力もないのに大きなことを計画すること。
深い深い、結晶の奥地。
透き通るような青。全てを見通すような紫。何もかもが光を映し、飲み込んでいる。
そんな結晶に満たされたその空間は、今日も生き物の胎動のような音を響かせていた。地上の研究所にすら届かないほど微かな、けれど確かな鼓動だった。
「……お前は、本当に目覚めるのかな」
そんな結晶の、さらに奥。そこには、俺の体をも悠に超えるほど巨大な結局が一つ。
――いや、結晶とは安易に呼べないかもしれない。その見た目は、どう見ても球だった。
鋭い結晶に囲まれて。伸びきった結晶は、緩やかな曲線を描いていって。そうして構成されたその結晶は、さながら炉のようでもあった。命の灯火を燃やす、温かな炉。
「このお寝坊さんが。……どことなく、あいつに似てる……かも」
そう思うと、ふっと笑みが溢れる。
何度呼んでもなかなか起きようとしない姿は、まるでミューのよう。なんだか、とても懐かしく思えた。
「……まぁ、お前はまだゆっくりしててもいいよ。もうちょっと寝てな」
ゼノラージ。この中で眠っている奴の名前だ。
結晶の地の、奥の奥。研究所のさらに地下で、こいつはずっと眠り続けている。まだまだ小さなその体は、細胞分裂の黎明期と言えよう。とても兵器運用は出来ず、研究も凍結されてしまった失敗作────それがこいつだった。
とはいえ、フィリアのように研究所ごと燃やされたのではない。成長が遅すぎるために凍結されたのだ。そこで見限るのも、馬鹿馬鹿しい話だと思う。
「食いもんは、ずっと流れてくるからさ……」
蜘蛛の巣の如く張り巡らせた龍脈は、今日もこの地に染み込む龍の生体エネルギーを送ってくれた。ゼノラージは、それに満たされてすくすくと育っている。
「飯が足りなくなることはないと思うけど、もしあれだったら……なんか、呼び寄せたりしてみてくれ。……なんて、無茶ぶりか」
少し冗談っぽくそう言うと、中の命は微かに揺れた。何かを訴えているようにすら見える。俺の無茶ぶりに、困っているのかもしれない。可愛い奴だ。
――俺が残せるものは、なんだろう。下手したら、こいつくらいしかないかもしれない。
「……もし俺がダメだったら。そしたらさ、代わりに……お前が――――」
まるで懇願するかのように。そっと、その炉に俺は手を触れた。
分厚い膜のような感触の奥から、心臓のように揺れる鼓動を聞いた。
◆ ◆ ◆
その日は、西シュレイドにとって記念すべき日となった。
それもそうだ。人々が望んでいたものが、ついに完成したからだ。この国の救世主が、とうとう目を開けたからだ。
「エスカドラ……とうとう、完成させたな」
「はい、エンデさん」
格納庫で眠るその機竜を前に、エンデ兵団長は嬉しそうな顔でそう言った。彼の二重顎が、慌ただしく揺れる。
「とうとう明日となった、か。残りの整備も頼むぞ。丁寧で確実な整備をな」
「本当に微調整ですが、手は抜きません。ところでエンデさん、どうしてこちらに?」
「愚問だよ君。これはこの国の最後の希望なのだから。我々シュレイドの集大成なのだから」
「……集大成……」
「そうだ。明日は、出撃セレモニーだ。となると、国の代表が出席しない訳にはいかないだろう? この国の希望を、見送らない訳にはいかないだろう?」
もっともらしい言葉だった。
確かに、今本土の戦況は非常に芳しくない。南東の海は急激に水温が上昇し、生態系に異常が発生していることが確認された。それに伴ってか飛竜や海竜の活動も活発になり、敵対国だけの対応では終われない状況と化している。
どころか、ゲイボルギアも非常に活発だ。ここ最近の竜操騎兵は熟練度が増しており、過去のようにはいかないほどの戦力となっている。第二世代の竜機兵も、部隊相手には撃墜されることもあった。
