薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

28 / 36
伯仲

 言峰の厚い胸板に空いた、ライフル徹甲弾による穴。左腕の真横を通り過ぎた弾丸と合わせてそれを確認した切嗣は、右腕のコンテンダーを構えた。

 術式で強化された防弾カソックを貫くには、拳銃の9mm弾では威力が足りない。舞弥にスコープを外したライフルで撃たせたのと同様に、コンテンダーにはライフル徹甲弾が装填されている。どこを撃っても貫通する。だが、やはり狙うのは――。

 切嗣は崩れ落ちる言峰の頭に照準を合わせた。倒れ込んだところを確実に撃ち抜き、確実に殺す。その瞬間を見逃さないため、爪の先まで神経を集中させる。

 が、崩れ落ちた。そう思った途端に彼の視界から言峰の姿は掻き消えた。

 

「切嗣!!」

 

 舞弥の声。それとほぼ同時に切嗣は気づいた。自分の懐に、黒い影が飛び込んでいると。

 次の瞬間に耳に飛び込んだのは、自身が貼っていた防御魔術を貫通する拳の鈍い音。そして自身の心臓が肋骨ごと回転して抉られる感触であった。

 

「がっ……」

 

 拳は自分を弾き飛ばし、すぐに言峰の胸の横へと引き戻される。

 暗くなる視界。同時に、右腕とも言うべき彼女による銃声が聞こえた。

 

 

 

 アストラは言峰に一つの奇跡を教えた。それは、持続的な肉体の再生をもたらす奇跡『生命湧き』。信仰心を見ても奇跡は彼向きであるし、戦う前にでも使っておけばいいと。考えるに切嗣の裏をかく手腕の前では、これでようやく五分であろう。

 舞弥の放った銃弾が迫る。だが、言峰は瞬きせぬ瞳でその銃弾を見切り、僅かに身体をずらすだけで躱した。

 弾丸は壁に叩きつけられんとする切嗣の頭上を通り、一足先に壁にたどり着くだろう。だが、それよりも先に銃弾を避けた男が先に動く。まるで滑るように、特殊な歩法で距離を詰めた。その疾さは言峰にしても一瞬、舞弥にすれば刹那。彼女は肉体が反応する間もなく、無防備な鳩尾へと右肘が叩き込まれた。

 

「邪魔をするな!!」

 

 言峰は邪魔者と呼べる女の介入に激怒していた。だからこそ、その威力は抑えられた。内蔵がズタズタに引き裂かれながらも、死ぬには時間がかかるように。

 左へ人形のように吹き飛ばされたかと思えば、舞弥は続いて知覚した痛みに悶えることもできなかった。ただ、動くこともできずに咳によって溢れる自分の血液を二つの目で見つめていた。

 喧騒が去り、静寂が訪れた。切嗣は壁際にうつ伏せで倒れこみ、当然のように反応はない。頭の中をかき回していた激情は去った。軽く息を吐けば、元の虚無な自分が帰ってきた。

 ああ、こんなものなのかと。あまりにもあっさりしすぎていると。激情の次に襲ってきたのは絶望であった。衛宮切嗣は確かに狡猾な男であった。だが、不意を打たれれば所詮は人間であった。これならいっそ、奇跡で再生などせずに撃たれて死んでいればよかったかもしれない。ぐらりと市民会館全体が揺れたが、きっとアストラたちであろう。

 

「う……ぁ…………」

 

 それを受け、舞弥が呻く。その口は苦しみではなく、何かを言いたそうに動いていた。

 仕えていた者を殺し、自分をも殺す男への言葉だ。きっとそこから出るのは罵詈雑言の類。

 だが、死にゆく者の言葉だ。それが呪いであろうと耳を傾けるのが神父であろう。

 彼女へと向き直り、その近づいた途端。背後の切嗣が飛び起きた。もちろん見えてなどいない、音と気配。直感だ。

 振り返れば、目にはナイフを持ち迫る男の姿。切嗣の戦術は言峰の再生能力を目にし、首を切り落とすものへとシフトした。ナイフの刃渡りは30センチあまり。魔術による強化が加われば首を切り落とすなど一瞬で終わる。

 それは言峰も理解している。彼が驚愕したのは別の点であった。

 

(この男……!!)

