黄金の日々   作:官兵衛

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 お久々で御座います。

 凄まじい勢いで書き殴らせて頂いた物語ですので、凄まじい勢いで読み捨てて頂き、僅かばかりでも楽しんで頂ければ幸いです。

 あと、読み終えたあと、予告詐欺という言葉の意味を知ります。


転生王子ザナック

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ……金色の世界だ。

 

 

 

 死の色は黄金の輝きだったんだ。

 

 

 

 光る空気が滑らかに体を包む。

 

 

 

 

 ────。

 

 

 

 

 ゴホッ ゴボ ゲホッ 

 

 

 

 ゲホ コポッ ゲホッ

 

 

 ガハッ

 

 

 ッ!

 

 

 

 ……○○○!!? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつ気づいたか?

 

 そうだなあ……6歳か7歳のころ、いわゆる物心がつく頃って奴だな。

 

 そのぐらいから夢を……見始めたんだよ。

 

 良く見る夢だった。

 

 そこでの自分は二人の両親に小さい家で育てられて、体が弱くて、それでも必死に頑張って勉強をして……そして父親と同じ道を進んで……そんな夢だったんだ。

 

 

 そして現実での俺はザナック様と周りから呼ばれる人間だった。みんながそう呼ぶものだから、名前の『ザナック』の後に敬称の『様』ってのはセットでつけるものだって当たり前に受け入れていたんだ。その頃は。

 

 自分が周りとは違うらしいと気づいたのは、普通の生活……といっても王族の生活だから特別なのは当たり前なんだが、問題は生まれながらにそういう暮らし、そういう扱いを受けてきたのなら、それが当たり前になるはずなのに、どうしても自分にはそれが受け入れられなかったんだ。余りにも大きな違和感に包まれて、自我が目覚めたが故に自我がオカシクなってしまいそうになっていた。そんな頃にずっと見てきた夢が実は自分の本当の姿なんじゃないかって、今の自分は胡蝶の夢でいうところの蝶じゃないかって。

 

 ……そもそも『胡蝶の夢』なんて言葉はこの世界に無いのに、なんでこんな言葉を俺は知っているのだろうか?

 そんなふうに自問自答しながら悶々と七歳くらいの俺は苦しんでいた。大体こんなことを考える七歳児は異常だ。でも俺の学力は平凡で、決して自分が天才児じゃないことを知っている。

 

 ……そんな風に悶々としながら城の庭を歩いていると、突然、俺の脳内に膨大な色というか映像というか、3Dなのに質量を感じるほどのデーターが脳内にドプンッと生まれたんだ。

 

 それでようやく気づけたんだ。今まで変な夢だと思っていた映像。そして今、脳内に溢れた記憶は前世の記憶(・・・・・)なんじゃないかって。

 

 俺の前世は酷い酷い世界だった。

 

 格差社会の行き過ぎた末路とでも言おうか……俺はアーコロジーの中で暮らすことが許されたギリギリの家庭で生まれ育った。アーコロジーというのは進みすぎた地球汚染や治安の悪化から、選ばれた人々を守るために作られた巨大な人工生活圏のことだ。ここに入ることの許されない人々は汚染し尽くされた空気の中で生きていくために人工肺を埋め込まなくてはならず、その代金をローンで支払い続けるために過酷な労働に放り出され、国と企業からの搾取のために生かされていると聞いたことがある。

 そう考えると自分を取り巻く環境は、もう少しだけマシだったが、両親が下級公務員である家庭環境では進学、就職、そして病弱な子供(おれ)へのケアにも限度があっただろうけど、親には充分に育んでもらっており感謝の念しか無い。

 

 そんな俺が18歳になった時に中古で買ってもらったのがDMMORPG『ユグドラシル』だった。基本は課金ありきのゲームらしいのだが、当時既にゲーム開始から数年が経っており、廃課金勢やガチ勢と張り合える状態ではなかったので、初めから諦めて無課金を貫いて楽しんでいた。種別はヒューマンで前衛戦士(タンク)が俺のプレイスタイルだった。きっと現実の俺とは違い、タフで頼りになるところに憧れたのだろう。

