黄金の日々   作:官兵衛
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妹愛(シスコン)王子ザナック

 

 

 

 

 

 

 ……この国の置かれた状況は、なかなか厳しいらしい。

 

 国というか王政府がまず斜陽も良いところだ。そしてその政府の大きな問題点の一つが王族派と貴族派の権力闘争だと云える。正直、もっと基盤がシッカリした国の王子様になりたかった……という気持ちはある。しかも後継者はあんなのだし。大きな功を為したる者は大きな報償を得るべきであるし、そして得た土地での経営が上手くいけば大きな力を得ることが出来る。それで兵を多く養えれば戦争時に活躍できるだろうし、得た利益により更に街を大きくして人が増えれば商売は上手くいき易く税収も増える。そうすれば街を大きくして、更に人を呼び込める……当たり前のことだ。名将の名高いボウロロープ侯は戦だけでなく統治にも腕を見せた。六大貴族の中でレエブン侯の次に広大な領土と兵を有しており、今や王に取って代わらんとする野心を隠そうともしていない。

 

 かと言って、王に反乱を起こすほど彼は馬鹿ではない。しかし……父・ランポッサ王はボウロロープ侯の娘を次期王である兄・バルブロの皇太子夫人として迎えることを決めた。これは父に取っては王族派と貴族派の融和を計る一手のつもりだったのだと思うが、俺には悪手だったと思うのだ。ボウロロープ侯にとって婿であるバルブロの子供、つまり次の次の王は自分の嫡孫になるのである。ボウロロープ侯は決して貴族としての家格は高くなかった。実力のみで這い上がってきたが故に家格が低く、貴族派という派閥を作らざるを得なかったとも云える人物に、将来的にではあるが、絶対的な「王家への介入権」を与えてしまったことになるのではないだろうか?

 

「いかんいかん……どうも独りだと鬱っぽくなってしまう」

 

 あれから警戒されているのかラナーとは接触できていない。執事のウォルコットに「ラナー様が可愛いとはいえ、からかったりしてはいけません」と注意をされた。

あの時の反応、表情から見て、やはり妹は危険な雰囲気がすると思う。時代が時代で身分が身分なら大量猟奇殺人でも行っていたのではないだろうか?と不安になる。しかしこの世界の人はノンビリというか大らかというか、「子供の頃はそんなもので御座いますよ」とか「大きくなれば大丈夫です」などと優しく見守っている。確かに外見は恐ろしく可愛い。すでに国内では『黄金』という渾名すら出回っていると聞く。『黄金』輝ける(かんばせ)と髪に相応しい渾名だ。しかしその中身は……優れすぎる脳ゆえに他人を理解し難い愚かな生き物としか認識出来ず、お姫様としての毎日が育む自尊心が、他人をゴミとしか認識出来なくする。

 

 危険だ。身分というのはホントにやっかいな劇薬だ。バルブロを見れば解る。運動はまだしも、頭も心も残念なバルブロですら当たり前のように他者を見下しているじゃないか。普通、あんなに馬鹿なら恥ずかしくて外に出るときは布きれでも被って歩きたくなるぞ? しかし、ただ一点の「自分はこの国の王太子であり、次期国王である」という一点のみで「父王以外で自分が頭を垂れなければならない人物は居ない!」と偉そうにふんぞり返れるわけだ。

 

 天才と言っても差し支えないらしい脳みそを持ったラナーが、悪影響を受けて怪物へと成長したらどうしよう? 本当なら、あれだけ賢くて麗らかなカリスマに溢れているなら、俺はむしろバルブロよりもラナーに次期女王になってもらって仕えたいくらいなのになあ? で、「じょっ、女王様とお呼び!」とか赤い顔したラナーに言われたい。あの冷たい眼で言われたい。

 

「あー ラナーに足蹴にされてえー」

 

「殿下!?」

 

 大きな声に驚いて振り返ると家庭教師の先生と、その影に隠れるようにラナーとラナー付きのメイドが居た。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……ちゃうねん」

 

「その……ザナック様の(へき)はともかくですね……」

 

 (へき)、言うな。

 

「……どこを蹴れば良いの?お兄様」

 

 えっ何この素直な良い娘。

 

「ははあ……オマエ、さてはラナーじゃないな?」

 

 ラナーっぽい娘は一瞬目を見開いたあと

 

「……お兄様は、本当に私の想像と思考を裏切って下さいますね」と初めて面白そうに呟いた。

 

「お嬢様、お(いとま)致しましょう。ザナック様はお疲れのご様子です」

 

