ぽよぽよちゃんは栄えたい   作:彼岸花ノ丘

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ぽよぽよ~

 世界の中心に浮かぶ最も大きな大陸は、鬱蒼とした緑色のものに覆われていました。

 それらの高さは、ざっと十五マグクリットはあるでしょうか。無数に生えているそれは、ぷるんぷるんとした肉厚で緑色をした突起を多数持ち、降り注ぐ太陽の光を浴びています。緑色の突起は黒くて丈夫な棒に付いており、地上はそれらに覆い尽くされています。よくよく見れば多彩の形のものが存在しており、一種だけではないと分かります。

 それはかつて、緑色のスライムさんと呼ばれていたものでした。

 光合成の力を獲得した彼女達は、スライムさんの捕食によって衰退していた植物の生態系的地位(ニッチ)を埋めるように大いに繁栄しました。ところがある程度繁栄すると、今度は同種が、光エネルギーを奪い合うライバルとなります。種内競争は激化し、子孫を残せるものは、より大きく、より平坦な個体だけ。それは衰退していった、樹木達と同じ戦略への進化でした。近縁でない種が似たような形質を持つに至る、収斂進化と呼ばれる事象です。

 やがて緑色のスライムさんは、スライムさんの亜種という括りを離脱。一つの種として独立し、環境に合わせ多彩な種へと分化しながら世界中に広まっていきました。今では世界の何処に行っても、このぷるぷるとした植物スライムさんを見る事が出来ます。

 そんな植物スライムさんの葉の上には、三クリットほどの大きさしかない、細長いイモムシのようなスライムさんがいました。小型化・草食に特化したスライムさんの亜種……いいえ、分化した独立種です。彼女達イモムシスライムさんは、植物スライムさんの葉を食べて生きています。植物スライムさんの身体には、防御のための毒がたっぷりと含まれているため、イモムシスライムさんはそれらの毒を分解するための器官を持つ必要があります。ですが植物スライムさんが多彩な種へと分化した事で、毒の種類も多岐に渡るようになりました。食べる植物スライムさんの種に合わせ、イモムシスライムさんも種分化が進み、今では数万種にもなる大繁栄を遂げています。

 そしてそんなイモムシスライムさんを狙うものが、空には居ました。

 それは翼を持ち、空を飛ぶ事が出来るようになった、鳥型スライムさんでした。正確には鳥のような羽毛ではなく、コウモリのような皮膜で羽ばたいています。口器が発達し嘴のようになっていました。翼は六枚もあり、これにより優れた機動性を発揮します。樹木が生い茂るこの環境では繊細な飛行のコントロールが必要なため、飛行力に優れるスライムさんは森林環境における空の覇者となれました。

 鳥型スライムさんは木々の間を飛び交い、葉に留まるイモムシスライムさんを次々と捕らえていきます。ですが彼女はこれを食べません。彼女には子供がいて、巣の中でお腹を空かせて待っているからです。このイモムシスライムさんは、子供達の大切なごはんでした。

 しかし此処は厳しい自然界。

 悠々と飛んでいた鳥型スライムさんは、突如木々の間から跳び出してきた何かに襲われました。突然の事に鳥型スライムさんは羽をばたつかせて抵抗しますが、その喉笛に噛み付かれ、頭を引き千切られて絶命します。

 鳥型スライムさんを捕らえたのは、立派な四肢を持ち、大きな頭と丈夫な牙を持った、猫のようなスライムさんでした。猫型スライムさんは手に入れた獲物の断面をちゅうちゅうと吸い、その中身を食べます。

 鳥型スライムさんは猫型スライムさんよりもずっと小さかったため、その中身は全て猫型スライムさんのお腹に収まりました。猫型スライムさんは残った皮を捨てると、次の獲物を探して移動を始めます。

 そうして打ち捨てられた皮に、今度は地面から現れた小さな虫達……ただしスライムさんではなく、硬い甲殻に身を包んだ節足動物の……が群がりました。彼等は死骸を分解し、無機質へと還元。それらの物質は植物スライムさんの栄養となり、再び生態系の循環に加わります。

