薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

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森の闇霊

 去り際に、少女の父とは意気投合したアストラは問題の解決に手を貸そうかと提案されたが、協力者はすでにいると丁重に断った。そして、一宿一飯の例として七色石を数個渡した。

 ロードランでは無価値に等しい物だったが、それでも価格は一つあたり十ソウルだ。人間の街に持っていけば、それなりの価格で売れる代物ではある。

  時刻は午前九時。

 少女と年齢の離れた強面の兄妹達に礼を言ったアストラは、後をつけられていないか気にしながら家を出、散策を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 散策開始から三時間後。昼間のために全く収穫の無かったアストラは判明しているランサーの根城を襲撃しようと向かったのだが、そこは瓦礫の山に変わり、専門の業者が囲いの中で作業を進めていた。

 

 そこに集まる野次馬に混じり、アストラは唖然とした様子でその作業を眺めていた。

 近くのソルロンド系らしき顔立ちの人物からは、原因不明の火災の末の爆発であったが怪我人はいなかった、と聞かされた。

 

 そのため、この爆破は計画的に行われた物だろうかと思案する。

 他のマスターやサーヴァントによる物とは限らない。もしかすれば、籠城戦は危険だと判断した彼らが行った、自分たちがこのホテルから引き払うための目くらましかもしれない。

 襲撃の場合。この様子ではマスターは無事では済まないだろうが、神秘が無いと攻撃が通用しなかった例があったためにランサーは生存している。内部での戦闘の影響で崩壊したのかとも考えはしたが、火災の後の一度の爆発で崩落したので計算された爆発だと判断。

 そこから導き出された相手の次の行動は、武器を失ったランサーが他のサーヴァントと組んで襲撃を行う可能性や、最後の二人になるまで逃げまわる可能性である。そのため、速やかに発見、そして消滅させる必要がある。

 

 そうと決まれば捜索を再開しようと、アストラは瓦礫の山を一瞥して早足でその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 時刻は進みに進んで、すでに五時のサイレンも鳴った夕暮れ。いくらアストラが観光しながら探索を続けようとも、魔術の秘匿の関係から聖杯戦争の開始は日没からである。

 そのため、剣を交えた事で覚えたセイバーの魔力の感覚以外には何も見つからず、やむを得ずその魔力の残滓を追ってみると、陽の光も届かないような深い森の手前で途切れていた。

 

 この先にいるのだろうと推察したアストラは痕跡が途切れているのを人為的な物だと判断し、修復の魔術で修理した『上級騎士』の装備と『紋章の盾』、そして『ロングソード』を手に森へと足を踏み入れた。

 

 落葉樹によって成り立つ森のようで、アストラが一歩踏み出すたびに腐葉土に積もる枯れ葉がガサガサと音を立てる。

 かなり深い森なのか、そのまま十数分進もうとも視界が暗くなるだけで人工物などは見えもしない。更に、異物を消す効果でもあるのか、彼自身が進む時に生まれるソウルの痕跡すらも数秒で消えてしまう。

 

 黒い森の庭よりは明るく、また襲ってくる植物もいない点以外はやっかいだとアストラは神経を尖らせながらもそう考えた。

 

 黒い森の庭ではただの背の低い木だと思えばそれが動き、打ち捨てられた巨人の鎧だと思えばそれもまた動き出す。そして、大扉の向こうにある四騎士の一人アルトリウスの墓の前には墓守たちと、謎の巨大キノコの怪物がいる。

 亡者になりかかっているような瀕死の状態でもない限り、次々と侵入してくる闇霊達によってあっという間に屠られてしまうような危険地帯だ。罪人でなくても絶え間なく侵入しているという点では、暗月の誓約者がよく姿を現すアノールロンドより危険かもしれない。

 

 先ほどの思案の延長でそう考えていた時、金属の筒の中で反響しているような音が空襲のサイレンのように森に響いた。

 それを聞いたアストラは反射的に周囲の地面に視線を走らせ、召喚サインを探す。が、何の目印も無い森であるためにメッセージすらなく、苦虫を噛み潰したような表情をした。

 

 侵入してくる相手はその場所の地形を把握し、最適な装備で来るだろう。始めて訪れる場所での戦闘となると、例え同じ実力でも軍配は侵入側に挙がってしまう。

 

 アストラは手を拱いていては奇襲を受けると判断し、防御力の底上げとして『鉄の加護の指輪』。そして、念のためにと『犠牲の指輪』をはめた。

 

 『犠牲の指輪』は死亡しても人間性を失わず、更に即座に復活できるとても便利な物だ。だが、その数は少ない上に使用者が死亡すれば、死亡した瞬間に自動で効果を発動して砕け散ってしまう。

 その上、"即座に"というのが曲者で、生き返った瞬間に今度こそ殺されるという事がある。

 だが、背後からの一撃を警戒すべきこのような場面では最も適した物だろう。

 

