アーマードコアNXより、ジノーヴィー視点で描いてみたストーリー。
意味深な台詞の多い彼が地下で見たものとは…?

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【黒の頂き】

『黒の頂き』

 

 

「伏せろォーッ!!!」

 

俺の後ろにいた兵士があらん限りのデカい声で叫んだ。

頭がそれを理解するより早く体が反応し、俺たちの数十メートル頭上を一発の砲弾が飛んで行った。

 

砲弾は基地の宿舎に命中し、その瓦礫の細かな粉塵と破片が俺のヘルメットにパラパラと降り注ぐ。

 

ほんの数分前、俺たちのいる鉱山基地が襲撃を受けた。

空には飛行型のMTが我が物顔で飛び回り、地上からはダチョウのような逆脚のMTと

連隊規模(およそ1200人)の兵士がこちらに向かって銃撃と砲撃を雨のように降らせている。

相手の素性は分かってる、ミラージュのクソッタレ共だ。

 

「司令部聞こえますか!?こちらクレスト第42機甲部隊!応答願います!司令部!!」

 

さっきからウチの伍長が何度も何度も司令部に応援を要請しているが、どういう訳か全く無線が繋がりやしない。

無線機の故障なのか、回線をジャミングされているのか知らんが、とにかく状況は最悪だ。

 

この辺鄙な鉱山基地にミラージュの大部隊が押し寄せてきている。

基地自体は中規模だが、守備に就いている部隊は中隊(およそ200人前後)程だ。

前線でもなければ貴重な資源があるわけでもないこの基地に、大軍を寄こして奪う理由なんか無い筈なのに。

 

「クソが!何だってんだ!何であんな規模の数で攻めてくるんだ!?防ぎきれねぇぞ!!」

 

「泣き言言ってる暇があったらさっさと機銃に付け、伍長!!ここを守るんだ!」

 

キレる伍長をウチの髭面の軍曹が叱咤している。クソがぁああ!と雄たけびを上げ、重機関銃の銃座に付き、薄すぎる弾幕を張る伍長。

 

俺達の隊の隣で応戦していたCR‐MT77が敵の攻撃を受け大破した。コクピットが吹き飛んだMTがゆっくりと此方に向かって倒れ始める。

 

「うわああああああ!?倒れるぞォーッ!!!」

 

「下がれええええ!!下がるんだぁああああ!!」

 

巨大な鉄塊となったMTは地響きを立てながら地面に倒れこんだ。倒れた衝撃で爆発炎上するMT。

何とか押し潰されずに済んだが、生きた心地がしない。

何十機もいた此方のMTももう数えるほどしか居なくなってしまっている、それ以上に押し寄せる敵のMTが多すぎた。戦闘どころじゃなく、一方的な蹂躙になっている。

 

また一機、敵の飛行型MT‐BATの空爆を受け、味方のMTが破壊される。

 

「レイヴンは!?レイヴンはどうしたんですか?!こんな時のために高い金払って基地に駐留させてたんでしょ!?」

 

「俺の耳元で怒鳴るんじゃねーよバカ!!そこら辺に火ぃ吹いて転がってるか逃げちまったんじゃねぇのか!?」

 

そうだ、こんな時のためにレイヴンが居たんだ。まだ希望はある。

 

「こんな少ない数でどう守れってんですか!?!?手持ちの武器も少ねぇし空からはクソも降ってくる!このままじゃ俺達犬死にだ!!」

 

「これで誰か遠くを覗いてみろ!金食い虫様がどこでサボってんのか誰か本部にチクってやれ!!」

 

伍長が俺に向かってスナイパーライフルのスコープだけを投げつけてきた。

わずかな希望を胸に、スコープを除く俺。

 

そんな俺の微かな希望は、数秒後、落胆に変わった。

 

遥か前方で交戦しているAC(アーマード・コア)の姿があった。頭と左腕が吹き飛びながらも右手に構えたアホみたいに大きなマシンガンを乱射している。

ミラージュのMTを一機撃破したものの、他のMTから集中攻撃を受け、後退。

そのままACは地平線の彼方へと疾走し、姿を消した。

 

最悪だ---。

 

心の中で何かが音を立てて折れた。

ふざけんなよクソが。何のためにこっちが高い金払って雇ったと思って--。

怒りがこみ上げた瞬間、敵の砲撃が付近に着弾。俺の身体が瓦礫と一緒に吹き飛んだ。

 

「二等兵!おい!」

 

クソッ…耳鳴りが半端じゃない。軍曹が俺の名前を呼んでいるみたいだが全く聞こえやしない。

倒れた俺を抱え、後退する軍曹。思いっきり顔をビンタされ、俺は目を覚ます。

 

「手足はあるな!さっさと立て!」

 

鬼か…いや、ありがとうございます軍曹。

 

「軍曹!遠方にMT部隊多数!!およそ10機!」

 

高台にいた兵士から連絡が入る。

 

「どこの隊だ!?援軍か!?」

 

「いえ…!形状からするに…ミラージュのコアードMT‐OWLです!」

 

