漆黒の英雄譚   作:おしるこをしるこ

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すみません。
投稿予定を書いたにも関わらず大幅に遅れました。
申し訳ありません。


叶わぬ願い

「はぁ…はぁ…はぁ」

 モモンは切り裂いたシャルティアを見る。シャルティアの瞳は自らを切り裂いたモモンを捉えた。お互いの目が合ったその瞬間、全てが静止した。そんな中シャルティアが口を開く。

 

 

 

「ぬしが絶望したくないのであれば…」

「?」

 

 

「その扉は決して開けてはならないでありんすよ」

 そう言うと感覚が戻り時間が進み出したのだ。シャルティアの身体が地面にドサリと音を立てて倒れる。その瞳には既に光が失われていた。

 

 

 

「絶望か……それでも進むしかない。だが……」

 モモンは倒れたシャルティアを武技で感知する。どうやら本当に死んでいるようだ。間違いなく死んでいると断言してもいい。

 

 

「すまない」

 モモンは光を失った瞳を見て謝罪の言葉を口にする。本来であれば戦う必要の無い相手であった。ましてや殺す必要もない。もしもモモンが圧倒的な力を手にしていればこんなことにはならなかっただろう。それこそあの人(ミータッチ)ならば【守護者】相手ですら殺害以外の手段で無力化出来たはずだ。しかし当然モモンはそんな力を持ち合わせてはいない。

 

 

「……」

 モモンは首を振る。今すべきことは感傷に浸る訳でも反省などでもない。ふぅと一息つけるとモモンは両手に持った大剣を背中に収めた。そしてふと空いた両手を……。

 

 

(本当にすまない……)

 モモンの両手は震えていた。途端にシャルティアを殺した罪悪感に襲われる。どんな形であれ女を殺したということに責任を感じていたのだ。女を斬ったのはこれが初めてであった。

 

 

 再び首を振った。それでも罪悪感は消えないものだ。視界が霞む。

 

 

---『全ての血』を飲み干すか?---

 

 ふとその言葉を思い出したのだ。膝をつけそうになる程の重量を感じる。だがモモンは拳を作りそれに耐えた。

 

(そうだ。全て飲み干せ。責任や後悔も罪悪感も全部………全部飲み干さないと!)

 モモンは霞む視界を戻そうと目力を入れる。ようやくまともにものが見えるようになった。

 

 

(飲み干さ……)

 モモンは喉から何かが込みあがるものを感じ取る。最初は胃液だろうかと思ったがどうも違うようだ。上手くは言えないが粘ばつく何かであった。

 

 

「ぐっ!」

 モモンは膝から崩れ落ち両手を地面につけた。

 

 

「……ごっ」

 モモンは口から溢れ出すそれを右手で受け止めた。

 

 

「……?」

 手にベッタリとついたのは血であった。おびただしいと表現すべき程の。

 

 

 

(そういえば既に致命傷を受けていたな………すっかり忘れてたな。ははっ)

 モモンは軽く微笑む程度には不思議と冷静であった。恐らく死ぬのが自分だったからであろう。あまり死というものに関心を持てなかった。これが他者ならばもう少し取り乱したかもしれない。特にナーベ、シズやハムスケなどであれば尋常じゃなく取り乱したはずだ。これは完全に余談だがモモンという人間は故郷を自身を除いて滅ぼされた過去から自分自身の命を軽く---正確には死んでもいいと---扱っているフシがある、先程名前を挙げた三者であればそれらを完全に理解していたという。

 

 

 

(武技を使って強引に……いや無理か)

 既に武技は限界寸前……致命傷を負っているため実質限界であった。そのため肉体のダメージを無視して武技を行使するのは控えるべきだろう。

 

 

(感覚からして無理だろうが一応試しておくか…)

 モモンは懐からポーションを取り出して飲み干す。しかし傷は癒えることはなかった。それはシャルティアとの戦闘中と同じ結果に終わる。シャルティアを倒したにも関わらずだ。厄介なものを残してくれたものだ。

 

 

「やはりな……」

 モモンは万策尽きたなと自身の傷を癒す選択をあきらめた。するとふと一つの選択肢が浮かぶ。

 

