎖で繋がれていた。

 

「な、なにこれ!?」

「おや、もう起きたのですか。薬物への耐性でもあるのでしょうか」

 

 闇の中で声が聞こえる。

 姿は見えない。暗闇のせいもあるが、襤褸のような外套を頭から被っており、顔が見えないのだ。

 

「面倒ですね。また麻酔を打たなければならないのですか……あなたの身体がどれほど頑丈なのかはわかりませんが、毒が溜まるのは私としても本意ではないのですが」

「ど、毒……!?」

 

 その物騒な単語に、暁は顔を青ざめる。

 そういえば、と意識が落ちる前の記憶を取り戻す。

 ――首に、なにか刺されたような……

 微かだが、首筋に痛みが残っている。

 それは、麻酔がどうとか言っていたが……

 

「麻酔ですよ。しかし詰まるところ、毒も薬も同じもの。これは眠剤ではないのです。何度も打てば、害あるものが体内に溜まるのは道理です。そういうものを使っています」

「……!」

「時間が経てば身体を蝕み、痛苦に耐えられず、苦悶の果てに息絶えることでしょう。そうなる前に、あなた方の身体は私の臨床実験のため、有効活用させて頂きますが」

「あなた方……?」

 

 まだ記憶が曖昧だ。けれど、すぐに思い出した。

 そうだ、自分がここまで来た理由が、あったではないか。

 

「ゆず! ゆずはどこ!」

「そういえば、あなたはそんなことを叫びながら突っ込んで来ましたね。あなたより前に捕獲した少女のことでしょうか? 安心なさい、彼女もここにいます。じきに、あなたと同じ末路を辿りますよ」

 

 声の主は冷酷に、淡々と言葉を紡ぐ。

 闇の中で、カチャカチャと、金属が擦れ合うような音が響く。

 臨床実験、という言葉の意味を暁は知らなかったが、なにか恐ろしいことをされる、ということだけは理解できた。

 早く抜け出さなくては。そして柚も助けなければ。

 と、手足に力を込めるが、身体に力は入らず、そもそも暁が全力を出そうと、拘束している枷も鎖も外せるとは到底思えなかった。

 

「そうだ! コルル! コルルなら……!」

「あなたと共にいたクリーチャーですか? あれも興味深い検体でしたね。放置すると危険そうだったので、厳重に拘束して床に転がしていますよ」

「そんな……」

 

 希望が断ち切られた。

 おぞましい気配が、暁に近い付いてくる。

 もう間もなく、“なにかされる”と予感できた。

 想像するのも恐ろしい、考えたくもない、凄惨な末路が。

 

「な……えっ、ちょ……っ!」

 

 服が捲られる。

 腹に恐ろしく冷たい、ザラザラとした気持ち悪い感触が、なぞるように触れる。

 

「やだ、気持ちわるっ……!」

「これ以上、あなたの脆弱な身体に変調を来しても困りますので、麻酔なしで執刀します。なに、どうせ死ぬのです。苦しむか苦しまないかの差しかありません。つまり、私には無関係です」

 

 声の主は告げる。

 暁は、暗闇の中でなにか光が見えたような気がした。

 僅かな光を受けて反射した、刃物のような、煌めきが。

 

「では、オペを開始します」

 

 無慈悲に、理不尽に。

 闇の中の刃は、暁の身体へと、振り下ろされる――

 

 

 

 ――バスッ

 

 

 

 くぐもった音が、聞こえた。

 刹那、なにかが弾き飛ばされるような音が耳に届く。

 直後、あらゆるものを巻き込んで、なにかが崩れ落ちるような轟音が響く。

 

「隙だらけだな。これは消音器(サイレンサー)を使う必要もなかったか」

「二人とも! 無事かしら?」

「この声は……部長!」

 

 パァッと、暁の声が明るくなる。

 同時に、暗闇の中で光がもたらされた。

 部屋の入口から駆け込む沙弓と浬、それからリュン。

 彼らの傍らにはエリアスと、暁の見たことのない小型のクリーチャー――ドライゼの姿があった。

 

「点灯しました。ある程度の時間ならもちます」

「ありがとう。さて、それじゃあ不法侵入及び不当占拠者の姿でも拝みましょうか」

「その前に助けて!」

「……エリアス。行ってやれ」

「あ、はい。わかりました」

 