泣きっ面に蜂とはこのことかよ。

 

「あ……!AC!?ACも一緒に此方に向かってきます!に…二機も!!」

 

終わった。

 

守り切るどころの話じゃない。完全に殺しにかかって来ている。

 

それどころかこの基地を全部吹き飛ばせる規模の戦力投入じゃねぇか。

俺の周りにいる兵士達がみな顔面蒼白になっていた。軍曹も、伍長も、その場にいた全員が言葉を失った。

俺達の班じゃ手持ちの武器を集めてもMT一機破壊できるかどうかの火力だった。対戦車ミサイルはここまでくる道中で落としちまったし。

 

そういえば来週お袋の誕生日だったっけ、久しぶりに家族みんなで顔を合わせる約束してたのによ。

もう会えないんだと分かると、目から滝のように涙が溢れてきた。ライフルを抱え込み、その場にへたり込んでしまう。

 

爆音と銃声が周りに響き渡る中、俺達の周りだけが別世界のように静かだった。

 

軍曹も伍長も苦悶の表情を浮かべながら何も喋ろうとしない。

 

生き残っていた味方のMTが敵MTを一機だけ撃破したのが見えた。

敵MTが火を噴いて倒れるのを全員揃ってそれを見ていたが、悲壮感は拭えない。

 

どうにもならないんだ、もう。一機破壊したところで何も変わりは--。

 

いっそ敵に殺されるくらいなら、最後くらいは雄々しく。

そう思いかけた瞬間、爆音と独特の駆動音が辺りに響き渡る。

 

二機、三機と立て続けにミラージュのMTが爆発し、その場に崩れ落ちる。

大砲のような砲撃音がしたと思えば、ミラージュのOWLが大爆発を起こし、消し飛んだ。

 

なんだ!?何が起こってる!?

 

「ACだ!ACが来たぞ!レイヴンだ!味方のレイヴンが来てくれた!!」

 

先ほど高台にいた兵士の一人が大声で叫んでいる。AC?俺達の味方?

 

思わず仰け反ってしまう轟音だったが、恐る恐る瓦礫の壁から外を見てみる。

先ほどまで煩わしいまでに空を飛んでいたBATが火を噴き、地面に激突して爆散した。

 

空に向かって対空砲のように撃ち上げられた弾丸にBATが次々に撃墜されているのが見えた。

疾走する黒いAC。敵の砲撃を物ともせずに突っ込んでいく。

銃撃を受け、大破していくミラージュのOSTRICH。馬鹿みたいにデカいキャノンが展開され、轟音と共に撃ち出される砲弾。

 

それに直撃したOWLが横転し、周りを巻き込んで爆発した。

 

なんなんだ?すげえ…脳の処理が全然追いつかん。どんどんミラージュのMT部隊を撃破していくあのAC、一体--。

 

「あれは……あのAC……ジノーヴィー?…ジノーヴィーだ!!!ジノーヴィーが来てくれた!!!」

 

あの軍曹がガキみたいに叫んでいる。マジかよ…!と伍長も声を高ぶらせる。

きょとんとした俺達新米の顔を見て興奮しながら叫ぶ。

 

「アリーナのトップランカーだよこのバカ者ども!!応援要請も出してないのに此処に来てくれたのか……!」

 

大の男が涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらあの黒いACの雄姿を眺めている。

戦場の空気が変わったように感じた。何が何だかよく分からないがとにかくすげえ…。

あの大軍を前に互角に渡り合うどころか逆に圧倒している。

 

ミラージュのACが一機、グレネードキャノンを受け轟沈した。

燃え盛る味方のACの残骸を見て、じりじりと後ずさりするもう一機のAC。

 

黒いACが赤く輝く一つ目で静かにもう一機のACを睨み付ける。

なんだよあの目…。あんなのに睨まれたら失禁どころじゃ済まないぞ。

 

堪らず撤退を始めるAC、同時に攻め込んできた部隊も蜘蛛の子を散らすように後退を始めた。

追い打つことなく、敵の撤退を静かに見つめる黒いAC。

 

すげぇ……本当にすげぇ…。たった一機で、俺達を助けてくれた…。

 

 <<皆よく耐えてくれた、もう、大丈夫だ>>

 

黒いACから聞える男の声。これがあれに乗ってるパイロットの声か。

 

俺はこの日から、アンタのファンになったよ。

 

------------------------

 

 

右手の震えが止まらなくなる時がある。

 

私の意志ではなく、自然とこうなったのだ。

 

懐中時計を握る手が小刻みに震え、静かな部屋にカチカチと響き渡る。

 

医者は神経症の一種かもしれないと言っていたが、詳しいことは分からないと言っていた。

長く戦場にいる後遺症なのか、はたまた精神からくる症状なのか。無論私は医者ではないから分からないが。

 

 

心当たりがあると言われれば、有る。

 

 

だがそれは、これから会う男にしか話せない理由だ。

 

 

……。

 

 

貴方は、絶望を感じたことはあるだろうか?