 

 

(戻るか、進むか……それが問題だ)

 モモンは胸から溢れ出す鮮血だけでなく先程の吐血も含めてかなりの出血をしている。そしてそれらの傷は治らないときた。万が一シャルティアを倒したことで受けた傷も治るようなっていればこんなことを心配せずとも良かっただろう。もうすぐモモンは死ぬ、恐らくもって後数分だ。

 

 

 

 

 ワーカーたちか、ナーベか………。どちらを選ぶべきか。

 

 

 

 

(……後悔の無い方を選ぼう)

 モモンは立ち上がる。全身の傷からおびただしい出血が溢れ出した。朦朧とした意識の中で辛うじて視界だけは霞まない。それはモモンの強靭な精神力からくるものだろう。

 

 

(すまないな。『フォーサイト』のみんな……ワーカーのみんな)

 自らの足でつまずきそうになる程、おぼつかない足取りであった。しかしその足は確実に前へと進もうと抗う。進むたびにおびただしい血痕が床に残り、自分の足跡で転倒しそうになるのを何とか堪える。

 

 

 

 

(ナーベ……)

 モモンはただ一心に身体を歩かせた。既に限界を迎えたはずのその身体のどこにそんな力が残っていたのか。恐らくだが精神力のみで肉体を支えていたのだろう。

 

 

 

 

(は……)

 扉の前に到達することが出来た。モモンはドンと両手で開けようとしたが扉は開かない。両腕には既に力が入らなかった。

 

 モモンは腕力で開けるのをあきらめる。次に体当たりすることで開けようと試みた。

 

 扉はゴドンと音が鳴るも開く気配すらない。

 

 

(開いてくれよ)

 体当たりをする。しかし開かない。

 

 

(開けよ!)

 三度目の体当たりでようやく扉が辛うじて開く。僅かな隙間から見える先は明かりが無いのか真っ暗だ。だがどちらにしてもモモンの身体を通すにはまだ小さかった。

 

 

(やった……)

 体当たりの衝撃で全身が軋む。骨が砕け、肉は裂け、神経が擦れる。そんな常人が耐えきれぬはずのダメージをモモンは負っていた。それでも体当たりを繰り返したのはただ(ひとえ)にナーベへの想いゆえだろう。

 

 

(あともう少しだけ……)

 モモンは最早体当たりの態勢すら整えずただ扉に自身をぶつけていた。

 

 

 するとようやく扉が開く。それはモモンを歓迎するためではなく侵入者を抹殺せんと言わんばかりの態度のように思える。しかし今のモモンにそんなことを考える余裕すら無かった。辛うじて動く身体を強引に扉の中にねじ込む。

 

 

 モモンはバタンと音を立てて地面に倒れる。視線の先で扉が開いたままであった。

 

 そこでようやく明かりがついた。モモンは何者かが出現したのだろうと分かったが警戒はしない。それは既に警戒しても何も変わらない状況であったからだ。最早死ぬ身で何を案じろと言うのか。半ばあきらめの境地に達していた。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ…はぁ…」

 モモンは地面から立とうと両腕に最後の力を振り絞り立ち上がる。時間は掛かったがようやく立つことが出来た。

 

 

 顔を扉とは真逆に向けた。

 

 

 

 

 

 

 視線の先に広がっていたのは……。

 

 

 先程の場所と同じ光景が広がっていた。

 

 

「っ……」

 モモンは言葉を失った。それは文字通りの意味。

 

 

「嘘だ」

 嘘ではない。

 

 

「嘘だ!」

 それはまぎれもない事実。

 

 

 

 視線の先には先程と全く同じ光景(・・・・・・・・・)が広がっていたのだから。

 

 

 

「嘘だっ!!」

 

 

 

 

 

 

 そこには先程と全く同じ光景が広がる。巨大な空間、その奥にある石扉、そしてその手前に椅子が一つ。まるで最初からそこに座っていたかのよう(・・・・・・・・・・)にシャルティアがいたのだ。

 

 

「だから言ったでありんしょう」

 そう言うとシャルティアは椅子から立ち上がる。

 

 

「初めましてでありんすね。わたしが本物の(・・・)シャルティア・ブラッドフォールンでありんす」

 そう言ってスカートの両端を指で摘み頭を下げた。カーテシーだ。優雅な振る舞いであったが今のモモンにそんなことを気にする余裕は無い。処理しきれない程の情報量に脳が正常に機能しなかったからだ。

 

 モモンはハッとして背後を振り向いた。開けた門の隙間から倒れているシャルティアが見える。

 

 

(では俺が倒したあのシャルティアは一体?)

