デュエル・マスターズ Another Mythology 作:モノクロらいおん
っていうか今回、やたらといい話風にまとまっちゃったんだけど、初っぱなからこんな飛ばしちゃってどうしよう……
「――《バトラッシュ・ナックル》召喚! バトルに勝ったから《バトライオウ》もバトルゾーンに!」
「じゃあ……そうね。《デストロンリー》に進化するわ。他のクリーチャーをすべて破壊」
「うえぇ!? クリーチャーいなくなった!? もう手札ないよー!」
「じゃあプレゼントしてあげるわ。はいTブレイク」
「今度はシールドがなくなった!」
某日。遊戯部の部室にて。
暁は当然のように沙弓にデュエマの対戦を申し込み、そして沙弓もまた、当然のようにその申し出を受けた。
ここは遊戯部。どのようなものであれ“遊び”に関しては、束縛は存在しない。故にこの状況は、ごくごく自然な部活動の一環と言えた。
「……なんであいつはデュエマするだけであんなにやかましいんだ?」
「それは、その……あきらちゃん、ですから……」
「うるさくてかなわん」
「ご、ごめんなさい……」
「なぜお前が謝る」
「ぬぁー! 負けたー! 部長強いなぁ」
「そりゃあね。部長だもの」
「関係ないだろ」
「でもずっと部長とやるのも飽きてきたなぁ。浬ー、やろうよー」
「お前とはやらん。壁とでもやってろ」
「むぅ、またふられちゃったよ。部長とやるしかないかー」
「そんなに部長とやるのが嫌なら、こいつとやればいいだろ」
と、浬は柚を指し示す。
「それもそうね。交代する?」
「あ、いえ、その……わ、わたしは……」
浬に指名され、沙弓に交代を促されるが、柚はしどろもどろになりながら、なにかを言いあぐねている。
拒絶はしたくないが、その提案には従えない、と言いたいかのように。
しかし柚がそれを口にすることはできず、代わりに暁が口を添えた。
「ゆずはデュエマやんないよ」
「やらない……?」
「私も柚とデュエマやったことないの。カードも持ってないよ」
「え? そうだったの?」
予想外の事実に、沙弓、そして浬も、決して小さくない驚きを見せる。
柚はそんな二人に、申し訳なさそうに俯いた。
「は……はい……ごめんなさい……」
「謝る必要はないけど……意外だわ」
「馬鹿みたいにデュエマばっかしてる奴に引っ付いてるのに、お前はデュエマしないのか」
「私だってデュエマ以外でも遊んだりするよ!」
しかし意外なのは確かだ。
暁がデュエマにかなり入れ込んでいる様子だったので、ならば一緒にいる柚も、相応にデュエマに触れているものだと思っていた。
そう、無意識に思い込んでいた。だからこそ余計に、衝撃が大きい。
「でも本当に意外ね。二人って幼馴染みなのでしょう? あなたたちくらい仲が良ければ、共通の遊び道具ってあって然るべきだと思うけど」
「んー、ゆずん家がねー。厳しいんだよー」
「厳しい?」
「ゲーム禁止とかそういう感じね。両親が娯楽に厳しいってやつ」
「あぁ、成程な」
生きていた時代が少しでも違えば、風潮や習慣、文化にも違いが生まれる。特に、経済も技術も芸術も、あらゆる分野で発展がめざましい近年では、親と子の年齢差でも、考え方は大きく異なることもある。
そういった事情から、アニメや漫画、ゲームなど、サブカルチャーや娯楽に良い印象を持たず、忌避し、子供から遠ざけようとする親は決して珍しくない。
「テレビゲームとかは、少しは許してくれるんですけど……デュエマは、ダメって言われてるんですよ……」
「……デュエマ限定なのか?」
「デュエマに親でも殺されたのかしらね」
「別のTCGの開発者とかか……?」
なんだか妙な束縛の仕方だったが、なんにせよ柚は、これまでデュエマとはほとんど関わってこなかったようだ。
「ま! 別に私はどーでもいいけどね!」
「どうでもいいって、お前な……」
「どーでもよくない? だって、デュエマなんてなくったって、私とゆずは友達だもん。デュエマなんてなくても、それは変わらないよ」
「あきらちゃん……」
「あら、いいこと言うじゃない」
「でも、わたしは身体も強くないから……外で遊んでも、あきらちゃんには敵わなくて……つ、つまらなかった、ですよね……」
「そんなの昔の話じゃん。遊戯部に入ってからは、部長が色んなゲーム教えてくれるから、ゆずともいっぱい遊べて、私は楽しいよ!」
満面の笑みで答える暁。嘘も偽りもない、心の底からこの場を、今を楽しんでいる。そんな笑顔だった。
「……まあ、でも」
だが。
ほんの一瞬だけ、暁は寂しそうな、どこか悔いがあるような――心残りであるかのような表情を見せる。
「一緒に遊びたいとは思うけどね、ゆずと、デュエマで」
「…………」
その小さな願望の囁きは、柚の耳にだけ、届いていた。
けれど柚はそれに言葉を返すこともできず、黙りこくってしまう。
その時だ。
「やぁ皆。集まっているね」
いつの間にか、この場にいなかったはずの男が、現れた。
リュンだ。
「お前か……」
「恐ろしく空気を読まないご登場ね」
「おー、リュンだ」
「こ、こんにちは」
「うん。じゃあ、早速で悪いんだけど」
「はいはい。そう来ると思ってたわ。で、今日はどちらへ?」
相も変わらず一方的な進行だ。
もっとも、秩序が失われ、混沌としている自分たちの世界を復元するという使命を背負った彼からすれば、それなりに切羽詰まっているということなのだろうが。
