漆黒の英雄譚   作:おしるこをしるこ

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見えない手

 帝都アーウィンタール、その地に二人の人間が降り立った。

 

 

「とりあえず帝国に無事着いたな」

「あぁ。これから旦那はどうするんだ?報告をしに行くんですかい?」

 一人はモモン。もう一人はヘッケランだ。『大遺跡』から脱出した二人は今ようやく帝都に帰還することが出来た。

 

 

「そうだな……。このまま依頼主に報告に行くつもりだが……」

「先程も言いましたがエルヤーの"蛮行"の件は……」

 

「あぁ。分かってるさ。しっかり報告すれば何の問題もないだろう。当然君の責任でもない」

「…俺たちはワーカーだから良いんですがね。これは余計かもしれませんが……相手は"鮮血帝"でしょうから報告の際は気を付けて下さい」

 

「あぁ。分かってる」

 モモンはそう言うと兜の中で一度溜息を吐いた。ヘッケランが言ったエルヤーの"蛮行"のことで頭を悩ませたからだ。要約するとこうだ。

 

 

 

 シャルティアに吹き飛ばされエルヤーは気絶。その後の撤退時に目を覚ます。そんな中撤退をエルフたちに命じた。しかしエルフの一人が命令に従わなかったため激昂したエルヤーがその者を斬り伏せたというもの。

 

 そしてその様子を他のワーカーたちがガッツリ見ていた……。

 

 

 

(どういう神経してたら仲間を斬り殺せるのだろうか……。ふざけるなよ……。いやそれよりもエルフが動き出さなかった原因はもしや……)

 モモンは『大遺跡』の中で動かぬ彼女たちをに撤退させるために自らが主人だと名乗った。もしもそれが原因だとしたら……。

 

(……私のせいだな)

 モモンは兜の中で俯いた。モモンの心中を察したヘッケランが口を開く。

 

「エルフが逃げなかったのは旦那のせいじゃないですよ。どんな形であれ動かなかったのは彼女たちの意思ですから」

「……その通りだな」

 モモンはその言葉に無理やり自分自身を納得させた。今後の為にも気持ちを切り替えないといけないからだ。

 

 

 

 モモンとヘッケランが少し歩くと妙に人が賑わっていることに気付く。目の前には闘技場があり、人々が興奮した口調で何やら話している。二人は耳を傾けた。

 

「おい!聞いたか…あの噂」

「何だ?何だまた魔導国か何かしたのか!?」

 

「いや違う!何でも明日、闘技場で大会を開くらしいぞ」

「何!?まさか『武王』が出るのか?」

 

「いや今回は参加しないらしい。何でも特別なゲストを招いているということらしい」

「特別なゲスト?……誰だ?」

 

「それが大会の関係者に何度聞いてもはぐらかされるんだ。アレは多分……他国の者だろうな」

「他国……俺の予想だと魔導国だ!」

 

「ほう……その根拠は?」

「王国はかの大悪魔ヤルダバオトの襲撃があったらしいし、竜王国は魔導国の属国になったという噂だ……。スレイン法国はアレだし、そもそも目立つ場所には現れないだろう。だったら可能性はそれぐらいじゃないか?」

 

「ふむ……しかし都市国家連合の可能性もあるんじゃないか?帝国とは長い付き合いだし。最も可能性が高いんじゃないか。評議国は……無いな」

「あぁ…ないな。やはり魔導国だって!」

 

 

 

(随分と興奮しているな……大会か。こんな立場じゃなかったら出場してみても面白いかもしれないな。しかし『武王』か……王を名乗るくらいならやっぱり強いのか)

 『武王』は闘技場の歴代チャンピオンに名付けられる名称だ。今は確か八代目でゴ・ギンと名乗る者がそれを継いでいるとヘッケランに案内の時に聞いた。

 

(一度戦ってみたいものだ。しかし他国の大会に参加するのはやめた方が無難だろうか……)

 今のモモンには肩書がある。それらのことを思慮するならばやはり参加は避けるべきだろう。無論必要とあらば参加すべきだろうが……。

 

 

 モモンがそんなことを考えているとふと足音がするのに気付く。はっきりと…こちらに向かってくる足取りであった。その様子からこちらに用があるのは明白だ。

 

 

 

 

「失礼します」

 そこに声を掛ける者が一人。モモンは冷静にそちらに顔を向ける。それに対しヘッケランは声の主に驚く。声を掛けてきたのは男であり全身に良質な装備を身に纏っていたからだ。良質な装備を持つ者は限られる。そのことからヘッケランはその者を貴族だと判断した。