 

私はある。

 

それなりにキャリアの長い傭兵なら死線の一つや二つは越えたことがある筈だ。

 

数多くの戦場、数多くの死地。潜り抜けてきた修羅場の数が経験となり、また私の自信でもあった。

 

かつて、『管理者』と呼ばれた世界の秩序を破壊し、人類を地上へと解き放った『イレギュラー(異端者)』。

 

かつて、『サイレントライン』の侵食を食い止め、暴走した管理AIを破壊し、世界を救った伝説の『英雄』。

この世界に生きている子供なら誰でも知っている御伽話だ。

 

これは本当の話だという者もいれば、そんなものただの作り話だと嘲笑する者もいる。

幼いころに聞かされた彼らの英雄譚。ワクワクしながら私は聞いていた。

 

いつか私もレイヴンになって世界を救ってみたい。彼らのように、強くなりたいと純粋に憧れた。正直、今でも私はこの御伽話を信じている。

 

 

だが。

 

私は---私は、臆した。

 

トップランカーでありながら、臆した。

 

彼らなら---かつて世界を変えた彼らなら、『アレ』を目の当たりにして、一体どうしただろうか---?

 

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『お待たせしてしまって申し訳ない、研究室を抜け出すのに少々手間取ってしまいまして。』

 

ノックされたドアが開き、髪を結った銀髪の男が部屋に入ってくる。

軽く謝罪と弁解を済ませた彼は、私の向かい側にあったソファーにゆっくり腰掛ける。

 

「君の父に、頼まれたことがある。彼の最後の願いを叶えるために、私は君に会いに来た。」

 

男は私の切り出した話を聞くと、察したように悲しそうな顔をした。

 

「すまない…」

 

『いえ、父も覚悟はしていました、貴方のせいではありません。』

 

少しの沈黙の後、此方から話を切り出す。

 

「私は君と、君の父がこれから何をしようとしたのか、全て知っている。それを踏まえたうえで、

この映像を見てほしい。」

 

私は胸のポケットにしまっておいた携帯用のディスプレイを取り出し、服の首の後ろの襟に隠しておいた

マイクロチップを取り出して端末に差し込んだ。それを男に向かって観るように差し出す。

しばらくして、映像と音声が流れ始めた。

 

 <<調査隊を送り込んでおいて全滅か、フン、役立たずめ…>>

 

数分ほど映像を見ていた男の表情が、ある場面を境に見る見るうちに変わっていく。

 

『これは……なんだ…?何故こんなものが地下に…!?」

 

食い入るように画面を見つめる彼を見つめながら話の続きを切り出す。

 

「私が彼のところに来たときはもう手遅れだった。彼は私のACに向けて君宛のこのデータを渡したんだ。」

 

『では…貴方もコレを見たのですか?』

 

「あぁ…確かにそこに、それは【在った】。」

 

---。

 

私は数日前、クレスト、ナービス、キサラギの三社による極秘中の極秘任務に当たった。

トップシークレット扱いの任務ということで、クレスト側のレイヴンとして私が派遣されたのだ。

鉱山内の探索任務だったが、ナービスからはジャック・O、キサラギ側からは烏大老といった腕利きのレイヴンが派遣されると聞いた。

探索任務に上位ランカーレイヴンを派遣する任務など聞いたことがない。

その時点で嫌な予感しかしなかった。

 

ACを探索用の装備に換装させると、私達3人は別々のルートから鉱山の中に進入した。

 

 <<俺の方はスカだな、これ以上探索しても意味はなさそうだ、撤退する。>>

 

探索を初めて一時間ほど経過しただろうか、烏大老が担当したルートのマッピングを終えて撤収。残りを私とジャックだけで探索を進める。

奥へ奥へ進むにつれて通信に障害が出始めてくる。この時は鉱山にある鉱石の磁気のせいだと私は思っていた。

 

鉱山の最深部であろう所に差し掛かった時に、明らかに周りの岩とは違った材質の壁を見つけた。

すでに何者かが爆破した後のような穴が出来ており、ACを進ませる。歩を進ませたと同時に、暴力的なECMがデュアルフェイスを襲った。

換装した左ハードポイントの対ECMレーダーが作動するも、凄まじいまでのECMの出力なのかほとんど意味を成さなかった。

 

「くっ…」

 

機体のコンソールを作動させ、外部との通信を開こうとするも全く反応がない。

友軍であるジャックとの通信も完全に途絶える。

 

破壊されているクレスト社のMTとガードメカの残骸。恐らく調査隊のものだ、ここに来ていたのか。

 

暴力的なECMに耐えながら、更に奥へ進んでいく。

 

「なんだ……これは…!?」

 

巨大な部屋の一面に見たことのない人型兵器が貯蔵されている。

既存のACに似ているが、こんなパーツのACは見たことがない、まるでホルマリン漬けされた生物のようにそれらは並んでいた。

 

更に奥へ。更に奥へと歩みを進める。

 

どれほど長い時間をかけて奥に進んだだろう。

 

---。

 

 

そして私は見た。

 

旧世代の遺産と呼ばれたこれらを遥かに上回る異形のモノを。

 

