漆黒の英雄譚   作:おしるこをしるこ

94 / 116
投稿に思った以上に時間掛かっちゃいました。申し訳ありません。
一万字以上あるので少し長いかもです。



"鮮血の戦乙女"

「シャルティア・ブラッドフォールン……【守護者】だと!?」

 モモンはその名前を繰り返した。それは確認の為であった。モモンにとって重要な意味を持つのはむしろ名乗った後の役職であった。それは過去に聞いたことがあり一度聞いたら忘れることが出来ない程印象深いものであった。モモンの知る限り【守護者】の名称を使っているのはアインズ・ウール・ゴウン魔導王に仕える【守護者】だけだ。

 

 

 

 

「まさか……(ナーベはアインズ殿のいる魔導国にいるのか!?でも何で!?)」

 

 

 

(それなら何故俺たちに何の話もしなかった?無いとは思うが……まさか!)

 頭を金属の塊で殴られた様な衝撃を受ける。思わず足元がフラつきそうになる。だがすぐに唇を噛むことで痛みを走らせて感情を押し殺した。

 

 

 

(精神支配を受けたのか……いやしかし手紙の筆跡は間違いなくナーベの筆跡だった。特に不自然なことはなかった。その後に精神支配を?それとも他に可能性が?…)

 モモンは首を横に振るう。ナーベのことで思考が乱れるが今は考えるのは得策ではない。目の前にいる【守護者】シャルティアが無事に自分たちを逃がしてくれるとは限らないからだ。

 

 

 そして先程シャルティアは第一・第二・第三階層の【守護者】と告げた。恐らくだが【守護者】とは複数の階層を守護する者たちなのだろう。まさかシャルティアだけが複数の階層を守護しているとは考えにくい。となるとモモンが今まで出会った【守護者】は四人。アウラとマーレ、コキュートス、そしてシャルティアだ。つまり【守護者】一人あたりに階層が最低でも三つだと考えた場合、この【ナザリック地下大墳墓】は最低でも第十二階層存在することになる。

 

 

 

(勝てる訳が無い。アウラとマーレのあの双子は正直分からないが……少なくともコキュートス殿には絶対に勝てない。しかも向こうにはセバス殿すらいる……)

 

 

 

「ぬし…どうしたでありんすか?」

 シャルティアは疑問に思ったのは当然だろう。目の前には侵入者、しかしその最前線に立つ指揮官らしき人物は何故か喋らない。魅了された訳でも、恐怖で身体を硬直している訳でも無かった。その程度は流石に見ただけで分かる。

 

 

(どうするのが正解だ?……俺一人なら間違いなく戦うだろう。しかし今は彼らが後ろにいる。慎重に答えないとならないな)

 モモンは兜の中で一度深呼吸をすると口を開いた。

 

 

「シャルティア殿……で良かったかな?この…【ナザリック地下大墳墓】に調査の為とはいえ勝手に入ったのは謝罪する。どうか私たちを見逃してはくれないかな?」

「………その前に一つ聞きたいでありんす」

 

「何が聞きたい?」

 モモンのその問いに応えるようにシャルティアはモモンの背後にいるワーカーたちに人差し指を向けた。

 

「先程調査と聞いたでありんすが、誰がその調査を依頼したでありんすか?」

「それは……言えない」

 モモンは表向きの依頼人についてならば話そうかと悩むがやはり駄目だなと思いそれを語ることはしなかった。

 

表向き(・・・)の依頼人はフェメール伯爵でありんしょう。わたしが知りたいのは真の(・・)依頼人でありんす」

(!?バレてる……真の依頼人が皇帝だという可能性に気付いている?いやブラフの可能性もあるか?……それとも誰かが魔導国に情報を流した?あるいは監視系の魔法の類か?)

 

 あらゆる可能性を考慮したモモンは兜の中で息を呑んだ。自身が考えたそれらは全て魔導国であれば容易に実現可能だろうと思ったからだ。魔導国の手が---セバス殿が来ていたことから---王国だけでなく帝国にも伸びていることを意味していたのだ。額に冷や汗が伝う。だが再び唇を噛みしめて気を紛らわせるとそれは消え去った。これも錯覚の類だったのだ。

 

「何のことだ?私たちはただ雇われただけだが?」

「……もういいでありんす。あくまで真の依頼人については語らないのであればこれ以上は無駄でありんしょう」

 白を切るモモンに対してシャルティアはあきらめたように瞳を閉じた。するとほんの少しだけ(こうべ)を垂れた。そして口も閉じた。

 

 

 

 

(アレは一体何をして?……まさか<伝言(メッセージ)>の魔法か?少なくとも純粋な戦士職ではない?……今なら攻撃を仕掛けられるか?いや無駄だろう。それよりも……)

 モモンは首を動かさない様に視線をシャルティアの後方へと向ける。巨大な石の扉がそこにあった。

 

 

 

(さっきシャルティアが第一・第二・第三階層と発言した。このことから察するにあの扉の先は更なる地下の……第四階層へ向かうための道だろう。あの奥にナーベがいる可能性が高い!)