 父のコネで最下級の公務員に拾ってもらい、ギリギリ社会の歯車として働くことを許された『アーコロジー内の底辺』が俺の生活だったんだ。

 もちろんそもそもアーコロジーに入れない層が多く居る訳で、自分の立場が贅沢なんだってことは分かっていた。これが贅沢だという社会に失望し、ユグドラシルに逃避する日々……そして、ゲーム中に発作が起きて、咳が止まらなくなり、そのまま……そんなどうしようもないのが俺の前世の記憶だ。

 

 それを突然散歩中に思い出したのが、この世で産まれ育てられた俺・ザナック(7歳)だ。

 ……正確には ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフという名前を付けられて新しい人生を与えられたことに気づいた俺は、「この人生を、大切に生きて、大切に死のう……」と固く拳を握りしめて誓った。突然の七歳児の重い宣言に、衛兵が「うわあ……」とドン引きで悲鳴をあげていた。

 

 それからの俺は、我ながら凄く頑張り始めた。

 せっかくの二度目の人生だ。

 生活(いき)るのではなく、生きる。

 勉強に剣術に魔法に奮闘するのだ。

 まて、魔法ってなんだ?と思うかも知れない。いや……うん、前世とか言ってたけど、なんか前世より古い中世ヨーロッパの時代に魂が遡ったのかな……と思っていたが、そもそも俺の世界に魔法なんてなかった。あれ?前世……? 不思議な世界だなココは。ファンタジーだ。これは良い世界に生まれ変わり……転生って言うのかな?させてもらったものだ。ユグドラシルを愛していた俺にとっては嬉しい誤算だった。転生万歳!

 

 まあ「二度目の人生で中身は大人だし、脳みそも体も子供の頃から鍛えまくって……これは勝つる!」と思っていたけど、実に甘かったことをすぐに俺は思い知らされてしまう。

 もちろん努力する精神力や理性は大人並みにある。でもなんて云うか……こう、平均を少し上まわるのが限界と云うか、前世の記憶と知識が邪魔をして、この世界での当たり前で自然なことが出来なくなっているというか。

 

 まず勉強だが、文字も数学も歴史も科学も全部この世界の物なので、前世の物なんてなんの役にも立たない。正直、魔法のせいで科学が微妙におかしかった。

 全部、一から覚え直しだ。それだとこの世界の住人達と同じなのでノーハンデだと思うかも知れないが、むしろ昔の知識と思い込みがあるせいで2つがゴッチャになって就学の邪魔になった。

 

 魔法に関しては「貴種の方々が習うような物ではありません」と遠ざけられた。「そこを何とか!」と、ファンタジー世界の醍醐味である魔法を使ってみたくって必死に頼み込んで、来てもらった魔法師が俺を一目見て「ふるふる」と首を振った。欠片の才能もなかったらしい。

 

 なんだこの2度目の人生!普通、異世界転移・転生物って「凄い能力が……」とか「前の世界の知識で……」とかで楽しく出世していく物じゃなかったのか? 間違いなくハードモードなんだが。

 剣術も全く才能が無かった。とにかく運動音痴かつ反射神経が鈍かった。それでも努力は欠かさなかったんだ。前世の俺は病弱だった。外を走り回るなんて夢のまた夢で……それが今は目一杯全力疾走して、「ハアハアハアハアッ!」と全身で呼吸が出来ることが嬉しかったんだ。剣術と共に練習する馬術も下手だった。というか馬ってデカイんだね……怖い。何故か俺が「へあっ!」と気合を入れて走らせようとすると真横に移動するんだよね……馬ってこんな動き出来るんだな。でも難しくても苦しくても勉強も運動も頑張った。頑張り続けたんだよ。

 

 ただ、なんというかな……貴族って「優雅たれ」が前提なんだよね。少なくとも、この怠惰な王国では。必死にあくせく頑張っている時点で「王子としてみっともない」と周囲から後ろ指を指されるし、その見苦しい「努力」ってやつをしてもなお、平凡の域を出ないザナックという人間の評価は、予想以上に辛辣な物だった。

