薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

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 大変お待たせしました。今回は読み返していないため、荒や矛盾があるかもしれません。こちらも見つけ次第修正しますが、お気づきになられましたらご一報をお願いします


騒乱

 それは突然だった。聖杯の器になるために衰弱しつつあるアイリスフィールを床に寝かし、自分は拠点からの撤退を進めていた舞弥。荷物をまとめて持ち上げようとしたその瞬間に、土蔵のドアが絶叫を上げながら内側に飛んで来たのだ。

 

「アイリスフィール!」

 

 幸いにも彼女はドアから離れた二階部分に居、アイリスフィールもドアの前にはいなかった。

ともあれ、予期せぬ襲撃者の到来は事実。舞弥は懐から拳銃を取出して、階段の上にある箪笥に左半身が隠れるようなしゃがみ体勢で入口へと銃口を向けた。

 すぐに入口に入ってくる者はいず、あの一瞬で入った者を見逃したという事もない。

 ならば、入り口で待ち構えているのだろう。そう思った舞弥は躊躇いなく手榴弾のピンを抜き、起爆への猶予時間を絞ってから投げた。

 彼女の手から離れた爆弾は放物線を描きながら、洗練されたコントロールを持って入口を出る。そのはずだった。

 が、放物線は途中で途切れた。何もない位置で見えないナニカに当たり、空中でピタリと静止したのだ。

 それに気を取られ、舞弥は身を隠すのが一瞬遅れる。時間を絞られた手榴弾は、その一瞬の後にその身を炸裂させた。

 土蔵の中に爆発が拡散し、爆風は乗り出していた彼女の右半身を撫でた。

 

「あ――――」

 

 舞弥は後ろへと倒れ込んだ。爆風で耳がおかしくなり、右目に関しては映っている物はない。

 しかし、それすら認識できない彼女は天井をしばらく見つめた後に、狂いそうな痛みで呻き始めた。それもそうだ。彼女は無数の破片に、半身をズタズタにされたのだ。彼女の上半身を丸裸にすれば、きっと何か所か内臓が見えている部分があることだろう。

 それでも、彼女には果たさなければならない義務があった。

 

「ア、 アイリスフィール……!」

 

 床に赤いじゅうたんを伸ばしながら階段口にまで這い、彼女は下を確認しようと全身の力を使って身を乗り出す。が、致命的な負傷を負った彼女に自身の体を支える腕力も背筋の力も残されてはおらず、当然のようにバランスを崩した。

 目の前に迫る、爆発で破損した階段。当然左右に割れたのもあれば上下に割れたのもあり、斜めに割れたものもある。そして、それは先端を天井にむかって伸ばしつつ、

落下する舞弥を待っていたのだ。それに気づかぬ彼女の脳裏をよぎる走馬灯は一切なく、浮遊感を感じることもできずに落下する。

 ――――が。彼女が身を貫かれ、その死体が無人の土蔵に取り残されるということはなかった。

 アストラが、文字通り間一髪のところで止めたのだ。肉に特に鋭い棘が食い込むのにも構わず、ささくれ立つ階段に飛び込んで彼女の落下を伸ばした両腕で受け止めた。

 あるのが分かっているのなら、ただの尖った木片などで貫かれる体をアストラは当然していない。ソウルを大量に持つ肉体は、ロードランではないような程度だが人間以上の物理的な強さも持つのだ。先ほどの手りゅう弾は、さすがに『ダークハンド』で防いだが。

 とはいっても、彼の着ていたアインツベルンが仕立てた高級ダークスーツ――動きやすくする特殊加工もされたオーダーメイド品――はボロボロになってしまったが。

 しかし、アストラとしては舞弥を死なせる気はもとい負傷させる気がなかった。姿を消す『霧の指輪』と発する音を消す『静かに眠る竜印の指輪』を用い、背後から攻撃などをして気絶させる。そして、眠る彼女からアイリスフィールを連れ去るという計画だったのだ。