 

「誰ですかね?俺に貴族の知り合いはいませんが……」

「申し遅れました。私はニンブル=アーク=デイル=アノックです」

 

「『四騎士』の"激風"!?」

 ヘッケランは思わず声を上げていた。それもそのはず。現在の皇帝には有名な直属の者が五人いる。一人は言わずもがな第六位階魔法を行使できる重鎮"逸脱者"フールーダ=パラダイン。それと『四騎士』と呼ばれる皇帝から選ばれた直属の四人の護衛の騎士。王国の戦士長に匹敵すると言われている四人であり、皇帝直属の存在であるため少なくともワーカーであるヘッケランがこうして街中で会えるような存在ではない。その一人が今目の前にいる『激風』と呼ばれる男であった。

 

 ニンブルは驚きのあまり言葉を失ったヘッケランからモモンへと視線を向ける。

 

 

「貴方様が【漆黒】のモモン様でございますね?会えて光栄です」

 そう言って帝国式の挨拶をするニンブル。モモンはその所作がとても綺麗だと感心した。綺麗な所作であり皇帝による教育の賜物かそれともかなり良い所の貴族あたりの身分だろうかと推測する。

 

「…アノック殿とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「いえ、私のことは気軽にニンブルとお呼び下さい。モモン様」

 

「ではニンブル殿と呼ばせて頂きます。……かの有名な『四騎士』の"激風"の方ですよね」

「アダマンタイト級の…それも【漆黒】の貴方に知られているとは光栄です」

 

「いえ貴方は有名ですから……。それでどうしてここに?」

「陛下は常々こう仰っています……"私の国はあますところなく私の庭である。ならばどのような場所であろうとそこに相応しい者が行くべきだ"と……」

 そう言って微笑む。あまりにその笑顔の作り方が自然であったことからモモンはこの者はやはり"鮮血帝"の直属の者なのだろうと警戒する。何か一つ相手に付け入る隙すら与えるべきではないと判断したからだ。モモンからすればこういった腹芸を得意とする者は最も苦手な部類な人種であった。

 

 

「……皇帝陛下のお気遣い感謝致します」

(つまり…皇帝はこの"激風"を自らの代理人としてよこしたということか……流石は"鮮血帝"様だな)

 モモンは内心思わず笑ってしまった。それは嘲笑の類ではなく手の速さに感嘆を覚えたからだ。これが王国であるならば代理人というのは間違いなく形だけのそれであっただろう。しかし彼はまだ幼い頃に"大粛清"を成し遂げたのだ、それだけをやってのける器量を持っている。この状況では【漆黒】という存在に好感を持たせようと考えているのが明白だ。だがそれは媚びへつらうものではなく自然と好感を持たされるようなスマートさがある。王国ならばこういったスマートさは望めないだろう。実際モモンが【英雄長】の称号を授かった時はかなりひどいものであったのだから。

 

 

「かの【漆黒】にそう言って頂けて陛下も喜ばれるでしょう。話が逸れましたね……」

 そこでニンブルは一度言葉を区切った。

 

 

「帝国のフールーダ=パラダインが貴方をお呼びです。どうか城まで来て頂きたいのですがご都合はよろしいでしょうか?」

「…分かりました」

 モモンはやはり依頼の件かと思った。それ以外で帝城に呼ばれるようなことはしていない。

 

「…ではこのまま徒歩で?」

「いえ、お疲れの所申し訳ありませんが、こちらで馬車は手配させて頂いています。そちらに乗っていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 

 

「じゃあなモモンさん」

 帝城に案内されるのはモモンだけだろう。そう思ったヘッケランは別れを告げ、その場を去る。

 

 

 

「お待ち下さい」

 そう言ってヘッケランは呼び止められた。ヘッケランは驚く。帝城に行かされる理由など少ししか思い浮かばないからだ。

 

 

「『フォーサイト』のヘッケラン様ですね。貴方様にも来て頂きたいのですがよろしいでしょうか?」

 しかしニンブルは笑みを絶やすことなくそう告げる。これは断れない雰囲気であるとヘッケランは察する。

 

「…俺もですか?」

「はい。フールーダ=パラダインは貴方にも来て頂きたいとお願いしています。ご都合悪かったでしょうか?」

 その言葉に戸惑いを覚えたヘッケランであった。しかし皇帝の代理人として来ていると暗に告げてきた者に対して一ワーカーである自分がそれを断れるはずがない。つまりこれは疑問ではなく確認であり、「絶対に来るよな?来なきゃどうなるか分かるな?」といった発言に等しい。しかしそこまで脅迫的に聞こえないのは偏にニンブルの表情や立ち振る舞いからあふれ出る気品さゆえだろう。

