黄金の日々   作:官兵衛
<< 前の話 次の話 >>

14 / 27
戦の気運

 

 

 

 

 

 

「ザナック様、例の件は無事片付きまして御座います」

 

 教会での儀典に出席した後に城に帰り、執事の報告に肩の荷が降りた俺は「うむ ご苦労」と答える。

 例の件とはラナーがクライム達に「うちで保護します」とか言った癖に、クライムへの独占欲や嫉妬から始末しようとした娼婦たちのことだ。彼女たちは俺の領地で療養し、性病や暴行による怪我を持っているものが多かったので、薬師や教会回復師による治療を行い、郷里に帰りたいものは帰し、行く宛のない者は我が領地の中でメイドや店員などのサービス業、少数ではあるが再び娼婦になる者も居た。といっても我が領地は王都近郊の鄙びた牧歌的な所であり、お客さんは農家や商家の小倅や衛兵くらいしか居ないだろう。

「ま、気に入ったお客さんと結婚でもしてくれればお嫁さん不足の解消の足しになるだろう」

 うち……若い娘が少ないんだよな……領主の人気がないからかな、カナ。

 

 この件についてラナーは何も言ってこない。

 クライムは王国政府の中で最も活躍をしたということもあり、正式な騎士に叙勲……という話があったが「正式な騎士になると今ほど自由にザナック様とラナー様の間を行き来出来なくなりますので」と言って断った。

 まあ、一騎士という身分程度ではどうせラナーとの結婚が許されるわけではないから焦る必要は無いだろう。

 

「無駄にこれ以上、騎士団の連中や衛兵などからやっかみを増やす必要もないしな……」

「どうされましたか?ザナック様」

 クライムは白金の鎧に身を包み、俺の独り言を聞き逃がさなかった。

「ああ、クライムに癒やされるなあ……と思ってな」

「御冗談を。……もしや、癒やしが必要なほどお疲れなのでしょうか?」

 クライム、いや、クライムきゅんが真摯に心配で一杯の眼で俺を見てくる。

「ああ……クライムの透き通った瞳に癒やされる……身体の悪い物が浄化していくようだ」

 なんかマイナスイオンとか出てんじゃねえの?この子。クライムデトックス。

「え? そんな、私などにその様な力は……」

 ふふ 赤くなってる。今日も俺のクライムは可愛い。

「……しかし、こうなるとクライムはあんまりラナーの近くに行かないほうが良いかも知れないな」

「! な、なぜでございますか?」

 クライムがシュンとなる。きっと犬耳が垂れている状態だ。

「いや アイツは悪いモノだけで出来ているから、クライムの浄化範囲に入るとドロドロに溶けそうじゃん」

 もしくはキレイに服だけ残して蒸発しそう。しゅわああ~って。

「いけません!ザナック様。いつもの戯けとは思いますが、ラナー様の事をそのような……」

 

 突然バーン!と扉が開いて無表情なラナーがズカズカと無言で入ってくる。

「あ」

「……」

 ラナーは無言のままで俺に近づくと、俺の眼孔の当たりに拳をグリグリと押し付けてくる。なにこの痛くて怖くて地味な攻撃!?

「痛い痛い痛い!?てゆーか怖い怖い怖い!?なんか気分次第で目の玉を潰されそうで怖い!?」

「……」

「ラナー様……ザナック様が本気で泣きそうなのでやめてあげて下さい」

「泣くか!……いや、やっぱりゴメン泣くかも許してください痛い痛いぎりぎりするきりきりするう!」

「人が居ない間に、お兄様はクライムになんということを吹き込むのですか!」

「おまえが夜の街を見下ろして「わははー愚民どもめー」と言いながらワインを飲んでいることをバラしてごめんな」

「……いえ、私そんなラキュースみたいなこと言ってません!」

 なんで一瞬考えたんだよ……。

「馬鹿おまえラキュースだったら、夜の月を見上げながら「馬鹿な!?それが世界の選択だというの!」とか言うよ?」

「……本当に言いそうだわ」

「なぁー」

「えっ?ラキュース様って……え?」

「まあ あいつのミドル・エイジ・シンドロームのことはどうでも良い。どうだった?バカプロの様子は」

「……いえ、あのザナック様?」

「ええ あの残念脳は相当焦ってるようですわよ」

「ラナー様まで……兄君で御座いますよ」

「あれー 俺もラナーも誰のこととか言ってないのにー」

「まあクライムったらバルブロお兄様のことをそんな風に思っていたのね!イケナイ人だわ」

「……お二人って本当に良く似た御兄妹ですよね」

「「それはない!」」

 

 リ・エスティーゼ宮殿の裏に呼び出すぞ!?