 「どれだけ食べても太れない豚」という陰口を聞いたことがある……よし、言った奴は王子命令で死刑な。

 

 仮にも継承権第二位の王子様だけど、逆に世間の目は厳しい。二度目の人生でなければ心が圧し折れてダラけた人生を送ることになっていただろうな。でも俺には前世の記憶がある。頑張りたくても頑張れなかった記憶と悔いの日々がある。努力を止めるなんて考えられないことだった。

 そんな生活を送っていたある日、神様が贈り物をくれたんだ。ある日、俺を産んでくれた母親が「お父様に娘が生まれたわ。貴方の妹ね」と突然俺に告げたのだ。

 

 実を言うと、ザナック(おれ)には兄弟が居る。いわゆる「腹違い」という奴で兄と姉が居るのだが、妹というのは初めてだった!前世を含めての「妹」というパワーワードにテンションの上がった俺は、早速会いに行こうと屋敷の廊下を駆け出したのだが、途中で会った妹の産みの親の従者達に止められた。俺を追いかけてきた俺の従者が相手方にペコペコと頭を下げていた。俺は引っ張られるように自室……と言っても俺様に与えられた邸へと連れ戻された。

 

「なんで兄が妹に会っちゃいけないんだ!?」

 不満とそうに叫ぶ俺を持て余したのか、執事のウォルコットが従者と交代して俺を諌める。

 

「どうされたのですか?ザナック様」

 

「俺は妹が産まれたっていうから会いに行っただけなんだ」

 

市井(しせい)の民ならいざ知らず、王子たる者が御妹様が誕生されたとして、そこまで感情を動かされるのは如何なものかと思われます」

 

「ええ……だって妹だぞ!?妹は愛でるものだろう!?」

 

「ははは……ザナック様は相変わらず変わっておられますなあ……どちらにせよ、ご出産は例え宮廷医と宮廷回復師が控えてようとも命がけの難事でありますれば、ご出産後の消耗など甚だ大変な状態でありましょうし、そこに母方の御家族でもないザナック様が突然訪問されるというのは如何でしょうや?」

 

「うっ」

 

「しかも相手方にとってザナック様は王位継承権第二位であらせられる上位の身でありますれば、身なりや化粧なども整えずに会うのは失礼に当たります。それらの迷惑を相手方にかけてまで妹の顔が見たいという好奇心を満たすためだけに強引に……というのはどうかと拙身は愚考いたします」

 

「わかったわかった!?なんか色々とゴメンよほお!」

 

 これだ……またやってしまった。こういう王侯貴族としての常識だの心構えというのが、前世の記憶が蘇った時から、どうしても身につかないのだ。

 どうしても、自分を当たり前のように特別視するということが出来ないんだ。それ迄は自然に出来ていたことなのに。

 

 

 

 結局「ラナー」と名付けられたその妹に会えたのは2ヶ月後のことだった。

 

 ああ、可愛かった。天使ってこういうのを言うんだろうな……。

 

 

 

 突然だが、妹の話が出たついでに俺の兄の話をしておきたいと思う。

 長男であり継承権第一位であるバルブロ。 バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。

 

 俺とミドルネームが違うのは母親が違うからだ。あと、幼名や教会に授かった名前などが入るので兄弟でも違いはあるものだ。

 彼、バルブロは王子にふさわしく、図体だけはすくすくと成長しており、同年代と並べば頭一つ抜きん出るほどだ。貴族、特に王族にとって体の大きさというのは大事な才能の一つだ。見た目に迫力があるということはそれだけで相手を威圧できるし、頼りがいもある。そんな「感覚」を自然に抱かせるのは統率者にとっての重要条件の一つだと思う。とくに鎧や剣が重いこの世界ならなおさらで、分厚く頑丈な鎧を着て動くにも体力が必要だし、重い刀剣を振り回すのにも膂力が必要で、『体が大きい=力が強い=強さ・頼もしさ』というし公式は在る程度は成り立つ物なのだ。まあ、俺は背が低めだけどね。うん……。

