其所は一見すれば何処にでもある住宅地の間の小道。しかし其所は、地図の何処にも載っておらず、誰もその存在を知らない。
ひび割れた塀。
T字路の中央に設置された赤いポスト。その近くに落ちている犬の糞。
其処に人影はない。人の生活感を感じさせる光景にも関わらず、人の話し声も、足音も、鳥の囀ずりも聴こえない無音─────
かつてその小道には一匹の犬と一人の少女が存在していた。
誰もいない小道は杜王町の何処でもない場所にただひっそりと存在している。
「あなた、いってらっしゃい」
「ああ、行ってくるよ」
玄関口で手を振るしのぶにいつも通りの挨拶で仕事へ向かう私の心中は穏やかではなかった。しのぶの声を上の空で聴きながら懸念事項である2つの不安について考えていた。
一つは岸辺 露伴。
あの後、奴に一応釘は刺しておいたが私の正体を周囲に言いふらすとも限らない。なるべく早い内に始末をしなくては。
もう一つは岸辺 露伴に私の正体を告げた手紙の差出人。
私の15年前の犯行はまだスタンドが顕現していなかった時の事件だが証拠は一切残してはいない。だからこそ今日まで警察の目にも世間の目にも怪しまれず平穏に暮らしてきたのだ。
だがあの手紙の内容は紛れもなく真実だ。私が杉本 鈴美を殺したことを知る人間などこの吉良 吉影と親父、後は当の本人である杉本 鈴美くらいの筈なのにいったい手紙の差出人は何処でどうやって知り得たのだ?
もし差出人がその事を警察や世間に公表したならば非常に不味い。証拠はない。だが間違いなく私の今まで築き上げてきた平穏は乱されてしまう。手紙の差出人を探るためにも岸辺 露伴を早急に始末するのは軽率なのではと私を躊躇わせていた。
「あれぇ? 吉良部長じゃあ~ないですかぁ~~!」
そんな私を嘲笑うかのように、家の門の前に川尻 浩作が立っていた。つい最近カメユーの関連企業からうちの部署に出向してきた社員が何故ここに?
「君は……川尻か」
「奇遇ですねぇ。私、出向したついでにこの近くに引っ越して来たんですよ。でもまさか吉良部長のお宅が近くにあったとは思いませんでした」
「……たしかに、奇遇だな」
近くに引っ越して来た? 余計なことを。これじゃあ私の朝の通勤がこいつと遭遇すると言う煩わしさを被ってしまう。他は知らんが私は通勤するときは一人で自分のペースで歩きたい。ペチャクチャお喋りしながら歩くなんてアホのすることだ。
「行ってくるよパパ。あれ、この人は?」
家の前で立ち往生していると後ろから学校に行く早人が出てきて川尻に気づいた。川尻は早人を見るなり笑顔を浮かべて顔を近づける。
「やぁ。君は吉良部長のお子さんかな? おはよう、吉良部長のお仕事仲間の川尻です」
「お、おはようございます。いつもパパがお世話になってます」
「こちらこそ。利発な息子さんですね。さっきチラリと玄関の隙間から見えたのは奥様ですか? 美人ですねぇ。賢い息子さんに美しい奥様、羨ましいですよぉ~~」
「それで、君はわざわざ私のご機嫌取りに来たのかね?」
「とんでもありません。ただ出勤の途中で吉良部長を見かけたのでご挨拶をしたまでですよ。ご一緒に出勤しませんか? 同じ会社なんですし」
この川尻 浩作と言う社員……初めて会った時から感じているのだが妙に私に対して馴れ馴れしい。かと言って普段の勤務態度を見ればむしろ愛想は良くない方だ。つまりだ……
出世がしたいのだ。この男は。
だから好きでもない私の息子や妻まで誉めて媚を売っている。出向と言うことは元いた会社ではもう上は目指せないのだろう。だから手始めに飛ばされた部署でのし上がろうと私に目を付けた。
「……まぁいいだろう。早人、行くぞ」
「うん!」
私は使えると思った。
