何も無い砂漠、
そのどこかで大きな爆発が起きた。
爆発から逃れた二つの影。
軽装で剣を腰にかかげた男、
もう一人は全身鎧の男。
「死ぬな、死ぬな…絶対死ぬな」
「もう少しだ。もう少しで戦地から抜け出せる。それまでの辛抱だ!」
軽装の男の腕には一人の亜人の姿があった。それの体に比べてもその音は小さく、着ているボロの擦れる音にすらかき消されていくほど小さかった。全身は酷い火傷で顔の半分に残された幼い顔立ちが見えるおかげで辛うじて少女だと分かる。
「死ぬな!おい!死ぬな…生きてくれ」
男はそんな少女を抱きかかえて走る。爆発、爆音、また爆発……。自らの死すらいとわないその行為は何も知らない者からすれば『英雄』に見えたことだろう。実際彼の片耳と左腕は先ほど起きた爆発のどれかで吹き飛んでしまっていた。傷つき……血を流し……弱った少女を助ける英雄、だが男はそんな傷を痛がる素振りも見せずただひたすらと走っていた。
何も無い砂漠だけが広がる。そこに希望はなく絶望だけが広がっていた。否、時折だが巨大な爆発とその破裂音、そして巨大な塊が空を駆け抜ける音が響く。二人の男の姿を巨大な影が覆い隠す。
砂漠が燃えた。
砂漠が凍てついた。
砂漠が吹き荒れる。
砂漠が……。
砂漠に広がる大勢の死者、その中にはまだ幼さを残す者たちもいた。まるでこの辺りの砂は彼らの魂が削れて出来たようにも感じるほどに凄惨な光景だった。
血、死体
肉片、虐殺
少女、少年
凄惨、残酷
あらゆる作家が今のこの光景を見たら何と表現しただろうか。
それ程までにこの光景は異常であった。そしてその原因となったのは二つの勢力であった。
『竜王』と『八王』(後の八欲王)であった。
「ポーションだ。ポーションを頼む!まだ息がある!お前のを使わせてくれ」
「もうポーションは使い切った!昨日の少年に使ってもうないんだよ!私たちじゃ彼女は救えないんだ!」
「たすけようとしてくれて……ありが…」
少女の腕だったものが力なく垂れ、そして腐り落ちるようして砂漠の上に落ちた。その腕は既に先程の爆発で大きく吹き飛び、辛うじて繋がっていただけであった。自らの腕の重さすら支えられないままに砂漠の上に落ちた。
血も、肉も、死さえも広大な砂漠は吸い込んでいく。
まるで何も存在しなかったように。
まるで何者の存在も許さぬように。
それはさしずめ……地獄への入り口のようであった。
「…俺のせいだ……俺の!俺のせいだぁぁぁぁぁ!!」
誰も守れなかった。
誰も救えなかった。
「あぁぁぁぁぁぁっ!!」
男は叫びながら両手の爪で自らの首を搔きむしる。自らを傷つけることを目的としたその行為を羽交い絞めにして止めた。
「落ち着け!リーダー!!」
全身鎧の男はそうしなければこの者が自らを傷つけることになると知っていたからだ。もし後数秒でも遅れてしまえば男は自らの喉を引き裂くほどに自傷してしまってであろう。喉は血まみれになり、一部の爪ははげれ、残った爪にも肉片が見える。
それは強くなかった。
それは英雄などではなかった。
「俺のせいだ!俺のせいで全て……世界が…あぁぁぁぁ!」
「リーダーっぁぁぁぁぁ!!」
砂漠の中心で叫ぶ男。その隣には一人の友がいた。
彼の苦しみを理解し支えてくれる者が。
彼の罪を知り、それでも共にいる者が。
「俺を殺せぇぇぇぇぇぇぇっ!!殺してくれぇぇぇぇぇっ!!!」
その友の名前は……。
「スルシャーナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
目を開けると知らない天井が広がっていた。
「…夢?」
そう言って男は自らの首に触れる。そう確かに…"あの時"に首を……それで絶命したはずだ。
「目覚めはどうだ?」
その声は男の声だった。それも知っている男の声だ。かつて自身の首を刎ねたはずの男の声だった。その声に反応して上体を起こす。すると自分が今までどこで眠っていたかが分かる、棺だ。だが何かしら特別な棺なのか。六つの棺が花弁の如く並べられていた。その傍らにはそれぞれ一本ずつ蠟燭が燃えていた。
「……お前!何で……俺を?」
「言っただろう?『蘇生を拒否するな』と……。私個人ではどうしようもないことが起きた。お前の力を貸せ」
「正気か?俺がこの世界で何をしたか忘れたのか?」
「問題ない」
「問題ないだと?」