 しかし、バルブロは雄大な体を持ちながらも、残念ながら……無残な資質の持ち主だと言わねばならない。

 なんというか……こー……馬鹿なのだ。それも愛嬌のある馬鹿ではない。悪い意味での馬鹿だ。

 

 勉強や剣術などは全くせずにヘラヘラと小貴族の子女を侍らせておべっかを言わせたり、俺が隠れて汗だくになりながら剣を振り回していると態々(わざわざ)それを見つけ出して嘲笑を浴びせに来たり、大人の商人に小遣いを強請っては溜め込んでニヤニヤしたり、小人(しょうじん)としか見えない王子を見るに我が国の行く末は暗い……。

 

 それは父上や周囲も分かっているようで元々取り沙汰されていたボウロロープ侯が首魁となっている『貴族派』と呼ばれる反王族派閥がジワジワと力を付けてきており、その理由の1つに「次期王である継承権第一位(バルブロ)が愚鈍であり、王族の未来が不安である」という物があるのは確かだ。

 

 ボウロロープ侯は40代の働き盛りで、未だに陣頭指揮でバハルス帝国との会戦で大活躍をする名将だと聞いている。名声人望は王に比肩するとも────。正直、父王ランポッサは王としては平凡としか云えない能力だろう、しかしながら善良な人間であり、平民からの人材登用を積極的に行うなどと、一定の行いは評価してくれても良いと思う。ただ最近は、年齢から来る衰えが始まっており……自分の父親に対して俺は何てことを言っているんだ? なんというか、前世の記憶が蘇ってからどうもオカシイな……。それまでの家族とか周囲への関心が薄れてしまったというか……。それ以降に培った人間関係だと大丈夫なんだけどな。言うなれば「ラナー>記憶の中の家族>父やバルブロなど」という感じだろうか? そんな訳でイヤな奴な上に、家族としての意識も薄れている俺にとってはクラスの馬鹿大将を見ているような感覚だった。正直に言うと別宅で育てられており、月に一回も会えないラナーも従姉妹の様な感覚だったんだ。

 

 そんな風に俺は無駄な努力を繰り返し、バルブロは放蕩三昧、そしてラナーは偶にしか会えないという日々が過ぎていった或る日……ラナーが産まれて8年ほど経った頃だったかな? 俺が15歳の頃に、俺とラナーの家庭教師を担当している学者の先生が、授業の合間の休憩に大きなため息をついていた。まるで前世によく居た『疲れ切って公共交通機関に身を投げ出しそうな大人』に、俺は気を使って「どうしたんですか?先生」と訪ねてみることにした。

 

 先生はハッとしたように此方を見た後、躊躇するかのような仕草をしながら口を開いた。

「いえ……そのザナック様の御妹であらせられるラナー様のことなのですが……」と眉間にシワを寄せてこぼした。

「ラナー? ああ…可愛いよねえ。天使だよね。地上に現れた天使!水飴のように潤んだ青い瞳。触ると溶けるんじゃないかと心配しそうなほど輝く金の髪……妹ってただでさえ可愛いと聞いていたけど、なんなのあの可愛さ!」

「いえ……そういうことでは無くてですね。ええ、麗しさには私も同意の一手ではあるのですが」

 

 あれ?可愛すぎてヤベえ!という話じゃないのか?

 

「私の愚痴などを笑って聞いてくださる大人なザナック王子に甘えるようで申し訳ないのですが……」

 

 まあ、前世の記憶がある分、精神的には良い年齢だもんな……。

 

「いえいえ そのような事は全く……ええ、そうですとも」

「突然、大人っぽさを気取っている!? その……ラナー様にも春から私が就かせて頂いて、勉学をお教えさせていただいているのですが……」

 

「うん 知ってる。あの親父、ラナーの余りの可愛さに政略結婚の道具とするのを避けたくて、色々と仕込もうとしている気がするんだ。ぺスペア侯爵の所に嫁いでいる長女が可哀相だよね……」

 

「その……勉強が出来ないのではなくて、出来すぎる気がするのです。いえ、私も理解に及ばずあやふやな説明になるのですが」

 