 寝台の上に寝かされ、拘束される暁の下へと、エリアスが向かっていく。

 一方で沙弓は、部屋をぐるりと見回した。

 散乱したベッドや器具の数々。よく見れば奥の壁には棚が備え付けられており、いくつもの瓶に入った液体や、植物のようなものが見て取れる。

 随分と不衛生な環境だが、これは。

 

「病院……治療室みたいね」

「えぇ、そうですとも」

 

 むくり、と“それ”は起き上がる。

 この治療室の主。闇の中に潜む医師。

 まさしく“闇医者”だった。

 

「新たな技術の開発、薬の実験等のために、ここでメスを振るい続けています……邪魔されてしまいましたが」

「ついでに生命活動も邪魔しといてやる。あいつの家に土足で踏み入ったクソ野郎に情けはない。今すぐ死ね」

 

 ドライゼは銃口を闇医者に向けた。

 しかし闇医者はそれを嗤う。

 

「先ほどあなたの銃弾を受けましたが、その程度の鉛玉では私は殺せませんよ」

「なら試してみるか?」

 

 バスッ、と再びくぐもった音が爆ぜる。

 まっすぐに、銃口から放たれた弾丸が、闇医者へと吸い込まれるように飛んでいく。

 銃弾は間違いなく、闇医者の頭部に直撃した。闇医者はぐらり、と身体をよろけさせるが、

 

「あぁ、痛い……痛いですが、それだけです」

「成程。確かに殺せないようだ」

「ちょっと」

 

 とても単純な話だった。

 ドライゼの拳銃(ハンドガン)では、純粋に火力が足りないのだ。

 闇医者とは言うが、それでもクリーチャーだ。

 ドライゼの力では、このクリーチャーを打ち倒すだけの力が出力できない。ただそれだけの話だ。

 

「炸薬が足りんということだな。さて、どうしたものか。できることなら助力を願いたいが」

「わ、わたしはちょっと無理そうです……ここまでで、随分と(マナ)を消費してしまいましたし……」

 

 暁を解放しつつ、エリアスが少し苦しそうに呻く。

 明かりを灯したり、鍵を生成したり、鎖を破壊したりと、一回一回は小さなことだが、それを何度も行使すればそれなりだ。

 元々小さな身体には、相応のマナしか蓄積されていない。故にエリアスは、既にガス欠気味だった。

 

「そういうことらしい。悪い」

「まあ、大丈夫でしょう。そもそもデュエマは一対一(ワンマン)でやるものだしね」

 

 沙弓は、先ほどドライゼから託されたデッキに手を伸ばす。

 火力が足りないなら、足せばいい。それだけの力が、ここにはある。

 どれだけ強靱なクリーチャーだろうと、悪魔の手で握り潰せば死ぬし、奈落の瘴気に当てられれば息絶える。

 どれほど強大なプレイヤーだろうと、守るものすべてを打ち壊し、一撃を叩き込めば沈む。

 それがルールだ。ただそれだけで、勝利というものは、容易く流れてくる。

 

「これでも部長だしね。今までは後輩に任せちゃってたけど、そろそろ私も本気を出すとしましょうか」

「俺も付き合おう。俺とて月影神話の語り手。“あいつ”の家くらいは、守る義務がある」

 

 沙弓とドライゼが並び立ち、月光さえも届かない常闇の中、闇医者へと立ち向かう。

 

 

 

「さぁ、私と一緒に戦い(遊び)ましょう――!」

 

 

 

 

 

 

「――私のターン。3マナで《ボーンおどり・チャージャー》を唱えるわ。山札から二枚を墓地に落として……さらに2マナで呪文《ジェニコの知らない世界》。手札を一枚ハンデスよ」

「ふむ。まあ、手札が一枚墓地に堕ちる程度、痛くもなんともありませんね」

 

 沙弓と闇医者――《龍装医 ルギヌス》との対戦。

 シールドはお互いに五枚。そして双方共に闇文明をメインカラーとしており、墓地を肥やしている。

 沙弓は手札破壊で相手の動きを鈍らせるように動くが、

 

「私のターンです。4マナで《堕魔(ダーマ) ヴォガイガ》を召喚。能力で山札から四枚を墓地に送り、墓地の闇のカードを一枚回収します」

 

 一方で闇医者は、さらに墓地を増やし、さらに失った手札を取り戻す。

 

