薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

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10/14 ちょっと誤字を発見したので修正

2013 3/26

戦闘描写だけ修正しようとしたら明らかに日本語おかしかったから修正したら2000文字増えちゃった


キャスター

 セイバーに連れられ、アストラは疲労の溜まって来た体を気にしながら足を動かす。

 キャスターというからには魔術に特化したクラスと判断したのだ。が、セイバーはキャスターの魔術はどんなものか確認していないという。

 分からない以上は対策がしにくく、これは警戒が必要だとアストラは気を引き締めた。

 魔術師との戦闘はいかに距離を詰めるかだが、ロードランも後半になると闇霊が強力な魔術に『月光の大剣』による光波を放ってくる事も少なくなく、距離を空けた上で避けるのだけで精一杯な状況に追い込まれることも多い。後者の剣に関してはシースの尾より生まれたこともあって純粋な魔力で構成されており、ただの盾で防ぐのも一苦労な業物である。

 しかし、『沈黙の禁則』を使用すれば『月光の大剣』にさえ注意すれば比較的容易に勝利できるという、援護役が最適な戦闘方法と言える。

 そう思いつつも『ソウルの結晶槍』を直撃して即死した時の事を思い出し、少し顔色が悪くなるアストラであった。

 『ソウルの結晶槍』はその物理的破壊力だけでなく掠りでもするとその部位が結晶化し、死ねば意識が薄れながらも肉体が結晶に包まれる。その瞬間に痛みとは別の、魂まで結晶にされるような感覚が生じるのである。

 魂を削る攻撃というのは、ああいうことを言うのだろう。

 走っていると次第に新鮮な血の匂いが満ちた森にちらほらと無残な姿となった子供達が視界の隅に映りはじめ、アストラはそれによって憤る感情を抑えるためにセイバーの反応を確かめた。

 その顔に浮かぶのは、自分が彼らを助けられなかったのを悔やみ。そしてまたこのような最期を子供達に迎えさせた実行犯を、心の底から憎むものだ。

 憤るのはアストラと同じだが、彼女は女性という事もあってか一際激しい感情を抱いているようだ。

 

「————アストラ、貴方は援護を。キャスターは私が討ちます」

 

 怒りを隠しきれないといった様子のセイバーの言葉に、アストラは多少反論の意志を見せたが同意した。

 そして、援護に徹するために『暗月の弓』を握りしめ、血のにおいがより濃くなる方向へと向かうセイバーに回り込むような針路を取って走り出した。

 彼女が見えなくなる前に一言、援護で仕留めてしまっても文句は言わぬように告げてから。

 

 

 

 

「これは……!!」

 

 暗い森の中の開けた場所に出ると同時に、セイバーは思わず声を上げた。

 キャスターに追われていた子供たちの体力が尽きてしまったのか、『千里眼』を使用した水晶玉を通して見た時に確認できた子供たちのほとんど――――いや、損傷が多くて何人の死体なのかは手足を数えねば分からぬほどの亡骸が、枯れ葉に覆われた地面に事故に合った犬猫のように打ち捨てられているのだ。

 耐性のある者でなければ、この光景を目にしただけで嘔吐してしまうかもしれない。

 だが、セイバーも望まぬ形といえども似たような光景も、それ以上の物も目にしたことがある。彼女にはただ、目の前の子どもすら守れぬ自身の無力さと、赦されざる悪への憎しみが沸き上がるだけであった。

 だが、慣れたといっても許せぬ光景に変わりはなく、その元凶の居所を探すためにセイバーは視線を周囲の木々に走らせた。

 

「ようこそジャンヌ」

 

「————ッ!?」

 

 すぐ真後ろからかかるキャスターの声。セイバーは一瞬目を見開きながらも、すぐに険しい目つきになって振り返った。

 もちろん、中腰に見えない剣を構えながら。

 

「いかがでしたかこの惨状は? 痛ましいでしょう?