 

 

 

 

 ……さて、そろそろこの状況を整理しよう。

 

 先程、クライムの評価が上がったというが、実はそれ以上に上がったのが……上がってしまったのが俺の評判だ。確かに俺は市民や衛兵に見える所を闊歩していたが、実際に自ら戦ったと言えるのは一度だけなんだけどなあ。

 

「なんでこんなことに……」

 

 俺は両手で頭を抱える。

 

「往生際が悪いですわね」

「ザナック様は御立派に街をお守りに成られたではありませんか!誇られても良いことだと思います!」

 

 父王も戦士長と供に前線に立っており、城の奥に引き籠もっていた第一王子のバルブロへの声は厳しい。普段強圧的な態度で、平民にも貴族にも横柄に接してきた者が、臆病風に吹かれて普段馬鹿にしていた弟すら前線で市民のために戦っている中、城の奥で震えていたわけである。当然、世間では「次期国王にふさわしくない」「ザナック様の方が王の器である」という声が一気に噴出した。特に王派閥などは常日頃から苦々しく思っていたバルブロの失態をここぞとばかりに責め立て、それはもう無視できる熱量ではなかった。

 

 そこに降って湧いたのが、恒例のバハルス帝国との会戦の気運である。帝国はいつもよりも多い6万の軍を用意しており、好戦的な貴族の中では「帝国は今回は本気だ!いつもと違って睨み合って終わりじゃないぞ!」と気持ちを高ぶらせて張り切るものが多かった。

 それは前回の失態を挽回したいバルブロにとっても好機に思えたらしく、父王ランポッサ三世にしつこく参戦を願い出たのだ。

 

「父上は一軍をバルブロに許すだろうか? いつものように睨み合いだけならそれも構わんと思うが」

 というか王に成りたくない俺としては、正直バルブロには程々に頑張って欲しいのだ。俺としては王がバルブロで、ラナーが総合アドバイザーとして実権を握り、俺がどこかの辺境でのんびり暮らせればそれで良いのだし。

 

「レエブン候からは兄が出るなら、ゲヘナで功を立てた俺にも軍を預かる権利はあるでしょうと言っていた。これ以上目立って本当に王になってしまったら誰が責任を取るんだ」

 

「煮えきりませんね。お兄様は」

 

「オマエやってくれよお」

 

「……」

 

 ラナーは半笑いで無視をする。

 

「なあ……クライム。妹に無視されるような兄は、王に相応しくないと思うんだ」

「いえ お二人は話さずとも心で通じ合っているので御座います。無視された……のではなく、言葉にする必要がないのではないしょうか」

「クライムはラナーに甘いなあ」

「いえ、そのようなことは決して」

「言っておくが、一緒に暮らす様になったら苦労するぞ?時には厳しいことも言わないと駄目だぞ?」

「ザナック様!?」

「まあ!お兄様ったら!?もう……」

 

 ラナーは恥ずかしそうに顔を背けると、クライムに見えない角度で「うぇへへ」というダラしない顔をする。そして俺を睨むと「もっと言え、もっと」と手をふりふりとして煽ってくる。おかしい……普通ツンデレの「ツン」と「デレ」というのは同一人物に食らわせてこそ有効な技だと思うのだが、何故担当が違うのだろう。

 

「なんだクライム、ラナーじゃ不満か?確かに、ちょっと……いやかなり、いや恐ろしいくらいに性格はドス黒いが、顔と計算高さだけはかなりのも……げふぅ!」

 

 俺のレバーに拳を叩き込んだラナーが「約束は守ってくださいね」と耳元で呟く。……約束?なにそれ怖い。とりあえず、後でジワジワ効いてくるものだろうな。いいもん持ってやがるぜ。

 

「バルブロ兄様の声望が地に落ちたため、義父のボウロロープ侯は娘婿の汚名返上のためにかなり張り切っておられるようですね」

「まあでも、全軍の指揮はレエブン侯が執るのだろう?だとすれば会戦になったとしても何とかならないかな? そりゃリ・エスティーゼ王国軍25万対バハルス帝国軍6万という数の差が全てではないのは解っているけど」

