黄金の日々   作:官兵衛
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衆道王子ザナック

 

  

 

 

 

 

 そんな訳でクライムはウチに来たわけだが、まあ実に良い子だった。

 初め、慣れない城での暮らしにオドオドとしていたクライムだが、その真っ直ぐな性格と謙虚でありながらも責任感があるが故に健気な献身は、ある意味、癒し系のマスコット的な扱いを徐々に受け始めている。しかし不器用なところや要領の悪さなどから、残念ながら彼を邪険に扱うものも居たが、俺にとっては、(ラナー)が殺伐としていたのでクライムというピュアな少年の存在は一服の清涼剤となり、クライムを可愛がることで癒やされた。

 おかしいな……ラナーの友人に良いと思ったのに俺の癒しにしてしまっている。

 しかし、ラナーなんかにクライムは勿体無い。あいつ、仕事中が真面目過ぎて、顔が常に強張っているんだ。どんな用事を言いつけても真剣に取り組んでくれる子犬系少年なんだぜ。

 ある日、いつも通りに剣の練習をしていると、俺の姿を見つけた貴族やメイド達が遠くでコソコソとなにか話しながら距離を取ってしまうことに気づいた。

 ……あれ?なんだろう、この避けられてる感じ。

 一緒に剣(刃引きしてある奴)を振り鍛錬に付き合ってくれていたクライムに「なんかさ……俺、避けられてない?」と聞いてみた。クライムは「ザナック様の御威光に近寄り難いのでは?」と真っ直ぐな瞳で答えてくれる。すげえ。この子、媚びるでもお世辞でもなく本気でそう考えてる!

 しかし……残念ながら実際はそうじゃないのは悲しいけど分かっている。執事のウォルコットに聞いても目をそらされる。……メイドに尋ねると意味ありげに「私はアリだと思います!」とか赤い顔で言われた。いや、本当になんなの?

 

 勉強後に疲れた頭を癒やすためにオヤツを摘みに厨房に行く。

 仲良くしている料理長のシャビエル(36歳)に「なにか摘むものなーい?」と聞きながら厨房を物色する。シャビエルは苦笑しながら「またですか? もう二刻もすれば夕食ですのに……そこの腸詰め(ソーセージ)でも食べてて下さいよ」と言われたままに腸詰めをシレッとパンに挟んでマスタードを塗りホットドッグを作り齧り付く。バリッという気持ちのいい音と共に肉汁が口内を弾けて溢れ、マスタードの刺激が鼻を抜ける。くっうう~ うまあうまあ。

 

「ふう……本当にザナック様は美味しそうにお食べになされますねぇ」

 

「いや本当に凄く旨いんだよ!この前の豚肉と香草のハチミツ漬けも美味しかったけど、何この腸詰め!?シャビエルは天才料理人だよね!」

 

「まあ……その、豚肉に鴨肉を合挽きして香草を混ぜ込んだんですがね……気に入ってもらえたようで嬉しいです」

 シャビエルは王子様からの手放しの賛辞にホクホク顔だ。

 

「なるほどなるほどぉ素晴らしい!」

 

「豚肉のレバーも含まれてますから精も付きますよ?駄目ですよクライム坊やを壊しちゃ」

 

「はっはっは 精がつくのか!それは良いな……ん?クライム?クライムがどうしたんだ?」

 

「まだ大人になっていないんですから、その……あんまり激しくすると壊れてしまいますよ」

 

「激しく……あっ剣の鍛錬の話かい?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「いえ、ベッドでの鍛錬というか……」

 

「ベッド?」

 

「その……クライムはザナック様の寵童なのでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドン! 俺は珍しくテーブルを強く叩く。テーブルの持ち主は迷惑そうな顔をする。

 

「っていうことがあったんだよ!ラナー!!」

 

「はあ」

 

「俺が!男色家で!なおかつ少年愛好家で!クライムも自分の愛人にするために拾ってきたって!ひどくない!?」

 

「事実じゃないですか」

 

「事実じゃねえよ!?事実じゃねえよ!」

 

「2回も……」

 

「オマエあの時居たよね!?むしろ当事者だよね!?」

 

「ええ……私からクライムを奪って強引に自分のものに致しましたものね」

 そう言い捨てるラナーの目は冷え切っていた。あれ?怒ってらっしゃる?

 

「ラナーさん……もしかして御機嫌が麗しくない?」

 

「いえいえ……仲良し兄妹だから良く開かれるはずのお茶会だとか、クライムも頻繁に連れてきてくれるとか……一つとしてお守りになられないからといって、仲の良いお兄様に怒るなんてことは考えられませんわ」と凄く良い笑顔で言われる。

 

 ……そういえば、クライム保護後2ヶ月ほど経つがお茶会はもちろん、クライムをラナーに会わせることも忘れていた。

 

「これというのもクライムが可愛いのが悪いんだ。健気で素直で純粋で……ラナー(おまえ)に無い物を全て持ってるからな」

 

「まあ!?」

 自分が愛でられるのが当然だと、無意識に育ってきたラナーは思わず腰を浮かせて俺を睨む。おお……珍しくラナーさんマジ怒りだ。

 

「失礼いたします」と言いながら紅茶を持って入ってきたメイドが「やはりラナー様(シスコン)からクライム(ショタコン)に乗り換えを……」を呟いていた。待て待て待て待て。乗り換えも何もシスコンのにも乗ってねえよ。

 

「……この紅茶にハチミツを入れたいのだが」

 俺がそう呟くと、一瞬メイドがビクッとした。何だろう。ハチミツに嫌な思い出でもあるのだろうかな?カナ?