その声には明確な怒気が籠っていた。
「俺がしたことは!何年、何十年経っても消えることはない!」
その怒鳴り声に対して全身鎧の男は冗談めかして肩をすくめ言葉を放つ。
「三百年経ってもか?」
「えっ?……」
「もう十分だろう。あの戦争から三百年が経過した。当時を知る者たちはほとんどいない。私の知る限りではツアーと私ぐらいだろう。長生きする種族のことなら知らないが…」
「だが……」
「悪いがすぐに準備をする。話はそれからだ」
男はそう言うとこの部屋の中にある唯一のドアを指さした。
二人の男がその部屋を出ると一人の女性が立っていた。
「待たせたな。ヨミ」
「ス……ダーク様」
そう言って女性はお辞儀をする。その所作はとても綺麗で指先一つすら乱れていない完璧なものであった。ゆえに軽装の男は全身鎧の男に自らの疑問をぶつけた。それは彼が名乗った偽りの名前に対してではなく……。
「彼女は……『従属神』か?」
「あぁ。巷ではそういう風に言う奴もいるな。その認識で間違っていない。だが『神』という表現は好きじゃない。お前には従者と呼んでももらえると助かる」
「……お前が言うと説得力があるな」
そう言って従者らしき女性を改めて見た。
「初めまして。私はス……ダーク様の第一の従者ヨミです」
「…あぁ。初めましてだな。俺は……」
軽装の男は言葉に詰まった。かつての自分は大罪人。そんな自分が誰かに名乗るだけの名前を持ち合わせているだろうか。
「いや…俺には名前など無い。好きに呼んでくれ」
「面倒くさい奴だな。お前は……。だったらカイズだ。お前の名前はカイズだ」
「何故その名前なのですか?ス……ダーク様」
「かつて全てを
「いや違う……ま、いずれ話してやるさ」
そうこうしている内に準備を終えたらしい全身鎧の男は軽装の男の腕を掴んだ。
「行くぞ。あぁ……それと俺のことはこの国から出るまではダークと呼べ。面倒事になるからな。いいな?」
その言葉の意味を察した軽装の男はただ頷いた。
「あぁ…そうだ。忘れる所だった。これを渡しておく」
そう言ってダークは懐から一つのものを取り出した。それをカイズの手のひらの上に乗せた。とても小さなものでどうやら金属で作られた何からしい。見覚えのある金属で作られていた。
「これはミスリルか?いや、それよりも何だこれ?」
「
カイズはそれを見る。金属で作られた長方形のプレート。その両端に革ひもが結ばれており、どうやら首からかけるものだというのが分かる。ダークの胸元を見ると鎧の上からそれが掲げれれているのが分かった。どうやら自分の予測は間違ってはいなかったようである。
「……成程な」
カイズはそれを首にかけるとダークと共に部屋を出た。
ヨミのいた空間を後にするとそこは巨大な教会の内部のような場所が広がっていた。
「ここは?もしかしてスレイン法国の中心部か?」
「あぁ。お前がよく知っているであろう"水晶城"だ。ステンドグラスとも相性が良いだろう」
「あぁ。幻想的で素敵だ」
「あぁ。だがこの城に反して……」
ダークはそこで言葉を詰まらせた。カイズからしてその先に何を言おうとしたかは分かる。
「……悪いな。思わず愚痴を語ってしまった。すまないな」
「気にするな。お前の立場なら仕方ないだろう」
二人の男は教会らしき領域から外に出た。
それから老いた神官長たちに囲まれたりした。
「あぁ。また新たな協力者が!」
「共に人類を守護して下され」
「亜人どもに正義の鉄槌を!」
ダークが何やら言い訳らしきものを行っていた。
だがカイズからしてその時の話は覚えていない。
別のことを考えていたからだ。
(俺はどうするべきだろうか……)
◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
スレイン法国の中心部、そして国から二人は出た。
二人が出た先に白銀の鎧の姿があった。その胸元にはミスリルで出来た認識票があった。どうやら奴の存在も(表向きは)そういう立ち位置らしい。
「待たせたな。ツアー」
「僕も今来たところだ。それと久しぶりだね。"リーダー"」
ツアーのその言い方にはかつてのリーダーだった男に対しての明らかな不満が込められていた。
「よせツアー。今はアレをどうにかする方が先決だ」
「そうだね。あの巨大トレントをどうにかしないといけない」