――――いよいよ、エスカドラが必要だ。
そう、エンデが口にしたことが印象深い。それほどまでに戦況は悪化し、竜機兵はその数を減らしているのだ。
そして何より、ゴグマゴグとの通信が途絶えたことが大きかった。
ゴグマゴグの適応者、ラムダは行方不明。
ゲイボルギアの奥地――あの海を隔てた樹海の果てに、彼は突然行方不明になってしまった。死んでしまったのか、生きてはいるのか。それすら分からない。
「エスカドラで、世界は変わるのでしょうか……」
「変わるさ。あれは到達点だ。新世代の幕開けとなるだろう」
「……それは、新たな竜機兵の、ということですか?」
「その通りだよ。さぁ、時代を繋いでいこうじゃないか」
そんな俺の問いに、エンデは意味深に微笑みながら、するりと踵を返した。そうして、研究所の奥へと身を溶かしていく。
「……ラムダ。お前は、どうなっちまったんだ……」
竜人は、依然として立場が変わらない。
南東の小島に寄せられた反逆竜人は、処刑によって少しずつその数を減らしている。奮闘するラムダは消息が途絶え、しかしその捜索は行われず世間はエスカドラしか見ていない。
相変わらずだった。この国は、本当に相変わらずだ。馬鹿は死んでも治らない。その言葉を体現しているかのようだ。
「……死ななきゃ、だったかな」
だから。
だから俺は。
◆ ◆ ◆
「おや、ローグ君。君も星を見に?」
足を踏み入れたその先は、満点の星空で満たされていた。
日の落ちて、月明かりを浴びているこの研究所。大地の静かな胎動を聞いては、白い壁を薄く震わせている。
そんな、研究所の屋上に。俺より先に訪れていた、人影。
「……リア」
「嫌だなぁ。僕のことは、『アルファ』って呼んでって言ったのに」
その人影――リアは、わざとらしく眉毛をへの字に曲げた。
「アルファ計画は、明日をもって完全に発動する。そう決定されて、今日付が変わった。……だから、僕のことは計画名で呼んでほしいな。ラムダや、ミューみたいに」
「……お前は二人の本名を知ってるのか?」
「知らないよ。興味もないし」
心底どうでもいいと言いたげに、彼は俺から目線を外す。そうして、藍色の空に輝く金の光をうっとりと眺め始めた。
「綺麗な月だよね。僕の門出を祝っているみたいだ」
「はぁ……?」
「君も機竜ばっか見てないで、たまには空をじっくり眺めてみたら? 少しはその凝り固まった思考が柔らかくなるかもよ」
「……余計なお世話だ」
少し風の強い夜だった。月を囲う雲は慌ただしく流れ、その金の光を薄く遮ろうとしている。俺の着る白衣も、ばさばさと大騒ぎしていた。
「ところで、今夜はあれこれしなくていいのかい?」
「……何?」
唐突に、リアがそう切り出して。まるで核心に迫るかのようなその問いに、俺は少し息を飲む。
「毎晩、エスカドラを熱心に整備してるよね。それも一人で、人目を忍ぶみたいに。あれはもういいのかい?」
「……お前」
「僕が何も気付いていないとでも思った? 残念、見てるんだなぁこれが」
そう言って、リアはもう一度俺の方を見た。蛙を睨む蛇を思わせる、勝ち誇ったような笑みだった。
「何かいらない手を加えてるって、何となく察してたんだけど……その顔は図星っぽいね。はぁー、やめてくれないかなぁそういうの」
「…………」
「僕が口添えして、出撃日を遅らせてやってもいいからさ。変なことしたとこ、直しておいてくれない? 今ならお咎めなしで許してやってもいいし」
ばれていた。あれだけ自分のことを高く見ていた彼だが、どうたらそれは誇張ではないようだ。まさか、俺の動向にも気付いていたなんて。
