漆黒の英雄譚   作:おしるこをしるこ

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その頃のエ・ランテル

 モモンが帝国にいる間、エ・ランテルではちょっとした出来事があった。

 

 

 

 

 冒険者組合の廊下を歩く姿が一つ。やせすぎで神経質そうな線の細いその男は魔術師組合長のテオ=ラシケル。しかし彼の額は汗を流しながらその足取りは重い。それは自らと同じ"組合長"の一人プルトン=アインザックから『本日中で構わないから時間のある時に相談したいことがある』と連絡を受けたからだ。相談、そう言われて何事かと思ったラシケルは何とか今ある仕事を一通り終わらせてたのである。それゆえまだ昼過ぎでありながら呼吸は乱れ肉体は疲労を感じていた。

 

 

「アインザック!失礼するぞ」

 ノックして返事が聞こえるのとほぼ同時にドアを開けた。そこで見たものにラシケルは自身の目を疑う。机の上に無造作に置かれた大量の羊皮紙。そのあまりの量に思わず胃が痛む。そのことから内心で『面倒事か……はぁ』とため息を吐かずにはいられない。

 

 

「おいおい……何だ?この資料の山は?」

 ラシケルは重なって山となった羊皮紙に手を伸ばす。その一番上に置いてあったのを手に取る。するとそれを合図かのように羊皮紙の山の影から一人の男の姿が現れた。

 

「散らかしててすまないな。ラシケル」

 冒険者組合長のプルトン=アインザックだ。同じ"組合長"の役職を持つ者同士であり、仲の良い友人でもある。今日はそんなアインザックから呼ばれたラシケルである。しかしその目にはいつものような眼光は宿っておらず代わりとばかりに目の下にひどい隈があった。恐らく寝ていないのだろう。

 

 

「不眠とは感心しないなアインザック。日を改めようか?」

「いや今頼む。これは早急に解決しなけらばならない問題だ」

 そう言って訴えかけるアインザックの瞳に眼光が宿る。これなら日を改める必要はなさそうだ。

 

「…分かった。それで相談とは何事だ?アインザック」

「実はお前の意見を聞いておきたくてな…」

 

 

 

 

「意見?…もしかしてこれらの資料のことか?」

 ラシケルは先程手に取った資料を見る。書かれているのは一枚につき一人の女性、それとその女性の性格から男性の好みなどが詳細がビッシリと記されている。ラシケルの知る限りそこに書かれているのは妙齢の女性の名前ばかりが載っていた。そのことから自らの友人が誰に対して何をしようとしているかを察する。

 

 

「どうした?また女衒(ぜげん)の真似事か……アインザック」

「仕方あるまい。これらの資料は全てエ・ランテルの未来の為だ」

 エ・ランテルの未来。そう言うアインアックに対して、ラシケルはやはりと思った。このエ・ランテルに拠点を置く我らが【漆黒の英雄】のモモンのことなのだ。

 

 

「まさか今度は仲人(なこうど)の真似事だとはな……」

 仲人。その言葉を使ったのはアインザックの意図が分かったからである。大方何か楔を打ち込みたいと考えているのだ。今現在ナーベがいないエ・ランテルではモモンだけが人々の希望となりえる。そんな彼をナーベを追いかけてそのままエ・ランテルを去らないようにしたいのは明白であった。だが自分の友がそれをしていることに思わずため息が出てしまったラシケルである。

 

「お前の言いたい気持ちも理解できる。だが分かるだろ?彼の価値が」

 アインザックの言葉に今度はラシケルが頷く。モモンという英雄は今やこの街を象徴する程の存在だ。そんな彼を失うことは人々の生活だけでなく"戦力"という意味でも重大な損失である。この街では彼の存在を表現する言葉は多い。ラシケルが知る限りだけでも【漆黒の英雄】の他に【生きる伝説】【不敗の戦士】【優しき大英雄】【英雄長】など---探せば更にあるだろうが---そのことからも彼の人気が凄まじい。特にかの大悪魔【ヤルダバオト】を撃退した後はそれが顕著で彼が帰還した際は大きな歓声と共に迎えられた程、そのことからも如何に慕われているのが明白であった。

 

 