 モモンは前方にいるシャルティアからパチンと指を鳴らするのが聞こえる。するとシャルティアだったもの(・・・・・・・・・・)の正体が判明する。それは小さな生物で羽を生やしていた。鳥のようで鳥でないような……そんな生物が何十という数が地に伏していた。洞窟などでよく見るそれだ。

 

 

 

「コウモリ?」

「アレはわたしの眷属でありんす。わたしの持つ技の一つ<眷属分身>でありんすよ」

 

 

「俺が倒したのは……お前の眷属だったと?そういうことか……」

「そうでありんすよ。どうでありんすか?……コウモリ如きを打ち破った気分は?」

 

「最悪だな……」

「これで分かりんしょう。【守護者】との歴然たる力の差が」

 シャルティアの言う通りだ。成程……確かに。実力が上とか、格上とかそんな話で済まない圧倒的な差。言うなれば……。

 

 

「住む世界が違う……」

 モモンはボソリとそう呟く。最早限界であったモモンは両膝を地面につけた。致命傷を負い、同じ武技で異なる武技を発動させた矛盾、武技の行使による精神的疲労。そこにトドメと言わんばかりに実力差を突き付けられたのだ。そんな彼が武技を全て解除してしまったのも無理のないことだろう。先程から心臓の鼓動を感じ取れない程モモンは弱っていた。全身を纏う鮮血が妙に温かく感じる。

 

 

「さて……ぬしはよくここまで来たでありんすね。特別に褒美をあげんしょう」

 そう言うとシャルティアは両手をパンと叩いた。するとシャルティアの横に真っ黒な空間が広がる。それは第10位階魔法の転移魔法だ。

 

 

「……来るでありんす」

「はいっす!」

 

 空間から現れたのは巨大な杖を持つ赤毛のメイド。王都でヤルダバオトと共にいた女であり、今は魔導国に仕えている者だ。確かシズの姉のような存在。名前はルプスレギナ。

 

 

「シャルティア様、お呼びで?」

「さっさとモモンを治療してくんなまし!」

 シャルティアにそう言われると軽い口調で返事をした。ルプスレギナはモモンに近づくと手をかざす。

 

 

 

「<大治癒(ヒール)>っす!」

 ルプスレギナがそう唱えるとモモンの傷はたちまち回復した。ポーションによるチマチマとした回復などとは桁が違う回復量であった。恐らくダメージの半分近くは回復したであろう。モモンの全身に活力が溢れ出す。

 

 

「!?なっ」

 モモンが思わず叫んだのも無理はない。その魔法は第六位階魔法に当てはめることが出来るものであったからだ。魔導国に最初期からいた者を除けば、ナーベとフールーダ以外に第六位階魔法以上を行使できる存在などヤルダバオトしか知らなかったのだ。そして何よりシャルティアによりつけられた傷さえも回復していたのだ。そのためルプスレギナが使ったこの魔法にモモンは驚いたのだ。

 

 

「大丈夫っすか?モモン」

「あ……あぁ。おかげで助かった」

 自身が治療したモモンに関心を向けたのかルプスレギナは額と額が密着する程顔を近づけた。あまりの距離感のおかしさにモモンは戸惑ってしまい思わず顔を背けた。しかしルプスレギナは全く異なるものを見ていた様であったのか再び口を開いた。

 

 

「シャルティア様、もう一度<大治癒(ヒール)>を使っていいっすか?」

 シャルティアはルプスレギナにそう問われると何やら考え事をするような仕草を少しだけ見せて口を開いた。

 

