漆黒の英雄譚   作:四季 春夏

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ブレイン=アングラウス

リ・エスティーゼ王国の中心に位置する王都リ・エスティーゼ、それと同じく王の直轄地であり帝国との戦争の際は前線として使われる交易都市エ・ランテル。この二つの点を結ぶ線として街道がある。その街道は王国の第三王女ラナーによる献策により整備されていた。しかし街道の全てが整備されているという訳ではなかった。当然だが悪路と言えるような道もあり、そのような場所は崖や森の近くを通るせいで略奪者に襲われることも珍しくはない。それゆえ一部の商人たちが話し合い『略奪者』たちを討伐する依頼を出したのはまだ新しい。

 

その街道の森の近くにすり鉢形の窪地がある。その中央部にぽっかりと開いた穴がある。

 

一言で言えば「洞窟」であった。

 

その穴からわずかに光が漏れており中に誰かがいるのは明白であった。

 

洞窟入り口の両脇に二人の見張りが立っている。

 

その二人の装備を見ると統一されておらず王国の衛兵でないのは一目で分かる。

 

「あいつら上手いことやってるかな?」

 

横にいた男が声を掛けた。

 

「どうせもうすぐ帰ってくるだろ?」

 

「見張りが交代制なのは分かるが、このタイミングでとは最悪だなぁ」

 

「違ぇねぇ」

 

(今頃外に行った奴らは愉しんでるんだろうなぁ)

 

その様子を想像して男の下半身が熱くなる。

 

「俺も早く愉しみてぇ」

 

「中の奴を使えよ」

 

「嫌だね。あいつらもう壊れちまってるだろう?反応しないし・・」

 

「違ぇねぇ。あぁ・・早く戻ってこーい。俺も愉しみてぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの世で愉しんどけ」

 

 

「「!!!!?????」」

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと目の前に男が一人で立っていた。

 

「誰だ!!?」

 

2人が武器を構えようとした瞬間、見張りである一人の首が飛んでいく。

 

まだ首のある見張りは目の前の男を凝視する。その出で立ちに見覚えがあったからだ。

 

ボサボサの青い髪、筋肉質な身体、そして最も特徴的なのは男の顔だった。

 

「まさかお前は!」

 

「ほう・・俺を知っているのか」

 

「ブレイン=アングラウス!!?」

 

 

かつて『王国御前試合』と呼ばれる大会があった。

リ・エスティーゼ王国で行われた催しである。早い話が王国内で誰が一番強いか決めるというものであった。

そこの決勝戦に残ったのがガゼフ=ストロノーフとブレイン=アングラウスの2人であった。

お互いの実力は同じ。戦いは数時間に及んだ。最後はガゼフの放った一撃でブレインが敗北。

その試合を見ていた者はみんな興奮していた。俺もその内の一人だ。

その後ガゼフは王に仕え王国戦士長の職に就いた。ブレインも大貴族たちからスカウトを受けていた。

 

ガゼフに負けたのが悔しかったのか・・

貴族が気に入らなかったのか・・

 

理由は誰にも分らないがブレインは誘いを全て断り、旅に出たらしく行方不明だった。

 

そんな男が目の前にいた。『あの』ブレイン=アングラウスが・・

 

 

 

「俺も有名になったもんだな」

 

そう言ってブレインは男に一歩近づく。男は一歩後退する。

 

「おい止めろよ。あっ!そうだ俺たちの仲間にならないか?」

 

「お前たちの?」

 

「あぁ。俺たちは泣く子も黙る『死を撒く剣団』だ。マジックアイテムだって奪い放題!女だって!」

 

「断る!」

 

「くっ・・刀を収めたのは失敗だったなぁ!」

 

そう言って男はメイスを両手を使って振り上げる。

 

次の瞬間、ブレインの腕は大きく広げられていた。持っていた刀も同じであった。

 

「えっ・・・えっ!?」

 

男は自分の両手首の先から感覚が無いことに気付く。見ると両手首先が無い。それを見て自分の両手首より先がブレインにより切り落とされたことに気付くまで数秒掛かる。

 

「あっ・・・・あっっぁぁぁぁ!!」

 

だが「斬られた」と認識した瞬間、男の全身に数秒間溜まっていた反動か激痛が走る。それは筋肉、血液、神経、あらゆるものを巡って痛みという痛みを伝える。燃えるような痛みが男を襲う。

 

「どうしてだぁぁ!?俺たちがお前に何をしたぁぁぁ?」

 

「ただの武者修行さ」

 

 

そう言って刀を納めるブレインを見て男は息絶えた。

 