「彼はこの街の希望だ。彼をこの街に繋ぎ止めるためならば女衒だろうと仲人だろうとやってみせるさ」

 そう威張るように発言するアインザックを見てラシケルは仕方ないことだなと感じる。事はそれだけ重要なのだ。

 

 

「悪いが……この街の未来の為に協力してくれ」

「無論全面的に協力するが……。その言い方は卑怯じゃないかアインザック」

 

 

「駄目か?無理にとは言わないが…」

「構わないさ。最後まで付き合ってやるとも」

 そう言うとラシケルは笑い、それにアインザックも笑い返す。共に目指す場所は同じだと理解したからだ。即ちこの街の為だ。

 

 

 

 

「しかし都市長が納得するかは分からないだろう」

「既に都市長の許可は取ってある」

 

 

「随分と早いな。私の意見を聞いてからとは考えなかったのか?」

「それに関してはすまない。ただ彼がいつどこで去るかなど私たちには分からないものだからな。……それに」

 そこでアインザックは言葉を区切る。ラシケルにはその続きが何となく予想できた。

 

 

「かの大悪魔【ヤルダバオト】のことか……」

 あの悪魔の襲撃で一つのことが証明されてしまった。かの『王国戦士長』ガゼフでさえ敵わなかった相手、そんな相手にモモンは撃退したという事実。そしてそれはモモンという存在がいなければの同じ事が起きた場合確実に滅ぶことを意味する。つまり何が何でもモモンには"王国にいてもらわなけらばならない"のだ。そのためにアインザックやラシケルは自身の立場をフル活用し、王国にいてもらわなければならないと王国に住む一市民としての使命感を燃やしていた。だからこそアインザックは寝不足に陥ったのだろう。

 

 

「少し話が逸れるが、魔術師組合ではどうだ?かの悪魔に関わる情報は得られたか?」

「いや残念ながら無い。ただ奇妙な噂を一つ聞いたくらいだ」

 

「何だ?それは」

「誰が流したかも分からないが王城に眠る『五宝物』。その内の一つが原因でかの大悪魔が召喚されたという噂だ。無論私たちの組合は信じていないがね」

 

「…信じらられんな。だがそれはエ・ランテルに住む私たちだからだろう」

「あぁ。この噂を信じて王都の住民の中で王政に対し反乱を起こそうとした者もいた程だからな」

 実際被害が出た地域である王都とその周辺では未だにピリピリとした空気が流れている。身内を亡くした者や連れ去られた者、そのぶつけようの無い感情をぶつけられる場所はやはり身近な場所に向くものだ。長年生きてきたアインザックやラシケルは人間という種族のそういった弱い一面を知っており、更に職業柄どういった人間がそういった状態に陥りやすいかを見てきた。それは精神的に弱い者、又は弱っている者だ。

 

「……どこもかしこも問題だらけだな。その反乱を鎮圧したのは?」

「これがまた悩ましいのだが…。第一王子殿下だ」

 

 アインザックは頭を抑えた。理由は簡単だ。かの第一王子バルブロ。貴族派閥筆頭でかつては『八本指』ともかなり密接な関係であったと噂であった。そんな彼がこの問題に取り組むことは厄介事になっていくのが見える。この一件だけで第一王子の派閥が大きく存在感を示すことになるだろう。そしてそれは王国の未来を曇らせることに繋がってしまうのだ。

 

 

((最悪の場合、【ヤルダバオト】の襲撃や帝国との戦争が始まる前に王国は滅ぶかもしれない))

 一瞬だけそんな嫌な想像をしてしまった二人であったが、それを首を振るって打ち消した。

 

 

「あぁ……頭が痛い。逸らしておいてアレだが話を戻そう」

「あぁ…そうだな。そうしようアインザック。一旦落ち着こうか」

 

 そこでお互い一度気持ちの整理をつけるために何か飲むことにした。

 

 

 ◇ ◇ 

 

 ◇ ◇ 

 

 

 既に空になった二つのグラス。それを机の上に置いてラシケルは口を開いた。

 

「さて……随分と脱線してしまったな。本題に入ってくれ。大体の察しはついているが…」

 

 今度はアインザックがグラスを置いて口を開く。

 

 

 

 

