黄金の日々   作:官兵衛

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すみません 設定ミスで8話9話を同時投稿してしまいました。8話「アインズ・ウール・ゴウン」を読まれていない方は、そちらからお読み下さい。


エ・レェブルへの旅

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした。お兄様」

 顔をツヤツヤとさせたラナーが旅行帰りの俺を出迎えてくれた。

 旅行と行ってもエ・レエブルへの巡幸参りで、元はと言えば、ラナーの奨めもあったのでレエブン侯と(よしみ)を通じたことに始まる。

 大貴族は普通自分の広大な領地の経営に勤しむために王都リ・エスティーゼを訪れるのは行事などがある時などに限られるが、レエブン侯は割と頻繁に王都に訪れていた。何も知らなかった頃は気づいていなかったが、王派と貴族派の間を立ち回りながらバランスを保ち続けるために活動していたのだろう。

 そして現状を維持しながら安定的平和を目指すという考えは俺と一致するもので、胸襟を開きながら愛息を褒めるという方法で、レエブン侯とは同志であることを確かめ合う事ができた。俺にはラナーやレエブン侯の様な頭は無い。でも次期国王継承者第二位という立場はある。それを利用してもらって少しでも安定した王国への再建を実現してくれれば良い────本当ならラナーにも、もっと協力して欲しいのだが、アイツ自分とクライムが睦まじく暮らせる小さな世界が在ればそれで良さそうだからな。俺は……その世界に入ってないんだろうなあー。

 

 そもそも前世のあんな酷い世界だったとしても一応民主主義の国に産まれた。だからと言ってこの世界には早すぎる政治形態だろう。分かりやすい象徴、分かりやすい社会、何も考えずに下賜される権利……それがまだこの世界で必要とされている。前世の記憶で生かされるものはなにもない。ただ、悔いのないように生きたい。出来る範囲で……自分の出来ることを果たし少しでも多くの人が平和と幸せを享受できるなら、まあ、それで良いよな。

 

 それでレエブン侯がリ・エスティーゼに居ない時もアドバイスももらうために手紙をやり取りし、まるで文通のようなことをしていたわけだが、「一度、エ・レエブルに遊びに来ませんか?」という内容の手紙が来た。王族ということもあり、割と窮屈な暮らしをしていると自負しているが、父王の「行幸」に着いて行ったり、「外遊」という形でリ・エスティーゼ外に出ることはあるが年に数回だ。これは自分自身の用事で初めての外遊だ。

 割と面倒くさい細かいスケジュール表を宮内省に提出して許可をもらう。旅行先がゴリゴリの王派閥や貴族派閥だと問題はあったと思うが、幸いレエブン侯は「コウモリ」とすら揶揄されるほど、どちらにも良い顔をしてきた人で、すんなりと通ったことは彼の有能さを表していると云える。

 

 そして、出発の際に護衛と近習として当然のように連れて行こうとしたクライムの調子が悪くなった。胃痛か風邪か、なんとも腹痛に苦しむクライムを無理に連れて行くわけにも行かず「クライム……今回は無理せずに留守を頼むよ」と置いてきたわけだが、あのクライムが苦しむ表情を観ている時のラナーの危ない眼は何とも怖かった。……ん?というか、アレって送別にラナーに誘われたお茶会で食べたケーキのせいじゃないか? クライムは「いえ、ザナック様の警備中ですので!」と申し訳なさそうに断ることが多いのだが、今回ラナーにしつこくせがまれて珍しくケーキを食べてたな……そういえば。

 毒を盛られた?と後で疑惑が深まったが、後の祭りアフターカーニバルだ。

 つやつやとした顔のラナーが怖い。クライムがゲッソリしているのかと心配したが、そうでもないので変なことはさせられてなさそうだが。

 

 

「ただいま、ラナー……」

 疲れた顔で呟いた。

「うふふ、お疲れですわね」

「聞いているだろ? エ・ランテルの事件。冒険者が解決したズーラーノーンの奴」

「そのようですわね」

 

 そう、そもそもエ・レエブルに出かけた理由の一つに『エ・ランテルに比較的近いエ・レエブルで、アインズ・ウール・ゴウンと名乗る魔術師の手がかりをコソッと捜索する』という物があった。実際に従者に冒険者ギルドに走らせて聞き込みに行ってもらったり、魔術師協会に問い合わせたが梨のつぶてだった。そして俺がエ・レエブルで何をしていたかと言うと……主にレエブン侯の御子様、リーたんを可愛がる……というか褒め続けるというか、親バカ魔神と化したレエブン侯の息子攻めに対してひたすら頷き続け、追従をし続け、褒め続けた。何も知らない五歳児を褒め続けた俺を逆に誰か褒めてほしい。