 

 突進速度が切嗣を目に止めた瞬間に加速した。およそ、その倍にだ。その速度は強化しているのとはまた別の、速度へのブーストがかかっていると考える他はない。

 予想していたよりも攻撃は速く来る。防御は間に合わぬだろう、令呪を使わねば。

 令呪が輝く。言峰の肉体は更に強化され、左の袖口から飛び出した黒鍵はその刀身を輝かせた。

 目にも止まらぬ速さで切嗣が突き出したナイフは、それに匹敵する速度で振られた黒鍵に火花と共に弾かれた。だが、脇を引くことによりナイフはすぐにその隙を無くし、それと合わせたように言峰は背後に素早く宙返りをしながら飛んだ。

 自身を見なくなったその隙。それを逃す相手ではない。だが、切嗣は一直線に言峰を追いはしなかった。

 体勢が戻った彼を襲ったのは凶刃の群れ。もし踏み出していれば全身を貫かれたであろう。追撃の手を緩めぬためにも、既にセットされていた魔術が起動した。

 

固有時制御・三重加速(Time alter triple accel)!!)

 

 言峰の目には相手が地面をスケートのように滑ってくるように見えた。切嗣の速度が更に上がったのだ。

 切嗣の魔術『固有時制御』。単に言えば自分の肉体の時間加速。身体能力ではなく速度が段違いに上がるそれだが、三倍速以上となればその身体にかかる負担は致命的なものになる。

 目では追えるが、追ってからでは身体はギリギリついていかないような速さ。それに対し、言峰が取れるのは防御であった。

 繰り出されたナイフ。今度は足を薙ぐようにそれを、強化したカソックを纏う左腕の一の腕で遮った。するとあまりにもあっけなく、腕はその半分ほどを断ち切られた。

 だが、それは客観から見た話。言峰自身は驚くほどハッキリと感じていた。鉄のような布を切り裂き、肌に冷たい刃が触れ、肉を切り裂き食い込むのを。口からうめき声が漏れた。だが、怯みはしなかった。骨に刃が達する直前、腕をずらして肉だけに留めたのだ。

 代行者ならば、この程度の傷など死なぬ限り誰でも負っている。言峰も経験したことのあるその痛みによって、再び引き戻されたそれに対しての反応が遅れはしない。

 

 続く二撃目。体配から予測していた首への攻撃。ナイフを持つ右手をこちらの右手で受け流した。

 

 三撃目。胸を狙ったそれを予め身を引くことで躱し、反撃の右腕を匂わせることで踏み込みを避けた。

 

 四撃目。切嗣の左手が此方の足元を向いた。だが、手には何も入ってない。同時に襲いかかる目を狙ったような突き。それを右腕で殴るように防いだ。

 

 弾かれた右腕。左手の防御も甘い。言峰の眼光は鋭くなった。

 先ほど舞弥に見せた一瞬の踏み込み。それとはまた違う、水が落ちるような滑らかかつ素早い動作で切嗣の懐へと入った。

 歓喜に唸る拳が鳩尾を叩く。それを受ける切嗣も防御しようと力んだ、が。言峰の拳から生み出された威力は彼の筋肉を浸透し、奥で守られていた内蔵を風船のように破裂させた。

 切嗣の手足が痙攣した。瞳は言峰を睨んでいるが、抑えようのないものだ。それによって一瞬動作が鈍ってしまうのも。

 好機とばかりに繰り出される完治した左腕のフック。それを受け、切嗣は奥の手を切った。このままでは頭部を破壊されてしまう。

 

(|固有時制御・四重加速(Time alter square accel)

 

 更なる時間加速。それにより動作の鈍りを加速させ、言峰の想定を上回る迅速な復帰を見せた。

 右から向かい来る拳を頭を下げて躱しながら踏み込む。同時に彼の手は懐の拳銃を抜いていた。このために改造し、装填した銃弾は熊の狩猟にも使えるカスール弾。その威力はニセンチの鉄板を撃ち抜ける44マグナムの二倍。頭を吹き飛ばすには過剰な威力だ。

 だが、言峰とてただではやられない。瞬時に相手の加速を理解しながらの、ギリギリの対応。"四倍の速度で動いてくる"という想定の元、令呪で強化した右腕をがむしゃらに振りぬいた。

 

 

 

 