 殺すつもりは、両者に対して一切ない。

 階段を降り、腕の中の舞弥を床に横たえる。彼女はどう見ても死に体。だが、致命傷を負っておらず、息があるのならまだ間に合う。

 アストラは懐から『女神の祝福』。それが込められた聖水の入る小瓶を取出し、頭を傾けさせながら舞弥の口にそれを注いだ。

 いくらか零れるが、かまわない。太陽の光の王グウィンの娘である女神グウィネヴィアの祝福ならばそれでも十分。彼女は、豊穣と恵みの象徴とされるほどなのだ。

 みるみるうちに舞弥の傷は時間が巻き戻されるように姿を消し、大きな咳を数回して勢いよく血を吐いた。吐き出す力も残っていなかったらしい。アストラの判断より意外と危なかったらしい。

 

「アストラ……?」

 

 そして、何事もなかったかのように彼女は目を開いた。目の前には裏切ったはずの異界の騎士。咄嗟に懐に手を伸ばそうとした彼女だが、それより速くアストラの手が彼女の首に伸びた。

 そして、小さな電光が彼女の首元で光った。

 スタンガン。言峰から「万が一の場合はこれを使え」と渡されたのだ。絶対安全というわけにはいかないようだが、素手で殴って気絶させるよりはマシであるらしい。言峰はそう言っていた。

 

「あ、あっ……!」

 

 小さな痙攣を三秒ほどした後、横向きに体勢が変わった舞弥は苦しそうに気絶した。

本当にこれでよかったのだろうか。とアストラは言峰の笑みが思い浮かんで不安になるも、彼を信じて舞弥をそのまま放置してアイリスフィールの下に向かった。

幸運にもアストラが遮蔽物となり、無事だったのは幸い。だが、これはどういうことか。

彼女の下には魔術陣が敷かれており、アイリスフィールはこのような騒ぎが起きたというのに目を閉じたままだ。どう見ても健康体とは言えなさそうだ。

 アイリスフィール。そうアストラは呼びかけるも、やはり苦しそうに呻くだけで反応はなく。続けて足元の陣をどんなものか判断しようとするも、断片的にしか分からない。

とはいえ、回復を促す効果があるということだけは分かった。いつの間にアイリスフィールはここまで疲労していたのだろうか。否、これはただの疲労と言えるレベルではない、聖杯に成りつつあるのだろう。

 彼女を連れて行く必要がある。ここまでくれば、もう引き返せないだろう。『女神の祝福』をもってしても、身体を元に戻せるとは思えない。怪我ではなく、”変わりつつ”あるのだ。

 アストラは彼女を抱き上げると、気絶した舞弥に一瞥をくれてから土蔵を後にした。アイリスフィールには『霧の指輪』をつけさせ、自分には『姿隠し』の魔術を用いて完全に姿を消しながら。

 半刻後、驚異的な早さで意識を取り戻した舞弥が切嗣に連絡したものの、まったく足取りを辿れなかったということもあって彼らはアストラを見つけることはできなかった。見つけるまで、あと二日ほどか。

 市民会館。その地下、大道具倉庫。

 アストラは言峰の指示通りにアイリスフィールをここに拉致してきたところ、すでに言峰はそこにいた。ついでに魔術陣のことを彼に伝えたところ、よく似た陣を彼は書き上げたためアストラは彼女をその上に寝かせてきた。危害を加えるな、と言ったものの言峰にすべてを任せたのだ。

 これはアイリスフィールをどうでもよいと思ったからではない。言峰を信じたのだ。

 

 

 

 陽も落ちて間もない、西の空にほのかな赤みがさす時間。場所は、街を見渡せる高台の上。

アストラは待った。おそらく、来るであろうサーヴァント――ライダーを待って。

切嗣たちは、アストラが潜伏していそうな人通りの少ない街の中の場所を探している。その他の者を待ち受けるなら、ここが最適だと考えたのだ。

兜を除いた『騎士の鎧』一式と『鷹の指輪』を身に着け、『竜狩りの大弓』を持ちながらアストラは待ち続けた。きっとこの夜に行動を起こす一人の猛者を。

 そして、残り陽が空か完全に消えたころ、紫電の車が彼方の空を駆けた。

 

それが可能なのは、ライダーただ一人。

 