「回収するのは《サタン・キャッスル》です」

「っ、城……!」

「《ヴォガイガ》の回収対象は、闇の“カード”ですので、呪文だろうと城だろうと関係なく回収可能なのですよ。ターンエンドです」

「あれはちょっと面倒ね。できれば早く叩き落したいけど……」

 

 沙弓はカードを引き、自身の手札を眺める。

 手札破壊の手段はある。あるにはある。が、

 

「……賭けになっちゃうか。まあ仕方ないわね。4マナで《白骨の守護者ホネンビー》を召喚よ。山札から三枚を墓地に落として、《傀儡将ボルギース》を回収。そして2マナ、《ジェニコの知らない世界》。一枚ハンデスよ」

 

 無作為な手札破壊(ランダムハンデス)

 絶対に使われたくないと思っても、その破壊工作は確実性に乏しい。

 結果が確定しない混沌の中で、闇医者の手元から落ちたのは――《堕魔 ヴォガイガ》だった。

 

「あちゃ、外したか」

「操り人形なぞは役に立たんと言うことだな。俺だったら確実に射貫いていた」

「それは頼もしいわね。じゃあ、まずは手札に来ることから始めましょうか」

 

 ドライゼの妄言を流しつつ、沙弓は内心では少し焦っていた。

 次のターンには回収されたカードを使われてしまう。そうなればどうなるのか、ある程度までは予想できる。

 そしてその予想は、決して楽観視できないほどに、戦況を変えてしまうだろうことを予感させた。

 

「私のターン。6マナで《サタン・キャッスル》を要塞化!」

 

 闇医者のシールドゾーンが鳴動した。

 地響きが鳴り、大地が隆起する。

 “それ”は闇医者のシールド一枚を飲み込んで、この屋敷の中に新たに建築された。

 あるいは、誕生した。

 召喚された、とも言えるかもしれない。

 それは城のようだった。石材をいくつも積み重ね、組み合わせて築城された、巨大な城。

 しかしてただの城ではない。その城には腕があり、胴体があり、頭があった。

 悪魔の如き相貌で邪悪に微笑み、三叉の魔槍を携えたそれは、城の主であり王。城そのものと一体化した魔王(サタン)だ。

 

「これで私はターンエンド。その時《サタン・キャッスル》の効果により、墓地からコスト8以下の闇のクリーチャーを蘇生させます」

 

 魔王は反逆者をせせら笑う。その命を、生の失墜を願って嗤う。

 王城の門が開いた。地獄と繋がった城内より、魔王軍の配下の魔物が、進軍する。

 

 

 

「それでは、オペの時間です――《龍装医 ルギヌス》!」

 

 

 

 それは魔王軍の兵隊ではない。

 けれども怪物であることに違いはなかった。

 幾本も伸びた腕にはそれぞれ、腹を裂くメス、毒を注入する注射器、頭蓋を穿つ穿孔機(ドリル)、首を落とす(ギロチン)――それ以外にも、医療のためか、殺戮のためか、判別も付かないような血生臭い凶器を無数に手にしていた。

 そしてなによりも目を引くのは、闇医者が纏う、龍の骸だ。

 この世界で最も強い生物の一種とされる龍。その骨を、身につけていた。

 

龍装者(ドラゴンギルド)龍装者というやつか。ふん、不格好だな」

「私は格好良いと思うけど。退廃的で悪くないわ。それに龍の骨よ? 強そうじゃない?」

「馬鹿か、死を纏って強く見えるものか。死は終わりだ。弱さの行き着く先だ。その象徴たる骸を身につけたところで、弱さの殻で覆っているのと変わらん」

「……そうかもね」

 

 なにか熱がこもっているように感じられたドライゼの言葉。

 沙弓はその言葉に対して深く追求することなく、しかしどこか思いを馳せるように視線を彷徨わせた。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐさま思考を目の前の対戦に切り替える。

 

「ファッションチェックはこのくらいにして、問題はあのクリーチャー自体よね」

 

 《サタン・キャッスル》から這い出た《ルギヌス》。

 龍の骨を纏おうがどうしようが、あれは医者であり、闇の力を持つ者だ。

 闇文明の力に、医者としての能力。そこからなにをするかなど、わかりきっている。

 死がどういうものか、彼らは知っている。

 死が弱者のなれの果てだろうと、それを利用する手があることを。

 それが、奴らの力そのものに他ならないということを。

 

『《ルギヌス》の能力発動! 蘇りなさい、《阿修羅ンチュラ》!』

 

