薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

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束の間の

 「積極的に話しかける子じゃないですけど、園でも誘われてよく遊んでますよ」

 

 と、保育園で働く女性が愛想良くアストラに言った。カレン・オルテンシアは保育園の者から見て、静かだが良くできた子という評価をされているようだ。

 迎えに来た際の保護者と施設職員との談笑の中で、よくこんなことが言い交されるほどに。

 それをぼんやりと聞きながら、カレンは手を繋ぐアストラの顔を見上げる。

 父と名乗る者と一緒に現れ、そして今でも一緒に住んでいる人。

 幼い身であり、つい最近まで寂れた教会が自分の世界であった少女にとっては、アストラという人間の素性についての認識は想像を膨らませてもそこまでの認識であった。

 だが、それで十分だった。誰に似たのか人の感情を察する事に長けていた上、それを自覚なしに受け止める才能も持っていたからだ。

 

「おじさん」

 

 そう短く呼べば、アストラはカレンを見ながら何を切り出すのか待っている。

 だが、子供慣れした保育士は。

 

「ああ、こんな話じゃカレンちゃん退屈だよねー」

 

 と、上手い具合に意思を汲み取ろうとした会話を進める。

 アストラはそれを受けて漸く保育士さんに話を打ち切る旨を切り出し、カレンの手を取って帰るのだ。

 自分と向かい合うことを避ける傾向にあり、どこか暗い目をした父親ですら、こういう心の機微に触れるようなことをさり気なく読み取っていた。

 

(この人は何かがズレている)

 

 人と接するのに慣れていない、という様子ではない。どこか――この日常生活において――ワンテンポ遅れたような反応をする事が度々あるのだ。

 これを表現する言葉は今の少女には思いつくことはなかったため、カレンはアストラに霞がかったような印象を抱き続ける他なかった。

 言葉にしたいのに、言葉にできずに積もる鬱憤。

 同年代の子供とは比べられぬほど聡明であるとはいえ、未だ幼い彼女の心をチリチリと焦がすには十分であった。

 燻ったものを胸に抱えたカレンの目に映るは、同じように手を繋いで歩く他の子供達。その両脇に立つの人達を見て、更に無自覚の苛立ちが湧き上がる。

 アストラが隣にいることや、そういった者の代わりとして不満があるわけではないのだ。

 だが、子供の手を握る男性。その反対側に立つ女性の姿が、無性に涙を誘うのだ。

 

 口を固く閉ざし、無言でポロポロと泣き出したカレン。

 アストラは慌ててしゃがみ込み、どうしたのかと理由を聞けども首を横に振るばかり。そして、早く帰ろうと必死に手を引き催促してくるのだ。

 どうしたものか。

 そう悩んだ末に、カレンを抱き上げて歩き出す。帰ったら取り敢えず話してみようと、薄ぼんやりと考えながら。

 

 

 

 

 あの後、ソロモンという男の話を言峰か聞いた。

 埋葬機関と呼ばれる、教会が誇る異端狩りの虎の子達。

 サーヴァントに迫る程ではないか、と称される実力を持つ者を頭に据えたこの組織は、その役割からしてアストラと相性は悪そうだ。

 だが、言峰曰く、教会全体としてはアストラに積極的に対立する方針では無いそうで、異議を唱える強硬派のような派閥もいるが心配はしなくていいらしい。

 

「最も、私はもう出世できそうにないがね」

 

 と言峰が浮かべた皮肉げな笑みは印象的であったらが、それは置いておこう。

 その言葉通り、あの日以降は教会からの干渉も直接的なものは無く、精々が監視されているような雰囲気を時折感じるだけであった。

 

 一週間経ち、二週間経ち、一ヶ月。二ヶ月。三ヶ月。

 

 何も起きぬままに、穏やかに月日が流れつつあったある日のことだ。

 カレンを保育園まで送り届けた後、自宅の敷地を跨いだ途端にアストラは違和感を感じた。

 最近感じる事のなかった、眉を寄せるような類いのものを。

 

 誰かが、家を出た後にここを通った。

 

 それは直感から来る抽象的な予感ではない。

 住宅地にある、赤い屋根をした二階建ての一軒家。

 毎日見ている景色の、人が知らず知らずのうちに歩いているある程度同じ場所からズレた靴の後。

 特定の種類の靴跡だと断言できる程に靴について詳しくないが、この家の者が持っている類いではないことは確かだった。

 アストラは買い物袋を真っ赤な郵便ポストの脇に置くと、やや警戒した足取りで玄関に近づく。

 一般人や常人の領域を出ぬ者が相手であるならば、指一本でも勝つ自信ぐらいはアストラにはある。

 だが、侵入者が只の人間でないとしたら、片手が塞がっていては一撃で首を落とされたとしても不思議ではないのだ。

 感じる気配は一つ。恐らくは、一応は人間。殺気も敵意も感じないが、代わりに何処か覚えのあるような気がした。

 それが何なのか、誰なのかはハッキリと思い出せないまま、アストラはドアノブに手をかける。

 茶色のドアは重々しく開き、そして玄関に奥から持ってきたらしき椅子に座るのは。

 

「久し振りだね、アストラ。立っているのが辛くてね、少し椅子を借りているよ」

 

 黒いネクタイ。黒い背広。まるで喪服のような格好を身に纏い、死者のような瞳を向ける衛宮切嗣。

 アストラは硬直した。

 「何故」と考えて、浮かんだのは、アイリスフィール。

 復讐に来たにしては何故正面に、と考えが保育園に送り届けたカレンへと及んだ時だった。

 