 線香花火のように火花が散る。花火大会の音を早回しにしたような剣戟と共に。

 アストラとセイバーは数えきれないほど打ち合い続けてはいるものの、未だ互いに決定打を与えれてはいない。円を描くように間合いを取りながら、一瞬の交差や数合の打ち合いで刃を重ねている状況だ。

 盾と直剣。両手で握る大剣。一見すれば防御を平行して行える彼の方が優位に思えるが、それは違った。彼女の剣のその一太刀を防げば放出される魔力が圧力となり、反撃の動きを鈍らせる。そして白兵戦において、先手を取るのはいつもリーチで勝る側であることが彼を防御に回らせていた。

 そうなれば返す一撃は避けられてしまうか、防がれてしまうかだ。だが、セイバーもまたアストラの自分からは攻めぬ堅実な戦い方に攻めあぐねていた。盾を崩すために渾身の剣を振るいたい衝動に枯れるが、不用意にそのようなことをすれば受け流されて斬られるのがオチ。しかし連撃に移ろうとすればその気配を見切り、その隙間を縫うように右手の剣が振るわれるのだ。

 だが、互いに仕留め方は考えている。アストラの鎧は既にボロボロ。砕くのは愚か、彼女の腕を持ってすれば僅かな隙間を縫うのも容易いだろう。そしてセイバーは未だ知らないアストラの魔法や武具を警戒している、自身が霊体と一体化した宝具を展開するように彼も自身のソウルから取り出すのだから。

 円を描き、睨み合っていたセイバーの姿が掻き消えた。閃光のように迫る剣撃を盾で弾き、すれ違う彼女の首めがけて剣を薙ぐ。しかし、宙を舞ったのは薄く輝く金の糸。互いに追撃を直感し、位置を入れ替えるように飛び退いた。

 勢いの付いた着地。鉄靴がコンクリートを上を滑り、耳鳴りのような音と火花を立てる。兜の砕けたアストラの視線が彼女を睨む。獲物はこちらが軽い。鎧もくだけて幾分か。だというのに本気のセイバーの速度は彼にも勝る。彼女の『魔力放出』は力だけでなく、その速度も早めていたのだ。あの時のアインツベルンの打ち合い、その時に引き出せなかった実力がこれだ。だが、全てを見せたわけではないのはお互い様だ。

 着地の慣性が消える直前のその瞬間、セイバーの目に映るアストラがグンと大きくなった。盾を突き出しながら飛び出す彼だが、速度で勝っているのは彼女なのだ。彼女の左足が前に出た。走りだすわけではない、タイミングをずらすための一瞬の踏み込み。それを目にしたアストラは剣を彼女に"投げつけた"。そして、空いた手には『呪術の火』が灯す。唱えるのは混沌の呪術、廃都イザリスで得たそれだ。

 

 ――まずい。

 

 不利を直感したセイバーは剣を振りながらも、彼の左に回るように足を運んだ。懐へ込むための直線上には、投げられた剣が牙を向いている。

 揺らいだ彼女の金の髪。その真横を、明るい炎のうねりが通り過ぎる。繰り出されたのは混沌の奔流。鞭のようにうねるそれは、逃げたセイバーを追うように外側から内側へと薙ぎ払われた。

 髪の毛の焦げるにおい。肌を焼くような光熱。それもつかの間。目の前の盾が動きを見せる。まるで裏拳のように、彼女の顔を殴りにきたのだ。

 鼻先へと迫る鉄の板。剣の一撃を受け止めるその腕力なら、顔の骨など砕けるだろう。セ イバーは身体を反らし、顎の先を掠めさせることによって回避した。

 彼女が体勢を立て直すのと、アストラが空中の直剣を再び握るのは同時だった。横薙ぎの西洋剣と、振り下ろされる直剣が激突する。獲物の重さ。そして加速に使われる魔力。どちらをとってもセイバーの方が上であった。だが、それでもぶつかり合った剣が拮抗を保ったのは直剣がその根本でぶつかったからだろう。

 交差し、静止する寸前。直剣はその刃を滑らせながら大剣を外側に受け流した。そのままいけば、無防備な彼女が出来上がるだろう。

 しかしセイバーはそれほど甘くない。一瞬で剣に込めた力を解くと、滑った位置から首を狙う一閃を繰り出した。アストラはそれを盾で阻むと、更に踏み込んで突きを放つ。

 寄ろうとする彼と寄らせまいとする彼女。剣技の面ではアストラが僅かに優っている伊達に不死としての修羅場はくぐっていないのだ。しかしそれでも。

 