 ――――このように世界は、今やスライムさんのものでした。

 全ての生き物がスライムさんに置き換わった訳ではありません。小さな虫、ネズミ、鳥、植物……スライムさん達の大侵攻を生き延びた種は大勢いて、それらは新たな種へと変化していました。ですがかつての生態的地位(ニッチ)の大半は、スライムさんの子孫が手にしています。何処を見ても、何処を探しても、スライムさんを見付ける事が出来ました。

 数万年もの月日の果てに、この星は、スライムさんの星となったのです。

 つまりはこの星の主はスライムさんであり、それはかつてない大繁栄と言えるでしょう。自分を増やしたい、もっと栄えたいと思っていた『彼女』の願いは叶ったのです。

 そういえば、『彼女』は今何をしているのでしょうか?

 ちょっと会いに行ってみましょう――――

 

 海辺を、ぽよぽよとした生き物が歩いていました。

 それはスライムさんです。亜種や進化系ではなく、青くて、ぽよんぽよんとした、昔ながらのスライムさんでした。ですが、周りに仲間はいません。たったひとりだけです。

 かつては世界中へと広がった彼女達ですが、その後衰退の一途を辿りました。周りが進化を続ける中、極めて原始的な特徴を持つ彼女達は適応出来ず、ゆっくりと個体数を減らしていったのです。より適応的で、生態の似た種が現れた事も、個体数減少を加速させました。

 加えて、故郷である島が火山の噴火によって消滅。真の衰退を迎える事となり……純粋な意味でのスライムさんは、最早この子だけでした。

 最後の末裔となったスライムさんは、ぼんやりと海を眺めます。

 ――――彼女は覚えていないでしょう。始まりがこの海の彼方にあった、今では存在しない小島だった事など。

 この子は『彼女』……全ての母であるぽよぽよちゃんなのでしょうか? そうかも知れません。スライムさんは分裂によって増えるため、自他の境界が極めて曖昧なのです。彼女は間違いなくぽよぽよちゃんから分裂した個体の末裔であり、ぽよぽよちゃんと変わらぬ形質を保った存在です。神経細胞も引き継いでいますから、忘れた分を除けば記憶だって同じです。ならばきっと、彼女はぽよぽよちゃんなのでしょう。

 ぽよぽよちゃんは何時までも、何時までも、ぼんやりとしていました。別に何も考えていませんが、なんとなく海の方を見ていました。

 そうして海を眺めていると……ちゃぽんと、海面で何かが跳ねます。

 それは魚でした。

 魚型スライムさんではありません。立派な骨を持った硬骨魚の一種です。

 陸地の環境は激変しましたが、海はそこまで大きな影響を受けませんでした。一時的には流れ込む栄養素の減少により、生物密度が低下しましたが、陸上生態系の再構築に伴い今ではすっかり回復しています。

 何より、スライムさんは水中を苦手としています。

 水生のスライムさんもいますが、それらはあくまで水中に身を潜めているだけで、息は空気中の酸素で行います。丁度、カエルのような生き方です。水中呼吸を獲得するためには踏まねばならぬステップが多く、極めて時間が掛かります。また水中には魚や甲殻類など、水中生活を行う事に特化した生物が多数棲み着いていました。そのため生態系的地位が独占されており、生半可な形質では淘汰されてしまいます。海鳥などの存在により、海生生物を利用するニッチも埋まっていました。

 かくして海は、スライムさん達の侵出を免れたのです。

 ――――少なくとも、今日までは。

「……ぽよー」

 あれ、食べてみたいなぁ……とでも思ったのでしょうか。ぽよぽよちゃんはじっと海を眺めます。

 そうしていたところ、ふと賑やかな音が聞こえました。

 食べられないものよりも音に興味が移り、ぽよぽよちゃんは音が聞こえた方を目指してぽよぽよと歩きます。

 すると、そこには『ヒト』がいました。

 正確には人間だけではなく、例えばオークだとか、ゴブリンだとか、エルフだとか、ドワーフだとか……兎に角色々な種族でしたが、彼等が集まっていました。わいわいと笑い合い、とても楽しそうにしています。とても夢や幻とは思えません……ぽよぽよちゃんは、そんなものは見るほど、彼等に思い入れなどありませんが。

