漆黒の英雄譚   作:四季 春夏

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第3章【二人の冒険者】
二人の冒険者


エ・ランテル

 

リ・エスティーゼ王国の都市の一つである。

 

その都市には『冒険者』という職業がある。

 

冒険者という呼称から世界を旅するようなイメージを持たれることは多い。これは多くの者が幼少期に『十三英雄』のおとぎ話を読むことで冒険者イコール旅をする者だという認識を持つからである。だが実際は『十三英雄』が『魔神』と呼ばれる者たちを退治したことから、人々を守るために戦う傭兵の様な役割であるのが現実である。

その為、危険は多く実入りが少ないのが実情である。また冒険者は戦闘を経験するせいか血の気が多い者が多く粗暴な者も多かった。その為人々から感謝される者よりも嫌悪される者の方が多かった。

後に建国される『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』の冒険者と当時の冒険者ではその役割が大きく異なっていた。

 

当時の冒険者は八つのランクに分類されていた。下から順に

 

(カッパー)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトとなる。当時は最低位が(カッパー)で最高位がアダマンタイトであったのだ。

 

このエ・ランテルで存在する最高位の冒険者チームでもミスリルである。

 

そんな最低位の冒険者は依頼の内容も雑用がほとんどで、当然報酬も少ない。その為、金の無い冒険者は食事の量や回数を減らすか、泊まる宿屋のランクを下げるかなどしなければ冒険者でいることすら難しい程だったのだ。

 

 

『灰色のネズミ亭』。駆け出しの冒険者が利用する宿屋である。

 

ロバート=ラムはグラスを布でゴシゴシと洗う。

 

「・・・」

 

「今日も無愛想だね。おやっさん。」

 

赤毛の女がロバートに声を掛ける。この店に来る数少ない『マトモ』な常連客だ。

無愛想だと言われるもロバートは腹を立てない。最早それがその女の挨拶だと知っていたからだ。

 

「ブリタか?」

 

その問いかけにブリタは挨拶も兼ねて腕を上げて肯定する。

 

「・・座れよ。」

 

いつも通り無愛想に席に案内する。それに対してブリタも嫌な顔をせずに店内を歩く。

 

ブリタがカウンター前に置かれた椅子に座る。

 

(ん?)

 

ロバートは気付く。何故だか分からないがブリタがニコニコしている。

 

「どうした?」

 

「聞いてよ。おやっさん。私ついにやったのよ。」

 

「珍しいな。お前がそんなに気分を上がっているのは。」

 

ブリタの口角が上がる。

 

(何か大きな依頼を果たしたか・・良い武器でも入手したか。あるいは恋人が出来た・・いや、こいつの性格的にそれはないか・・)

 

「・・」

 

ブリタが微笑みながら首を横に振る。その様子は無言の「聞いて。聞いて」であった。

 

「ほう・・それで何を成し遂げたんだ?」

 

(聞かなきゃ面倒臭い奴だな・・こりゃ。)

 

「じゃじゃーん!」

 

そう言ってブリタはカウンターの上にそれを置いた。

 

「・・ポーションか?」

 

「そうよ。私が倹約に倹約を重ねて買った治癒のポーションよ。」

 

カウンターに置かれたポーションを見る。ガラスに入った小瓶で銀色の蓋が取り付けれれていたそれはブリタが勢いよく置いたせいで中に入った青い液体が揺ら揺らと揺れている。

 

このブリタという女、冒険者のランクは(アイアン)級である。その為ポーション一つを買うのにも色々と苦労したはずだ。

 

「確かにお前、長い間、ここで飯食ってなかったよな。」

 

(三週間くらいだったか・・)

 

「そうよ。全てはこのポーションを買うためよ!三週間も非常食の一日一食で生活することでやっとよ。」

 

まるで演劇の役者の様に大胆なポーズを取ってポーションを自慢げに掲げた。

 

その様子を見てロバートは周囲に座る酔っぱらいたちを見る。

 

(こいつらにブリタの爪の垢でも飲ませてやりてぇな。いや変わらんか・・所詮こいつらは生粋の酔っぱらいなのだろうな。)

 

その者たちとブリタを見比べる。同じ宿屋にいるはずなのにこうも違うのかと感じたのだ。

 

(よく分らんが・・このままだとブリタが不憫だな。)

 

ロバートがそう考えると、一つの良いことを思いつく。

 

「・・・店の掃除を手伝え。そこのテーブルと椅子で良い。こいつで拭け。」

 

そう言ってロバートは雑巾をブリタに握らせる。ロバートが店の奥に行こうとする。

 

「えっ、おやっさん。この店はいつから客に掃除させるようになったの?」

 

困惑するブリタにロバートは顔を向けた。

 

「いいから拭いとけ。俺は忙しいんだ。」

 

そう言ってロバートは店の奥に入っていった。

 

「おやっさんの馬鹿・・」

 

ブリタはため息を吐く。やがて仕方ないとあきらめると机と椅子を拭き始めた。

 

・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・・

 

机と椅子を拭き終えたブリタは再びカウンターに戻る。

 

そのタイミングでロバートが奥から戻ってきた。

 

「おやっさん。掃除終わったよ。」

 

そう言って雑巾をロバートに手渡す。

 

「随分綺麗になったな。」

 

(綺麗になった?・・・そんな大したことしたっけ?・・まぁ・・いいか。)

 

そう言うロバートにブリタは困惑するように笑う。

 

「労働には対価が必要だな。」

 

