すいません、主人公回なんてしてしまって。どうしても挟んでおきたかった……
いつもながら、お気に入り、誤字報告ありがとうございます。励みになります。
それではどうぞ、
私のお兄ちゃんについて話をしようと思います。
名前は島田湊で年齢は今年で17歳。好きな料理はハンバーグで、嫌いな食べ物は特に無いらしい。私は今年で13歳だから5歳差になる。
私のお兄ちゃんは昔からやる事全てに対して、全力で取り組んでたみたいです。お母様に昔の話を聞くたびに、大変だったのよと言いつつ楽しそうに話してくれます。色んなスポーツや室内ゲーム、色んな遊びの全部に全力を尽くすから、振り回させる私達にとって本当に世話のかかる子だったらしいのです。
私はいつもお兄ちゃんの後ろにいました。そしてずっと一緒に居て、周りの人達と比べて妙な違和感を覚えていました。
無理に周りと合わせてるような、無駄に元気な様な感じです。それに話す言葉がたまに難しかったり、そういうのも合わせてお母さんも心配していたり、おかしい子と言っていました。
いつの間にかにお兄ちゃんの周りには人が少なくなっていました。それでも私はずっとお兄ちゃんの側に付いて回っていました。お兄ちゃんも私と話してくれる時だけは自然体だった、と思います。勉強を教えてくれて、一緒に遊んでくれて、家政婦さんが居ても私作ってあげたいって事でご飯を作ってくれたり、色んな事をしてくれた。
それにどれだけ周りから浮いてもお兄ちゃんは何事にも全力で取り組む事をやめてませんでした。
失敗しても、成功するまで挑戦してました。
失敗しても、ずっと笑って諦めませんでした。
怪我をしても、立ち上がって続けていました。治っても再度怯えずに続けていました。
周りから見れば何でそんな一生懸命になれるんだって、思われてたと思います。私はそれが羨ましかった。だから聞いたことがあります。どうして、そんな一生懸命になれるの?って。
「うーん、後悔したくないし、一番は愛里寿の前では格好つけてたいからかな?」
なんて笑って言ってました。ほかに理由があるかもしれないけれど、私はちょっと嬉しかった。だから私もお兄ちゃんの前では自慢の妹でありたいと思った。
そんな時に戦車道を始めた。家柄とかこの時はあまりわかっていなかったけれど、お兄ちゃんが唯一出来ないって言ってた。それ以外の面で関わってみようとも思ったらしいんだけど、どうやってもうまく出来なかったらしい。
それもあってお兄ちゃんが親戚とか色んな人から、馬鹿にされてるのが当時の私にも分かった。許せなかった、何でそんな事言えるのかって。お兄ちゃんの何を知っているんだって。
だから戦車道を始めて、私の意思で全力で取り組んだと思う。お母様は厳しかったけれど、それでもお兄ちゃんを馬鹿にされたくなかった。お兄ちゃんも応援してくれていた。
試合にはずっと勝ってきた。戦略も地形も戦車の知識も、あらゆる事を勉強してきた。そしたらいつの間にかに周りから持て囃される様になった。
逆にお兄ちゃんは何も言われなくなっていた。いや、無視される様になっていた。何で?え?……どうやら、島田流にお兄ちゃんはいらない、らしい。何でそうなるの?私には訳が分からなかった。
お兄ちゃんにひたすら謝った。初めて泣いてしまった。するとお兄ちゃんはすごく驚いていたけれど、すぐに私の頭を撫でながら抱き寄せて言ってくれた。
「ごめんなぁ、知らずにそんな重荷を背負わせちゃってて。俺の事は気にしないでいいんだよ愛里寿。そもそも周りの事なんて俺が気にしてねぇし。
それに、俺には母さんと父さん、そして愛里寿がいる。それだけで十分なんだ。だからそんな気にせずに好きな事をやるんだよ」
それから程なくしてお兄ちゃんはギターを弾き始めていた。ギターの練習や勉強をするのがとても楽しそうで、一日中と言ってもいいくらいギターと向き合っていた。一方で私はボコに出会った。何度負けても、やられても、勝つ時まで諦めず立ち上がる姿はお兄ちゃんを彷彿とさせた。好きになる事に時間はかからなかった。
誕生日の時、お兄ちゃんがボコの人形をプレゼントしてくれると同時に、ボコの歌を演奏しながら歌ってくれた。ものすごく嬉しかった。お兄ちゃん自身も楽しそうに、笑いながら歌ってくれて一番嬉しい誕生日になった。
学校では同級生の皆から避けられていた。話したりする人はいたけれど、普段はずっと1人だった。それでも私にはお兄ちゃんが、忙しそうだったけれどお母様が居てくれた。私にとってもそれだけで十分だった。
そして、戦車道も楽しくなってきた。始めた理由はお兄ちゃんが理由だったけれど、それを抜きにしても楽しくなってきて、使命感だけじゃなく、純粋に戦車に乗る事が好きになった。お兄ちゃんが歌を歌う事が好きで一生懸命になれる音楽と同じように、私にも一生懸命になれる物を見つける事ができた。
戦車道でいい結果を残すとお母様とお兄ちゃんはとても褒めてくれた。どんなに小さい事でも喜んで、祝ってくれた。余りにも過剰過ぎて恥ずかしかったけれど、とても嬉しかった。
飛び級の話も出てきて、お兄ちゃんより先に大学生になってしまったけれど、これでやっと自慢出来る妹になれたのかなと思っていた時だった。