「数だけ25万の王国と、質と練度に長けた精鋭の帝国軍6万では防ぐのがやっとかと」

「しかもオマエが言うにはバハルス帝国のジルクニフが例年兵を出してきたのは、うちの兵糧に損害を与えて、国の経済バランスを崩し、国力を削ぐことが狙いだと言うのだろう?もう良いのか?ジルクニフにとって、もうウチは食べ頃になったというのか?」

 

 だとすると不味いな。

 

「どうなのでしょうか?レエブン侯には天才軍師が仕えているらしいですし」

 

 そう言いながらもラナーの眼に表情はない。俺の前で、こういう時のラナーは自分の心の底を見せないようにしている状態だ。

 

「そうか……ちょっとレエブン侯に話を聞いてみるかな……クライムはこのままラナーの相手をしてやってくれ」

「はっ」

 

 俺は、こそっと俺に「ないす!」とサムズアップをする金色の悪魔(ラナー)を無視して、レエブン侯が王都に常駐する時に使っている屋敷へと向かう。ある意味、レエブン侯の別荘のようなものだが、流石大貴族だけありその辺の貴族の本宅よりも大きく豪奢な作りだ。

 

「どうされましたかな?ザナック様」

「ほら、来月か再来月辺りに迫っている次のカッツェ平野での会戦についてな」

「殿下はお出にならないようで残念です。私としては誼を通じているザナック様が活躍して名声が上がり、次期国王になって頂くのが有り難いのですがね」

「いや 無茶言うなよ……次期国王も戦争も俺には無理だよ」

「私のように有能な軍師をお雇い下さい。なんなら良さそうな賢者を御紹介致しますよ?」

「一兵卒も持ってないのにそんなの要らないです……今回は帝国も本気で大会戦をするらしいと聞き及んでいるけど……本当かな?」

「難しいところですね。確かに例年よりは多いのですが、本当に戦う気があるならもう少し兵を増やすと思うのです。我々はガッチリと守れば良いだけですし、例え彼らに軍を抜かれても城塞都市エ・ランテルが後に控えてますからね。となると我々を叩いた上で、難攻不落のエ・ランテルを落とす兵力が必要に成るわけですが……いくら帝国兵が精強と言えど少ないように感じますね。しかも帝国は騎馬が中心ですが、攻城戦に必要なのは包囲網のための歩兵と、陣地構築の工兵です。騎馬では馬の糧秣も必要となり、例え我々に快勝したとしてもエ・ランテルを落とすことは出来ないのではないでしょうか」

「なるほど」

 

 確かに……彼らはカッツェ平野で勝っただけでは何も得ることが出来ないのだ。

 

「となるとバルブロが出してもらえたとしてもいつも通りの睨み合いだけで、戦功を立てることは出来ないか……」

「そうですね。そもそもランポッサ王の配慮で参陣は叶いませんでした」

「そうなのか?」

「はい。バルブロ殿下はボウロロープ候に精鋭を預けてもらう約束を取り付けていたらしく大層ご不満のようでしたが」

「そうか、俺は何もしなくても良いんだよね?」

「しなくても良いではなく、することを許されなかったのです。王派からは王都の乱のご活躍の勢いに乗って、この戦いに出陣して欲しかったみたいですが、活躍しすぎてしまったため貴族派から猛反発に遭いましてな。どうやらザナック様は別の仕事を押し付けられる様です」

「良くやった。貴族派」

 いやあ、貴族派のお陰で戦争に行かなくて良いとか有り難いね。

「おやめ下さい。そしてもっと自信をお持ち下さい」

「俺が実際には殆ど働いていないことは、一緒にいたレエブン侯が一番良く知っているはずだが」

「ええ 殿下が盾一つで中級悪魔と対峙し、大怪我を負いながら皆を救ってくれたのを目の前で見ておりましたからな」

「それにそもそも、あの事件は被害が大きすぎるぞ。政府の財と市民をどれだけ失ったと?」

「はい ですから英雄が必要なのです」

「英雄なら漆黒のモモン殿が居るではないか」

「失くしたモノは財と市民だけではありません。王政府への信頼も同時に失っているのです」

「ああ……そういうことか」

「ええ モモンは国に取っての素晴らしい剣だが体ではない。そういうことです」

「ご高説をどうも。では『国の頭脳』のレエブン侯として、この戦いは心配要らないということで宜しいので?」

「そうですね 負けない戦いをすれば良いだけの我らとしては、本当に会戦に到ったとしても想定の範囲内で済む戦いかと。まだ時間もありますので馬防柵や対騎馬用パイクの用意も間に合いそうですし」

「そうか それは何より」

「はい ワーカーなどにより、諜報は続けております。例えば最近、帝国首都のアーウェンタールで大きな地震があったのですが、それに巻き込まれて四騎士の一人が亡くなったとも。まあその代わりなのか新部隊を加えたみたいで、兵士数のかさ増しはそのせいではないかと」

「ふむ……」

 

 ……地震?