 メイドが汚らわしい物でも見るかのような顔でラナーの肩をホールドし、自分の体をラナーと俺の間に入れる。

 くそう。第二継承者だからって、長男と随分差を付けやがって……知ってるぞ。オマエ……この前、庭でバルブロ(馬鹿)ラナー(天使)の頭を撫で撫でさせていただろ! そのときラナーは、死んだ魚が口の中で跳ね回ってるような顔してたけどな。

 

「うんうん おほん」と俺は落ち着きを取り戻すために咳き込んで仕切り直し、おもむろに語りかける。

 

「あれ?どうしたんだい?ラナー・マイエンジェル。今日は私の歴史学の時間だったと思うのだが」

 

「なかったことにっ!?」とメイドが驚き

 

「ザナック様が自分のことを「私」などと自称しているの初めて聞きました」と先生が頷き

 

「うえー」とラナーが気分悪そうにした。

 

「で、どうしたんだい?ラナー」

 

「折れませんわね……ザナック様」

 

「ラナー様は……その、授業の進みが異様に早くてですね……」

 

「なるほど、俺に追いついた……と」

 

「ひらたく言えば、そうです」

 

「まるく言ったらどうなるんだ?」

 

「ま、まるくですか?」

 

「授業始めてもらってもよろしいでしょうか」

 とラナーが冷たく言い放つ。

 

「あ、はい」

 

「先生は、もー。な、先生なー仕方ないなー」

 

「なぜ全部私のせいに!?」

 

 この日はラナーと一緒にリ・エスティーゼ周辺国についての成り立ちについて習った。背後からラナーのメイドからゴゴゴゴゴゴ……という意味不明な視線を感じたが気の所為に違いない。しかし……相変わらず人の名前を覚えるのが難しい。顔の見極めは随分と出来るように成ったんだけどな。

 

 そんなふうに優しいんだか、優しくないんだか良くわからない日々が過ぎて行った。

 

 一緒に勉強することがあったから気づけたのだが、ラナーはやっぱり天才だった。数理的な問題だけではなく、文系の難問も卓越した推理力でパズルの様に解読していく様は素直に感心させられた。しかしラナーは俺の賛辞の言葉が心に届いていないのか「簡単なことです」と返される。きっと心の中では「なのに、こんな事も解らない事が理解できません」と続くのであろう。その忸怩たる思いのような苛立ちが、周囲の人間への不快感や不信感の原因の一つとなっているのかも知れない。ううむ、頭が良すぎるというのも可哀想な話だな……せめて色々と身に着けた大人になってからなら良かったのに。

 

「オマエ……可哀想だな」

 

 授業後の流れでお茶会となり、ラナー付きのメイドに「やだやだ!スコーンにはアカシアのハチミツじゃないとヤダー!」と王子様として相応しい振る舞いで駄々をこねてメイドに遠くまで取りにいかせたため、ラナーと二人きりになった時に切り出しでみた。

 

「唐突ですね」とラナーがゲンナリとした顔で応える。

 

「オマエは知らないかも知れないが」

 

「お兄様が知っていて私に知らないことがあると?」

 

「ああ、あるよ」

 

「……え?」

 

「俺は知っているんだ。年を重ねる度に自分の将来が暗闇だと気付かされる子どもたち。定められた区域内でしか生きることも死ぬことも許されない人々。そして、その区域にすら入ることを許されない家畜以下の人々たち。オマエは知らないだろう。そんな地獄のような世界もどこかに確かに存在していて、そしてオマエの眼は彼らと同じ眼をしているんだ。失望と絶望の海で藻掻(もが)くことも止めて、のっそりとした死を選んだ様な彼らと同じ眼なんだ」

 

「っ!……何を仰られているのでしょうか。『地獄のような世界』『失望と絶望の海』……どうしてお兄様はそんな恐ろしい言葉を……」

 

 ラナーは先回と同じ様に俺の深淵を覗きこむかのように、ジッと何かを考えながら俺の眼を覗き込んでくる。

 

「まるで本当に知っているかの様に、幼少の私に……いえ、()()()()()、お兄様は()()()()() のね」

 

 俺が今、どんな眼をしていて、ラナーがこの眼から何を感じて、何を理解したのかは解らない。しかし、(かしこ)すぎる……(かしこ)すぎるラナー(いもうと)であるからこそ真実にいつか辿り着くかも知れない。この俺の魂は、この世界のものではないと。

 

 ラナーは今まで見たことがないほどに眼を輝かせると「……あなたはだあれ?」と呟いた。

 

