漆黒の英雄譚   作:おしるこをしるこ

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集う強者たち

「随分と人が多いな」

 モモンは闘技場前にいた。視線の先には熱狂的な観客や興奮している参加者たちがいたため思わずそんな声を出す。

 

 

(これだけ人が多いと随分と時間が掛かりそうだ)

 モモンがここに来た目的は"鮮血帝"に会う事であり、『大遺跡』での誤解を解くこととアルシェの借金の返済についての説明をしようと考えたからだ。本日この場所で大会が行われ、そこでモモンは数々の者と戦うことになるだろう。

 

(前にヘッケランから聞いた話だと試合形式は一概に決まっていないらしいが……もし一対一を何度も繰り返すトーナメント戦なんかであればかなり時間は掛かりそうだが……)

 モモンがそんなことを考えていると大声で誰かが叫ぶのが聞こえる。だが悲鳴の類ではなくむしろ呼び込みの様であった。

 

 

 

「はーい!今から闘技場で大会を開催します!」

 聞き取りやすい女性の声が聞こえた。あの女性が受付嬢なのだろう。活発そうな表情を浮かべ元気よくハキハキと喋るその姿はとても内面の明るさが滲み出ている様に思える。

 

「大会参加者の方はこちらで受付をお願いします」

 モモンはその言葉を聞いてそこで参加登録をしようと歩く。そう思った中に背後から肩を叩かれた。

 

 

「久しぶりだな」

 モモンはその声の主を知っていた。しかし前回会った時とは明らかに声色が異なる。振り向くとやはりと思う。髪はボサボサで青く、鎧ではなく鎖帷子(チェインシャツ)を着込んでいる。そして腰にはその者の武器である刀が差さっている。

 

 

「あぁ。ブレイン=アングラウス?」

 

「何で疑問形なんだ。まぁ…お前からしたら俺なんてその辺の石ころかもしれんが」

「いや…そうではないんだが。どうもあの時の印象が強すぎてな……」

 エ・ランテルで出会ったブレインは死んだ目で自身のことを自嘲気味に『暗愚(アング)』、などと名乗っていた。それに対して目の前にいるブレインは瞳に生気と力強さを宿し、その背筋は真っすぐ伸びている。とても同じ人間だとは思えない。

 

 

(あの時とはまるで別人だ。何か生きる目的を見つけたようだな……)

 そう考え、密かにモモンはその生きる目的となった"何か"に感謝した。流石にあのままどこかで野垂れ死にましたなんて言うのは気分が良くない。噂では今は元冒険者であるブリタと良き仲だったとか聞いたが。

 

 

「あぁ……成程。確かにそれは仕方ないな。あの時の俺は……色々あったからな」

「……元気そうで良かったよ。しかし何でお前がここに?噂じゃ王族の護衛をしていると聞いたが…」

 アダマンタイト級冒険者であるモモンの元には---直接の場合もあるが---都市長や冒険者組合長などを通して初め様々な情報が入ってくる。その情報の一つにラナー王女に新しい護衛が……というものがあった。そしてその者の名前や特徴が一致したことでブレイン=アングラウスが王都にいることを知っていた。かの【ヤルダバオト】襲撃の際には会うことこそなかったがまさかこうして出会えるとは思ってはいなかったが。

 

 

「実はお前さんにお嬢様から伝言を頼まれていてな。ここに来たのはそのついでだ」

「……場所を移そうか」

 モモンがそう問うとブレインは周囲を明らかに見渡しその場を離れた。どうもかなり重要な話であるようだ。人ごみから離れた位置にある建物の外壁まで歩いてようやくブレインは口を開く。

 

 

「『王都で内乱の恐れあり。もしもの時は王国を優先し(・・・・・・)王都までご足労願います』とのことだ」

「……分かった」

 モモンはその伝言に溜息が出そうになった。仕方ないだろう。何かあれば帝国ではなく王国を優先して助けろ……そう言ってきたのだ。一国の王女がそう言わざるを得ない王国の状況と自身の立場がそれを逆らうことを許さない、その二つの意味で憂いたのだ。

 

 

「してその原因は?」

 モモンの言葉にブレインは再び周囲を注視する。やがて口を開く。

 

 