 すかさず『竜の太矢』を弓につがえ、命一杯引き絞る。相手は気づかない、気づくはずもない。

 狙いは、相手の前。アストラは矢を持つ手を勢いよく後ろに離した。

 風を引き裂き、空を突き進む竜狩りの矢。それは一切の速度の減少もなく、視線の左から右を横切るライダーの戦車の前を通り過ぎた。そして、誰もいない林の中に着弾する。

 慌てて戦車を牽く牛をライダーは止まらせ、こちらを睨みつける。止まるまで分からなかったが、どうやらマスターも乗っているらしい。

 アストラは弓に二の矢をつがえると、先ほどより強く引き絞る。

それを見たライダーの行動は早かった。高度を下げさせ、ライダーを超えた射線上に民家が入るようにする。

 これではアストラは打てない。だが、ライダーの到着より早く武器を替えるには、これをどうにかしなければ。

引き絞った矢を先ほどの林に向かって、もう一度放つ。だが、ライダーには狙いが見えているようで、更に速度を上げてきた。

 同時に、アストラの武器が『竜狩りの大弓』から『竜狩りの槍』へと変わる。

 

「Ahaaaaaaaaaaaaa! La la la la la――――!!」

 

 雷を弾幕のように張りながら、雄叫びを上げるライダーは既に眼前十メートルの距離。アストラは槍を上段に構えつつ、弾丸のような瞬発力で駆けた。そして、加速した瞬間に飛び上がる。彼の周りを数条の閃光が走った。

 牛を飛び越えた高さ。迫りくる戦車の二台ではライダーが剣を抜くが、同時にアストラは牛へと槍を伸ばす。

一撃では仕留められない。だからこそ先に翼を刈り取る必要があるのだ。飛ばれてしまえば、矢の速度に優れた『暗月の弓』がしばらくは使えない以上は対抗策が限られる。

 だが、穂先が牛に触れる直前、アストラは気づいた。

 剣を抜いたライダーがそれを自分に向けず、天に掲げていることに。

 

王の軍勢(アイオニオンヘタイロイ)!!」

 

 暴風と閃光に視界が眩むと同時に感じたのは、浮遊感を上書きするような第二の浮遊感。アストラは思わず腕で顔を庇う事になった。

 数秒の間の後、アストラは肌を撫でる灼熱の風に目を開けた。

 見渡す限りの砂と青。空には雲一つない、広大な砂漠。そして、数十メートル離れた先に、ライダーいた。

戦車と違い、彼の体格に似つかわしい大きな馬に跨って。

 

「何が起こったか分からんって面だな?

 固有結界、こっちの魔術だ。たいしたものであろう?」

 

 解説を始めるライダー。となれば、砂漠に移動しただけで終わるわけがない。

もっと明確な効果。アストラの耳にも入る、砂が――否。砂漠が震えるほどの足音と戦太鼓が響き始めているのだ。

 

「余は生前魔術師などではなかった。

 だが、死してなお続く余と臣下の絆は、最高峰の魔術に匹敵するものであったらしい。まあ、当然だわな」

 

 自慢するように言うライダー。だが、これをいきなり発動するつもりであったであろうが、大量の魔力を消費しているはずなのだ。これを凌ぎ切れば勝機がある。

 そう考えた時、地平が黒く染まった。

 

「なんせ呼びかければ、こうして馳せ参じてくれるのだからな」

 

 隊列を組み、陣形を組み、剣や槍を手に戦闘態勢に入った騎兵たち。その数は数え切れぬほど多く、恐らくは万単位であろうか。

 それを見てアストラは『竜狩りの槍』から『アルトリウスの大剣』へと取り替え、『鷹の指輪』を外して『狼の指輪』に指を通す。

 対軍勢。ゼロに近いが、アストラに勝機はあるかもしれない。これが魔術というのなら、発動した者を倒せば済む話なのだ。

 

「まあ待て、そう焦るな。わざわざ邪魔の入らんここに入れたのも、少々話しがしたかったからだ」

 

 だが、そんなアストラを前にしてライダーは語りかけた。

 

「どうしてお主はセイバーを裏切ったのだ?