「今回は、そうだな……」
しかし、特別焦りを見せる様子もなく、どこか脳天気そうで、マイペースなリュン。
彼は次の目的地を告げる。
「……森、かな」
■
「本当に森だ……」
リュンに連れられてやって来たクリーチャー世界。
火山、湾岸、洋館ときて、今度は森林。
右も左も、前も後ろも、空を見上げても、ほとんどが緑色の木々。それ以外の色と言えば、幹の色、大地の色、そして僅かに開いた木々の隙間から覗く空色だけ。
まごうことなく、深い森の中だ。
「おぉー! 近所の林とかには入ったことあるけど、こんな森ははじめてだなぁ。テンション上がるなぁ!」
「男子小学生かよお前は」
「むしろこんな森の真っ只中でどうしろと言うのかしらね? どっちに進めばいいのかもわからないわ」
「そこは僕がナビゲートするさ。道筋は把握している」
「道なんてないがな」
リュンは迷いなく森の中を進んでいく。
その足取りの明瞭さから、目的地への経路は熟知しているようではあった。
「……ところで、次の語り手とやらは、なんだ?」
「暁が太陽、カイが賢愚、そして私が月影……火、水、闇と来て、森だから次は自然かしらね」
「そうだね。今から目指すのは、自然の十二神話の一柱、萌芽神話の語り手が眠る祠だ」
萌芽神話。
萌ゆる、芽吹く、神話。
その語り手が、今回の目的。
リュン曰く、萌芽神話はあらゆる魂の根源、命の発芽と生育に深く関わった神話である。
自然の中で新たな命が生まれ、その命と共に寄り添い、育む。共生と繁栄の妖精だったらしい。
「萌芽神話は、他の神話と比べて特段、幼かった。けれど潜在していた力は他の神話をも凌ぐほどに強く、そして清らかだった。特殊な権能を持つ冥界神話と渡り合えるのは、彼女くらいだったろうね」
「いや、それはいいんだが、俺が言いたいのはだな……」
「……あぁ、次は“誰なのか”ってことね」
目的となる神話や語り手がどのような存在なのか、それも重要ではあるのだろう。
しかしそれ以上に浬が気を揉んでいるのは、その語り手を目覚めさせる、“人間”の方だ。
「こいつ、俺、部長。ここまでお前は順繰りに俺たちに役割を与えたが、その順番で行けば……」
「そうだね。今回は柚さんにその役割が回ってきたことになる」
「わ、わたし、ですか……っ!?」
「萌芽神話の性質と一番近いのは君だ。頼むよ」
「で……でも、その、わたしは……」
あまりにもストレートすぎるリュンの要求。
彼はきっと今までと同じよう、作業的に、事務的に、順番的にそうなるのだろうという流れで動いている
しかし柚は、その要求に、首を縦には振れなかった。
どうすればいいのか、どうするべきか。柚の口からは、言葉が出てこなかったが、
「待ってよ! ゆずはデュエマできないんだよ」
「あきらちゃん……」
そこに、暁が割って入る。
暁の言葉に、リュンもまた、目を丸くした。
「ん? そうなのかい?」
「は、はい……ごめんなさい」
柚は他の三人と違い、デュエマに触れていない。カードも持っていない。
対戦経験は、一度たりともない。
語り手を目覚めさせたとしても、暁とコルルのように、浬とエリアスのように、沙弓とドライゼのように、彼ら彼女らと同じように、共に在ることはできない。
リュンの与えた役割を、まっとうすることはできない。
だから彼の要望を、受け取ることはできないのだ。
「いやでも、そんなこと言われても困るな」
だがしかし、リュンはその柔らかな拒絶を、強く拒絶した。
「語り手が目覚めないのは、僕も困る。君にも役割を果たして貰わなきゃ」
「あ、あぅ、その……」
「だーかーらー! ゆずはデュエマできないって言ってるじゃん!」
「だとしてもだ。語り手が目覚めなければ秩序は取り返せないんだ」
「でもゆずは……」
「あー、はいはい。ちょっと落ち着きなさい、そこの二人」
「お前らが議論しても平行線だ。一旦黙れ」
拒絶する柚を認めないリュンと、そんなリュンの不躾な態度に噛みつく暁。
ろくに相手の主張も聞いていなさそうな水掛け論に火が付きそうなところで、沙弓と浬が二人を引き剥がす。
「そもそも、語り手が目覚めることと、デュエマをすること。両者は繋がっているものなの?」
「そこはなんとも言えないけど、君らがクリーチャーを使役する手段がデュエル・マスターズなるものである以上、語り手の使役のためには、それは必要になるだろうね」
「目覚めさせる、まではいい。問題はその後だ。語り手が目覚めてから、なにをどうするのか。それが不明瞭だ。お前の言葉は、いちいち曖昧なんだよ」
現状は“とりあえず”語り手を目覚めさせる、という方向性で動いているが、仮にすべての語り手を目覚めさせたとして、それでなにが起こるのか。
秩序を取り戻す、とリュンは理想を掲げるが、そのための手段はなにか。どうやって秩序を取り戻すのか。
そういった具体的なことは、ほとんどわかっていない。
「……悪いね。僕も一から十まですべてを計画しているわけじゃない。ただ、十二神話というシステムの復活のためには、彼らが遺した神話の後継者……語り手が必要なのは確かだよ」
「神話の後継者、ねぇ。この子らが、世界の統治者にでもなるって言うの?」
「僕はそのつもりだ」
つもりだ。だが、しかし。
コルル、エリアス、ドライゼ……いずれの語り手も、およそ統治者と言えるような力もなく、人格も幼いように感じる。