最近会社での評価が著しく上昇してしまって困ってた所だ。次からはこの川尻 浩作に手柄を譲るとしよう。他の部下たちは皆私に手柄を立てさせようとする邪魔者だ。其処に来てこの男はわざわざ私の出勤時間を調べて待っていた食えない奴だ。出世のチャンスなら喜んで飛び付くに違いない。
「早人君は何歳だい?」
「11歳です」
「へ~~それにしちゃ大人びてるね。じゃあもう漫画とかは読まないのかな」
「いえ、漫画は好きです。特にジャンプで連載しているピンクダークの少年が大好きです」
「あぁ、たしか岸辺 露伴って漫画家が描いてる作品だよね。でもたしか最近休載が続いてるとか」
「そうなんです。学校のみんなも早く続きが読みたいって文句を言ってます」
「漫画家は激務だからね。体を壊してしまう機会も私たちよりあるんだろうね早人君」
今週の休載の原因は私だがな。
「ご、ごめんなさい!」
「どうした早人」
三人で歩いていると曲がり角に差し掛かった所で早人が歩行者とぶつかり尻餅をついた。ぶつかった相手はメガネをかけたかなり大柄の男で横にはガールフレンドらしき美しい女がいた。
「痛てぇなァァァ~~ッ なんだよォォォォ~~とろとろ道歩いてんなよなァァァァ~~ッ」
「ごめんなさいっ。ぼくが余所見をしてぶつかっちゃったんだ、パパ」
「アンタこのガキの親父かよォォ~~? 見てくれよ俺のズボン、台無しだぜェェェ~~ッ」
男が指差したズボンの裾辺りには見えるか見えないか程の泥がハネていた。正直指摘されるまでは気づかないほどの汚れだ。この時点でかなり嫌な予感がする。
「ちょっと~~ッ うちの彼の服汚さないでよぉぉぉ~~。これからデートなのにどうしてくれるのよォォ~?」
「いやいや、どう見ても汚れと言うレベルではないですし子供がやったことですよ? 吉良部長、こんな奴ら相手にすることはないですよ」
「よせ川尻君。申し訳ない、息子が粗相を働いたのは事実なようだ。これでクリーニングでもして頂きたい」
川尻の言う通り面倒な輩に絡まれたが今は出勤中で急いでいる。万札一枚で済むなら安いものだ。それにそもそもの非は息子にあり父親の私が責任を取らねばならない。早人の教育の為にもここは父親として然るべき大人の対応を……
「あぁ~~ん? 1万ぽっちで足りるかよッ 10万出しな!」
「……なに?」
「おいおい当然だろォォォ~? 子供の責任は親の責任だぜェェェ~ッ 慰謝料も込みで10万にしてやるって言ってんのッ」
「……その泥ハネ、見たところほんのちょっぴりとしか汚れていないようだ。今日中にクリーニング店に預ければ綺麗になると思うよ。1500円くらいで」
「うっせぇーなぁ! 下手に出てりゃ調子に乗りやがってッ ごちゃごちゃぬかすならアンタの会社にでも凸ってやろうかァァァ~? お宅の会社の社員とトラブってるってよォォォ~!」
前言撤回だ。
こんな奴に謝るなど間違ってる。ましてや金を渡して許して貰おうなど、早人にそんな腰抜けの大人に成って欲しくない。
「おい喜べよォォ 今日はお前にイヤリング買ってやるぜェェ?」
「キャァ~~! ヤッターーあんた大好き!」
目の前のチンピラを眺める。どうしてこういう輩は総じて馬鹿なんだ。自分の権利以上の要求を平然と突き付けそれが通らないと見れば力に訴えかける。こいつは悪だ。それもとびっきりしょうもない生粋の子悪党だ。こんな奴が私の襟を掴んで恫喝するなどあってはならないことだ!
「オラァァァ~~ッ なにガン飛ばしてや──プゲラ!?」
「キャアアア~~ッ ちょっとどうしたのよ~~! いきなり転んで~~!?」
『キラークイーン』を出現させ男の鼻っ柱に裏拳を叩き込む。勿論死なない程度にだがそれでもキチンと鼻の骨と前歯もついでにへし折ってやった。殴られた反動で水溜まりに倒れてズボンと上着が血と泥で染まった男を見下ろすと、気分がスーーっとするのを感じる。
「大丈夫かね? ほら、手を貸すよ」
「ぶっ……ブプスッ……は、はぎゃあ~~ッ!?