 モモンは再び首を横に振った。

 

(駄目だ。今は目の前の相手に集中しろ!危険に晒されるのは俺一人だけじゃないんだ)

 モモンはそう自分に言い聞かせる。モモンは兜の中で密かに深呼吸をする。幾分か冷静さを取り戻す。だが手が震えていることに気が付く。

 

(……落ち着け。ここで冷静さを失えば俺だけじゃない、背後にいる彼らも危険に晒してしまう。だから今は冷静になれ!)

 モモンは身体に走っていた震えを止めた。モモンは両手の大剣を握る力を強めた。間違いなく目の前にいる存在はあのホニョペニョコより強いからだ。

 

 

 

「………」

 やがてシャルティアが瞳を開け頭を上げた。その顔には先程までとは異なっていた。武技を使い続けていたモモンには僅かに殺気を感知できた。

 

(話し合いは無駄だったか……となると覚悟を決めるしかないようだな)

 モモンは大剣を持つ力を強めた。僅かにだが足も曲げておく。いつでも戦闘できるように構えた。

 

 

 

 

 

 

「侵入者に告げるでありんす。ぬしらは汚い足でこの地を穢した。その罪をその全てを以て償え」

 

 

 

 シャルティアがモモンたちに歩み寄る。一歩また一歩と。

 

 

 小柄なシャルティアからは想像も出来ないほどの存在感を感じ取る。目の前にドラゴンがいるかの様な……そんな威圧感と、強烈な違和感に襲われる。まるでその姿が本当の姿ではないのではと思わせるくらいに強烈であった。そんな彼女が歩む度に圧倒的な重圧(プレッシャー)を感じるのは仕方ない。実際モモンでさえ身構えてしまった程なのだから。

 

「ひぃ!」

「うわぁぁ」

「あぱぱぱ」

 ワーカーたちがパニックになる。無理もない。誰もが先程エルヤーを吹き飛ばした姿を見ていたからだ。戦士は接近を拒み防御の構えを、神官は神に祈りを捧げ、弓手(アーチャー)は震える手で何とか矢を引き絞り、魔法詠唱者は慌てながらも何とか魔法を行使……彼らはシャルティアに向かって遠距離からの攻撃を繰り返した。

 

「<魔法の矢(マジックアロー)>」

「<睡眠(スリープ)>」

衝撃波(ショック・ウェーブ)

「<酸の矢(アシッド・アロー)>」

 

「落ち着け!」

 モモンの制止も空しく数々の魔法がシャルティアに向かって放たれる。その中に混ざる様に投げナイフや矢も飛んでいく。

 

 

「無駄でありんす。ぬしら如きの攻撃が通る理屈がないでありんすよ」

 シャルティアに当たる前にまるで見えない壁のようなものに拒まれる。魔法は霧散し、投げナイフは弾けて落下、矢は急速に力を無くしたように地面へと吸い込まれる。

 

 

「私が行く!」

「よせ!」

 

 

 

 一人の魔法詠唱者の女が集団から飛び出し自身が放てる最高の魔法を放つ。先程モモンが言いかけていた言葉からシャルティアの種族には有効打になりうると確信し、この中で唯一人だけ第三位階を使う自負もあったからだ。この女……アルシェは自身の最高の攻撃力を持つ魔法を放った。

 

 

「<火球(ファイアボール)>!」

 アルシェの手から放たれた炎の玉がシャルティアの胸を焦がさんと飛んでいく。

 

 この中で一番高い位階魔法を使えるアルシェの魔法が防がれた。

 

「?……何かしたでありんすか?」

 

 シャルティアは先程の魔法すら防いだ。それを理解したワーカーたちの瞳に絶望が宿る。モモンはこのままではパニックになると判断し怒気を込めて大声を上げた。

 

 

 

「全員逃げろ!!絶対に戦うな!!」

 モモンのその言葉にワーカーのリーダーたちはハッとしすぐに撤退の指示を出そうと口を大きく開けて震えた声で叫ぶ。

 

