晴天の空の下、一機の航空機が滑走路へ着陸し、管制塔と連絡を取った後に一回りすると停止した。しばらくするとタラップが降り、身を真っ白なコートで包んだアイリスフィールがエンジンの風に髪をなびかせながら降機する。
タラップの中ほどで彼女は立ち止まると、振り返って後方の二人を見上げた。
「どう?空の旅の感想は?」
「別段、どうということも。期待したよりは味気ない物でした」
大した感慨も湧かなかったというセイバーに反し、アストラは貴重な体験だったいうことと、乗っていて驚いた事を述べた。
「そう言ってくれるとうれしいわ。セイバーは、英霊ともなれば空を飛ぶなんて驚くことでもないのかしら?」
アストラと違ってまったく動じていないセイバーに彼女はおかしそうに尋ねる。
「いえ、そういうわけでは無いのですが……。サーヴァントは現界する際に現代の知識を与えられますから。いざとなれば、この飛行機という機械を乗りこなす事も可能です」
失言だったと感じたのかセイバーは少し言葉を濁すと、自分は召喚された身だと再認させるように言う。
それに知識だけなら感じるものはあるだろうと思ったアストラだが、黙って会話の進行を見守った。それに、このような乗り物を乗りこなせるというのに興味が湧いたのだ。
「操縦……できるの……?」
目を見開いて驚くアイリスフィール。セイバーはそれに自信ありげといった様子で解説を始めた。
「私の騎乗スキルは幻獣・神獣を除いて、乗り物という概念すべてに適応される能力ですから」
つまり、乗り物と見なせばほぼ全てに乗れると覚った彼は、便利な物だと一人ごちた。
「それは心強いわね」
アイリスフィールが感心した様子でそう言った時、黒い車が滑走路に入り、正面で止まった。
迎えだと彼女は言うとそれに向かい、セイバーとアストラはそれに続いて車に乗り込んだ。
馬車よりも揺れず、かつ速い車の助手席でボンヤリと窓の外を眺めるアストラ。その表情は飛行機の時とは違って憂いを帯びた物になっており、こころここにあらずといった様子だ。後部座席で和気あいあいとした雑談で満る後部座席とは大きな違いだ。
あまりにもロードラン、しいては自分がいた世界とはあまりにも違いすぎ、これは幻覚ではないかと彼に思わせるのだ。そう、例えば人間性が失われつつある影響ではないのかと。
「————アストラ!!」
セイバーの大声によって思考の海から我に返ったアストラは、何事かと振り向いて後部座席を見た。
「大声を上げて申し訳ありません。先ほどから何度も呼びかけていたのですが、様子がおかしかったもので」
そう言うセイバーは案じるような表情を浮かべていたが、それが見えていないかのようにアストラは要件を問う。それに表情を曇らせたセイバーが何かを言おうとしたが、アイリスフィールに肩を抑えられる。
「アストラ、そんな言い方しないで。彼女は心配して言ったのよ?」
それを余計な心配だと切り捨てたアストラは、夜から戦争なら昼間は勝手にするというようなことを二人に言い、運転手に車を止めさえる。
「アストラ!!」
声を荒げるセイバーをアストラは一瞥し、地図の入手や拠点探しのために冬木の街へ繰り出した。
彼としては篝火がある拠点が欲しいのだが、そんなものはこの世界にあるわけがないのは明白。そのため、アストラは少しでも血の匂いのする場所に行き、奇襲をかけて怪我を減らそうと道行く人から血の匂いがしないか気にしつつ街を歩いていた。
もし見つけられれば、早急に処理し、拠点を奪う。それが彼の思惑だ。
それにしても、すべての人々が上質な服を着ているのを見て、かなり技術が発展した国なのだと感嘆した。さらに、電気屋の店頭に並べられたテレビの仕組みが分からない彼は、それをガラス越しに奇怪なもの見る目で見つめ、同じ映像が数個並んでいるのを見て六つ目の伝道者のようなものかと納得した。
「————失礼、あなたがアストラですか?」
その声に彼が振り返ると、短髪で黒髪の女性が無表情のまま立っていた。
彼は彼女からにおう死の臭いと言うべき何かに気づき、警戒しつつも肯定する。
「切嗣が呼んでいます、ついて来てください」
そう言うと彼女は身を翻し、路上駐車されている車へと乗り込んだ。
このままふらふらと歩くのもアレだと思った彼は、それを追って助手席に乗り込んだ。
「申し遅れましたが、私は久瀬舞弥といいます」
