薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

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改訂部分はちょっとだけ


聖杯問答 part1

 ローガンを本当の意味で始末した後、城に戻ったアストラは客間の一つに入って休息を取っていた。

 灯りは消して暖炉に火を入れ、やわらかいベッドに横になって目を閉じる。

 

 アストラはいつかぶりのベッドがすっかり気に入ってしまい、いつ何者かが攻めてくるか分からない中で夢の中を漂っていた。

 

 城が揺れるような襲撃が突然起これば、誰でも飛び起き迎撃に移るだろう。だが、それが無いと思っての休息だ。

 

 此方が戦闘をしたと気づいた他の陣営が、疲労したところに襲撃をかけてくる可能性はある。

 が、アイリスフィールよる探査結界がこの城と森には張られており、それに対抗できる小技を持つ者が枕元に立つまで寝過ごすということは考えられない。

 また、ランサーはアストラの蘇生を一度目にしているため、今度襲ってくるのならば何らかの対策を講じてくるはずだ。

 それを用意して夜も開けぬ内に襲って来るとは考えにくい以上、アストラは枕を高くして寝られるのである。

 

 

 だが、常識をことごとく破ってこその英雄である。

 

 

 部屋のドアを閉め切って寝るアストラの耳に、森の木が、土がなぎ倒される音が聞こえた。また、弾ける紫電の音と地を揺らす車輪の唸り声もだ。

 

 アストラは弾かれるようにベッドから飛び出すと鎧を瞬時に身にまとい、ドアを乱暴に開けて廊下に飛び出す。

 

 それと同時に、玄関ホールの辺りから牛頭のデーモンが石の壁を破壊した時と同じ破砕音が聞こえ、アストラは行くべき方向を定めて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一足先に玄関ホールに到着したアストラは、その光景に唖然とした。

 

 

「おお! あの時の人間か!! てっきりくたばったかと思ったのだが、いやはや…………」

 

 

 確実に高級であろう木製のドアは爆破したようにブチ抜かれ、そこにライダーの大型の戦車が乗り入れていたのだ。しかも、大きく開けた玄関から見える外の風景は、道路を作るために開墾したかのように木々が薙ぎ倒されていた。

 これは直すのにいったいどれほどの時間がかかるのだろうか。

 

 そして、ライダーの恰好を見たアストラは、その格好は何のつもりか、と剣を手にするのも忘れて徒手のまま問う。

 

 

「何、せっかく現界したのでな。余もこの時代の装束に袖を通してみたかったのだ」

 

 

 ゲームタイトルがプリントされたTシャツに、ジーンズ。どちらもライダーの体格と日本の外国より一回りほど小さいサイズのために、ゴムを大量に流し込んだ風船のように張っている。

 

 日本の標準サイズを知らないアストラは、着るにしてもなぜそのように小さい物を買うのか、と疑問に思った。だがそれは今は関係ないと割り切ると、真面目に目的を問うた。

 

 

「もちろん、誰が一番聖杯を得るに相応しいかはっきりさせに来たのだ。――――ただし、酒を酌み交わしながらな」

 

 

 そう言いながらライダーは戦車を消し、大きな樽を担ぐ。

 

 ライダーは人を騙す様な人ではない。それだけは確信できるアストラはこの誘いを受けないのは失礼であるが、彼には聖杯に託す願いなどないため酒を飲むことはない。

 なので、そういうのは願いのある者に聞け、と一言だけ言うとアストラは鎧を脱ぎ捨て、スーツを身にまとってその場に座り込んだ。

 

 

「何だ? お主には願いは無いのか?」

 

 

 ライダーがそう言うと、アストラは聖杯に託す望みなどは無いと答えた。

 

 

「ライダー!? アストラは何で座っているのですか!」

 

 

 そこにセイバーとアイリスフィールが到着し、結局のところ酒盛りは行われる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪のように白い薔薇が咲く中庭、その中心。

 酒樽の横に座るライダーと、正面に座るセイバー。そして彼らのマスターである少年とそういうことになっているアイリスフィールの二人は、それぞれのサーヴァントの後ろで椅子に座っている。

 

 アストラはというと、問答に参加するつもりはないのでワイン瓶を片手にアイリスフィールの横に座していた。

 

 

「ほれ、駆けつけ一杯」

 

 

 樽に入っていたのはワインだったようで、それを柄杓で掬(すく)ったライダーは自分が飲み干した後、新たに掬ってからセイバーに手渡す。それを飲みきったセイバーは、一呼吸おいてから口を開いた。

 

 

「それで、まずは私と格を競おうというわけか、ライダー」

 

「その通り。お互いに王を名乗って譲らぬとなれば捨て置けまい。いわば、これは聖杯戦争ならぬ聖杯問答。どちらがより、聖杯の王にふさわしい器か————」

 

 

 どうやら王限定の酒盛りのようなので、適当に聞き取りながら酒を飲むアストラ。

 