 

「えぇ。俺は大丈夫ですよ。あっ…でも」

 ヘッケランは分からないように自分の手の平をズボンで擦る。嫌な汗が染み出ていたからだ。

 

「感謝致します。…もしや仲間の方でしょうか。ご安心を『歌う林檎亭』の方へはこちらで遣いの者を出させますので」

 ヘッケランの心配事が何か察したニンブルはそう告げた。

 

「あ…はい。感謝致します…アノック様」

 普段のヘッケランであれば今の会話におかしな内容があったことに気付いただろう。しかし帝国の上層部、それも皇帝直属の者との会話で緊張していたヘッケランではそれに気付けない。だがモモンはそのことに気付きニンブルの方を見て兜の中で目を細めた。

 

 

 こうして三人は帝城へ向かうことになった。

 

 


 

 

 帝城に着くとニンブルは手際よくモモンたちをフールーダの部屋に案内する。そこには無駄な所作は無かった。

 

(やはり見事だな……"鮮血帝"という人間がどのような存在かよく分かる。王国の方の陛下は"国の象徴"という印象だったが……こちらはまだ会ってはいないが"国の支配者"という感じがする)

 モモンがそう思ったのも無理は無かった。王都に比べて帝都に住む民たちの表情は明るい。それはまぎれもなく皇帝の治世による賜物だろう。残念ながら王都にあんな明日への希望を感じさせる空気を持つ者はいない。いたとすればそれは貴族を始めする…いわゆる上流階級の者たちぐらいのものだろう。

 

("鮮血帝"か……叶うなら一度会ってみたいものだな……。だがお互いの立場を考えると会うことは無いのだろうな…)

 モモンが今まで"王"と名乗る者に出会ったのは二人。一人は言わずもがな【アインズ・ウール・ゴウン魔導国】の【魔導王】その人で、もう一人はリ・エスティーゼ王国のランポッサだ。

 

(アダマンタイト級冒険者といえど……会ったのは二人だけか…。私はまだまだ世界を知らなさすぎるな)

 

 

 

 

「【漆黒】のモモン様、『フォーサイト』のヘッケラン様をお連れしました」

「入ってくれ」

 そう言うと再びあの場所に戻ってきた。そこには変わらずフールーダがいた。

 

「モモン殿。さぁ……お掛け下され」

「では失礼して……」

 

「ヘッケラン様もどうか…お掛け下さい」

「では……」

 

 フールーダはモモンにのみ着席を促したがヘッケランのことは無視かと思う程に目に入っていなかった。しかしそこをフォローするようにニンブルがヘッケランに着席を促す。モモンとヘッケランは並ぶように座る。それに対してフールーダはモモンに向かうようにして座っており、その背後にニンブルが立つ形である。

 

 

 

 

「今日私どもを呼んだのは『大遺跡』の探索の件ですか?」

「えぇ。そうです。お話願えますかな?」

 

「えぇ……ではまず初めに…」

 モモンは語り出す。帝国で『大遺跡』と呼ばれた場所は正式名称【ナザリック地下大墳墓】であること。そこで自衛の為に交戦した【守護者】シャルティア・ブラッドフォールンのこと。それとそこで召喚かどうか定かではないが死の騎士(デスナイト)が出現しワーカーたちと戦闘になったこと。モモンたち全員が脱出した後にその場所が崩壊したこと。そしてその場所が【魔導国】の可能性が極めて高いこと。

 

 それらを聞いてフールーダは顔を青褪めさせた。

 

 

「……そうですか。魔導国が…それは不味いですなぁ」

「えぇ。その通りです」

 確かにフールーダの言った通りだ。他国である帝国が魔導国の領土に侵入した。場合によっては宣戦布告と捉えかねないだろう。もしそうなった場合---王国もだが---帝国に戦えるだけの力があるとは思えない。

 

 

「他には何か分かったことはありますかな?」

「そうですね。あの拠点は重要な拠点ではない。もしくは偽の【ナザリック地下大墳墓】の可能性が高いだろうということです」

 モモンがこういった言い方をしたのには理由がある。簡単な理由だ…魔導国のスパイだと疑われる可能性を排除したかったからだ。敵対したはずのシャルティアからわざわざ教えてもらったなどとは言うべきではない。それを言ったら最後面倒事に発展するのが目に見えている。