そんな彼らを統治者にしようだなんて、冗談だとしか思えなかった。
「まさか、俺たちにこいつらを育てろとでも言うのか?」
「それも視野に入れている。それ以外にもすべきことは多いけどね」
「はぁ……あなたって結構、行き当たりばったりに動いていたのね」
「ごめんね。でも、時間は無限じゃないんだ。秩序は、長く時間が経てば経つほどに崩れてしまう。一刻も早く、混沌から世界を救わなくてはならない」
「早急な対応が必要な時こそ、計画を練るべきだろうが」
そんなリュンへの苦言はさておき。
問題は柚だ。
「こいつが行き当たりばったりなせいで、語り手の復活と、デュエマをすること、これら二点の繋がりは酷く曖昧だ」
「逆に言えば、現状ならそれら二つが分離するような選択肢も取れるってことよね。リュンはこの先のことをなにも考えてないんだから、融通は利かせられるでしょう? 私たちの誰かが代行するとかね」
「うぅん……それより、もしかして僕、非難されてるのかい?」
「当然だろうが」
今更かよ、と呆れ半分の浬。
しかし彼の適当さも、時には都合良く働く可能性を示す。リュンの強引な要求を飲んで語り手を目覚めさせつつも、柚の家庭事情も汲み取るという選択も、あり得ない可能性ではない。
「うーん……まあ、仕方ないか。“とりあえず”は、そういう落とし所で僕も納得しよう」
「……ごめんなさい」
「ゆずは悪くないよ!」
「そうよ、全部こいつが悪いのよ」
「僕が悪役なのかぁ。どうしてなのかな?」
「こいつらの槍玉はさておき、お前はもう少し先の見通しを立てて行動しろよ」
計画性がなさ過ぎるから問題が起きるんだ、と浬も苦言を呈する。
今日一日で、リュンの評価は大いに下落したのだった。
「ところで、さっきから大人しいわね、あなたたち」
「私はずっと皆さんの話を聞いていたんですよ? どうするのか最善なのか、ずっと計算していたんですよ? ちょっと演算能力が足らなくて、計算結果が出ないうちに結論が出てしまいましたけれども!」
「お前は……使えるのか使えないのかわからんな」
「うぅ、面目ないです……もっと単純な計算式ならいいんですが、ご主人様たちの事情というのは、どうもわたしたちの尺度では測りにくいものでして……」
「ま、そうよね。人の気持ちを完璧に計算するなんて、できっこないわ」
「あんたがそれを言うのか」
「えぇ勿論。私は完璧なんて目指してないもの」
それはまるで、完璧でなくてもいいのなら計算できる、とでも言いたげだった。
「で、あなたはどうして黙りこくってるのかしら?」
と、沙弓はドライゼに訪ねる。
ドライゼは目を瞑ってジッとしていたが、その声に応じるかのように、ゆるりと瞼を押し上げ、目元だけを覆う仮面をサングラスのように掛けた。
「なに、少しばかり聞き耳を立てて、音を聞いていただけだ」
「は? なに、風の声を聞いていたんだ、とでも言うつもりなのかしら?」
「そんなところだな」
「中二の私より厨二だわ」
「コルルもずっと黙ってるけど、どうかしたの?」
「……暁」
コルルは、妙に重苦しい空気で、口を開いた。
「なんか……来るぞ」
その時だ。
木々を掻き分け――否、“薙ぎ倒し”ながら、巨大な影が飛び出して来る。
3メートルはありそうなほどの巨体は筋骨隆々で、深い体毛で覆われている。
頭には大きく伸びた角。そして腕は二対。
そんな獣が、一体、二体、三体と群れを成して、現れる。
獣たちは一様に唸り声を上げ、明らかに敵意を剥き出しにしていた。
「な、なにこれ!? クマッ!?」
「こんな気味の悪い熊がいてたまるか! クリーチャーだ!」
「あぁ、やはり俺たちを付け狙っていたのか。獣の気配が近くにあったから、そうかもしれないとは思っていたが」
「そういうことは早く言いなさい!」
「すみません、わたしが索敵していれば……わたしの怠慢で、コルルさんやドライゼさんのような感覚任せの察知に頼ることになってしまい、申し訳ありません……」
「お前、謝ってるように見えてそこの二人を馬鹿にしてないか?」
「そんなことよりどーすんの!?」
「逃げる……いや、私たちの足で逃げ切れる気はしないわね」
まがりなりにも、この獣たちは気配を殺しながら近づいてきたのだ。図体は大きいが、住み慣れた土地で子供を追いかけ、捕らえることくらい、造作もないだろう。
「これがクリーチャーなら、迎え撃つ、というのが一番手っ取り早いかしらね」
「よし来た。シンプルでいい作戦だ」
「おい、それでいいのか? 部長」
「だってしょうがないじゃない。走って逃げられる相手じゃなさそうなんだもの」
「それはそうだが……」
「私はいいよ。やろう、コルル!」
「おう任せろ!」
暁は既にデッキを手にしており、やる気満々だった。沙弓も同様だ。
「ご主人様、ご決断を」
「ちっ……短絡的だが、仕方ないか」
取れる選択肢は狭い。それを痛感した浬は、不承不承ながらもデッキを取る。
一同は戦い、迎え撃つという選択をした。
そして、問題は、
「ゆず! 今のうちに逃げて!」
「で、でも……」
「ここは危険だ。早く移動するべきだぞ」
「そうね。どうせなら、語り手とやらのところに行ってらっしゃい。リュンも戦闘では役立たずだし」
「それもそうだ。よし行こう、柚さん」
「あ……」
リュンは、柚の手を引いて、森の奥へと進む。
暁たち三人が囮となっているうちに、二人で語り手の元へ行く。現状で取れる、最も合理的な判断だ。