 ジャンヌは昔、このような光景を目にして怒りを露わにしていましたが、変わらないようで……」

 

 が、騎士王に剣を向けられているのもそんな些細な事とでも言うように、キャスターは生前を懐かしむような顔をした。

 しかし、その鮮血によって染まった魔物のような手は、ただ一人の生き残りとなってしまった少年の頭部を覆っている。少年はかろうじて立ってはいるものの、先ほどまで背後から聞こえる同年齢の子供の悲鳴を背に走っていたのだろう。

 だが、それももう限界。今にも失神しそうな様子だ。

 いつでもその小さな頭を潰せるその状態を見て、セイバーは奥歯をかみ砕くような強さで噛み締めた。

 それを見たキャスターは。

 

「私が憎いですか……? ええ、憎いでしょうねぇ。

ジャンヌなら神の愛に背いた。いや、踏みにじった私を断じて許せないはずだ」

 

 ジャンヌならどう感じるか、それを完全に分かっているような口ぶりで言う。

 どこか、その声色には悦の色が混じっていた。狂っている。

 

「その子を放せ。外道!!」

 

「ああ、ジャンヌ。貴女がそんなにもこの子供の救命を望むなら」

 

 セイバーの怒号も受け流し、キャスターは子供へと語りかけ始めた。

 

「さあ、坊や。お喜びなさい」

 

 敬意を払うように右手を左てを置き、赤に染まった左手で子供の頬を撫で上げる。

 べったりと、子供の頬に赤が付いた。

 

「敬虔なる神の使いが、君を助けてくれるそうだ」

 

 その言葉も身振りも、彼の演劇のような抑揚からか相手をあざ笑うような物に聞こえてしまう。実際そうなのだろう。

 しかし、恐怖に頭を支配されてそのような思考能力もない子供は、その言葉を疑おうともせずに一心不乱にセイバーへと駆けだした。

 子供がキャスターから離れたその瞬間、真横の木々の間から甲高い音を立てながら一筋の光が飛来した。しかし――――

 

「なっ!?」

 

 アストラなら確実に当ててくれると思っていたセイバー。だが、その光がキャスターの頭の横を通り過ぎ、奥の木を穿ったことに驚愕した。

 距離にして二十メートルもない、アストラ程の技量があるならば外しようもない距離。その距離を外した理由は、アストラの腕以外にあった。

 顔を歪ませたアストラは弓を背負うと素手で構え、迎撃の体制を取る。その肩には鎧の隙間を突いて肌を食い破った黒塗りの短剣が突き刺さっており、滴り落ちる血液が茶色い落ち葉を黒く染めていた。

 既に襲撃者の姿は無いが、アストラの矢が外れた原因はこの短剣である。

 

 アストラはあのタイミングで攻撃するとは子供を殺す気か、と既に姿を消した暗躍者に殺意を向けた。

そして、既に気配の無い襲撃者に備えて『アストラの直剣』を握る。

 投げられる瞬間と、投げられた少し後まではアストラも察知できていた。が、前者は弓を引いていたために、後者は続くであろう相手の出方をうかがっていたために何もすることができなかった。

鎧の隙間を狙えるほどの投擲技術を持つ不死の英霊にはアストラは出会った事がなく、その攻撃方法から予想されるヒットアンドアウェイの戦法に対処しそこねたのである。

 今は即効性の毒が塗られていなかったのが幸いか、とアストラは安堵しつつ、セイバーとキャスターの方に目を向ける。

 すると、そこでは意外にもキャスターからうまく離れた子供がセイバーに抱き着いているところであった。

今援護に入れば、子供を生かしたままキャスターをどうにかできる。自分が出ていけばキャスターはセイバーたちから注意を外さざるを得ない。アストラはそう思った。

が、事がそううまく進むことはなかった。

 アストラの目の前で、セイバーの腕の中で、子供の体がゴム手袋のように膨れ上がり、内側から弾けた。子供の体を餌として、体内に巣食っていた何かが飛び出したのだ。

 アストラは身を硬直させ、それ以上の動揺に動きが止まったセイバーには飛び出した何かのタコのような足が絡みつき、口を大きくしたヒトデのような胴体がぶつかった。

 

「くっ……アストラ!!」

 

 身動きの取れなくなったセイバーが叫ぶ。アストラの決断は早かった。

アストラは襲撃者を完全に無視することに決め、恍惚とした笑みを浮かべるキャスターへと駆け出す。

 万が一セイバーがあの生き物によって拘束されたまま重傷を負おうが、即死や妙な攻撃をもらいさえしなければ――残り少ないとはいえ――『女神の祝福』で治療することができる。そのため、セイバーの援護よりもキャスターを真っ先に倒した方がいいと判断したのだ。

 それに、彼の長い指をした手には魔力を放つ本が乗っており、それが魔術的な先ほどの出現の触媒だとは一目で分かる。それを始末してしまえばセイバーも同時に助けられると踏んだのだ。