お兄ちゃんが高校生になって、久し振りに帰ってきた時にお兄ちゃんの歌を聴いた。けど、少しだけ違和感があった。顔を見ると、お兄ちゃんは笑ってなかったのだ。今までとても楽しそうに、笑顔で歌っていたお兄ちゃんがどうしてそんなに苦しそうに歌うのか、分からずにその時は見て見ぬ振りをしてしまった。
そして今回、お兄ちゃんと偶然にも出会えた。とても嬉しかったと同時に、私を見たお兄ちゃんの様子がおかしかった。しかも話して見ると、ずっと側にあったギターを、歌う為の道具を持ってないと言った。流石におかしい。お兄ちゃんの身に何か起きていると思った。
お母様に連絡して、一度家に連れて帰ってきなさいと言われた。私だって心配だ、そのまま一緒に家に帰りつくと、お兄ちゃんはお母さんに呼ばれていた。話が終わると今度は私が呼ばれた。
「愛里寿、湊の事好き?」
「はい」
「ふふっ、なら愛里寿にしか出来ない事を頼みたいの」
「はい!私に出来る事ならやってみせます」
「そんなに気を張らなくていいのよ。ただ、貴女がいつも通りの戦車道をやってる姿を見せてあげて?そして、試合が終わったら湊とお話するだけでいいわ」
「それだけでいいの?お母様」
「ええ、聡いあの子ならそれだけ大丈夫だわ」
「……分かりました」
明日は丁度戦車道の試合だ。いつも通りの私でいいとお母様が言った。それでもお兄ちゃんには無様な姿を見せられない。
本気で行く。
「あはは……」
なんつぅ圧倒的な試合内容。蹂躙とはこの事を言うのか。愛里寿が率いた大学選抜チームが社会人チームをあしらうように倒した。1両毎の練度や対応能力は戦車道にあまり詳しくない俺でも相手チームは悪くないと思った。けどそれの全てを上回る先読みに采配をした愛里寿が半端ない。あれでもまだ小学生の年って自分の妹ながらやべぇな。
しかし、それでも、俺が見続けていたのは内容ではない。愛里寿の方ばかり見てしまっていた。話題の飛び級小学生の試合という事でかなりの高頻度で愛里寿がモニターに映っていた。
愛里寿の顔は真剣だった。そして、楽しそうだった。作戦を味方に伝える姿なんて俺の知っている愛里寿ではなかった。そこには自分の好きな事に一生懸命に打ち込む1人の女の子だ。
それなのに俺は……
自己嫌悪に陥って、その場なら逃げ出したくなって、足早に去ろうとした。その時だった。
俺の背中に小さい女の子が飛びついてきた。そして俺を優しく抱き締めてくれる。この感触を俺は知っている。小さい頃からお互いを知り尽くしている女の子だ。そして互いに何も言わずに立ち尽くしてる。すると後ろの方から、抱きついた女の子を呼ぶ為に駆けつけた人達の足音と声がが聞こえたが、すぐに聞こえなくなった。静寂が訪れる。
なんて小さな背中なんだろう。私が見てきたこの背中は大きく、いつも私を背負ってきてくれた背中だった。ちらっと見えた顔はこれまで見た中で、寂ししそうで、悲しそうで、何より今にも泣き出しそうだった。そして彼はこの会場から出て行こうとしてる。
駄目だ、今ここで
気付いた時には走り出していた。制止する声が聞こえるけど構うもんか。何よりも大事な物を失ってしまうかもしれないのだ。
彼に追いつき、思わず背中に飛びつく。そして抱き締める。震えている。いつもの逞しくて、力強さを感じる背中ではなかった。なんて声をかければいいか分からない。そのまま時間が過ぎていく。すると、彼が話し出した。
「愛里寿、戦車道好きか?」
「……うん」
「戦車に乗るのは好きか?」
「うん」
「島田流は好きか?」
「うん」
「……今の居場所は好きか?」
「うん」
全部即答できた。お兄ちゃんは「そうか……」と一言呟き、再び黙る。今度は私の番だ。
「お兄ちゃん、歌は好き?」
「……」
「楽器を弾くのは好き?」
「……」
「人に聴いてもらったり、自分で聴いたりするのは好き?」
「……分からないんだ」
お兄ちゃんがやっと、返事をしてくれた。
「もう、分からなくなったんだ。俺はただ皆に知ってもらいたくて、俺が好きと思っていた曲を、物を感じて欲しかっただけなんだ。
けど、今は何もかもが分からない。どうすればいいか分からないんだ。俺がしてきた事が正しかったのか、無駄だったのか、無意味だったのか」
「俺は「お兄ちゃん」」
これ以上言わせたら駄目だ、いくらお兄ちゃんでも、いやお兄ちゃんだからこそ立ち上がれなくなっちゃうかもしれないから。
「……お兄ちゃんってさ、ボコに似てるよね」
「どんなに失敗しても、どんなに間違っちゃっても、どんなに嫌な事があったって、諦めなかったんだから。
そして絶対に乗り越えてきてた。ずっと側にいた私がそう言い切るから。周りの誰が何と言おうと、私が断言出来るから。
それに、そんなお兄ちゃんの姿を見てきた私だから、今の私が居るんだよ。いつも一生懸命で、真剣で、本気だったお兄ちゃんを見て、私だって一生懸命になれるものを探してたんだ。
戦車道を始めた理由は、お兄ちゃんを馬鹿にしてた人達を見返したかった。けど、今はね、大好きなんだ。
人と話す事はまだ苦手だけど、そんな私の話を聞いてくれる人達がいる。励ましたり、褒めてくれる人がいる。今のチームもみんなもそうなんだ。
そして、最初に私を褒めてくれたのは……お兄ちゃんなんだよ?