「へえ、才色兼備だったのか……あの馬鹿に少し分けてやってくれないか?色々と足りないんだアイツ。脳みそとか知性とか教養とか分別とか品性とか」

 

「んっうん!おほんおほん!その、バルブロ様のことは置いておいてですね!」

 

「俺はバルブロのことだと言ってないけどな」

 

「うっ」

 

「いや 先生もあの馬鹿(バルブロ)に散々苦労させられた上に首にされたから色々と思うことはあると思うが……で、ラナーがどうかしたの?」

 

 そう、あの可愛い天使ちゃんがどうしたというのか?賢くても何も問題がないと思うのだけど。

 

「そうですね……簡単に言うと、彼女は一を知る前に十一に到達するという……まごうことのない天才です」

 

 え……?

 

「理解が早いとか、そういうことでは無くて?」

 

「はい。事実をそのままお話しすると、数理の授業をしようと教科書をお渡ししたら、こう……ペラペラと一通り捲くったと思ったら『この次の教科書は○○について書かれているのでしょうね。そして、その次の教科書だと△△の解説かしら』と仰ったのです」

 

「んん?」

 うめき声を挙げつつ、俺は自分の持つ教科書の一番始めのページを開くと△△の数理解説が書かれていた。

 

「え?どういう……え? つまりラナーは一読して全て理解した上で筆者の癖や教育法などを推論したということか?しかもその次の段階の教科書まで」

 

「ええ、ええ。そうですとも、そういう反応を頂けて嬉しゅうございます」

 

 先生は「やっと同志を見つけた」とでも言わんばかりにホッとした顔をして続ける。

 

「しかも、『この数式なら、こう~こうとした方がシンプルで美しいのに』と教科書の是正箇所も指摘されたのです。よくよく精査してみるとラナー様の仰りようが正しく、正直……私には何も教えられることが見当たらないのです」

 

 ほあー やるなあーアイツ。

 

「なるほど……兄といい妹といい、先生には御迷惑をおかけしております」

 

 そう言って、俺は殊勝に先生に頭を下げる。

 

「おやめ下さい!? こんなことで王子様に頭を下げて頂くなど!」

 

「俺もすっごい駄目な生徒で申し訳ない。もっと物覚えと理解力が在れば良かったのに要領がわるくてさ。先生が根気よく教えてくれなかったら平凡になれたかも怪しいよ」

 

「いえ!お教えさせて頂く身としては、努力を怠らず、向上心の塊のようなザナック様は本当にやり甲斐のある生徒さんで御座います。その……失礼ではありますが、王侯貴族のご子息というよりは商人や魔術師の子息の方の様な才気渙発さと言いましょうか、大らかさと申しましょうか……褒めてますよ?」

 

「ああ……うん。正直、王子様とかよりもそっちの方が自分の性には合ってると思うから気にしないでくれ」

 

 そうか……ラナーがなあ……機会があったら色々と話してみよう。まあ今のところラナー付きの人々のガードが固くてなかなか会えないけどね。

 

 それから意識してラナーのことを知るようにしてみた。手始めに信用のおける従者で、ラナーの従者と繋がりがある者に、それとなく妹の「噂」段階で良いから情報を収集してみた。

 

 その結果を端的に書くと

 

 従者A「常に無表情」

 

 従者B「美しい蝶を叩き落として、訝しがる周囲に「ハエや蚊と同じ虫でしょう?」と呟いた」

 

 従者C「教会で神の教えを説かれて鼻で笑い「子供騙しね」と言い捨てた。」

 

 従者D「飼い犬のグロースが亡くなった時に泣くどころかヌイグルミの様に雑にイジったあとに『捨てといて』と言った」

 

 従者E「ランポッサ王の年始の市民への挨拶に帯同した時、城から参賀に集まった民をゴミを見るような目で見ていた。「多くの人に祝福してもらいましたね」と声をかけたら「24500匹くらい群がっていたわね」と答えた」

 

 

 

 うんうん……そうかそうか…………俺は親指を顎に当てると満足そうな顔をする。

 ふう……もう、良いかな? 落ち着いてるか? 俺は駄目だ。

 

 こっわっ!? オレの妹、こっわ!?