「トレント?」
「まぁ。聞くより見た方が早いだろう。ツアー」
「仕方ないね。<
ツアーの唱えた魔法により三人の姿がその場から消えた。
「ふぅ……無事着いたようだね」
ツアーが発した言葉を二人が聞いて二人の男は周囲を確認した。
「おいダーク。ここは一体?」
「あぁ。ここはトブの大森林だ」
「かつて【八欲王】に支配された場所の一つさ。"リーダー"」
「……」
「よせ。ツアー。今はそんなことを言っている場合じゃないだろう」
「…分かったよ。それが君との"取引"の一つだったね」
「それよりもツアー、周囲に監視の目は?」
「いないね。いても野生のモンスターさ。監視しているわけではないさ」
ダークはツアーにそう尋ねた。あまりに露骨な話題変換であった。ツアーもそれを知ってか妙にわざとらしく答えた。
「そうか……だったらそろそろいいか」
そう言うとダークは兜を脱いだ。現れた顔を見て軽装の男は見知った存在であると再確認した。
「詳しいことを聞かせてくれ。何故俺を蘇生した?」
「あぁ。全て話そう。リーダー」
それから二人の男。二人は300年振りにゆっくりと話を始めた。この三百年の間に起きたことや発見したことであった。
「そうか……お前はツアーと協力して世界を守ってきたのか……」
「所詮は"聖騎士"の真似事だがな。私では彼のようにはなれなかった。その証拠に絶対に対処できない奴が出てきた」
「それがこのトレントか……多分だがそいつはザイトルクワエだ」
「知っているのかい?リーダー」
「あぁ。生命力が異常に高い奴だ。自らの種を飛ばして遠距離攻撃を行えるモンスターだ」
「やはりお前を蘇生してよかった。だから言ったろ?ツアー」
「……そうだね。蘇生に反対していたけど今は少し考えを改めたかな」
「成程な。この大森林の中でトレントの様なモンスターが暴れていると?」
「あぁ。そうだ。残念ながらツアーは手伝う気はないそうだ」
「『世界の管理者』?『傍観者』の間違いだろう」
「君もかなり言うようになったね。昔はそんな物言いをしなかったろう」
「何百年の付き合いだと思っている?」
「ふっ……そうだね。さて……リーダー。何か言っておきたいことはあるかな?」
「……無い。お前が望むなら俺を殺せ」
「……悪いが"彼"との約束でね。君を殺す真似はしないさ。少なくとも今はね」
「それでどうすればこいつに対処できる?」
「ツアー、お前が協力する気がないなら俺たち二人じゃまず無理だ。協力者がいる」
「やはりそうか。それで何人ぐらいを想定している?」
「そうだな……七人は欲しい所だな」
◇ ◇ ◇ ◇
それから色々あった。
スレイン法国の"漆黒聖典"の四席、"死霊術師"のリグリッドが放浪の旅に出、それを裏切りと判断され刺客として"イジャニーヤ"が差し向けれ、返り討ちにする場面に二人が出くわし……リグリットとイジャニーヤが共に旅をし……。
戦争中のドワーフの王とジャイアントの王が、互いに勝利する武器を求めて殺しあっている場面に出くわし、何だかんだ共に旅をし……。
気が付けばそれはパーティとなっていた。彼らの胸元には同じようにミスリルで出来た認識票があった。
そしてトブの大森林にいる巨大なトレント、ザイトルクワエと戦った。
そして……。
攻撃して弱らせたザイトルクワエの一部をツアーが封印して幕を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇
一人のドライアードの前には七人の者たちがいた。
「ありがとう。アレを倒してくれて」
「いや…俺たちが倒したのはザイトルクワエの本体ではなく触手の一本でしかない。しかも倒したんじゃなくて封印だ」
そう言ってカイズはピ二スンに説明する。だがピ二スンの反応は意外なものであった。
「えっ!そうなんだ……でもありがとう。助かったよ」
「?…状況分かっているのか?要するに倒せていないんだぞ?また復活するつもりかもしれないんだぞ」
「うん。でも君たちが来なければきっとこの森は終わっていたはずだから……やっぱり言わせてほしいな。ありがとう」
「っ……」
『ありがとう』。その感謝の言葉がカイズの胸に突き刺さる。それはどんな罵詈雑言よりも突き刺さった。
(俺が……俺なんかが……『ありがとう』?……いいのか…そんなこと言われて!)
