城の自室で執務にあたる。父王の手伝いもあるのだが、要するに王が直々に返答するほどではない内容の手紙や挨拶状や礼状の作成が主な仕事だ。他には帝王学の一環なのか簡単な収支報告書の確認と計算や、稟議書の吟味なども手伝うこともあるし、教団関係の儀式に呼ばれることも多い。要は王の代理人として各地へ派遣されることが増え、王都リ・エスティーゼに引きこもっていた頃が懐かしい。仕事は多岐にわたり、なかなか忙しい。バルブロも大変だな……と思ったら、俺にアイツの分の仕事も押し付けられている事が判明した。野良ラナーを放り込むぞ。
「漫画やアニメの王子様って、学園に通って主人公のライバルになったり、テニスをしたり優雅で楽しそうなイメージがあったけど、現実は違うな……」
そんな風に愚痴りながら窓の外を眺めていると、見たことのない女性の三人組と大女?が一人、なんか仮面を被った小型の生き物が一人歩いているのが見えた。彼らは守衛などに親しげに挨拶を交わしながら入場していく。
……あれ? もしかして、今のが噂のアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』では?
クライムに聞いてみようと思って振り返ったが、良く考えたら今日はクライムは非番だった。本人は納得していなかったが、最低週に一度は休みを与えている。それでも充分ブラックなのにな。
もう、今はラナーも俺も城の中に自分の部屋を与えられている。
部屋というか前世で言うところの高級マンションの様な感じで、生活部屋、書斎、応接間、寝室などが一人一人に与えられている感じで、ラナーは姫ということで隣の女性中心の区域の方に行かなければ会えない。俺はテクテクと廊下を歩き、途中で守衛に挨拶をしつつ、ラナーの部屋に移動する。そして部屋の前に再び現れた守衛に挨拶を交わしてドアをノックして中からラナーの物ではなかったが声が掛かったので入ると、先程窓から見た五人組が応接室で鎮座しながら紅茶を飲んでいた。ラナーは席を外しているのか姿は見えない。
俺が驚くのと同じように相手も驚いていたが、さすがに一流冒険者らしくすぐにこちらに反応した。
「タイプじゃない」と細身で小柄の女の子――――良く見ると隣の女の子と同じ顔をしていた――――が言った。
同じ顔の娘が「論外」と続いた。
奥に立っていた女性なのか男性なのか解りにくい生き物が、「カエルっぽいな……」と呟いた。
仮面の子が「よせ、おまえら失礼だろ」と注意していた。
最後にこちらを振り返った美しい女性が「……これはザナック王子!?仲間が失礼致しました!」と悲鳴を挙げつつ双子の頭を抑えながら深く頭を下げた。
後で女界一のマッチョマンみたいなアマゾネスが「おいおい、王子様という言葉から受けるイメージからかけ離れすぎてるだろ」と言い放ち、仮面の子が「言葉とは時に残酷な物だ」と締めた。いや締めるな。
こんな短時間で俺のガラスのハートに致命傷を与えるとは……さすがアダマンタイト冒険者だな!
俺があまりのダメージに膝から崩れ落ちていると、ドアがガチャリと開いて、ラナーと手に円筒状に丸められた紙を持ったクライムが入ってきた。
「ザナック様!?どうされたのですか!?」とクライムが心配そうに俺の肩を支えてくれた。
「あら、お兄様。どうかされたのですか」とラナーが客人の前だからか少し丁寧めに応対してくれる。
「いや、大丈夫。ちょっと自分の部屋から歩いてきて疲れただけだ」
「え?100メートルほどですよ?」
「運動しないからそんな体なんだよ」
「おい、そこのゴリウーメン! さっきから心にぶっ刺さるような発言を繰り返すな!」
泣き叫ぶ俺とゴリウーメンの間にクライムが体を入れると、
「ザナック様!?落ち着いて下さい。ええっと……ザナック様は蒼薔薇の方は初めてでしたよね? こちらがアダマンタイト級冒険者のリーダーであられるラキュース・アインドラ様、ティア様、ティナ様、ガガーラン様、イビルアイ様で御座います」と声を挙げた。
クライムの紹介に合わせて蒼薔薇のメンバーは軽く会釈をしてくれる。
「ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフだ。第二王子をやっている。気軽にザナックと呼んで欲しい」
「ザナック。もう少し痩せた方が良いぞ」とガガーランが早速呼び捨てた。
「おい、そこのナイスガイ。オマエは様づけで呼べ」
「私たちは良いのか?ザナック」
「おい ザナック、パン買ってこい」
と双子が連打する。
「……」
「兄さん、嬉しそうね……体がダラしないですわよ?」
「ダラしないのは顔だ!?体を変化させてまで悦びを表現するほど器用じゃねえわ!」
割と、こー、年下の女の子に呼び捨てに呼ばれて邪険に扱われるのって……良いな。うん良い。
あと体はもともとダラしないんだよ。何故だ……結構鍛錬してるのに……喰ひに喰ひけるからか?
