窓から白銀の世界が覗く、暖炉によって暖められた応接間。そこに上等な応接テーブルを挟んで向かい合う、彼と黒いコートの男。男の背後では、そのつもりは無いのだろうが、黒いスーツを男装のように着こなした金髪の少女が直立している。彼が妙な真似をすれば、問答無用で切り捨てようとするだろう。
「さて、まずは自己紹介といこうか、でないと呼びにくいからね。僕の名前は衛宮切嗣だ」
衛宮切嗣と名乗った男は、死人のような目をしたまま言う。その目つきからマトモな神経のした人間ではないと彼は判断した。そして、後ろの少女の方が気になっている彼は、切嗣に目も向けず少女に名前を問う。
「名乗られたのに名乗り返さず、別の人物に名前を聞くのは些か失礼ではないか?」
その少女の言葉に、彼はとっくの昔に名前を棄てたことを伝えると同時に、多少の謝罪をした。もっとも、気持ちがこもっているかどうかと言われれば、まったくこもってない物だったが。
「名を棄てた?なぜ…………いえ、失礼しました。私の名は────」
「セイバーだ」
彼女が名乗るのを遮って切嗣は言う。
「サーヴァントの真名は簡単には明かせないよ。言えば、彼女がどんな人物か分かるからね」
そう続ける切嗣に、彼は仲間にも教えないのかと問う。
英霊を呼び出して戦うのなら、名前で弱点も分かるからだろうと彼は結論付ける。とはいえ、共闘する相手に教えないのはどうかと思う彼だったが。
「悪く思わないでくれ、君を信用しきっているわけではないからね。セイバーと呼んでくれれば問題ない」
信用しきってないどころか信用していないだろう、と彼は思ったがそれはお互い様なので、そっちがセイバーなら自分はアストラと呼ぶように言うと、続けて鎧や剣の返却を求めた。
「ああ、後程返すよ。それとさっきの蒼い剣について聞いてもいいかい?」
その問いに彼は、ただのデーモン武器だと答えた。
「
鍛えた武器に、巨人の鍛冶屋にデーモンやデーモンに匹敵する生き物のソウルを打ち込んでもらい、それが使っていた力を発揮させるのだと彼は言った。
「巨人の鍛冶屋……。なるほど、そのソウルの持ち主は、その剣か似た物を使っていたのかい?」
そう返す切嗣に、彼はソウルの持ち主の飼い主の力であり、何もかもそのままの剣だと彼は言う。
「待ってください。彼は何を飼っていたのですか?」
セイバーの問いに、彼は大狼だと答える。
「狼……?獅子ならイヴァンが飼っていましたが狼は————」
セイバーはそこまで言うと、しまったといった表情をした。暖炉の薪が音を立てて割れる。
深淵歩きアルトリウスを知っているような物言いに、彼は思わず立ち上がり、アルトリウスを知っているのかと問い詰めるつつ、ここは未来のロードランなのだろうかという望みを抱く。
そうであれば、闇の時代は来ていないと思う彼は、火継ぎは成功したと考えるだろう。
「セイバー、少し黙ってくれ。君も、彼女の言うことは気にしなくていい」
そう言う切嗣を一瞥し、彼は懇願するように問い詰める。
「切嗣、彼は味方です。話してしまっても構わないでしょう。もしかすれば、彼が何者か分かるかもしれません」
そう言うセイバーに何かを言おうとした切嗣だったが、ついに黙りこくってしまった。二人の仲は普段から険悪だと彼は思う。
それを了承と見たのか、彼女は口を開いた。
「我が名はアルトリア。ウーサー・ペンドラゴンの嫡子にして、ブリテンの王だ。此度はセイバーのクラスを以って現界した。アルトリウスとは、男と偽っていた私の名であろう」
その名乗りに、彼は同姓同名の人物かと思ったが、アルトリウスの大剣を見た際の反応の理由にはならないため、見えなかった剣を少し見せてくれないかと言い、自分の剣も見せ、自分が何者かも全て話すと付け加えながら。
「ああ、構わない」
そう言うと、セイバーは横から回り込むと、黄金の剣を出現させる。彼も同様に、青い剣を出現させる。
近づいた彼は、その黄金の剣が確かにアルトリウスの大剣と、同じ質をしているのに気付いた。彼女が遠目でも気付いたのは、気が向いたときに使う彼とは違って、常に使用するからだろう。