 

「根拠は?」

「大量のアンデッドが出現したがそれは一部を除いてスケルトンだったからです」

 モモンのその言葉にヘッケランも頷く。それを見たフールーダは髭を手でといた。

 

「ふむ……スケルトン。確かにそれは……。それでその一部というのは死の騎士(デスナイト)のことですかな?」

「はい……私も実物を見たことがないので何とも言えませんが」

 

「デスナイト……」

「?」

 何やらフールーダはそのアンデッドに思う所があったようだ。その理由までは分からないが……。そう言えば先程も顔を青褪めさせていた。何かデスナイトに思う所があるのだろうか。モモンはこれ以上考えても仕方ないなと割り切ると口を開いた。

 

 

「魔導国では衛兵として…そのデスナイトが行使されていると聞きました。であるならば"衛兵如き"にそんな重要な拠点を守らせるはずはないかと……」

「確かにモモン殿の言う通りだな。それならば"衛兵如き"を作るための拠点としていた……こちらの方がまだ分かりますなぁ」

 

(あぁ……成程…確かにそう考えることも出来るな。流石は二百年以上生きた者だ。それにしても……あの魔導国は何故わざわざシャルティアをあの階層を守護させた?……仮に入り口に配置しておけばそれだけで事足りたのではないだろうか。実際そうすればモモンたちが『大遺跡』に侵入することは不可能であったはずだ。となると侵入させることが目的だった?……何の為に……?まさか戦争を仕掛ける為か?……いや止めよう)

 モモンは誰にも分からぬように溜息を吐いた。今考えるべきはそのことではない。目の前にいる相手に集中すべきだ。

 

 

 

「ふむ……それともう一つお聞かせ願えますかな?」

「何でしょうか?」

 

「ナーベ殿はどちらに?」

 フールーダはヘッケランに一度だけ視線を向けるとそう告げた。ヘッケランは何が何やら分からないといった顔でモモンの方を見る。

 

「……発見できませんでした。転移魔法を使ったのか…或いはどこかに隠し通路でもあったのか…」

 モモンはそう言うしか出来なかった。冒険者は国家に属さないとは言っても、流石に自分の相棒が他国に身を置いていることなど言うべきではない。こればかりは面倒事などでは済まない……最悪の場合…いや止めよう。だがこれでヘッケランにはナーベを探しに帝国に来たことは知られてしまっただろう。あまり他者に知られたくは無かったがこの状況ならば仕方あるまい。

 

 

 

「そうですか……残念です。魔法省で見た人物がナーベ殿本人かだけでも分かれば良かったのですが…」

「えぇ。そうですね」

 モモンはこの話題にあまり触れてほしくなかった。モモンはナーベ本人に再会しており、この事実をこの場で告げるメリットは皆無である。またこれを隠し通す自信が無かった。兜を被っているため表情は見えないが所作や声色からそれを見破られる可能性は十分ある。なんせ相手は"鮮血帝"の直属の者たちなのだから。何が切っ掛けで面倒事に巻き込まれるか警戒しておいて損はないだろう。

 

 

 

「パラダイン様」

「あぁ……分かった」

  そんなことをモモンが考えているとニンブルがフールーダに声を掛けた。どうやら話題を変えたいようだ。そこで空気が変わる。一気に張り詰められる。まるで開いていた窓を全て一気に閉じたような感覚であった。

 

 

(あぁ……この張り詰めた感じ…間違いなく厄介事だな。一体何だ?……何の話題を口にするつもりだ?)

 モモンは密かに身構える。ここからが重要な局面だ。兜の中で目を細めた。さらに警戒心を高める。

 

 

「モモン殿……貴方は確かに依頼を成し遂げた……ですが貴方は彼らワーカーの護衛ですよね」

「はい。そう認識しておりますが……」

 フールーダはヘッケランに視線を向け告げる。嫌な予感がする。

 

「貴方はワーカーたちを無事全員逃がした……そうですね?」

「……はい。『大遺跡』から脱出するまでは」

 

「ではその後で何があったかお聞きしても?」

「それについてもお話しましょう」

 モモンはフールーダが言いたいことが分かった。『天武』のエルフが一人死んだことについてだろう。だがこの件は相手に話させる訳にはいかない。こちらから発言すべきことだろう。

 

 

「ヘッケラン、今から話すことで何か足りないことや正確でないことがあった場合訂正を頼む」

 ヘッケランは無言で頷く。モモンはそれを見て口を開いた。

 