 

「ぜ…全員撤退!」

 各ワーカーのリーダーたちが叫ぶ。しかしシャルティアは歩みを止めなかった。

 

 

 

「逃がす訳ないでありんしょう。<全種族魅(チャーム・スピーシ…)>「させるか!」っ!邪魔をするでないでありんす」

 シャルティアの放とうとした魅了系統の魔法を防ぐためにモモンはシャルティアに飛びかかり右手の大剣を以て薙ぎ払う。それを躱すためにシャルティアは魔法の詠唱を中断して後退した。

 

 

 

「全員撤退!死ぬ気で急げ!この女は私が相手する!何が何でも生き延びろ!」

 再び叫ぶ。その声で力を抜かれた足腰を奮い立たされた彼らが元来た階段に上がろうとようやく駆けだした。

 

 

「はぁ…面倒でありんすが仕方ないでありんすね」

 シャルティアのその言葉を聞いた瞬間モモンは嫌な予感がした。先程発動しようとした<全種族魅了(チャーム・スピーシーズ)>は恐らく生きたまま捕らえるための魔法だ。だとしたらその次の段階とはどんな攻撃を仕掛けるかは容易に推測できた。攻撃の為の魔法しかない。モモンはそれを止める為に跳躍し<課全拳・五倍><飛翔斬>を発動し大剣を二本とも大きく振りかぶった。

 

 

 しかし振り下ろした二本の大剣は左腕のみで(・・・・・)それを止められてしまう。それを振りほどくように左腕で大剣ごとモモンは投げ飛ばされた。しかしモモンは壁に対して両足をもって着地(・・)した。キッとシャルティアの方を見てその状態から大きく踏み込みシャルティア目掛けて跳躍(・・)した。そんなモモンの視界の中でシャルティアは両手を胸の前で叩きつけた。パンという音がその空間に広がる。

 

 

「うわぁぁぁっっ!!」

 宙にいたモモンは思わずそちらへ目を向けた。それはワーカーの悲鳴を聞いたからではなく何か得体のしれないものの気配を感知したからだ。階段を上ろうとしたワーカーたちの前にスケルトンの群れと巨大な何かがいた。そしてその何かこそが得体の知れない気配の正体だろう。

 

 

(アンデッド!スケルトンが……二百以上はいるな。それとあの大きなアンデッドが三体か)

 モモンの視界には階段の途中にいる巨大なアンデッドの兵士があった。

 

 

 

 身の丈が成人男性二人分ちかくあり、右手に何も持たず。左手に自らの肉体の大半を隠せるほどの大盾タワーシールドを持っていた。全身を黒い鎧に纏い、そこには人間の血管のような深紅の模様があり、触れるだけで刺さりそうな鋭い棘を持つボロボロの黒いマントをたなびかせていた。顔の部分が開いた兜は牛の角のようなものを生やし、顔は腐り落ちた人間の顔であった。そしてその顔にはアンデッドの証明である空っぽな眼窩に、生者への憎しみや殺意が宿る赤い炎が灯っている。

 

 モモンはその姿に覚えがあった。かつてミータッチの教えで知ったアンデッドの一体。

 

 その名前は確か……死の騎士(デスナイト)!!!

 

 

 

(!まさかこの女が召喚したのか?……もしやシャルティアは死霊術師(ネクロマンサー)?しかもよりによってデスナイトとは厄介な……アレは面倒だ)

 モモンはシャルティアに向けて右の剣先で刺突攻撃を繰り出そうと構えた。シャルティアはそれを舞踏会のステップの如く優雅に最低限の動きで横に躱す。それがモモンの狙いであった。シャルティアに接近できたモモンは左の大剣を地面に突き刺した。跳躍の勢いを殺し僅かに動こうとする身体を強引に止めたのだ。そしてその状態から突きの構えだった右の大剣を横に払う。

 

 

 しかしモモンの斬撃をシャルティアは真上に跳躍することで躱したのだ。シャルティアは笑う。モモンは左の大剣を宙にいるシャルティア目掛けて<飛翔斬>を放つ。しかしシャルティアはそれを宙で難なく躱しモモン目掛けて魔法を放つ。

 

 

「<全種族魅了(チャーム・スピーシーズ)>」

「ぐっ!<抵抗(レジスト)>!」

 

 モモンの中で急速にシャルティアに親密さを感じた。しかし息を大きく吸って吐いた。途端に頭の中に湧いたシャルティアへの友好的な気持ちが消失していく。

 