だが、アストラの目論見はまたしても、不測の事態によって遮られる事となる。

 アストラがキャスターをその剣の射程に収める直前、相手の背後の木陰に青白い輝きが見えた。見覚えのある、ソウルの輝き。

 それを確認したアストラは思わず舌打ちをしながらも、反射的な早さに地面を蹴って横に跳ぶ。その頭上を矢よりも速く、鋭い閃光が高音を放ちながら通り抜け、アストラの背後の暗闇へと飛び去って行った。

 『ソウルの太矢』。それによる閃光だと再認したアストラは『紋章の盾』をその暗闇に向けて構えながら、キャスターに周囲を払いつつセイバーに近づくことになるがじりじりと後退する。

 

「ハァッ!!」

 

 セイバーは『フォース』のような衝撃を伴う魔力の放出によって何本もの足を持つタコのような生き物――海魔をそれが殺した子供の用に弾き飛ばし、アストラの横に並んだ。

 

「おぉ、勇ましいですねえ。しかしジャンヌ。貴方に正気を取り戻させるためにも、私は負けるわけにはいかないのです」

 

 キャスターがそう言うと彼の持つ本はいっそう強く魔力を放つ。すると、そこら中に散らばってた肉片が膨れ上がり、十数体もの海魔になった。

変化の魔術。もしくは、肉を生贄にした召喚術。これにより、アストラとセイバーはぐるっと囲まれてしまった。

 それ故に、一瞬も意識を弛められない、そうする余裕がない。

キャスターの背後には魔術師の後衛がおり、その隙を突かれないとも限らないからだ。

 身構えるセイバーに、奥にいる相手は自分の世界の者であり、強力な魔法攻撃を行ってくる、とアストラは伝える。

そして、魔術師との戦闘経験はあるか、と聞いた。

 

「戦場でならば幾度かありますが、このような状況での戦闘は初めてです。

ですが、問題ありません、敵の援護があろうともあの程度の怪物ならばどうにかできるでしょう」

 

 それに、とセイバーは続ける。

 

 

「私の宝剣――宝具を開放すればキャスターもろとも一掃できるでしょうが、魔力の消費が激しくこれからの戦いが厳しくなります。キャスターを倒すまでは他のマスターと休戦状態となりましたが、倒してしまえばそこを突かれるかもしれません」

 

 アストラはセイバーの言い分に納得し、ならば、と目配せをする。

 一気に攻めてキャスターを倒し、そのまま奥の相手を倒してしまおうという意図。セイバーもそれは察したらしく、肯定の視線を彼に送った。そしてアストラが頷くと、セイバーは目の前に広がる化け物を睨みつけ、地を蹴った。

 

「キャスタァァァァ!!」

 

 セイバーはその勢いで振るった剣の一太刀でまず一体を仕留め、後ろの魔術師に狙われないようにキャスターを直線上に並べるようにして盾にしながら他の化け物に切りかかる。

 アストラもそれに続くように駆け出すと、彼は一直線にキャスターへと向かう。

 左から襲い掛かって来た一体の触手をシールドバッシュで怯ませて横を通り抜け、右から来た一体の触手に包まれる前にその胴体を断ち切る。

 アストラもセイバーも破竹の勢いで使い魔を倒している。しかし、セイバーの声が上がった。

 

「アストラ! 増えてます!」

 

 アストラはその声にも振り向きはしなかったが、彼女の言っている意味は分かった。自分が二体目を切り捨てた直後にキャスターの持つ魔導書らしきものが発光し、それと同時にボコボコと肉が盛りあがる音が背後から聞こえ、その後にセイバーの声が聞こえたからだ。

 また厄介な。そう考えながら、アストラはキャスターへと駆ける。

 

「そうか、貴様がジャンヌを惑わしたのか!!」

 

 セイバーがアストラに声をかけたせいか、キャスターの注意がアストラに集中した。

 できればあと少し前に出たかったが、少し早いだけでもアストラには問題だ――。

 キャスターが意図して体をずらしたために、正面の森の中から『ソウルの太矢』が飛来する。そして、背後からは複数の飛び上がるような音と共に、セイバーの警告を込めた声が響く。