「アイリの事でも思い出したのかい?」

 

 切嗣が、まるで他人事のように言ったのは。

 

「君が結果として離れてしまうような事をセイバーに命じたのは僕だ。アイリは小聖杯だったからね、最初から第四次聖杯戦争に参加すれば遅かれ早かれ命を落としてしまうのは承知していたんだ」

 

 呆然とするアストラを置き去りに、衛宮切嗣は独り語りのように言葉を続けた。

 

「でも、僕はアイリを愛していたんだ。恒久的世界平和――ああ、これは僕が叶えようとしていたんだけど――それと引き換えにと考えても、自分で頭を撃ち抜きたいくらいにはね」

 

 それはまるで終末病棟から切り取った一風景。どうせ死ぬのなら、何もかもを曝け出してしまえという末期患者だ。

 

「だからアストラ、正直に言えば僕は君と言峰綺礼を恨んでいる。舞弥の事もあるからね」

 

 取り敢えず、君が気になったであろうことは言ったよ。そう付け加えられずとも告げられた気分だった。

 言葉から、その顔から。雰囲気から。死相というべきものを有り有りと感じたアストラは反射的に問いかける。お前も、もう直ぐ死ぬのかと。

 よくよく見ればこの男からはもう精気が殆ど感じられない。そして、第四次聖杯戦争の数ヶ月前と比べても、覚えてる体格よりも肩まわり等が小さく見えた。

 

「後追い自殺でもすると考えたかい?」

 

 自嘲的な笑いが暗い玄関の中で反響した。

 

「確かに死ぬよ。でも、それは自殺じゃない」

 

 ――――あの泥か?

 

「ああ、セイバーに破壊させた時に聖杯の中身を浴びてね。それも自殺だ、なんてのは言わないで欲しいけどね」

 

 君は大丈夫そうなのは流石だよ。と、嫌味にも取れそうなものを加えて切嗣は続けた。

 

「僕は見ての通り長くない。今ですら、もう単純な魔術の行使やライフルを構えて撃つのだって一苦労でね。ウサギすら狩れそうにないよ」

 

 

 君たちを殺してやりたいという気持ちもあるが、するつもりはない。暗にそう言ったようだった。

 なら、どうして此処に。

 

「そう。死ぬ前に恨み言を言っておこうというのと、お願いをしに来たんだ」

 

 朗らかな様子でそう言うが、瞳に映る色は真面目なものへと変化していた。

 

「二度と、アイリや舞弥のことで恨まないと約束する。最初にした約束と諸々の迷惑料に加えてしっかり報酬も払おう。だから、頼みを聞いて欲しい」

 

 切嗣は椅子から降り、床に頭を擦り付けるようにして。

 

「イリヤを、僕の娘を誘拐してきて欲しい」

 

 震えた、泣き出しそうな声色で衛宮切嗣は乞うた。その言葉にアストラは耳を疑い、聞き返しす。娘がいたのかと。

 

「君には念を入れて会わせていなかったんだ。全くイレギュラーな召喚だったからね」

 

 ということは、城にいたのか。

 

「ああ、そして今も」

 

 イリヤは言うなれば実家に居るのだろう、無理にでも連れ出すほどなのか。

 

「アインツベルンに居たままじゃ、イリヤは良くても次の聖杯戦争のためだけに"使われる"」

 

 聖杯を破壊して裏切った男の娘というだけでなく、天秤の上で魔術に勝る人の情を持ち合わせた生き物なんてあの城に居るものか。

 絞り出すような声が、暗い廊下に低く響いた。

 

「頼む。君ぐらいしか無いんだ、今の僕には…………!」

 

 再度、頭を下げて切嗣は懇願する。どうか受けてくれと。

 そうまでされて断る理由はアストラになかった。勝てるであろう相手に加えて、衛宮切嗣には負い目に感じるものもある。

 首を縦に振って言う。引き受けさせてくれ、と。

 

「ありがとう」

 

 噛み締めるように、切嗣が頷く素振りをみせた。

 かと思えば、懐から手頃な大きさの紙束を取り出して。

 

「アインツベルン家とその当主ユーブスタクハイト。イリヤスフィール。

 知っている限りの情報を確度と一緒にして纏めてある」

 

 テキパキと、準備された物を手渡してくる切嗣。

 結局はここに話を漕ぎ着けてゴリ押すつもりだったのだ、この男は。

 だが、こういった内容で上手いように転がされてもそう嫌な気はしない。加えて、万が一にでもカレンに危害が及んでしまえば、切嗣たちから離れて言峰についた事で得られたものすら無くなってしまう。

 自分勝手な考えだと、行動だったという思いが脳裏よよぎったが、アストラはそれを黙殺して切嗣から書類を受け取った。

 

「城のある森は雪に閉ざされているが、そこまでの足は手配する。

 結界は二重。外側はただの感知だが、内側は"放逐"だ。一度作動すれば、土地の性質を利用して吹雪の止まぬ迷宮を生み出すんだ」

 

 衛宮切嗣という男にしてでも、異様なまでの段取りの良さ。

 娘を、書類によれば冬の城と呼ばれる場所から、連れ出したいという気持ちは心根から来ているようだ。

 

「アストラ、聞いているのか?」

 

 何故、この男は世界を救おうという願いを抱いたのか。執念を潜ませた瞳を持つようになったのはそれ以後だったのだろうが、それ以前はどのような人間だったのか。

 その事が、非常に気になり始めた。




ダクソ3とシュウ=カツが被って心が折れそうだ

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