黄金の日々   作:官兵衛

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黄金の日々(最終話)

 

 

  

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ザナック王。いえ「お兄様」と呼ばせて頂きます。

 貴方が言ったのです。誰もが成れる王よりも、私の兄で居たいと。

 貴方は目を瞑り続けた私の目を開かせてくれました。

 貴方は白黒の世界に住んでいた私に色を教えてくれました。

 貴方は私に愛を教えてくれました。

 私が世界の美しさを、鮮やかさを知り、人を愛せたのは貴方のお陰です。

 貴方は色んな物を教えてくださったのに、充分にしてくださったのに。

 この上、私に哀しみや絶望という感情を教えてくれるのでしょうか?

 せめてもっと未来にして欲しかったというのは私のいつもの我が儘でしょうか?

 私の馬鹿な我が儘を、いつも優しく聞いて下さったのに……

 今回はどうして聞いて下さらないのでしょうか?

 いつか、私がそちらへ行くときには、いつものあの顔で迎えに来て下さい。

 その時は、たっぷりと待たせてあげますからね。

 

 私の最大の理解者であるお兄様へ

あなたの最大の理解者ラナーより』

 

 

 

 悲痛な追悼の言葉に周囲からは嗚咽が響く。

 

 国葬を終えて、ラナー姫の領土に作られたザナック王の王墓での納棺の儀で、亡き兄王へと想いを語りかけるラナーの神々しく、悲壮な姿に心を奪われない者は居ないだろう。

 会場を訪れた多くの貴族は亡き王は短い人生ではあったが、優しい妹に想われて、きっと幸せだったのだと寂寥の想いを慰めた。

 

 なぜザナック王の亡骸が代々の王墓ではなく、ラナー姫の領土にて、ちょうど完成したばかりの『戦没者慰霊公園』から急遽改築されて建設されたザナック王の王墓に埋葬されたのかについては、王が残した遺言について語られなくてはならない。

 ザナック王が残した遺書の量は膨大で、「遺書の量をもって、ザナック王は後世に名を残すことに成った」と口の悪い者は言ったとされている。

 その遺言書は実に400ページに及び、内政のことから外交のことに始まり、新法のことなど事細かに書かれていた。余りにも多すぎるために聴衆と司祭の健康を考えた結果、その殆どは遺言の公表の際に教団の最高司祭より告げられることはなかったが、重要な前文だけは伝えられて、公聴者の多くを驚愕させることになった。

 

 掻い摘んでいえば次の6点である。

 

1.継承権一位の妹ラナーを暫定女王とする。

2.ラナーは儀式などを中心に執り行い、国の政治と管理はレエブン侯が執り行うこと。

3.またラナーの暫定女王就任祝いとしてクライムとの結婚を特例として皆に赦して欲しいこと

4.クライムは暫定女王の夫を務めるに相応しい爵位として我がザナック領土を与え、侯爵に任ずる。

5.二人の間に子が恵まれれば正式な王とし、恵まれないときはラナーを正式な女王とする。

6.我が陵墓は王家伝来の地ではなく、ラナー領に造ること。

 

 この特殊な願いの込められた前文により、「さすがシスコン王だ……」という声が上がり、一部の貴族から「認められない!」という意見があったものの先王の遺言であることから「あの王ならこの我が儘は仕方がない……」という諦観の声や「『男はみんな下着で、女はみんな裸で暮らせ!』とか書かれていなくて良かった……」と先王の性癖から心配が膨らんでいた人々からホッと胸を撫で下ろす感想まで多岐に渡った。

 

 

 その他の大量の遺言の多くは法律や制度などの改正案などが多くを占めており、その細やかな民への心遣いは「かの王も存外気配りが行き届いた方だったのだな」という印象を市井に与えた。

 

 またこれらの遺言は以前に教団に提出された『暫定王承諾書』への本人のサインや、王が残した膨大な書類より無作為にラナー姫が選んだ決算書などへのサインなどを調査魔法により照らし合わせた結果、同一人物の書いたサインであることを教団が証明しており、遺言が本物であると正式に立証・承認された。

 

 

 

「ラナー様……」

 