俺が竜機兵に手を加えていて、それを疑うとはなかなかどうして物事をよく見ているらしい。素人目で見たら俺がいらない手を加えているなんて、判断出来るとは思えないのだが。むしろ、この場合はカマを掛けられた、と判断するべきか。
――まぁ、今更お咎めがどうかなんて関係ない話だけど。だから、あえて無言を返した。
「……? あれ、どうしたの?」
何も答えない俺に、リアは少しばかり眉を歪ませる。
「何とか言えって。おーい……おい?」
一歩、また一歩とリアに向けて脚を差し出して。それを重ねる度に、彼の表情はより一層歪んでいって。
「ローグ君? 君、一体どうし――――」
白衣の内側で腰に携えていたものを、俺はそっと抜いた。それをそのまま、リアに向けて突き出した。
月明かりの石舞台に咲き誇る、真っ赤な花。
「――――え?」
ぼたぼたと、その花は花弁を広げていく。水滴が垂れるように、新たな花びらを増やしていく。
石の床に、花畑の如き赤い色が添えられた。らしくもない間の抜けた声を漏らすリアの、その下腹部から。ぼたぼたと、赤い種が落ちていく。
「……ローグ、君……?」
「気付いたのなら、しょうがない。お前に恨みはないが……ってそんなこともないけど」
「……君……まさか……」
彼が言い切る前に、俺は右手を引き戻した。それにともなって、鮮やかな刃が線を描く。赤い血潮の流線を。
「悪いな。俺の凝り固まった思考は、とうにほぐれてたんだわ」
そう言いながら、俺はサングラスを投げ捨てた。
裸眼でも驚くほど鮮明に見える目を、外へと曝け出した。薄暗さから反転、今度は仄かに赤いその視界を、彼の前に曝け出したのだ。
「……そ、その目……!? 君は……一体何を……!?」
「毎度毎度の『どうでもいい』、じゃないのか?」
「……ぐっ、くそ……くそッ!」
挑発するようにそう返すと、彼は歯を剥き出しにして唸り始める。
憎々し気という言葉と、痛みに耐えるという言葉を上手く混ぜ合わしたかのような、そんな表情だ。歯が擦れ合う音を立てながら、腹から大量の血を溢れ出させながら、彼は恐ろしく歪んだ顔で俺を見る。
「謀反……!? 謀反か!? まさか、ここまでするのかお前……!? この国の英雄となるはずの僕を、さ、さささっ、刺した……!? なんだ!? なんだその剣は!!」
「あぁ、これか? お前が散々失敗作って吐き捨てた子の片割れだよ」
湾曲した刀身は、青くもあって緑でもあった。しかし刃の中心には、流し目のような赤い模様が輝いていて。リアの真っ赤な血で薄汚れたこの剣は、かつてミューがオーグを討ったあの剣――滅龍剣【天絶一門】だった。
「謀反っちゃあ、謀反だな。俺はもう嫌気が差した。竜も、竜人も。命をまるで道具のように使い捨てるこの国に、嫌気が差したんだ。俺自身もそうだから、嫌になった。それをミューに押し付けていた自分に、腹が立って仕方ない」
「何を――――」
「許せないのは、黒龍もだ。どいつもこいつも、ミューを犠牲にしてのうのうと息を吸ってやがる。あの子は全てを
大きな溜息をついて。胸に巣食う不満を吐き出そうと、一思いに大きな息を吐き出して。
「……だったら、こんな世界滅べばいい。あんなに大きな傷を負ったのに、まるで変わらず愚行を繰り返す。何も学ばなくて、何が到達点だ。だったら俺はこの世界をぶち壊してやる。こんな文明、無くなった方がいい」
「……君は……君は馬鹿か!? 馬鹿なのか!? 竜を、竜をまるで道具のようにだと!? それで、それでいいじゃないか! あんな心も何もない化け物を、命と扱う!? 下らない! 下らないよそんなこと!」
そう言うが早いか、リアは俺に向けて拳を振り上げた。腹に穴が空いているというのに、それも気に留めず風を鳴らす。
今度は、左の剣を抜いた。その刀身で、彼の拳を防ぐ。骨と金属が反響して、けたたましい音が夜空に響いた。