嬉しかった。お兄ちゃんに褒めてもらった事はいっぱいある。けど、その中で一番嬉しかったんだ。
お兄ちゃんは……歌の事が褒められて嬉しくないの?」
「そんな事はない!嬉しいに決まってる!けど、だけど!」
お兄ちゃんが声を荒げる。こんなお兄ちゃん初めて見た。……でもここで引くわけには行かない。
「だよね、そうなんだよね……私にもようやくその気持ちが分かるようになったんだ。だから自信持って言えるよ」
「お兄ちゃんはさ、歌うのが大好きなんだよ。楽器を弾くのも、他人の歌を聴くのも、歌の事が全部、ぜーんぶ好きなんだよ。
いろんな人に知ってもらいたい、聴いてもらいたい、私じゃ分からない事をお兄ちゃんは考えてるかもしれない。
けど、深く考えなくていいんだよ。お兄ちゃんは歌が大好き。それがお兄ちゃんが……いや、私も、お母様も、皆も、好きって想いが自分を突き動かしてるんだよ。
だから、私はお兄ちゃんに歌ってもらいたい。歌い続けてもらいたい。歌えなくても、聴き続けてもらいたい。……歌から逃げないでほしい」
お兄ちゃんは泣いていた。初めて見るその姿が、お兄ちゃんの抱えていたものの大きさを物語っている。
「それにね、お兄ちゃん。私って戦車道と同じくらい」
お兄ちゃんの歌が、大好きなんだよ?
涙が止まらない。いろんな人に、大勢の人に見られているのに。なんだ、こんな簡単な事を忘れてたのか俺は。
先人達の歌をみんなに聞いてもらいだとか、知ってもらいたいだとか、それもある。けど、この世界に来て最初に思った事はとても単純で、簡単な事だったんだ。
俺が好きだった歌を歌いたい、それだけだったんだ。
愛里寿は俺を優しく抱き締めてくれている。それを解き、愛里寿と正面に向き合い抱き締める。
あぁ、愛里寿、ありがとう。感謝してもしきれない。この想いを、感情を思い出させてくれたのは、愛里寿だ。なんて最高で、最強で、素敵な妹なんだ。
するとそこに1人の近寄って来る足音が聞こえる。
「湊、もう大丈夫……かしらね。じゃあ今からする事もわかるでしょ?」
「母さん……でも」
「大丈夫よ、必要なものなら全部ここにあるわ」
するとそこには、俺の大事な、大切な思い出が詰まった楽器や道具達があった。
「何で……」
「ふふふっ、伝言を預かってるわ。『島田ー、大洗の皆待ってるから早くライブして』だそうよ」
……ほんと、本当に俺は周りの人間に恵まれてんなぁ……
愛里寿から離れて優しく頭を撫でる、そのまま楽器を持ち、準備を始める。
戦車道の会場だけれど、母さんからの許可も降りてるし、もう試合は終わっている。
何よりも、俺の妹に、早くこの想いを伝えたい。
準備が出来た。この局面で歌う歌は既に頭に思い浮かんでいた。練習はした、それでも納得が行かず一度もライブで演奏していない歌。
この歌を愛理寿に、母さんに、そして何よりも自分に送ろうと思う。
「愛里寿、情けない姿を見せてごめんな。母さんもありがとう。……周りの人達、すいません。うるさいかもしれませんが今だけは、今だけは許して下さい。
自分の気持ちをもう、知らないふりなんて出来ない。この想いは誰にも譲れない、俺の想いだ。
じゃあ聴いて下さい」
『Siren』
doa で Siren です。是非聴いてみて下さい。
皆さん、好きだから歌を聴く、好きだから練習とか覚えてカラオケで歌う。好きだから何度も聴く。そして、そのアーティストを好きになる。
そうだと思うんです。当てはまらなかった人はすいません。
湊君はそれを忘れてだけみたいです。
長く書いたと思ったらそうでもなかった……
タイトルは書いたら思い付き、勢いで最終話のタイトルも思いつきましたわ。……シャレですが。
ちなみに、予約しましたか?とあるバンドの復活ライブがあるんですが、急速に周りに広がっていてチケット当たる気がしないんですがそれは……