「……原因となっているのはある噂だ」

「ある噂?」

 モモンが知らない噂だということはつい最近のものなのだろう。ひょっとすれば入れ違うような形でエ・ランテルには届いているかもしれない。帰ったら組合長たちに一度訪ねてみようかと考える。

 

 

「王家代々受け継がれてきた『五宝物』を知っているか?」

 

 

 

 『五宝物』

 

 それは王家に代々受け継がれてきた五つのアイテム。このアイテムの所有権は---正確には王族ではなく---国王の座につく者ただ一人。現在はランポッサ三世がそれを受け継いでこそいるも、戦場において前線に出ない自身ではなく王国戦士長であるガゼフ=ストロノーフに身に付けることを許している。そのことからも国王が如何に王国戦士長であるガゼフを信頼しているかが伺い知れた。

 

 

「あぁ。知っている。確か有事(・・)の際にストロノーフ殿が身に着ける武具だろう?」

 モモンがそんな含みのある言い方をしたのはカルネ村の一件を聞いていたからだ。【ヤルダバオト】撃退後の褒美として【英雄長】の称号を授かった後にガゼフと話す機会があり、その際にガゼフが後の魔導王に助けられたことを知った。そこで『五宝物』についても五宝物でありながら四つしか現存していないことも聞かされたのだ。

 

 ブレインはモモンの反応を見て既にある程度情報を知っていると判断しそれに感謝した。話が早くて助かるからだ。

 

 

「あぁ。話が早くて助かる。その…現存していない一つがあの【ヤルダバオト】を召喚した『悪魔像』だという噂さ」

「それは……」

 モモンは言葉に詰まった。間違いなくそれは無いと否定しようとするもそのために必要な証拠が存在しないのだ。『ある』ことよりも『ない』ことの方が証明は難しいからだ。

 

 

「一応聞くが王城とその悪魔像は関係無いのだろう?」

「関係無い…はずだ」

 

 

「だがあの大悪魔による被害を受けた者たちはそうは考えない。王族やレエブン候もその辺りを危惧しているのだろう」

「あぁ。うちのお嬢様の見立てじゃ王都を二分する戦いにまで発展しかねないということさ」

 ブレインの言葉にモモンは頷く。確かにその通りである。現在王都はヤルダバオトによる被害で立て直しを図っている段階であり、民への不安を解消できるだけの余裕が無い。また貴族の多くは自身の領土に住まう民の暮らしを無視し私腹を肥やす者も少なくない。それゆえ王国では今回の噂を真に受ける土壌が出来上がってしまっている。

 

 

 ただそうなるとある一つの可能性(・・・・・・・・)が浮かび上がるのだがモモンはそれをあえて口にしなかった。代わりに他のことを告げる。

 

 

「内乱規模では済まないぞ。これは最早…戦争だ」

「……」

 ブレインは黙ってしまう。民の不安に関して思う所があったからだ。元々は農民の出であるブレインがそう感じたのは仕方の無いことであった。

 

 

「国王陛下はどうなされるおつもりなんだ?」

「あぁ……」

 そう言ってブレインは再び周囲を見渡した。

 

 

「実は……【ヤルダバオト】の一件があってから体調を崩して寝たきりだ。今はレエブン候が代理として実務を担っているが、第一王子のバルブロとその取り巻きの貴族共がそれに反対していてな……王都はかなり荒れている」

「第一王子……それに派閥争いか」

 モモンにとっては少し苦い思い出だ。バルブロとその一派らしき人物たち---いわゆる貴族派閥---はモモンが短剣と共に【英雄長】の称号を授かった時に声を荒げていた者たちだったからだ。しかもその中で一番叫んでいたのがバルブロ第一王子であり、貴族派閥の代表---実権を持つのは六大貴族の一人だろうが---なのだ。更にカルネ村の一件の際には貴族派閥が横槍を入れたことで王国戦士長は万全の状態でカルネ村に行くことは叶わなかったという。とてもじゃないがこれで良い印象を持てる訳が無い。

 

 

「それで…国王陛下は無事なのか?」

「…さぁな。ガゼフとレエブン候には会っているみたいだが……姫さんには会わないみたいでどういう状況かよく分からん」

 

 