車を発進させるとそう言った彼女にアストラは名乗り返すと、その関係を聞いた。
「私は簡単に言えば切嗣の武器です。あなたにも、そのつもりでお願いしたい」
それにアストラは口ごもった後に是と答えると、自分は勝手に動いていいのかと聞いた。
「それは切嗣から説明があります。彼も、あなたはアイリスフィールしいてはセイバーとの共闘が苦手と見ましたから」
淡々と言う舞弥に、セイバーが戦争でも騎士道を貫く限りは無理矢理でもないと不可能だ、とアストラは言った。
「それはどういう事かお聞かせ願っても?」
アストラは、彼女は一人で大勢と戦うのはいいが、大勢で一人と戦うのは決して許容しない。と言うと、自分も好きではないがと付け加えた。
「それでも、あなたは卑怯な手を使ってでも勝利することを選ぶのですか?」
毅然とした様子で尋ねる舞弥に、やるといってもある程度で今は切嗣に協力して戦い抜くのが目的だ、とアストラは何とも言えない表情を浮かべながら答えた。
その言葉を聞いた彼女は、「それは助かります」と言うと車のギアを切り替えた。
高そうなホテルの一室に案内されたアストラは、昼間から閉め切られたカーテンを訝しげに見つめると、眺めは良さそうなのになぜ閉めているのかその部屋の主に聞いた。
「この時代では、弓よりも威力も射程もある武器が主として使われてるんだ。それに、襲撃を避けるためにも場所は知られない方がいい」
そう返す切嗣に、なぜそれだけを使って聖杯戦争を行わずサーヴァントを使うのか、と尋ねる。
「……魔術師は科学による産物を嫌っていてね。だから、近代兵器で殺されるのは恥だと考えてるんだ」
先ほどの返答よりも遅れたその言葉に、何かを隠しているのだと彼は察した。しかし、全ての質問に真実を言う気は彼にも無いため、追求せずに相槌を打った。
「さて、君に来てもらったのは他でもない。他の参加者をどう始末する際に、君にどう協力してもらうかだ」
切嗣は壁に貼られた地図の前に立つ。
「現時点で判明しているマスターは僕を含めて六人。キャスター以外のマスターの顔はすでに割れている。しかし、すでに昨夜、アサシンのマスターが脱落している」
脱落が早すぎないか、とアストラが口を挟む。
「ああ。これは確かなルートからの情報だが、それは猿芝居だった。二人は協力関係と見ていい」
紅いスーツを着た男とカソックを着た男。地図に貼られたその二人の写真を指差して彼は言う。
「僕が取る作戦は、セイバーに釣られて出てきたサーヴァントのマスターの殺害。これなら接敵を減らしつつ、確実に始末できる」
そう自分の戦法を説明する切嗣に、さっき言っていた武器を使うのか、と聞いた。
「ああ、そうだ。軽蔑するかい?」
舞弥と同じように淡々と問う彼の言葉をアストラは否定し、早く戦争が終われば何でもいい、と続けた。
「なるほど……。さて、君の役割を伝えようか」
切嗣はそう言うといくつかの小包を取出し、アストラに手渡す。
彼がそれを何か確認したところ、コンポジション4という爆弾だという事が分かった。
これで何を爆破すればいい、とアストラが問う。
「それが何か分かるのかい?」
C4爆弾の使い方をアストラが知っていると思っていなかった切嗣は、ひどく驚いた声を上げた。
それに使い方が分かるのは特技だ、とアストラは言うと、再び問う。
「ああ、そうだった。敵の魔術工房——拠点を見つけたら片っ端から爆破してくれればいい。できれば夜が望ましいけどね」
切嗣は豪快なことを無表情で言うと、追加の爆弾をいくつかアストラに渡す。
そんな大雑把な作戦でいいのかと思ったアストラだが、自分がきちんと爆破すればいいのだと納得した。何気に、新しい物を使えるのが楽しみなようである。
懐に荷物をしまったアストラは貼られた地図を見て拠点の位置を憶えると、偵察するために部屋から出ようと出口に向かう。
「————ああ、アストラ。少し聞きたいんだがいいか?」
アストラが手をドアノブにかけた時、切嗣が彼を呼び止めた。
「君は消えかけた火を継ぎに行ったと聞いたが、消えかけたとき世界にどんな影響があったんだい?闇の時代と言われてもピンと来なくてね」
何気なさそうなその問いに答えようかと迷ったアストラだが、別世界のことなので一部だけ伝えておくことにした。「神の国の最初の火が消えかけ、人の世には光が届かず、夜ばかりが続いた。そして、」と。