 

◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

「…以上です。何か質問はありますか?」

「いえありませんな。しかし証言が食い違っているのですよ」

 

「証言?もしや他のワーカーですか?」

「はい。アノック殿、頼む」

 フールーダに言われたニンブルは部屋の外へ出た。

 

 

 

「少々お時間を下さい」

「構いませんよ」

 それから少ししてフールーダは口を開いた。

 

 

 

 

「さてモモン殿、個人的にお聞きしたいことがあるのですが。よろしいですかな?」

「何でしょうか?お答え出来る範囲であればお答えしますよ」

 

「先程【守護者】シャルティア・ブラッドフォールン……は魔法を行使したとお聞きしましたが」

 モモンは頷く。確かに先程そのような内容を話したからだ。

 

「それで何位階の魔法を行使していたのですかな?」

「……」

 モモンは言葉に詰まる。正直に第十位階の転移魔法を行使したと言うべきだろうかと悩んだからだ。そもそも戦士であるモモンが第十位階魔法を知っていると言っても信じてもらえるだろうか。しかしだ今回の一件が切っ掛けで戦争になるのだとしたら……無意味な戦争はただ悪戯に被害を拡大させるだけだろう。そのことを考慮すると正直に話すべきだと判断した。

 

「私が把握している限り第十位階魔法を行使していたと思います」

「…今何と?」

 

「もう一度言いましょう。第十位階魔法です」

「………」

 

 

 

「えーと、モモンさん。それは本当ですか?」

 ヘッケランがこちらを見る目は半信半疑といった所だ。それもそうだろう。第十位階魔法を行使するなんて神話ぐらいでしか存在しないのだから。

 

「あぁ。確かだ」

「………」

 モモンの言葉にヘッケランも黙ってしまった。

 

 

(これは失敗だったか?……いや戦争になることも考えるのであれば嘘だと思われても真実を伝えとくべきだろう。………だがせめてニンブル殿が戻る前には空気を戻しておきたいな)

 

 

「……ニンブル殿遅いですね。どうかしたんでしょうか?」

「…えぇ。そうですな」

「………そうですね」

 

 

 

 空気が戻らない中、扉をノックする音が響く。ニンブルが帰ってきたのだ。

 

「お連れしました」

 だがその背後に一人のワーカーを連れていた。見覚えのある男であった。

 

 その人物を見てヘッケランが思わず叫んでしまう。

 

「お前!」

「大声で叫ばないで下さいよ。ターマイトさん」

 そこにいたのは『天武』エルヤー・ウズルスであった。フールーダの隣にスペースが開いているが着席を促されないのはすぐに終わる話だからだろう。

 

 

「ウズルス殿、モモン様とヘッケラン殿の両名に話を伺ったがぬしの証言とは食い違うようじゃが?」

「いえ…私は仲間である彼女が死の騎士(デスナイト)に切り殺されるのをこの目で確かに見ました」

 

「嘘だ!俺たちは見たぞ。お前は気絶していたじゃないか!」

 ヘッケランが叫ぶ。それをフールーダはただ見ていただけだ。

 

「ふむ……やはり証言が食い違っているではないか。これはどういうことかな?」

「……簡単です。そこのターマイトさんが嘘の証言をしたのでしょう」

 

「ふざけるな。そんなこと俺がするか!そうだ!パラダイン殿、他のワーカーにも聞いてくれ!そうすれば本当のことが分かる」

 

「それが残念ながら共に『大遺跡』の依頼を出した『ヘビーマッシャー』『緑葉(グリーン・リーフ)』のワーカーチームは国外におってのう。聞き取りにまで時間がかかるんじゃ」

 フールーダの物言いにヘッケランはどうすればいいか脳をフル稼働させる。

 

「そんな訳が……あいつら帰ってきたばっかだぞ。そんなすぐに国外に行くわけが……もしかしてアンタらが」

「ヘッケラン!」

 モモンの叫びにハッとしたヘッケランはそこで口を閉じた。これ以上は一ワーカーのリーダーが言うべき言葉ではない。目の前にいる相手はこの国の最高戦力。そして"鮮血帝"の最側近。そんな人物の前で不敬にあたる言葉を言うのであれば……。取り返しのつかないことになった可能性が高かった。ヘッケランはモモンにすまないと伝えるために頭を垂れた。

 