我々人間が決して触れてはいけないモノを。

 

「ソレ」は、巨大な部屋の中心に繭の様なもので覆われ、存在していた。

 

昆虫のような鋭利な形状がうっすらと見える。青く、不気味にすら輝く突起のある身体。

 

カプセルのような繭が鈍く光っては消え、光っては消えを繰り返している。

 

私は察した。これは生きているのだと。まるで生き物のように鼓動をしているのだと。

 

……。

 

破壊しなくてはならない。なぜか私は強く感じた。いつか目覚めるであろうこれを今ここで。

 

アサルトライフルを向けようとする右手が震える。トリガーが引けない。

手のひらにじんわりと汗が滲んでくる。額から頬に伝う汗、顎に留まり、落ちる。

 

無限のような時を感じた。一刻も早くここを離れなければならない、本能が危険を告げている。

 

そう思うが身体が動かない。

 

人智を超えた何かに見据えられているかのような重圧、複数の目が私を見、そして縛るように。

 

私は…勝てるのか…?コレに…。

 

不意に何かを受信した。釘付けになっていた繭から目を離すと、近くに大破したACが居ることに気づく。ジャックのAC、フォックス・アイだった。

 

通信は出来ない。だが、彼が何を言おうとしたのかはデータを見て分かった。

これを私は、何が何でも届けなければならない、そう感じた。

送り名の書かれた彼の息子であろう人間のもとに。

 

再び繭に目を向けた瞬間、頭の中に流れ込んでくる声。

 

オマエモ---チガウ---。

 

「ぐッ…!!!」

 

突如激しい頭痛が襲う。

 

ハイジョセヨ---。

 

目の前に現れた浮遊する複数の人型の起動兵器。

 

【ターゲットヲカクニン---排除、排除、排除、】

 

【排除、排除、ハイジョ、ハイジョ、ハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョ】

 

 

逃げなくては--。

 

震えていた右手が動く。デュアルフェイスが即座に私の意志に応え、起動した--。

 

------------。

 

 

「私は、無力だった…。」

 

『いえ、貴方が居なければ父は無駄死にでした。ありがとう、ジノーヴィー。』

 

優しく肩に手をかけるように、言葉をかけてくる。彼の顔は不思議と澄んでいた。

 

『私はこれからレイヴンズアークに楔を打ち込みます、そして、父の名を継ぎ、アークの主権を握るつもりです。目的がはっきりしました。私は来るべき日に向けて、動かねばならない。』

 

男の目の奥に不敵な光が見える。ACの研究者とは思えない腹の座った眼、その眼はレイヴンであった父によく似ていた。

 

『企業は旧世代の遺産を巡っていずれはコレに触れる時が来る、そうなる前に何としても戦力を整えなくては』

 

レイヴンズアークを中心に戦力が整えば、人類にはまだ勝機があるのかもしれない。

企業同士の争いが激化し、手遅れになる前になら或いは…。

 

「アレを目覚めさせないことに越したことはない、もし、クレスト社が遺産を手に入れようと考えるのなら…私が止めよう、必ず、止めて見せる。」

 

『貴方が居れば心強い、父の件を含め重ね重ねお礼を申し上げます。ジノーヴィ、本当にありがとう。』

 

男は深々とお辞儀をすると、白衣の襟元を正し、やや足早に部屋を出て行った。

 

右手がまた震え始める。それを制すかのように強く右手を握りしめ、自分も足早にドアに向かった。

 

---------------。

 

幾重にも重ねられた装甲が辺り一面に弾け飛ぶ。

コアブロックが半分程吹き飛んだACがゆっくりとその場に崩れ落ちた。

 

装甲から剥き出しになった電気系統からバチバチとスパークを上げ、ACのアイカメラがゆっくりと消えてゆく。やがて炎がACを包み、そのACは動かなくなった。

 

ゆらゆらと陽炎のように揺れる視界、強く目を瞑り、それを制す。

コンソールを操作し、冷却コマンドを実行、フル稼働で機体を休ませる。

 

これで四機目。

 

旧世代の遺産を嗅ぎ付けたクレスト本社の命令は予想した通りのものだった。

遺産を眠らせておくべきと主張したクレスト支社(前線部隊)を反乱分子と決定し、粛清を決行してきたのだ。

 

底知れぬ人の欲望、哀れとしか言いようがない。

 

方々で火の手が上がり、廃墟となったペイロードシティ。

眼下に見据えるのは敵味方入り乱れた残骸。炎と黒煙、そして肉の焼けるような臭いが辺り一面に広がる。

 

膝を折り、鎮座するデュアルフェイスの中で、その有様を見つめていた。

 

大型グレネードランチャーを二門携えたアセンブル。かつて対峙したアレとの戦闘を想定し、

有り余る火力とクレストによる独自の技術を搭載したジノーヴィー専用の機体。

その過剰なまでの火力が、押し寄せる本社の軍と、追手のACを既に四機退けている。

 

クレスト支社は永らくクレストの前線を支え続けた部隊を多く要し、ジノーヴィー自身も彼らとは何度も共に任務をこなしたこともあった。

そして彼ら自身、これまでの戦いで旧世代の遺産の片鱗に触れてしまっている。

真相を知り、本社に抗ってまで尚戦い続けようとする彼らを、どうして見捨てることなど出来るだろうか?