 

「しょ、少々お待ちくださいませ!」

 そう言い捨てるやいなや、メイドは一瞬部屋から出ていくとゴロゴロゴロと音を立ててカーゴを押して部屋に帰ってきた。

 カーゴの上には所狭しと色々な種類の蜂蜜の瓶が並べられている。なんだ、ハチミツ大好きっ子じゃないか。

 

「どうぞ!お好きなハチミツをお使い下さい!」

 

「やるなあ ハニー」

 誰がハニーですか……という嫌そうなメイドの声を聞き流しながら蜂蜜の瓶を物色する。

 

「残念だなハニー。俺はクローバーのハチミツを紅茶に入れたいんだ。あの上品な淡い香りは紅茶に良く合うんだ」

 

「っ!?くっ!探してきます!」

 あれはなかなかこの辺にはないぞ……遠くから「なんでそんなに蜂蜜に詳しいのよお──!?」という悲鳴が聞こえた。

 

 ラナーと二人きりになった瞬間、ラナーの顔が二段階くらいダラッと緩む。

 

「ラナー、この珍しいハチミツもらって良い?」

 

「好きにお使い下さい」

 

 俺は使ったことのないローズマリーのハチミツの瓶を開けてペロッと舐める。

 

「ローズマリーのハチミツ美味(うま)あ────!?」

 

「あら ローズマリーのハチミツは食されたことがなかったのですか?」

 

「なかったなあ……ローズってことは薔薇か」

 

「ふふ 一般的な薔薇っぽさは無い花ですわ。ボテッとした茎と細長い葉が特徴で、私はそんなに好きな花ではありませんわね」

 

「ふーん」

 その素晴らしい香りの虜になった俺は、パンに塗っては食べるを繰り返す。その俺の可愛い姿を見ていたラナーは「……だから太るのでは?」と小声で言った。やめて、傷つくんやで……。

 

「お兄様……最近面白いことが解ったのですけど、聞いて頂けますか?」

 

 ラナーはご機嫌で、まるで愉快なお友達のことを話すかのように朗らかに喋りだした。

 

「うんうん どうしたんだい?ラナー」

 ふふ こういうの兄妹の会話みたいで憧れるなあ。

 みたいというか、実の兄妹だが。

 

「ええ あのメイドのゾエ、リル、マエリス、クララ、イネス、コリーヌが居るでしょ?」

 

「ああ オマエ付きのメイドな」

 

「そう 彼女たち一人一人に違う嘘の噂話を流してみたのよ。世間話の流れで」

 

「ん……?」

 

「でね 面白いのよ。ゾエ、リルに流した噂は見事に噛み合って一つの物語となって宮廷に流布され始めたのね」

 

「ええ……」

 

「マエリス、クララは個別のままでチラホラ聞こえてきて」

 

「うん……」

 

「イネースに話した話は侍従長から「本当なのですか?」と確認がきたの。つまり、ゾエとリルは他人のふりをしながら裏で結託していて宮廷に力がある人物との繋がり……まあ、バルブロ兄様でしょうね。で、マエリスとクララは……ふふ」

 

「はい」

 

「コリーヌに話した話が誰かから聞こえてくることは無かったわ」

 

「コリーヌ……良い子だ」

 

「彼女、友達が居ないのかしら?」

 

「ちょっと待て」

 

 俺が一瞬夢見たほのぼのタイムを返せ。そしてお前のほうが友達居ないだろうが。

 あと、子供の自由研究の発表にしては刺激的すぎると思うんだ。兄さん。

 

 ん?待てよ?

 

「まさかとは思いますが……ラナーさん。流した噂というのは……」

 

「とある衆道王子の醜聞を少々」

 

「おまえかよ!? いや、おまえかよ!」

 

「なんで言い直したのかしら……」

 

「オマ、オマエのせいでなあ!クライムと散歩してるだけで「お熱いですわね」とか言われ、クライムと買い物に行くと「デートですか!?」と何かハァハァしてる女性に言われ、クライムと大型浴場に入って流し合いっこをすれば他の奴らは気を使って入ってこないわ!みんなの視線が生暖かいというか!ピンク色というか!」

 

「というかお兄様、クライムと一緒に居すぎですわ! 自慢ですか!?自慢ですね?」

 

 今日のラナーは血圧高いな……。カボチャやナッツ類を食べろよ。

 

「そんなにオマエ、俺に会いたかったのか……あとカボチャとか食べなさい」

 