「道徳心とか倫理観とか、そんな下らないものは捨てた方がいい……! 竜は道具! それでいいだろう!? そんな、そんな下らない理由で君は叛逆するのか!? おかしいだろう!?」
「俺からしたら至極真っ当な理由だよ」
左の剣を打ち上げて、彼の拳を振り払う。そうして足を刻もうと、今度は右の剣を薙いだ。遠心力を上乗せするために、独楽のように体を回す。靴が擦れ、耳障りな音が木霊した。
「ちぃっ!」
それを、リアは跳んで躱す。あの傷を持ちながらも、彼は跳んだのだ。ごぼっと、再び血潮が宙を舞う。
宙を斬った剣を引き戻し、俺も負けじと跳んだ。跳びながら、その軌道に両の剣を置く。宙を跳ねるリアの真横を抜けるように。視界が縦横無尽に跳ね回った。
「ぐあっ、ぐああぁぁッ!」
右のつま先を押し付けて。左の踵を擦り寄せて。そうして膝を曲げて、全身の衝撃を逃がしながら着地する。
跳ね回った視界がようやく固定されたところで、俺は両腕を振り払った。刀身に乗った血糊は風に乗り、そのまま石床に赤い花を咲かす。
背後に響く、鈍い音。リアの、悲痛な叫び声。
「くそ……くそっ、くそッ! なんで! なんでそんなに動ける!? どうして、竜人の僕を捕捉できる!? 人間の癖に……人間の癖に! 人間じゃあ、僕らの身体能力に届くはずなんてないのに!」
「けっ……その怪我でよく喋りやがる」
「はぁ、はぁ……ローグ……君は、一体何を、何をしたんだ!? その目は、その目は一体……!?」
「したさ、何もかも。俺がしたいことのために、やるべきことをさせてもらった」
「くそっ、ふざけるな! 質問に答えろ!」
未だにうるさく吠え続けるリア。そんな彼の胸に、俺は剣を突き付けた。
「……っぁ、ぃや……嫌だ、僕はっ、こんな、こんなところで死ぬ器じゃないんだ! こんな、こんな人間に……っ!」
「……残念だったな」
「僕は、僕は竜機兵に……最高の、一個体の生命に! 強靭無比で知性を持った、究極の存在に……!」
「なぁーに言ってんだお前。究極の存在? はっ、笑わせんな。あんなの、故障だよ。歴史という大きなからくりの中の、故障部分さ。あんなのがあるから、この世界は破綻するんだ」
「違う……違うッ! あれが、新世代の先駆けなんだ! これから人類は、龍と同等のものになる……優れた個体が、その知性を龍へと落とす……完全無欠の生命体に、量ではなく質の繁栄に……それが、我々の未来の形なんだ……! 僕は、その第一ご――――」
白が、赤に染まる。毒々しいまでに鮮烈なその赤色が、俺の白衣にこびりついた。
剣先を呑み込んだ体が、諤々と震えている。好き放題、訳の分からないことを語っていたその口からは、泡が溢れ出した。この国の希望とまで謳われたこの竜人は、今俺の目の前で境界を越えようとしている。
「……ぁ、ぁは……緋、色の満月が……二……つ……」
ぱたん、と。
伸ばしかけた腕が落ちた。
四本指のそれが、石床の上で跳ねる。
「……悪いな。俺は前からお前のことが嫌いだったけど――」
肉と刃の隙間から、我先にと溢れ出す血潮。
その噎せ返るような血の臭いに、思わず胃の中のものを吐き出しそうになった。
「――傷つけるって、こんなに気分の悪いものだったっけ」
今なら、お前の気持ちも分かるような気もするよ。
掌に収まった彼女の双剣に、心の中でそう語りかける。
刀身に移った俺の瞳は、この血糊にも負けないほどに鮮やかで、『緋色』だった。
目が、
第一話ぶりの滅龍剣ちゃん。
ローグさん叛逆の巻。リベリオンローグ。ガン=カタ使えそう。持ってるの双剣だけど。
彼のやったよく分からんことは、次かその次くらいで回収されると思いまする。あと単純だけどリアとその計画名がアルファで、アルファリアっていうオチ。はい何でもありません。
それではん。