 

抵抗(レジスト)に成功したが……今のは少し危なかったな)

 そのままモモンは地上に舞い降りるシャルティア目掛けて右の大剣を投げるようにして斬撃を放つ。しかしこれを躱したシャルティアはモモンの左側に回り駆け出した。

 

 

____くっ早い!<星火燎原>!

 

 地面に突き刺したままの左の大剣から放たれた爆発がシャルティアを襲った。この距離だと爆風による衝撃と音で少しはダメージを与えるはずで、いくら【守護者】ですら無事ではすまないだろう。煙はシャルティアだけでなくワーカーたちも隠すようにに広がった。

 

 

 そしてそれがモモンの真の狙いであった。この煙の中でモモンはワーカーたちの撤退を邪魔するデスナイトを倒すべく駆け出した。

 

 

____動けよ。私の身体!<心頭滅却>

 

 

 

 煙の中でもワーカーとデスナイトの位置を完全に把握。デスナイトのタワーシールドでワーカーたちが何人か吹き飛ばされる。その中でも重装備であったはずのグリンガムが簡単に吹き飛ばされたことからデスナイトの攻撃力が高いことが分かる。最優先で倒すべきはデスナイトだ。モモンは目標を定めた。デスナイトに到達する前に駆けつつ何度も<飛翔斬>を放つ。流石にデスナイトぐらいのアンデッドは一撃では倒せなかった模様ようだ。しかし目的は討伐ではなく注意をこちらに向けさせること。デスナイトたちがモモンに関心を向け身体を向けてきた瞬間、モモンもデスナイトたちの元へ到達。そこから斬撃を放つ。袈裟切り、薙ぎ払い、燕返し……無数の斬撃をデスナイトたちに的確に放つ。

 

 

 デスナイトの咆哮が上がる。その勢いのままデスナイトが倒れた際にスケルトンたちが何十体か巻き添えで倒される。その風圧で周囲の煙が大きく吹き飛んだ。

 

 

 

「モモン殿!」

 ワーカーたちはモモンの存在に気付き名前を読んだ。デスナイトから誰が助けたかは一目瞭然であったからだ。

 

 

 

「でかいのは全員倒した!スケルトンは対処できるか!?」

 最早敬語を使う余裕すらないモモンは叫ぶ。そのモモンを見てワーカーたちは今の状況がどれだけ危険であるかを改めて理解し冷静さを僅かに取り戻した。

 

 

「あぁ。大丈夫だ。モモンさんこそ大丈夫か?」

 ヘッケランのその言葉にモモンは無事な訳がないだろうと返したくなる程余裕が無かった。しかしこの場で激情に身を任せて彼らを不安にさせまいとモモンは自身の気を静め慎重に言葉を選んだ。

 

「あぁ。私は大丈夫だ!……くっ」

 モモンは異変を察知しすぐさま後方に振り向き斬撃を放つ。左に勢いよく払うようにしたその動きは回転切りとでも表現するそれは後方に立っていたシャルティアに簡単に弾かれる。その際に僅かに左の大剣の重量が少しだけ軽くなった感覚を覚えた。

 

 

______ぐっ!この感じ…刃こぼれしたか!どれだけ強いんだ!?【守護者】ってやつは……。

 

 

 

「行け!早く!」

 モモンのその言葉にワーカーたちのリーダーが仲間のチームの名前を出し「戻れ!後ろのことは考えるな!」と叫ぶ。リーダーたちの言葉にハッとしたメンバーたちはすぐさま上へ戻る階段へと走り出した。気絶したエルヤーは置かれたままだ。丁度よくモモンの足元にいたため、モモンは左手の大剣を地面に放ち、エルヤーをつま先に引っ掛けるようにしてすくい上げてエルヤーのベルト部分を掴み。それを投げた。こちらに視線を意識していたグリンガムがそれに気づき振り向くとあまりにも乱暴な受け取り方であるも何とかキャッチした。

 

「彼も連れていってくれ!」

そこでスケルトンの大半が倒されてようやくワーカーの皆の逃げ道が確保された。彼らはあっという間に上の階層に進んだ。

 

 

 

 だがそんな中で逃げぬ者がいた。

 

 

 

 三人のエルフたちだ。

 

 

 

「お前たちも早く逃げろ!」

 モモンも叫ぶも無駄であった。彼らはモモンの大声に反応はするも死んだ瞳で地面を眺めているだけだ。

 

 

(何で!?……あの耳!やはり彼女たちは"奴隷"なのか?)

