「乾杯!!」
『かんぱーい!!』
今日は鎮守府開設から五年の節目という事で提督が設けたパーティー。艦娘は皆飲み、歌い、また思い出に浸り、思い思いの時間を過ごしている。提督も始めこそ参加していたが、途中から書類があると言って抜け出していた。
「ここにいたのね」
埠頭で一人海を眺めてたら、後ろから声が掛けられた。
「なんだ、もう見つかったのか」
「馬鹿ね、何年一緒にいると思ってるのよ」
初期艦にして秘書艦の叢雲が軽口で返す。
「大体、仕事はどうしたのよ」
「そんなもんは最初からない。上司が一緒にいる宴会なんて、気を遣うだけだろうが。だから抜け出してきたっていうのに……」
「そう、だから仕事の体裁をとって出てきたのね。まったく、そんな気回さなくて良いのに……」
叢雲はため息を一つ吐いて、おもむろに提督の隣に座った。
「隣、座るわよ」
「もう座ってるだろうが……」
俺の文句は無視された。
「さて、と」
隣においてあった袋に手を伸ばした。
「何よそれ」
「ん?ああ、缶チューだ」
袋を漁りながら答える。
「呆れた。アンタ、一人で飲もうとしてたの?」
叢雲の呆れ声が聞こえたがスルーした。代わりに取り出した酒を渡す。
「ほらよ。お前の分だ」
「えっ?」
「せっかく来たんだ。付き合え」
どうせ宴会場まで連れていこうとしていたんだろうがそうはさせん。来た以上は付き合って貰うぞ。
「まあ良いわ、付き合ってあげる」
仕方ないといった感じだが、OKは貰った。
プシュッと小気味良い音を立て、缶を開ける。月明かりと波の音を肴に透明な、冷たくて温かい液体を喉に流す。静かで、心地良い時間。時がゆっくりと流れていく気がする。穏やかな海は今が戦時である事を忘れさせてしまいそうな程だ。
そのまま、二人並んで静かに過ごす。
「ねぇ…」
ふいに、叢雲が呼んだ。
「どうした?」
「私達がここに来て、今日で5年なのよね」
「そうだな」
「奴らとの戦争が始まって、もう5年経つのよね」
「そう…だな…」
「私達は、前に進んでるの…?」
叢雲を見る。普段は勝気で、自信に溢れてる彼女の目は、不安に満ちて、弱々しくなっていた。
「この5年間で色々な事があったわ。泊地の仲間も私達2人から200人近くまで増えた。最近はアメリカの艦娘も増えてきている。」
酒が回っているせいだろうか。叢雲はいつになく饒舌だ。
「司令官、アンタには多くのものを貰ったわ……姉妹に再開する喜びを、艦の頃には思いもしなかった楽しみを、そして、人を愛する幸せを……」
左手を月に翳す。その薬指には銀に輝く
「幸いにも、私達は誰一人欠けることなくここまで来れたわ。でもそれは、幾多の危機を乗り越えた上での危うい幸せ。明日も生きている保証なんてどこにもない」
「叢雲……」
「私…時々夢を見るの…アンタが遠くに行ってしまう夢……独りぼっちの、冷たくて、暗い夢……」
叢雲が顔をあげる。その目には、恐れと不安と、涙が溢れていた。
「ねぇ…私達はどこに向かっているの?私達に、未来はあるの…?」
「そんなのは、俺にもわからない」
「え……?」
「当たり前だろう。未来予知など誰にも出来ない。開設1年で100人を数えた鎮守府に、米国が混ざるなんて誰が予想出来た?ここがグローバル化するなんて誰にも分からなかっただろうが。でも一つ言える事がある。それは…」
「それは…?」
「どんな未来があろうとも、進み続けなきゃいけない」
「……」
「ここにいるみんなで、これから来るみんなで、あの日誓ったあの海を。」
浮かぶのはあの日。指輪と共に誓った未来。
「いつか平和なあの海を。」
「……そうね。迎えましょう、みんなで」
叢雲の瞳を見つめる。そこにあるのは優しい光。我々を照らす月の様な、穏やかな光。
「ん……ちゅ…」
唇が触れる。
あの日もした、愛と誓いの混ざった口付け。
叢雲から、迷いは消えていた。
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「ちょっと!!こことここ、間違ってるわよ!!アンタいつから秘書艦になったのよ!」
今日も執務室から怒号が飛ぶ。
「なんでこう大本営の書類はこうも複雑なんだ…」
「アンタがマヌケなだけでしょーがー!!」
いつものやり取り。当たり前の様で得難い幸せ。それを噛み締めながら提督は言う。
「やれやれ、まだまだ君の助けが必要な様だな……これからも頼むよ、叢雲」
満更でも無い顔で、叢雲が応える。
「……しょーがないわね、まったく。いいわ、とことん付き合ってあげるわよ」
〜いつか平和な海を Fin〜
まずは…
艦これ5周年、おめでとうございます!!
今作は5周年記念という事で、気合いと勢いで急遽書いた一作となります。お楽しみ頂けたでしょうか?
「遠い海の向こうで」の方も5月中には書きたい所です……(本っ当にすみません)
それでは、ご拝読ありがとうございました。またどこかの海でお会いしましょう。
P.S.
陽炎改ニが可愛くて悶絶してます
5/23追記
「遠い海の向こうで」についての重要なお知らせを、活動報告に書かせて頂きました。