 盾を構え、耳を澄ませる。視線を走らせ、周囲を警戒する。威嚇するように切っ先をゆっくりと視線とは違う方向に滑らせる。

 

 いつどこから敵が来るか分からない事に恐怖を感じつつもそれで動作を鈍らせないその姿は、獲物を探す飢えた肉食動物のようにも、捕食される事にひどく怯える草食動物のようにも見えた。

 

 数十秒か数分か、アストラは奇襲に備えてゆっくりと移動していた。が、数メートル先の木の陰で物音がしたのに気づき、彼はピタリと動きを止めた。

 方向は二時。アストラはそちらに視線を移すと、駆け出すのを待つ罠ではないかと思案する。

 

 木の裏や上に潜んでおり、致命の一撃をもらってはどうしようもない。

 

 が、待っていても埒が明かないので、アストラは警戒しつつも前進を始める。

 もう位置は知られたと判断し、物音が立つのも気にせずにだ。

 

 しかし、木の陰に隠れたはずの敵は動く反応が無く、ジッとアストラが来るのを待っているように見えた。

 

 気づかれていないとでも思っているのかとアストラは思ったが、それが陽動である可能性を考慮してその木から視線を外し、ふと上を見た。

 その瞬間、視界に映ったのは真上の木の枝の上に浮かぶ紅い双眸。

 『見えない体』によるほとんど完全な姿の隠蔽と漏れ出すソウルの遮断。それを用いた奇襲。その戦法がアストラの脳裏をよぎった。

 

 上に回られたと理解した瞬間、アストラが動き出すよりも早く双眸は音もなく枝を蹴り、周囲の木の幹を蹴る事によって接近する方向を変化させながら急接近した。

 迎撃しようとアストラはタイミングを計って右斜め上を剣で薙ぐが、その一撃を潜り抜けて懐に潜り込んだ闇霊は低い姿勢から右手の『盗賊の短刀』を突き出した。

 

 刃を横に倒した、右脇の鎧の隙間を狙った一撃。切り裂く事に長けたその短刀ならば、確実に肺を切り裂いて絶命させれるだろう。

 

 だが、それを素直に受けるアストラではなく、思いっきり後ろに跳んで隙間に近い鎧の端を浅く削らせるだけに済ませた。

 闇霊はそれに動じることなくその勢いを使ってアストラの背後に両手を着くと、側転のような動きでアストラの兜を蹴り上げた。

 

 兜の一部がへこみ、それによる変形でただでさえ少ない視界が左目のみになる。

 これを嫌って被らない人もいるのだが、アストラは弓による狙撃や飛んでくる破片を考慮して装備している。しかし、今回ばかりはこれを悔やんだ。

 

 怯みを耐えてアストラは振り向きざまにシールドバッシュを直撃させ、闇霊の細い体を吹き飛ばした。

 

 吹き飛ばしたのがきっかけとなって『見えない体』が解除され、闇霊の姿が露わになる。

 黒革で作られた『盗賊』の装備に身を包み、武器は右手の『盗賊の短刀』のみという軽量装備。そして、細身の無駄な筋肉も脂肪も落とした体型。

 どう考えても力押しではなく、技量で攻めてくるタイプだ。

 

 相手は中腰で短刀を構えると、じりじりとアストラの周りを回り始めた。

 それを剣で威嚇しつつ盾をしまったアストラは空いた手で兜の前半分を開けようとするが、可動部分が歪んだようで動かない。それが分かった彼は兜もしまうと再び『紋章の盾』を手にした。

 

 闇霊は左手に武器を持っていはいないが、少なくとも魔術の素養がある事は確かだ。木の陰からの物音も『音送り』による物だろう。

 

 アストラはこのままでは埒が明かないと判断し、勢いよく闇霊に接近した。

 闇霊はその流れで放たれた勢いの乗った斬り払いを身を引いて躱すと、左手を振るってその袖から数本の投げナイフを飛ばす。

 アストラは顔に向かってくるそれを全て避けていては離脱されると判断し、避けられる物を判別すると当たる物も首や眼を外れるように考慮しながらそれを掻い潜った。

 直撃したのは二本。一本は頬肉に。もう一本は頬骨に突き刺さる。が、闇村の住人に頭を齧られた時よりはマシだと割り切り、アストラは盾も剣も闇霊に投げつけて、その隙を突いて闇霊に飛びかかった。

 

 闇霊が持つのは短刀だ。それを操る手が自由なまま接近すれば、あっという間にやられてしまうだろう。

 

 だが、アストラはそれを封じるために自ら左の掌を短刀に突き刺し、それを握る手を上から握ると闇霊の胸へと押し付ける。そして、馬乗りになった状態で右手にパリングダガーを手にすると闇霊の二の腕に突き刺して左腕を地面に縫い付けた。