 自身の手駒とするためなら、闇の医者は生者を殺め、死者を冒涜する。

 墓地に眠る骸の一つに注射を打ち込むと、亡骸はふらふらと起き上がった。

 なんてことのない。死体蘇生(リアニメイト)など、闇文明としてはあまりも当然で、ありふれたことだ。

 

「《ルギヌス》に《阿修羅ンチュラ》……面倒な組み合わせね」

 

 沙弓は気怠げに嘆息する。

 《龍装医 ルギヌス》は、登場時と攻撃時にコスト7以下のクリーチャーを蘇生する。

 《阿修羅ンチュラ》は、スマッシュ・バーストによって無制限にクリーチャーを蘇生する。

 《ルギヌス》を破壊しても《阿修羅ンチュラ》が、《阿修羅ンチュラ》を破壊しても《ルギヌス》が、互いに蘇生し合う組み合わせ。即ち両方を一度に除去しなければ倒すことはできない。

 

「って言っても、この手札じゃなにもできない、か。4マナで《パニッシュ・チャージャー》、手札を一枚捨ててもらうわ。ターンエンド」

『おやおや。まさか片方すらも倒せないとは、闇の力を使うものが、嘆かわしい』

「余計なお世話よ。ちまちま虱潰しなんて、私の性に合わないわ。もっと楽しく、派手にパーッとやりたいの」

『強がりですか? いいしょう。それほど派手な展開がお好みならば、見せて差し上げましょうか』

 

 闇医者はそう言うと、ターンを開始した。

 

『私のターン。《ヴォガイガ》の能力でコストを1軽減、二体目の《ヴォガイガ》を召喚です。能力で山札から四枚を墓地に送り、《終焉の開闢(ビギニング・オブ・ジ・エンド)》を回収。そして3マナで、双極・詠唱(ツインパクト・キャスト)《終焉の開闢》! 山札から三枚を墓地に送り、墓地の《終焉の開闢》を回収します』

 

 さらに墓地を増やす闇医者。

 次々と墓地に送り込まれるクリーチャーを見て、これからなにが行われるのかを想像するのは、あまりにも容易かった。

 

『これで墓地は十分。必要なカードも揃いました。それでは、執刀開始です』

 

 そう宣言すると、魔王城を背後に、闇医者たちは進軍を開始した。

 

『まずは《ルギヌス》で攻撃! その時、能力で墓地から《グロティス・インカーン》を蘇生! 《インカーン》の能力で、あなたの《ホネンビー》のパワーを、マイナス5000! Wブレイクです!』

「トリガーは……残念、ないわ」

『ならば次は《阿修羅ンチュラ》で攻撃! その時、スマッシュ・バースト発動! このクリーチャーの呪文面を唱えます。双極・詠唱! 《傀儡が来る!(ダンス・オブ・パペッツ)》』

 

 《阿修羅ンチュラ》が糸を垂らす。地獄にまで続く蜘蛛糸を。

 それは死者を生還させる慈悲と救済の糸――ではない。

 浅ましい罪人を絡め取り、骸を傀儡と化す、悪意の罠だ。

 そうして蘇っても、そこにかつての生者の意志はなく、死者はただの傀儡として扱われるだけであった。

 

「……チッ」

 

 それを見て、ドライゼは小さく舌打ちした。

 忌々しそうに、堪えるように、苛立たしげに、傀儡と化した亡者を、それを吊る大蜘蛛を睨み付ける。

 しかしそんなドライゼを意に介することなく、闇医者と大蜘蛛は、悪意と共に並び立つ。

 

『呪文の効果で、墓地のクリーチャーを蘇生します。蘇らせるのは、二体目の《ルギヌス》です』

「……蘇生が連鎖してるわね」

『えぇ、その通りです。では《ルギヌス》の能力発動。蘇りなさい《悪魔龍 ダークマスターズ》! あなたの手札をすべて墓地に落として差し上げましょう!』

「っ!」

 

 《ダークマスターズ》の能力で、沙弓の手札がすべて公開される。

 そしてその中のカードをすべて、墓地に叩き落とされた。

 シールドブレイクで増えたカウンターの手段さえも、残さず摘み取られてしまう。

 

『《阿修羅ンチュラ》でWブレイク! さらに《ヴォガイガ》で、最後のシールドもブレイクです!』

「……全部ノートリ、ね」

『ターンエンド。そしてここで《サタン・キャッスル》起動! 三体目の《ルギヌス》を蘇生!』

 