 そういえば、ゲヘナの炎っぽいのが挙がったアノ王都悪魔襲撃事件の時も地震があったな……。

 

 

 俺は自分の中の不穏な感覚に、どう向き合って良いのか解らないままレエブン候の邸を御暇する。外で待っていた従者と共に馬車に乗り込むと王宮へと向かう。

 馬車の中で得体の知れない不安を抱えながら窓の外を眺めていると、王宮に近づくに連れ、数千の兵が城の外に整列し、まるで出撃を待っているかのような状態でいることが見えた。

 王宮の門が近づいて、馬車から降りた俺は怪訝な顔で謎の軍隊を見渡す。

 五千は居るな……会戦の準備にしては流石に早すぎないか? 閲兵だとしても先の話だと思うのだが? 俺はこの謎の軍隊が掲げる旗を捜す。

 まず『リ・エスティーゼ王国旗』が見える。そして『ヴァイセルフ旗』……アレは王族旗だ。父上の御親兵にしては装備が2段階くらい落ちる気がするのだが……ん!?

 そこには『バルブロ旗』がたなびいていた。……何故だ? バルブロは出陣を許されなかったはずだが?

 俺が不思議に思っていると、突然背中をガシンッ!と殴られた。

 

「ッ!? ゲホッゲホッゲホッ」

 

 俺が肋骨の一本でも折れていそうな痛みに悶え苦しんでいると

 

「はっ 大げさに苦しみやがって豚野郎が」

 

 ……なんでこんな目にあったうえに、こんな罵倒を受けなければならんのか。

 

「ゲホッ 兄上……カッツェ平野へ出陣されるので?まだ早くないですか?」

 

 俺がそう尋ねるとバルブロは眼尻を上げて赤い顔で「うるせえ!!!」と叫んだ。

 

「エ・ランテル周辺地域への哨戒任務に行けってよお!あのボケ爺があっ!」

 

 確かに合戦に出られないのは功を焦っているバルブロにとっては痛恨時だろうが……。

 周囲のバルブロへの評価が大暴落している事は聞いている。レエブン候の話からは本来この様に軍を与えてもらうことすら叶わないほどに。確かに周囲への傲慢な態度や馬鹿な発言と行動。そしてそれを許していた「でも猪突猛進(バカ)で好戦的(短気)な部分は逆に見れば力強く勇猛と取れなくはない」というみんなの一縷の望みが、悪魔襲撃事件でのあまりに酷い怯懦で不甲斐ない様は、その糸を切ってしまったと言える。それにしてもあまりにバルブロの悪評が広まりすぎだとも思うのだが。ボウロロープ侯の人を見る目の無さを馬鹿にする貴族も居るという。……まさかこの噂のスムーズな広がり方ってラナーが絡んでいるんじゃないだろうな? そういえばあの事件の時もやたら俺に色んな役を振ってきていたな……アイツ。

 

 やめるんだラナー。本当に俺が次期国王になったらどうしてくれるんだ。

 

 しかし、きっと父上は王派と貴族派のバランスと、なにより可哀想な長男への温情をかけて、貴族派、王派閥ともに納得できるギリギリのラインの任務が、バルブロに与えられた仕事なのだろう。

 ……それなのに自分に相応しくないって拗ねるとか、バルブロはどこまで行ってもバルブロなんだなあ。

 

「この前の王都の件で各地に不穏な動きもあると聞いております。きっと重要な任務だと思います。ご武運を」

 

 俺は我ながら心にもないことをスラスラと喋ると、バルブロは「うるせえ馬鹿!!」と言い捨てて部隊の方へ肩を怒らせながら歩いていった。

 

 

 

 それが俺が見た兄上、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフの最後の姿だった。

 

  

 ……ってなことに、ならなきゃいいなぁ

 

 

 俺のまったりライフ(未来)のためにも無事に帰ってくるんだぞ。

 

 俺は手を合わせて「これ以上馬鹿兄(バルブロ)が失敗しませんように」と神に祈った。

 

 

 

 

 

 




 
 




締めのお言葉を「らりる」さんに頂きました。有難うございます。



Sheeena様 誤字脱字の修正を有難うございます







※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。