バハルス帝国の首都である帝都アーヴィンタール、そこの皇城にある応接間に四人はいた。
一人目はバハルス帝国の最高戦力であるフールーダ=パラダイン。帝国の最高戦力としての権威を示すかの如く一級品のローブに身を纏っている。襟元と袖に付けた香水が良い香りを放ち、視覚だけでなく他の感覚にもその名に相応しいものを身につけている。
二人目はロウネ=ヴァリミリオン。皇帝ジルクリフの書記官の一人であり非常に優秀な人物だ。フールーダと共にいることから今回の応対を如何に皇帝が重視しているかは言うまでもない。
三人目はレイナース=ロックブルズ。帝国の『四騎士』の一人であり"重爆"の名で知られる女性である。皇帝ジルクリフから選出されただけあって非常に優れた防具を纏い、その手には槍が握られている。そこから放たれる一撃を想像するだけで無力な悪党は尻尾を撒いて退散するだろう。
そして最後の一人はモモンである。
応接間にあるテーブルを挟んで二つの大きなソファが置いてあり、そこにモモンとフールーダが対面するように座っていた。その二人の背後にそれぞれレイナース、ロウネが立っていた。
「初めまして。モモン殿」
「初めまして……パラダイン殿」
(まさかフールーダ様自ら来られるとは……陛下は不在なのかしら?こんなこと計画には無かったはずだけど…)
レイナースが聞いていた当初の『依頼』の過程はこうだ。レイナースが依頼人としてエ・ランテルへ出向き、かの【美姫】について語り、モモンに関心を持たせてを帝国へ連れて来る。そこで真の依頼人である皇帝ジルクリフがモモンに【美姫】の居場所を知らせ、その場所の探索をモモンに依頼する。
(それが当初の計画のはず……何か私の知らないことが起きた?陛下が不在になる程の何かが?……それ程までの事態が起きた!?)
(……元々フールーダ様が応対すること自体がおかしい"あの"フールーダ様がモモン様と応対している?一体何故?)
このフールーダ―という男。本来政治にも社交にも関心は無く唯一の興味は魔法だけであり、可能であればその研究にのみ没頭したいと考えていた。そしてそれは皇帝に仕える者であれば周知の事実であった。無論レイナースも例外ではない。子供の頃は憧れていただけに入隊した後に事実を知ってショックを受けたのはレイナースだけではないはずだ。
(何か嫌な予感がするわね……)
ロウネの方をチラリと見るも表情や雰囲気からは何も察せそうにない。レイナースは何とも言えない違和感のせいで自らの額を伝う汗を膿と数秒勘違いする程度には気持ち悪かった。
「貴方がかの有名な【漆黒】のモモン殿ですね。ヤルダバオトの件はお聞きしましたよ」
「……えぇ。そうです。まさかもう帝国の方にまで知られているとは驚きました」
「【漆黒】のお二方の活躍は帝国にまで届いています。聞かない日はありませんよ。いやどれも偉業と言うに……いや伝説、いやその程度ではありません!神話と呼ぶに相応しいでしょう!」
レイナースにはどう見てもフールーダが喜んで……いや興奮しているように見えた。
(演技……かしら?この御方が戦士であるモモン様には興味を持たれるはずはないわよね。むしろ第六位階魔法を使いこなす可能性があると推測されているナーベ殿の方ならば分かるんだけど……。あれかしら?モモン様と仲良くなって後々ナーベ殿と友好を築きたいとか思ってるのかしら?)