 城と一体化した魔王が咆える。

 その叫びに呼応して、城門が開き、さらなる増援が送り出された。

 三体目の闇医者は、またしても死者を冒涜する生の罪を犯す。

 

『《ルギヌス》の能力で《ヴォガイガ》を蘇生します。過剰だとは思いますが、ここで再び墓地を補充しましょうか。山札から四枚を墓地に送り、《戒王の封(スカルベント・ガデス)》を回収です。さぁ、あなたのターンですよ』

 

 闇医者はどこまでも狡猾で、残忍だ。

 たった一人の少女を、数多の怪物で囲み、武器さえも剥ぎ取り、その上でさらに数を増やそうとする。

 戦場にはおびただしい数のクリーチャー。手札には援軍を呼ぶ呪文。

 もはや後はない。このターンが、沙弓の生死の境だった。

 

「私のターン」

 

 決定的に追い詰められた沙弓だが、彼女は驚くほど冷静だった。

 それどころか、彼女は笑みを浮かべ、この窮地を楽しんでいるようにさえ見える。

 

「楽しいのか?」

「えぇ。正直、ちょっと楽しいわ。あなたは楽しくない?」

「奴については不愉快ではある。が、そんな奴が絶望のあまり狂乱する様は、見てみたいものだな」

「いいわね、いい性格してるわあなた。えぇ、すべてを毟り取って、一杯食わせてやりたいわよね」

 

 沙弓は妖しく微笑んで、手札を一枚、抜き取った。

 死体蘇生者と化した闇医者の高慢な顔。

 その顔を歪める最初の一手を、打つ。

 

「あなたの墓地に呪文は……いっぱいあるわね。それじゃあ、コスト1でこの子を召喚よ。《復讐のバイス・カイザーΖ(ゼータ)》」

『コスト1だと……!?』

 

 闇医者の墓地には、大量のカードが眠っている。

 多くはクリーチャーだが、ツインパクトカードはクリーチャーであり、呪文でもある。

 故にその異星の龍は、大きく裂けた無数の口で、墓場に打ち捨てられた呪文を貪り、戦場へと這い上がってきたのだ。

 しかし、墓地の呪文だけでは、邪龍は満たされない。

 Ζの名を冠する異星の邪龍は、報復の志をスパイスに、闇医者の手札に食らいつく。

 

「このクリーチャーは、相手の墓地の呪文の数だけコストが下がる。そして登場時、相手の手札にある呪文をすべて叩き落すわ」

『手札の呪文を、すべて……!?』

「えぇ。だから、せっかく回収した呪文もおじゃんね。ごめんあそばせ」

 

 などと、沙弓は冗談めかしてクスクス笑っている。

 しかし、それだけでは終わらない。

 手札を、呪文を食い潰しただけでは、飽き足らない。物足りない。

 すべてを毟り取ると宣言したのだ。

 当然、手札も、バトルゾーンも、すべてを無に帰するに決まっている。

 

「次よ。8マナをタップして、《バイス・カイザー》を進化」

 

 数多の怪物に囲まれた四面楚歌。

 仲間はいない。しかし、それでいい。

 この死に近い“孤独”こそが、力となるのだから。

 

 

 

孤独(ソロプレイ)を楽しみましょう――《悪魔龍王 デストロンリー》!」

 

 

 

 あらゆる呪文を貪り尽くし、役目を終えて満腹になった邪龍は進化する。

 悪魔の総統の系譜に連なり、龍の血を覚醒させた、悪魔龍。

 悪魔神にして、魔王にして、龍王。

 それは死と孤独を愛する悪魔の龍王だった。

 

「《デストロンリー》の能力発動! バトルゾーンに存在する他のクリーチャーをすべて破壊する!」

 

 刹那。

 戦場が――無に帰った。

 否。無というのは、正確ではない。

 ただ一体。悪魔にして龍王だけが、孤独に佇んでいた。

 他の命を、すべて散らして。

 

「ぜ、全滅だと……!?」

 

 闇医者は戦慄している。

 十全な仕込み、十分な下準備。あらゆる手を尽くして囲い込み、鏖殺するはずの策略が、謀略によって生まれた軍勢が、たった一瞬にして灰燼と化したのだ。

 それはあまりにも残酷で、無惨であった。

 