 何も知らない五歳児と言ったが、短期間で叩き込まれた「リーたん」の情報量は半端ではなく、俺は今この世界でレエブン侯に次ぐ『リーたん博士』であることを自負しても良いだろう。

 

 おっと、脱線した。まったく、リーたんは魔性の御子様だな。

 

「そういえば冒険者組合を整理し、積極的な撫育を方針にしたのはオマエの提案した案だったよな?」

「ええ まあ」

 

 そう。それまでの依頼主と冒険者の関係だけではなく、国からの恒常クエストという形で、国の幹線道路などに巣食うモンスターを、冒険者に自主的に退治させて治安を良くしつつ、低レベル冒険者に仕事を与えることで食べていく金と経験を積ませることで、より冒険者の質が底上げされるという国策である。

 この策は始め「国家の治安を守るために、貴族などが武威を振るう」という今までの状況から大きな変化が危惧されたため、王派閥、貴族派関係なく根強い反対があった。

 それまでは、彼ら貴族が自分達の領土の重要幹線道路などにしか兵を出して守ることをしていなくて、それ以外への出兵の場合は支度金などを王にせびったり、それを笠に商人や平民に金などを要求していたため、極めて評判が悪かった。

 そして、その「上に立つものとして当たり前のことを、気が向いた時に行うだけで金や領民の依存心が稼げる」という便利な既得権益を手放したくない貴族は多かったのだ。

 そこで今回、ラナー案という腹案を持った王は珍しく強権を発動し、「街と街を結ぶ道に現れるモンスターを退治して平民の安全を自分たちで確保するか、冒険者への賞金の1/5を支払う事によって彼らに退治してもらうか選択せよ」と貴族達に迫ったのだ。

 ちなみに内訳は「王政府1/5 貴族1/5 商人ギルド1/5 教団1/5 その他通行料と関税などで1/5」というものであり、1/5という想定以下の支払いと、兵を出兵させた時の費用を秤にかけた貴族たちは「ラナー案」を呑むことになったのだ。

 王は政府だから当然で、貴族もそうだ。商人は交易で最も道路が安全であることの利益を享受する事が多いし、通行料はそのままとして……「教団はなんで金だしてんの?」と不思議に思う人は多いかも知れない。

 正直、前の世界を記憶している俺にもピンと来ていなかったので気持ちは解る。実を言うとこの時代、社会に対して教団・教会の役割は大きい。まず王・貴族とは別の支配体系で人を縛る大きな権力を持ち、教育機関としての役割も非常に大きい。更には地方裁判所と最高裁を兼ねており(高等裁判所は貴族)そして王とは別に10%までの税金をかける権利も持っている上に、特筆すべきことは政府よりも地方の隅々まで、しっかりした戸籍管理を行って平民の出生死亡を管理していることと、その凄まじい情報網を利用して、王政府から平民への布告も、教会が受け持って地方の隅々まで届けるのだ。

 もちろん純粋に教会というネットワークを利用した情報網で、どんな王よりも情報収集能力に優れているし、さらにこの世界では回復魔法も使うので教会の力は本当に強い。

 ただ、本来は魔法という分かりやすいはずの奇跡を教会だけでなく、あらゆる魔術師が理論体系を明らかにした上で行使するために、治癒魔法を昔のように神の奇跡だと認識する民は少なく、それが教会への神聖さが薄れ、俺がイメージしていた中世や近代に比べると教会に対して俗な機関として触れている人が少なくない分、「純粋な信仰心」は薄い人が多い気がする。

 

 ────まあ、それはあくまで俗物まみれのリ・エスティーゼ(うち)だけの話かも知れないが……スレイン法国とかは信仰心で成立している国だしね。

 

 エ・ランテルでの事件とは、俺がエ・レエブルに居る時に起こった、ズーラーノーンというカルト宗教の地下組織によるアンデッドを利用したテロ事件のことである。レエブン侯はありとあらゆる場所に諜報網を持っているため、俺は事件の翌日早朝には大事件の発生を知ることが出来、そして対策を練っている最中の朝にはすでに解決したことを知った。

 もともとエ・ランテルは我が国で最も危険な街である。下級貴族や役人などで不始末をした者に「エ・ランテル送りにするぞ」というのは割とスパイスの効いたブラックジョークとして流布されており、事実笑えない人も少なくない。