 

「ねえ、大丈夫なの? 飲んでるみたいだけど」

 

 

 アイリスフィールが不安そうに、石畳の上に座るアストラにそう言う。が、アストラは彼のような風格を持つ者は絶対に約束を違わない、と断言すると独り酒を呷る。

 そして、やはりアノールロンドにあった酒が一番うまかった、と一言漏らした。

 

 

「戯れはそこまでにしておけ、雑種」

 

 

 が、その直後に突如として金色の鎧を纏う男が二人の王の近くに現れたため、アストラは警戒のために静かに酒瓶を置く。

 アストラが初めて見るサーヴァントだが、どう見てもアサシンに見えない外見と忍ぶことを捨てていると言ってもいい黄金の鎧を着用しているため、アーチャーだろうと当たりを付けた。

 

 

「アーチャー!? なぜここに」

 

「いやぁ、なあ……。街でこいつの姿を見かけたんで、誘うだけ誘っておいたのさ」

 

 

 ライダーは驚くセイバーにそう言うと、歩み寄ってくるアーチャーに顔を向ける。

 

 

「遅かったではないか、金ぴか。まあ、余と違って徒歩(かち)なのだから仕方がないか」

 

 

 「金ぴか」。そのままかつアーチャーを一言で表す的確な呼び方に失笑しそうになったアストラだが、そのような空気でもないので無表情を押し通した。

 

 

「よもやこんな鬱陶しい場所を王の宴に選ぶとは……。我にわざわざ足を運ばせた非礼をどう詫びる?」

 

 

 とてつもなく傲慢だと認識したアストラは酒の席でそんなことは無いと思いながらも、無礼打ちという名目で屋敷を吹き飛ばされ、その余波でアイリスフィールに死なれでもされれば困るので二人の間に割って入る。

 

 

「む? 貴様が非礼を――――」

 

 

 アストラを視界に入れた途端、アーチャーが物を見定めるような真剣な表情になった。

 

 

「なるほど、これは…………」

 

 

 そして、しばらくの沈黙の後、人の悪い笑みを浮かべた。

 

 

「面白い。貴様、王の宴に参することを許すぞ。それで手打ちにしてやる」

 

 

 嫌な奴だ、とアストラは思ったが、このような傲慢な者は何をするか分からないので、被害を抑えるために大人しく従う事にした。

 

 その理由の一つに、アーチャーが微弱ながらも神気を放っているのも挙げられる。よくよく見ればライダーもなかなかのものを放っているが、性格から判断するにアーチャーの方が危険だと思ったのだ。

 

 アストラは酒瓶をその場に置くと、三人の作る輪の中へと入った。

 

 

「おい金ぴか。こやつには聖杯に託す望みは無いぞ?」

 

「それでも構わん。面白い物を持っているではないか」

 

 

 当事者を置いてきぼりにして会話を進める王二名に、そういえば唯一の正気をもった神であった陰の太陽グウィンドリンも人の話を聞かなかった、と思い返す。

 

 

「おぬしがそういうのなら、確かなのであろう。ほれ、駆けつけ一杯」

 

 

 そう渡された柄杓を手に取ったアーチャーは、顔に近づけて臭いを嗅ぐ。

 すると、すぐに顔をしかめた。

 

 

「何だこの安酒は。こんな物で本当に英雄の格が量れるとでも思ったか」

 

 

 そう彼が言うと、ライダーはここいらでは中々の逸品だったのだと、愚痴るように言う。

 

 

「そう思うのは、お前が本当の酒という物を知らぬからだ。雑種めが……」

 

 

 アーチャーはワイングラスでも持つかのように、右腕を挙げる。すると、空間が歪み、どこか輝く空間へと繋がった。

 そして、その手をゆったりとした動作で前に伸ばしながら、掌の裏表を反転させる。

 

 これがこいつの宝具なのか、とアストラは思案する。

 

 そんな彼の目の前で、黄金色の、黄金でできていると思しき酒瓶が異空間からゆっくりと現れ、心地よい音を立てながら石畳の上に落ちた。

 

 

「見るがいい、そして思い知れ。これが王の酒という物だ」

 

 

 きっちり四人分、これまた黄金の杯を同じ空間から取り出して、ライダーに抛(ほう)る。

 

 

「これは重畳!」

 

 

 一品だと分かったのか、意気揚々とライダーは全ての杯に酒を注いだ。

 そして全員が手に取り、アーチャーとライダー以外はその中身を確認してから煽った。

 

 

「おお! これは美味い!」

 

 

 ライダーはご機嫌な様子でそう言い、セイバーは無言であるが杯の中の酒を目を丸くして見ている。

 

 アストラはというと、アノールロンドの酒と似た味だ、と懐かしそうに声を漏らした。

 

 その声に反応し、詳しい事情を知らない二人の視線が彼に集まった。


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