王族兄妹コントを不思議な顔をして見ていた蒼薔薇を痛ましく思ったのかクライムが手に持っていた紙……地図を広げる。
「おい?良いのか?」
と仮面のイビルアイが俺をクイッと顎でしゃくり示す。
「ええ。ダラシのない兄なら大丈夫ですわ」
と、ラナーが澄ました顔で言ったので
「はい。ダラシのない兄は気にせず続けて下さい」
と、俺は精一杯キメ顔で言った。
「なんか虚ろな表情だが……」とガガーランに心配そうにされる。
「……では、次の八本指の黒粉栽培地区ですけど」とラナーが切り出した。
「えっ 八本指って地下組織最大の!? それに黒粉って麻薬のことだよな!?」
思わず俺は驚いて、ラナーとクライムの顔を見る。
「ええ、そうですわ兄様」
「ザナック様。ラナー妃は私たちに依頼という形で、八本指の資金源である黒粉栽培を一つ一つ叩いているのです」
リーダーのラキュースが説明してくれる。しかしこの娘、綺麗だなあ……。
「オマエ、そんな危険なことを父上の許可も取らずに!?」
俺が驚いて注意しようとしたがラナーは
「王派にも貴族派にも八本指と繋がった物が大勢おります。極秘裏に進めなければならない措置ですので私のお小遣いで出来る範囲のことをやっているのです」
ええ……ラナーがそんな人道的な良いことを? 危険を冒してまで? これ、クライムへ「自分の少ないお金を叩いてまで民と正義のために尽くす健気な姫」というパフォーマンスでやってないかコイツ。違和感しか感じない。他にも何か狙いが?くそう俺には解らんな。
クライムの眼がさっきからキラキラしっぱなしで妹を見ている。そのラナーは「可哀想な姫」演技が垣間見えつつ、クライムに見えない角度で「でゅふふ 計画通り!」という表情に充ち満ちているんだが。おい、こいつの方がダラしない顔になってるぞ?
俺が疑惑の眼でラナーをジーッと見ていると、イビルアイが「ずいぶん妹さんが心配な様子だが、大丈夫だ。我々ならあの程度の奴らにヘマはしないし、ラナー姫が絡んでいることは隠し通せる」と慰めてくれた。
いや むしろ心配なのは毒牙にかかりつつあるクライムと騙されて危険な仕事をやらされている君たちなのだが。
俺が困った顔をしているとガガーランが「アンタはこっちきな」と言って俺の肩を掴むと隣の部屋へと俺と二人きりになる。
ドン
「やめて……犯さないで」
「おめーはタイプじゃねえ」
と口撃を交わす。無論、最初が俺の台詞で、後がガガーランの台詞だ。あれ?おかしいな。なんで俺は壁ドンされてるんだ?
「そりゃあれだけ可愛い妹だ。心配になるのは解る。だが黒粉で多くの人が苦しんでいるのは確かなんだ。立派な妹さんだぜ」
「可愛い妹だとか、立派な妹だとか、そんな不思議な生き物が居るなら見せて欲しいもんだが……(主にクライムが)心配は心配だ。確か八本指だと強い用心棒とかが居るんだろ?」
しかし、コイツら思ったよりも正義感が強いのか?
「まあね でも安心するんだね。あのちっこいのは底を見せていないが知識も実力も最高峰のマジックキャスターさね。底を見せていないと言えばリーダーもそうさ」
「ほう。一番荒事には向いて無さそうに見えるんだけど……あっ、王国で数少ない蘇生魔法が使えるんだっけ」
「ああ それに実は攻撃にも切り札を持っていてね」
「ほう」
「あの魔剣キリネイラムには凄まじい力が封印されていて、解放すると街一つを飲み込むほどらしいぜ」
「えらい危険な剣だな!?大丈夫なのか?」
「ああ。ラキュースは夜な夜な一人になってから「ふふ、私はあなたなんかに負けないわ!」と剣の力と戦いながら「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)」の素振りをして鍛錬を忘れない自慢のリーダーだ」
「ん? だーく?めが? ん」
……んんー? なんだ、この俺の心の端に引っかかる恥ずかしい感情は!?