「誰かナーベ君の代わりになってくれる者がいないか……と思ってな」

「それは冒険者の仲間という意味か?それとも伴侶の様な存在という意味か?」

 ラシケルがこう問いかけたのにはアインザックがどこまで考えているかを知る為であった。ここがハッキリしないと意見の出しようがないのだ。

 

 

「伴侶の様に心を支えてくれるのであれば一番だ。欲を言えばナーベ君と同様の実力は欲しいが……それは二の次だろう」

「それは……やはり何というか…大変だな」

 ラシケルはアインザックの苦労を察した。ナーベの代わりなど簡単に見つかる訳が無い。彼女は【美姫】と呼ばれる程の美貌の持ち主でありながら第六位階---ラシケル個人の推測としては第七位階まで---使いこなせる魔法詠唱者。まさに【漆黒の英雄】に相応しき人物といえよう。それ程までの存在である彼女の代わりがエ・ランテルや王国全土で探してもまず見つからないはずだ。それこそ可能性があるとすれば竜王が支配する評議国か、スレイン法国くらいなものだろう。例外として魔導国だがあの国は建国の過程で王国からカルネ村とその周辺を勝手に領土と化し独立した経緯からあまり友好的な関係とは言い難いためこの手に関しては望めないだろう。

 

 美貌や心の支えとなる性格だけであるならば幾つかの選択肢はあった。しかしそこに戦力としての期待も加わると選択肢は限られる。とてもじゃないがラシケルが思い当たる人物などせいぜい片手で数えるくらいだ。しかしそれもアダマンタイトに相応しいか……それも【漆黒】に相応しいかと言うとまず無いと断言できてしまう。

 

 

「信頼できそうな人物を一通りまとめてみたんだが……お前の意見を聞かせてくれ」

 そう言ってアインザックはラシケルに一枚の羊皮紙を手渡す。これら膨大な資料の中からまとめ出したものだろう。ラシケルはそこに記載された女性の情報を読み取っていく。

 

 

 

 

 イシュペン=ロンブル ……その他の受付嬢

 

 

「イシュペン=ロンブルを始めとした冒険者組合の受付嬢たちか。……彼女たちならまぁ分かるな。信頼という点ではかなり上位に位置するだろう」

「あぁ。彼女たちに意見も聞いたがみんな肯定的だった。むしろ彼が彼女らを選ぶかが心配といった所だな」

 確かにアインザックの言う通りだ。冒険者の中で何度も顔を合わせる受付嬢に好意を持つ者は多い。中には勘違いなどから口説いたり愛の告白をする者も---ミスリル級以上でそんな者は流石にいないが---少なくはない。だがこの場合の問題点はモモン君が彼女たちにそういった接し方をしていないことだ。そこから察するに彼女たちには悪いが可能性は皆無だろう。

 

 

「まぁ…冒険者組合の関係者なのはいいが…。彼の支えになってくれる女性となればやはり実力の方もいると思うが……」

「ふむ、やはりそうなるか……」

 そう言ってアインザックは溜息を吐いた。そのことから本気で彼女たちがモモン君の支えになれるとは思っていなかったのだろう。

 

 

(だとするとここに書かれた女性の情報はあくまで"可能性"ということだな……)

 ラシケルは目線を羊皮紙に戻す。

 

 

 

 

 クレア

 

 

「モモン君が提案した【冒険者育成機関】二人目の『教官』クレアか。確かに彼女の短い金髪や猫の様な顔立ちは美しいな。ただ……」

「あぁ。元戦士らしいが…実力的にはオリハルコン…いやアダマンタイトにも匹敵するだろう。しかしあの嘘くさい演技は何なんだろうな」

 二人目の冒険者『教官』の職を持つ女クレア。ホニョペニョコを【漆黒】が討伐した数日後にエ・ランテルを尋ねた者だ。トブの大森林にて"獲物"を狩り続けた結果、かなりの実力を得たらしい。正直胡散臭いが……あの【漆黒】のモモン君が証人になったため受け入れざるを得なかった。そのため身元調査なども行っていない。幸い一人目の『教官』であるイグヴァルジとは割と仲良くやっているようだ……。少なくとも彼女はモモン君が好みそうな性格はしていないと思われる。これは完全に余談だが元ミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』のメンバーは現在その【冒険者育成機関】の職員として業務に携わっている。各々得意な分野を活かすのにまだ苦労している最中だ。