「……<重傷回復(ヘヴィリカバー)>程度ならいいでありんすよ」

「うげぇ……第3位階の<重傷回復(ヘヴィリカバー)>程度じゃ大して回復なんてしないっすよ。せめて兜の修理ぐらいもやっては駄目っすか?」

 

「分かったから……いいからやるでありんす。はよ」

「はーいっす。<重傷回復(ヘヴィリカバー)>それと……」

 ルプスレギナがそう唱えるとモモンの身体に再び活力が溢れ出す。しかし先程の回復に比べると随分と効果が薄いのが身を以て実感してしまう。ここまで違うものなのか関心してしまった程だ。それと自身が被る兜が元通りになっていく。だがモモンにとってあまりその魔法には関心が向かなかった。

 

 

「<大治癒(ヒール)>はともかく何故<重傷治癒(ヘヴィリカバー)>などまで掛けてくれたんだ?」

 モモンは自らの純粋な疑問をぶつけた。先程シャルティアは褒美と告げた。だからそれが<大治癒(ヒール)>だということならば驚かない。しかし何故ルプスレギナは二回目の治療をわざわざ上司であるシャルティアに尋ねたのだろう。

 

 

「特別サービスっす!モモンはシズの恩人っすからね。ついでにナーちゃんの相棒っすからね!サービス、サービス!」

 シズの恩人……あぁヤルダバオトの元から確かに助け出せた。あぁ…そういうことかとモモンは納得した。納得はした。しかしルプスレギナの発言した単語に思わず眉をひそめた。

 

「ナーちゃん?……」

 待て。ルプスレギナは今何と言った?ナーちゃんの相棒?……まさかナーちゃんって……。

 

 

「ルプスレギナ!」

 モモンはルプスレギナの両肩を掴んだ。

 

 

「えっ……モモン。ナーちゃんがいるのに私に手を出すんすか?いやーんエッチっす」

「そんなことどうだっていい。ナーベがどこで何をしているのか知っているのか!?教えてくれ!ナーベは無事なのか?」

 モモンがここまで慌てたのはルプスレギナがナーベのことを知っていた口振りであったからだ。彼女であれば魔導王と遥か昔から付き従っているであろう【守護者】たちとは異なる情報を得られるだろう。根拠としては彼女は魔導国からすれば新入りの立場であり、彼女自身も魔導王に対しての忠誠心もそれ相応だと推測したからだ。そんな彼女からならば嘘偽りや明らかに偏った情報を述べることなど恐らくは無いだろうと判断できた。

 

 

「え……えぇ。一応同じメイド仲間っすから……」

 モモンのあまりに剣呑な雰囲気に飲まれたルプスレギナは固まってしまった。だがここで同じ『メイド仲間』という単語が出てきた。このことからナーベがメイドをしていることが分かった。だがこれだけではモモンが最も欲しい情報とは程遠い。

 

 

「教えてくれ!ナーベは無事なのか!」

 モモンはルプスレギナの両肩を乱暴に揺らし問い詰めるような口調で尋ねる。普段のモモンであればそんなことを女性に対して絶対にしないであろう。しかし彼にとってナーベについての情報はこの場にきてようやく得られたのだ。そのことから思わずそんなことをしてしまったのは無理はなかった。それだけ自身の相棒を大事に想っている証拠だったのだろう。

 

 

 

 パンパンと手を叩く音がした。モモンもルプスレギナもそちらへ顔を向けるとそこにはわざとらしく咳をするシャルティアがいた。僅かばかり殺気を出している。武技を使わなくとも分る程度には凄い殺気であった。

 

 

 

「モモン、ルプスレギナが困っているでありんしょう。それ以上その者を困らせるのはいくら可憐で優しいわたしとはいえ敵対行為と見なすでありんすよ?」

 

 

「すまない……」

「…いや…いいっす」

 モモンはルプスレギナの両肩から優しく手を離した。心の底からの謝罪にこれにはルプスレギナが困惑してしまう。その場に沈黙が広がる。耐えきれなくなったルプスレギナがシャルティアに目で助けを求めた。そんなルプスレギナを見てシャルティアは溜息を一度だけ吐くとモモンに対して口を開く。