 

 サ、サイコパス!? シリアルキラーなの!あの()サイコパシーなのかな!

 

 なんというか、こう……俺の生きていた世界だったら、特別監察官にグリッグリッにマークされてるよ、きっと。

 もしくは危険思想人物保護法で白い壁の部屋に入れられているな……間違いなく。

 

 まさか妹が頭良すぎて駄目な子になっているとは……しかもお姫様だから放置プレーでスクスクと闇が育っている気がする!

 なんらかのケアが必要ではないだろうか? この世界だと何か精神面での緩和ケアなどは行われて……いる訳ないよな。放置され続けたら可愛い妹は、どうなってしまうのだろう? 俺の頭に昔見た映画などで、IQが高すぎて同調能力に齟齬をきたし、孤独の中で闇に落ちてサイコパスとなり、シリアルキラーへと変貌していく猟奇殺人者などの姿が浮かんだ。

 

 ……俺の妹を、そんな化物にしてなるものか!

 

 強く首を振って嫌な妄想を払いのけると、握った右手で強く左胸を叩いた。

 

 そんな風に想像以上だった妹の様子に戦々恐々としながら、無謀な使命感に懊悩としていた或る日、俺が部屋で自主勉強をしていると、窓から庭先をラナーとメイドが散歩をしている姿が見えた。今日は暖かくていい天気で散歩日和だからかな。またとないチャンスだ。

 

 俺は部屋の隅でメイドに「ちょっと気分転換に庭を散歩してくるよ」と言い捨てて、上着を手に取るとそそくさと部屋を出た。慌てふためいたメイドから俺の小さくなっていくであろう背中に向かって「御出になられるのはお庭だけにしてくださいね!」という悲鳴のような声がかけられた。俺は後ろ手に手を振って了承の意を告げつつ玄関に向かって走り抜ける。

 玄関脇の執務応対室居のウォルコットが突然現れた俺に驚いて目を白黒させつつ「ど、どうされましたか!?ザナック様!?」と俺を押し止めようとする。俺は「勉強のしすぎで疲れた。気分転換に庭を歩くだけだ」と告げるも「では、ただ今従僕(フットマン)を呼びますので」

 

「要らん!庭を歩くだけだからな。それとも俺が知らないだけで、王宮警備隊は無能であり、宮殿内も安全地ではないとウォルコットは考えているのか?」

 

「え!?いえ、決してそういうわけではありませんが……」

 

「ならば良かろう。俺の素行が気になると言うならオマエがのんびりと後をつけてくれば良いではないか。では先に行くぞ」

 

 自分に与えられた邸から、ただ出ようとするだけでこの手続の煩雑さである。いや……解ってるんだ。継承権第二位ということは継承権第一位(あのバカ)に何かあったら次期王となる身だ。警備システムの最大の敵は警備対象の突発的な行動(アクシデント)だ。それゆえに本来なら俺など屋敷内に閉じ込めておきたいのが彼らの本音だろう。

 昔の記憶が蘇る前なら、そういう不自然な不自由さを自然に受け入れられたのかもな……。かといって「戻らなければよかった」なんて思わないし、思ってはいけないと思うんだ。もし、それまでの俺だったら、ただただ流れに身を任せて揺蕩って生きていただろう。小さな父の小さなコネで掴ませてもらった最下級公務員という仕事。富裕層の世話をするためだけの歯車として生きていただけの俺はもう居ないのだ。……居ないよね?

 

 庭に出てラナーの姿を見つけた俺は、口笛を吹きながらご機嫌に歩きだす。こちらに気づいたラナーとお付きのメイドが怪訝な顔で俺を一瞥をすると、軽く会釈をして俺との距離を取り出す。

 わあ……すげえ避けられてるじゃないか。やめて、イジメられてたあの頃を思い出す……いや、イジメられるほど学校に行ってなかったな……良く考えたら。体弱かったからなあ……今は健康ポッチャリだが。ほんのり腹も出てるし。

 いきなり少し出っ腹になっている部分を自慢気に「パーン!」と叩いた音にビクッとなったのか、二人は動きを止めてコチラを振り返る。

 