いでぇ~~! ふざけんなよこの──クヘッ!?」
「よく聞けよお兄さん。私は最近機嫌が悪いんだ」
全く本当にどうしてこう世の中ってのは私の平穏を乱す存在が多いんだ。私はただ会社に行こうとしてるだけなのに妙な部下に捕まりチンピラに絡まれる。不条理だ。この吉良 吉影、物事が上手く運ばないとどうも不機嫌になって人を殺したくなる。
「な、なんだ……お、お、俺、浮いてるよ~~まるで何かに首根っこ掴まれたみてぇによぉぉぉ!」
今更ながら私のこの『キラークイーン』は一般人、つまりスタンド使いでない者には見ることができない。
それでいてスタンドは見える見えない関係なく相手に干渉できる。つまりスタンド使いでないこの男は私にとって何ら脅威ではない。不躾な狗畜生程度のとるに足らないカスなのだ。
「クリーニング代金は払うからとっとと貰うものを貰って消えたまえ。これでそのダサいズボンの代わりを買って後ろの馬鹿な彼女に食事でもご馳走してやれよ」
ほら、こうやって逆上する男の喉元を『キラークイーン』でギリギリと圧迫させれば直ぐにカタがつく。先程までの威勢はどうした? その筋肉は見かけ倒しかね? そんな情けない姿を晒しては彼女は守れんぞ。
「ぐ、ぐゲッェ~~わ、わひゃったッ」
『キラークイーン』で押さえ付けていた喉元を放してやると男は大きく咳き込みアスファルトに血と砕けた前歯を吐き出した。困惑と恐怖の目で私を見上げるその姿に先程までの傲慢さは見る影もない。
「ひっ……た、助けてくれ~~!」
「ちょっと待ってよ~~」
アベックは金を受け取ることもせず悲鳴をあげながら一目散に人混みの中へ尻尾を巻いて逃げていった。
「さ、もう大丈夫だよ早人。話はついたからね」
「パパ、ありがとう!」
「凄いなぁ吉良部長。あの男、急によろめいたり血を流したりしましたけどひょっとして貴方が?」
直ぐに納得した早人と違いどうやら川尻は目ざとく私を観察していたようだった。だが所詮はスタンド使いではない一般人、どう怪しもうとも真実に辿り着くことは永遠にない。
「まさか、手も触れずに相手をどうこうできる訳ないじゃないか。現実はファンタジーやメルヘンじゃないんだ。私は彼と『平和的』に話し合ったまでだよ」
「はぁ……」
いささか強引な言い訳だがわざわざ懇切丁寧に誤魔化す意味もない。先を急ぐ為転んでいる早人を引き起こす。
カチリ────
「アギャーーーー!? 足が~~~~ッ!」
「ん? 悲鳴が聴こえますね。事故でしょうか」
「どうでもいい。
まっ、おおかた不注意などっかの馬鹿が車にでも轢かれたんじゃないのかね。だとしたら、もうズボンは履けないな。フフ……」
いい気分だ。
この吉良 吉影、その日のストレスはその日の内に解消することを信条としている。
早人と別れ会社に出社すればいつも通りの日常が始まる。毎日気怠げな警備員と馴れ馴れしい受付嬢に適当に挨拶を済ませエレベーターのボタンを押す。エレベーター内ではなるべく上司と遭遇しないように気をつけるが今日は隣に川尻がいる。エレベーターのコンソールの前にいる私は背後の彼の表情は見えない。しかし閉鎖空間の為かお互い沈黙の為か、なにやら言い知れぬ不穏な気配が漂っていた。
目的階に到着してドアが開くまでの時間にして数秒ほどの間隔は、酷く気不味い緩慢なものに感じられた。
「もしもし、カメユーチェーンの川尻と申します。はい、いつもお世話になっております。本日はどういったご用件で……」
私は自分の仕事を行いながら横目で電話対応をしている川尻を観察していた。
仕事はそれなり。与えられた役目は文句なくやり礼儀もなっている。些かぶっきらぼうな所はあるが私も似たようなものなので強くは言えない。
「申し訳ありません。此方の不手際です。はい、必ず対処致します。問題なく片付けますのでどうか穏便に……」