そう言ってロバートはブリタが清掃した机の上に皿を置いた。その上にはチーズや卵、それに牛肉をふんだんに作ったパスタがあった。

 

「食え。」

 

「おやっさん。いいの!!?」

 

「俺は忙しいんだ。質問なら後にしろってんだ。」

 

「おやっさん。本当にありがとう。」

 

店の奥に行くとロバートは僅かにだが口角を上げた。

 

ブリタはパスタを平らげた後、そのテーブルにポーションを置く。

 

(おやっさんには感謝しかないね。)

 

ブリタはポーションを眺め始めた。

 

「今日は人生最高の日だな。」

 

 

 

___________________________________________

 

 

店のドアが開いた。

 

ロバートや店でただ酒飲んでいる酔っぱらいたちがそちらを見る。

 

「!!?」

 

そこにいたのは漆黒の全身鎧(フルプレート)を身に纏う人物と黒髪黒目の美女だった。

 

男たちが驚いたのが全身鎧の人物よりもそれに付き従う美女である。もし二つ名をつけるならば『美姫(びき)』が一番しっくり来るだろう。だが二人とも冒険者プレートは(カッパー)であった。

 

全身鎧の人物を見ていた酔っぱらいたちは期待する。もしやあの人物も絶世の美女なのではと思ったのだ。

 

「2人部屋を希望する。飯はいらない。」

 

その声を聞いた酔っぱらいたちは失望し、勝手に嫉妬した。美女ではなく野郎なのだ。そしてそれが意味する所は男が美女を好き勝手できると結論に達した。勿論それは彼らのただの妄想なのだが。

 

(ちっ・・気にくわねぇ。)

 

禿げ頭の男が足を伸ばす。

 

「うん?」

 

漆黒の全身鎧を着た人物の足元に何かが当たった。

 

「痛ぇぇ。あぁ・・これは骨折れちまったな。」

 

そう言って禿げ頭の男が自らの足を抱えて下品な顔を浮かべる。

 

「お詫びにそこの女を一日だけ貸してくれないか?そうすりゃ治療費は無しにしといてやるぜ。」

 

その言葉に嫌悪感を抱いた美女が腰に掛かった剣を抜こうとする。

 

「よせ。ナーベ」

 

そう言って漆黒の全身鎧の男が手で制する。

 

「しかし!モモンさん」

 

ナーベと呼ばれた女が食い下がった。

 

「まぁ、何でもいいが相手してくれよ」

 

そう言って禿げ頭の男がナーベに手を伸ばす。

 

「痛ぇぇぇ」

 

禿げ頭の腕をモモンと呼ばれた男が掴んでいた。掴まれた腕はびくともしなかった。

 

「私の連れに何をしようとした?」

 

「離せぇよ!」

 

モモンは掴んだ腕を離す。

 

「分かりゃいいんだよ」

 

禿げ頭の男は次に胸倉を掴まれた。それも片腕でだ。

 

「!!おい!!冗談だろ!!?」

 

酔っぱらいの男たちが驚愕する。あれ程の重量を感じさせる全身鎧を着込みながら片腕で大の男を持ち上げる腕力。

 

「離せ!」

 

「望み通り離してやる」

 

そう言ってモモンは男を投げ飛ばした。その際に机や椅子が壊れる音がした。

 

「うきゃぁぁぁぁっっ!!!!!」

 

「?」

 

「ちょっとアンタ!」

 

そう言って赤毛の女がモモンに歩み寄る。

 

「えっ?俺?」

 

「アレを見なさいよ。アレを」

 

「えっ・・」

 

モモンが見た先には壊れた机や椅子。そこに横たわる男。それと何かが割れて青い液体が床に広がっていた。

 

「私が倹約に倹約を重ねたあのポーションを壊したのよ!!弁償しなさいよ!!」

 

「喧嘩をふっかけてきたのはこいつらだ。こいつらに請求したらどうだ?」

 

「無茶言うな。こいつはいつも飲んでばかりよ。そんな奴が金を持っているはずないでしょ!アンタが弁償しなさいよ」

 

「分かった。これでいいか?」

 

そう言ってモモンは懐からそれを取り出した。

 

ブリタはそれを乱暴に手に取ってそれを見た。

 

(赤いポーション?血みたいな色・・)

 

「私たちは行くぞ。ナーベ」

 

「はっ」

 

そうして嵐の様な2人は二階に上がっていった。

 

 

_______________________________________________

 

 

「はぁっ・・・・」

 

モモンはため息を吐くと兜を脱ぐ。そこから黒髪黒目の男の顔があった。

 

「ようやくエ・ランテルに着いたと思ったらこれかよ」

 

「あの女、気にくわないですね」

 

「いや、あの女はいいんだ。ポーションを壊したのは俺だしな。仕方ないだろう」

 

モモンはナーベと二人っきりの時は一人称は『俺』を使う。これは他の冒険者に舐められないようにということで決めたことであった。無論ナーベも了承済みである。

 

「それにしても汚い部屋ですね。」

 

部屋には埃が舞っており、部屋の片隅にはクモの巣が張っていた。

 

「仕方ない。今は金が無いんだ」

 

スレイン法国から何とか脱出し、エ・ランテルまで生き延びることが出来た。

 

(あの吸血鬼・・・ホニョペニョコ・・次に出会う時は勝てるようにならなければ・・)

 

「それもそうですね・・」

 

「まずは生活の為に仕事探し・・冒険者組合に行くぞ」

 

そう言うとモモンは兜を被った。

 

 

 

 


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