 俺は「お兄ちゃんだよ」と答えた。この()やべえ。

 

 時間切れだ。コツコツコツと廊下を歩くメイドの靴音が聞こえたからだ。

 ノックの音がして「失礼します」という言葉が聞こえ「入れ」と応えるとガチャリと音を立ててドアが開き、「アカシアのハチミツを持ってまいり……もうスコーンを食べ終えられているじゃないですか!?」という非難が聞こえたのを合図に俺は「ごちそうさまでした。ラナーまたな」と告げて部屋から出た。出る時に一瞬見えたラナーは、初めて手に入れたオモチャが取り上げられたかのように忌々しげにメイドを見ていた。

 

 

 次の日、メイドの変死体が井戸から発見された。────嘘だが。

 そんなにホラーの様な展開もなく、一月ほど経った昼下がりに俺は剣術の鍛錬を行っていた。自分では結構熱心にやっているつもりだし筋肉も付いてきたように思うがボッコリしたお腹はへこんでくれない。俺は相変わらず、よく食べ、よく学び、よく食べ、よく動き、よく食べた。本当に、よく食べた。昔の記憶が戻ってからこの世界の食の素晴らしさに日々感動しつつ沢山食べてしまう。前世での食べ物はひどかった。合成肉に合成野菜。薄味の果物に決定的にマズいのは水だ。それら全てが自然の中で育まれて食卓に出されるこの世界の食べ物は本当に美味しすぎる。味付けは確かに単調だったり、コショウなどは貴重品であまり使われていなかったりするが、前世が酷すぎたのでどうでも良かった。俺が余りにも美味しそうに食べては感謝をやめないので、料理長は質・量ともに張り切って仕事をしてくれるし、俺も前世でうろ覚えの料理の作り方を教えてあげたりと俺が一番仲が良いのは料理長のシャビエルだろう。

 

 いつになったらポッチャリから解放されるのだろうか……一刻ほどの鍛錬を終えて水で濡らしたタオルで体の汗を拭っていると、目の前にラナー付きのメイドが現れた。

「……ザナック様。ラナー様が鍛錬後にお茶でも御一緒に如何でしょうかとの仰せです。その……お忙しいですわよね?」

 

 すごいイヤそうに誘うなあー。

 

「忙しくないので行かせてもらうと伝えてくれ」と告げて不満そうなメイドを無視して、一度邸宅に帰ろうかと思ったが、侍従達が面倒くさいので、体をキレイにし、身支度を軽く整えてラナー邸に向かった。

 

 ラナー邸に赴き、衛兵が起立する門をくぐり、玄関にてラナーにお似合いの可愛い花の形状をしたドアノッカーを「コツコツーン」と鳴らすと、メイドがドアを開けていらっしゃいませと挨拶をする。そして主人であるラナーも自ら玄関に出迎えてくれて「お待ちしておりました。お兄様」と挨拶を交わす。奥に案内され応接間に通される。とても良い香りが部屋中に広がって運動後の胃に訴えかけてくる。テーブルの上には焼きたてのブリオッシュが並べられており、ラナーが「どうぞお掛けになって下さい」と言いながら椅子に座る。

 俺の目の前にメイドが洗練された手付きで「カシャカシャ」と皿やナイフが並べられる。そしてドンと大きな瓶のアカシアのハチミツをドヤ顔で置かれる。……なんだこの人?アカシアのハチミツに良い思い出でもあるのかな?

 

「ブリオッシュといえば、強く濃厚な香りが特徴の菩提樹(シナノキ)のハチミツと合わせると最高に旨いんだ……」

 

「えっ」

 

「亡き祖父との思い出でね……ああ、良いんだ。アカシアでも……充分美味しいからね」

 

「っ! 取ってまいります!」

悔しそうに言い捨てるとメイドは部屋から出ようとする。

 

「俺の邸にあるからー ゆっくりで良いからー」と、その背中に声をかけた。ちなみに俺の館までは400mほど離れている。

 俺はメイドを見送ると、ブリオッシュ・ア・テートの頭を千切り、マーマレードのジャムを付けてもしゃもしゃと食べ始める。

 

「ふふふ。お兄様もお人が悪いですわね。ゾエが可哀想ですわよ?」

 とラナーが珍しく笑みを見せる。

 

「だって、あの子……バルブ……あの馬鹿と繋がりがあるだろ」

 

「そうね……バル……ゴミムシに私の情報を流しているみたいですわね」

 

「知ってたのか……まあ、俺はあの子が、バ……ゲス野郎の執事と接触しているのを見たからだが」

 

「ふふ。ゴキブ……バルブロお兄様も気が小さいようで、私の所に挨拶に来る貴族などを把握しておきたいようですわ」

 ここに来て新パターン!?というかラナーのバルブロ評が酷すぎて可哀想!