しかしなんと言うか……物足りない。
人事を司っている訳ではないがイマイチ昇進させようとは思えない。努力しているのは分かるが成果に繋がらないから評価もしづらい。ここらへんが出向させられた原因だろうか。
「何か問題かね、川尻君」
「いえ、吉良部長。店舗の方からつまらない苦情が入ってきただけですよ」
「そうか、ちょうど良い。今から販売店の方に用事がある。君も顔見せに付いてきたまえ」
「分かりました。では先にタクシーを拾ってきます」
「あ、おい……」
電車とバスがあるから問題ない、と言う前に川尻は出ていってしまった。しょうがなく鞄を持って川尻の後を追うため仕事場を出ると見慣れた顔とばったり会った
「よぉ吉良。困りごとか?」
「君か……部下と外出するから急いでいるのだが」
この男、私と同期で入社したがその時から距離感が近い。毎度毎度私に話しかけたり飲みに誘ったりと苦手な部類の人間だが妙に博識なので仕事の相談も何度かしていた。
「噂の出向社員の川尻浩作か?」
「知り合いなのか?」
「いやいや、会社ですれ違う程度だよ」
「君のことだから彼についても色々知っているんじゃあないのか?」
「大したことは知ってないよ。
『川尻 浩作』年齢33才独身。お前と同い年だな。性格は誠実で寡黙な良い奴なんだが裏を返せば『つまらない』男だ。一度ばったり会ったが当たり障りのない会話ばっかで全然盛り上がらなかったよ。ま、ああゆうタイプは会社員としては使えそうだからお前の部署じゃ役立っているんじゃないのか?」
「まぁね。出向だから新卒みたいに業務を一から教える必要がないのは助かる。指示は素直に聞くしくだらない意地やプライドもないのは好印象だ」
「お前がそんなに他人を誉めるなんて珍しいな。けどやめとけ! やめとけ!
お前に川尻 浩作は似合わないよ。それより今夜どうだ、国分町の方で飲みに……」
「悪いが妻と息子が待っているんでね」
「わかった! わかった!
お前の家族サービスには頭が下がるよ。また今度な~~」
川尻が用意したタクシーに乗りカメユーチェーン系列のスーパーに到着した。まだ6月に入って間もない季節だと言うのにタクシーのドアを開け道に出れば空にはカッと地表全てを照りつける太陽が我が物顔で光輝いていた。辺りは湿気を含んだ生暖かい空気が立ち込め歩く度に肌にまとわりつく。
スーパーの自動ドアをくぐり抜けると店内の涼しい冷気が汗の滲む額をそよぎ心地がいい。
「ふぅ~~外は暑いですねぇ。それに比べて店内は涼しい。それにしても現場を部長がわざわざ立ち寄るなんて珍しいですね」
「これは現場と本部を繋ぐ役目でもあるのだよ。本部の意向や現場の不満を上手く調整することは簡単に見えて誰にでもできることじゃない。よく私の仕事を見て……」
その時、店内の有線BGMの音を一瞬にして掻き消す怒声が上がり思わず振り向く。
「あぁん? なんで換金ができねぇんだよ~~~~っ! 俺たちのこと舐めてんじゃねぇだろうなぁ~~~!」
「お、おらたちが集めたクーポンだどッ」
「おい、
騒がしい3人の男たちは店員や他の客の好奇の視線にも構わず紙の束のような物をレジの店員に突きつけながら詰め寄っていた。学生服を着た3人の内2人は見覚えがないがもう1人のリーゼントの男には痛いほど私の記憶を刺激した。
「吉良部長、不良ですよ不良。警察呼んだ方がいいんじゃないですか?」
「………帰ろう」
「え?」
「昔から言うじゃないか。金持ちと馬鹿とは喧嘩するなと」
「いやいや! 何しに来たんですか私たち!」
仕事を途中放棄する私に戸惑う川尻の反応はもっともだがあの奇妙な青年の厄介さを彼は知らない。東方 仗助と知り合ってからと言うもの、私の平穏な人生に不必要である『騒動』や『面倒事』が次々と振り掛っているのだ。私はスピリチュアルな物事は信じない主義だが疫病神は本当にいるようだ。