 

彼等の殿軍(しんがり)は、私が引き受ける。

 

それは、今の私にしか出来ない役目だ。

 

機体の損傷状況をコンソールでチェックし終え、破壊された武器コンテナから新たなライフルを取り出し、機体の手で握りしめる。

 

レーダーに敵性反応を一機確認、恐らく本社が差し向けた新手のACか。

 

「裏切られることなど、傭兵の常とはいえ…」

 

機体のアイセンサーが鈍く輝く。

 

戦闘モード起動、コンソールの操作に共鳴した機体が重苦しい駆動音と共に立ち上がる--。

 

----

 

ミサイルポッドから開け放たれる弾頭が白線の尾を描きながら此方に飛来する。

複数の熱源を感知したショルダーユニットのミサイル迎撃システムが襲い来る飛体めがけて放たれた。

空中でミサイル同士がぶつかり合い、互いの視界を遮る。

 

戦術コンピュータが敵ACの名称を伝えてくるが、爆音で音声が掻き消される。

既に知った顔だ、今更名乗り直すほど知らぬ顔ではない。

クレスト白兵戦型を模した赤いAC、かつて新進気鋭のエヴァンジェと同様、AC演習での肩慣らし相手。あの時はその程度の実力のレイヴンだった。

 

ただ、ここで出会ってしまった以上、選択肢は限られる。

 

力なき正義は無力、正義なき力は暴力。

全てを跳ね除け、焼き尽くす暴力こそ、この戦場を支配する力。

所詮この世は弱肉強食、悲しいまでに理不尽な真実。一切の慈悲など無い、それは私自身、これまで嫌という程経験してきた。

 

あの時のように手加減など出来ない。

 

「今この瞬間は、力こそが全てだ…!」

 

ペイロードシティ街のストリートを疾走する赤と黒の機影。

ビルを間に挟みながらアサルトライフルとマシンガンの銃撃が飛び交う。

それこそが答え、言葉を超えた行動こそが何よりの真意。レイヴン同士ならばそれが正しい。

 

銃撃によってビルの窓ガラスや剥がれた外壁が降り注ぎ、粉塵が視界を曇らせる。

だが、互いに光るモノアイは相手を捉え続け、離さない。

 

デュアルフェイス右肩の大型グレネードキャノンの一門がせり上がり、疾走する赤いACに狙いを定める。

並のレイヴンなら爆発物の使用を躊躇う状況で、迷いなくコンソールの砲撃コマンドを叩き込む。

砲撃。空気を穿つ重音と共に放たれた砲弾はビルとビルの僅かな隙間を掠めるように貫き、反対側の赤いACに命中する---筈だった。

 

グレネード弾が赤い残像を撃ち抜き、背後にそびえ立つビルを吹き飛ばす。

OB(オーバードブースト)によって加速した赤いACは爆発的な推力によってグレネード弾を回避、デュアルフェイスの遙か先へと走り抜ける。

 

あの時とは違う、確かに感じる強者の感覚。

確かな経験を積み、確かな強者になったか。

 

「面白い…」

 

フットペダルを踏み込み、ブースター口が大きく展開、弾ける。

独自の調整がなされた高出力エネルギーの炎が、漆黒の巨人の身体を加速させる。

 

交差点、ドリフトのように急旋回した赤いACから放たれる無数のミサイル。

一本の曲線を引く槍のように迫る弾頭。機体を左に引きつけ、右に大きく切り返し、白線の外側を縫うようにくぐり抜ける。

 

スピードに乗り、赤いACの懐めがけて潜り込んでゆく。

収縮された左腕のブレードユニットが光を発し、形成される刀身。

狙いは左腕部から胴体、装甲を固めた重量機ですら直撃すればひとたまりもないダガーブレード。

 

ブチ当たる様に横薙ぎの一撃、左に抜けるように抉り飛ぶ外壁。

必中の一撃は巨大なビルの外壁と、鉄骨を叩き斬るだけに終わる。

 

避けた?

 

デュアルフェイスのモノアイが左視線に抜け出た赤いACの軌跡を追う。

左視界から此方を狙う肩の軽グレネードキャノン。

反射的にバックブーストコマンドを叩き込み、フットペダルを踏み込む。

眼前スレスレを砲弾が掠め、叩き斬ったビルに着弾。柱がへし折れ、自らの重みに耐え切れなくなったビルがストリートを分断するように倒壊を始める。

 

立ち込めた粉塵が収まるのを待つ間もなく、次の一手を幾重にも頭で張り巡らせる。

対称的に赤いACは微動だにせず此方を見据えていた。

 

一見無防備に見えるが隙がなく、演習の時の新人らしさなど微塵も残ってはいない。

完全に戦闘に適応したレイヴンの動き、いや、それ以上の資質と底知れぬ恐怖を感じた。

渾身の一撃を躱された瞬間、脳裏によぎった僅かな可能性。

 