 クライムは大勢の前で泣き続けるラナーの体を支えて、誰も居ない場所へと手を引いて連れ出す。

「……大丈夫よクライム」

「……」

 クライムは複雑な表情をして黙ってジッとラナーの顔を見続ける。

 クライムのいつもとは違う様子が気になったラナーは「どうしたの?クライム」と口にした。

「その……ラナー様」

「なあに?」

「嘘泣きは……もう、おやめ下さい」

 ラナーはしゃくり上げる喉をピタリと止める。

「……どうして、そう思うのかしら」

「わかるのです。なんとなく」

「なんとなく、なの?」

「はい ずっと貴女を見て来ましたから……わかります」

「そう……」

 ラナーはクライムの「ずっと見てきました」という言葉で、一瞬嬉しそうな顔をした後、悪戯がバレた子供のような顔をしてクライムを見つめた。

「……あのザナック様の御遺言は……偽物で御座いますね?」

「あら?なぜその様なことを?」

 ラナーはクライムの次の言葉を嬉しそうに待っている。

「ザナック様はレエブン侯とラナー様を心より信頼しておりました。もしアレがザナック様の物でしたら、あれだけ細々とした法整備などの指示をされる訳がありません」

「……そう」

「愚鈍な私に、何故ラナー様がそんな事を為されたかで思いつく理由は2つだけです」

「……」

「一つは恐らくラナー様が大切だと考えておられる前文への注意を分散させるためではないでしょうか。あれだけのページがあれば、一つ一つを精査し会議に掛けて是非を問うなどは難しそうですし」

「ふふ そうかも知れないわね」

「そして、もう一つは……残したかったのですよね。ザナック様に功績を。生きた証を。新たに整備された法律などは私が読んでも素晴らしい法律の数々だと思います。魔導国との共栄といい、斜陽にあったリ・エスティーゼ王国はこのザナック様の遺言の数々によって立ち直り、ザナック様は後世に『中興の祖』として名を残すでしょう。すでに新法を『ザナック法』と呼んでいる人々もおられるそうですよ?」

「ふふ……それは考えすぎかも知れなくてよ?クライム」

「そうでしょうか?」

「それで、だとしたらどうするの?クライム」

「え?」

「偽物だから遺書を認めない?……私との結婚もイヤ?」

「いえ……それは常々ザナック様が願っておられたことです。そして何よりも、イヤな訳が御座いません」

「ふふ よかった」

 そう言うとラナーは嬉しそうに顔を(ほころ)ばせた。

 その可愛い顔を見たときにクライムの心をズシンと冷たく重いなにかがのし掛かった。

 この愛しい人を、今まで一緒に見守ってきたもう一人の人物がもう居ないという事実が突然、痛烈にクライムの心臓を攻め立てたのだ。

 

「……ただ」

「ただ?」

「……ただ!私は!」

「どうしたの?クライム」

 顔をクシャクシャにしながら涙が溢れ出したクライムにラナーは戸惑う。

「せっかくラナー様と結ばれるのであれば、ザナック様を……ザナック様を一言、お兄様と呼びたかった……っ!呼びたかったのです!あの方を!ザナック様をお兄様と!兄上と!うわああああ!うわあああああああああああああああ!」

 

 クライムは地面に崩れ落ちて地面を叩き続け嗚咽を漏らし続ける。

 

「私を瓦礫より救って下さり!命を!人生を与えて下さり!そして今、家族まで与えて下さったあの方は私にとって、大切な大切な兄であり家族で御座いました!これだけは誰に不遜であると叱られようと決して曲げは致しません!」

「クライム……」

 ラナーはいつか見た少年が、あの時、泣くことも出来なかった分まで哀しみを爆発させる様子に心が震え続ける自分を感じた。

 そして、ようやく動き出した時間が時を刻み『クライムと生きていこう』と云う今更の事が体に浸透していく感覚に、耳を赤くさせている自分に震えた。

 

 愛しい人が顔を歪めながら大粒の涙を流し続ける様子にラナーは、困った子供をあやすように軽い口調でクライムに話しかける。

 

「クライム?」

「ぐふぅ……うう…ザナックさま……ザナックさま……っ!」

「……呼べば良いのではないかしら? クライム」

「うゔう……え? な、なにをでございますか?」

「お兄様を『兄さん』と呼びたいのでしょう?そうすれば良いのではないかしら」

「でも……ザナック様は……」

 

 ラナーの不思議な提案にクライムの涙が止まる。

 