(かなり具合が悪いのか?もしくは……それもヤルダバオトの仕業だろうか)

 モモンは考える。しかし結論は出ない。王族などに関する情報はいくらアダマンタイト級冒険者であるモモンであっても知らされないことは多い。そういう意味ではブレインはまだ教えてくれる方であった。それでも多くは無いが。しかし少ない情報の中からでもモモンは直感で王にヤルダバオトが何かをしたとは思えなかった。いや正確にはそんなことをする必要があるとは思えなかったのだ。

 

 

「……(あの悪魔の性格がどうかは置いといて……。これだけ疲弊しきっている王国にわざわざ止めを刺すような真似をするだろうか?あのの悪魔ならむしろ……どうやって王国が生き延びるか高みの見物をしていそうだ。そしていざ助かる可能性が見えた場合は絶望に突き落とす……そんな気がする)」

「…とまぁ俺が伝えるべきことはこんなもんだな」

 

 

「分かった……」

「じゃあな。俺も大会に参加するんでな。相手になった時はよろしく頼む」

 そう言ってブレインは参加受付の方へと歩いて行った。

 

 

 

 

「えっ!あのブレイン=アングラウス?」

 などと受付から聞こえた。やはりというか知っていたがブレインはどうも有名人らしい。かつて王国で開かれた武術大会であり同時に優秀な者を王国に勧誘するのを目的とした『御前試合』というものがあった。そこで現在の王国戦士長ガゼフと優勝を賭けて戦ったのがブレイン=アングラウスという男だ。当時は刀ではなく剣を振るっていたと聞く。

 

(あいつもかなりの有名人なんだろうな……)

 

 

「モモンだ。大会に参加したい」

 モモンがそう言うとブレインの時よりも大きな反応があったのだが今は割愛するとしよう。

 

 

◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 モモンは案内を受けて控え室に通される。

 

 

 控え室は闘技場の観客席の下にあり、そこでは大きな部屋が二つあっただけだ。即ち男女に分れれているだけだ。しかし女性でこの大会に参加する者は非常に少なく女性用控室は形骸化してしまっている。そのためどちらも男性用控室と言っても過言ではない。そうヘッケランから聞いていた。

 

 

 

 モモンはドアを開けた。

 

 

「ここが…控室か」

 男性用控え室、そこは部屋というよりは巨大な空間といった方が正しい。壁や床などは汗や血で汚れた跡があるも匂いや埃の類が目立たないことから清掃が行き届いているのがよくわかる。部屋に入ったモモンに視線が一度向けられた。その内の一人である上半身に何も纏わず長ズボンを履き、筋肉質でモヒカンの髪型をした男が近づく。

 

 

「お前さんもこの大会に参加するのかい?」

「あぁ。そうだ」

 

 

「俺はモバア。弟と一緒に大会に参加している。よろしくな」

 モバアという男はそう言って握手を求めてきた。

 

 

(間違いなく何かするつもりだろうな……だが勝負は既に始まっている。こんな所で負ける訳にはいかないか…)

 モモンは握手を返す。

 

 

「……アンタは強そうだな。最初から当たらないことを祈るよ」

「…そうか」

 だが予想とは裏腹にモバアが何か仕掛けるようなことは無かった。せいぜい強く握ってきたくらいだろう。そのためモモンは思わず拍子抜けしてしまう。

 

 

 

「おい見ろよ。あの全身鎧(フルプレート)の戦士、"腕力自慢"モバアの腕力に耐えやがった。すげーな」

「帝国のワーカーでもそこそこ強いという噂がそこそこあるあのモバアのそこそこの腕力に耐えただと。あの戦士やべーかもな」

 

 

 

(うん?……まぁいいか。あそこで待機しよう)

 モモンは部屋の端である壁にもたれかかる。男たちの視線は未だにモモンへ向けられていた。しかし次に誰かが入るとそれらの視線はすぐにその者へ向けられる。

 

 

(……後は待つだけだな。さてどうしようか。……見た所"強者"なのはいないな)

 モモンが壁で待つ間に何人かの参加者が訪れる。それらを見てモモンは自身の脅威になりえないと判断していく。ちなみにブレインはここにはいない。恐らく闘技場の中で集中力でも高めているのだろう。