 エ・ランテルは我が国と最も仲が宜しくない『バハルス帝国』と『スレイン法国』に接触しており、カッツェ平野というバハルス帝国との会戦地のすぐそばである上に、魔物で溢れるトブの森も北に控えているという極地である。しかも王都リ・エスティーゼから最も遠隔地にあるために治安もよろしくない。

 しかし危険地帯であり、交易の要衝ということで冒険者や商人にとっては旨味のある土地であることは間違いなく、一癖も二癖もある人材や職業の集積地であるために統治が難しい。そんなこともあってこの『王国最重要城塞都市』は王の直轄地であり、政治的手腕に定評のあるパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアが市長に派遣されている。

 そのエ・ランテルで起こったアンデッドテロは市民への被害はほぼ「0(ゼロ)」で終えたことは冒険者たちの活躍による物だと聞いている。ラナーの冒険者を育てる計画がそれに寄与したことは疑いようがないだろう。

 こういう形でラナーの頭脳が国を良くする方向に効果を発揮したのは本当に素晴らしいことだと思う。出来ればバルブロを引き摺り落としてラナーに女王になって欲しいと密かに企んでいる。ふふふ。

 

「やりませんよ、女王なんて」

 

 ラナーが嫌そうな顔と白い目で俺を見た。

 

「エ、エスパー!?」

 うちの子、ついに脳内革命まで!?……脳内革命は超能力ではないが。

 

「いえ、普通に声に出して話しておられましたよ……ザナック様」

 クライムが困ったような顔で申し訳なさそうに言ってくる。やめろ、その優しさは俺に効く。

 

「なあ、ラナー、オマエが女王をやってくれよ」

「いやですよ」

「クライムもラナーが女王になって欲しいだろう?」

「もちろん美しく聡明なラナー様であれば国中の民が崇めて素晴らしい女王になられることでしょう。しかしながら、お優しく、朗らかなザナック様も王として申し分ないかと思います」

「あれ 微妙に誉められてない。というかクライム。ラナーを甘やかしすぎだぞ」

 

 そこまで言うと俺は悪戯っぽい顔になり

 

「まあ、将来嫁さんになった時に苦労するのはオマエだから良いけどな」と笑った。

「まあっ!?」とラナーは顔を赤くした。うわあ、可愛いよ。ラナー可愛い。

「クライムには、もっと素敵なお嫁さんが……」と言いつつチラチラとクライムを見ながらクライムと一瞬目が合うと恥ずかしそうに顔を背けた。凄く可愛いが、背けた後に悪い顔をしてヨダレを垂らしているのが見えた。今のはクライム向けのサービスだったらしい……いいなあ、サービス。

 

「いえ!? そんな私などにラナー様などと、畏れおおいことで御座います!」とクライムも顔を赤くして照れまくっている。可愛い。俺のクライムは今日も可愛いかった。

 

「なにクライムをイヤラシイ眼で見ているんですか!お兄様」

 

 おお……かつて妹からこんな罵声を浴びせられた兄がいるだろうか。

 

「……その眼でクライムを見て良いのは私だけです」と、ラナーがボソッとクライムに聞こえないように俺の耳元で囁く。すごい。人間って恐怖でこんなに心拍数が上がるんだ……ドキドキ。

 

 そんな人体の不思議展に直面しながらも、俺は『アインズ・ウール・ゴウン』と名乗った人物の情報が全く得られなかったことに焦燥感を覚えていた。彼の現れたカルネ村に直接人をやろうと思っている。

 

「ところでザナック様。レエブン侯のお子様は如何でしたか?」

「ウン リーたんハ 世界一カワイイ。カワイイ。メッチャホリデー! コレハコレハ リハツソウ ナ オコサンデスネ!」

 

「!? ラナー様!ザナック様が!?」

「あら 壊れたわ……どんな目にあったのかしら」

「ど、どうしましょう!?」

「部屋に連れて帰って叩けば治るわよ。さ、連れて行ってあげてね。クライム」

 

 

 ……こうして、帰城早々にザナック王子は寵童クライムに手を引かれて仲睦まじく良い笑顔で散歩をしていたという疑惑が城で広まりながら、俺はようやくリ・エスティーゼに帰ってきたのだった。あと、なんかすげえ頭がタンコブだらけで痛いんだけど、なにこれ?

 

 

 









5%アルコール様 Sheeena様 骸骨王様 誤字脱字修正を有難うございます

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