 アストラは正面の光が当たるように『紋章の盾』を放り投げ、振り向きざまに背後を一閃する。

 二匹の魑魅魍魎が醜い鳴き声を上げながらその場に落ちるが、その後ろの空中には三体の海魔が今まさに飛びかかってきている最中だ。

 アストラは動作の流れを利用しつつ左手で振り切った位置の剣を握り、彼を捉えんと伸びる触手を切り落とす。だが、相手の勢いは止まらない。

 背後で大きな金属音と、ソウルの爆発がした。その余波が、アストラの纏う鎧を軽く撫でる。『紋章の盾』の対魔力で、『ソウルの太矢』を迎撃したのだ。

 体当たりをしようものならそのまま捕らえに来るであろう相手に対し、アストラは武器を振う。

 両手で振られた鋭い一撃は一体を両断し、他の二体の肉を深くえぐる。やはりこれぐらいで息絶えるような生物ではないようで、二体の海魔は醜い悲鳴を上げながらのた打ち回った。

 そしてまた、それらの傷口からは白い煙が上がり、焼けるような音が立ち始める。

 神聖が効いたとき特有の反応。アストラは改めてこれらが本当に邪悪なものなのだと再認した。

 

「神はまたジャンヌを(たぶら)かし、辱めようというのかぁぁぁぁ!!」

 

 煙を見たキャスターは自身の髪をムシリながら半狂乱にそう叫び、さらに魔導書を発光させる。

 海魔以外の魔術か。そう思い抜群の対魔力を誇る『結晶輪の盾』を構えたアストラだが、予想に反して魔力弾は向かってこず、彼によって倒された海魔は復活しない。

その隙を逃すまい、とアストラは悶えている海魔にトドメを刺した。

 だが、そこへあらたな魔術が飛来する。巨大なソウルの塊。『ソウルの槍』だ。その威力はこの辺りにあるような木ならば容易く貫いてしまうほどで、先ほどのような盾を投げただけで止めれるものではないだろう。だが、今回は盾自体が違う。

 飛来を察知したアストラは地面に直剣を刺し、空いた手と合わせて両手で『結晶輪の盾』を握って前に突き出す。

 『ソウルの槍』と衝突した盾は青白く輝きながらそれを押し留める。数瞬も拙攻をすると『ソウルの槍』はその形状が維持できなくなり、『ソウルの矢』のような濃密なソウルとなって四方に飛び散った。

 飛散した魔力は断片化しながらも強力な攻撃であり、何本もの木が淡い緑の光に切断される。

 月光蝶のソウルをもって作られた『結晶輪の盾』は強い結晶の魔力を持っており、魔法に対して絶大な抵抗力を持つ。また、その間は盾として使う事ができなくなるが魔力を外側の結晶に集中させることによってブーメランのような使い方ができ、魔術版火炎壺のように使う事ができる。

 また、完璧に防げた理由としては、アストラがその盾の強化に重みを置いていた事がある。魔術は高い威力を持ち、射程距離もある。高威力の魔術を防ぐとなれば『紋章の盾』の持つ対魔力は不十分であり、破損した上に魔術を受けてしまう事もある。

 そこで、この盾が不可欠なのである。

 アストラは一度後方を見てから再び走り出しながら『アストラの直剣』を引き抜くと、大声を出しながらセイバーに向かって投げた。

 後方では数えきれないほどの数となった海魔をセイバーがこちらに来ないように足止めを目的に戦っている状態であり、その数を見る限りこのような開けた地形ではいずれ突破されるかセイバーがやられてしまうだろう。

その原因は、増えた一が二や三に増えて襲い掛かって来ているからだ。『アストラの直剣』をうまく受け取ってくれたならば、彼女の直剣を扱う技量にもよるがあの状況を打開してくれるだろう。神聖の力でなら”退治”できる。

 そして、直剣を捨てたアストラには更に別の神聖を持つ武器が必要になった。

 アストラは右手を斜め下に伸ばし、その手に『アルトリウスの大剣』を握る。

 暗い森の中でもその剣の輝きは霞むことなく、セイバーの隠し持つ剣のように光を放つ。その光は彼女の剣とは違って、幻想的な威光と言うよりは戦場そのものを感じさせる光だ。

 

「この匹夫めがあああ!! 貴様、キサマなど、我が悪魔の術で捻り殺してくれよう!」

 

 その光が彼に何かを思い起こさせたのか、セイバーに剣が渡ったのが癇に障ったのかキャスターは狂わんばかりに激昂する。それに同調して彼が付近に控えさせていた十数体の海魔が一斉にアストラへと攻撃を開始した。

 アストラはその順番を見極め、脳内でどういう順でキャスターの元まで向かうかをイメージし、その通りに動くために駆け出した。

 殿( しんがり)である一体をすれ違い様に切り捨て、二体目も同様に切り捨てる。次に二匹同時に来たところをその重さを使って薙いだ剣で両断し、続けて来たもう一体を縦に切り裂く。