「ハァッ!!」

 

 全身より噴出する青い魔力の奔流。それはまるで不意に受けた蒸気のような圧力と共に向かい来る外敵を払いのけた。

 素飛んだ彼は鎧姿だというのにクルりと体勢を整えて着地するが、結果として再び間合いを取ることになる。また振り出しだ。

 『アストラの直剣』では仕留め切れない。彼はそう思った。欠点もないが、この武器は決め手に欠けている。右手の直剣が、緑の粒子となってアストラに吸収された。盾のみとなった彼、しかしセイバーは攻め込まない。カウンターで手元から飛び出るかもしれぬモノを警戒していた。

 息を吐くように体から滲むのは、金色の粒子。それはアストラの身体を這うように腕を伝い、その右腕の先でカタチを作る。形取るは長槍。黄金に輝くその柄と、ギラリと輝く巨大な刃。太陽の光を感じさせるその槍は、王に仕えた四騎士の一人の持ち物。『竜狩りの槍』。

 盾を背に回し、両腕で持つ。半身の構えを取った彼は、その穂先をセイバーに向けた。

 彼女が感じたのは、その槍から感じる威圧感。その槍の名も知らぬ彼女だが、それが自身にとって致命的なものを持つということを理解できた。彼女の竜の因子がそう告げているのだ。

 パチパチと、槍の纏う雷が空気を焼く。それを受け、セイバーは『風王結界』を周囲に展開した。腕を突っ込めば弾かれてしまうような嵐の渦を。

 一度見た獲物とはいえ、打ち合ったわけではない。彼女はその獲物の長さと能力を打ち合いで測ろうとするだろう。今ならば、結界を考慮しないならば、アストラが優位に立っている。

 より重い槍を持ちながらも、その踏み込みは速かった。

 繰り出された一撃は結界によって阻まれ、その雷の力を小削ぎ落とされた。

 だが、一点に収集された突きはその衝撃を受けた剣にままに伝えた。槍を突き出した体勢のアストラが、ぐわりと遠くなる。僅かの高さではあるが、その身体を浮かされたのだ。

 

 ――――重い。

 

 体重を乗せたニ撃目を考慮せぬ一撃だった。だが、その重さは直剣の時と比べて段違いだ。

 セイバーが着地すると同時にアストラも動く。今度は脇を締めた細かい突きを連続して放った。だが、先ほどの一撃が連続で来るならまだしも、それならば十二分に対抗できる。

 槍を防ぎ、隙を突いて一気に踏み込む。そして渾身の力で斬りつけた。余波でコンクリートの円柱は砕け、放置されていた車両は紙のように裂ける。そして、槍の雷撃によって炎上した。

 彼女の鎧も何箇所か砕けた。彼の鎧はその破損を大きくする。また、互いに傷こそ浅いが動けば血が流れるような多くの裂傷を負っていた。滲むように赤い血が流れ落ちる。

 その滴り落ちた血を嗅ぎつけるように。すぐ近く、戦っている二人から僅かに離れた炎の前に現れた。あの英雄王以上に警戒していた、あの気配たちが。

 

 

「Ar■■■■■■■th■■■■■■!!」

 

「■■■■■■■■■■!!」

 

 黒い影が二つ。だが、それらのシルエットは以前見た時よりも一変していた。

 纏い、影を作るは深淵の黒い瘴気。バーサーカーは自身の宝具による隠蔽があるため、その実体は分からない。セイバーとアストラが目にしたのは、変わり果てたアルトリウスであった。

 ウーラシールの民ほど変形してはいない。それでも彼の肉体は、砕けた鎧からはみ出るような異形のものと化していた。もはや、原型などはありはしない。人を殺し、ソウルを奪うために特化された身体へとなっているのだ。

 息を切らした二人は、獲物の向ける先を変えた。

 刃を臣下に向ける心の整理はついている。深淵の獣と化した英雄を切り倒すのに躊躇いはない。雄叫びを上げて襲い来る二人を、それぞれの聖剣と雷槍が向かい撃った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。