 

 

(優勝できるならそれに越したことはないが……出来れば戦って何かを得たい所だな)

 

 

「おい!嬢ちゃん」

 ドアの近くから何やら大声が聞こえた。どうやら先程のモバアが何かを注意していたようだ。

 

 モモンはそちらへ視線を向ける。そこには少女が立っていた。まだ幼さを残すその少女は大鎌を背負っていた。そしてその少女の容姿はこの辺りではまず見ないものであった。

 

 容姿は十代前半の少女。長い髪は奇怪なことに左右で色が違う。片側が光輝く白であり、もう片方は光を飲み込むような黒であった。髪と同じように瞳の色も左右で異なっており、それゆえ彼女の容姿はとても目立つ。それを更に際立たせるように服装も黒い鎧と白く柔らかそうな服を混ぜ合わせたような恰好であった。これで目立たない訳が無い。

 

 

(何者だろうか?半分白くて半分黒い……)

 まるで生と死が半分ずつ混ざり、調和を成しているようにすら思えた。ふとエメラルドタブレットを通して見た【六大神】のスルシャーナとアーラ・アラフを思い出す。

 

(まさかな………)

 

 

 

「おい、お嬢ちゃん、ここは男性用控室だ。女性用は隣だぜ。ここじゃねぇ」

 モバアが声を掛ける。どうやら部屋を間違えたのだと思ったのだろう。だがその認識こそが間違いだとモバアはその身を以て教えられた。

 

「邪魔」

 少女がそう発言した時全ては終わっていた。モバアは最初気付かなかった。数秒後自分の右腕に軽い痛みが走ったのだ。その程度の認識しかなかった。

 

 だが自分の腕がそうなった理由を知ると大声を叫んだ。

 

 

「あぁぁぁっ!腕がぁぁぁ!」

 モバアの右腕はありえない方向に曲がっていた。右腕を少女の腕が掴んでいた。そのことから少女がモバアの腕を腕力のみで曲げたのだと推測できる。

 

「うるさいわね」

 そう言って少女は左手でモバアの顔を掴むと床に叩きつける。モモン以外の誰もが目にも追えぬその動きであったため事態を把握するのに数秒要した。

 

 

「おい、アンタ何も殺さなくても!」

「死んでないわ」

 少女の言葉通りモバアは死んでいない。それはモモンも分かっていた。腕を折られて床に頭をぶつけられて気絶しただけだ。攻撃の派手さで分かりづらいが軽傷より少しダメージがあるといった所だ。少女はモバアから身体を離し、倒れたモバアや声を掛けた男をまるで興味が無いと言わんばかりに無視する。歩き出した少女はやがてモモンの前にまで近づく。

 

 

 

 

「何の用だ?」

 モモンは目の前にいる少女を観察する。この辺りではまず見ない容姿であったからだ。

 

 

「……」

 少女は黙ってこちらへ視線を向けたままだ。

 

 

(先程の力……もしや神人か?……それとも他の何かか?例えば【流星の子】とか)

 謎である。モモンは少女について何も知らないのだ。

 

 

「もう一度聞く。何の用だ」

 モモンは背中の大剣に意識を向けた。次に少女が何をするか戦士の勘とでも言うもので把握したからだ。

 

 

 

 

 瞬間、首元に刃を突き付けられていた。

 

 

 

 

「どういうつもりだ?」

 否、モモンはほとんど反射的に大剣を抜いて防いでいた。辛うじて鎌の刃の部分はモモンに到達していない。だがモモンは奇妙な感覚に陥る。それは殺意を感じなかったからだ。その証拠に少女の右手に握られていた十字槍にも似た戦鎌(ウォーサイズ)がモモンの首元から引き戻される。

 

「貴方がどれくらい強いか見たかった」

 そう少女は告げる。恐らくだがモモンの反応の速さを見てモモンの強さを把握したかったのだろう。だが少女の行いは徒労に終わったはずだ。今のモモンは武技を発動しておらず、せいぜい難度百程度の実力しかないのだから、さぞつまらなかっただろう。

 

 

「それで結果は?」

「うん。合格ね」

 

 

 

(彼女の雰囲気は熟練の戦士のそれだが……いくら何でも若すぎる。あの人(ミータッチ)じゃあるまいし。もしや長命種……エルフあたりか?)