まさか。

 

 ≪ドミナント≫---?。

 

先天性的戦闘適合者。その戦闘力は企業間のパワーバランスすら崩壊させ、世界の秩序そのものを破壊しかねない異端者(イレギュラー)。

数多いた強者の中でも、伝説的なレイヴンは皆、ドミナントという存在であったと聞いた。

 

もしも、この赤いACに乗るレイヴンが伝承にある彼等と同じ存在だとしたら--。

 

黒い機体が吹き飛び、無残にも破壊される姿が目に浮かぶ。敗北と死、これまで生きた証が脳裏に浮かんでは消えていった。

 

大きく息を吸い込み、大きく吐き出し、気を落ち着かせる。

 

まったく、直ぐに物事を嫌な方に考えてしまう、それは私の悪い癖だった。

 

例えこのレイヴンがイレギュラーや英雄と呼ばれたレイヴン達と等しい存在だとしても、決して私は退くわけにはいかない。

 

いつの間にか震えていた右手を制し、コクピットに映る赤いACを睨み付ける。

 

答えなど、初めから分かり切っていたこと。

 

私は、レイヴンズアークのトップランカー、戦いを挑まれれば受けて立つ、それだけだ。

 

燃えるようなジノーヴィーの意志を汲み取る様に、デュアルフェイスのジェネレーターが起動音を荒げながら巻き上がり、黒い機体が同調する。

 

同時にトリガーを握りしめた右腕の震えがピタリと止まった。

 

 

君が本当に彼等と同じだと言うのなら--。

 

 

「私を超えてみろッッ…!!!!」

 

--------------

 

交差する赤と黒。

高速で動く鋼鉄の巨人が二機、その巨体を軋ませながら肉薄する。

虚空を切り裂く無数の弾丸と、圧倒的な力と力のぶつかり合いがその場を支配していた。

他に何も捉えず、ただ目の前にいる敵を破壊するためだけに我々はここに存在する。

 

地面を削り、火花を散らしながら迫る赤いAC、押し寄せるマシンガンの弾幕がデュアルフェイスの装甲を削り飛ばす。

先の戦闘で消耗した複合装甲がどこまで耐え切れるか、対実弾衝撃力に定評のあるクレスト製パーツで構成されている機体とは言え、相手が只のレイヴンでない以上無傷では済まないだろう。

 

二機のACは炎を巻き込みながら激しく急旋回、竜巻のような渦を巻き上げながら弾丸の乱打を浴びせる。

小刻みに機体を左右に振りながら此方の銃撃を巧みに避ける赤いAC。

中量機ながら軽量装備の武装は見た目以上の速度を維持している。

片や此方は両肩のハードポイントに搭載されたグレネードキャノンの重量がサテライト機動を鈍らせていた。

 

旋回戦では向こうに分がある、だが。

 

機体を飛び上がらせ、照準。右肩の重砲が赤いACのいた地面を轟々と吹き飛ばす。

コンクリートがめくれ上がった地面は瓦礫を巻き上げながら、まるで月のクレーターのように陥没する。

 

火力では此方に分がある--。

 

一撃でも受ければ即座に機能停止に追い込める破壊力がこの機体にはあるのだ。

 

言葉で並べれば至極単純、しかし。

 

二度三度の砲撃を滑るように機体をいなされ、回避される。

装填にかかる僅かな時間を見抜き急接近、マシンガンを叩き込んでは離れていくヒット&アウェイは見事としか言いようがない。堪らず後退する。

 

幾千もの戦場を駆け抜けたジノーヴィーが熟練の戦士であると同じく、赤いACを駆るレイヴンもまた、過酷な戦場を戦い抜いてきた実績がある。

場数ではジノーヴィーが勝るが、対するこのレイヴンもあれから幾つも死地は潜って来たようだ。

 

突き刺さる様な突進から振りかぶられるロングレンジレーザーブレード。

此方が一瞬でも臆したと見るや猛然とした追撃。展開された赤いエネルギーの帯で右のエクステンションを切り飛ばされる。

 

単純な機体性能の差、戦況の把握、数手先を読む速さ、反応速度--。

エヴァンジェも筋のある方だったが、このレイヴンには及ばない。

 

やはり何かが違う、今までに戦ってきたレイヴン達とは違う何かが。

 

生まれ持った戦闘の適性、天賦の才能、機体操縦の才能、どれもジノーヴィーには初めから無いものだった。それは彼自身がよく分かっている。

 

それでも彼をここまで押し上げたのは血の滲む努力と死地を潜り抜けてきた経験の賜物。

今日まで生き抜き、ここに居ることが何よりの証。

 

死地であればあるほど研ぎ澄まされた彼の生存本能が刃のように煌めく。

 

「舐めるなッ…!!」

 