「違います。クライムを連れてきて下さい。なんなら置いていって下さい……かぼちゃ?」

 

 置いていっての辺りで変態(ラナー)の顔が怪しく歪む。

 

「そんな顔してる奴にウチの可愛いクライムを預けられるか!?」

 

「そんな!?あの子を見つけたのは私ですのに!」

 

「うるへー!クライムは俺のもんだ!俺が抱き上げ……」

 

 ガチャ 「あの……その、クローバーのハチミツを……」

 

「あ」

「……」

「……」

「……ちゃうねん」

「……」

「……」

「……ほんまちゃうねん」

 

 俺は立ち上がって絶賛誤解中のメイドとの距離を詰める。

 

「ひぃ!近づかないで下さい!」

 メイドは「失礼いたします!なにか御用があればお呼び下さい!」と告げると、逃げるようにドアから出ていく。

 

「……なっ!ほらな!」

 こうなる訳ですよ!ウガー!と涙ながらにラナーを見る。ラナーは悪い顔をしている。間違いなくワザとだコイツ!

 

「大丈夫です。これからは週一でクライムを連れて遊びに来て下されば、噂など再操作致しますよ?」

 

「くっ 俺の人気を引き換えにクライムを要求するとは……この、ラナー(人でなし)め!」

 

「……なんでしょう。今、ポッチャリした人から侮辱を受けたような。あとお兄様に人気などありません」

 

「おい それはオマエが想定している以上に、俺の可愛いハートを傷つけているからな」

 

「急に真顔……」

 

「まあ良い。確かに週一でと言っていたのに忘れていたのは俺が悪かったしな。これからは偶に来るからさ」

 

「はい そうして下さい。私達は仲のいい兄妹なのですから、何も変なことじゃありません。それに……」

 

「それに?」

 

「これで、これからはわざわざ珍しいハチミツを探さなくても大丈夫でしょ?」

 

「……いや それはそれで有り難いけど、噂の完璧な削除をお願いいたします」

 

「一度広がった噂を完璧に消すことなんて無理ですわ。むしろそれを利用しましょう」

 

「利用しているのはオマエで、利用されてるのは彼女達で、被害者は俺なんだが」

 

 あの噂が広がってから、クライムは周囲から少し優しくされるようになったらしい。

 俺を侮っている人には「あんな奴に酷い目に……」と同情され、俺を敬ってくれる人には「王子が申し訳ない……」と親切にされているらしい。

 

 くそー 酷う妹(ひどうと)め! これも初めから計算に入れていたな! 

 クライムに対する虫除けにもなるものな!

 その殺虫剤が強すぎて、ついでに俺の恋愛フラグも漏れなく死んでいくのだが!?

 鬼か!?アイツは! いや、鬼だ!アイツは!

 

 あれから週に一度はお茶会と称するラナーのクライムをイジる会が開かれるようになった。

 そしてラナーは完全にクライムの前では猫を被るようになった。

 『美しく純粋で優しく無邪気な世間知らずのお嬢様』というのが、きっとラナーが考える「クライムが憧憬するお姫様」の姿なのだろう。ラナーはそれをクライムやメイドたちの前で完璧に演じだしたのだ。可愛そうなクライムはラナーをそんなお姫様だと信じて憧れだした。くそう、そんなラナー(幻想)が本当だったらむしろ嬉しいのは俺だよ!

 

 クライムをお茶会に初めて連れて行った時に、このニューバージョンのラナーで初めて出迎えてくれて……

「まあ!?クライム!お久しぶりね!私、意地悪なお兄様のせいでクライムになかなか会えなくて寂しかったの……!」

 と、瞳を潤ませながらクライムの手を自らの両手で包んだ瞬間、真っ赤になって卒倒しそうなクライムと、真っ青になって吐きそうな俺とのコントラストが鮮やかだったからな!?

 しかも「うえー」って気持ち悪くなっている俺の(すね)にトゥーキックを食らわせた後、殺人者の眼で「本当のこと言ったら殺す」って呟いたからな!この酷う妹(ひどうと) ラナーちゃんは!

 

 まあ それでも嬉しかったんだな……俺は。

 

 もっと嫌な気分になるかと思ったんだ。兄として。でも杞憂だった。クライムはラナーの対極に位置するラナーには勿体無いくらいの良い子で、恐らくラナーが仮面を外したって変わらぬ忠義と憧憬と恋情を抱いたままで居てくれるだろう。それは時と共にお互いにジワジワと解っていくハズだ。そして、それまでは俺の前で毒を吐いたりガス抜きをしていてくれれば良い。少なくとも『素敵なお姫様』を演じ続けて、自分が壊れていくような思いをラナーにさせずにすみそうだと、俺は苦労しつつも時間が解決してくれそうな過ぎゆく日々を、優しいだけの時間だと安心していたんだ。

 

 

 ……この頃は。

 

 

 

 

 

 

 

 






 

鶴嘴様 誤字脱字修正を有り難う御座います。







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