男の死を見届けたブレインは洞窟の中に向かって進んでいった。

 

 

 

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『死を撒く剣団』

 

戦うことしか知らない傭兵たちが最後に流れ着く先は略奪者・・即ち犯罪者である。だがただの略奪者ではない。それが証拠に襲撃は全て成功し、襲撃された際は返り討ちにした。

もし戦い以外のことで何か一つあればリ・エスティーゼ王国の戦士長ガゼフ=ストロノーフや彼の部下の様に何かの為に・・何かを『守る』為に戦う者になれたであろう。

 

だが彼らは力を『奪う』ことに使っていった。

 

商人を襲い・・

 

馬は食い・・

 

男は殺し・・

 

女は犯し・・

 

子供は売り払う・・

 

そして得たアイテムでより強く、得た金銭で凶悪を撒き散らす。

 

そうやって根こそぎ奪っていく彼らは悪党と呼ぶにふさわしい者たちだろう。

 

だがそんな生き方をしている者が碌な最期を迎えないのは歴史が証明している。

 

その最たる例がおとぎ話で語られる『八欲王(はちよくおう)』であろう。

 

 

 

________________________________

 

 

 

見張りのいた入り口から百歩歩いたあたりでブレインはあるものを見た。

 

「これは!・・」

 

ブレイン=アングラウスは自分の目を疑った。

 

「死んでる・・」

 

殺されていること自体は決して問題ではない。だがそれだけならばブレインは決して驚かない。

驚いた原因は二つ。

一つは見張りが異変に気付かなかったことである。それは即ち異変を知らされる前に殺害されたかマジックアイテムを使用して音でも遮断したかなどである。ブレインもかなりの実力者だと自負しているが彼らの人数を見るにここまで上手く早くは殺せないだろう。それと音を遮断するマジックアイテムは高額の為なかなか手を出せるものはいない。

もう一つはブレイン自身が気付けなかったからである。武技を発動していないとはいえブレイン程の実力者などであればまず間違いなく気付く。そのブレインが気付けなかったというのはどう考えても異常である。

それらが意味する所は・・・

 

(ガゼフ級の奴がいるかもな・・)

 

ブレインはそう結論付けた。かの王国戦士長であるガゼフ=ストロノーフ。ブレインが唯一ライバルとして認める人物であり倒すべき目標の男。その男と同格の人物がいる。それを考えるとブレインの口元がニヤリとなる。

 

「これをやった奴を倒せば俺はガゼフを超えることが出来る」

 

長い武者修行ももうすぐ終わりだ。

 

コツコツ・・・・

 

ブレインの耳に何やら足音が聞こえる。洞窟の奥に目を向ける。暗くて姿を確認できないがかなり近いだろう。そして向こうはこちらに間違いなく気付いている。

 

ブレインはマジックアイテムである指輪の効果を発動する。

 

コツコツ・・

 

ブレインは刀に手を掛けると武技『領域(りょういき)』を発動する。これは自身を中心とした知覚範囲を円形に広げるというもの。

そしてこの状態から放たれる武技は『神閃(しんせん)』。この一撃はあまりの速さゆえに血が刀に付着することすらない。

 

コツコツ

 

やがて姿が見える。

勿論、この瞬間ですら『神閃』をいつでも発動できるように構える。

 

やがて全身を白に纏う女が現れた。

 

「お前がやったのか?」

 

ブレインは自分がしっかりと刀を持っていることを再確認すると目の前の一人の女に問う。

 

全身に白を纏う女。帽子、仮面、貴人服といった格好だ。

白い帽子からは長い真っすぐな金髪が揺れている。

白い仮面の目の部分からは血を連想させる赤い瞳が見えた。

白い貴人服からは零れんばかりの胸があった。控えめな色である白に反して自己主張の激しい部位であった。

 

最初はその魅力的なプロポーションに見とれた男たちを殺したのかと疑問に思ったがすぐにその考えを捨てる。

 

(王国戦士長のガゼフと同格かもしれない奴だ。そんなはずはない)

 

ブレインの目指す『強さ』はそんな下らないことで勝ち得られるものではないはずだ。

 

「それがどうかしたの?」

 

女の声は外見に反してどこか幼さを感じさせた。

そのギャップがブレインにより一層警戒を強めさせる。

 

「一応こいつらは俺の獲物だったんだが・・」

 

「あら・・そう」

 

女はまるでブレインに興味が無いといわんばかりに返事をするとブレインに向かって歩み始めた。

 

「待て!」

 

女は立ち止まる。明らかに溜息を吐く音が聞こえた。

 