 

「まあ……ボウロロープ候の娘さんをもらってしまった事だしな……貴族派の力を借りて、自らを軽んずる王族派を威圧するとか……()()()が次期国王だ。というのに」

 

「そうですわね。ザナックお兄様でも気づくような事も理解できないまま、貴族派と王族派に悪い意味で一目置かれた状況に浮かれておられるのでしょう」

 

「全く……度し難いな。……あれ?今ディスられた?」

 

「紅茶をどうぞお兄様」

 

「ありがとう、ラナー。有り難く誤魔化されよう」

 

「そうして下さい」

 ラナーは瞬きもせず、オレの眼を覗き込んでくる。もし俺が訓練されたロリコンだったとしても、震えて夜も眠れなくなりそうな「闇」を纏った瞳だ。

 

「『深淵を覗き込む時、深淵もまた君を覗き込んでいるのだ』……とはニーチェの言葉だったかな」

 

「? 存じ上げあげませんわ」

 ああ、この世界の哲学者じゃないからな……。それでも俺はこの深淵(いもうと)と対峙しなければならない。

 

「……お兄ちゃんだからな」

 

「どうされたのですか?」

 

「俺はさ……オマエの全てを理解できる訳じゃないんだ」

 

「……そうですわね」

 

「オマエは賢すぎるからな。だから俺は、オマエのことが全部解るだなんて大言は吐かない。でもこれだけは言える。俺はオマエの味方だ。いつだって味方だ。俺がオマエを理解しきれない替わりに、オマエが俺を理解しろ」

 

「……え?」

 

「この世……現代社会の王族として正しいかどうかなんてどうでも良い。俺はオマエのお兄ちゃんだからオマエを守りたいし大切にしたい。幸せになって欲しい。それは俺のワガママだってことは解ってる。それでもそのワガママを通したいというのが俺で、オマエの兄という人間なんだ……ということを理解してください」

 

「……なるほど」

 ラナーはこれ以上ないくらいに呆れた顔をしたあと「フ」とだけ笑って口を歪ませた。

 

「そこまでぶん投げられるとは思いませんでした」と愉快そうに言った。

 

「だって俺は、賢さじゃオマエに勝てないし、愛を説けるほど風味豊かでもない」

 

「風味って……」

 小刻みに震えながら俺の魅惑のボディを覗き見したラナーは「良く染みてそうですけど……」と呟き、俯くと床を見ながら不思議声色で「まあ……『人の素晴らしさを教えよう』とかフザけたことを言われなくて良かったですわ」と言った。

 

「そんな傲慢さは持ち合わせてないさ」

 

「あのウジ虫でしたら嬉々として言いそうですけど」

 

「おお……もう名前すら……」

 

「ふふ……ゾエが帰って来ましたね」

 

 カツカツカツカツと早足で歩いてくる音が聞こえてくる。

 俺は立ち上がると、ラナーの頬をムニッとつまんで「では帰るよ。またな」と告げた。

 

「ふえ。ふぁたね。おにぃひゃま」

 

 ああ……今日は満点だったな。

 

 バタンと音がして「はぁはぁっ……し、失礼致します!」とメイドが入ってきた。

 

「はぁはぁ。シナノキのハチミツをザナック様の邸より持ってまいりました!」

 

「うん 有難う。これは俺が責任を持って返しておくよ」

 と、パシっとハチミツの瓶を受け取って部屋を後にした。

 

 俺の居なくなった部屋から「──────────っ!!!?」という声になりきらない悲鳴と地団駄が聞こえてきた。

 

 地団駄を踏む人って初めて会ったな……貴重な体験をさせてもらった。玄関のところで、俺が「ありがたや……」と地団駄メイドのゾエに向かって手を合わせだしたので門番がビクッとしたので俺はすかさず「うちの妹は世界一やあ──────!」と宣言し彼の混乱に追い打ちをかけながら帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 








赤原矢一様 白銀神雅魅様 黄金拍車様 タクサン様 so~tak様 ジント・H様 誤字脱字の修正を有難うございます

 yelm01様 お久しぶりです。前作から二年ぶりになりますね またお世話になってしまいました(笑)有難うございます







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