黄金の日々   作:官兵衛

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もえる聖王国

 

 

 

 

 

 目の前の女騎士が深々と頭を下げた状態でありながら、腹筋を能く使った張りのある声で朗々と言葉を続ける。

 

「……ということで、誠に申し訳ありませんが、今回のカルカ様への求婚は無かったことにして頂きたい旨を、言い……お伝えに下さい?言づてに参りました!」

 

「………………………遠方より御苦労であった。まずはごゆるりとして頂きたい。ではカルカ様には『お気を遣せてしまい申し訳ありませんでした。これからも変わらぬ友好を願います』とお伝え頂きたい」

 

 俺は死んだような顔で、使者として聖王国より来た「レメディオス」という名の知れた聖騎士に必死に言葉を返すのがやっとだった。

 

 使者達は俺に再礼を行いぞろぞろと帰って行く。一瞬、恐ろしい目つきでコチラをチラ見した侍従と目があった。クライムが「あの者の目つき只者ではありません!心配なので裏に潜んでおきます」と言って彼が至近距離で俺が振られるのを目撃した原因となった娘だ。

 

 

 ――――ふられた。振られた。降られた……。

 

 正式な王になったし行けるかも!と駄目もとで聖王国のカルカ・ベサーレス聖王女に求婚の使者を送った返事が今の返答である。完全に振られてしまった。

 

「ザナック様……お気を確かに、さあ部屋に戻りましょう」

 

 と、後ろに控えていたクライムが俺に声を掛けてくれ、俺の手を引いて私室へ連れて行ってくれる。

 

「さあ こちらにお座り下さい」

「うむ 大丈夫だ」

「……涙目で御座いますが」そう言ってクライムは白く鮮やかな金の模様で縁取られたハンカチを渡してくれた。

「すまんな……」

 そう言って目尻の涙を拭き取……このハンカチ、端っこに『クライム&ラナー』と書かれてある……。

「リア充がっ!ぐうお――!」

「ああっ止めて下さい!?姫から頂いたハンカチを引き千切ろうとしないで下さい!伸びます!」

「くそう!人間ヤッパリ中身より外見なんだな……」

「そんなことは御座いません。中身の方が大切で御座います」

「大事なのは外見なんだよ!?俺だって、いくら性格が良いゴキブリが居ても殺すし性格の悪い子ネコちゃんは可愛がるもの!」

「え、いや……種族を越えるのは極論ではないかと」

「何が「顔より性格」だよ!ラナー大好きっ子のオマエが言うなよ!うわあん!」

「そこでなぜ私の名前が出てくるのですか?」

 

 たぱたぱたぱたぱ──

 

「ぐぅわあちちちちちちち!?」

 紅茶を用意してきてくれたラナーが、その紅茶を俺に注いだ。

「派手に隣国の女王に振られて落ち込んでいると思えば……」

「その可哀想な兄に熱湯を掛けるなよ!?」

「知らないのですか? 豚肉は湯通しすると臭みが抜けるのですよ?」

「えっ 俺……臭いの?」

「大丈夫ですザナック様、体臭的な意味ではありません……そんな絶望に満ちた目でご自身の体を嗅がないで下さい」

「そうか……(くさ)いから結婚できないんだな」

「え?それだけだと思っているのですか?」

 ラナーが「まあ!?」という顔で俺を見る。

 

「傷心旅行に出たい……」

「ザナック様、駄目です。レエブン侯より決裁待ちの書類が山ほど届いております」

 むう 真面目で努力家のクライムに咎められてしまう。

「急に魔導国と同盟を結んで交易を始めたりするから……間違ってはいませんけど前段階に法整備や告知などをしておかないと、損害が大きくなる商会なども多いのですよ?」

「うむむ すまないな……魔導王との会話のノリ的に今、勢いに任せて約束しておいた方が……というチャンスだと思ったんだよ」

「はい 決して間違いではありません。それに少々損害が出ましょうとも、軍事費の大幅な節約と安く譲って下さる穀物の運用で我が国の将来は明るいと言えます。レエブン侯からの書類が増えたのもそのためです」

「ただ、格安で手に入れた穀物を、食糧不足で悩む市民に安めに払い下げたいが、そうすると穀倉地帯で利益を出している大貴族と農家達から不満が出るだろうな」

「まあ そのため領民が飢えないようにしつつ、穀物価格の暴落を避けつつ適度な価格と量を限定して卸し売る予定で御座います。そして残った分は他国へ売ればよろしいわけですし」

 

 アインズさんは穀物をエクスチェンジボックスで金貨に換えたが端た金にしかならなかったと愚痴っていた。格安でも広大な農地で大がかりなプランテーションを行うのだから膨大な量と金額になるだろうし……。

 

「膨大な穀物を買う金は大丈夫なのか?」

「交易による利益と、そもそもその穀物を払い下げた利益を考えれば何の問題もありません。お兄様がお考えになられている以上に、この大陸全土の慢性的な食糧不足は深刻なのです。言っておきますがリ・エスティーゼ王国は近辺諸国で、もっとも肥沃な土地であり、耕作により普通に糧秣を得ることが出来ますが、他国ではそうでは無いのですよ?まあ、それだけ豊かであるからこそ安心感からくる慢心と様々な地下組織が出てくる土壌になってしまった訳ですが」

 

 な?こいつを女王にした方が良かっただろ?