しかしそれは、どこか柚の不安を煽る。
「あきらちゃん……」
彼女は寂しそうに、恐怖を抱くように、友の後ろ姿を尻目に、森の奥へと消えていった。
■
「――《バトラッシュ・ナックル》がバトルに勝ったから、《バトライオウ》と《コルル》をバトルゾーンに! そのまま《コルル》でシールドをブレイク!」
獣の群れの一頭と相対する暁。
獣たちはこちらに注意が向いているとはいえ、こちらの頭数は三人。残った二頭が柚たちを追いかけないとも限らない。
故に暁は速攻で、素早く獣を仕留めに掛かる。
「よっし! 順調順調! なーんだ、大したことないじゃん!」
そしてその思惑通り、暁は相手より一足先に切り札を呼び出して優位に立つ。
このまま、物量と火力で押し切る。
そう、思っていた。
しかし。
「……え?」
なにか、相手の様子がおかしい。
いや、獣だけではない。
この空間が――大地が、天地が、世界が、揺れ動いているかのような。
その予兆のような変化に、胸がざわつく。
そして。
「ちょっ……な、なにあれ!?」
“それ”は、姿を現した。
暁は思わず、戦慄する。
これは、ただの獣ではない。ただの獣“だけ”ではない。
こんなものを、これほどのものを、打破できるのか。
一瞬、その大いなる存在に決意が揺らぐが、今戦っているのは自分だけではない。
仲間も戦い、そして友も待っている。臆するわけには、いかなかった。
「くぅ……いいよ。やってやろうじゃんか――!」
■
リュンの先導の下、柚が森の中を駆けていると、不意に開けた場所に出た。
そこにあるのは、生い茂る草木だけではない。赤、青、紫、白、黄――色とりどりの、鮮やかな花々が咲き乱れている。
「わぁ……きれいなお花畑ですね……」
「ここは萌芽神話の遊び場だった、らしいよ」
「あ、遊び場?」
「僕らの目的はあそこだ」
リュンが指さす方には、建物のようなものが鎮座していた。
祠、とリュンは言っていたが、それは社、あるいは小さな神殿とでも呼べるほどの大きさはあった。
「さぁ、急ごう」
「は、はひ……っ」
二人は、祠の中へと入っていく。
中は薄暗く、ひんやりとしていたが、木や花の匂いで満たされており、どこか心地よかった。
内装は、他の語り手たちが眠っていた場所と、そう違いはない。
壁画のようななにかが描かれ、幾何学的紋様の走る壁面。
部屋の中央には、祭壇のような場所。そして、そこに鎮座する台座。
台座には、花の蕾のようなものが置かれていた。
(あれが、語り手さんが眠っている……)
あれに触れれば、暁や浬、沙弓がそうしたように自分も語り手を目覚めさせることになる。
彼女たちと、同じように。
(わたしが、みなさんと……同じ、ように……)
自分なんかが、同じようにできるのか。
やっても、いいのか。
ずっと、ずっと、彼女は迷っていた。
どうすればいいのか、わからなかった。
「さぁ、柚さん」
「……はい」
リュンに促され、言われるがまま、柚は台座の前に立つ。
怖い、というのはある。
未知への恐怖も、勿論だが。
家の言いつけを破ってしまいそうなことが、たまらなく怖かった。
(わたしは……どう、すれば……)
答えが出ないまま、迷って、恐怖して、揺らめいて。心が彷徨うまま。
柚は、その蕾に触れた。
刹那。
萌芽の殻が、破れる。
風と香を発しながら、萌芽の殻が綻び、破れる。そして――
「――ルー!」
明るい、鳴き声。そう表現するしかなかった。これは、言葉ではない。
開花するかのように、蕾の中から現れたのは、今までの語り手と同じく二頭身の体躯で、人の形をした存在。
しかし彼らよりも、より小さく、幼い印象を与えた。
華奢で小さな矮躯。虫のような薄く透き通る羽。身体は花弁のように流麗で、美しく、可憐だ。
その姿は、まるで妖精だった。
妖精はくりくりとした目で柚を見つめると、彼女に飛びつく。
「ルー! ルールー!」
「わっ、はわわ……っ」
飛びかかる妖精を受け止める柚。妖精は彼女の身体にすり寄り、気持ちよさそうに鳴き声を上げている。
当の柚は、その妖精のようなクリーチャーに困惑していたが、それ以上に、リュンは喫驚の面持ちだった。
(十二神話の中でも、取り立てて幼い萌芽神話。その語り手というのだから、他の語り手よりも特殊なクリーチャーだろうとは思っていたけれど……まさか、これほどの“幼子”だとは)
この語り手は、明らかに“幼い”。言語さえも未発達で、まるで赤ん坊だった。
他の語り手もどこか幼く、未熟さはあったが、この語り手はそれ以上だ。
子供ですらない幼子。それはある意味、萌芽神話の語り手に相応しいと言えなくもないが。
(戦力として見た場合、あまり期待はできないか……? 言葉がわからないのでは、情報という点でも望みはないか)
正直なところ、リュンは少し落胆していた。
しかしこの妖精も、十二神話が遺した語り手の一角だ。それに違いはないと、気を取り直す。
「えぇっと、お名前……わ、わたしは、ゆず、です」
「ルー。ルー、ルールー。プル!」
「プルさん、というのですね。よろしくお願いします」
「え、柚さん、この語り手の言葉がわかるの?」
「わかる、と言いますか……言いたいことは、なんとなく……女の子、ですしね」
「……驚いた。人間って凄いね」
リュンにも妖精の、プルの発している言葉の意図を汲み取ることはできない。
