漆黒の英雄譚   作:四季 春夏

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第2章【純銀の聖騎士】
奴隷の商人


一台の馬車が街道を進んでいく。

馬車の馬は値が張ったのだろう大きく筋肉質な馬だった。

その馬が引きずる荷台は大きく数人が乗ることができる程であった。

その荷台の見える位置に小太りの商人らしき男と馬を走らせている従者らしき男がいた。

 

「リンデス!まだ着かないのか?」

 

商人らしき男が従者であるリンデス・ディ・クランプに問う。

 

「ブライス様・・このペースだと恐らく後2日はかかると思います」

 

リンデスのその答えにブライスは納得しない。

 

「ふざけるな!2日だと!?そんなに掛かったら私の商品が『腐る』ではないか!」

 

そう言ってブライスが荷台の中を指さす。

『腐る』という言葉から連想すると食品を扱う商人の様に聞こえるが実際は違う。

そこにあるのは・・いやいるのは森妖精(エルフ)4人のであった。檻に入れられて手枷を付けられており万が一でも逃げる手段をなくしているのだ。

ブライスは奴隷商人なのだ。『腐る』とは、奴隷が死ぬことの隠語であると従者のリンデスは知っていた。

 

「しかし!旦那様。旦那様が闇妖精(ダークエルフ)を捕まえたいと仰ったのではありませんか。」

 

ダークエルフはかつてトブの大森林に集落を築いたとされている。半年前、それを知ったブライスはダークエルフを商品とすべく自身の従者たちに命じトブの大森林に向かわせた。しかし帰ってきたものは一人もいなかった。ブライスはこの者たちを商品にすれば大金を稼げると踏んでいたため、従者たちの「必要経費」に採算を度外視して投資した。その時の金銭の支払いにより、今のブライスは資産の大半を失う事態に陥ってしまった。その為ブライスは今非常に焦っていた。

 

「くっ・・確かにそうだった」

 

「いい加減、ダークエルフはあきらめられたらいかがですか?」

 

「ぐっ・・」

 

「帝国で贅沢三昧して森妖精も買えたのですから良いではありませんか。あんなこと出来るのはブライス様だけですよ」

 

「・・ふむ。そうだな」

 

リンデスはブライスの扱い方を心得ていた。ブライスは自尊心が強いが褒められることに弱い。これは褒められ慣れていないのではなく褒められることが当たり前の環境にいたからだ。

 

(しかし実際羨ましい・・)

 

リンデスは荷台の檻に入れられたエルフを見る。全体的に線が細いエルフの身体つきはリンデスにとって好みであった。奴隷の証として切り落とされた彼女らの耳を見て少し興奮を覚える。

 

「ブライス様、お願いがあるのですが・・」

 

「どうした?」

 

「法国に戻る前に奴隷をつまみ食いしたいのですが・・」

 

「ならん。大事な商品に触れていいのは所有者の私だけだ。」

 

(やはりそうですか・・・となると『お楽しみ』は自分でですか・・)

 

彼のいう『お楽しみ』とは奴隷に子供を産ませることだ。

 

奴隷があまりいい扱いをされることは基本的にはない。

この辺りの国家は大きく分けて三ヵ国が存在する。リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国の三つである。

 

王国では文字通り『奴隷』、帝国では『労働者』、法国では『敵』として扱われる。

 

ここで詳細を語ると、リ・エスティーゼ王国では奴隷制度の廃止を唱える者がおらず未だに奴隷と呼ばれる人種がいる。王国の奴隷の中には裏組織の娼館で働かされる者もいると聞いたことがある。帝国では奴隷制度は確かに存在するが王国とは異なり奴隷に対しての法律があり基本的な人権は存在する。しかし危険な仕事や低賃金な仕事や誰もやりたがらない仕事を任されることが多く『労働者』という意味合いの方が強い。だがスレイン法国はその二ヵ国とも全く異なるといってもいいだろう。

 

スレイン法国での奴隷は人間以外の種族であり、『人間至上主義』を掲げているためその扱いは極端に酷い。

スレイン法国では人間以外の種族は亜人や異業種といった『敵』の分類しかない。人類以外を奴隷として扱うが所有物として扱われることはない。奴隷は所有者が犯しても殺しても許される、いやむしろそういった行いは称賛を得られる程だ、何故なら『敵』に正義の鉄槌を下したからだ。そしてそれを『正義』と信じて疑わない国民性がスレイン法国にはあった。

例えばブライスが捕らえた森妖精という種族であるならばスレイン法国では比較的高値で売買される。そのため森妖精を買う奴隷商人の多くは強引に自身の子を産ませ、あげく親子のセットで売り払うことも珍しくもない。これはスレイン法国上層部の暗黙の了解を得ているからこそ出来る商売だ。ブライスが奴隷を売った中には法国の上層部も存在していた。

 

(何故上層部は森妖精の奴隷を買い漁っていたのだろうか?そういった性癖だったのだろうか?)

 

この時ブライスは『性癖』だと結論付けたのだが、それで良かったのだ。もし『真実』を知ってしまえば恐らく命は無かったはずだからである。

 

「旦那様!」

 

「どうしたリンデス?ダークエルフでも見つけたか?」

 

「はい!あんな所にいます!」

 

リンデスが指指した方向には確かにダークエルフらしき男がいた。黒髪で焼けたような肌の色。しかし最も特徴的な耳がこの距離では見えない。本当にダークエルフなのか?

 

「よし。捕まえろ!」

 

言われたリンデスはすぐに馬車を止めるとそこから降りて男に近づく。

 

「?・・これは?」

 

「どうしたリンデス?」

 

「ダークエルフではありません。恐らく・・人間です。」

 

「何?」

 

ブライスも馬車から降りて男に近づく。倒れている男の目は閉じられている。ブライスは耳と目を確認した。

何故耳と目を確認したかと言うと耳は森妖精の特徴が最も現れる部位であり奴隷かどうかもここを切られているかで判断できるからである。目は左右で瞳の色が異なっていればエルフの王族の証とされていると聞いたことがある。

 

(エルフの王族ではない。となると考えられる可能性は・・)

 

男の特徴はこの辺りでは非常に珍しかった。黒髪黒目。浅黒い肌。そして何よりボロボロになった服には大量の血液が付着していた。

 

(モンスターにでも襲われたのか?それとも・・)

 

ブライスが男の後ろにあるものを見る。そこにはアゼリシア山脈があった。

 

(まさかアゼリシア山脈からここまで歩いてきたのか?)

 

「そんな無茶・・普通の人間ならする訳ないか・・」

 

(普通の人間?・・いやもしかしたらこの特徴のある男・・)

 

「ブライス様?」

 

「そういえばスレイン法国の上層部の一人から聞いたことがある・・」

 

ブライスはかつてスレイン法国の上層部に奴隷の代金の代わりに貴重な情報を貰ったことがあった。その中でも最も印象に残った情報である。

 

「これは国家機密らしいのだが・・あの『六大神(ろくたいしん)』の子孫が実はスレイン法国内で秘密裏に存在することを上層部から聞いたことがある。確か名称は・・・『神人(しんじん)』」

 

「えっ?『神人』?どういう意味ですか?」

 

「『六大神』と『人間』の間に生まれた子孫だから『神人』らしい」

 

「どうしますか?ブライス様」

 

ブライスは思案することなく答えた。

 

「この男を捕らえて連れ帰るぞ。案外面白いものを拾ったかもしれん」

 

ブライスはそう言うと笑顔で馬車に乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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