 セイバーの宝具でランサーを倒したというのは坊主が言っていたが、巻き込まれただけではないのか?」

 

 なるほど、彼は知らないのだ。険悪とは言い難く、どちらかと言うとうまくいっている様子だっただろうに裏切った理由が分からないのだろう。

 アストラは、ランサーとの戦闘中にそれを背後から撃たれ、もろともに消し飛ばされた。後に裏切った後に令呪だと分かったが、マスターの命令であったことに変わりは無い。そう答えた。

 

「なるほどなぁ。背中を預けるほど信頼できたのは良いが、それを水泡に帰すものがあったか」

 

 うんうん。と頷くライダー。そんな彼の口から飛び出す次の言葉が予想できたため、アストラは釘を刺すために口を開いた。今は別の者と共闘している故に軍門に下ったりはしないぞ、と。

 

「なんと! 一足遅かったか、そりゃあ残念だわい」

 

 あからさまに悔しがるライダー。やはり、彼は人を――どんな人をかは分からないが――やたらめったら勧誘するのが好きなようだ。

 アストラはそれに構わず言う。なんにせよ、今の自分の目的のためにはセイバー以外の陣営に消えてもらわねばならない、と。

 

「ほう、何故に?」

 

 敵ということ以外に何か理由は必要なのか。そうアストラが雲に巻くように言うと、ライダーはにやりと不敵な笑みを浮かべた。

 

「やはり目的は喋ってくれぬか……」

 

 敵に喋らぬのは当然のこと。ライダーもそう思っている。

 だからこそ、ライダーはゆっくりと剣を上げた。

 

「残念だが、しょうがないわな。お主を迎え入れるのは、諦めることにしよう」

 

 そう口にし、息を大きく吸y。

 

 

「皆の者よ!」

 

 張りつめた空気。それを蒸発させるような熱気をこめて、ライダーは声を上げた。

 アストラは腰を低くしながら剣を地面すれすれの下段に構えつつ、過剰なまでのソウルを剣へと流し込む。それと同時に白い召喚サインがないかどうか視線だけで探すが、この特殊な場所では存在しないようだ。

 露ほどの望みをかけていたのであるが、そううまくはいかないらしい。

 ライダーは剣の切先をアストラに向け、数百メートル広がる自軍全体に届くような声を張り上げた。

 

「敵はあの騎士一人。だが、奴は異界の者よ。油断はするな。

だが、臆する必要もない。我ら数千の絆の前に、奴は一人なのだ!」

 

 その言葉は正しい。だが、アストラは別の事を考えていた。

 数千の騎兵が相手とはいえ、同時に相手する騎兵はせいぜい二人。ならば、流れるような速さで戦う事ができれば、体力が続けばどうにかできる。

 ライダー自身はセイバーやランサーほど強いわけではない。ならば、近づいて直接挑めるかが肝心だ。

 そして、剣が振り下ろされた。

 

「――――撃滅せよ!!」

 

 号令に続く数千の咆哮。空が揺れたような錯覚。それをアストラは肌で感じた。

続く、地の揺れ。こちらは錯覚などではなく、明らかに数千頭の蹄によって砂漠が揺れているのだ。

 囲むように陣形は扇状になりながら、アストラを囲むように徐々に形を変えていく。

ならば、アストラのやるべきは一つ。相手の望むタイミングで囲まれていては話にならない。逆に攻めるのだ。

 そうと決まれば、とアストラは思い切り踏み出した。だが、いつものようには進まない。人間を超えた速度であるといっても、一段速度が落ちたような状態。これも狙った効果なのだろうか。

 とはいえ、地形の不利など軍勢を目にした瞬間から、この場所に来た時から予想できていた。

 囲みつつある陣形までの距離は百メートル以上。だが、お互いに近寄ろうとしているのだから接触までは数秒しかない。

 アストラは左の手のひらの中に『呪術の炎』を出しつつ、殿を務める一騎の騎兵に狙いを定めて更に加速する。

警戒してか、その中にライダーの姿は見えない。後方ということはありえないだろうから、きっと中心にいるのだろう。

 

「迎え撃て!!」

 

 殿。その後ろに居る騎馬隊が持つのは槍。それが前に突きだされ、その後ろの騎兵は少し角度を上げて同様に。といった様子で、一瞬で針の山が出来上がった。

 だが、アストラに止まる事は出来ない。それに、ただの槍ならば多少は刺されようともアルトリウスの意志がこもった『狼の指輪』があれば、不思議と彼のように怯まない戦いができるようになる。

 槍に自らが届く数メートル手前。そこに差し掛かった瞬間、アストラはその山を飛び越さん勢いで大きく跳んだ。

 一列。二列。掠りもせずに槍を飛び越した。

 三列。かかとに当たり、速度が落ちた。

 四列。通り抜ける寸前、槍の腹で叩かれた。

 五列目。

 アストラは腹を貫く槍に勢いを殺され、鞭打ちになりかねないような衝撃を首に感じた。

 