沙弓は萌芽の語り手に関しては、他の誰かが所有権を代行するという提案をしていたが、柚だけがプルと意思疎通できるとなれば、彼女以上に萌芽の語り手の所有者に適任はいないということになる。
「ルー、ルー。ルー!」
「あ、はい。なんですか? ……お、おともだちを、紹介してくれるんですか?」
プルは背後の壁面へとすいーっと飛んでいく。
そして、そこに描かれた幾何学的模様に触れた。すると、薫る風が、紋様をなぞるようにして吹いた。
「ルー――!」
刹那。
壁面から、薫風が、深緑が――力が、放たれる。
「きゃ……っ」
思わず、柚は目を瞑った。
次に目を開いた時、彼女の手には、何十枚ものカードが収められていた。
「ルー、ルールールー、ルー!」
「これが、あなたのおともだち、なんですね……ありがとうございます」
「ルー! ルールールー?」
「わたしですか? えっと、そうですね。わたしもおともだちを紹介したいんですけど、ここにはいなくって……あきらちゃん、っていうんですけど……」
とその時、ハッと柚は思い出す。
「そうです! あきらちゃんたちのところに、行かないと……っ!」
「彼女たちなら大丈夫だとは思うけど、早く合流するに越したことはないね」
どのようなものであれ、語り手は目覚めたのだ。
自分たちがすべきことは為した。ならばと、柚は一刻も早く友の下へと向かいたかった。
とにかく今は、暁のことが心配だ。
柚とリュン、としてプルは、萌芽神話の祠から出て、来た道をまた、戻っていく。
■
「もう……無理」
「オレもだ……悪ぃ、暁……」
バタンッ、と充電が切れたかのように、暁とコルルはその場に倒れ込む。
そしてその傍らには、膝をつき、全身ボロボロで、満身創痍の、浬と沙弓の姿もあった。
「体力だけは有り余ってそうなこいつが力尽きたか……」
「もう少しでゲームクリアって感じなんだけど、残機があと一個足りなかったわね」
「まったくだ。クソッ、ただの畜生と思ったが、まさか、あんな切り札を隠し持ってたとはな……!」
三人がかりで、五頭の獣のうち、四頭までは仕留めた。
しかし残る一頭だけが、倒しきれない。
「あと一回だけでもチャレンジできればねぇ」
「すまんな沙弓。弾切れだ」
「聞くまでもないだろうが……エリアス」
「申し訳ありません……わたしたちの貯蔵しておけるエネルギー量も多くなくて、もう限界が……」
「少ない残機でボスラッシュなんて、最初から無理ゲーくさいわね。それで二体仕留めた私は、もっと褒められるべきじゃないかしら?」
「一人で勝手に自画自賛してろ。そんなことより、どうする?」
浬はふらふらになりながらも、倒れた暁を背負い、沙弓に問う。
もう戦う力は残っていない。ならば逃走しかないのだが、そうなると最初の問題にぶち当たる。
野生の獣相手に、ただの中学生でしかない自分たちが逃げ切れるはずもない、という原始的な問題に。
「なに? どっちかまた囮やる? 残った方は問答無用でキャラロストね」
「軽口を叩く余裕があるってことは、まだ戦えるんだな」
「だってさドライゼ。私の弟、姉遣いが荒いわ」
「誰が弟だ」
「ふむ、まあ、あと一戦くらいなら……早撃ち勝負でも仕掛けるつもりなら、なんとかなるかもな」
つまり、たった一発、たった一瞬、たった一撃に賭ける程度の力しか残っていない、ということ。
なんにせよ、勝ち目は薄い。
相手がただの獣であれば問題なかったが、なにせ浬や沙弓さえも予想していなかった“それ以上の存在”がいるのだ。
現状では、まともに相手になるかどうか。
「一応、二人して抵抗するって手も、なくはなさそうだが。二人と言っても、こいつらだが」
「……えぇ。ご命令とあらば、わたしとドライゼさんで時間を稼ぎます。その隙に、お二人はお逃げください」
「なに、俺もか? クソッ。生きている俺たちより、倒れたコルルが得をするとは、酷い弱者優先の仕打ちだと思わないか?」
「まったくこれっぽっちも思わないわ」
結論は出た。
浬らと同様に、力をほとんど使い切って満身創痍のエリアスとドライゼが盾になるように前に出る。
エリアスは杖を握り締めて、ドライゼは二挺拳銃を構えて、巨獣の前に立つ。
「わたし、前線で戦うのは苦手なんですけどね……」
「俺だって、正面切って戦うタイプではない。そういうのは、コルルの役割だろう」
「しかしコルルさんは意識不明です。気付けする力ももったいないですし、わたしたちでご主人様たちをお守りしましょう」
「美少女に促されると断りにくいが、なんとも気が乗らんな。あぁ、とんだ貧乏くじだ」
と、二名のクリーチャーが壁となっている隙に、浬と沙弓はこの場から撤退する。
二人が駆け出し、逃げ出した、その時。
獣の咆哮が、轟いた。
「きゃぁっ!」
「ぐぉ……!」
二つの影が吹っ飛ばされるのが見えた。
それらの影は、ぼとりと地に落ちる。
確認するまでもない。エリアスとドライゼだ。
「やられるの早いわね……!」
まだ逃げてすらいないというのに、壁は壁としての役割を終えた。
そして獣の牙は、次に沙弓と浬に向けられる。
「……ゆみ姉。こいつを預ける。逃げろ」
「カイ……」
暁を沙弓に押しつける浬。
語り手の二体でさえ、一瞬で一蹴されたのだ。生身の人間である浬が、まともに相手になるはずもない。
沙弓は絞り出すようにして声を出し、言葉を紡ごうとする。
その時だ。
「――あきらちゃんっ!」