 帝国では奴隷という存在がいる。無論エルフも例外ではない。そして奴隷とは"主人"の命令に絶対逆らわないように訓練---という名の拷問---を受ける。この場合の彼女たちは主人の命令無しで動けないように脳に刻まれている。そしてその肝心の主人は…。

 

 

(気絶しているあの男(エルヤー)か!何とかあいつを起こして……)

 しかしモモンの思考を邪魔するかの様にシャルティアの手刀がモモンの首を刎ねようとする。モモンは一瞬だけ<課全拳・6倍>を発動。辛うじて回避することに成功し空いた左手で地面にある大剣をその手で掴んだ。

 

 

 

(いやそんな時間は無い!……仕方ない!)

 

 

「おい!そこの三人のエルフ!」

 モモンは先程よりも大きな声で叫んだ。それに対して彼女らは千切れた耳をピクリとさせた。話は聞いているようだ。

 

「お前たちの主人のあの男は死んだ(・・・)!」

「えっ……嘘」

 無論嘘である。しかし今は彼女らを撤退させることが最優先だ。でないとシャルティアとの戦いに巻き込まれてしまうからだ。今こうしている間にもシャルティアはモモンに攻撃し続けている。今でさえこうなのだ。シャルティアが本気になったら対処できないに決まっている。そのためにも彼女たちには逃げてもらわなくてはならない。

 

 

「私たちどうすれば………」

 動揺している。モモンはそこで---溜息を吐きたい気持ちで一杯だったがそんなう余裕すらなかった---意を決して叫んだ。

 

 

「今日から俺が君たち三人の"主人"だ!」

 彼女たちはようやくこちらに目線を向けた。今の彼女たちは色々な状況が重なり合って一種の思考放棄状態。言う事を聞かせるには……ここしかない!

 

 

「"命令"だ!この私の退路を確保するためにワーカーたちと合流しろ!!」

 

 

「……でも……」

 彼女たちは動かない。奴隷は主人の所有物。だから主人のいない場所へ自由に行くことは大抵の場合禁じられている。どうやらモモンの叫びよりも奴隷としての"習慣"が勝ったようだ。これではモモンが何を言っても無駄だろう。

 

 

 

(くっ!どうすればいいんだ!?どうすれば彼女たちを外に連れ出せる!?)

 そんな状況でもシャルティアの攻撃は続く。モモンはそれでも思考を止めない。彼女たちを助ける為に。

 

(せめて考える時間をくれよ!あるいは誰か彼女らを助けてくれないだろうか……いや、そんな余裕は彼らには無いか)

 

 

 

 モモンの感知の範囲に二人の気配がした。どちらも見知った気配であった。

 

 

 

 どうやら二人のワーカーが戻ってきたらしい。

 

 

 

 ヘッケランとアルシェだ。

 

 

 

「新しい主人の命令はちゃーんと聞かないとな?奴隷ちゃん」

「奴隷は主人の命令に絶対に従わないといけない……でないと"鮮血帝"から処罰を受ける。死ぬよりキツい……」

 

 

 彼らのその言葉を聞いてエルフたちの顔色が青褪める。身体が震えている。その内一人は我先へと駆け出した。最初の一人が駆けたということは後の二人は時間の問題だ。

 

 

 

(成程、そういう方面で動かすのもアリか……。彼は頭がキレるようだな)

 奴隷である彼女らは恐らくモモンの言動のままだと動かない。だから"奴隷"であることを利用しそこを最大限利用……いや活用する形で動かそうとしているのだ。さらにモモンとの落差でより一層効果的になる。"優しい衛兵と怖い衛兵"という奴だろう。

 

 

 

「ありがとう!ヘッケラン」

 それは本心からの言葉だった。そんなモモンに対してヘッケランは「おうよ」と返しただけだ。でもそれで十分であった。これ以上ないくらいのファインプレーだ。

 

 

 

「モモンさん。私に何かできることは!……」 

 アルシェをそうモモンに告げる。しかし今のモモンにこれ以上の会話は避けたかった。ただでさえ押されている現状なのに思考すべきものをこれ以上持ち込まないで欲しかった。しかしモモンが何と答えようと思案しているとヘッケランの叫びが聞こえた。

 

「アルシェ!」

 アルシェの肩をリーダーであるヘッケランが掴む。無言であったが"早く行くぞ"と言いたいのは明白であった。

 

