そして、俺は
頑張れなかった。
「苦しいのか?」
骸骨なのに心配そうな顔で、アインズさんが俺の顔を覗き込んでくる。
「……実を言うと、結構無理はしてたんだ。でも、ここ一週間くらいで無理も出来なくなってこの有様さ」
「ヒールやポーションでは駄目なのは解ったが……一度死んでから蘇生させてみるか?」
「……俺はレベル4のゴミだからリザレクションだと灰になるぞ?」
「内緒にしているが、実は高位ワンドを持っている。誰にも言うなよ?」
「いや、そもそも病気で死んだ人を蘇生って出来ないんじゃないのか?」
「……高位蘇生ワンドでも難しいだろうな。そもそもユグドラシルで『病気』というバッドステータスが無かったから解らないことが多い」
「そうか……」
「でも、もうすぐここに実験材料が出来るんだろ?試させてもらうぞ」
アインズさんはジョークめいた感じで言った……相変わらずジョークが下手な人だ。骸骨だが。
「……良いよ。アインズさん。俺は満足なんだ」
「満足?」
「俺はこの世界に来て良かった!ハアハア……」
「……そうか」
「あんな機械の一部かの様な歯車じゃなかったよ。この世界では!リアルなんて……」
「「クソ喰らえ!」」
「「ははははは」」
ゲホゲホゲホ!
「面白い妹も出来た」
「ああ」
「可愛い弟も」
「そうか」
「そして……そして、初めての友達が出来た」
「……」
俺は震える手でアインズさんを指さすと、アインズさんはその手を包んでくれた。何故か一瞬、ラナーに指を折られた時の事がトラウマの様に頭に浮かんだが、固くて冷たいハズの骨の手が、そのときは何処までも暖かく柔らかく感じた。骸骨の方が妹よりも優しいとか。
「……その友達の願いだ。俺のアイテムを、指輪を使わせてくれないか?友を失うのは寂しい」
アインズさんがボックスを探るようにしてアイテムを取り出す。
!?
そ、その指輪は!?俺も貯めてあったチケットを使い果たしても出なかったユグドラシルのガチャで出るアイテム史上最もチートアイテムの!
「し、『
「ふふ これには俺のボーナスが注ぎ込まれてある」
「はは 見られただけで満足だよ……ああ……最後に良い物を見せてもらったなあ」
「勝手に思い出にするな。俺はオマエを思い出になどしたくないのだ。これに願えばオマエの病気や寿命など!」
「……モモンガさん」
俺は力の入らない腕でモモンガさんの服を掴む。
「……俺は人として生きて、人として死ぬ。これは俺にとって……とてもとても贅沢で、あの世界では成し得なかった僥倖なんだ」
「……」
「……」
「ああ……なんて我が儘な奴だ」
「ああ 俺はとっても我が儘なんだ」
アインズさんは俺の頭をぽんぽんと優しく叩くと「良く頑張ったな……」と泣きそうな顔で言ってから申し訳なさそうに「すまないが、
ああ、遺言や葬儀の用意が色々とあるもんな……アイツめ。魔王を小間使いにしやがって。
アインズさんは軽く呪文を唱えると、出ている俺の数値のせいか苦悶に満ちた顔になる。
「ああ……くそ…………ん?」
ん?って何んだ。
「………………そういえばオマエの妹は何処に居るんだ?」
「ラナーがどうかしたんですか?……あと、さっきの「ん?」というのは一体……」
アインズさんは何故か俺から目を逸らすと「妹にちょっと用事が出来てな」と言った。
「ラナーなら……廊下に出ると騒ぎになるから、いつものように煙化して外から行った方が良いだろう。窓から出て下へ一つ、西へ五つ目の窓がラナーの部屋だ」
「そうか、渡す物があってな」
渡すもの?
「言っておくけど、その指輪やワンドを渡すんじゃないぞ」
悪用しかしないぞ。アイツ。
「この辺りのアイテムは貴重品過ぎて、友人の妹とは云え渡すことは出来ないさ……では行くぞ」
「ああ……有難うモモンガさん」
「……アインズだ」
アインズさんは何度も俺の方を振り返りながら名残惜しそうに窓を開けて姿を消した。
ああ、俺は貴方を兄のように思っていたのかも知れない。
……呼吸が少しずつ苦しくなっている気がする。
吸っても吸っても酸素を取り入れることが出来ていないような感覚だ。
それにしても室内が暗いな。さっきより薄暗くなっているようだ。
俺は震える腕で枕元の鈴を鳴らす。今までアインズさんが来ていたから人払いをしていたのだ。
鈴の音と共に召使い達がドアから雪崩を打って入ってくる。
「御加減は如何でしょうか?ザナック様……」
「随分良いよ……君たちも、もう帰って休みなさい」
「いえ……私たちは……」
帰らない……か。そんなに診立てが良くないのだろうか。
「すまないが、部屋を明るくしてくれないか」
「!?……はい…ザナック様……どうか私が戻るまで……お待ち下さい」
ウォルコットの震える声が聞こえて、彼が部屋を出ていく音がした。
しばらくするとガチャリとドアが開いて、ラナーの足音が聞こえる。
アインズさんの用事は終わったらしい。
「ラナーか……」
「お兄様……」
「アインズさんは、なんと?」
「はい アルベド様にお願いしていたレポートを頂きました」
「レポート?」
「ええ 詳しくは乙女の秘密です」
二人に共通した悩みとは……恋愛か?クライムもアインズさんもハッキリしないものなあ……。
ゲホゲホ!