「やあやあラナー奇遇だねあといい天気だね散歩かな?僕も散歩だよ」と話しかけてみる。

 

「ええ御機嫌よう……ザナックお兄様。……なぜ流れるように句読点を省略した話し方を?」

 

「なんでだろうな……」

 

「いえ、私に聞かれても……」

 

「今日は気持ちいい天気だな。ラナー」

 

「……この季節だと普通の気候だと思いますわ」

 

「俺もさ、部屋で勉強していたんだけど、気分転換に散歩したくなってな。気が合うじゃないか、流石兄妹だよな。兄妹。妹。可愛い」

 

「経過時間を考えますと、お部屋から私を発見して急いで来られたように思いますが」

 

「ふふ……オマエにはそう見えたのかもな」

 

「……なにか(わたくし)に御用でしょうか」

 

 ……用? いや用事があって呼び止めたという訳じゃない────むしろ……。

 

「うん。まあ少しだけ話したいことがあってな……あ、家族の話なので君は少し離れてくれないか?」

 ラナー付きのメイドは、俺の言葉に渋々と従うと、30メートルほど離れて心配そうにこっちを見てくる。信用ないな……俺。

 

 ラナーは感情の見えない目で俺を一瞥すると興味なさげに中空を見ていた。

 ただの平凡な人間でしか無い俺がなんて言えば良いだろう? 対応を間違えたら大変なことになるんじゃないか?そんな風に考えすぎて、何も話し出せない俺にラナーが焦れたように眉を潜めた。

  

 俺は思い切ってラナーの目の前に回り込むと、顔をラナーの顔に突き合わすように正面を捉えて言った。

 

「ラナーの事が心配なんだ」

 

 真顔で不思議なことを言う俺の言葉を受け止めたラナーは、目の前で毛虫が砕け散って破片が降り掛かってきたかのような顔をした。

 

「そのうち、賢いオマエはただの子供を演じだすだろう。良いお姫様になりきるだろう。でもそれじゃあオマエはいつまでも独りぼっちだ」

 

 ラナーの表情は、すっごい不信感と不機嫌と不快感が絶妙に混じり合った……つまり、Veryイヤそうな顔だった。眼の前の(オレ)という存在への拒否感を顔いっぱいに溢れさせていた。

 

「……」

 

 (いぶか)しげな顔をしたラナーは、それでも俺に少し興味を抱いたのか、距離を取りつつも俺の深淵を覗き込むかのような目で、俺を黙って観察している。それはまるで科学者が実験動物の様子を見つめているかのようだった。

 

 その静寂はメイドの「すみませんザナック様。まだお寒いですし、ラナー様はお館に帰らせていただきますね」という言葉で破られた。

 

 ハブとマングース(もちろん俺がハブだ)のような立ち会いを終えた俺は不意打ちでラナーの左頬をムニッと摘む。

 

「いひゃいですわ。お兄様」と不快気なラナーがジト目で睨んでくる。可愛い。

 

「ザナック様!? お妹君(いもうとぎみ)とはいえ、淑女にそれは不躾で御座います!」と離れていたメイドが悲鳴をあげながら近づいてくる。

 

「じゃあな、ラナー。また話そう!」

 俺はそう言い捨てて、後ろから俺を追ってきたウォルコットを見つけると、その脇を走り抜けがてら「いえーい」とハイタッチをして、キョトンとする執事を置いてザナックハウスへ帰るのであった。

 

 「人間の感情で一番強い感情は好奇心である」と聞いたことがある。

 

 全てを知り尽くした気になって、全てを理解した気になって、無感動になり無感情に日々を過ごしていたラナーが全ての人を同一視して拒む中で、俺に毒があると勘違いしてくれればそれで良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 長男じゃないので宮殿の庭(広大)などに生みの母と供に屋敷を与えられて育てられている設定です。
 年齢が不明だったのでラナーの年齢+7歳がザナックの年齢と仮設定。




 juto様 ひふみん様 みえる様 クオーレっと様 ジャックオーランタン様 タクサン様 誤字脱字の修正有難うございます

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