 『アルトリウスの大剣』で切り捨てられた海魔は蒸発するように煙を上げながら空に溶け、そこから新たな敵が生み出されるということはない。

 アストラは足を止める事なく続けて三匹の海魔を神聖の力をもって切り裂き、キャスターへと接近する。

 だが、敵はキャスターとその海魔だけではない。

 アストラが更にもう一体の海魔を切り捨てた瞬間、彼の視界に結晶の魔力を含んだ巨大な魔術が広がる。彗星のように白い結晶を軌跡に残す、『ソウルの結晶槍』である。その威力はかつての王の武器に勝るとも劣らぬものであり、精神力の消費量も『ソウルの槍』と同等という破格の低さ。最高峰の魔術だ。

 このようなあまりにも高威力の魔術に対しては出来る限り避けるのが一番なのだが、この距離で避けようと防御を捨てれば重症は免れないとアストラは悟った。

 『結晶輪の盾』にアストラは持てるソウルを注ぎ込み、それを盾に純粋な魔力に変換させながら魔術を受け止める。

 先ほどの『ソウルの槍』とは比べ物にならないほどの閃光が辺りを照らし、そこにいる皆がその元に注目する。拙攻しているように見えるその光景だが、アストラは確かに押されていた。凄まじい貫通力を誇るその魔術は『結晶輪の盾』の魔力の壁に鋭く突き刺さり、それに孔をあけ始めているのだ。

 ついにはその先端が盾の中央部分に衝突し、めり込み始める。このままでは魔術は盾を呑み込み、アストラの上半身を綺麗に吹き飛ばしてしまうだろう。

 だが、アストラはそれを受け流す事も、引き返すこともできない。受け流すには対象はあまりにも大きすぎ、引くことは一瞬で動きでもしない限りは不可能だ。

 やはり、無理にでもセイバーに隠し玉を撃って始末してもらうべきだったか、とアストラは自分の間違いを悔やみながら、打開策を思案する。

 セイバーの剣とは違い『アルトリウスの大剣』に射撃能力は無く、あったとしてもアストラは知らない。遠距離攻撃に無類の強さを誇る『フォース』ならばこの魔術にも対抗できるのだが、この状態でタリスマンを"出す"暇はない。

 これは詰んだか、とアストラは歯ぎしりする。おまけに、盾を覆う魔力が弱まってきているのを感じたからだ。

それを少しでも解消するため、自分のソウルを流し込み続けて結晶に魔力を蓄えさせる。

これで多少なりとも補強されるはずだ。そう思いながら、対魔術師の準備をしておけばよかったとアストラは心底後悔した。

なにせ余波でアストラの鎧がギシギシと軋み、盾を握る左手からは血がにじむ。そして地を踏み踏みとどまる足は後ろに押され始め、そろそろ耐えるのも限界となってきた。

 もうだめか、そうアストラが思った瞬間、彼の体は強い衝撃――暴風のような風によって一気に右前へと弾き飛ばされた。

 宙を飛ぶアストラの体と、その下を通り過ぎる円錐型の結晶。

 アストラは盾から手を離さぬよう必死に力をこめながら、自分の着地地点を確認した。

 その位置は右後から吹き飛ばされたことによって前に出ており、横方向に移動すればキャスターの元へ行けるほどだ。そして、彼を吹き飛ばしたのは立ち位置からしてセイバーであろう。彼女は周りにいた海魔をある程度一掃したらしく、取るに足らない数の者は無視してアストラを何らかの手段で弾き飛ばしたのだ。

 アストラは飛ばされた先にある木に着地すると、機動力が無さそうなキャスターに向かって『結晶の光輪』を放つ。そして、その所持者の元へ戻る特性をいいことに、アストラはキャスターの奥に控える者へむかって木を飛び移りながら接近する。

 とはいえ、できても腕一本持っていくくらいであろう。申し訳ないが、セイバーに頑張ってもらう他ない。

 そう思った直後、直線状にある木々をへし折りながら『ソウルの槍』が飛来した。

 『結晶輪の盾』はまだ返って来ていないが、この甘い狙いなら躱せる。暗い森の中ではだいたいの方向が分かっても、細かい狙いができないらしい。

 アストラは順調に、魔法の飛来してきた方向へと木々の合間を跳ぶ。少し、接敵したときのために用意をしながら。

 狙いが定まらず当たりもしない『ソウルの槍』が二発目になった時、ふわりと浮かぶものを目にした。『浮遊するソウルの塊』。

 接近すれば自動で攻撃する魔力塊。それは、術者が相手を確認していなくても発動する。相手は、これを探査魔術としてアストラの正確な位置を探るつもりなのだ。

 だが、アストラは止まる事はできない。止まってしまえば音で分かる上、相手に接近されても自動攻撃は適用されるからだ。一方で、相手の細かな位置もこれでわかった。『浮遊するソウルの塊』はその特性上、術者のいる位置に展開される。さすれば――。