 

「彼女は実力的にも申し分は無いと思うが……一部では"聖女"などと持ち上げられているらしいが…」

「アレに関しては色々と謎だが多い…しかしモモン君ならば問題ないだろう」

 彼女の性格は一言で言えば好戦的であった。ゆえに生存率を上げるために行っている訓練などでしばしば冒険者を肉体的だけでなく精神的にもボコボコにしている。英雄級の実力者でありながらモモンとは対照的で暴君の様に振る舞う一面もある。密かに冒険者組合の受付嬢からは怖がられていたりする。『アレならナーベ様の方がまだ接しやすい』と言われるくらいには。

 

 

 

 

 ブリタ

 

 

「ふむ……ん?引退した元冒険者ブリタ……確か彼女って」

「あぁ。彼女は既に引退した。それから一人の男を追いかけていったらしい」

 

 

「うん?それって確かブレイン=アングラウスだよな?」

「あぁ、その通りだ。ある宿屋ではブリタがその男に冒険者をやらないかと提案したらしいが…」

 その話は有名だ。結局それは断られたらしい。一部の酒飲みが夜中に笑いながら叫んでいたことから町中が知っている。そのことに憤慨した彼女が酒飲みたちを闇討ち--といっても顔に一発パンチやキック--した。彼女には気の毒だ。

 

 

「ブレイン=アングラウスか……。エ・ランテルに来て欲しかったものだな」

「確かにその通りだが……王都の状況を見るにラナー王女の近くにいてくれた方がいいだろうな」

 

 

「それもそうか……。一度は連れ去られた身である御方だ。警備は多いに越したことはないだろう」

 そう言ってラシケルが視線を羊皮紙に戻すと驚いた。

 

 

 

 

 ラナー王女

 

 

「おいおい!ラナー王女とは……またこれは…。一応聞くがあくまで"可能性"の話だよな?」

「あぁ。勿論だ。流石に王族にこんなこと聞かせられないさ。間違いなく火種になるからな」

 

 

「分かっているならいいんだが。……流石に王女は不味いだろう。私は嫌だぞ。内乱の片棒を担ぐような真似は」

「やはりそうなるか……。最悪の場合は都市長を通して陛下にお許しを頂くことも一度は考えたんだが」

 ラナー王女は本当に不味い。本気でラシケルはそう思う。彼女は王国民の為の献策を行っているため民からの人気が篤い。それゆえ王派閥や貴族派閥で彼女を手に入れようと躍起になっている。王都内がそんな不安定な状況なため陛下はラナーをどうすべきかで非常に悩んでいるそうだ。王族や貴族の場合、人気があるということは政治の道具にされるのとほぼ同じ意味なのだ。

 

「考え直したのならいい。しかしこうなると王国で探すのは大変だな。いっそ他国の冒険者で探してみては?」

「それも考えたんだが……中立な機関とはいえ流石に国家には逆らえまい。ならば他国というのは難しいだろう。何より冒険者は国家の切り札になりえるのだから」

 あの王都で起きた出来事から完全な中立というのはやはり難しいのだ。どこまでいっても所詮は国の中に存在する機関でありその影響には逆らえないのだ。

 

 

「仕方ないか……」

 

 

 

 

 ラシケルは羊皮紙の一番下に書かれた名前を見て思わず眉をひそめた。そこに書かれている名前が意外な存在だったからだ。

 

 

「……うん?彼女はリストに加えて良かったのか?」

「あぁ。間違いではない。私は彼女こそ最有力候補だと思っている」

 

 

 

 

 そこに書かれていた名前は…

 

 

 

 

 シズ

 

 

「まさか……シズ殿とはな。驚いたぞ」

 彼女は【漆黒】とかつて戦った者の一人。かの大悪魔【ヤルダバオト】に精神操作を受け無理やり配下扱いされていたという。最後はモモンたちの活躍あって解放されたらしいが…。

 

 