 しかし、それでも諦めずに闇霊は二の腕の肉が千切れながらも固定から逃れると、ほとんど動かないその手に『粗布タリスマン』を握った。同時にアストラは右手を大きく上に振り上げ、右手に『太陽のタリスマン』を持った。

 

 闇霊は何をしようとしているのか気づいたのか、その身を必死に動かしてアストラの下から逃れようと奮闘する。だが、闇霊の力は弱く、アストラを突き飛ばすなどは不可能だろう。

 

 そんな闇霊を尻目に、アストラはタリスマンを握る力を強める。パンッという破裂音と共に、必死にもがき続ける闇霊のフードの内側が照らし出されるほどの光をもった槍が、アストラの手に出現した。

 

 金色に輝くその槍の表面は、弾ける空気によって常に音を立てている。

 

 何とか右腕を下から出し、闇霊が短刀を握る。

 だが、それをアストラに向けるよりも速く彼の腕が振られ、森に甲高い雷鳴が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上半身を無残にも失った闇霊の消滅を、木に背中を預けて座り込みながら虚ろな目で見送った。

 その鎧は無残に砕け、全身には複数の投げナイフが深々と突き刺さっていた。

 

 闇霊は元から防具の下に投げナイフを仕込んでおり、それを最後の奇跡『神の怒り』で射出したのだ。その奇跡の発動も頭を粉砕されかけた瞬間だった為、装備していた『赤い涙石の指輪』が発動、その威力を格段に上昇させた。

 それによって鎧が砕かれてからの投げナイフによる攻撃だったため、密着していた事もあってアストラは瀕死の重傷を負った。現に、もたれ掛る木はアストラの鮮血でベッタリと色を変えている。

 

 一度や二度なら死んでも大して問題はないことから玉砕覚悟の闇霊は久々だとアストラは苦笑いをすると、懐からエスト瓶を取出して一気に呷った。

 すると、傷は燃え上がる炎のように塞がり、刺さっていたナイフは落ち葉の上に落ちて重い音を立てる。

 

 これであと十九回だと考え、アストラは重い息を吐いた。

 

 人間性での回復の方が効果は高いが、使用してそれを溜めこめば先ほどのように闇霊に襲われる事となる。その闇霊も今回は一人だったが、戦闘している内にも増えて最終的に数人がかりで襲われるという事もあるのだ。

 そうなった場合、霊体を複数体召喚でもしていない限りは袋叩きに合って終わるだろう。

 他にも注意すべき事柄はあるが、一先ずはこれぐらいだろう。

 

 アストラは立ち上がって『ダークスーツ』を着ると、鎧と同じく損傷の激しい『ロングソード』と『紋章の盾』を回収して地面に置いた。損傷した鎧も同じくだ。そして『魔法』を使って『修復』を行い、それらを完全に直した。

 

 とにかく奥へ進もうとそれらをしまったアストラに、枯れ葉を踏みしめながら素早く移動する足音が聞こえた。

 先ほどとは違い、来る方向も距離も分かるような隠密を考えない接近の仕方だ。

 

 また連戦かとアストラは嫌気がさしながらも、迎撃のために『太陽のタリスマン』を右手で握りしめると、左手に『呪術の火』を出現させる。

 そして、『雷の大槍』を使用すると、その足音の主にピタリと狙いを定めた。

 

 もし正面からの力比べが得意な敵であった場合、アストラの勝利は難しいだろう。先ほどの戦闘で神経を磨り減らした上、瀕死の重傷を負った事によってかなりの体力が消耗されている。

 たとえ傷が治ろうとも、磨り減った神経や体力はそれほど回復しないのだ。雑兵相手ならまだしも、同等の実力を持つような相手ならば遅れを取ることは確実だろう。

 

 そして敵ではない、例えばセイバーなどであった時のためにアストラは接近してくる者が姿を現すのを待った。

 

「アストラ! 大丈夫ですか!?」

 

 そして、アストラが警戒しながら待ち構えていると、剣を手にしながら現れたのは鎧を纏ったセイバーだった。

 彼女は木の群から飛び出すと鬼気迫った様子でそう言った。

 

 それを見たアストラは武器をしまうと、さっきの敵は倒したと告げる。

 それと同時に、敵でなくてよかったと安堵した。

 

「先ほどの敵に関しては後で聞かせてもらいますが、キャスターのサーヴァントが侵入しました。……唾棄すべき事に、子供を人質に取っています。早く来て下さい!」

 

 そう言うとセイバーは額に青筋を浮かばせながらアストラが来た方向を走って戻り始めた。

 

 アストラは結局の連戦に呆れながらも追わねばならないと考え、『紋章の盾』と『ロングソード』を手にするとセイバーを追って駆け出した。


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