その声は、まるで天使が舞い降りたようだった
いやさ、聖なるものというよりは、清らかなる妖精のようであった。
幼く、小さな少女が、森の木々を掻き分けて、現れる。
「あぁ、戻ってきたのね。いいところ……なのかしら」
「さぁな……」
「え? あ……ぶちょーさん、かいりくん……」
柚も、一目見て理解するだろう。
暁は倒れ、沙弓と浬は疲弊しきっており、語り手たちも全滅。
この場が、窮地であると。
「あと一体なんだけどねぇ……ごめん、リサーチ不足な上に残機が足りないわ。E缶は残さなきゃダメね」
「余裕ぶってるが、残念ながら手詰まりだ。おいリュン、撤退するぞ」
「……間に合うかな。まあ、わかったよ」
リュンは素早く携帯電話らしきものを取り出して、なにか操作する。
その間にも、獣はこちらににじり寄ってくる。リュンの転送が間に合うかは、わからない。
(わたしは……)
柚は呆然と立ち尽くしている。視界に入ってくるのは、傷だらけの仲間たちと、そして、倒れた親友の姿。
自分がいないところで、懸命に、必死に戦っていた。
なのに、なのに、自分は。
(なにもしない……なんて)
なにもできない、だなんて。
そんなことは――
「――いや、です」
気付いた時には、身体は動いていた。
――お前は、“それ”に触れるな。
(……ごめんなさい)
――お前は、“それ”に関わるな。
(ごめんなさい……ごめんなさい……)
――お前が“デュエル・マスターズ”に関与する物を所有することを禁じる、柚。
(ごめんなさい……おにいさん)
約束をやぶってしまって――ごめんなさい。
柚は、大切な家族への謝罪を胸に、巨獣の前に立ち塞がる。
「! おい!」
「柚ちゃん!」
怖かった。自分よりも大きな存在に立ち向かうことも。
家族に命じられた言いつけを破ってしまうことも。
けれど、なによりも怖いのは、仲間を――世界で一番大事な、親友を失うこと。
そして、そんな友を傷つけておいて、自分はなにもできない、なにもしないだなんてことが、許せなかった。
ありったけの恐怖を抱いて、身体をビクビクと震わせて、柚は立ち向かう。
「ルー!」
「プルさん……」
隣には、出会ったばかりの小さな妖精。
そして手には、彼女の友の力。
とても小さく、儚いけれど、この上なく頼もしかった。
怖い。物凄く怖い。怖いが……戦える。
一人で、ないのなら。
「お願いします……プルさんっ」
「ルー――!」
こうして二人は共に、戦いの場へと赴く。
その先にある、大自然の怒りに、気がつかないまま――
■
柚は対戦の舞台へと、誘われる。
目の前には五枚の盾。手元には五枚の手札。そして、真横に積み重なる山札。
何度も目にしているが、こうして自分が戦う立場となると、それはとても新鮮に感じられた。
(はじめてのデュエマ……やりかたは、あきらちゃんのデュエマをずっと見てたから、わかりますけど……)
不安だ。
ルールは理解していても、実際にカードを操り、戦い、勝利を収める自信がない。
なにより相手は、自分よりもずっと強い三人を追い込んだ強敵。惰弱な自分が敵うかどうか。
つい、弱気になってしまう。
だがしかし、柚はそんな自分を、無理やりにでも奮い立たせる。
大切な、友のために。
(見ててください、あきらちゃん……わたし、がんばりますから……!)
柚と巨獣の対戦。
柚は《霞み妖精ジャスミン》《地掘類蛇蝎目 ディグルピオン》で順調にマナを伸ばしていき、既にマナは5マナ。
一方で相手の場には《
「わ、わたしのターン……5マナで、《有毒目 ラグマトックス》を召喚しますっ」
現れたのは、植物を纏う原始の龍。
熟れた果実は猛毒の凶器。ひとたび触れれば、たちまち身体が溶け落ち、大地の糧と成り果てる。
そして、ぽとり、ぽとりと、《ラグマトックス》は猛毒の種を落とす。種は豊穣の大地で生育し、毒を帯びた草花を伸ばした。
「《ラグマトックス》の能力を使います。わたしの《ラグマトックス》をマナゾーンに送るので、あなたも、クリーチャーをマナゾーンに送ってください……!」
繁茂した植物は問答無用で《駿足の政》、そして《ラグマトックス》自身を飲み込み、大地へと還す。
一見すると、お互いに一体ずつクリーチャーを失ったかに見えたが、
「わたしの自然のクリーチャーがマナゾーンに送られたので、手札から《
「ルー!」
柚は、このマナ送りを一方的に利用する手段がある。
大地に還った《ラグマトックス》に代わり、手札から《プル》が飛び出した。
クリーチャー:スノーフェアリー/アース・ドラゴン 1000
■自分の自然クリーチャーがバトルゾーンからマナゾーンに置かれた時、このクリーチャーを手札からバトルゾーンに出してもよい。
■このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、山札の上から1枚目をマナゾーンに置いてもよい。その後、カードを1枚、自分のマナゾーンから手札に戻してもよい。
■このクリーチャーが破壊される時、墓地に置く代わりに自分のマナゾーンに置く。
「《プル》さんの能力で、山札から一枚をマナに置いて、マナのカードを手札に戻します。《カチュア》を戻して、ターン終了です」
切り札は確保できた。マナも十分。
後は、切り札を呼ぶだけだ。
「GURRRRRRRR……ッ!」
「!」
しかし、それは相手も同じこと。