「……ピ二スン。もしザイトルクワエが復活したらその時はまた助けに来るよ。約束する」
「いいの?…ありがとう」
「だから俺たちのことを忘れないでほしい」
「忘れないよぉ。えーと…若い人間が二人、老人二人、大きな人が一人、翼?が生えた人が一人、ドワーフの一人で合計七人だね」
「ピ二スンとやら……少しあっちで話をしないか」
「えっ…嫌だけど…あっ……あー!止めて…引きずらないで!」
「おいリグリットの奴、何する気だ?」
「老人扱いされたのが気に食わないのだろう。でも百歳超えても若者は無理がないか?」
「ピニスン、君に心から同情するよ」
しばらくすると何やらおぼつかない足取りで歩くドライアードが一人いた。
「……ボクが間違ってたよ。若い人間が三人、老人一人、大きな人が一人、翼が生えた人は一人、ドワーフの一人で合計七人だね。ごめんね」
「そういうことじゃ。頭の良い子と素直な子は好きじゃよ。がははは」
(リグリット……ピ二スンに同情するよ……)
(あぁ……うん。まぁ……色々あるよな)
(………)
その日の晩
彼らは酒宴をしていた。
「平和だねぇ。ずっとこんな日々が続くと良いのに……」
ピ二スンはそう言った。酒は飲めないがその場にいることだけで楽しくなってくる。
暗黒騎士の正体はスルシャーナ
魔神(六大神のNPC)が暴走した切っ掛けはスルシャーナの所属ギルド変更によるもの
六大神のギルド → 八欲王のギルド
そのため第一の従者(直接作成したNPC)以外は裏切られたと判断し、暴走してしまった
魔神討伐の旅の実態は"リーダー"とスルシャーナによる罪滅ぼしの旅である
「何を考えていたんだ?」
カイズは酒杯をそのままにただ一人で佇むダークにそう問いかけた。他の者たちはそれぞれ飲み交わしたりしている。例外はツアーで先ほどどこかに行ったようだ。そのためカイズは自然とダークの方へと歩み寄った。
「ずっとこんな日々が続けばいいのに……こんな夢みたいな日々が続けばいいのに……そう思っていた」
「あぁ。そうだな。戦争もなく他種族同士が手に取りあえる……最高だな」
「あぁ。そうだ」
そこでダークは言葉を詰まらせた。そのため口を開いたのはカイズだった。
「お前の夢って?」
「………いつか話してやるさ」
ふと脳裏によぎったのはかつての友人であった亜人。自らが殺害した友のことであった。そして自らの伴侶である【光の神】が最期に遺した言葉だ。ツアーにだけは一度だけ告げたことのある言葉だ。だがそれを今言うつもりはない。
「なぁリーダー。お前には夢ってあるのか?」
「………」
沈黙。それが答えだった。
「夢を語る資格は無い。……多分お前はそう思っているんだろう?」
「………」
「まぁいいさ。でもなこれだけは言わせろ。もういい加減許してやったらどうだ?自分自身のことを……」
「……だが俺は…」
「お前は十分苦しんだ。あの戦争で地獄を見たお前はもう十分苦しんだ」
「だが、それでも俺は……」
「そうか。だったら言ってやる。俺がお前のことを許してやる。だからいい加減前を向け」
「……っ……」
そう言ってカイズは首を振る。それは拒絶の意思の表れだった。
「お前は生きてる。夢を持てないなら……せめて誰かの夢を守れ。それが生きてるお前の義務だ」
「誰かの…夢?」
「あぁ。そうだ。戦争を望まぬ奴、差別で苦しんでる奴とか色々な奴を助けてやれよ。お前が自分を許せないなら、お前はその分誰かの存在を許してやれ。きっとそれが過去への償いになるはずだ」
「……その言葉…まるで…」
「あぁ。『誰かが困ってたら助けるが当たり前』……に似ているだろう。まぁ彼は私の恩師だし、影響を受けているのは否定できないがな」
「……ふっ」
ようやくカイズは笑った。それを見てダークもまた笑う。
「お前が一人じゃ無理だっていうなら、私が一緒にやってやるよ……
私がお前の【仲間】になってやるよ」
その言葉にカイズは言葉を失った。そして……。
「……よろしく頼む。俺の【仲間】になってくれ。スルシャーナ」
「あぁ。リーダー」
そう言って二人は酒杯を叩きあった。そのすぐ近くの大木から大剣を握っていた白銀の鎧があった。だがすぐに大剣はその場から消えた。
(……君に夢を語る資格はないよ、リーダー。それと君に
こうして夜を過ごした。
リーダーとスルシャーナが【仲間】になった。この時、全ての歯車が狂いだしたのだ。
今思えば"この時"私が下した決断のせいで"あんなこと"が起きてしまった。
決して許されることのない罪。
私は彼らの"仲間"になるべきではなかったのだ。
だが後悔しても遅い……
それは裏切りであった。裏切りになってしまったのだから…………。
それが切っ掛けで世界は一変してしまうことになるなんて………。
この時の"私"はまだ知る由も無かった。
そしてそれが全てを終わりにしてしまうなんて………。
この時、まだ【魔神】の存在を世界は知らなかった………。