接敵し、ブレードで斬りかかる瞬間の間合いを潰すように体当たり。自らの機体を鉄塊に変えてブチ当たる。

純粋な質量を載せた捨て身の反撃、重苦しい金属音、まるで鋼鉄が悲鳴を上げたかのような音が木霊する。

機体同士のフレームがひしゃげる音と同時に赤いACが大きく吹き飛ぶ。

 

間髪入れずにフットペダルを踏み込み、ブースターを唸らせる。

 

押し進む機体で間合いを突き詰め、速射に秀でた水平構えのバースト射撃。

マズルフラッシュが弾け、放たれたライフル弾は赤いACのアイカメラを粉砕、同時に展開されるダガーブレード。赤いACがたたらを踏んで退いた。

 

もらった。

 

グレネードキャノンの砲身が連結され終わる。ブレードを囮に使ったキャノンの一撃。

ダガーブレードのプレッシャーに退く心理を逆手に取った必殺の戦術。

砲撃コマンドを叩くのと赤いACが踏みとどまったのはほぼ同時だった。

 

必殺の大口径榴弾は赤いACの右エクステンションを吹き飛ばした代わりに、此方の視界に移るのはロングレンジレーザーブレードの赤い刀身。

 

斬り落とされる右のグレネードバレル。砲身と装填部に異常な熱量。

戦術コンピュータが危険を告げる前にハードポイントのマニピュレータ部分の火薬が弾け、グレネードキャノンをパージ。その場で大爆発を起こす。

 

少しでも離れるのが遅かったら機体が大破していた。爆発の煙に紛れて即座に距離を取って疾走していたが、機体後方部に衝撃が走る。

 

追撃を許してしまっているようだ、僅かでも休む暇すら与えないつもりか。連続して放たれてくるミサイルの群れを空中機動で撹乱し、避けきる。

続けてくる第二波はビル群を盾にしてなんとかやり過ごした。

 

吹き飛ばされたビルのガラスがキラキラと舞う中、獰猛な獣の如く赤く光るACのモノアイがデュアルフェイスを狙い続ける。

マズルフラッシュが弾け、マシンガンの弾丸が迫りくる。

機体を左右に振り、回避を試みるも、なぎ払うかのように迫る弾幕に被弾。

 

火花を散らしながらのドリフトターン。狙いすました左肩の砲撃は再び赤い残像を撃ちぬくだけに終わる。

 

視界左上からの強襲、放たれる弾丸が此方の装甲を抉り取る。

空中で展開されるレーザーブレード、そのまま空中から一気に斬りかかるつもりか。

キャノンの装填が間に合わない。ライフルでは迎撃力に乏しい、なら--。

 

パージによって左に傾いた重心を右足に乗せて鋭く回転、ダガーブレードが収縮され、橙色の刀身が形成される。

斬りかかる二つの機影、迫る赤い刀身が視界一杯に広がった--。

 

-------------

 

 

『良い加減専属契約を受けたらどうだ?その方がクレストも喜ぶぞ?』

 

「アークの規約に反するだろう、私はこのままでいい」

 

クレストが保有する野外ハンガーでアグラーヤに言われたことを思い出した。

殆ど専属契約のような身でありながら、レイヴンズアークの傭兵として生きる意味など無いだろう、と。

 

クレスト・インダストリアルのエースパイロットとして前線に在り続け、ミラージュやその他の企業からは『赤い星』と呼ばれ恐れられている彼女からすれば、わざわざキサラギや新興企業のナービスの依頼などを受けて時間を無駄に費やすなと言いたいらしい。

 

クレスト社の過剰なバックアップを受けながら専属契約を受けず、敢えてアークの傭兵として働くジノーヴィーの考えを彼女は理解できないのだ。

 

『そこまで意地を張るからにはそれなりの理由があるんだr…』

 

「アリーナだよ」

 

『は?』

 

猫のような目を更に丸くしてきょとんとするアグラーヤ。

 

『ど、どういう意味だ?』

 

「だからアリーナだよ、専属契約をしてしまったらアリーナには参加できないじゃないか」

 

レイヴンズアークが主催するバトルアリーナには原則としてアークに所属するレイヴンのみが参加できる。専属契約を受けているレイヴン達は無論このアリーナには参加できない決まりになっている。

 

「アリーナは良いぞ、あの声援、一度君にも経験してもらいたいものだ」

 

『わ、わからない、男の考える事など私には…』

 

両手で頭を抱えながらふるふると頭を横に振り続けるアグラーヤ。

実戦のみに生きる彼女にとってはふざけた答えかも知れないが、私は至って真面目に返した。嘘ではない。

 

『お前が本当にアークのトップランカーなのか、時々疑いたくなるぞ…』

 

「失礼な…それはそうと、そろそろ時間じゃないのか?」

 

時計を見つめながらそう促す。

 

はっ、とした顔でAC用ハンガーにアグラーヤは駆け戻っていく。

 

 <<今度演習に付き合え、絶対だぞ>>

 

ブースターを吹かせながら目の前をジオハーツが出撃してゆく。

その速度は僅かにいつもよりも速いように感じた。

 

駆け抜けていく彼女の背中を見えなくなるまで見届けていた。地平の彼方に消えて行くまでずっと--。

 