「囲めー!!」

 

「逃がすな!」

 

 続けて胸、太ももに刺さる、二本の槍。そのまま仕留めるため、極めて統率のとれた魚の群のような滑らかな動きで陣形は巧みに変化し、アストラを圧倒間に囲い込んだ。

 仕留めにかかる。彼らの敵であるアストラは足が地に付かず、三人の騎兵の槍によって宙吊りにされている状態だ。無防備。

 そこへ、確実にこの騎士を仕留めるための無数の槍が突きだされ、投げられ、地上二メートル以上の高さにぶら下げられた彼の元に押し寄せる。

逃げようのない、隠れようのない、防ぎようのない確実な死。宝具ではなくとも業物並みに鋭利な切っ先が、ヒビが走り始めた鎧に触れた。

――――その刹那。アストラの掌から、そこに収まっていたとは到底思えないほどの炎が噴き出した。

あっという間。まるでバックドラフトでも起きたかのような勢いで、吹いていた熱風をかき消す炎の風がアストラを中心とした軍勢の一部を呑み込んだ。

数十の騎兵は馬を、鎧を、肉を焼き尽くされ。その倍の数の兵と馬は呼吸と同時にその炎に肺を焼かれて砂の上をのたうちまわった。

 視界を覆い尽くすほどの火の粉の舞う、阿鼻叫喚の地獄。その中で身体に刺さった槍をその”返し”で肉が抉れるのも気にせずに無理矢理引き抜きながらも、鎧などに引っかからせずに処理したアストラは火の粉が薄れゆく中でその傷を『呪術の火』で焼いて塞いだ。

 強引だが、出血を止めるためだ。それに、血さえ出ていなければ不死者の再生力が少しは役に立ってくれるのだ。動くのに支障が無い程度には。ついでに、思い咳を一度して血を全て吐いた。

 もう視界は晴れる。アストラは『呪術の火』を『太陽のタリスマン』に持ち替え、すぐに奇跡『フォース』を準備する。

 それと同時。終える寸前に、風切り音がアストラの耳に飛び込んだ。

 反射的に右手の大剣を振い、溜まっていたソウルを放出して一瞬だけ斬撃を伸ばす。まるで、セイバーの『風王鉄槌』のように。

 その余波に殺到していた槍の雨は当然の如く薙ぎ払われた。両者の間に隔たっていたカーテンの火の粉すらも。

 

「今だ!!」

 

 号令となる兵の声。

 同時に、アストラの頭上に無数の槍が飛来する。相手はこれを狙っていたのだ。槍に気づき、対処することを想定内として第二の槍を控えさせていた。

 だが、アストラの手数は多い。

槍が自分に当たる寸前の、引き付けての『フォース』。数メートル先まで一気に衝撃波が走り、砂が舞い上がると同時に第二の槍の群は反転して放った者へと牙を向いた。その向こうからはたじろぐ声が聞こえる。

 ここで攻めねばこう着状態。あっという間に飛び込めない状況を作り上げられる。勢い良く舞い上がった砂煙はアストラだけでなく、距離を置いて囲んでいた軍勢の最前部を巻き込んでもいるのだ。

 できる限り、こちらの世界に来てもっとも速く。タリスマンから『魔術師の杖』に持ち替え、即座に発動できる簡易魔術を唱えた。するやいなや、アストラは速く駆ける。

目指すは煙の向こう側。

 

「そこだ!」

 

 響く、勢いよく砂を蹴る音と一人の雄叫び。それを狙い、大量の槍が投擲された音が聞こえた。だが、アストラの行く道とは見当違いの方向であるのに、気づいた様子は無い。

 その勢いのまま、アストラは皆の向く方によそ見をしていた一人の首を、顎をカチ上げるような下からの一閃で跳ね飛ばした。

 『音送り』。入門と言える簡易な魔術であり、音を別の方向にしばらく飛ばすというものだ。飛ばされるのは音”のみ”であるが故に、このような乱戦とも言える状態でないと有効活用はできないだろう。

 一瞬の静寂。だが、それはアストラが陣の中央を目指して二人目を難なく切り殺したたことで粉々に砕け散った。

 

「いたぞおおおおおおおお!」

 

「行かせるな!!」

 