 数万年前に文明を築いていた種族は、絶滅していなかったのです。

 生存競争に負けた彼等は逃避行の中で、海辺が安全地帯である事に気付きました。内陸から海辺での生活にシフトする事で、獰猛で危険なスライムさん達から逃れようとしたのです。ぽよぽよちゃんに知る由もありませんが、このような集落は世界中で何千と存在し、数十万もの『知的種族』が暮らしています。文明力は原始生活レベルにまで退行しましたが、なんやかんやちゃっかり生き残ったいたのですね。

 そしてその過程で、彼等は異種族との調和を成し遂げました。

 尤も、ある意味必然な流れでしたが。海辺しか安全地帯がないのですから、生き残った種族が集結するのは当然の事。もしも此処で争いなんかをしても、ただの潰し合いにしかなりません。協定を結び、力を合わせるのが正解です。

 そうして出来た仮初めの協定は、時間が経つと忘れ去られ、子孫は異種族との暮らしが当たり前となりました。今では協力するのが当たり前、仲良くするのが普通です。だって、その方が色々上手くいくのですから。

 そして彼等はその生活の糧を、海の幸に頼っていました。

「……ぽっよ、ぽっよ!」

 ぽよぽよちゃん、ぽよんぽよんと跳ねながら、彼等の集落に近付きます。

 狙うは集落の住人……ではありません。住人達が海に捨てている、生ゴミの方です。大きくて動き回る生き物を狙うより、小さくても動かない生き物の方が効率的であると、ぽよぽよちゃんは学んでいました。

 海水へと入るや皮膜を伸ばし、ぷかぷか浮かぶ生ゴミを取り込みます。それは肉も皮も食べられた、小さな魚の骨でしたが、ぽよぽよちゃんにとってはご馳走です。美味しく、いただきました。

 お腹が膨れたぽよぽよちゃんは、ぷるぷると震えました。やがて頭が割れ、胴体が裂け……ふたりに増えます。最後の生き残りという絶望的状況は、ギリギリのところで脱しました。

 仲間が増えたぽよぽよちゃん、海辺でころころ転がりながら一休み。なんだかこの辺りはとても居心地が良いようです。

 それも当然です。元々ぽよぽよちゃん達スライムさんは、海に囲まれた島で暮らしていました。陸地に適応した『子孫』達と違い、海の近くこそが本来の生息地なのです。

 此処ならば、進化した子孫達相手にも有利に戦えます。

 子孫達は確かに仲間かも知れません。ですが同時に、最早別個体です。ぽよぽよちゃん達スライムさんを突き動かす衝動は、子孫が増えれば納得するほど合理的ではありません。

 ただただ自分を増やしたい。増えた自分がどうなるとか、進化するだとか、そんなのはどうでも良い事です。そして目の前には手付かずの『世界』が広がっています。

 

 

 

 今や世界はスライムさんのもの。

 

 だけど彼女達は、まだまだ進化を止めません。

 

 新たな環境に、新たな生態的地位(ニッチ)に、新たな場所に。

 

 止め処なく増えていきます。

 

 例えそこで先住種族の悲鳴が上がろうと。

 

 知性の末裔が根絶やしになろうとも。

 

 星の環境が激変しようとも。

 

 だって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽよぽよちゃんは栄えたいのですから。

 




ぽよぽよちゃんによるほのぼのあぽかりぷす、お楽しみいただけましたでしょうか。
私は楽しかったです(自己満足)
ぽよぽよちゃんの繁栄は未だ留まる事を知りませんが、お話はこれにて幕を閉めさせていただきます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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