(…クソ…旦那が困っている時に俺は何も出来ないじゃないか。あいつらがワーカーであろうと冒険者であろうとそんなすぐに国外に行くはずが無いだろ。むしろ【守護者】との実力差を見せつけられた後では話し合いの為に留まるはずだ。国外に行ったというのが事実であるのだとすれば……それはこの状況を作り出す為の一時的な口封じ……それしかありえない。最悪なのはあいつらが殺された可能性でこの証言を覆すことが出来ないことだ。そうなれば一ワーカーの証言なんて役に立たない)

 ヘッケランは拳を握る。自身の唇を噛み締めて何とか冷静さを取り戻そうとする。だがそれでは収まらない感情が拳を震わせる。

 

 

「残念です。彼らから聞けばどちらの証言が事実であるかなど簡単だったでしょうに」

「……えぇ。本当に残念ですね」

 そう言ってヘッケランはエルヤーの方に視線を向ける。その顔は勝ち誇っており今のヘッケランにとっては我慢できない程苛立った。

 

 

 

(このクズがぁぁぁぁぁっ!!)

 脳内で何度も顔を殴り潰す妄想をする。だがその甲斐あってほんの少しだけ冷静でいられることが出来た。

 

 

 

「フールーダ殿、それで結局の所どうするのですか?」

「…そうですね。二つの証言が食い違っている以上は今回の依頼が成功か……失敗か……結論を出せませぬ。ゆえにモモン様には報酬が出せませぬ。申し訳ありませぬ」

 

「……報酬自体は今は構いません。それよりも大事なのは真実でしょう」

「その通りです。しかし死者が出ている以上、私個人としましても今回の一件は慎重に慎重を重ね結論を出したいと思っております」

 

「……言いたいことは分かりました。ですが質問が二つあります」

「何でしょうかな?」

 

「まず今回の依頼を成功か失敗か……最終的にどうやって決めるおつもりかお聞かせ下さい?」

「…私と陛下と何人かの文官たちと話し合って決めるつもりです。それでもう一つは?」

 

「陛下は今どちらに?叶うならば直接お話したいのですが」

「申し訳ありませぬがそれはこの場ではお答え出来ませぬ。ご容赦下さい」

 その言葉にモモンは何か見えない力が働いているように感じた。

 

 

 


 

 

 

「………」

 モモンはグラスを持つ手を傾けた。中に入った氷が心地よく鳴る。

 

 

「そうですか……そんなことが」

「あぁ……どう考えてもおかしいよな?」

 そう言ってロバーデイクは胸にある十字架を握る。それを見たヘッケランは神様って奴がいるなら今助けてくれよと思う。

 

「何というか理不尽ね」

「……どう考えてもモモンさんに落ち度は無い。原因はウズルス……」

 イミーナは状況の大変さに思わず言葉が出てしまう。その言葉に続くようにアルシェは告げる。それは紛れもない事実。

 

 

 今彼ら『フォーサイト』がいるこの場所は『歌う林檎亭』。モモンもヘッケランも帰ってきた。ついでにアルシェの妹二人もこの酒場の上の宿で眠っている。

 

 

 

 状況は悪い。そんな中更に悪くなる何かが飛び込もうとしていた。

 

 

 

「おい!フルトのお嬢さんはいるか!」

 そう野蛮な声を荒げる男が一人。粗暴な振る舞いでドアを開ける。アルシェに向かって話していることから金貸しの類だろう。

 

「……何?借金の件なら間違いなく全額返済した……もう関わることはないはず」

「そうはいかなくなっちまったんだよ!お前さん、実はだな……話すより見せた方が早いな。これを見ろ!」

 そう言って男が取り出したのは一枚の羊皮紙であった。アルシェは困惑しつつもそこに書かれている内容を見た。絶句する……その内容が理解できなかったからだ。

 

 

「……どうして」

「どうしたもこうしたもあるか!お前さんの両親がまた借金をしたんだ」

 男の言葉の通り。両親は借金をした。正直言ってそれ自体は何の問題も無い。もう縁は切り、後は好きにしろと言った程なのだから。

 

「……アレは両親の借金で私たちの借金じゃない!妹たちには何の関係も無い」

「そんなこといっていいのか?」

 

「アルシェ、一体何が書かれて……」

 覗き込んだ仲間たちもそこに書かれた内容を見て絶句した。

 

 男の強気な態度に納得したからだ。

 

 

 羊皮紙に書かれている内容は主に三つ。一つはアルシェの両親が前借りという形で再び借金したこと。二つ目はその金額が白金貨三十枚だということ。そして三つ目こそが最も重要なことであった。それはあるものを"担保"に再び借金したということ。その担保の欄に書かれていたのが……。