 即座に陣形を立て直した彼らはアストラへと剣を振うが、すでに陣形の中に潜り込まれているだけあって対処しきれていない。

 ライダーが呼んだ彼ら。一騎一騎がすべてサーヴァントであるのだが、ライダーの宝具によって呼ばれたのであって聖杯の効果である宝具はその一切を所持していない。一方のアストラが持つのは『約束された勝利の剣』と同等ではなくとも同質の武器であり、そこらの英霊とは違う『不死の英雄』だ。

 相手一人一人は分が悪い。だが、それをねじ伏せるだけの数は確かにある。アストラはその連携が完成しきる前に、ライダーを倒さねばならないのだ、

 走りながら両手持ちにある剣で馬の足を切り飛ばし、転倒したそれや落馬した騎兵に対処しきれない馬が足を取られて更に転ぶ。

 前へ。前へ。ひたすら前へ。襲い来る雑兵を三合以内に打ち倒すか、馬を倒して共倒れしてもらいながら必死に進む。返り血を浴び、散らし、まさに不死の戦士といった快進撃を続ける。今の彼には、それしかできない。

 足を止めればもう前には進めなくなる。きっと、次の機会を与えれば念入りに”殺し切ろう”としてくるはずだ。

 自らを奮い立たせるため。絶対に怯まないため。アストラは雄叫び上げながら剣を振い続けた。

鎧を切り裂いて肉を裂き、前に踏み出す勢いで振り抜きながら骨を砕く。時に剣に溜めたソウルを再び放って数メートルまで前方を開けさせ、剣で首元を裂かれようとも腹を槍で貫かれようとも走り、ひたすら走り続ける。

満身創痍。返り血と己が血で真っ赤に染まり、多数の打撃を受け止めた鎧は見る影もなくなった。

だが、その蒼い刀身。分厚い物は汚れても折れてもいない。

 傷口からは血液と共にソウルが噴き出して傷を広げ、刺き突き刺さる槍は骨と肉を削る。

これでは死よりも先に、身体の限界が来てしまう。

 無心に突きだされる槍を掴み、引きずり落として喉笛を踏み抜く。その勢いを膝まげて吸収し、止まることなく走り続ける。

 すると、前方で金髪の兵士が馬を降り、振り下ろす剣を躱して懐に飛び込んで来た。アストラは胸の中心に剣を迎えながらも、構わず剣を離した左腕でそのこめかみを乱暴に殴り続ける。

 

 焦げ、千々の残骸となりつつある心。それに語りかける。「絶対にライダーは前線に居るのだ。きっと、もうすぐたどり着けるはずだ」と。

 

 鉄に覆われた拳はいっそう強く振りぬかれ、その頭蓋を内容物とごちゃまぜにするように破砕した。だが、膝が折れない。執念のような意志でアストラを倒しに来ているのだ。

 動きが止まった。その刹那。視界の中心。馬の畑を超えたその先に、紅いマントが翻った。

 

「どけ!!」

 

 アストラは叫んだ。血で泥のように固まる砂地を左足で踏みしめ、全体重を乗せ、腰を入れた拳で小脳を中心としてその輪郭を完全に破壊する。こめかみを砕かれ、一度の跳ね返るような痙攣と共に男の体から力が抜けた。

やっと崩れ落ちた男を砂地に叩き付けるように血と脳漿にまみれた手で乱暴に押しのけ、その首を踏み砕くのを第一歩として進撃した。

 ライダーのことだ。自らも戦わねば気が済まないのだろう。後ろから見ている性格ではない。となれば、アストラがすべきことはその首を刈り取ることただ一つだ。

 この機を逃さぬため、『呪術の火』。体内に入ったままのそれに、『内なる大力』を発動させる。

 これは危険な行為でもあった。

 今までの「手のひらの呪術を体内に戻す」というやり方が「ライターで物に火をつける」とするならば、「体内でそのまま呪術を発動させる」というのは「物の全体に発火してもらう」ということなのだ。どちらが強力か、物を燃やすのが早いかは明白だ。

 炎になる。骨の髄が沸騰し、血液が煮えくり返るような痛みが全身を襲った。『内なる大力』ですぐに燃え尽きる程度のソウルも人間性を持っているわけでは無い。だが、それよりも早く肉体の限界が訪れることだろう。

 

