漆黒の英雄譚   作:おしるこをしるこ

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--現代3--
ある少年のある物語


 

「……」

 コナー=ホープは本を閉じる。ようやく第七章まで読めた。

 

机の上にそれをゆっくりと置くと凝り固まった体を動かそうと両腕を大きく上げて背中を伸ばした。すると座っている椅子がギシリと音を立てる。二度三度と深呼吸を繰り返す。これは気分を落ち着かせるために必要なことだったからだ。【漆黒の英雄譚】、その物語の続きを読むのにコナーはある意味では覚悟しなくてはならないのである。"あの時"を思い出すからだ。

 

 

 

----『誰かが困ってたら助けるのが当たり前』----

 

 

 

 それは自分や家族、そしてこの街エ・ランテルを救ってくれた大恩人モモンの言葉だ。かつての出来事…"あの時"自分や自分の家族を……そしてこの街の全ての人々を助けてくれた大英雄の言葉だ。

 

 

 

 

"あの時"何も出来なかった。

 

悔しかった。

 

 

 

「すまない。コナー」

"あの時"去っていく父親を止めることが出来なかった。

 

悲しかった。

 

 

 

「ごめんなさい。コナー」

"あの時"泣いている母親を支えることが出来なかった。

 

辛かった。

 

 

 

お前は無力だ。

 

抗う意思など持っても無駄だ。

 

理不尽な状況を壊せない。

 

どんなことをしても世界は変えられない。

 

 

 

 

 

そんな事実を突きつけられたようだった。

 

"あの時"、コナーは何も出来なかった。

 

父も…母も……何一つ守ることが出来なかった。

 

その時、自分の小さな手がどうしようもない程憎かった。誰かに向かって手を伸ばすことも、誰かに向かって剣を振るうことも出来ないその小さな手が憎かった。何よりその小さな手に相応しい自分のその小さな心こそが最も憎かった。

 

 

そんなコナーに出来たのはただ一つの行動だった。それがせめてものの抵抗だと信じて……。

 

 

 

再び右手の中身を見る。

 

剣を振るうようになってから五年。そこにはマメが出来ていた。マメの上から更にマメが出来ており、コナーからすればそれは秘密の勲章である。だが同時に恥でもあった。

 

 

「ははっ…」

 その手の中身を潰すように強く握りしめた。秘密の勲章でも恥でもある。ゆえに何度も自問自答を繰り返す。

 

 

「こんなことで満足するな。まだ足りない……もっとだ。もっと強くならなきゃ!」

 自分が憧れた『英雄』に一歩でも近づくにはこんなことで満足する訳にはいかない。

 

 

 

◇ ◇ ◇ 

 

◇ ◇ ◇ 

 

 

エ・ランテル 訓練場

 

 

 

冒険者組合には訓練場と呼べる部屋がある。組合から少し離れた場所に設けられたこの部屋では戦闘訓練や模擬戦を行えるように周辺に配慮されている。そのため部屋を囲うように(過去のエ・ランテルでは希少とされた金属の)オリハルコンで作られた壁が四枚、正方形状に広がる。外から見たらこの部屋は大した大きさではないのだが、実際にこの空間に入ってみると分かるが"拡大"の"ルーン"によって大きさスペースがある。外から見た空間に比べて三倍は大きい。そのため少々の戦闘行為をしても問題無いような作りとなっている。実際この場には『教官』と呼べる人物の許可さえあれば通常であれば法律違反となる戦闘行為に該当する武器の使用も可能となっている。だが最大のメリットは冒険者以外の存在、冒険者を目指す者たちに対してもここの使用が許可されている点だろう。

 

その訓練場に二人の影があった。コナーとそれに対人戦闘を教える"教官"と呼ばれる人物である。コナーはひょんなことから週に一度の頻度で実戦経験を積ませてもらっている。

 

 

「そろそろ訓練を終わりにしろ」

「いえ教官、続けさせてください」

 

「いやダメだ。これ以上は許可できない。今日はもう体を休めろ」

「しかし!」

 

「体を休めるのも必要なことだ。お前俺に何度この話をさせるつもりだ?"今"の冒険者に求められているのは戦闘能力じゃない」

「…それはそうですが……でも俺は」

 

「言っても無駄か……」

 そう言うと"教官"はコナーの腹部を殴る。鳩尾(みぞおち)に衝撃を受けたコナーは思わず剣を落とし床に崩れ落ちる。

 

 

「いい加減にしろ。お前は焦りすぎだ」

 その言葉を最後にコナーの意識は喪失した。

 

 

 

◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

コナーは目を覚ますと先ほどと違う空間にいたのが分かった。自身はベッドに寝かせられており、その周囲には同じように清潔そうなベッドや医療器具が置かれている。そこからこの部屋がどこか推測できた。……といってもコナーの場合は何度も来たことがあって既に知っていたのだが……。