彼は切っ先を床に向けて彼女へ差し出し、剣を交換した。彼はさっそく武器の情報を理解し、
「これは……?」
セイバーは剣を眺めながら、その目を見開く。疑問に満ちた目でそれを見た彼は、自分の事を話そう、と切り出した。
「すると君は、世界を救おうとしていた時に、僕が召喚してしまったのか?」
自らが不死である事以外は全てを話した彼に、無機物のような目をした切嗣が問う。淡々としていて、感情は読めない。
彼は、救うわけでは無く食い止めようとした、とだけ答えた。セイバーはそれを悔やむような目で見ている。
「…………。君は僕たちを恨むか?」
当然だ、と彼は答えたが、戻るためになら何でも協力する、と付け加えた。
「分かった。別世界とは驚きだが、君が呼ばれた理由はおそらく先ほどの剣だろう」
どういう事だ、と彼は問う。
「僕たちはセイバーを呼ぼうとした。そして、セイバーの剣と君の剣は同質の物だ、おそらくは、セイバーに君が引っ張られるかたちで召喚に巻き込まれたのだろう」
同一人物と誤解したのか、と彼は呆れたように言った。この世界にもメッセージがあったことからして、他の世界の自分もこの世界の並行世界にでも喚ばれたのだろう。一人ではないことが救いであり、厄介でもある。
「そういう事だな。さて、そろそろ飛行機の時間だから出るよ。何かあったら、誰かに聞いてくれ」
切嗣はそう言うと、セイバーを見もせずに彼に言い、部屋を早足で出た。
それを見た彼はセイバーに、仲が悪いな、と彼は言った。
「私は友好的でいたいのですが、なぜか彼は私を避けるのです。せめて理由を言ってくれればいいのですが…………」
それを聞いた彼は、無理やりでも聞きださないと取り返しがつかなくなる、というような事を言った。闇霊と復讐霊に争いは当たり前であるが、太陽戦士同士でも時折仲間割れをする。
なんとかしなければ、足を引っ張り合うことになるだろう、と彼は付け加えると、セイバーへと歩み寄った。
「む……?どうかしましたか?」
疑問に満ちた顔をするセイバーに、さっきは手を抜いていただろう、と責めるような目を向けながら言った。
「やはり、それほどの事を成し遂げた貴方は気付きますか……。先ほどはマスターに捕えろと命じられていました。あなたの気持ちを踏みにじるような真似をし、申し訳ない」
その謝罪に彼は、それは見当違いだ、と返し、セイバーの横を通って廊下へと続くドアへと手をかけ
「それは、いったいどういう意味ですか?」
今からもう一度やらないか、と誘いをかけた。本気の腕が見たいのだ。
鎧を着、見えない剣を構えるセイバーと、上級騎士の鎧に身を包み、紋章の盾とアストラの直剣を構えるアストラ。 アストラは相手の一挙一動を見てカウンターを狙い、セイバーは彼の隙を突いて切りかかるのを狙う。二人は円を描くように回っているが、間合いは保ち続けつつ、相手の足の動きに神経を研ぎ澄ませる。
そんな読み合いが数十秒続いたが、不意にアストラが攻めに出た。盾を構えながら剣を下段で構え、セイバーへと急接近。カウンターを警戒する必要がほとんど無くなったセイバーは、それを迎え撃ちに走る。
「ハア!!」
声とともに右から襲いかかる横なぎの一撃を盾で防いだアストラは、セイバーの胴を狙って直剣を突きだすが、それを予期していたかのように彼女は当たらないギリギリの位置に飛び、体が伸びきったアストラめがけて強力な振り下ろしの一撃を叩きこむ。しかし、それを盾の末端部分で受け、受け流した彼は伸ばした体をたたみながら更に前に踏み込み、伸ばした剣を上へと無理やり返す。
その剣はセイバーの前髪をかすめ、何本かを散らせる。だが、末端部分で剣を防いだ彼の盾も、多少の痛みが見てとれる。
「驚いた……。あなたは生身の人間なのですよね?」
間合いを取ったアストラに、セイバーの感嘆したような言葉をかけると、それに、生身だが人間とは少し違う、と彼は返し、懐から取り出した光る粉を盾に振りかけ、損傷を直す。
「ほう。やはり、あなたは面白い」
満足したかのようにそう言った彼女は、剣を強く握りしめると再び打って出た。