妖怪の賢者は時に言う。
「幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……」
これは、その言葉通りの、ひとつの残酷なお話。

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思いつきです。続くことはほぼ間違いなく無いです。


呪い:全てを受け入れる程度の能力

むかーしむかし、と言っても、そんなに昔と言うわけじゃない。せいぜい、10数年ほど前の事。男と女がいた。

その男と女は夫婦で、そこら辺にうじゃうじゃといる人間と何ら変わりなく、ただただ平凡に生きていた。

 

 

ある時、女が子供を身篭った。娘だった。

息子でない事に、男は少しだけ残念そうだったが、だが、男も女も、娘が無事に産まれてくることを真に願っていた。

やがて女の腹の中の娘は、全くもって不健康なところの無い、完璧な赤ん坊となって生まれ落ちた。『○○ ○○○○』と名付けられた。

男と女は喜んだ。跡取りは出来なかったが、それでも愛しい我が娘だ。喜ばないはずがなかった。

娘は元気な子だった。すぐに腹を空かせては泣きわめき、女とおとこを疲れさせた。

だが、男も女も幸せだった。

 

 

娘が生まれて5年が経った。娘は、とても“優秀”だった。

寺子屋で何を教わっても、その日のうちに完璧にそれを理解し、使いこなせていた。

何かを使う時もそうだった。基本的な使い方を1度教えてしまえば、それの正しい使い方は勿論、より効率のよい使い方、より消耗を抑える使い方、それらを瞬時に思いつき、広め、成果を出した。

 

 

娘は、村中から有り難がれた。だが、同時に残念がられた。

娘がもし息子だったのならば、この村の村長など遥かに超え、もしかしたら領主様達のお目付きになったかもしれないと。

娘は、5歳という年齢ながら、既に何件も縁談の話が持ちかけられていた。

村中の男の誰もが、この娘を手に入れたがった。

それは、この村だけではなかった。

外の村から噂を聞きつけやって来た男や、はたまた旅の者、実際に、領主様のご子息までもがムスメを手に入れたがった。

……それは、人間だけではなかった。妖怪たちもまた、娘を欲しがった。

そこいらにうじゃうじゃいる知性のない雑魚妖怪や、中級、はたまた、名のついた大妖怪、天狗、鬼……様々な者達が、娘を欲しがった。

その中に、妖怪の賢者『八雲 紫』もいた。

 

 

娘をひと目見た瞬間、八雲 紫は気がついた。娘には能力が宿っていることに。

娘には、『全てを受け入れる程度の能力』という物が宿っていた。

この能力は強大だった。能力の捉え方次第では、八雲 紫の『境界を操る程度の能力』をも超えるかもしれないものだった。

娘には…いや、人間には過ぎた力だった。

実際、娘はこの能力を制御出来ておらず、5歳という若さを超越した記憶能力、アイデアの閃きなどは、この能力のある意味での暴走の副産物だったのだ。

八雲 紫は、まだ幼い娘を哀れんだ。だがしかし、それ以上に強い歓喜に打ちひしがれていた。

八雲 紫は探していたのだ。幻想郷という、八雲 紫の理想である『人と妖怪が共存する世界』の“バックアップ”…言わば、いざと言う時の人身御供となる存在を。

娘は……正確には、娘の持つ『全てを受け入れる程度の能力』は、それにはおあつらえ向きだったのだ。

 

 

八雲 紫は、すぐさま行動に移した。

まずは娘が家で1人でいる時に娘の目の前に現れ、娘を家ごとスキマの中に閉じ込めた。

そして、自らの持つ『境界を操る程度の能力』を使い、娘の存在を弄り、娘そのものを幻想郷と混ぜ合わせ、更に男と女についての記憶を消し、都合のいい記憶を植え付けた。

娘は、幻想郷そのものとなった。

普通ならば到底耐えられないであろう荒行だが、娘は受け入れ、そして適応した。

……そんな荒行を耐えられたのも、娘が自分の能力を制御出来ていなかったからだろう。

娘は八雲 紫に名前を与えられた。娘は『八雲 ○○』となり、娘は八雲 紫の“娘”となった。

 

 

娘と住む家を失った男と女がどうなったのか、そんな事を八雲 紫は全く気にしなかった。忘れ去ってもいた。

八雲 紫は、自らの愛する幻想郷に何か不具合が起きる度に、八雲 ○○を用いて不具合の起きる前の状態にリセットした。

自然、存在、時、空間、運命。それら全てが、その対象だった。

八雲 紫は狂喜乱舞した。これで、例え現代が幻想の全てを起き明かす、などの事が起きても、その被害を全て無かったことにできるからだ。

幻想郷の未来は、ここに約束された。

八雲 ○○の手によって。

 

 

八雲 ○○はただただスキマの中の家で、1人、生きていた。

母親以外の誰とも会えず、家からも出られず、ただ毎日の余りに余った時間を潰すために生きた。

八雲 ○○はよく1人で泣いた。頭の中に浮かぶ、誰とも分からない男と女の顔を思い出して。

幻想郷は、段々と賑やかになっていった。

 

空が赤く染まった。春が訪れなくなった。月が偽物になった。宴会が続いた。花が咲き乱れた。戦争が起こった。新たな神社が幻想となった。各地で様々な異常気象が発生した。悪霊で溢れかえった。宝船が飛んだ。神霊が増えた。宗教戦争が起こった。大量の道具が意思を持った。都市伝説が具現化した。地上探査車が現れた。4つの季節が乱れた。完全憑依が可能となった。

それらの異変が発生する度に、八雲 ○○は発生前の幻想郷を自らに保存した。そして、八雲 紫にとって不都合なことが起きる度に、リセットした。何度も、何度も、何度でも。

何の疑問も持たず、与えられた役割をこなし続けた。

恐らくこれからも、八雲 紫が消滅し、スキマを操れる者が全て消え去ったとしても、八雲 ○○は、八雲 紫の消滅する原因の起こる直前をロードし、何度でも繰り返し続けるのだろう。

そこにはもう、かつての娘はいない。

八雲 ○○が、いるだけだ。

 

 

 

これが、八雲 紫が時折口にする言葉の意味だ。

八雲 ○○はこれからも永遠と、幻想郷の人身御供となりつづけるのだろう。

願わくは、彼女に……娘に、救済が与えられる事を、心から願って。

 

 

 

 

 

 




以上です。


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