あの空間に飛び込めば私が嫌う『トラブル』に巻き込まれることは明白、それも東方 仗助絡みともなれば出来る限りの回避しなければ冗談抜きで命の危険があるかもしれない。
「こんな仕事誰にでもできる。とっととこの場を離れよう」
「いやいや! さっき大事な仕事だって言ってましたよ!」
戸惑う川尻を無視してスーパーを出ようと自動ドアを再度くぐり抜けようとした私を間の悪いことに店員が呼び止めた。
「あっ、吉良部長! 助けて下さい、こちらのお客様が無茶を……」
「俺は無茶なんて言ってねぇぜ! ただクーポン券を換金してくれって言ってるだけだぜ!?」
「そーだどッ
正当なけ、け、け、けんり? を要求しているだけだど!」
「だから騒ぐの……てあれ? 吉良さんじゃないっスか。なんでここに?」
私が訊きたい。何故、どうして私の行く先々にお前がいるんだ、東方 仗助……!
高校生だろ? 学校はどうした? まだ昼間だぞ? 私の息子だって今日も学校で勉強してるのにお前らときたらもう気分は夏休みかっ!?
「あの不良、吉良部長と知り合いなんですか?」
「……川尻君、今日はクレーマー処理について教えよう。そこで見ていたまえ」
知り合いとはとてもではないが言えない。
確かに知り合いと言えば知り合いだがこんな奴らと知り合いだなんて認めたくないのが本音だ。
「別におかしな話じゃないさ。私はカメユーチェーンで働いているのだよ仗助君」
「へぇ~そうなんスか。なら良いとこに来てくれましたよ! コレ! このクーポン券を換金して下さい! お願いします!」
仗助が差し出した手の中には今まで見たこともない程の大量のカメユークーポン券が握り締められていた。店員の顔を見ると「助けて!」といった表情で私を見つめている。
「こちらのお客様がこれ全部を換金してくれ言ってきて……一応用意はしたのですが当店としても余りに額が大きく困り果てまして」
客の一定の買い物額に応じてわが社が発行しているカメユークーポンは、通常のクーポンと同じように次の購入時に割引券として使用できる他、現金と両替する活用法があるのが売りだ。そして仗助の持つカメユークーポンを全部換金すれば数万円は確実だろう。だがそんな換金額は聞いたことがない。一介の店員には判断しかねる事態であろう。
「このクーポンを全て換金すれば6万1500円になる。大金だな」
店員の用意した換金分の金をこれ見よがしに仗助たちの前で数えると生唾を飲み込む音が聞こえるほどの執念を感じた。
「頼んますよォ~~この前のネズミの時助けてあげたじゃないっスかぁ~~!」
「……仗助君、一つお伺いしますがこのクーポンは君が自分で集めたのかね?」
「う"!」
私の核心に迫る質問に仗助はギクリと肩を震わせ分かりやすく狼狽した。ついでに後ろの仲間二人も一瞬で表情が固まり目が活きのいい魚のようにぐるぐると泳いでいる。
「な、なぁんでそんな事聞くんですか~? このカメユークーポンの山がその証拠ですよ」
「それなんだよ仗助君。そのカメユークーポンは100円の買い物につき一枚をお客様に発券している。それだけの枚数のクーポンを集めるとなると元手も相当な額になるはずだよねぇぇ?」
「うぐっ……」
「おかしいですねぇ?
君の家ってそんなに大家族だったっけ? レストランで出会った君の家族は父親とお姉さんだけだったけどなぁぁぁ~~~!」
「お、おふくろもいるっス……よ?」
「だとしてもここで次の疑問が生じますねぇ。このクーポン、やけにキレイだ。まるで印刷したての新品のような良好すぎる保存状態、普通こう言うクーポンは少なからず汚れていたり折れ曲がっていたりするものだが……」
「き、几帳面なんスよっ俺!