「何かしら?」

 

女はブレインの顔を見る。何故自分が声を掛けられたのか分からないといった様子だ。

 

「こいつらを殺した理由は何だ?」

 

「『武技(ぶぎ)』を使えなかったからよ」

 

ブレインの胸が締め付けられる。

 

(どういう意味だ・・・いやそれよりも)

 

「何故『武技』の使い手を探す?」

 

「『ある武技』を使える者を探しているの。これでいい?もう行っていいかしら?」

 

女は面倒臭そうに答えるとブレインの横を通り過ぎていった。

 

ブレインは女のその行動に意表を衝かれた気分だった。思わず振り返る。

 

「もし俺がその『武技』を使えるとすればどうだ?」

 

ブレインは女の様子を見る。女は立ち止まるとやがてこちらを向く。

 

「あまり無意味な殺人はしたくないのだけれども、アレを使えるのであればそうもいかないわね」

 

女のその様子からブレインには女の言う『ある武技』が使えないと思っている様子だ。

 

「どうしてお前が俺を殺せると思ってる?」

 

安い挑発だ。そう自分でも思う。

 

「理由は簡単よ。私の方が強いから・・それも圧倒的にね」

 

「?」

 

「あなた名前は?」

 

「ブレイン=アングラウスだ」

 

「そう・・時間を無駄にはしたくないの。とっとと始めましょうか」

 

 

 

ブレインと女の距離は約15歩。

 

女はブレインに向かってゆっくりと歩き出した。

 

ブレインは構えたままだ。対して女は何の構えもしなかった。

 

(何の構えもしないだと!ほえ面かきやがれ!)

 

武技『能力向上(のうりょくこうじょう)』を発動させる。

 

(一瞬で決める!)

 

領域の範囲内に入るのに後3歩、2歩、1・・・

 

この技は相手の頸部を一刀両断することにより、噴き出す血飛沫の音から名付けた技である。

 

秘剣・虎落笛(もがりぶえ)

 

 

 

 

 

 

 

 

だが・・・

 

「なっ・・」

 

ブレインの人生全てをもって磨いてきた技は・・

 

「嘘だろう・・・」

 

女によって防がれた。

 

「やっぱり探している『武技』では無かったようね」

 

それも右手の小指一本でだ。

 

「・・・・嘘だ」

 

俺が目指していたものは一体・・

 

「もう十分でしょ?行っていいかしら?」

 

女はやっぱりといった感じでその場を去ろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だぁぁぁぁっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女はため息を一度吐くとブレインのいた背後に振り返る。

 

「しつこい男は嫌われるわよ?」

 

「もう一回だ!」

 

ブレインは再び構える。

 

女はやがて了解したのか再びブレインに向かって歩き出した。

 

(何かの間違いに決まっている!俺の技が通用しないわけがない!!

 

『能力向上』『領域』『神閃』。よし今度こそ・・・)

 

ブレインは先程よりも女が二歩近づいた位置で剣を抜いた。

 

秘剣・虎落笛!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで満足した?もういいわよね?」

 

だがブレインの秘剣は再び女により防がれてしまった。

 

「嘘だ・・・化け物か・・」

 

ブレインの頭の中で何かが砕けちる。それはプライド。

 

 

 

 

 

ブレイン=アングラウスという男は剣に生きてきた男である。

 

才能に恵まれ『剣』を自分の分身として扱える程であった。

 

剣の達人と呼ばれる者を倒すにまで至った。

 

だがそんな中ガゼフ=ストロノーフに敗北したことで初めての挫折を味わった。

 

その後、放浪の旅を経て『刀』を手に入れた。

 

その後は『刀』を自分の分身として多くの敵を葬ってきた。

 

全てはガゼフ=ストロノーフを倒す為・・・

 

『最強』を倒す為・・・

 

 

 

 

「俺の目指したものは一体・・・」

 

「もう行くわよ」

 

女は去っていく。

 

ブレイン=アングラウスは刀の持っていない方の手で女の背中に手を伸ばす。

だが手をピクリと止める。

 

(俺は何で手を伸ばすんだ?敵わないのに・・・同じ方向に行くにはあまりにも離れている・・)

 

「俺の・・・俺の努力は・・俺の人生は・・」

 

ガゼフ=ストロノーフの敗北の時ですらブレインはその感情を出すことは無かった。

 

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!!」

 

 

持っていた『刀』を地面に投げつけた。

 

戦うことも出来ず、逃げることも出来ない。

 

 

ブレインはただ蹲って泣き叫ぶことしか出来なかった。

 

 

 

 


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