 

 

"クーデリカ"

 

"ウレイリカ"

 

 

 アルシェの二人の妹の名前であった。

 

 

「……妹たちは既にあの家から出ている!だからあの家とは関係無い!」

「戸籍はどうなってる?ここじゃねぇだろう」

 

「それは……」

 男の言う通りであった。アルシェは帰還後すぐに妹二人をここ『歌う林檎亭』に連れ出し今は上で寝かせている。しかし帝国には---王国とは異なり---戸籍がしっかり存在し、それゆえ妹二人の戸籍は未だにあの借金を作る両親の実家のままだ。ゆえに両親との縁は断ち切れずにいた。もしアルシェが妹二人をこのまま匿えばそれは誘拐、もしくは戸籍の詐称だと指摘された場合、まず裁判では負けるだろう。裁判になった時点で二人の妹たちは戸籍通りの場所に身を置く必要がある…つまり実家だ。その間に借金が増えれば?……あの両親は妹たちを僅かな金額で売り払うだろう…今回の様に妹二人を使って…。そうでなくとも裁判に負けた場合多額な賠償金と長期間の服役は間違いないだろう。そう……だからこの場所に妹がいると知られた時点でアルシェは詰んでいたのだ。

 

 

「…悪いが連れて行くぞ」

「待って!」

 アルシェは男の服を掴む。しかし魔法詠唱者のアルシェでは体格の良いこの男の腕力に敵うはずがなかった。それが分かっていても震える両腕で妹たちの元まで歩かせないようにしようと必死に抵抗する。

 

「うるせぇ!借りたものは返す!子供でも知っているぞ!」

 男はアルシェを引き離す。その勢いが強すぎたせいでアルシェが吹き飛ばされテーブルに衝突する。

 

 

 

 それを見たヘッケランの中で何かが切れた。

 

 

 

 吹き飛ばされた男は床を一回転して壁に背中を打った。顔面を殴られた男の鼻から血が出ていた。

 

「へっ?」

 ヘッケランは何が何やら分からないといった様子で視線を自分の横に向けた。自分よりも先に殴ったのが誰か見る為だ。

 

 それは意外な人物であった。

 

 

 

「…神の鉄槌です」

「…正確には拳だけどな」

 それは普段温厚なロバーデイクであった。だがその目つきは別人の如く歪んでおりヘッケランたちは初めて見た仲間の一面に思わず驚愕する。

 

 

(ロバーが人を殴る所初めて見たわ……)

 

 

「くそ…殴りやがって…鼻血出ちまったじゃねぇか。痛ぇな」

 男がそう言うとヘッケランの横から今度は矢が飛んできた。その矢は男の頬を掠る。

 

 

「そう……今度は額をやられたいかしら?鼻血が気にならなくなるわよ」

 弓を構えるイミーナ。その目には理不尽に追い詰めた者に対する明確な怒りがあった。

 

 

「まぁ……俺たちはこういう状態なんだが……お前さんはどうするつもりだ?」

「お…俺も引けない事情があるんだ!返してもらうまではここを動かねぇからな」

 

「引けない事情?」

 ヘッケランは疑問に思う。アダマンタイト級であるモモンが介入したこの件で借金取りのグループは納得したはずだ。アダマンタイト級が関わるならこれ以上は危険だと判断するはず。アウトローな奴らにとって自分より格上な存在に牙を向ける理由なんてほとんどない。明日は我が身な奴らにとって生きることが重要でありそれ以外はついでぐらいの意味合いでしかないだろう。

 

「あぁ。そうだ。上には死んでも帰るなと命令されている。だから許してくれよ」

「上?……」

 ヘッケランは疑問に思う。アウトローな人間が作るアウトロー組織に共通して言えることは面倒事は持ち込まないことだ。かつてヘッケランもそれなりの経験をしてきたから分かる。アダマンタイト級冒険者がこの借金に関わった時点でかなりの面倒事に違いない。

 

(それでも強引なやり方でアルシェの両親に借金を作らせたのは何故だ。何か理由があるはずだ。例えばアダマンタイト級よりヤバい何かに命じられたとか……このタイミングで……モモンさんがいるこの場所で……まさか!)

 ヘッケランは自身の考えが間違いないだろうと確信する。あまりにもタイミングが良すぎる。これで偶然はありえない。この手際の良さは間違いなく……。

 

 

 

 "鮮血帝"

 

 

 

 先程までの熱い怒りが一瞬にして全て冷えに変わった。背筋が凍り付いたような錯覚……いや冷たい鎖を全身に巻き付けられているような錯覚を覚えた。

 

(それしかあり得ない!でも何で『フォーサイト』を?)