「そうそう、こういうのよ。派手に、思い切り、パーッとすべてが爆ぜる瞬間! こういうの、楽しいわよね!」

 

 一方で沙弓は、この凄惨な末路に、笑っていた。

 それは悪意でも嘲笑でもない。

 純粋な、純然たる、歓喜と歓楽だ。

 即ち彼女は本気で“楽しい”と感じている。

 その結果としての、笑みだった。

 

「ありがとう。あなたが無駄に展開してくれたおかげで、楽しい一瞬だったわ」

 

 だが、直後の意地の悪い言葉は、明らかに毒が混じっていた。

 

「ぐ、ぬぬ……!」

「さて、問題はここからね。本当なら待って詰めるべきなのかもしれないけど、手札もないし……うーん」

 

 さっきまでの笑顔はなんだったのか、唐突に平静を取り戻す沙弓。

 彼女は少し思案すると、すぐさま答えを出した。

 

「いえ、やっぱり殴っちゃいましょうか。《サタン・キャッスル》は放置できないしね。それじゃあ《デストロンリー》で攻撃! 他のクリーチャーがいないから、パワーアップしてTブレイク!」

 

 孤独な龍王は、孤独であるが故に強靱な精神と肉体を得る。

 ただの腕の一振りで、闇医者の盾三枚を薙ぎ払い、さらには魔王城をもまとめて打ち壊した。

 一瞬だった。魔王と化した城は、ほんの一瞬で、バラバラに崩れ落ち、ただの瓦礫の山と化す。

 

「ターンエンドよ」

「わ、私のターン!」

 

 手札を叩き落とされ、盤面を根こそぎにされ、シールドを食い破られ、前のターンの沙弓と同じような状況へと追い込まれた闇医者。

 それでもまだ負けていない。死んでいない。

 生きてさえいれば、殺す機会はいくらでもある。

 

「手札を二枚破棄してコスト軽減、3マナで《凶鬼02号 ドゴンギヨス》を召喚! 2マナで《堕魔 ドゥグラス》を召喚! ターンエンド!」

 

 闇医者はシールドブレイクで増えた手札から、クリーチャーを展開する。

 どれだけ派手に殺戮しようと、それはその瞬間だけの快楽。次に生み出される命までもは奪えない。

 そして、どれほど大仰に動こうとも、沙弓のシールドはゼロ。

 ――一撃でも通せば、勝てる。

 

「手札を与えたのが運の尽き、あなたのミスですよ。その少ない手札では、私のクリーチャー二体は捌けないでしょう」

「ふぅん? 二体かぁ……“そんなもんなのね”」

 

 闇医者の展開したクリーチャーを、沙弓は一笑に付した。

 肩透かしだと言わんばかりに。

 

「手札を三枚あげて、ドローで四枚。それだけの手札を使い切って二体かぁ。もっと並べてくれたら楽しかったのに」

「な、なにを……」

「言ったでしょう。私、パーッとやるのが好きなのよ」

 

 カードを引き、沙弓は迷いなくそれを叩き付ける。

 

「《デストロンリー》を進化」

 

 処理しきれない数など、存在しない。

 どれだけ並ぼうが、有象無象は“すべて”滅するのだから。

 

「連コインよ。《悪魔龍王 デストロンリー》!」

 

 《デストロンリー》は、そのままの姿で、進化する。

 性能も力もまったく同じ、新たな《デストロンリー》に。

 

「に、二体目……!」

「せっかく手札あげたんだから、三体くらいは並べて欲しかったわ。ま、一体潰すためにこんな大袈裟な全体除去使うよりはマシだけど」

 

 直後、《デストロンリー》の力が解放される。

 すべてのクリーチャーは死滅した。闇医者のクリーチャーがすべて、消え失せた。

 再び、盤面がリセットされ、前のターンと同じ状況となる。

 その様を――この惨状を生み出した沙弓を見て、闇医者は興奮したように口走る。

 

「おぉ、なんと快楽的な……! 理解できない、訳がわからない……しかし、とても……“愉快”だ……!」

 

 それまでの冷淡な声はなく、熱っぽく、浮かれたような、浮かされたようだった。

 闇医者はなにかに突き動かされるかのように、天を仰ぐ。

 

「その思考回路、情動、なにもかもが愉快です。衝動的なのに理知的で、破滅的なのに作為的で、混沌と策謀の入り組んだ頭脳、感情……! 火文明のそれとも違う。それがあなた方……人間、というものなのですか」