野獣の戦士の一体が、光に包まれ、大地に飲み込まれる。
生贄とされたのか。否。
大地に飲まれるということは、自然と一体化したということ。
そして自然は、より大きく強靱な命を生み出す母だ。
「お、大きい……!」
《青銅の鎧》が進化したのは、巨獣そのもの――《大勇者「
能力で、マナが二枚、追加される。
「で、でも、わたしだって、負けるわけには……《幻想妖精カチュア》を召喚!」
相手の大型に対抗するように、柚もデッキのキーカードを繰り出す。
あと、1ターンだ。
(これで次のターンには、切り札が……)
あと1ターンで、柚は勝利に繋がる致命的な一手を打てる。
しかしその一手は、先んじて相手に打たれてしまう。
『GURRRRRR……GU、GYAAAAAAAAAッ!』
「え……!?」
大地が、揺れている。激しく、震撼している。
なにかが地の底から這い上がるようにして、現れようとしているのだ。
恐竜ではない。龍よりも、巨人よりも、さらに大きい。
「こ、これは、一体……!?」
それは大地そのもの。
大地の叫びであり、怒り。
大自然の獣の激憤が形となり、この世界に顕現した影法師。
神の蟲と呼ばれた、すべてを呑み込む大地の獣。
その名は――
「GYAAAAAAAOHHHHHッ!」
――《天地命動 バラギアラ》
これはその影でしかないが、太古の野獣にして勇者の怒号に呼ばれ、その姿を現したのであった。
《バラギアラ》の力で、マナは再び活力を取り戻す。
そして、
「GYAOOOOOOOOッ!」
無限に続く輪廻の力。
緑色に迸る、自然の怒り――《天上天下輪廻独尊》。
大勇者はこの一時に限り、世界を破壊するほどの力を、手に入れた。
「GUU、AAAAAAAAAAAAッ!」
《ビースト・チャージ》――大勇者は大樹の戦車に騎乗し、突撃する。
天の上にも下にも、これほどの勇者はいない。そんな、尊大な力で以って、ちっぽけな柚のシールドをすべて、粉砕した。
「きゃぁ……っ!」
ワールド・ブレイク。本来ならば、世界をひとつ消し飛ばしかねないほどの脅威が襲い来る。
そんな力の前では、五枚の盾など紙屑に過ぎない。一瞬で守りを失った柚に、とどめの一撃が放たれる――
「し、S・トリガーですっ!」
「《ナチュラル・トラップ》! 《幻緑の双月》をマナゾーンに送ります!」
九死に一生を得た柚。
しかし、《天上天下輪廻独尊》の力を得た大勇者は、彼女の前に立ち塞がり続ける。
たとえ彼女が攻撃に転じようとも、その攻撃はすべて《「ふたつ牙」》が受け止めてしまう。
柚の小さな牙では、巨大な自然の怒りには、届かない。
「GYURRRRRR……!」
「! 山札から、カードが、手札に……?」
加えてターンの終わりに、山札から五枚のカードが「ふたつ牙」の手札に加わる。
《ビースト・チャージ》によって、ブレイクしたシールドの枚数だけ、山札から増援を呼んだのだ。
呼ばれたのは《ロローコギ》《幻緑の双月》《青銅の面 ナム=ダエッド》《ヘビー級ヘビー》《大勇者「ふたつ牙」》。
NEOクリーチャーに、進化クリーチャー、究極進化クリーチャー。どれもこれも、疑似的なスピードアタッカーだ。
撃ち漏らしなどしない。すべて掃討する。そんな、野獣の暴威に、彼女は包囲されてしまっていた。
(……次のターンには、負ける……)
この巨大な獣に、為す術もなく蹂躙され、粉々に踏み砕かれる。
その姿を、ほんの少しでも、想像してしまった。
小さき者が、大いなる者に踏み潰される。それが、自然の摂理であり、道理であり、理だ。
しかしだからと言って、その喪失を受け入れられるはずもない。幻視した未来は、柚に凄烈な恐怖を植え付けるには十分だ。
十分、だが。
(こわい、こわいです……でも!)
それ以上に、彼女には意地と、勇猛さが、備わっていた。
彼女が信じる、親友のための、信心が。
「あきらちゃんが、がんばってるんです……わたしだって、いつまでも足手まといは……いやなんですっ!」
暁への想い。ただそれだけが、柚を奮い立たせる。
細い手足を震わせながら、必死に立ち上がり、腕を上げる。
猛獣に立ち向かう小動物はいない。しかし今、柚は、小さくか弱き者でありながらも、猛る獣に抗っている。
生存本能、と言えばそれまでだが。
大切なものを守るための牙。それは、小動物であろうと、変わらず抱いているもの。
柚は、その小さく脆い、けれども鋭い牙を研ぐ。
「わたしのターン!」
カードを引き、手札を見遣る。
この状況、どうすれば勝てるのかを、考える。
はじめてのデュエマ。考えることは得意ではない。
けれど、考える。大切な、親友のためにも。
(攻撃しようとしても、あの大きなクマさんに守られちゃいます……クリーチャーを倒しても、ターンが渡ったら進化クリーチャーで負けちゃいますし……どうしたら……)
まず間違いなくターンを返してはいけない。相手のターンになったら、確実な死が待っている。しかし、今の状況では突破は困難。
では、どうしたらいいのか。
柚はその答えを、彼女に問う。
(……あきらちゃん、わたし、どうしたらいいんでしょう……?)
彼女ならどうするか。なんと言うか。
デュエマはまだわからないことが多いけれど、彼女のことなら、よく知ってる。
この時、彼女ならなんというか。想像する。想像できる。
彼女なら、きっと――
――ここは無理やりでも押し通す! やっちゃえ!