汚れとか折れ曲がったのを見るとイライラするって言うか、直さずにはいられないと言うか──」
「そう!
「~~~~ッッ!」
人差し指を突き付けられた仗助は不敵に笑っている。だがその笑みは口角がひきつり顔色は夏場に相応しくない真っ青だ。私はトドメとばかりに詰め寄る。
「分かっているぞ、東方 仗助。君の『スタンド』で直したのだろ? 後ろの連中はさしずめ協力者、いや共犯者と言ったところか」
首筋を伝う冷や汗、明らかに激しくなった動悸、縦横無尽に泳ぐ目、仗助だけに聴こえるよう耳打ちをしながら私は確信した。
コイツらは嘘を吐いている!
「そ、それは……その……」
「ついでに言えば社のマニュアルやクーポン裏面にも記載されている通り違法またはそれに類似する行為でのクーポンの取得・使用は固くお断りしている。もう一度聞く。そのクーポンは本当に、君が、正当なる方法で入手した物なのかね?」
我ながらネチネチと意地が悪い問い詰め方をするものだと思うがこっちだって仕事だ。悪く思うなよ。
「……くっ!
分かったっスよ吉良さん。俺らの負けです。このクーポンは俺らのスタンドで……」
仗助は遂に観念したように姑息な作戦を白状した。後ろ二人のスタンド能力と発案によって町中のクーポンを集め仗助のスタンドで修復してなに食わぬ顔で換金すると言う元手ゼロかつノーリスクで金を手に入れる世の中を舐めた行為だ。
「俺だって……俺だってこんな事したくなかったっスよ! でもしょうがなかったんです。俺の小遣いッ 全財産ッ サマーシーズン到来間近だってのにたったの12円っスよ!? なんとかして金を工面しようとするのが人情じゃないっスかぁ~~~!」
「君はもう高校生だろ、働きたまえ。
それにスタンドを使って詐欺紛いの小遣い稼ぎなんて親が悲しむぞ? なんならウチでバイトするかね。レジ打ち店員なら時給607円で募集しているよ」
「仗助よぉ……諦めようぜ。なんか知んねぇけどばれちまったら退くしかねぇぜ」
「ぐぐぐぐ……た、たしかにな。やっぱりスタンド使って金儲けなんて虫が良すぎた──」
「ちょ、ちょっと待つど~~~~ッ!!!」
尻尾を巻いて逃げていく仗助たちだったが一人のキテレツな形態の頭をした少年が雄叫びをあげた。
「おい
「億泰の言う通りだぜ重ちー。これ以上ゴネんのはさすがにグレートじゃねぇぞ」
「なんだね、君は? まだ何か言い分があるのかな」
ボーンチャイナの表面に髪の代わりに小鬼のような角の凹凸がいくつも見られる少年? は、先程までの能天気な馬鹿面から一変して鬼のような形相を浮かび上がらせていた。
「そ、それはおらの金だど! おらの『スタンド』で集めたクーポンを使ったんだど! つ、つ、つ、つまりおらの金だど。おらの物だっ! 」
「ぬっ──貴様!?」
重ちー、と仗助たちに呼ばれた少年は自身の周囲に蜂のような色合いをした複数の小さなスタンドとおぼしき群体を出現させ瞬く間に私の手にあった金を強奪した。
「え、えへへ。お金だど~~お札だど~~♪ お金持ち~~♪」
「おいおい重ちー! それはヤバいだろっ。泥ボーだぞ泥ボー!?」
「俺だって金は好きだけどよォ~~道に落ちてる金以外は拾わねーぞ重ちー!」
「おお? 仗助も億泰もうるさいど。そもそもクーポンを集めたのはおらだど。だからお金は全部おらの物なんだど~~♪」
「ゲッ!? こいつ信じられねぇがめつさッ 最悪だぜッ
さっきまでの純粋な重ちーはなんだったんだよ!」
「中坊とは思えねぇ!? 性格ねじ曲がってるぜェ────!」
それは信じられない暴挙であった。少年重ちーはあろうことかスタンドを使って金を、わが社の金を奪い取った。仗助たちも予想外だったのか慌てふためいている。
「このクソガキ……下手に出ていればふざけたことを!」
爪が僅かに伸びる感覚がする。反射的に手に力が入り拳を握る。
「なんだど? 文句あるのかど!」
「大有りだよ。君が今握っている額の金を稼ぐのにどれだけの労力が必要だとおもっているのかね? それにそもそも君の行為は犯罪だ」
「う、うるさい! あんたもおらの『ハーヴェスト』が見えるようだど。あんたも『スタンド使い』だな!? そこで止まるんだど!」
重ちー少年も罪悪感はあるのか私の指摘に慌てて金を手の中に無理矢理詰め込んだ。そして私の周囲に無数のスタンドを展開させ牽制するがその額には焦りのあぶら汗が滲んでいた。
「しょうがない。本来ならば不良中学生のオイタとして通報すれば済む話だがスタンド使い相手ではそうもいかない」
「な、なんだど……ッ?