「さて、どうかしら。私はどっちかっていうと変わり者だと思うけれど」

 

 気でも触れたのか。あるいはこれが、この闇医者の本性なのか。

 それはわからないが、どうでもよかった。

 一期一会の対戦相手がどのような人物かなど、この際、関係のないことだ。

 

「《デストロンリー》で残りのシールドをブレイク!」

 

 今はただ、攻め、殴るだけ。

 これで戦況はほぼ五分。

 状況は、一撃必殺のデスマッチだ。

 お互いにシールドはゼロ。先に一撃を叩き込んだ方の勝利。

 沙弓の場には《デストロンリー》一体。

 対する闇医者はクリーチャーがいない。

 闇医者は、次の《デストロンリー》の攻撃を防ぎつつ、殴り手を用意しなければならない。

 故に現状では、沙弓が優位、だが。

 

「人間がこんなにも興味深い生き物だったとは。惰弱ながらも抗い、時として我々さえも凌ぐ力を持つ。恐怖と絶望の最中でも、愉悦と快楽を抱く……あぁ、まったくもって意味不明な存在です。だからこそ、解剖して、研究したいものだ……!」

 

 闇医者は絶望していない。焦燥すらもない。

 ただ熱に浮かされたように、内から解き放たれる情動に、理性と共に従っている。

 

「これはもはや、余興や遊戯ではない。私の研究のための道です。ゆえに、私はあなたを打ち倒しましょう。そしてあなたを第一のサンプルにします」

「あらやだ怖い。殺害予告を出されちゃったわ」

「これは敬意ですよ。あなたは、人間は、実に興味深い。志半ばで頓挫できるテーマではない。是が非でも、この研究は続けなければなりません」

 

 闇医者のターン。

 この勝負の行く末を決定づける瞬間。

 

「これであなたを殺し、その臓腑(はらわた)を、脳を、切り開きましょう」

 

 生か死か。銃口を向け合ったようなこの場で、闇医者は――

 

 

 

「双極・詠唱――《地獄のゴッド・ハンド》!」

 

 

 

 ――沙弓の(クリーチャー)を、落とす。

 武器がなくては攻撃が届かない。

 そしてあとは、相手を殺す武器を、こちらが用意すればいいだけ。

 幸いにも、闇医者の手の内には、その凶器はあった。

 

「《デストロンリー》を破壊! そして《ドゥグラス》を召喚し――」

 

 

 

バスッ!

 

 

 

 あった。が、しかし。

 闇医者は、その凶器を取りこぼした。

 

「……っ!?」

「はい残念」

 

 闇医者の最後の手札は、風穴を空けられ、墓地へと落ちていく。

 火薬の匂い漂う中、そこに、拳銃を構えたクリーチャーが、銃口を向けて佇んでいた。

 

「だから言っただろう? 俺ならば、確実に射抜けると」

「残り手札一枚でなにを偉そうに。撃ち抜けなかったらダサいだけじゃない」

 

 孤独なる龍王は死した。

 だが、その死に呼応して、その死を悼む者が、戦場に降り立つ。

 かの龍王を弔うかのように、《月影の語り手 ドライゼ》は二挺の拳銃を闇医者に突きつける。

 

「遊戯部の部長たる私の前で、勝負を降りるなんて宣言したのが運の尽きね。勝敗がつかないまま降参なんて、許さないわ」

「な……に……?」

「あなた、言ったわよね。これはもう遊戯ではないって。冗談じゃないわ」

 

 至極真面目に、それがさも当然であるかのように、沙弓は告げる。

 

「これは楽しく遊ぶためのものなんだから、どこまで行ったって遊戯(ゲーム)よ。楽しい遊びに水を差すような真似は、やめてもらいましょうか」

 

 スッと。

 沙弓の手札から、カードが一枚、はらり落ちる。

 

 

 

月影の語り手(エクリプス・ストーリー) ドライゼ 闇文明 (5)

クリーチャー:ダークロード/ドラゴン・ゾンビ 2000

■自分の闇のクリーチャーが相手のカードの効果で破壊された時、このクリーチャーを手札からバトルゾーンに出してもよい。

■このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、相手の手札を見てその中から1枚選び、捨てさせる。