 

 

「モモン、ナーベについてはわたしの口から話しんしょう。元々褒美とはそのことでありんすから」

「シャルティア……頼む。ナーベについて教えてくれ!」

 

 

「分かったでありんすよ。でも……わたしの口から話すよりは……」

 シャルティアが再び両手をパンと叩く。再び転移魔法が広がる。

 

 

 

 

「こっちの方が納得するでありんしょう。来るでありんすよ……」

 モモンはまさかと思い……。

 

 

 背後から足音がした。靴の音がコツン。コツンと響き渡る。

 

 モモンはすぐさま振り返った。

 

 そこには真っ黒い空間から一人のメイドが現れた。

 

 印象に残るその黒髪に見覚えがある…いやありすぎた。

 

 当然モモンがその姿を見間違うはずがなかった。

 

 

 

「ナーベ……」

 少し前まで自分と共に冒険者をやっていた相棒がそこにいる。顔色などを見る限り体調は問題なさそうであった。しかしそれは身体的な話であり精神がどうかは分からない。モモンは精神状態を把握するために武技を発動。シャルティアが一瞬ピクリとしたが戦闘の為ではないと理解してくれたおかげで攻撃されることはなかった。

 

 

「…お久し振りです。【漆黒】のモモン様(・・・・)

 ナーベは普段モモンを"さん"付けで呼ぶ。だからその言い方にモモンは強烈な違和感を覚える。何故そんな他人行儀な言い方をするのか疑問に思う。

 

「俺もシズもハムスケもみんな心配したんだぞ…‥」

 

「…そうですか。それでご用件は何でしょうか?」

 それはまるで目の前にいる人物を拒絶するかの様な冷たい物言いであった。あの手紙を書いた本人とは思えない程の拒絶であった。だが武技はナーベ本人だと感知している。万が一もそこに間違いはないだろう。

 

「っ……!」

 モモンは唇を噛んだ。それは怒りなどでも悲しみでもなかった。あったのは戸惑い。何故そんな風になってしまったかという疑問であった。世間的にはモモンとナーベは冒険者からの付き合いだが、実際二人は十年以上共にいた。そんな家族同然のナーベから突然拒絶の言葉を告げられたモモンの心中は決して穏やかなものではなかった。

 

 

「ご用件は手短にお願いします。私にも業務がありますので」

「幾つか聞きたい…あの手紙だけじゃ訳が分からない。何故俺たちの元から去った?」

 

「貴方たちといても……エ・ランテルにいても叶わない願いがあるからです」

「それは一体何だ?」

 

「貴方には関係ありません。これは私個人の問題ですから」

 言いたくないということか。これは話せと言っても無駄だろうな。納得はできないが。

 

 

「それは……俺たちといても叶わないと?」

「はい。叶いません。……絶対に」

 そう冷たく告げたナーベであったが、モモンはその時に僅かに表情と声色に違いがあることに気付いた。

 

(今のは一体……ナーベ自身も言いたくないような発言だった?……そういうことか?でも何で……)

 

 

 

 

「脅迫を受けた……あるいは魔導国に降るしかない状況にお前は追い込まれたのか?」

「いいえ。私にそのようなことはありません」

 その質問をした瞬間シャルティアから殺意を飛ばされ身体が硬直する。自ら忠誠を誓う主君の国をそんな風な言われ方をされたのだ。殺意というよりは怒りに近いものだろう。

 

 

(今もだ……。ナーベは質問をした瞬間、表情が微かに変化した。一体どの部分のせいでそうなった?脅迫や追い込まれたのならば助けを求めるはず。それが明らかに無い……自分の意思などは分かるが……一体どうして?)