「ヘッケラン、でも恩人である彼を置いては!」

「アルシェ!!!俺たちがこの場を離れること!それこそがモモンさんにとって一番助かることだ!俺たちがいたらあの人が死んじまう!俺たちが生きているのはあの人が戦ってくれているからだ」

 ヘッケランのその言葉にアルシェは視界が歪む。涙で目の前が霞んだからだ。視界に映る漆黒の鎧がグニャリと曲がる。やがて涙を袖で拭くと駆けだした。

 

 

「……エルフ共!命令だ!そこの二人を全身全霊守れ!」

「っ!…はい」

 残りの二人のエルフが了解の意を表す。その言葉の本当の意味を理解したのはヘッケランとアルシェだけだ。

 

 

 ヘッケランは一度だけモモンに視線を向ける。

 

(これで良かったんだよな?モモンさん。アンタは俺たちを守れと言った。これって要は逃げろってことだろ。よくもまぁ…あんな状況下で冷静でいられるな。尊敬するよ。だから死ぬなよ。アンタにはまだでっかい借りがあるんだ!絶対に死ぬなよ)

 

 そして最後の一人であるヘッケランも駆け出した。 ……こうしてその場に残ったのはモモンとシャルティアだけとなった。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 やがて煙が完全に晴れるとシャルティアは傷だけでなく汚れ一つすらない姿を見せた。

 

 

 

 

「良かったでありんすか?」

「あぁ。これで良いんだ。彼らに手を出さないでいてくれて感謝する……」

 

 

 もし本気でシャルティアが彼らを襲えばモモンは恐らく数秒程度しか足止め出来なかっただろう。

 

 

「あのような者たちの為に戦うなんて、理解できないんでありんすね……」

「………」

 やれやれと両手を掲げて首を振る。どうやら心底呆れられたらしい。

 

 

 

「だけどあの者どもを逃がしたのは少々面倒でありんすね」

「?どういう意味だ」

 

 

 

 シャルティアは「おっ」と口を両手で閉じた。モモンにはまるで意味が分からないが何か失言をしてしまったようだ。

 

 

(……気になる。まさか第二階層以上の階層、または地上……にデスナイトでも用意しているのか?だとしたら彼らでは対処できないが……)

 

 

「…これ以上は時間の無駄でありんす。あの中では一応(・・・・)一番強いであろうぬしの命を最初に(・・・)くんなまし」

 それは圧倒的な高みからの言葉であった。それだけ実力差が離れていることを意味しているのだが、モモンは逃げたワーカーを殺すと暗に告げられたためそれどころではなかった。その一言でモモンは彼らを人質として捕らわれたような錯覚を覚えた。だが同時に安心感を一つだけ得た。それはシャルティアの含みある先程の言葉はブラフである可能性が高いと判断したからだ。そうであれば彼らが地上に戻り帝国に帰還できる可能性は高いだろう。

 

(これで彼らが無事に戻れたらナーベを連れ戻すことは出来なくとも万々歳だ)

 通常であればモモンはシャルティア相手ならば間違いなく撤退を選択した。しかし今モモンにはワーカーたちという人質が存在し逃げられない状況であった。おまけにこの場所は地下であり破壊力の高い攻撃は出せない。攻撃の余波でこの地下施設ごと破壊してしまう可能性もあったからだ。ゆえにこれ以上ないくらいにモモンにとって不利な状況が出来上がっていた。さらにモモン本人は気付いていないがナーベを連れ帰るまで【漆黒】の名を穢さない様に無意識に心がけており、依頼の失敗は絶対に許されない心理状態であったといえる。

 

 

 

(……来る!)

 シャルティアの行動を"戦士の勘"とでも言うそれで予測できた。それと同時に視界からシャルティアが消えた。だが気配を感知する。

 

 

 

______<心頭滅却>

 

 

 

 シャルティアの位置を把握、正面からの攻撃であった。モモンの心臓目掛けて左手の突き。モモンは右手で握った大剣を全力で振るう。そのまま感知した気配を切り裂く。

 

 しかし空を切っただけだった。それ以上にシャルティアの動きが早かったからだ。

 

 

_____!っ。

 

 

 

 そのままシャルティアの突きが胸部に突き刺さる。金属が砕け散る音がし、胸に鋭い一撃が入り、抉るようにして貫いた。

 

 

 

「がっ!」(反則だろ、魔法詠唱者と戦士どちらも可能な存在とか。これが【守護者】か!?さっきの動きはセバス殿と同等かそれ以上……でも!)