「ゴホン」
モモンが咳をする。それは明らかに「早くしてくれ」という意味が込められている。
(急かしたくなるのも当然よね……だってモモン様にとってナーベ殿は唯一無二の相棒なのだから。そのことで呼ばれているならそうなるわよね)
「フールーダ殿……本題を」
「……申し訳ありません、モモン様。それでは本題に……いえ何か現時点でお訪ねしたいことはありますかな?」
「それでは一つだけ。エ・ランテルでレイナース殿に聞きました。謎の遺跡にナーベが入っていく所を見た。これは事実で間違いないですか?」
「えぇ。事実です。詳しくは話せませんが魔法で確かに発見したのです」
----沈黙----
それが数秒間続く。
その沈黙を破ったのはモモンであった。
「失礼ですが、私も周囲を頼りに調査をしましたがナーベを発見できませんでした。貴方方はどうやって発見されたのですか?」
「……陛下からある程度の発言は許されていますのでお答えしましょう。実は元々ある遺跡について調査しようとした所にナーベ殿を偶然発見したのです」
「………」
モモンは首だけ後ろを向いてレイナースの方へと視線を向けた。レイナースは頷く。
(嘘ではないわ。きっとモモン様はナーベ殿個人を探そうとして発見できなかったが、どこか特定の場所を調べようとしてナーベ殿を発見できた。手順が異なったから発見できた。私は詳細までは知らされていないけどそんな所かしら)」
「それでその遺跡の場所はどこに?」
「……遺跡の場所は現時点ではお答えできません」
----沈黙----
再び沈黙を破ったのはモモンだ。ただし先程とは異なり言葉に--必死に抑えているのだろう--僅かに怒気を含んでいた。
「……何故ですか?」
「理由を語る前にまずはご説明しましょう。その遺跡は……私のいる魔法省では一先ず【大遺跡】と称していますが少しおかしい点があるのです」
「【大遺跡】?……おかしい点とは何ですか?」
「……おかしい点は二つあります。一つは綺麗過ぎることです」
「綺麗過ぎる……誰かが住んでいる?もしくはそこを拠点としている…ということだろうか。もう一つは?」
「魔法省では過去にその【大遺跡】のある周辺地域を調査したことが何度かあります。しかし……」
フールーダはそこで言葉を一度切った。
「今までそこは草原があっただけです。間違えても巨大な建造物など存在していませんでした」
「!?」
「私たち魔法省が陛下と話し合った結果、建造物が今まで発見できなかったいくつかの可能性を考慮しました。一つは最初は建造物が無かったという可能性。二つ目が幻術で建造物は存在しないという可能性。そして……」
「魔法などで建造物を隠していた可能性……ですか」
モモンは不思議と口に出していた。
(私も知っているのはそこまで。ここから先は私も知らされていない話ね。やはりフールーダ様の口ぶりからして第7位階魔法よりは上の魔法使いがいることになる。それはつまり……)
「えぇ。ただしこの場合はあることを考慮しなくてはなりませぬ」
「……何故今まで隠していたか、あるいは何故今発見される事態になったのか……ですね」
「我々の出した結論はナーベ殿を迎え入れる為にその建造物が出現した…かと」
「それでナーベは?」
「我々魔法省は引き続き監視していますが現時点ではナーベ殿はそこから出たのは確認出来ていません」
「分かりました。フールーダ殿、それでは場所を言えない理由をそろそろ教えて頂いても?」
「話せない理由はですね……実は陛下はモモン殿を気遣っておられるのです」
「私を…ですか?」
その言葉にモモンは意外だと思ったのだろうどこか驚いたような口調であった。
「えぇ。陛下は大変慈悲深い御方です。モモン殿が『国』というものに振り回されるのではと危惧しておられます」
「冒険者は国家に属さない……故に中立ですが」
モモンが発したのは当然のこと。冒険者の不文律についてだ。これは王国だとか帝国だとか国は関係なく、大半の国民が常識の如く知っていることである。
「それも状況次第でしょう」
「ヤルダバオトの件を仰っているのですか?」
ヤルダバオトによる王国への襲撃。確かにあの時ばかりは国家に属さないはずの冒険者が王女救出という名目で各々戦った。国家の危機という非常事態ゆえ仕方ないといえばそれまでだが、少なくとも『冒険者は国家に属さない。ゆえに中立である』という不文律は破られたものである。
「えぇ。あれで証明されてしまいました。国家の危機に関しては冒険者は中立でいられないということを。それは何よりかの強大なヤルダバオトを撃退した貴方が一番ご存知では?」
「……それはそうですね。しかし我々が例外という訳ではないでしょう?竜王国のような例もありますし」
「竜王国……あぁ、【クリスタルティア】のことですな。確かに彼らは国家そのものに半ば属していたように思えますな」
「そういうことです」
「しかし【クリスタルティア】如きと【漆黒】では格が違いますぞ。それに……【クリスタルティア】はチームでようやく、【漆黒】はモモン殿ただ一人でも民たちに安心感を与えている。影響力は比較することさえままならないでしょう。現に」
「……」
モモンは何かを言おうとするもフールーダの言葉は止まらなかった。
「モモン殿はそれで自らの力を証明した……いやしてしまったと言った方が正しいですかな?」
「何が言いたいのですか?」
「その一件について報告を受けたエ・ランテルの首脳陣、それと王国の上層部たちはこう考えたはずです。【漆黒】がいれば王国は大丈夫、エ・ランテルは守られていると……」