 モモンはそう思い耳元を確認するも、長い髪に隠れており確認できない。しかしそれは別の可能性を示唆している。あくまで彼女がエルフと何かしらの関係があれば…だが。あくまでモモンは彼女をエルフと仮定してみる。

 

「あまり耳をジロジロ見ないでもらえるかしら」

「それは失礼した」

 

 

(耳を隠しているのであれば……ハーフの可能性が高そうだ。無論他の種族の可能性もあるだろうが………)

 かつてミータッチから聞いた話だが……エルフは自身の種族に"かなり"誇りに持っており、そのため特徴である耳を隠すのはそれを誇りだと認識していない者であると聞いたことがある。そしてこの話には続きがあった。

 

 ハーフエルフはエルフ・人間共に迫害される傾向が強い。

 

 その最大の理由としてエルフ側は閉鎖的な種族であること、人間側は短命な種族であること。それゆえエルフ側は異なる血を拒み、人間側は長命の者に支配されることを恐れる。どちらの群れに属すにしてもハーフエルフは肩身が狭くなる。それゆえ迫害されがちで、ひどい場合は両親からすら捨てられる者もいるらしい。

 

 

(彼女もその類だろうか?しかしこれだけ強い彼女を迫害できる者がいるとは思えないが……。いや長命であるならば私の物差しで測っても分からないことが多いだろう。いつかそれを知る機会があるかもな)

 モモンがそんなことを考えているとどうやら怪訝に思ったのか少女が口を開いた。

 

 

 

 

「貴方…名前は?初めて会った気がしないのだけど」

「モモンだ。エ・ランテルで【漆黒】という名のアダマンタイト級冒険者をやらせてもらっている」

 周囲の参加者たちが騒いでいたがモモンは無視した。今はそんなことに気を掛ける余裕は無さそうだったたからだ。

 

 

(やはり容姿にしても声にしてもまだ幼い。だがこの感じ……かなりの強者だ。恐らくだが『十戒』を使って何とかなるくらいか?流石に【守護者】クラス程ではないが……最低でも難度二百以上だと認識しておいた方がよさそうだ)

 モモンはこの少女と戦う際にどうやって勝とうかと考えていた。あまりに深いその思考ゆえに少女が最初自分に何をしたか気付かなかった。悪意が無いゆえに……。

 

 

 ガシッ

 

 

「うん?」

 モモンは目を疑った。目の前の光景に思わずそんな声を出してしまう。

 

 

 モモンの視界には少女が自分に抱き着いてきていたのだ。しかしモモンは冷静であった。これが知っている人物であるならばまだ分かるのだが、しかし初対面でいきなりときてその理由が分からなかった。モモンが冷静であったのは少女が抱き着いてきたのは他の可能性ではないかと推測したからだ。

 

 

「ねぇ、私を抱かない?」

「はっ?」

 少女のその危ない言葉にモモンは困惑した。参加者たちあわただしくなる。中には妙な疑いの目を向ける者や「あらやだ、ロリコンですって」などと噂する者もいた。

 

 

(誤解だ!)

 モモンは思わず頭を抱えそうになる。しかしすぐに冷静に戻る。

 

 

「あら?しないの?」

「その言葉は誤解を招く……よしてくれ」

 

「分かったわ」

 そう言うと少女は意外なことに素直に口を閉ざしてくれた。その間モモンは誰が……どこの国家がこの少女を派遣したのかを推測することにした。

 

 

(もしや……これも"鮮血帝"の仕業?ハニートラップってやつか……しかしこんな白昼堂々とするか普通……。もしや社会的に【漆黒】を潰そうとしている?そんなメリットがあるとは思えないが…。いやそんなことよりも…)

 モモンは一先ず女を引き離した。考えてみると大人しく抱き着かれている必要は無いのだ。引き離すと女は少し不満そうな顔をしていた。何が何やら分からない……これも演技の類だろうか。おのれ"鮮血帝"め。そう内心でまだ見ぬ人物に怒りをぶつけた。何となく八つ当たりだと分かってはいたが…。

 

 

 