 モモンは激痛に耐えながらも何とか左の大剣をシャルティア目掛けて振るう。しかしそんな力の抜けた一撃はシャルティアに回避されてしまう。

 

 

 

「欠伸が出るでありんすね」

 そう言ってシャルティアは左手でわざとらしい欠伸をし、それを抑えるよう右手を使いモモンの大剣を弾いた。モモンは右手の大剣で斬撃を放とうと振り上げた。右手を抜かれる前に一撃を与えようと思ったからだ。瞬間、胸から鮮血が飛び出す。シャルティアの左手が抜かれていたことで栓を失った身体から外に出ようと血液が暴れ出す。

 

 

 

「っ!?」

 勢いよく出る鮮血が周囲一帯を赤く染める。

 

 

 

(致命傷……このままじゃ死……)

 

 

______<明鏡止水>

 

 自らの時間を切り離し、距離を取ろうとシャルティアから後退する。今は回復が最優先だ。モモンはポーションを出そうと懐を漁る。

 

 

 

 

 

 

 だがシャルティアがこちら目掛けて駆け出していた。それが意味する所は……。

 

 

 

「時間対策は必須でありんすよ?」

 そう言って不敵に笑うシャルティアにモモンは背筋が凍り付いた。その直後顔に強烈な衝撃が走った。どうやら兜を破壊したのだろう。鼻筋にまで到達した手刀がモモンの顔を貫こうとしていた。

 

 

 

_____<課全拳・6倍>

 

 

 

 瞬間、横にそれて手刀の軌道から辛うじて外れる。しかし避けた拍子に耳を吹き飛ばされる。そして課全拳を5倍に戻す。

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 モモンは何とか息を整えようとする。思考もままならない。

 

「流石に致命傷を負うと動きが鈍るでありんすね。その状態でどれだけ耐えられるでありんすか?」

 

(時間対策だと!?同じ武技を使うセバス殿ならまだしも…。まさか<明鏡止水>を防がれるとは…。いや…セバス殿以上の実力者であろう【守護者】ならばそれぐらいは出来るか。考えが甘かったな。しかしだ……こんな相手にどうしろっていうんだ!正直勝てるイメージがまるで湧かない)

 激痛で思考がままならない中、モモンは冷や汗を流す。あくまで冷静であろうとした。胸に空いた風穴、鼻血、耳の出血が止まらない。

 

 

 

(っ!落ち着け、落ち着け!っ…冷静になれ、冷静になれ!いっ……焦ればここで死ぬ。思考を切り替えろ。い…今のままじゃ駄目だ)

 だがモモンは自身が思っている以上に冷静だったのだ。それが証拠に武技を解除していなかったのだ。そこを自覚すると先程よりも思考をクリアにすることが出来た。

 

 

 

(相手はセバス殿と同じ、もしくはそれ以上の実力者。さらに武技を使っている様子は無い。間違いなくこのままでは死ぬ。武技の出し惜しみをするべきではない。だが課全拳を6倍以上は使えばマトモに戦えない。どうすれば……)

 

 

 

「ぬし……回復しないのかえ」

「回復させてくれるのか?」

 モモンはシャルティアのその提案に疑惑を向け警戒した。敵対者からそんな提案をされたら回復の瞬間を攻撃すると宣言されているようなものだ。だが何とか早く飲み込めば……。

 

 

「わらわは可憐で心優しき乙女ゆえ。特別に許すでありんす」

「……ではお言葉に甘えて」

 モモンは警戒しながら内心ありがたい申し出だと思った。このままでは間違いなく死ぬからだ。先程から出血が止まらず全身に激痛が走っており、武技の行使で疲労困憊であった。そんな状態でありながらも武技を解除しないまま警戒しつつ懐からポーションを取り出す。

 

 

 

 シャルティアは動かないし、動く気配すら感知できない。

 

 

 

 モモンは少しでも早く回復しようとそれを勢いよく飲んだ。全て飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 しかし傷は一つも戻らなかった(・・・・・・・・・・・)

 

 

(なっ!?何で!?…)

 

 

____傷が治らない。何かされた!?

 

 

 モモンは回復できなかった。いやそれが叶うとどこか安心したことで気を張っていて何とかもっていた肉体が途端に金属の如く硬直して動かなくなってしまう。あまりの落差に武技が強制的に解除されてしまった。慌てるも一秒にも満たない時間で何とか再び武技を戻す。しかし落差の分の疲労などは消えることは無かった。

 

 

 

「何をした?」

「さぁ?それを解いてみてくんなまし」

 そう言うとシャルティアは先程以上の動きで……。

 

 

 