まさか?いやまさか?
「あのラキュースって娘さんだけど……」
「おっと惚れちゃ駄目だよ? 彼女は特権階級が嫌で冒険者やってるんだから、王族なんて願い下げさね」
「いや、なんていうか……こー、あの娘、夜中に「くっ、抑えろ!この力の封印が解ける!」とか叫んでない?」
「なにっ?」
「あと、ひたすら詞を書き殴ったり、妖精が見えるって言ったり、シルバーアクセサリーを集めたり、世界は腐ってるとか言っちゃってみたり、この眼は闇が良く見えるとか呟いたりとかしてない?」
「アンタ!なんでそれを知っているんだい!?」
「ああ、うんうん、そうかそうか!」
よほおーうし!アウトゥォ――――!
「よし、なんか解らんけどもう大丈夫だ。落ち着いた。むしろ少し下がった。みんなの所へ戻ろう」
「あ……そ、そうかい」
俺たちはラナー達の居る部屋に戻り、ラキュースの耳元で「黒より暗く……」の一節をボソッと囁いた。ラキュースは「なっ何!?」と
振り返るとティナとティアに「王子の特権でリーダーにセクハラを……糞豚が」と白く蔑んだ眼で見られた。
やめて、本当に「本当」になっちゃうから。ぞくぞくぅ。
そんなことがあってしばらくしてから、レエブン侯とエ・ランテルの事件について歓談をしていた。
あのズーラーノーンの事件ではなく、エ・ランテル近郊にホニョペニョコという変な名前の吸血鬼が現れ、それを冒険者が討伐したという話である。
「どうもスレイン法国に派遣している諜報官が言うには、危険なドラゴンが復活しそうらしくて、その前触れとして強力な魔物が活動を始めたのではないか?というのが彼らの見解らしいです」
「太古のドラゴンだっけ?」
「ええ、そして吸血鬼を倒しに行ったチームで帰ってきた冒険者は二人組の1チームだけで、彼らはアダマンタイトに昇級したそうですよ?」
「そうか……王国の冒険者に貴重なアダマンタイトチームが増えたか、何かの時に切り札になってくれれば良いが」
「ええ。私も護衛は元オリハルコンチームの冒険者だった者達で固めていますが、彼らは本当に使えます。単純な強さだけでなく、機転や勇気、判断力が普通の戦士とは比べものになりません」
「なるほど……冒険でしか磨かれない物か……」
少しユグドラシルでドキドキしていた頃を思い出してしまうな……。
突然、ドアがコンコンとノックされた。
レエブン侯が来ているときは「入れ」と言うまで誰も来るなと言ってあるから、ノックされるという事は何かあった時だ。
「入れ」
「はっ」
従者がドアから入ってきた。彼はまだ若く、俺が以前「良い面構えをしているな……」と誉めたら「わ、私には愛する婚約者が居ます!」と良く解らない告白をしてきた記憶がある。不思議な風習を持った田舎の出なのかも知れない。
「実はクライム殿が市中の見回りから帰られたのですが、様子がおかしいと言いますか……鎧も傷が入ってますし何かあったのでは?と思いまして」
んん? クライムがラナーからもらった大切な鎧を不用意なことで傷つけるハズはない。
「それで、クライムは?」
「はい、これをザナック様にと私に預けたあと、ラナー様に何か報告があるらしく……」と言って羊皮紙を渡される。
手紙には『八本指のことで問題が発生致しました。急を要することなのでラナー様にご相談の後に御報告に参ります』と書かれていた。
ううむ……なんだこの嫌な感じは。
ラナーが絡んでいるのが奴らにバレたのか?
八本指相手に友人(?)である蒼薔薇しか戦力のない身で大丈夫だろうか?
くそっ!なぜ事態というものは急激にこうもうねりを見せるのだ!
俺はレエブン侯にクライムメモを見て貰うと「ラナーが無謀なことをするとは思えないが、すまないが一緒にきてくれませんか」と同意を得て二人でラナーの部屋に向かった。
長い廊下の窓から覗く空は暗く曇り、雨すら降りそうだ。
雨上がりや雨が降る前の匂いには『ペトリコール』という名称がついている。
『石のエッセンス』という意味だ。
俺は窓から見える石畳から何故か不吉の前兆である匂い立つようなペトリコールが漂っているような気がして、自分が遂に何らかの運命に捕らわれたのだと、どこかで感じた。
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