 

 

 

「褒美の時間は終わりでありんす。さっ、ナーベはとっとと帰ってくんなまし」

「分かりました」

 思考するモモンに対してシャルティアはその時間を強引に終わらせようとしてきた。恐らく先程の発言のせいで心証を悪くしてしまったようだ。だがモモンはまだまだ納得できないことが多い。だからだろう。

 

 

 

 

 

「待ってくれ!最後に一つだけ言わせてくれ」

 思わずそう叫んでいた。次の質問など何も思い浮かばかった。疑問に思うことは多すぎる。しかし少しでも多くの情報が欲しかったのだ。だから時間稼ぎもかねてそう言ってしまっていた。

 

 

 

 

「何でしょう?」

 ナーベはそう言ってモモンに視線を向ける。それは冷たい表情のままであった。しかし視線からはそういった冷たいものは感じなかったのだ。むしろ……。何故かは分からないがそう思ってしまった。

 

 

 

 

「ナーベ……お前が無事で良かった」

 モモンは心の底からそう想いそれを口にした。理由こそ分からないがナーベは自らの意思で魔導国に降った。正直言って複雑な気分であったがそれ以上にナーベ自身が無事で良かったと思えたのだ。

 

 

「………」

 一瞬だけだったがナーベの表情が変化した。今のモモンは武技を万全とはいかずとも十分行使可能になっていた。その状態で武技を発動しナーベを感知できていたので魅了などの精神支配などの類は受けてはいないことも分かる。ナーベが去った理由こそ分からないがその叶えたい願いというものはナーベがエ・ランテルにいることでは叶わない。つまり裏を返せばナーベが魔導国に降ることでそれが叶うということだ。

 

 

「本当に良かった……」

「話は以上ですか。でしたら失礼致します」

 

 

 シャルティアが両手をパンと叩くと真っ黒い空間が再び現れた。だが今度はナーベが立ち止まる。背中を向けたままそれを告げた。

 

 

「貴方には帰るべき場所がある。守るべき者もいる。ならば早くエ・ランテルに帰還すべきです」

「どういう意味だ?」

 ナーベはモモンの疑問に答えることもなく消えていった。モモンはナーベが去った後もずっとその空間が閉じられるまで見ていた。

 

 

(何だ?何が理由だ。エ・ランテルになくて魔導国にあるもの……真っ先に思い浮かぶのは軍事力だが…………?俺たちの元にいるから叶わない?それは文字通りの意味か?それともエ・ランテルにいるからという意味か?……駄目だ。分からない……)

 

 

 

 

 気が付くとシャルティアはモモンに歩み寄っていた。

 

 

「モモン」

「何だ?」

 

 そして告げる。

 

 

「命拾いしたでありんすね。ここが本物の(・・・)【ナザリック地下大墳墓】であれば例えアインズ様がお許しになってもわたしがぬしを殺したでありんすよ」

「……やはりそうか」

 モモンは薄々気付いていた。幾らナーベがここを通ったとしても【守護者】が守る階層に対してそこに従事するアンデッドたちがあまりに弱すぎる。偽物のシャルティアがいたことからもそこに従事するアンデッドも"偽物"とでも表現すべき強さしかいなかったのだろう。デスナイトは確かに厄介な能力を持っているが---シャルティア基準だが---強い訳ではない。

 

 

「おや気付いていたでありんすか。そして最後に早くこの場を去った方がいいでありんすよ。もうすぐこの拠点は崩壊するでありんすから」

「なっ!?」

 

 

「早くワーカーたちの元へと行くでありんすよ。手遅れになる前に」

「それを早く言ってくれ!」

 

 モモンは振り向いて駆け出した。扉の向こうで止まると身体を振り向いてシャルティアに告げた。

 

 

 

「感謝する。シャルティア」

「何がでありんすか?」

 

 

「【ナザリック地下大墳墓】がどういう場所でどう危険か親切に(・・・・・・・・・・)教えてくれて」

「さぁ……何のことでありんしょうね」

 モモンは再び駆け出した。

 

 

 それを見ていたシャルティアは一言呟いた。

 

 

「……モモンもナーベもお互いに………いやこれ以上語るのは野暮でありんすね」

「シャルティア様、私は嫌っすよ。モモンはシズの恩人なんすから」

 

「……ルプスレギナ。ぬしはアインズ様にその命を救われた。この意味をよく考えるでありんすよ?」

 シャルティアから殺気が漏れる。それはルプスレギナの言葉に対して警告の意味でだ。

 