 俺は無くなった紅茶の替わりに水をティーカップに注ぐと一気に飲み干す。

 

「うん。難しいな。とりあえず魔導国とはこのまま仲良くだ……良いな?クライム」

「……はい。私は別に魔導王を殺したいとかそういう気持ちがあるわけではないのです。むしろ魔導王はアレだけの強さと地位を持ちながら、一戦士長であるガゼフ様と正々堂々と戦って下さいました。ただ、あの時にガゼフ様が届かなかった剣を……いつか届かせてみたいという思いがあるのみです」

「確かに戦士としてのガゼフはそうかも知れない。だがそれ以上にガゼフが貫いたのは自分が剣士であることよりも、我が身を砕いても国を守る信念だったと俺は考えているよ」

「そうですわね。実際に父上秘蔵の戦士長が亡くなることで、多くの被害を出した貴族派が王政府に対し不満と責を問うことを収めたという節もあります。戦士長は死してなお父上に尽くしてくださったのです」

 そう言うとラナーは手で顔を覆った。

 

「ラナー様……」

 クライムが悲痛なラナーに「なんとお優しい……」と感動の面持ちで居るが、騙されるな。それは嘘泣きだ!

 何故なら、クライムに見えない角度で「今、良い雰囲気でクライムに抱き締めてもらうから、はよ出て行け」とハンドサインを俺に送り続けているからな……ちなみにここは俺の部屋だ。

 俺はカップに水を注いで飲み干すと、クライムに「慰めてやってくれ」と小声で呟いて部屋を出た。

 

 

 

 安全と食料……恐らくこの世界で暮らす人々にとって、一番大切な物がそれかも知れない。

 自由だとか平等だとか平和だとか、夢だとか……それよりもまず安全であること、そして食べられることが大切なのだ。

 極論を言えば、安全であるなら平和じゃなくても良いし、不自由であっても良い。食べていけるのであれば、不平等でも、夢のない毎日でも良いわけだ。まだこの社会はそれだけ未成熟であり、生きてゆくことが難しい社会なのだろう。しかし魔導国との同盟で、その2つが叶ってしまった。

 

「これから、どうなるんだろうな……」

 

 それからしばらくして……ローブル聖王国の城塞都市カリンシャにヤルダバオトが現れて、聖王女カルカ・ベサーレスが行方不明になったとの報せが入った。

 金色の悪魔(ラナー)から「振られた女の子を、腹いせに怖い友達の部下に襲わせるとか……クズ中のクズですね」と氷のような目で見られた。

 

 

 誤解だ!?

 

 

 そして、魔導国によるリ・エスティーゼでの大規模農場の開拓と、その収穫物を買い上げての卸売業は計画通りに莫大な収益を出した。法を整備して腐敗を激減させ、民への食料の確保と交易による利益のお陰で減税が進み平民にとっては住みやすい国造りが進んでいる。新法により、国内の領土間での移動の自由が認められているのに関わらず、多くの貴族派は今まで通りのやり方を通したため、市民の貴族派の領土から国王直轄地への大移動が起こり、古い貴族は力を失っていった。また中には国法を無視して、領民の流出を力で押さえつけた貴族も居たがレエブン侯率いる国軍によって『王に逆らう不届き者』として鎮圧され国を追われた。

 

 ひたすらに過労とプレッシャーの日々、積み重なるストレス。

 これはもう駄目かも知れんと考え出した頃、ラナーから嬉しい提案があった。

 

「温泉療養!?」

「はい 以前「傷心旅行に行きたい……」と情けないことを仰られていたのでどうかなと」

「温泉あるのか!?」

「? はい 私の領地に御座いますが」

「ええ!知らなかった……」

「あの……なぜそんなに興奮してらっしゃるのでしょうか?」

 馬鹿な!温泉なんて前世でテレビCMやドラマの中でしか見たことのない贅沢品だったのだから興奮するに決まっているだろうが!?

「いやあ 温泉有るんだなあ……行く」

「ええ 元々は地元の猟師が使っていた野泉だったのですが、泉量が増えたので入浴施設を4軒ほど造りまして、観光や貴族用の秘湯として活用して頂こうかと……王都から近いですしね……あ、行かれるのですね」

「うん 最近ストレスが凄かったから実に有り難いよ」

「それは良う御座いました……では四番館にお泊まり下さい。そこでお兄様の影武者達を住まわせております」

「え!?そんなの雇っていたの!?」

「はい 正式に王になった頃より雇って、微妙に危険な時に兄上の代わりに儀礼に出席させたりしていました」

「便利!?」

「ですので、四番館へ逗留して頂ければ、『お 新しい影武者はなかなか似ているじゃねえか』と思われるだけですので、日頃のストレスから解放されてノンビリとお過ごしになることが出来るでしょう」

「天国!?」

「ふふ 喜んで頂けて嬉しゅう御座います。では施設には私から連絡を入れておきます」

「感謝!」

「何故単語でしか返事しないのかしら?」

 

 

 温泉回だと無邪気にはしゃいでいたが……残念ながら行けなかった。

 

 何故なら、色んな事が上手く回り出した頃に……俺が倒れたからだ。

 

 

 

 









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