「すまないが私と君は初対面のはずなんだが……」

「強いなら関係無いわ。それとも抱かれるのが趣味なのかしら?」

 彼女の言葉にまたもや周囲がざわつく。全然口を閉ざしてくれない。本当に何なんだろうかこの少女は。

 

 

「だから誤解を招くと言っているだろう…………はぁ…!っ」

 モモンが溜息を吐いて思いついたのは単純明快。誤解を解くのに必要な情報が不足していた。そのためまずは相手の情報を得ようと考えた。だが同時に誤解を解くには時間が掛かることも予想できてしまった。この際周囲の視線などは無視することにした。

 

 

 

「君の名前は?」

「私は…番…絶……いえシメイよ。会いたかったわモモン」

 女は愛を囁くような言い方で言葉を紡ぐ。しかしモモンはシメイという名前に心当たりが無かった。それに当てはまりそうな名前も無い。

 

 

 

「シメイ…?すまないが私は君を知らない……」

「別にいいわよ。私を抱くのに私の名前が必要かしら?」

 モモンは頭を抱えたくなる衝動とこの場をどうにかしたいと思いながらも何も出来なかった。モモンはつい先ほどから武技を発動しシメイを感知しているが、悪意や敵意というものを感じなかった。これがどちらかだけでもあれば強引にこの部屋から追い出すこと考えただろうが……モモンの優しき性格が裏目に出た結果、この空気を打破できずにいた。しかし何か聞きださねばと思ったモモンは"鮮血帝"が仕掛けた姦計か確認するためにシメイに尋ねる。

 

 

「君はどこの国の者だ?」

「法国からよ」

 

「スレイン法国だと!?」

 モモンは警戒心を最大まで引き上げた。目の前の女がスレイン法国の追手の可能性を考慮する。過去にモモンは漆黒聖典の一人の勧誘を蹴り、あげくその者を無力化した。もしあの者が帰国し法国の上層部にそのことを報告していたとしたらモモンの暗殺などをこの女が引き受けていてもおかしくはない。それならばまだ帝国の者であった方が幾分かマシであった。

 

 

「そんな怖い空気出さなくても大丈夫よ。今の私は法国とは無関係だから」

「?……ますます分からないな」

 モモンは頭に疑問が浮かぶ。それならば何故この場所にこの女がいるかが理解できなかったからだ。追手ではないのならば何故ここにいるのか?彼女程の実力者をあの国が手放すとは思えないが……。

 

 

 

「まぁ……そちらに敵対する意思が無いならこちらから攻撃する理由は無いが……」

「……貴方と戦えるの楽しみにしているわ。勝ったら私のこと好きにしていいわよ」

 そう言うとシメイはモモンから離れて笑った。その笑みは年相応というには少し異なっているように思えた。どこか歪んだ(壊れてしまった)笑みを浮かべている。

 

 

(随分な笑顔だな…それに論理感が壊れている)

 部屋から出ていくシメイ。モモンは最後の笑みからクレマンティーヌを思いだす。しかしすぐに違う存在だと認識する。

 

 

(いやシメイとクレマンティーヌは違う。クレマンティーヌは様々な体験を経て性格が歪んだ末にねじ切れた……そんな感じだったが、シメイは何というか……奴隷の扱いを受けてきた者たちの表情のそれに近い。一種の暗示とか洗脳にかかっているような……まるで誰かから特定の役目を強いられてきたような……閉鎖的な空間で居続けてきたもの特有のそれのように思える)

 モモンはそこまで考えてしまった。しかしすぐに首を振るう。

 

 

(シメイには悪いが、私はこの大会を通して"鮮血帝"に会わなくてはならない。彼女のことばかり気に掛けてはいられない)

 

 

 モモンはそう気持ちを一区切りした。

 

 

◇ ◇ 

 

◇ ◇ 

 

 

 モモンが現在いる場所は闘技場の中であった。試合開始まで少しあると控室にスタッフが訪れたのでその間、自身が戦う場所を把握しておこうと通路と会場を繋ぐギリギリにまで足を伸ばしていた。ブレインとは会わなかったので恐らく見えないどこかにいるのだろう。

 

 モモンは試合会場となるその場所を見てふとヘッケランの言っていたことを思い出した。

 