「すまないっす……」

「分かるといいんでありんすよ。ぬしにモモンへの恩もあったから魔法の行使を許可したでありんしょう?」

 そう言うとシャルティアの殺気が消えた。すると手をパンと一度叩く。転移魔法が広がる。

 

 

「しかし……あの成長の速さならばアインズ様の御計画には間に合いそうでありんすね」

「でもこのままだとモモンは!____」

 

「ルプスレギナ、わたしたちも【ナザリック地下大墳墓】に帰還するとしんしょう。その話の続きはそこで…」

 そう言うとシャルティアはルプスレギナごと転移魔法の中へと消えていった。

 

 

 二人が去った後、大きな音をたてながら地震の如く揺れながら地下空間が崩壊していく。たちまち第三階層は瓦礫に埋もれていった。他の階層も埋もれるのは時間の問題だろう。

 

 

 

 


 

 

 その頃、モモンは『大遺跡』こと偽りの【ナザリック地下大墳墓】から脱出した所であった。さっきから何やら大きな揺れと音を出している。どうやらシャルティアの言った通りだ。何か仕掛けが施していたのかもしれない。

 

「はぁ……はぁ」

 課全拳3倍で強引に移動速度を上げて戻ってきたのだ。精神的にはかなりキツかったが肉体的には問題がなかった。息が上がっているがそれも仕方の無いことだろう。あのまま生き埋めになって死ぬよりはマシだ。

 

 モモンは顔を上げるとその顔に日光を浴びる。いつもより眩しく感じる。

 

 

 

「彼らは無事に逃げ切れただろうか……」

 周囲を見渡す。足跡が大量にありそれらがある程度バラバラになっていたことから無事に脱出は出来たようだ。しかし地上に出てからのことまでは足跡だけでは流石に分からない。

 

 

「?」

 モモンは視線に気づく。敵意は無いので慌てずに武技で相手を感知。どうやら近くの石碑に隠れている者がいた。一度会ったことのある気配だ。モモンは確認の為にその者に向けて言葉を向けた。

 

 

「ヘッケランか?」

「旦那。生きていたんだな。良かったよ」

 そう言うとヘッケランは石碑から身を乗り出した。見た所大した怪我はしていないようだ。せいぜい擦り傷だ。

 

「君だけか?」

「あぁ。『フォーサイト』のみんなは帰した。そうでもなきゃアルシェが残りそうな勢いだったんでな」

 確かに。彼女にとってモモンは恩人にあたる。彼女はシャルティアと対峙した時でさえ援護しようとしていた程だ。そういう意味ではヘッケランの選択は最善であったといえるだろう。

 

「他のワーカーたちは?」

「みんな帝国に帰ったよ。残っているのは一台の馬車と荷物を見守る冒険者ぐらいだ」

 これは推測でしかないが恐らく『大遺跡』から逃げ出した彼らワーカーは冒険者たちに何の説明もしていないのだろう。仮に冒険者が尋ねても何か適当なことを言ったのだろう。でないと冒険者である者たちが危険なはずのこの場所で待機しているはずがない。

 

 

「そうか……」

 撤退しろと言った以上仕方がないとはいえこういう結果に終わってしまうと流石にアレだな。

 

 

 

「旦那、『フォーサイト』『ヘビーマッシャー』『緑葉(グリーン・リーフ)』から伝言を預かっているぜ」

「伝言?」

 

「あぁ。助けてくれてありがとうってな。旦那がいてくれたおかげで俺たちは全滅せずに済んだんだ。感謝してもしきれねぇよ」

「そうか……」

 

「さぁ。帰ろうか。帝国へ。道中聞かせておくれよ。あの後何があったかをさ」

「あぁ。どこまで話していいか分からないが話そう…」

 

 こうしてモモンとワーカーたちの『大遺跡』探索を終わりを迎えた。

 

 

 

 

 この時ヘッケランが残ったのには二つの理由がある。一つは自身が残ることで仲間を帰すこと、もう一つはモモンにエルヤーが行った"蛮行"とでもいうそれを冒険者の口からモモンに伝えさせないためであった。今のモモンはシャルティアと敵対して帰ってきた。そんな彼にこれ以上の精神的苦痛(ダメージ)を与えたくなかったのだ。