「っ大丈夫ですか?お兄様!」
ふうふう……。
なんだろうか。頭がスッキリしているようなボヤッとしているような不思議な感覚だ。
冬の朝の深い霧に脳が包まれたようで、芯が冷えていくと同時に余計なことが考えられなくなっていく。
ああ ああ これが――――か
なら伝えなければ……この
「すまない。後のことは頼む」
「お兄様、あまり話しては駄目です」
「民を愛せよとは言わない。でも、民が……皆が幸せだとクライムが幸せそうだろ?クライムを幸せにしてくれ。オマエにしか出来ないことだぞ」
「……お兄様」
「……オマエを女王にはしたくなかった。これ以上オマエが演じなくては為らない時間を増やしたくなかった。ぐふっ……な、情けないお兄ちゃんで、ゴメンなあ……」
俺は泣きながら小声でラナーに謝り、その嫋やかな手を握った。ラナーの手を握ったのは初めてかも知れない。
ラナーは手を握り返してくれた。その手は暖かかった。もしかして俺の手が冷たくなっていたためにそう思ったのかも知れない。でも最後に握ったラナーの手が温かいことを、俺は嬉しく思うんだ。
ラナーの瞳は少しだけ濡れていて、俺は、今までの時間はきっと間違っていなかったのだと二度目の人生を与えてくれた奇跡に感謝をした。
「……ところで、大丈夫だよな?クライムの首に鎖をつけてたりしないよな?」
「まあ!?お兄様ったら。アレは何年前の戯れ言だとお思いですか?若気の至りで御座います」
ラナーは不本意そうな顔で俺を見る。
「そうか……さて我が最愛の妹のことを託さねばな……クライムを呼んでくれ」
「はい わかりました。誰か、クライムを呼んできて下さい」
「……」
「……」
「いや。オマエは出ていけよ」
「いえ。衆道王と二人きりにするとクライムの身が心配ですから」
「誰が衆道王だ。誰が。良いから早く出て行け」
「えー」
「……ラナー。ハチミツが……舐めたいんだ」
ラナーは怒ったような顔で、俺を悲しげに睨む。
「……はあ 何のハチミツですか?」
「……こう……オマエが取りに行くのに10分くらいかかる奴で」
「完全に言っちゃってるじゃないですか!?サボらないでください!」
ラナーは赤い顔をしながら渋々と退室していく。
そして入れ替わりにクライムが入ってくる。
クライムの眼が真っ赤だ。純粋な眼に宿る純度の高い悲嘆の色だ。
「クライム……こっちへ」
「え あのザナック様……」
俺は最後の力を使ってクライムを引き寄せると強引にシャツの第二ボタンまで引きちぎり、クライムの頭を抱えて首筋を確認する。
周囲の者から見ると「まあ……衆道王が最後の力で愛人を抱きしめているわ」という光景に見えたことだろう。呼吸を荒げながら。
俺は納得したかのように「うん、うん」と頷くと「はぁはぁ……残念な妹を頼む……」とクライムの手を強く握った。
クライムは涙ながらに「ザナック様……」と嗚咽をもらしながら耐えきれないようにラナーが居る控室へと下がった。
侍従長が再び俺の元に水差しを持って近づくと、コップに水を入れてくれる。
ああ……これが末期の水ってやつか……朦朧とする意識の中で、大きく「ふううう──」とため息をついた俺は、起こした半身に最後の力を漲らせて天に向かい叫んだ。
「あーの
ザナック王崩御。
その悲報は国中を駆け巡った。
善政を敷き、他国との国交を開き、何よりも国内の腐敗を一掃した名君の死に国民は悲しみに沈んだ。
同盟国である、アインズ・ウール・ゴウン魔導国からは「これからも変わらぬ友誼を誓い、平和と安寧を友に捧ぐ」と一早く表明し、アインズ・ウール・ゴウンの武威を知る各国もそれにならった。
────尚、最後の言葉が愛妹の名だったこと、そして「私が居ない時に崩御されるなんて、馬鹿じゃないですか!?馬鹿じゃないですか!」と怒り心頭のラナー妃が、ザナック王の棺桶に大量のローズマリーのハチミツを降り注ぎ、王の蜂蜜漬けが出来たことは微笑ましい
そして、この逸話が広まった後はリ・エスティーゼ王国の酒場や料理店では、ローズマリーの蜂蜜を『ザナックの憂鬱』と呼び、郷土料理の一つである『豚肉と香草のハチミツ漬け』を、豚を王、金色のハチミツをラナー姫に見立てて『
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