アストラは自らの魔術の光に照らし出される魔術師の姿を確認した。

 『結晶の杖』を持ち、その名の通り大きな帽子である『ビッグハット』のみを身に着けたその姿。どう見ても、ビッグハットのローガンである。それも、闇霊としてではなく、アストラと同じように受肉している。

 狂気と本という二つのものに引かれたのか、それとも実はキャスターとローガンには何か共通点があるのかとアストラは疑念を抱く。

 ローガンは書庫で見つけた結晶の魔術と元来の研究に没頭する性格が災いし、狂気に駆られて最後にアストラと会した時には彼が誰かも分からないほど正気を失っていたようで、襲い掛かって来たのである。アストラに討たれて、彼にソウルを吸収されて死んだはずなのだが、ここにいるローガンはそうならなかったローガンなのだろう。

 それか、ソウルと魂は別物であるから召喚できたのか。

 アストラが彼の姿を確認した直後、『浮遊するソウルの塊』がその役目を果たしに閃光を放つ。塊は五つ。実に、五条の『ソウルの太矢』。ローガン自身も杖を掲げ、魔術を行使する。

白いその息吹は、『白竜の息』。神の業に迫る魔術だ。

 空中のアストラへと、五条の光に囲まれた一筋の光流が向かい来る。

 当然の如く、『結晶輪の盾』で受けた。

 五条のソウルは盾で飛散しながらも空中でアストラの動きをその衝撃で止め、続けて『白竜の息』が盾に衝突する。

 瞬間、森を青白い光が駆け巡った。

 全力でソウルを注がれた『結晶の盾』は『白竜の息』と拮抗する。死してまでアストラを害とする白竜シースの息吹を食い止め、飛び散った魔力の閃光がウォーターカッターのように樹木を切り裂く。

 だが、『結晶輪の盾』はシースの創造物である月光蝶から作ったものであり、『白竜の息』はシースの攻撃の再現である。格が違うのだ。

 アストラの腕は徐々に結晶化し、鎧に大きな結晶塊が生えてくる。このままでは、アストラは結晶の苗床になってしまうだろう。

 このままでは。

アストラの右手にはタリスマン。そして、『放つフォース』が右手の先で巨大な球体を作っていた。

 発動時間が短いが、『フォース』では発生時間が短すぎる。だが、『放つフォース』なら発動時間が長くとも、発生時間は長い。一度、盾で受け止める必要があったのだ。

 

「貴様……!!」

 

 それを知っているローガンは慌てて魔術を引っ込めようとするが、すでに発動は終わっている。

 アストラは喉の底から叫び、神に祈りながら右手を前に突きだした。

 飛翔物に対して絶対の防御を誇る神の奇跡。それはローガンの放った”神の業に迫る”魔術を反射し、放った者へときっちりとそれを殺到させる。

 アストラは自ら放った『放つフォース』によって大きく吹き飛ばされ、ローガンはその上で自らの魔術の掃射を受けた。

 どちらが先に体勢を立て直せるかは明確である。

 アストラは地面を転がり、木にぶつかった所で立ち上がる。そして、余裕をもってタリスマンを『アルトリウスの大剣』に持ち替えると、倒れるローガンへと走った。

魔術を撃たれてはたまらない。一気に、立ち上がったローガンへと距離を詰めた。

ローガンは迎撃のために杖を『シミター』に持ち替えるが、満身創痍。おまけに、アストラはローガンの剣の腕と、ほとんど強化されていない故の弱さを知っている。

 彼が走る速さと剣の重さを乗せて剣を振うと、ローガンを『シミター』をもってそれを受け止める。だが、曲剣とは切り裂くためのものであって受け止めるものではなく、アストラのこの一撃はそれぐらいでは到底止められるものでも無い。

 

 

 アストラが両手で振るった一撃は進路上にある曲剣を粉砕し、その先にいるローガンを蒼い光の元に一閃した。

 

 

 




感想があるとうれしいな!

迷った末に一部分をちょっと修正。読み直さなくても変わらないです

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