「確か彼女は今【漆黒】の拠点の家でメイドをしているのだよな?」

「あぁ。何でもかの【森の賢王】…ハムスケ殿よりも強いらしいぞ」

 

 

「……彼女は戦力的にも立ち位置としてもモモン君に最も近いのは分かる。しかし彼女はかつて操られていたんだぞ?その辺りは大丈夫だなのか?」

「お前の心配も分かる。二度目が無いか不安もあるだろう。しかしだ…これは彼女にとって二つの大きなメリットがある」

 

 

「モモン君の心の支えになれる可能性、それと印象の回復……いや中和といった方が正しいか?」

「あぁ。彼女とは話した者もいて彼女の人となりを知っている。だがその数は多くはなく、そうでない者はこの街に戻ってからだが少し警戒する態度を取っている」

 その辺りは仕方ないだろう。そうラシケルは考える。あの王都での悲劇を語る者はいる限り彼女の肩身は狭いままだ。しかし容姿もかなり良く、モモン君に恩義を受けている。ぶっちゃけた話だがモモンさえよければ彼女自身はかなり良きパートナーになるかと思われる。無論世間体がどうだとかの話にはなるが……。

 

 

「彼女に関しては都市長は何と?」

「都市長はモモン君がシズ君をパートナーに選ぶことには反対はしていない。ただ世間がそれを認めるとは思えないと仰っていた」

 

「成程な。そしてそれは私もお前も同じだろう?違うかアインザック」

 ラシケルのその言葉にアインザックは頷くことしか出来ない。王都を襲撃した実行犯、幾ら主犯格ではなく精神支配を受けていたとはいえ彼女はそこに加担した人物である。そのためもしモモンがシズをパートナーとして選んだ場合はエ・ランテルに住む者たちは恐らく祝福してくれるだろう。しかし王都にいた者たちからはいらぬ疑いをかけられるに違いない。中には『モモンはヤルダバオトとグル』と下らない噂を垂れ流す輩もいるのだ。もし二人がそういった仲に発展した場合、それを口実に王都にいる貴族派閥の者たちがエ・ランテルを攻め込む可能性も無いとは言い切れまい。

 

 

「しかし彼女にナーベ君の代わりが務まるのか?」

「何もナーベ君の代わりにならずとも良い。彼女がナーベ君と同等かそれ以上に大事な存在になってくれればいい。大事なのはモモン君が調子を取り戻すことだ」

 

 

「……仕方あるまい。しかし最終的に決めるのはモモン殿だ」

 

 

 

 

「あぁ。その通りだ。だが問題はそれだけじゃない。この街の者についてだ」

「確かに。ナーベ君の存在が見えなくなってから彼らの中で不安が広がっているな。【漆黒】がこの街から去るのではと心配している噂なども聞いた。実際ここに来るまでの間だけでもかなりの噂を聞いたぞ」

 

 ナーベ不在の原因は実力差、方向性の違い、かなり少数派の噂だが痴話喧嘩など、だがそんなことよりも最も影響力のある噂はこれだろう。

 

 ---ナーベは帝国にスカウトされたからエ・ランテルを去ったというもの---

 

 

「彼女ならば確かにかのフールーダ=パラダインと同等の実力を持っていてもおかしくはないな。帝国に行く理由もここに比べて住みやすいのかもしれないな」

「おいおいそれは私に対する皮肉か?」

 

 

「いや…そんなつもりはなかった。すまない」

「いや気にするな。逆の立場なら私も同じことを言っているさ。あの"鮮血帝"ならばやりかねない」

 

 

「しかし実際問題どうなんだ?彼女が帝国にスカウトされた可能性はあるのか?」

「個人的な考えでしかないが……ナーベ君単独で動いたことからその可能性は低いと思う」

 

 

「理由は?」

「このままいけばどうなると思う?」

 質問を質問で返すな。そうラシケルは叫びたくなった。しかしアインザックがこういうからには何かの確信を得ているのだろう。

 

 

「もうすぐ…あっ、戦争の時期か」

「そうだ。もし仮にナーベ君が帝国に行ったとして、モモン君がエ・ランテルにいる状態であるならば……その可能性は僅かにだがあるだろう。あの彼の相棒である彼女がそんな計算を出来ないはずがない!」

 

 