「……そうですね。わたし、やっちゃいます!」
答えは、出た。
微かな可能性に、すべての力を押し込める。
大味で、大雑把で、不格好だけれど、それが今の自分にできる全力だから。
全身全霊で、柚は立ち向かう。
「3マナで《地掘類蛇蝎目 ディグルピオン》を召喚します! わたしにはドラゴンの《プル》さんがいるので、マナには行かず、山札から一枚をマナに置きます。そして、7マナで《四牙類 クアトロドン》に進化!」
大量に増えたマナから、次々と恐竜が姿を現す。
これで、Wブレイカーが一体増えた。
あとはシールド三枚と、大勇者の壁を粉砕するだけだ。
「《幻想妖精カチュア》で攻撃――する代わりに、能力発動です!」
すべての攻撃は《「ふたつ牙」》に誘われるが、《カチュア》はその攻撃の権利を、別の力に変える。
それは己自身で戦う力ではない。彼女は巫女なのだ。声を聴き、声を届ける者だ。
誰にか。それは当然、大いなるものだ。
「山札から好きなドラゴンを出します……来てくださいっ!」
大いなる龍であり、古代の怪物――恐竜だ。
それも、帝王と呼ばれるほどの、
「増殖します、帝王さま――《帝王類増殖目 トリプレックス》!」
大地を割り、咆哮する、太古の怪物。
大昔の世界に存在していたという龍。その真偽は定かではないが、しかし今この瞬間、その恐るべき力の権化は、確かにここにいる。
それだけで、十分だ。
「《トリプレックス》の能力で、マナゾーンからコスト7以下になるように二体まで、進化でない自然のクリーチャーを出せます……出て来てください、《ナ・チュラルゴ・デンジャー》!」
恐竜の咆哮は、大地を震わせる。
ただの威嚇ではない。それは、地中の化石を――眠る命を呼び覚ます号砲だ。
土の中を掘り進むように、巨大な戦車が地表に顔を出す。
「《ナ・チュラルゴ・デンジャー》の能力で、《ラグマトックス》をバトルゾーンに、お互いのクリーチャーをマナに送って……マッハファイターで、《大勇者「ふたつ牙」》を攻撃です!」
邪魔なクリーチャーは排除した。
柚の歩みを止めるものは、もういない。
「これで、道は開けました。S・トリガーはこわいですが……い、行きます!」
恐れてはならない。立ち止まってはならない。
彼女はきっと、果敢に攻める。無謀でも、蛮勇でも、勇敢に、勇猛に、前に進むだろう。
ずっと、彼女を見てきたのだから。
その名の通り、暁の太陽のように、まぶしい彼女。
彼女はいつだって前を向いている。
自分は、その光を追いかける。
そして今は、彼女のように、邁進する。
「《トリプレックス》で、シールドをTブレイクです!」
「GUUUUU……!」
「次です! 《クアトロドン》でWブレイク!」
巨大な恐るべき龍たちが、長大な爪を振りかざし、強靱な牙で、シールドを引き裂き、食い千切る。
あと一回。あと一体。あと一撃。
あと少しで、手が届く。
彼女がいつも目指していた、
「《プル》さんで、ダイレクトアタックです――!」
「ル――!」
――届いた。
■
「――はっ! ここはどこ! あなたは私!?」
「なに言ってんだお前」
「そうよ、あなたは私よ。ふふふ、ここはどこかしらね?」
「なんだってー!? うっそぉ、私は私じゃなくて、ここもどこかわかんない……!?」
「おい部長」
暁が目覚めると、そこは木々が鬱蒼と生い茂る森の中だった。
覚醒したばかりで頭が混乱している。沙弓が余計なことを言うからさらに混乱している。が、やがて状況はそれなりに飲み込めた。というより、思い出した。
「あ、そーだ! あのでっかいクマは!?」
「私が最後の力を振り絞って、奥の手を使って倒したわ。E缶を最後まで残しておいて正解だったわね」
「部長、いい加減にしとけ」
「……と、部長らしく格好良い感じにしたかったけど、残念ながら今回は柚ちゃんの手柄ね」
「え? ゆず?」
暁はぐるりと首を回して、柚を見遣る。
そして、彼女が手にしているカードの束を見て、驚いたように目を丸くした。
「ゆず、それってデュエマ……え、もしかして……」
「あきらちゃん……わたし、その……」
柚はたじろいでいた。なんと言っていいか、わからなかった。
しかし、別に飾る必要はない。ただ、思ったことを言えばいいだけなのだ。
自分の正直な気持ちを。素直な感情を。
そう、自分がはじめての対戦で感じたこと。それは――
「――すごく、楽しかったですっ!」
「……そっか」
暁は、優しく微笑んで、その言葉を受け止めた。
それだけで十分だった。二人に、それ以上の言葉は、不要だった。
「じゃあ、帰ったら私ともデュエマしよっ。ずーっと、柚とやってみたかったんだよね!」
「えへへ……わかりました。六年ぶりのおねがい、かなえちゃいますね」
そうして、二人は仲間たちと共に、元の世界へと帰って行く。
この日、霞柚は、自分に化せられた制縛をひとつ、解き放った。
後ろめたさもあった。不安も残り、申し訳なさが先立ち、怖かった。
けれど、それ以上に――嬉しかった。
一番の大親友と、一緒に遊べることが。
彼女と同じ場所に、立てたことが――
暁いい子ですよね。家柄とか関係なく柚と仲良くできるし、一緒に遊ぶ玩具なくてもハブにしないし、普通に友達思いだし……ここまでいい奴だった描写は、元サイトの方ではなかったんだけどなぁ……いつの間にかイケメンになったなぁ……
ちなみに今回の敵のデッキ、無駄遣い《バラギアラ》ですが、あれは「3→5→6で《ふたつ牙》出してマナ加速した次のターン、《バラギアラ》出して《輪廻独尊》すれば、ワールド・ブレイカー作りながら余ったマナで《ビースト・チャージ》打てるやん。五枚ブレイク耐えられても後続引けるぜ」とかいうオーバーキルな頭の悪い考えから生まれたデッキです。今回はマナカーブを綺麗にしたくて緑単に拘りましたが、真面目に組むなら《サイゾウミスト》や《ハヤブサマル》を入れて、より防御を固めるような構築がいいでしょう。組むのはお勧めしません。《バラギアラ》の中で需要低めな《輪廻独尊》とはいえ、《バラギアラ》の無駄遣いです。動きも別に強いわけではないですし、まあ普通に弱いデッキだと思います。でも《ビースト・チャージ》で五枚ゲットは普通に楽しそうなんだよなぁ
では次回は、本作での第一の目的というか……一話でもちらっと出て来た“彼女”の話です。物語を本格的に動かしていく所存なので、お楽しみに。
また次話でお会いしましょう。