 視界は既に夕闇が落ちてきたようなフィルターがかかり、耳を塞ぐのは自分の心がじゅうじゅうと音を立てて焼ける音。

 『最初の火』とは別種のそれは、確実にアストラの心を殺そうと牙を向いている。

 

 間を置かず、狭まる包囲。立ちふさがる数人。

両手で握る『アルトリウスの大剣』に燃える人間性もソウルも、バケツの底を抜いてやるような勢いで注いでやる。

 すでに熱さに包まれる彼の体が、その両手に一層の熱を感じた。

 蒼い大剣の中では黒とエメラルドが朱へと変わり、燃える炎が刀身を通して青の揺らめきで砂漠を照らした。鎧の隙間からも漏れる炎や呼吸と共に飛ぶ火の粉も相まって、炎が鎧を着ているようであった。

 

 邪魔な騎兵を薙ぎ払うため、力を入れた足が燃える速度を増した。

 

 力を入れた部分を呪術が優先して補助する以上は仕方ない。

 そして、そうと分れば耐えられる。息を止めた。

 馬蹄で砂を走る者たちを射殺すつもりでアストラは睨み、落下するような自然さで駆けた。

 隙をみせないためには一度も死ねない。死なないためには当たらなければいい。当たらないためには――――。

 

攻撃させなければいい。

 

 剣の中の炎を刀身に変えながら、前方を120度の扇形で薙ぎ払う。

 ソウルも人間性も、混沌の炎も混じった数メートルが射程の斬撃。飛ばすというより”伸びた”斬撃は、馬も人もまとめて灰塵へと帰した。

 ライダーにはまだ届かなくとも、数メートル進める。そう無意識に予想していたアストラは、速度を上げてその距離を詰めた。

 後ろ手に構えられた剣。間髪入れずの二発目を、アストラは雄叫びを上げながら叩き込んだ。

 何本かの指が炭になったのか、その感覚が消えた。顔も、肩も、腰も、腕も、足も、バーベキューで焦がしてしまった肉のようだ。これで倒れないのは『狼の指輪』を利用できるほどの心の強さ、その他にもあった。

神の枷を弱めるほどの炎が人間性を燃やしながらも活発化させ、アストラの再生と不死性に磨きをかけていたのだ。とはいえ、そんなことは全身を痛覚に支配された彼は知る由もない。

 陽炎と共に開けた視界の先に、アストラはライダーを見た。その馬に、乗っていたはずの少年はいなかった。どうでもいい。

 

「Ahaaaaaaaaa! La la la la la la la la !!」

 

 向かい来るライダーに躊躇いはない。あるのは慢心でもない、自分とそれを助ける臣下たちへの信頼。アストラの現状とは宇宙の果てほども程遠いそれを持つライダーは、微塵の、この砂漠の砂の一粒ほどの不安もなくアストラの挑戦に応えた。

 ライダーを乗せた馬はその巨体を進ませるたびに蹄で砂を舞い上げて後方を砂煙で覆い尽くし、アストラはブーツを血で固まる砂を踏みしめながらそれに肉薄する。

 アストラに向けて数人の騎兵が槍を突き立てようとしているが、もうすでにそれで止まるモノではない。肺も脾臓も腎臓も肝臓も貫かれ、脊髄が粉砕されようともソウルを用いて無理矢理に体を動かす。

 

火を上げる強化をされた足は速く、自分が力尽きるのも早く。今のアストラには、剣に炎を溜める間すら惜しい。

一瞬、一刹那、一コンマ、一マイクロ。それよりも早く、ライダーに辿り着く前に心が燃えてしまう。そうなれば、自分の握る可能性が消えてしまう。

 それだけはあってはならない。二者択一の決断をできてない者が、それをできずして両方を水泡に帰すなどあってはならないのだ。

 

 間合いに入らずとも、時間をかけずとも。届かせられる唯一の手段がアストラにはあった。普段なら決して使う事のないその切り札とも言うべき手札を、彼はこの場でライダーに叩き付けることを選択した。

 

 アストラは足を止め、許される数瞬限りの”踏ん張って立つ”という行為をする。

 そして、目前へと迫る巨体を前に悠然と剣を掲げる。進むことを止めた彼の視界には、完全な闇が訪れる。

 だが、諦めたように焦らず、あくびをするように緊張を息と共に吐いた次の瞬間。

 

 一本の幻想()が折れる音が、遠吠えのように砂漠にこだました。

 


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