------------------

 

 

あのアグラーヤが敗れた。その一報を聞いた時はにわかに信じ難かった。

彼女ほどの強者が敗れるなど、そうそうあるのもではないと思っていた、それが今確信に変わる。

 

強さの底が全く見えない、人ではない何かと戦っているかのようにすら思える強さ。

 

弾け飛んだ複合装甲の塊が宙に舞い、砕け散る。まるで嵐の中に居て身を裂かれているようにすら感じる。息をつく暇もない攻防、灼熱地獄となった街で暴風が吹き荒れる。

 

焼けつくように身体が熱い--。滴る汗が眉間を通り、バイザーから吸い込む空気が焼けるように肺にへばり付く。

 

斬撃と銃撃。装甲と機体が悲鳴をあげる。

戦術コンピュータが損傷を受けた部位を警告し続けていた。警告のイエローと危険のレッド、機体を表す簡易画面が破損度を表示している。

 

もう限界寸前だった。

 

エクステンションが破損し、飛来するミサイルをアサルトライフルで迎撃し続ける。

グレネードキャノンが地に落ち、速度を上げたデュアルフェイスがレイヴンの赤いACに肉薄する。

弾け飛ぶ赤と黒の装甲、斬りつけるブレードが互いの身体を抉っていく。

 

コクピットを襲う衝撃、頭を強く打ち、バイザーから割れでた血が視界を染め上げてゆく。

 

踏み込んでくる赤い斬撃、ダガーブレードを使って間合いを潰し、いなす。

踵を返す刀でコアを切り裂く---浅かった。赤いACは止まらない。水平に構えたライフルが切り飛ばされる。

 

 

軽グレネードの砲撃、体勢を立て直すほんの僅かな隙を突かれ直撃を許す。

コアの装甲がグシャグシャに吹き飛び、よろよろと後退。

 

 

 

強い--。

 

 

 

飛びかけた意識の中で強く感じる。

 

格納用少グレネード銃を構え、撃ちだす。コアに命中させ噴煙を上げるも、爆炎を突き抜け止まること無く迫り来る赤いAC。

光のないモノアイと赤い残光、それが嵐のように襲いかかってくる。

 

構えていた右腕が斬り落とされ、落ちる。二撃、三撃と、続けざまに斬り抉られる機体。

 

 

 

本当に強い--。

 

 

 

赤い残光が乱舞のように乱れ撃つ。メッタ斬りにされ、よろよろと崩れかかるデュアルフェイス。

 

 

 

あの時とは比べ物にならないほどに--。

 

 

 

気がつけば、機体が宙に舞っていた。崩れ落ちたビルの瓦礫の山に叩きつけられる。

得も言われぬ嘔吐感とともに、コクピット内に鮮血をぶちまける。周辺機器がバチバチとスパークを上げ、炎を上げ始めていた。

 

消えかかったモノアイで見上げる、僅かに生きていたアイカメラが捉えたのはマシンガンを此方に突きつけた

赤いACの姿。空のマガジンに弾丸が装填される音が聞こえる。

 

「旧世代の遺産が人類にもたらすもの…それは…繁栄ではない…」

 

フラッシュバックのように脳裏に焼き付いたあの異形の姿。

あの恐ろしいモノに比べれば、我々人間など、余りにも…余りにも無力だ。

 

「小さな存在だな…私も…君も…」

 

あんなものをこの世に解き放ってはいけない--。

 

「もしかしたら君も…私と同じ…」

 

同じ末路を辿ってしまうのかもしれない--。

 

だが君が、世界を変えた彼らと同じ存在なら。同じ存在だというのならば。

 

 

 

救ってくれ--。

 

 

 

銃声に掻き消される声、弾丸の雨が機体に降り注ぐ。

 

彼は、それを拒むこと無く受け入れた。

 

行き場の無くなったエネルギーが暴発し、炎が機体を包んでいった。

 

まるで薄衣のように身体を包みこむ炎。

 

激しく燃え盛る炎は全てを焼き尽くしてゆく。

 

何もかもを。

 

真っ黒に。

 

 

※ ※ ※

 

 

デュアルフェイス撃破。

 

その一報は、瞬く間に全土へと波及する。

 

彼と共に戦い、命を救われた者達は泣き崩れ、その死を拒んだ。

 

ただひたすらに強くあろうとした彼が目指したのは、幼い頃に憧れた英雄たちの姿だった。

 

世界を変える力を持ったレイヴン、彼は自分自身がそうでないことに気がついていた。

 

だからこそ彼は足掻いた。少しでも英雄たちのように強くなりたいと。

 

しかし、彼は一つ気が付いていなかった。

 

彼に戦場で命を救われた者達。

 

彼に憧れ、彼の後を追ってレイヴンになった者達。

 

彼の活躍を、目を輝かせながらアリーナで観戦していた大勢の子ども達。

 

その皆にとって。

 

彼もまた、英雄であったことに--。

 

 

---END




ジノーヴィーが一番好きなトップランカーかもしれません。


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