 

 

「ここは……医務室?」

「その通りだ」

 

「教官?」

「何でそこまで強くなろうと焦る?"今"の冒険者には分かりやすい"強さ"……戦闘能力を求められていない。それは国内を巡回しているデスナイトを見ていても分かるだろ?」

 

 

「…俺、強くなりたいんです」

「……お前も"あの人"に憧れたクチか…」

 教官の言う"あの人"が誰を指すかはすぐに分かった。

 

「はい。昔、俺はあの人に助けられたんです」

「……そうか。"あの時"のことか……」

 

「俺だけじゃない。俺の母さんも父さんも……この町のみんなが助けられた。あの人のおかげで」

「……分かるさ。あの人のやったことは偉業なんて言葉で語れるものじゃない。もっとずっとすごいことだ」

 

「えぇ。俺はあの時、あの人の強さに憧れました。でもそれ以上に…」

「?」

 

「自分の弱さが悔しかった。何も出来なかった自分に……」

「"あの時"……あぁ、そうか。お前は確か……そうか、そうだったのか。確かに……お前がそれだけ焦るのも分かる気がする」

 

「だから俺強くなりたいんです。『英雄』になって"あの時"みたいなことがあっても今度こそ誰かを守れるようになりたいんです」

「お前は俺に似ているさ。焦り、英雄への憧れ…とかな」

 

「俺が教官に似ている?」

「あぁ。そうだ。そっくりさ。でも一つだけ決定的に違うことがある」

 

「それは一体?」

「お前は若い。まだまだ時間があるんだよ。焦る必要はない」

 

「なら、その時間の分だけ頑張れば俺は少しでも強くなれるんじゃないんですか?」

 コナーのその言葉に教官は大きく溜息を吐いた。『あっ、こいつ分かってないな』という表情を見せながら眉を歪めた。

 

「お前が無理をして怪我でもしてみろ。その時誰がお前の心配をするかよく考えろ」

 

 コナーはハッとした。真っ先に思い浮かんだのが両親だったからだ。

 

「お前が目指す『英雄』というのは自分が守りたいものを心配させてまでなるものなのか?」

「それは……」

 言葉に詰まるコナー。そんなコナーを見て教官は「これは俺の昔話だが…」と口にした。

 

 

「俺はかつて『英雄』にさえなれたらその過程がどんなものであっても構わないと考えていた」

「教官が…ですか?」

 確かに教官がかつて自身が英雄になろうとしていたことは【漆黒の英雄譚】に記されている。だがその詳細までは把握していなかった。物語として記されているだけで実際はそこまで酷くはないだろうと考えていた。それは普段の教官の姿を見ている者なら大半がそう思うことだろう。

 

「あぁ。冒険者をやっていた頃の俺はそのせいで仲間を道具、競争相手を引き摺り下ろすことしか考えていなかった。今考えても相当なクズだったな」

「……」

 

「でも俺もあの人に助けられて……その後にあの人にチャンスを貰えたんだ。『教官』として働かないか?って」

「……ザイトルクワエの時ですか…」

 

「あぁ。その時、俺は思い出したんだ。俺の目指した英雄はこんな人だったんだって……。それから一つの考えにたどり着いたさ」

「それは?」

 

「過程を大事にしない奴は結果に見放される。少なくとも俺はそうだった」

「結果……」

 

「あぁ。お前が英雄を目指す理由を考えろ。そしてそれを大事にしろよ。『英雄になること』じゃなくて『英雄に何故なりたいか』。それをしっかり考えろよ」

「……っ、俺…」

 

 

「その顔…理解したようだな。もう一度だけ言うが今日は休め」

「…はい。ありがとうございました。イグヴァルジ教官」

 コナーが礼を言うと教官ことイグヴァルジは照れ臭そうに微笑みながら医務室を後にした。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 医務室を後にしたコナーは自宅へと戻っていた。自分のベッドで考え事をしていた。

 

 

「……何故『英雄』になりたいか……か」

 イグヴァルジ教官から言われた言葉が頭から離れない。

 

 

 

「俺が『英雄』になりたい理由は……」

 右手の中身を見る。そこには何も握られていなかった。

 

 

 

 

五年前……

 

コナーのその手には小さな石ころが握られていた。今思えばそれが自分が持った最初の武器だったかもしれない。

 

 

 

 

「誰かを守りたい……。それと多分同じくらいに………」

 コナーはそこでハッとした。

 

 

(そうか!俺はきっと!……)

 コナーはベッドから起き上がり、机に向かう。椅子に座った。

 

 そして【漆黒の英雄譚】を手にした。自分の答えはそこにあるのだ。【第八章・最後の希望】。

 

 

 

 

「俺はきっとこの人みたいに………」

 コナーは本を開いた。そして続きを読み始めた。今ならきっと最後まで読めるはずだ。

 

 

 

 

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