 可能性…その言葉を使ったのは”冒険者は国家に属さない”この言葉ゆえだろう。しかし実際は…。

 

(国家規模の何かが起きた場合、冒険者は中立ではいられない。それをあの王都での悲劇で証明してしまった)

 

 

 

「そうだな……しかしそうなると彼女はどこへ?」

「分からない。しかし気になることがある」

 

 

「何だ?」

「帝国にいる密偵からだが、何でも"他国からの使者が闘技場に来る"と噂が流れているそうだ」

 

 

「それは本当か?」

「あぁ。間違いない。しかしだ。あの帝国がどこと外交を結ぼうとしているかは見当も付かないな」

 

 

「さぁな。都市国家連合…ここならば問題ないだろう。スレイン法国は……まぁ何とも言えないが同じ人間国家だし多分大丈夫だろう。どちらも少なくとも王国との戦争に関わるような真似はしないだろう」

「そうだな。ではお前はどこが一番問題だと思う?」

 

 

 

 

 ラシケルの問いに対してアインザックが口を開く。

 

「噂が真実であるならば……アインズ・ウール・ゴウン魔導国。お前も噂を聞いただろう?かの国はデスナイトを衛兵、ソウルイーターを馬車にすような国だぞ?そんな国に戦力…いや軍事力という面で勝てると思うか?」

「それはそうだが……。そこまで心配することか?帝国と魔導国が同盟を結ぶと思うか?」

 

 

「お前の言いたいことも分かる。しかし考えてもみろ。あの国はどうやって建国した?」

「それは…あっ!」

 

 

「そうだ。竜王国をビーストマンの軍団から守る為に"僅か数分"で数万のビーストマンを殲滅したんだぞ」

「…帝国がもし魔導国と同盟など結べたとしたら……」

 

 

「あぁ。間違いなく戦争で敗北は必至。エ・ランテルは帝国が支配。その裏で真に支配するのは魔導国になるだろうな」

「……笑えないな」

 

 

「だろうな。さっきは言わなかったが……【漆黒】はカルネ村に行ったこともある。このことは銀……いや今は金級の冒険者チーム『漆黒の剣』からも確認が取れている」

「カルネ村だと……まさかだとしたら!」

 

 

「あぁ。ナーベ君が向かったのは帝国なんかじゃなくて魔導国かもしれない」

「それならば可能性の一つとしてだが……いや無いか」

 

 

「何だラシケル。話してみろ」

「…あぁ。これは仮の話だが……帝国が魔導国と同盟でも結んだとしてそのメリットは何かを考えて見たんだ。もしやだが……ナーベ殿を帝国にスカウトするためもその一つなのでは?」

 

 

「ありうるな……あの"鮮血帝"だ。状況次第では強引な手も使うだろう。しかしそれだけで同盟を結ぼうと考えるか?」

「確かに。そこは気になる。仮に"鮮血帝"がナーベ君の弱みでも握ったとしてそこまでするか?彼女は一冒険者だぞ?」

 

 

「…少し考えにくいな」

 

 

(弱み……何故だろうか。その言葉に妙な違和感を覚える)

 

 

 そこでアインザックは気付く。否気付いてしまった。ある一つの可能性を。

 

 

「…っ!」

「どうした?アインザック」

 

 

「いや…何でもない。ラシケル」

 アインザックはそう言って窓の外を見た。

 

(弱みか……一つだけある。彼女にとって最大の強みであり、同時に最大の弱みとなりうる存在……モモン君しかありえまい)

 では何故わざわざ帝国や魔導国に行ったのか。その理由も今さっきアインザックが気付いてしまった可能性であるならば説明できる。しかしあくまで可能性であって絶対ではない。アインザックはこのことを"今は"胸に秘めることにした。誰かと共有するにはまだ早いだろう。いたずらに不安を広げる趣味はアインザックには無かった。

 

 

(だとするとやはり……。だが"この可能性"の場合、ナーベ君がエ・ランテルに戻る可能性は間違いなくゼロだ!)

 

 

 

 

「やはり早急にシズ君にモモン君の支えになってもらわねばならないかもしれん……」

 アインザックはそう言うと空になったグラスに水を注いだ。

 

 

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