 そんなヘッケランの視線の先には壁にもたれかかった男とそれに近づくモモンであった。

 

 

 

「お前にも引けない理由があるのは分かった。だがこの宿から出て行ってほしい」

「い……嫌だ」

 

「いいから行け。私の言葉を二度も袖にはしないだろう?上にもそう伝えろ」

「……わ…分かった」

 そう言うと男は宿から逃げるようにして走り去る。

 

 

 

(いや違う。俺たち『フォーサイト』じゃない!"鮮血帝"の狙いは……間違いなくモモンさんだ!)

 ヘッケランはまるで見えない大きな手で全身を握られているように感じる。その手の持ち主は間違いなく……この国のトップだ。

 

 

 

("鮮血帝"は……俺たちを人質として利用している。間違いない。でないと『ヘビー。マッシャー』『緑葉』の二つのチームを国外に出したのも事実ではなく実はどこかで捕らえられているのかもな。そちらの方が確実だ。エルヤーのあの証言を利用するには……他のワーカーは邪魔だった。そこまでは分かる。だが解せない部分もある)

 ヘッケランは頭をフル稼働させた。冷静さを取り戻した今の自分であるならば小難しいことの大半を理解できそうであった。しかしどうしてもそれで"鮮血帝"にメリットがあるようには思えない。

 

(だとしたら何をモモンさんに求めてる?依頼失敗の詫び?………アダマンタイト級に?…いやないか。それならば追加の依頼を出す?……でもそうなると追加の報酬が……。あぁ…駄目だ。これ以上は頭が破裂しそうだ)

 ヘッケランは頭を振った。怒りとは別の理由で頭が熱くなったからだ。

 

 

 

(旦那には悪いが……"鮮血帝"が出る程ヤバい案件なら俺たちに出来ることは何も無い。俺にとっては『フォーサイト』の方が大事だ。だから今は頭を切り替えてアルシェの借金をどうすべきか考えよう。モモンさんに話せば返済の期限ぐらいならどうにかなるか?いやそれじゃあ根本的な解決にはならない!何か手は無いか?モモンさんらな何か思いつかないだろうか?)

 

「モモンの旦那……話が…」

「……ヘッケラン、一つ聞きたい」

 ヘッケランの言葉を遮る様に尋ねる。ヘッケランは一先ず話を聞こうと判断し開いた口を閉じた。

 

「何だ?旦那……」

「私は君に帝国のことを教えてもらったよな」

 確かに案内はした。だがそれだけだ。今話したい内容ではない。

 

「?あぁ…確かに案内したが…それがどうかしたのか?」

「私は恩には恩をと……そう考えている」

 

「旦那……?」

「今この時点で私に何かできることは無いか?」

 

「それは……」

 非常にありがたい申し出であった。しかしモモンが言う協力できることとは借金のことだろう。こればかりはチームではなくあくまで仲間の問題だ。ヘッケランはアルシェに視線を向ける。そんなアルシェは首を横に振った。

 

 

(俺は馬鹿か……仕方ねぇよな。何度も同じ人に助けてもらう訳にはいかないよな……そうだよな。アルシェ。それでいいんだよな)

 これ以上の好意に甘える訳にはいかない。そう思ったヘッケランは先程までの打算的な態度を改めた。

 

 

「旦那……悪いが俺たちにもプライドがある……今回の借金の件は俺たちだけで解決させてくれ。すまない」

「そうか……」

 モモンはヘッケランたちの心中を察した。察しはした。だがそれ以上に納得できないことがある。

 

(家族がバラバラになる……か)

 モモンは兜の中で目を瞑る。とても辛いことだ。だが彼女や彼女の妹は生きている。つまりまだやり直せる。自分とは違って…。

 

 

 

(………『大遺跡』の調査、フルト家の再びの借金……これらを解決するためにも……やはり……)

 モモンは拳を作る。現状を打破するには一つの方法が思い浮かんだからだ。

 

(会わねばならないな。"鮮血帝"に……どんな手を使っても!)

 そしてモモンには一つの推測があった。そしてご丁寧にそこまで誘導しているであろうまだ見ぬ皇帝へ向かって視線を向ける。

 

(他国からのゲストが来るならば皇帝が現れる可能性も高いだろう。であるならば行くしかあるまい……)

 

 

 

 

(『闘技場』に!)

 

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