おらの『ハーヴェスト』とやる気なのかど?」
「お、おい重ちー! 早く吉良さんに謝って金返せって! 吉良のスタンドはマジでヤベェ、怒らせたら大変だぞ!」
仗助は私のスタンド能力を知っているが故に正しい反応を示した。当然だ。私の能力を知っていたら間違っても重ちー君の様な無謀な犯行はしない。
「おいおい仗助勘違いしないでくれ。私は仕事をするだけだよ。それにもう済んでいる『キラークイーン』」
カチリ──
と、キラークイーンの起爆スイッチ音が鳴ると同時に重ちー少年の手から炎と光が漏れだし内側から両手を吹っ飛ばした。爆発が収まると重ちー少年は何が起こったのか分からず粉々になった手から血が流れ続けている光景をただ呆然と眺めていたが、私はそれを無視してヒラヒラと舞い落ちているお札と硬貨を回収する。
「うお!? 重ちーお前手首先の方がなくなってるぞォーーーーー! ぐ、グローーー!」
「だ、だから言ったんだよ重ちー! いま治してやるよッ」
「じょ、仗助さんに億泰さん何を言ってるんだど? おらの手がどうかして…………!!?
お、お、おらの手がぁ……! 消えちゃったど────!? ヒィーーーーー!」
「『キラークイーン第一の爆弾』
キラークイーンが触れた物は何であれ爆弾に変える。そして爆弾に変えられた物を触ればそれが爆弾に変わる。君が奪った金は既に爆弾に変えられていたのだよ。そしてそれに触った君の両手もな、分かったかね重ちー君?
それと、そろそろ君たちにはご退場願おう。ハッキリ言って営業妨害だ」
「おうおうおっさんよ~~! いきなり重ちーの手ぇ吹き飛ばしやがってッ こいつはセコいけど俺等のダチだぜ! 仗助の知り合いだかなんだが知らねぇが舐めてんのか!?」
これまた高校生とはとても見えない老け顔のゴツい男が何か喚いているが聞こえないし聞くつもりもない。
「くぅらぁ! 無視すんな!」
「よ、よし! なんとか元通りだぜ重ちー」
「ううあう……よくもやったな~~! 許さないど!」
「川尻君、今日の仕事はもう終わりだ。会社に戻る準備をしなさい」
「え……なんかお金が飛んだり血が出たりしてますけどいいんですか?」
「問題ない。君には関係のない話だ」
「おい! 無視するなどーー!! こうなったらおらと同じ目に合わせてやるどッ『ハーヴェ───」
「少しは人の話を聞いた方がいいぞ。私は君に言った筈だよ、既に済んでいるとね」
重ちーのスタンドが私の体に張り付き今に攻撃を加えようとするもそれは未遂に終る。
スタンドに指示を出そうとした彼は驚愕の表情に染まっていた。
「うわあああああああああだどォォォォ!?」
彼の回りにはそのスタンドと同等かそれ以上の人だかりが押し掛け仗助たちも含めて洪水のように飲み込まれた。
「なんだこのおばさんたち!?」
「仗助なんだこりゃ!? 人の波だッ」
「今の時間帯はちょうどここのタイムセールでね。しかも半年に一度のスペシャル割引day。この時ばかりは気取ったS市の主婦たちも獰猛な略奪者に変わる。君たちの立っているところは丁度店の入り口、そのまま主婦たちの流れに乗ってしまうと言う寸法なのさ」
「お、おらのお金が~~ぶばッ イテッ ちょっとおばさんたち退いてく──────……………」