■このクリーチャーがバトルゾーンから離れた時、自分の山札の上から3枚まで、持ち主の墓地に置く。

 

 

 

「私の闇のクリーチャーが破壊された時、手札から《月影の語り手 ドライゼ》がバトルゾーンに出る。そして《ドライゼ》がバトルゾーンに出た時、相手の手札を一枚ハンデスする」

 

 《デストロンリー》を破壊し、殴り手を用意するはずが、《デストロンリー》の代わりに《ドライゼ》が新たな殴り手として現れ、あまつさえ手札さえも撃ち抜かれ、殴り手を用意できなくなってしまった闇医者。

 もう手札は残されていない。最終的に相手を殺す凶器を手にしたのは、沙弓だった。

 

「順番を間違えたわね。先に《ドゥグラス》を出していればわからなかったのに、詰めが甘いんだから」

「ぐ、ぬ、ぬぅ……!」

「それじゃあね。あなたはゲームオーバーってことで」

 

 《ドライゼ》が銃口を突きつける。

 そして、引き金を――引く。

 

 

 

「《月影の語り手 ドライゼ》で、ダイレクトアタック――!」

 

 

 

 

 

 

「すまん、逃がした」

「ちょっと」

 

 ドライゼの銃弾(ダイレクトアタック)は決まった。決まった、のだが。

 闇医者は消滅せず、黒い煙のようになって、いずこかへと消えてしまった。

 

「あれは変身術の応用でしょう。霧に姿を変えて移動する種がかつて存在したという記録もありますし、その類かと」

「書斎にそんな本もあったな。しかしこれは……いいのか?」

「語り手は目覚めた。皆も無事だ。大団円じゃないのかな?」

「そんなことより、ゆずがまだ目を覚まさないんだけど! だ、大丈夫なの!?」

「解毒はしました。薬が効きやすい体質なのでしょう、麻酔が効きすぎているだけなので、いずれ目を覚まします」

「そ、そっか……よかった」

「ご所望でしたら、気付け薬も処方しますが」

「いや、寝かせておきましょう。無理やり起こすのは可哀想だし」

「それもそうか……よいしょ、っと」

 

 暁は寝ている柚をおぶる。

 柚は小柄だが、暁も決して身体が大きいわけではないので、その所作は少し危うかった。

 

「重くない? 私が代わってもいいけど」

「よゆーよゆー。部長だって疲れてるでしょ」

「あら、ガサツだと思ったら意外と気の利く後輩ね」

「それに、ゆずをおんぶすると、おっぱいが背中に当たって気持ちいいんだよ」

「凄まじく邪な理由じゃねぇか」

「身体がちっちゃいわりに、意外と大きいわよね、この子」

「たぶん部長よりもおっきいよ?」

「生意気な後輩ね。余計なお世話よ」

「いたっ」

 

 コツン、と軽く暁の頭を小突く沙弓。

 なんとなく後味は悪いが、目的は果たした。

 今日、この世界ですべきことは、終わった。

 だが、しかし、

 

「さて、それじゃあ帰ったら、皆でなにかして遊びましょうか」

「これだけのことをして、さらにまだなにかやるのかよ……」

「当然でしょ? 部室には、四人でできるボードゲームがたくさん眠ってるんだから。下校時刻まで帰さないわよ」

 

 この世界での冒険がひとまずの終わりを迎えようとも、部活動は終わらない。

 生ある限り、楽しみを貪ろう。

 楽しさを享受するために、生きていよう。

 それが生きるということ。楽しむということ。

 卯月沙弓は歓楽のために、遊戯を続ける。

 

 己の人“生”を、謳歌するために――




 沙弓はもう少し遊戯部の部長であることを強調した台詞回しにすれば良かったかなぁ、とか思ったり思わなかったり。ゲーマーっぽい言い回しというか。
 語り手のクリーチャーについてですが、カキコ版と比べて性格や言動は結構チューンしています。基本的な口調は変わりませんが、キャラを立たせようと頑張ってます。昔よりはキャラも把握しやすい……と、思います。まあ、ドライゼについては基本理念はそのままに、ファーストコンタクトのアプローチを結構変えましたが。いや、そもそもカード名すら変わってるんですけどね………
 次回は柚の回です。今回ほとんどおねんねしてた分を取り返してくれます。タブンネ。
 また、ご意見ご感想、誤字脱字等ありましたら遠慮なくどうぞ。
 次話でまたお会いしましょう。
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