「良いのよ? 私の領地の鄙びた温泉街に別宅を用意してあるから、そこでラキュースに蘇生をしてもらう予定なのですから」

「え!? な、何を仰っているのでしょうか?」

 哀しみの余り、ラナーがオカシクなってしまったのではないか?とクライムは混乱する。

「まだ時期ではありませんけど、そのうち生き返らせましょう。その時に好きなだけ呼んであげれば良いのですよ?」

「ラキュース様の蘇生魔法で……いえ、ザナック様の生命力では蘇生魔法に耐えうる事が出来ないハズです。レイズデットでは灰に……」

「ふう……何のために何度も魔物退治をさせていたと思っているの?人気取りや運動のためだけではないのですよ?。もう十分にレベルは上がっていますわ」と、ラナーはクライムに無邪気な笑顔で囁いた。

「しかし……そもそも病による死の蘇生は無理なハズでございます!」

「病死なら……ね?」

 

 ラナーは悪戯(いたずら)が上手くいった子供の様な顔をした。

 

「!? ま、まさか……ザナック様の死因は病死では……な…い?」

「うふふ」

 ラナーは楽しそうに笑みを崩さない。反してクライムは少し目眩(めまい)を感じてきた。

 

「……あの症状は糖尿病(サイフォン)だと、そこから肝臓へと至る病だと……」

 

 クライムは護衛として2人を守るために色々なことを勉強してきた。貴人である彼らを守るのに必要な知識の中で重要な物の中に「毒」に対する知識がある。そのためにクライムは意外と毒や劇薬に対する知識は豊富だ。その記憶が海産物から取れる毒の中で糖尿病(サイフォン)と同じ症状を起こしながら中毒死へと至る毒があったことを知らせてくれる。

 そして同時に、ある時期から、ザナックの紅茶はラナーが入れる様になっていた事に思い当たった。

 

 

「…………違う、毒?ザナック様の死因は毒死!?」

 

「放っておいたら本当に病死になってしまいそうだったのですよ?」

 

 笑顔を絶やさないまま、悪びれずに兄に毒を盛って殺した事を告白するラナーにクライムは戸惑いを隠せない。確かに生命力があるうちに毒死した場合は蘇生は出来るハズだ。

 

「し、しかしながらラキュース様が死んでから時間の経った蘇生は難しいと……」

「うふふ。知っているかしらクライム? 蜂蜜は腐らないのよ?」

「え?はい……そうなのですか?」

「お兄様の棺桶に注いだハチミツには、とある方から頂いた魔法薬が混ぜてあるの。十年は大丈夫よ」

「ええ……」

「うふふ。私、ある方から薬を処方してもらいましたから子供はすぐに恵まれるはずよ?その子にお兄様を起こさせるというのはどうかしら?」

 

 クライムはラナーが何故こういう行動に出たのかは理解出来た。

 きっと、ザナックを全てから解放するためなのだろう。

 しかし、多くの者が嘆き悲しみ、あの状況からザナックもそれ(・・)を知らなかっただろうことを想うと、それら全てがザナックのためだったとしても納得仕切れない感情がクライムの中で渦巻いて爆発する。

 

「台無しだ!!」

 

「うふふふ」

 ラナーは初めて自分にツッコミを入れたクライムの姿にご機嫌に笑う。

 

「もう、なんか色々と台無しです!!ラナー様!駄目です!駄目駄目です!!」

 

 

 クライムの可愛い雄叫びを聞き流しながら、ラナーは屈託無く子供のようにクルクルと優雅に舞うように回りながら、御機嫌で話し続ける。

 

 

 

 

「うふふふふ! ねえクライム? お兄様ったら蜂蜜漬けの状態で生き返るから、きっとスッゴク()せながら飛び起きるわよ? そして叫ぶの……『ラナー!?』って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ローズマリーの花言葉

 

 

『追憶』

 

 

『思い出』

 

 

『記憶』

 

 

『私を思って』

 

 

『静かな力強さ』

 

 

『変わらぬ愛』

 

 

『誠実』

 

 

『貞節』

 

 

 

 

『あなたは私を蘇らせる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 

 ここまで付き合って下さった全ての忍耐強い皆様に感謝を。

 
 全てはローズマリーの花言葉と、最後のシーンから生まれた小説でした。

 モニターの前で『台無しだ!?』とクライムの様に叫んで頂ければ、割と幸いです。
 
 
 






 団栗504号様 ヨシユキ様 みすた様 0ribe様 五武蓮様 誤字脱字の修正を有難うございました

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