「誰かが困ってたら助けるのが当たり前です。それで人々が安心して暮らせるのならば私はそれでも構わない」
「……モモン殿、貴方が高潔で偉大な方なのは周知の事実。この私も陛下さえ疑ってはおりませぬ。しかし貴方は王国という小さな枠組みに縛られているように思えますぞ」
「……」
「先程、貴方は『冒険者は国家に属さない。故に中立だ』と仰いましたが実際にそうでしょうか?」
「さっきから何が言いたいのですか?フールーダ殿」
「ではお聞きします。もし私が帝国に鞍替えをしなければナーベ殿の居場所を教えないと言った場合、貴方はどうされますかな?」
「それは……」
モモンは即答出来なかった。大事な相棒であるナーベと自分たちを慕う者たち。大事なのはナーベだ。そこは断言出来る。しかしそれは王国にいる者たちの信頼などを裏切る形になってしまう。もしモモンが何も理解しようとしない愚者であれば……何かを簡単に切り捨てられる冷酷さを持っていれば悩まずナーベだとこの場で声を大にして語っただろう。しかしモモンは賢くまた慈悲深かった、その英雄と呼ぶに相応しい人格から自分の我侭だけで誰かを切り捨てるという決断は下せなかった。
少しの沈黙が続く。
「……」
しかし沈黙を破ったのは意外な人物であった。
「フールーダ様!お戯れが過ぎるのでは!」
そこに割ったのはレイナースであった。フールーダもロウネでさえ驚いた表情を見せていた。口には出さないがモモンも驚いていたのだ。
「ロックブルズ嬢。どうしたのかね?声を荒げて」
「さっさと本題に入って下さい!モモン殿はお忙しい中、帝国までわざわざ来て頂いた方です。そんな方に説教じみた言葉など無礼極まりないではありませんか!」
---沈黙---
ただし先程までのものとは異なり、それはその場の空気が一変する程のものであった。ゆえに場に流れていた空気は一度壊されたのだ。
そもそもレイナースがこうして激怒したのも恩人であるモモンに対してあまりにもぞんざいに接するフールーダに我慢ならなかったからである。
「……そうじゃな。すまない。モモン殿。貴方の人柄を見たかったのです。どうか私めの謝罪を受け取ってほしい」
そう言ってフールーダが頭を下げた。それを見たレイナースは自らが持つ槍を握る力を緩め一度深呼吸をして落ち着いた。
「いえ……」
「先程は失礼しました。実は我々が懸念したのは貴方が王国から何かしらの"役割"を以て派遣されたのではと疑っておりました」
「……警戒されるのは当然だと思います。して理由を伺っても?」
あえて"役割"というものを追求しなかった。この場合の"役割"というものは十中八九よろしくないものだろうと誰もが分かっていたのである。だからこそモモンは話を次に進めたのである。
「フールーダ様。ここから先は私が話しましょう」
「分かった。そちが話した方が円滑に進むじゃろう。頼む」
フールーダの肩を叩いたロウネはそう言って話し手を変わった。
「モモン様。貴方様はリ・エステティーゼ王国の現国王ランポッサから"剣"を授与されましたね?」
「!っ」
「その剣は本来、貴族の爵位と共に授与されるべきもの。それを授与されたということが他国からすれば問題なのですよ。何かあれば国王ランポッサはこう言うでしょう。『剣と共に貴族の爵位を授与した』と。それはつまり王国の貴族になったのと同じことです」
「………私は冒険者だ。あくまで中立です」
「そうです。それが事実でしょう。しかし周囲の人々や国家はそうは思いません。冒険者組合長などあたりからは帝国からの依頼は良い顔をされなかったのでは?」
「………」
モモンには思い当たる節があり過ぎた。冒険者組合長たちの表情はまさにそれに当てはまるものだったろう。彼らのレイナースを見るものにはどこか排他的な感情を感じたのだ。だがモモンは同時に理解もしていた。自らの故郷を守る為にはそういった感情も必要だということを。
「だからこそご安心を。少なくとも陛下はそういったモモン殿の状況を理解しておられる」
「どういうことですか?」
「モモン様、【漆黒】だけにこの依頼を出してしまえば王国との関係は悪化するかもしれません。そうでなくとも面倒事に発展する可能性は無いとは言い切れませぬ。しかしこれを解決するために陛下は一つの答えを出されました」
「それは一体?」
「『大遺跡』の調査、これをワーカーたちに依頼しましたのでその護衛を貴方にお願いしたい。無論現地に到着すれば自由に行動して下さって構いません。こちらもモモン様には干渉いたしません」
「……護衛という名目で調査できる……か。しかしこれでは私ばかりが得してしまっているように思えますが?」
「問題ありません。ワーカーたちへの依頼への説明にも記載していますが、その遺跡で持ち帰ったものは全て帝国及び皇帝に所有権があるものとしていますので…」
「失礼ですがそれは"物"の話という認識で合ってますか?」
「えぇ。"物"という認識で間違いありません」
「……分かりました。それでいつから調査ですか?」
◇◇◇◇
◇◇◇◇
モモンが皇城から出ていく。宿を探す為に出ていったのだ。その姿を窓から見ていたフールーダは誰にも聞こえない声で呟いた。
「流石は陛下……全て思い通りですな」
そう言って不敵に微笑んだ。
すみません!久々に投稿しました!
既に忘れている方もいらっしゃるかもしれませんが投稿しました。
本当はもっと内容をしっかりさせてから投稿したいのですが、
書けそうな状況の内に話を進めたい気持ちの方が勝ったので投稿しました。
読んで下さる方のお目を汚してしまうかもしれませんがどうかご容赦下さい。
これからも稚拙な文章をよろしくお願いします。
激辛プリン