タイムセールの主婦たちはスパルタ兵の如き進軍で立ちはだかる仗助たちを薙ぎ倒していく。彼らの怒鳴り声はやがて悲鳴に変わり最初の戦場『国産牛タン100g200円コーナー』に辿り着く頃には主婦たちの雄叫びに掻き消されその姿すら見えなくなった。
「うわ~悲惨ですね。セールが終わるまで二度と帰ってこれませんよあの子たち」
「自業自得さ。人様に迷惑をかけた罰だよ」
降りかかる
「今日は勉強になりましたよ。あんな恐ろしい不良連中に一歩も退かず撃退するなんて憧れちゃいますよ」
「……そうか」
車に乗るなり延々とテンプレートなごまをすられるのはある種の拷問に近い。川尻の出向してきた部下と言う立場を考えれば仕方がないが、見え透いたご機嫌取りはかえってその抜け目のなさが鼻に付く場合もある。
「いやーそれにしても吉良部長は本当に頼りになって……」
今がまさにその状況だ。
どうしてこうもサラリーマンと言う人種は出世したがるのだ? ペコペコ頭を下げ必死で媚を売って人生の貴重な時間を費やして手に入るものなど疲労だけだ。社会的地位、金、名誉、女、これらは罠だ。世間一般の幸福の多くは神がいるとして我々人間が無駄に生を浪費させる為に仕組んだ巧妙なブービートラップなのだ。歴史を見てみれば一目瞭然。世界の頂点や絶頂に到ったところで後は落ちるだけ、最期も碌な死に方をしていないのが現実だ。
私はその手には乗らない。家庭を持ちそれに見合う収入も手にしているがそこで打ち止め。後はこの幸福が永遠に持続させることに注力すればいい。
「出向元の会社では吉良部長の様な方はいませんでした。それに比べてカメユーは本当に素晴らしい社風で……」
そう考え改めて川尻を観察すると彼もまた人生の蟻地獄に嵌まった可哀想な奴なのだと同情を禁じ得ない。半導体が欲しい時なのにマイナスネジが「自分はプラスネジの代わりにもなれます!」とアピールしているような徒労感だ。
「君は出来た社員だよ、川尻 浩作君」
「ありがとうございます。これからも吉良部長の元で励ませていただきます」
せいぜい利用させて貰おう。私の現状維持の為の変わり身として。
『本日未明……S市◯◯区□□町在住の20代女性が失踪したと警察から発表がありました。杜王町では同様の失踪事件が近年多発しており警察では関連性がないか慎重に捜査を───』
タクシーのラジオから流れたニュースに私は思わず動揺した。岸辺 露伴邸での出来事があったが故に女性の失踪と言う単語にどうも敏感になっている。
「さっきの不良も怖かったですけどこのニュースも怖いですねぇ」
「警察の怠慢だよ。税金を払っている意味がない」
「あっ、そう言えばここら辺でも昔怖い事件がありましたね」
「そうなのか?」
「ほらっ
「────!」
川尻の一言に私は咄嗟に窓の外を見た。走行中の窓から見える街並みは確かに15年前、私が最初で最後の殺人行った杉本 鈴美の家の近くだった。
「酷い事件ですよね。犯人がまだ捕まってない所がタチ悪いですよ。そんな奴がこの杜王町にまだいるかもって考えたらゾッとします」
「…………仕事中だ。無駄口は程々にな」
夏を告げる暑さも忘れ、私は兎に角帰ってしのぶと早人の顔を見たかった。
ジョジョ5部のアニメも楽しみですね。