 

(帝国に着いちまえば嫌でも知ることになるだろうが……今くらいは彼の耳に入れない方がいいだろう)

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 帰りの馬車の中でモモンは目を瞑っていた。眠ろうとしたが眠れなかったのだ。あの『大遺跡』から離れて少しするとモモンは武技を解除していた。それゆえ考えごとをするようにしていた。目の前にいるヘッケランはイビキをかいている。それが演技なんかじゃないかと疑いたくなる程うるさかった。

 

(うるさい……だが今の気分だと無音よりはマシか……)

 

 

 

 

 ---シャルティアは強かった。住む世界が違う程に……---

 

 

 

 

 だがそれ以上にモモンはナーベを連れ戻すことが出来なかった。そのことに自らの弱さを嘆いていた。力があれば強引にでも連れ戻すことも出来ただろう。

 

 

(ナーベ……)

 拳をぎゅっと握る。その手の中は何も掴めぬ空っぽなままであった。連れ戻したいという願いは叶わなかった。

 

 

(もっと……もっと強くならないと。ナーベを連れ戻す!……その為にももっと【十戒】を完璧に使いこなせないと……)

 

 

「…………」

 モモンの精神力じゃ<課全拳>は五倍が限界。でもミータッチの<課全拳>を<鏡花水月>で真似ることで強引に十倍にした。そう……。

 

 

(同じ武技であるはずがないんだ。戦士として頂点にいるであろうあの人と……戦士としてまだまだ未熟な俺の武技の性能が同じであるはずが無い。ただ取得しただけの俺の付け焼刃の【十戒】とは異なり、やはり最小限の消耗で最大の効果を発揮できるように"最適化"されていたんだ)

 モモンは自身の考えが正解に近いだろうと考える。そしてこのことから他者の武技を真似る<鏡花水月>を使えば今まで以上に<課全拳>を強化できるだろう。しかし<鏡花水月>の使用には極度の集中力が必要。これ以上の強化を目指すならば精神がどれだけ消耗するかは想像すらつかない。だが"最適化"さえ出来れば……可能性はまだあるはずだ。

 

 

 【十戒】はミータッチの為の"最適化"された武技であり、本来モモンの為の武技ではない。つまり"最適化"さえできればモモンにとって本当の意味での【十戒】になりえるだろう。そしてその時初めてシャルティアなどを初めとした【守護者】たちとまともに戦える可能性が出て来る。つまりは武技そのものよりも、その使い方だ。モモンにとって最適な戦い方を模索すべきだろう。

 

 

(今の感じだと…十倍が限界かもしれないな……。これ以上は精神力との勝負になって戦闘にすらならないだろうから。だが精神力であるならば……肉体の限界に依存しない。そしてそれは……)

 

 無限に強くなることを意味していた。

 

そう……。

 

それは誰よりも弱いが誰よりも強くなった英雄の様に。

 

モモンは兜の中で微笑んだ。不思議と気分が高揚していたからだ。

 

 

(【十三英雄】のリーダー『緋色(ひいろ)』のカイズ……子供の頃に憧れていた存在……こんな形で近づけるなんてな)

 この時モモンの精神の僅かな支えになったことだろう。それは幸せなことだったのだろう。

 

 

 

 

 【十三英雄】の"真実"をまだ知らなかったのだから……。

 

 

 

 

 そしてそんなモモンの乗る馬車を遥か空中から見ている者が一人。

 

 

 

 

「アレがリグリットの言っていた【漆黒】のモモンか……」

 

 否一つの白銀の鎧が浮かんでいた。その周囲には様々な武器も浮いている。

 

 

「これから君という【流星の子】を見極めさせてもらうよ。世界の為に……」

 

 




これからは月2回(二週に一回)くらいの頻度で投稿予定です。
モチベーション次第でそれ以上に投稿するくらいに思って下さい。
別にモチベーションが下がったとかそういう類ではないのですが。
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