 

 

 

 闘技場は円形でありその中心に試合をするための空間、その周りを観客席が囲う形だ。観客席は中心から外側に向けて席を高く設けられており、これは前の者のせいで後ろの者が見えなくなるのを防ぐことを目的とした意図的な作りであった。闘技場で行われる娯楽を全ての観客たちに余すところなく堪能してもらいたいということで"鮮血帝"が改修したのだ。元は観客席は全て平らで前の者が邪魔でとても見れたものでは無かったという。

 

 

 当時、多くの文官たちは改修を止めるために苦言したという。

 

---幾ら陛下といえど歴史ある建造物に手を加えるなど!ありえませぬ---

 

 

 だが"鮮血帝"はただ一度だけ微笑むと優しい口調で告げた。

 

---歴史?それがどうした。帝国の民が満足に見れぬ娯楽に価値があると?そんな悪しき歴史なら全て断ち切れば良い。血一滴すら残さずな---

 

 

 

 

(自身の国の為に変わることをいとわぬ人物。そして民あっての国だと知っている。……今の王国に一番足りない存在だろうな)

 モモンはブレインから教えてもらった話を思い出した。その時に感じたことを再び思う。

 

 

 

(【ヤルダバオト】……奴が再び王都、いや王国を襲撃しない保証はどこにもない。エ・ランテルだって例外じゃないんだぞ!それが何故分からない!あの時は王都に私がいた!しかし次もそこにいる保証は無い!)

 モモンは拳を作った。

 

 

(それなのに!何故!まだ王都内で、身内同士で争っている!振り回されるのはいつだって民だ。このままじゃヤルダバオトの襲撃の有無に関わらず滅んでしまうぞ。それとも王はそれが望みなのか?)

 モモンは首を振るった。そんなはずはないと自分に言い聞かせる。ヤルダバオト撃退後、【英雄長】称号授与の際に謁見した。その時の印象だけでしかないが悪い王では無いのだろう。少なくとも民を大事には思ってはいるはずだ。しかし貴族たちとの接し方から優柔不断だということは分かっていた。だが王という存在は導き手である以上、決して優柔不断などであってはならない。賢王か愚王かは決断してこそだ。

 

 

(もしナーベと共に行動を共にしていたら"鮮血帝"のいる帝国に移る提案をしたかもな…)

 モモンは一度目を瞑って深呼吸。息を整えて目を開けた。

 

 

(今はそんなことを考えている場合じゃないのは分かっているんだが…)

 モモンは溜息を吐いた。モモンは再び思考する。本日開催される大会に出場する参加者の数は少なく見積もっても百はいるようだ。中には試合開始前であっても談笑している者もおり、そのことから考えるに冒険者またはワーカーのチームも参加しているのだろう。

 

 

(悪いが……優勝させてもらうぞ。"鮮血帝"に会うために)

 モモンは自らの手の平を眺めながら拳を作り、モモンが密かにそう決意する。

 

 

 

 

 するとふと声が聞こえた。

 

 

 

 

「君がモモンかな?」

 

 

 

 

 モモンは警戒心を最大まで引き上げ瞬時に振り向いた。

 

 モモンは背後から声を掛けられたのだ。反射的に背負っていたもう片方の大剣を抜いていた。それも仕方あるまい。何故なら接近に気付かなかったからだ。

 

 

(!っ気付かなかった。足音もしなかった。何者だ?もしや暗殺者(アサシン)の類か?)

 そこに立っていたのは白銀の鎧、まるでドラゴンをモチーフとしているようなスケイルメイルを着込む男であった。声は若々しく非常に丁寧な口調だ。一見すると戦士にしか見えない。

 

 

「僕のことは……そう…アガネイアと呼んでくれ。見ての通り戦士さ」

 そう言ってその手に握る武器を見せる。そこにあったのはハンマーであった。これまた大柄な男が両手で振るうような大きなハンマーであった。それを楽々と持っていることからこの男の腕力が伺える。しかしわざわざ自分のことを戦士と名乗ったことでモモンは大剣を持つ腕に力が入った。理由は定かではないが何か強烈な違和感を覚えたからだ。何かを見落としている……そんな感覚である。

 

 