____駄目だ。課全拳を6倍以上を使わないと!

 

 

 

「っ!」

 

 

____いや長時間の使用はあの時みたいに気絶してしまう。何か手はないのか!?

 モモンが思考している中、シャルティアはモモンの全身にダメージを確実に蓄積させていく。手刀、突き。それらの攻撃で鎧が剥がされるように破壊されていく。大剣で防ごうにもそれ以上にシャルティアの動きが早すぎる。

 

 

 

____駄目だ。俺の力じゃシャルティアには勝てない。

 シャルティアの一撃にモモンは吹き飛ばされた。その宙に浮いたような瞬間の中でも思考は止めなかった。それが幸いとなったのだ。

 

 

 

 

 

 

"俺の力じゃ"

 

 

 

 

 

 

待てよ"俺の力"?

 

 

 

 

 

 

では"俺の力"じゃなければ……。

 

 

 

 

 

 

____そうか!

 

 

 

「!っ……だったら」

 モモンはシャルティアの猛攻に対して剣を地面に突き刺した。

 

 

____<星火燎原>!

 剣を中心に爆発が発生。シャルティアは距離を取った。爆発を警戒して思った以上に離れてくれたみたいだ。先程までと同様に威力を抑えていたのでこれは嬉しい誤算だ。

 

 

 

____こっちは致命傷を負っているんだ。もう時間が無い。このまま出血などで死ぬか、武技の行使で死ぬか。同じ死だ。どうせ死ぬなら戦って死んでやる!

 モモンは地面の剣を抜くと息を整えた。すると突然頭に声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

------『全ての血』を飲み干すか?------

 

 

 

 

 

 

(あぁ。飲み干してみせる。どんな激痛も自分の死さえも……全部)

 モモンは笑った。ほんの少しだけだが最強の戦士に近づけたような気がしたからだ。

 

 

 

(ずっと"あの人(セバス)"やヤルダバオトと戦った時から考えていた。どうすればもっと強くなれるか……今の俺じゃ課全拳は6倍以上は負担が掛かり過ぎる。でもそれ以上の力が無いと目の前にいる"強者"には絶対に勝てない。ならばこれをどう解決するか……簡単なことだったんだ)

「?何を……」

 煙が晴れていく中でシャルティアは動かないモモンを見て怪訝に思う。何故動かないのか。確かに致命傷を負わせているがまだ死んではいないのだ。シャルティアは警戒しそれを観察することにした。

 

 

 

(……一つだけあったんだ。自分以外の誰かの力を借りること……それも自分より強い者の力を借りたら良かったんだ。元を正せば武技『十戒』はミータッチさんからの授かり物。俺だけの力で取得できたものではない!)

 

 

 モモンは目を閉じた。全ての武技を解除した。それは一つの覚悟であった。

 

 

____<課全拳・5倍>

 

 

 モモンは武技を掛け直した。それは今から行うことに対する準備を万端にするためにだ。全身から力が溢れる。だが今からやるこれはヤルダバオトの時のように武技の使い過ぎとは異なり、違う意味で扱い切れるものではないかもしれない。裏技…外法とも呼ぶべきこの方法は本来なら避けるべきことだろう。これはモモンにとって悪手もいいところだろう。しかし現状これ以上の手が無いのが事実であった。賭けと呼ぶにはあまりに分が悪い。だがやるしかない。そのためモモンにとって最強の戦士の武技を真似ようとしているのだから。

 

 

 

(力を貸して下さい。貴方(ミータッチ)の力を……)

 

 

 

___<鏡花水月>ミータッチ……

 

 

 

___<課全拳・2倍>!!二つ併せて…

 

 

 

 

 

 

 

 

____課全拳10倍だぁぁぁぁぁっ!!

 

 

 

 瞬間、モモンは音を置き去りにした。僅かな距離を取っていたシャルティアに一瞬にして到達。それもそのはず今のモモンは10倍の速度で動いている。当然、斬撃の速度も10倍になっている。

 

 

 

 同じ武技で異なる武技を発動できた(・・・・・・・・・・・・・)モモンであれば……。 

 

 

 

 そんな奇跡を起こした今のモモンであれば……【守護者】たるシャルティアにも……。

 

 

 

 

 

 

 モモンは両手に持つ大剣を交差させるように袈裟切りを放つ。

 

 

 

 

 

 

 その刃はシャルティアを確かに捉えたのだった。

 




次回の投稿は8月7日あたり予定です。
あとこれは完全に独り言ですけど音楽聞きながら執筆していると進みますね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。