「アガネイアか……知らない名前だが。どこかで会わなかったか?」

「そんなはずはないよ。僕たちは初対面だ」

 アガネイアのその丁寧な物言いに対してモモンは頭を傾ける。この姿、この声どこかで知っているはずなのだが。何故か思い出せない。まるで今は思い出すべきではないと本能が告げているようだ。

 

 

「そうか……どうも私の勘違いだったようだ」

「そうだね。それが分かった所でお近づきの証に握手でもどうだい?」

 一見丁寧な物言いで手を差し出したアガネイアであった。しかしモモンはそこに高圧的なものを感じ取る。まるで目の前に巨大な何かがいるようなそんな違和感である。目の前にいるのは何かとてつもない存在感を放つ何か。それが何か知る為にモモンは握手に応えた。

 

 

「あぁ。構わない」

 モモンは手を握る。握手といいながらお互いにガントレットは外さない。警戒したからだ。少なくとも相手は今この場で何かを起こすつりはないようだと判断しなければ握手をしようとさえ思わなかっただろう。

 

 

 

 しかし握手するとアガネイアは何故か数秒ほど握ったままであった。

 

 モモンがそろそろ手を離そうとしてもいだろうと思った時であった。

 

 

 

「どうやら……君の本質は『彼』と同じ善のようだね。少し安心したよ」

「?『彼』?」

 そう言うとアガネイアはモモンの耳元に顔を近づかせた。いや正確には声だけを飛ばすような小声であった。その奇妙な感覚にモモンは大剣を振りかぶろうと……しかけた。

 

 

「もう一つ聞かせてくれないか」

「何だ?」

 

 

「君、【流星の子】だろう?」

 モモンは頭が真っ白になった。何だこいつは何を言っている。何故その言葉を知っている。そんなことばかりが頭の中を反芻した。

 

 

「あぁ。安心してくれ。今の君の実力のままなら(・・・・・・・・・・)なら何も心配しなくていいよ。僕が手を下す必要はないさ」

「どういう意味だ?まさかスレイン法国の者か?」

 

「あの国とは関係無いんだが……。先程のことは気にしないでくれ。ただの独り言だよ」

 そう言ってアガネイアは手を離し、どこかへと去っていく。どうやら大会が開くまで控室にでも行くのだろう。しかし先程の言葉に嘘があるとは思えなかった。まるで心の奥底を見透かされるようなそんなアガネイアにモモンは気味悪いものを感じ取った。

 

 

 モモンはアガネイアの言葉を思い出していた。先程の言葉を解釈するのであれば『独り言なのは君の相手はしていないから。君の力じゃ警戒する必要はまるでない。だから安心しろ』。そう言っているのだろう。モモンは大剣を握る力を強めた。

 

(私はまだまだ強くならなければ……"強者"相手に戦えるようにならないと!)

 【守護者】、【ヤルダバオト】、それにシメイ、アガネイアなど……モモンが勝たなくてはならない存在がいる。

 

 

 

「私は………」

 モモンは大剣を背中に収めた。もうすぐ最初の試合が始まるだろう。

 

 

(優勝して"鮮血帝"に会うだけのつもりだったんだが……。どうやら他にもやらなけらばならないことが出来てしまったようだ)

 この闘技場の中で強いのはアガネイア、それとシメイ。この二人だけだろう。ブレイン=アングラウスも強いが、この二人は次元が違う。二人とも最低でも難度二百以上は覚悟しておいた方がいいだろう。そんな彼らから学べることは多いはずだ。今のモモンにとって是非戦いたいとも思えた。

 

 

 モモンは一度深呼吸する。それは今ある興奮を落ち着かせたかったからだ。

 

 

(今は目の前のことに集中しろ。私は勝つ……そのために来たのだから)

 モモンはそう決意した。

 

 

 

 

 一方、ブレイン=アングラウスではない刀を持った一人の男が控室にいたことには気付かない。

 

 

 

 

 そして闘技場で武術大会が始まろうとしていた。




----作者の趣味・どうでもいい豆知識コーナー----

Q モバアの名前の由来は?
A モブAです。モブAなのでモバアです。



Q シメイは誰か?
A シメイは原作でも登場したある人物です。
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